無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第九十話「最後の一押し」

 魔法都市シャリーアに戻ってきたのは、三日後の昼だった。

 

 三日間の間、ボクはルディといろんな話をした。

 ルディの今までの事が大半だった。

 

 ルディは、エリスというお嬢様に捨てられたせいで、心に傷を負ってしまったらしい。

 それ以来、あんな感じになってしまったのだとか。

 

 エリス・ボレアス・グレイラットという人物の話は王宮で少しだけ耳にしたことがある。

 なんでも、手がつけられない暴れん坊で、人間とは思えない乱暴な少女なんだとか。

 ルディに聞いた話だと、ボクのイメージより少しマシな感じなんだろうけど……。

 でも、魔大陸からアスラ王国まで守ってもらって、それで自分と釣り合いが取れないなんて、ありえないよね。

 

 もし会ったら、ボクが絶対に一言文句言ってやる。

 ってルディに言ったら、青い顔をしてやめておいた方がいいと言われた。

 エリスは、本当に強い子なんだそうだ。

 

 ボクとしてはちょっと面白くない。

 けど……。

 でも、そうなったおかげで、ルディと再会できたんだ。

 悪いことばっかりじゃないよね。

 

 ……あれ?

 ルディって転移事件の事を調べに来たんじゃなかったんだっけか?

 

 …………まあ、目的が二つあってもいいよね。

 

 

 魔法大学の校門までやってきた。

 ボクはすでに、いつもの格好に戻っている。

 『フィッツ』の格好だ。

 

「えっと、ボクはとりあえず、アリエル様のところに報告に行くね」

「はい。ええと……これからも、よろしく」

 

 ルディは苦笑しながら、頭を下げた。

 よろしく、という言葉を聞いて。

 その言葉の意味を考えて。

 ボクは耳まで赤くなったのを感じる。

 顔が熱い。

 

「あ、うん。こ、こちらこそ、よろしくお願いします」 

 

 これは、正式にお付き合いをする。

 ……ってことでいいんだよね。

 

 嬉しい。

 心が軽やかだ。

 舞い上がるってこんな気分になんだろうか。

 

 アリエル様に報告すべく、ボクは生徒会室へと向かった。

 今は昼休みだから、アリエル様は生徒会室にいるはずだ。

 

 歩きながら、いろいろと考える。

 ルディとやりたかったことはいろいろある。

 例えば、街に一緒にいって、買い物をするとか。

 あ、でもボクは男の格好をしなきゃいけないから、ルディが変な目で見られちゃうかもしれないな。

 で、でも、そんなの関係ないよね。

 うん、愛があれば。

 

 でも、男の人って、愛を確かめるって言って体を要求するんだよね。

 そう、ルークが言ってた。

 体のつながりがなければ、いずれ心も離れていくって。

 

 でも、ルディはボクの体じゃダメみたいだし……。

 

 ど、どうしよう。

 

 

 

---

 

 

 アリエルは浮かない顔で帰ってきたシルフィを見て、溜息をついた。

 

(またダメだったのですね)

 

 やはり、無理やりすぎたか、とアリエルは反省した。

 考えているときは完璧な作戦だと思ったが、

 しかし、よくよく考えてみると、無理な話である。

 誰が、凍死の危険があるからといって、相手の衣類を無理やりに脱がすだろうか。

 

 さて、どうしたものか。

 約束ではルーデウスと会うことは禁止したが。

 あれはあくまで、彼女に発破をかけるためだ。

 どうにかしたいアリエルであったが、方法が思いつかない。

 

「シルフィ、とりあえず、落ち着いて報告をしろ」

 

 迷うアリエルに、ルークの助け舟が入った。

 まずは話を聞いてからである。

 

「あ、うん。実はですね、アリエル様が考えてくれた作戦はうまく行ったんですよ」

 

 その言葉に、アリエルは驚いた。

 しかし、声には出さない。

 彼女は王族として、内心を言葉に出さない訓練を受けている。

 

「そうなのですか。それにしては、表情が優れないようですが?」

「うん、それなんですけど」

「失礼、理由はあとでいいので、まずは報告を」

「あ、はい」

 

