無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第九十四話「劇的」

 ラノア王国、魔法都市シャリーア。

 

 学生の多く住むこの都市の一角に、問題を抱えた一件のお家がありました。

 築100年。ルーデウス邸。

 この家の抱える問題、それは……。

 

『幽霊屋敷』

 

 古びた外見は洋館のようにも見えますが、

 苔むして、枯れた蔦の絡まったその姿は、不気味の一言。

 

 この家に住もうとしているのが、

 依頼人のルーデウス・グレイラットさん。

 元A級冒険者にして、現在は魔法大学の学生さん。

 結婚するというので家を買ったものの、佇まいに不満が噴出したようです。

 

 この家には、どんな問題があるのでしょうか。

 

 一歩敷地内に入れば、

 手入れのされていない庭。

 壊れた入り口。

 所々にシミの残る壁や天井。

 雨漏りのしている屋根。

 使えるかどうかもわからない暖炉……。

 廃墟という単語が思い浮かぶようです。

 

「魔力的な要素で長持ちはしているようですが、

 やはり古びてる感じは否めません。

 新婚の新居にしては少々趣深すぎますよね」

 

 新婚にふさわしい綺麗な家にして欲しい。

 そんな依頼人の願いを受け、一人の男が立ち上がりました。

 

 リフォームの匠。

 『大空洞のバルダ』。

 バシェラント公国の魔術ギルドに所属する、一流建築士。

 建物の設計から建築までこなす、この道三十年の大ベテラン。

 

 ミリス神聖国で学んだ建築技術を元に、

 魔法大学の別棟校舎を建築するなど、数々の実績を持ちます。

 

 少々頑固な所もありますが、気のいい人物で、腕は確か。

 常にハンマーを腰に下げ、他人の家でも気に入らない所があれば叩いて直す職人気質。

 建物も弟子も、ハンマー一つで叩いて直す。

 そんな彼を人は『トンカチのバルダ』と呼ぶのです。

 

 

「おう。きてやったぞ。お前さんが泥沼か! 結婚するんだってな!」

 

 そんな匠を出迎えるのは、今回の依頼人。

 巷で『泥沼のルーデウス』と呼ばれている彼は、匠からも気さくに泥沼と呼ばれました。

 

「はい。バルダさん、よろしくおねがいします」

 

 バルダはルーデウスという名を知っていました。

 古い友人であるタルハンド。

 彼の仲間であったエリナリーゼから、聞いていたのです。

 

「結婚するに当たって家を買ったのはいいのですが、ご覧の有様でして」

「とりあえず、ざっと家ン中みさしてもらっていいか?」

「どうぞ」

 

 家の中に入ろうとして、すぐに匠の眉がひそめられます。

 

「おい、なんだこりゃ、入り口がひでぇな。まるで引きちぎられたみてえじゃねえか」

「立て付けが悪かったらしく開かなかったので、仕方なく破壊しました」

「ったくよう、最近の若い奴はなんでもぽんぽん壊しやがる、モノに対する敬意ってもんが足りねえんだよ」

「まったくですね」

 

 憤りを見せる匠に、依頼人は飄々とした態度で受け流しました。

 まるで、自分は壊していないとでも言わんばかりの態度です。

 

 匠はその態度