 アリエルは落ち着いて、シルフィの報告を聞いた。

 作戦通りの事が運んだこと。

 洞窟に二人で入り、予定通り事が運んだ事。

 焚き火の傍で、互いに気持ちを伝え合ったこと。

 そのことを話すシルフィは実に幸せそうで、アリエルの心を混乱させる。

 じゃあ何がダメだったのだ、と。

 アリエルの混乱は、最後の最後に問題が発生した事で解除された。

 

「それで、ルディは、その、落ち込んじゃって。

 魔法大学にも、それの治療方法を探すためにきたんだって」

「なんですって!?」

「え? いや、だから、その、不能の治療にきたんだって」

「いえ、失礼、少々取り乱しました」

 

 アリエルは驚いた。

 思わず声に出てしまった。

 

 そんな噂があるという話は聞いていた。

 しかし、まさか、本当にそうだったとは。

 何をどうすれば、魔法大学に入学するのか。

 ここは魔術を習う場所であって、病気を治すところではないのに。

 

「そうですか。それにしても、いざというときに役立たないとは。ルーデウスという男を少々見くびっていたようですね。鈍感だとは思っていましたが、勇気を出した女に恥を掻かせるような男だとは思っていませんでした」

 

 心の平穏を保つため、アリエルはこう言った。

 本心ではない。

 シルフィはむっとするだろう。

 それに謝り、なだめることで、自分の心を守ろうとした。

 それだけの事なのだ。

 だが、それは失敗に終わる。

 

「アリエル様、それは言いすぎです」

 

 咎める口調で言ったのは、ずっと黙っていたルークだった。

 

「男には、時にどうしようもない時があるのです。

 ルーデウスとて、好きでシルフィを抱かなかったわけではないのです。

 俺はむしろ、奴が今までおとなしくしていた理由に納得がいきました」

 

 ルークは軽い男だが、アリエルに対しては滅多に意見を言わない。

 時に忠言をするときはあるが、その考えを真っ向から否定するタイプではない。

 色男として、女に対してひたすらに甘い男であるということもある。

 それが、ましてアリエルにこんな強い口調で物言いをするなど、今までにないことだった。

 アリエルはそのことに、殴られたような衝撃を受けていた。

 

「ル、ルーク……?」

「シルフィ、少しまっていてくれ、渡すものがある。

 アリエル様、失礼します」

 

 ルークはそういうと、足早に生徒会室を出て行った。

 アリエルはそんな彼の背中を見送りつつ、眉根をよせた。

 

「申し訳ありません、失言でしたね」

「いえ、いいんです。けど、ルークがあんなことを言うなんて、珍しいですね」

 

 シルフィも、ルークの行動には驚きである。

 やはり、男女間には色々とあるのだろう。

 

「しかし、そうなると困りましたね」

「うん。どうしよう。アリエル様……」

 

 アリエルはこの時、少々勘違いしていた。

 シルフィは、性交の成功よりも、その事で絆がほつれてしまうことを心配していた。

 だが、アリエルはこう思ったのだ。

 

(シルフィ、そんなにルーデウスとしたいのですか)

 

 もし、アリエルがシルフィの気持ちを本当に理解していたのなら。

 そんなことは放っておきなさいとでも言ったかもしれない。

 しかし、アリエルの思考は少々別方向へとズレていった。

 

 思い起こすのは、アスラ王国で習った、不能の直し方について、である。

 王族として、どこかに嫁いだ場合、必ず子供を作らなければならない。

 そこで相手が不能だった場合の対処法を、彼女は思い出していた。

 何分幼い時の事ゆえ、まじめには聞いていなかったアリエルであるが、

 いくつか記憶に残っているものがある。 

 

「お酒を、飲ませるのはどうでしょうか」

 

 酒の勢い。

 

 そして、シルフィはシルフィで、先日の事を思い出していた。

 ザノバたちと、食堂で酒盛りをしていたルディの姿だ。

 あの時、ルディは飲んでいなかったが、バーディガーディは上機嫌だった。

 

「なるほど、やってみます」

 

 経験のない女が二人。

 一人の男を酒の勢いで押し倒そうという計画を練りはじめた。

 

 

---

 

 

 作戦の第三、いや第四段階。

 ルーデウスを酔わせ、一気にその気にさせてしまおうという作戦である。

 相変わらず杜撰な計画である。所詮は耳年魔なSM王女の考えであった。

 

「……で、暑いと言って、肩のあたりをチラりとはだけるのです」

「それでいけるんですか?」

「大丈夫でしょう。シルフィは可愛いですから。きっかけさえあれば、あとは何か決め台詞が欲しいところですね」

 

 ルークが戻ってきたのは、その作戦がある程度練られてからであった。

 彼は数秒ほど、仲間二人のアホな会合を黙って聞いていた。

 冬に暑いといって肌を見せる馬鹿がどこにいるんだ、と思ったが、突っ込まなかった。

 もっと根本的なところで、突っ込みを入れた。

 

「シルフィの体では、色仕掛けは無理だ」

「うっ……」

 

 シルフィは言葉を失った。

 アリエルは咎めるような目線を送る。

 

「なんですかルーク、その言い方は、彼女は悩んでいるんですよ」

「……アリエル様、ノトス・グレイラットの血族は、代々女性の大きな胸に惹かれる傾向があります。現に、俺はシルフィには蚊ほどの魅力も感じられません」

 

 ノトス・グレイラットは巨乳好き。

 これはアスラ王国貴族にとって、常識といえる知識である。

 他にも「ボレアスは獣好き」等、知られていることはあるが。

 とにかく、常識であった。

 

「じゃ、じゃあ、ボクが色仕掛けしても無駄だっていうの?」

「ああ、無駄だな」

 

 無駄と言われ、さすがのシルフィも少々傷ついた。

 普段言われてもまったく気にしない所であるが、

 しかし、今は自分の魅力というものをまったく信じられていない時である。

 

「だが」

 

 と、ルークは、手に持った小瓶をシルフィに渡した。

 手のひらに乗るサイズの、小さな小瓶である。

 

「これを飲ませれば大丈夫だ」

 

 シルフィはきょとんとした顔で、小瓶を見ていた。

 アリエルもそれを覗き込む。

 

「ルーク、これはなんですか?」

「媚薬だ」

「媚薬!?」

 

 ルークは深くうなずいた。

 

「昔、フィットア領で作られていたものだ。

 バティルスの花弁から作られるもので、精製法を含めロアの町長が独占していた。

 現在は製造されていない上、製法も謎であるがゆえ、希少だ。

 末端価格は金貨100枚を上回る」

 

 ちなみに、ルークが購入した時の一瓶の値段はアスラ金貨15枚。

 彼はそれを5つ購入し、内二つは、自分が不調な時に使用した。

 効果は折り紙つきである。

 

「いざというときに売って虎の子の資金にでもしようと思っていたが、シルフィ、お前にやろう」

「ルーク、こんな高価なものを……いいの?」

「もちろんだ」

 

 ルークは頷き、いくつかの注意事項をシルフィへと伝えた。

 使えば、男の方はみさかいがなくなる事。

 相手のペースについていけないと思ったら自分も飲む事。

 恐らく、それで思い描いていたような甘い初体験は迎えられない事。

 

「ルーク……ありがとう」

「いいって事だ。お前には、何度も命を助けてもらっているからな」

 

 シルフィとルーク。

 そこには奇妙な友情があった。

 そして、その仲間に入りたい人が一人いた。

 

「二人は仲がいいですね。では、私からも」

 

 アリエルは慈愛の女神のような微笑みで、シルフィに金を握らせた。

 アスラ金貨である。

 枚数はたったの二枚であるが、これだけあれば、この街では大抵のものが買えるだろう。

 

「こ、これ、アリエル様のお金だよね?」

「そうです。私の今月分です」

 

 魔法大学にきてから金策も行なっているアリエル達は、それなりに金を持っている。

 が、それは今後の活動資金。

 各個人が使う分の金は、また別にしてある。

 アリエルは自分やルークの金銭感覚が狂っている事を承知した上で、制限をかけているのだ。

 

「ここまでくれば、私にはこれぐらいしか授けられるものがありません」

「いいえ、お手を煩わせてもらって申し訳ありません、アリエル様」

「フッ、さすがはアリエル様です」

 

 三人は自分たちに酔っていた。

 酔いながら結束していた。

 若さとはそういうものである。

 そして、彼らの敵はただ一人。

 ルーデウス・グレイラットである。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 シルフィは戦士の顔で、生徒会室を後にした。

 目指すは街の商業区。

 酒屋である。

 

「では、私たちも行きましょうか」

「はい」

 

 シルフィを見届けて、二人も生徒会室を後にした。

 昼休みはとっくに終わっていたのである。

 

 

 

--- シルフィ視点 ---

 

 

 時刻は夜へと進む。

 

 ボクは、この国で最上級の火酒を、二本手にしていた。

 ボクはお酒の種類はよくわからない。

 飲んだこともない。

 ルディの好みもわからない。

 だが、高ければ大丈夫だという確信があった。

 

 ついでに下着も買ってきた。

 新品だ。

 ルディの好みはわからない。

 こっちは、高いだけでなく、可愛いのを選択した。

 アリエル様の趣味とはちょっと違う、ボクの好きなやつだ。

 店員さんは、驚いた顔をしていた。

 男の格好をしている人物が女物の下着を買いに来たからではない、いつものと趣味が違うからだ。

 アリエル様は『フィッツ』の格好で買いに来たりするからね。

 ゆえに、上の方も、いつもの『鋼糸蚕のビスチェ』ではない。

 

 そして、制服の内ポケットには、例の媚薬も入っている。

 

「よし」

 

 完璧だ。

 

「すー、はー……」

 

 深呼吸。

 

(天国のお父さん、お母さん、シルフィエットは今日こそ大人になります)

 

 覚悟を決めて扉をノック。

 この時間帯だと、ルディはもうザノバ君のところに行ってるだろうか。

 いや、確か今日は、旅から返ってきたばかりだから休むと言っていたはずだ。

 大丈夫、大丈夫。

 

「はい……っと、シル……フィッツ先輩。どうぞ、入ってください」

 

 ルディは扉を開けると、ボクの顔を見て驚いた顔をしていた。

 ボクは言われるがまま、ルディの部屋へと入る。

 後ろ手でドアを閉めて、鍵をかける。

 

「どうした?」

 

 部屋に入ると、ルディは優しげな声音で、聞いてくる。

 今日は旅で疲れているから、ゆっくり休むと、そういう話のはずだったのだ。

 

「えっと、泊まりにきました」

「…………あ、お、おう。まあ、座れよ」

 

 ルディは何か言いたげだったけど、言葉を飲み込んで、ボクに椅子を勧めてきた。

 心なしか、少しだけ残念そうな顔だ。

 何か邪魔しちゃったかな?

 大丈夫だよね?

 

 ボクは椅子に座ると、サングラスを外す。

 それから鞄からお酒の瓶を二本取り出して、テーブルの上に置いた。

 おつまみとして、ちょっとした料理も作って持ってきていた。

 複数種類のナッツを辛めの味付けで炒めたものだ。

 ルディの口に合わなかった時のために、燻製肉も買ってきてある。

 

「それは?」

「えっと、ほら、一応その、再会のお祝いとか、しておこうかと思って」

「……ああそうか。そういう事もしないとな」

 

 ルディはポリポリと頬を掻いて、自分も椅子に座った。

 と、ここでボクはコップが無い事に気づいた。

 しまった。

 まさかラッパ飲みするわけにもいかないし。

 どうしよう、取りに戻るか……。

 

「大丈夫、コップぐらいあるから」

 

 どうやら、顔に出ていたらしい。

 ルディが苦笑して、部屋の脇にある棚からコップを取り出した。

 灰色のコップだ。表面がツルツルしている。

 材質は石だろうか。ちょっとだけ重い。

 重さを除けば、アスラの貴族が使っていてもおかしくないものに見える。

 

「高そうなコップだね」

「俺の作ったコップだ。土魔術でな。お値段はプライスレス」

「あ、そうなんだ。へぇ、すごいね」

 

 ルディの自作か、なら納得だ。

 そう思いつつ、ボクはお酒の封を破って、中身を注いだ。

 琥珀色の綺麗な液体が、コップを満たした。

 ルディはそれを見て、目を細めた。

 

「随分強そうな酒だな」

「うん。お酒のことはよくわからないけど、高いのを買ってきたんだ」

「大丈夫なのか?」

「ん? うん、大丈夫だよ。今日はお祝いだからね」

 

 値段の事を気にしているんだろうか。

 アリエル様にお金をもらったことは黙っていよう。

 ルディ、そういうの気にしそうだから。

 

 お酒を注いで、酒の肴も用意した。

 よし、完璧だ。

 ええと、薬はもうちょっと後にするって作戦だったっけか。

 

「さて、それじゃあ、乾杯しよう。フィットア領のブエナ村の二人の再会に」

「……そして、俺とシルフィの未来に」

「か、乾杯!」

 

 あうぅ。

 未来って。

 ルディはたまに、こうやってすごく恥ずかしい事言うんだもんな。

 うー……。

 

 ボクは顔が熱くなるのを感じながら、コップからゴクリと口いっぱいにお酒を含んで。

 

「……っ! げほっ! ごほっ!」

 

 むせた。

 な、なんだこれ!

 辛い、口の中が痛い!

 

「大丈夫か? やっぱり、割った方がいいんじゃないか?」

「割る?」

「こういう強い酒は、水とかお湯で薄めて飲んでもいいんだよ」

 

 そうなのか、知らなかった。

 ルディはやれやれって感じで、苦笑していた。

 

「しょうが無いじゃないか、今までお酒なんて飲んだ事ないんだもん」

「いや、咎めるわけじゃないんだけどな、ちょっとまってろ」

 

 ルディはそう言いつつ、ボクのコップの中身を自分のコップに移して、

 ボクのコップにお湯を注いだ。

 無詠唱魔術でだ。

 ボクのコップからは、ホカホカと湯気の立つようになった。

 

「どうぞ」

 

 勧められて、恐る恐る飲んでみる。

 すると、先ほどから口の中に残っていた強すぎる香りが洗い流された。

 そして、優しい感じの香りが、すっと鼻の奥に抜けた。

 あ、美味しいかも。

 

「そういえば、ボクがルディに魔術を習ったきっかけも、お湯だったね」

「そうだっけか」

「もう、忘れたの? ほら、混合魔術を無詠唱魔術で使えって、ルディが無茶な事言ってさ」

 

 懐かしいな。

 ルディはなんてことない感じで無詠唱の混合魔術を使ってるけど、

 ボクは未だにそれは出来ない。

 時間差で使って、同じ結果を出すことはできるけどね。

 ルディは器用だ。

 

「ああ、懐かしいな」

「うん」

 

 それから、ボクらは昔話に花を咲かせた。

 ブエナ村の記憶はおぼろげになりつつある。

 けど、口に出してみると、いくらでも出てきた。

 

 もう、あの頃は戻ってこない。

 ブエナ村は無くなった。

 ボクらが遊んだあの丘はあるけど、あの木はなくなってしまったのだ。

 あの頃はよかった。

 何も考えずに、遊びながら魔術の練習ができた。

 毎日、うまくなっていくのが嬉しかった。

 今でもそういう気持ちはあるけど、

 でも実戦で使えるか、とかそういう考えの方が強くなっている。

 

 話をしていると、頭のあたりがちょっとふわふわしてきた。

 これが『酔う』って事なんだろうか。

 

「っと、いけない、忘れないうちに」

 

 ボクはそう言うと、懐から例の小瓶を取り出した。

 それを、ゆっくりとテーブルの上に置く。

 ルディが首をかしげる。

 

「それは?」

「えっと、その、ルディのあれに効くっていう薬なんだ」

 

 ルディに媚薬をどうやって飲ませるか、という点ではボクも悩んだ。

 こっそりとお酒に混ぜてもよかったけど、ルディを騙すのは気が引けた。

 かといって、媚薬を用意した、なんて言って、変な誤解をされるのもちょっと嫌だった。

 なので、薬という言い方をする。

 媚薬だって薬だし、間違ってはいない。

 

「そうなんですか……どっかで見たことありますね」

「う、うん。飲んでみて欲しいんだ」

 

 ボクがそう言うと、ルディは寂しげに笑った。

 今まで、こういうのを試してきたけど、全部ダメでしたよ、とでも言わんばかりの笑みだ。

 けれど、何も言わず、飲んだ。

 こんな毒々しいピンク色の液体、もし毒だったらどうするんだろうか。

 それだけ信用されてるって事だよね?

 

 ルディは瓶の中身を、三分の二ほど一気に飲んだ。

 飲む量を言うのは忘れていた。

 

「これ、酒と一緒に飲んでも大丈夫なのか?」

「えっと、混ぜてもいいって言ってたよ。

 あ、あと結構即効性があるらしいから」

 

 ボクはそう言いつつ、上着を脱いだ。

 これで、上はシャツと下着だけだ。

 ちょっと肌寒い。

 ルークいわく、肩なんて見せなくても、これで十分らしいけど。

 

「き、効いてきたら、が、我慢しなくていいからね」

 

 ルディの眉がぴくっと動いた。

 視線がジロジロとボクの首筋や胸元に集まっているのがわかる。

 見られてる。

 恥ずかしい。

 今、ボク、誘惑してるんだよね。ルディを。

 ううぅ……はしたないとか思われないかな?

 大丈夫だよね。

 

 なんか、ボクの方が緊張してきた。

 お酒飲んでるのに。

 酔ってる勢いで行ってるはずなのに。

 

 足りないのかな。

 ……よ、よし

 

 ボクは意を決して、小瓶に手を伸ばした。

 

「シルフィも飲むのか?」

 

 ルディの戸惑う声。

 ボクは小瓶の中にある、ピンク色の液体を飲み干した。

 ドロっとしていて、ちょっと苦い。

 その苦さを、お酒で洗い流すように、ぐいっと飲み干した。

 お腹の奥がカッと熱くなるのを感じた。

 

 それをごまかすように、ナッツに手を伸ばし、一つカリッとかじる。

 カリカリと三つほど食べて、さらにお酒を飲み干す。

 一杯目が空になった。

 

「あんまりハイペースで飲むと、気分が悪くなるかもしれない」

「うん、でもなんか、緊張しちゃって」

「そっか。まぁ、初めての酒だもんな」

 

 ルディはそう言いつつ、チビチビとコップの中身を口にしている。

 薄めてないから、あんまり一気には飲まないみたいだ。

 ルディは酒瓶を手に取ると、ボクのコップに注いでくれた。

 そのまま、お湯で割る。

 

「……」

「……」

 

 それからしばらく、二人して、無言で飲んで、食べた。

 燻製肉は塩っけが強くてあんまり美味しくなかったけど、なぜか手が止まらなかった。

 しばらくして、体が熱くなってきた。

 太もものあたりがうずうずする。

 効いてる。

 

 ルディの方はどうだろうか。

 いつもどおりに見える。

 いつもどおり、かっこいい。

 いつも以上にかっこよく見える。

 普段は見ない所に目がいく。

 首筋とか、唇とか。

 なんかエッチだ。

 

 ルディ、ちょっと顔が赤いだろうか。

 目が合った。

 ルディはさっきからボクの方をじっと見ていた。

 

「…………」

 

 じっと見ている。

 見られてる。

 さっきから目があいっぱなしだ。

 心なしか、ルディの息が荒くなっていないだろうか。

 

「ふぅ……はぁ……」

 

 いや、この息の荒さは、ボクの方だ。

 はしたないな。

 けど、媚薬を飲んだから、仕方ないんだろうか。

 さっきから頭もクラクラしているし。

 仕方ないんだ。そうだ。仕方ない。

 

 体が熱い。

 ボクは一番上のシャツのボタンを外し、胸元をはだける。

 肌寒いはずなのに。熱い。

 ルディの視線がボクの手元に注がれるのがわかる。

 もう恥ずかしくない。

 

 ボクはコップを傾ける。

 熱いお酒がお腹に落ちて、ジンと暖かさを伝えてくる。

 二杯目が空になった。

 ボクは酒瓶に手を伸ばした。

 その手を掴まれた。

 

「……あ」

 

 ルディがボクの手を掴んでいる。

 絶対に逃さないとでも言わんばかりの、強い意志と力を感じた。

 もちろん、ボクも逃げるつもりなんてない。

 

「……シルフィ」

 

 ルディが血走った目で、ボクを見ている。

 ルディが立ち上がった。

 手を掴んだままテーブルを回って、すぐ傍までやってくる。

 そして、やや遠慮するように、ボクの手を引っ張る。

 ボクはそれを察し、抵抗することなく、立ち上がった。

 そして、聞いた。

 

「が、我慢できない?」

「……」

 

 ルディは無言で頷いた。

 ボクの腰に手を回し、おしりの上のあたりを擦られる。

 抱きしめられる。

 固いものがおしつけられている。

 

 さ、作戦成功だ。

 よし。今だろう。

 ボクはアリエル様との作戦で考えた、キメ台詞を言った。

 

「じゃ、じゃあ、どうぞ。お召し上がりください」

 

 それを言った瞬間。

 ボクはベッドの上に放り投げられるように、押し倒された。

 

 そして……。

 

 

--- ルーデウス視点 ---

 

 

 目が覚めた。

 二段ベッドの天井が見える。

 

 昨晩のことは、よく覚えている。

 酒を飲んでいたと思ったら、いきなり我慢できないレベルでムラムラしてきて、そのままシルフィに襲いかかったのだ。

 シルフィが持っていた薬とやらが効いたのだろう。

 あんな薬があったとは……。

 でも、どっかで見たことがあるんだよな。

 ……あ、思い出した。

 あれは、ロアの街の行商人が売っていた媚薬だ。

 

 まるで特効薬のように、俺の息子が部屋から飛び出してきて、気が狂ったように跳ねまわっていた。

 最後の方はもう、溶けて蒸発しちまうんじゃないかと思った。

 さすが金貨10枚。

 

 しかし。

 隣を見るのが怖い。

 

 理性は吹き飛ばされたが、行為内容はしっかりと覚えている。

 シルフィは必死に応えてくれようとしていたが、痛がっていた。

 初めてだったのだ。

 

 でもシルフィは健気に俺を受け入れてくれた。

 明らかに無理しているのに、大丈夫だよ、愛してるよ、気持ちいいよと繰り返し言ってくれた。

 

 対する俺は確実に暴走していた。

 シルフィを思いやれるほどの余裕はなかった。

 耳元で囁かれるシルフィの声に興奮し、遠慮など全くせずに欲望を叩きつけていた。

 

 長い人生で、二度目となる行為。

 うまく出来た自信がまったくない。

 一度目より、確実に酷かった。

 

 そう、あの時より、だ。

 あの時、エリスは、俺の隣にはいなかった。

 

「……」

 

 ゆっくりと、視線を横にそらしていく。

 そして。

 

 目が合った。

 

「おはよう、ルディ」

 

 こちらを向いて、はにかんで笑うシルフィが、そこにいた。

 

 俺は、そろそろと手を伸ばした。

 そこに彼女がいるのを確かめるように。

 頭を撫でてみた。

 シルフィは、目をつぶって、心地よさそうに撫でられている。

 髪は短いけどサラサラだ。

 

 そのまま手を動かし、首筋から肩へと。

 細い肩である。

 今にも折れてしまいそうな。

 

 そして、そこから更に手を移動させた。

 胸を揉んだ。

 

「ひゃあ! ちょ、ルディ……」

 

 シルフィは驚いて、抗議の視線を送ってくる。

 だが抵抗は無い、顔を赤く染めつつも受け入れてくれていた。

 シルフィの慎ましやかな胸は、まさに貧しさの象徴という感じで、ぶっちゃけ揉めるほどもなかった。

 でも、おっぱい特有の柔らかさは存在していた。

 「貴賎はないじゃろう?」と、久しぶりに頭の中を通りすがったハゲジジイが、そう言って親指を立てていた。

 ありがとう、おっぱい仙人。久しぶり。

 

 シルフィは、確かにそこにいた。

 そして、胸の柔らかさに感動した記念碑が屹立されていた。

 屹立されていた。

 雄々しく、屹立していた。

 

 確信した。

 

「治った」

 

 たまらず、シルフィを抱きしめていた。

 強く、強く抱きしめた。

 涙が溢れてきた。

 

「えっと、ルディ……? その、どうだった? ボクの体、変じゃなかったよね?」

 

 シルフィは戸惑いつつ、そんな事を聞いてくる。

 昨晩の事を思い出せば、そんな心配は無用であるとすぐわかるだろう。

 

「ありがとう」

 

 俺はただ、お礼を言った。

 ただ、ただ、お礼を言うしかなかった。

 恥ずかしさが胸を一杯支配していて、変な事を口走ってしまいそうだった。

 

 結構なお点前でした、とか。

 ご馳走様でした、とか。

 最高にキュートだぜ、とか。

 

 今、そんなふざけた言葉は言いたくなかった。

 俺はただ、無言で抱きしめ、礼を言った。

 

 

---

 

 

 こうして、俺の長きに渡る闘病生活は終わりを告げた。

 

 そして、可愛い恋人が出来た。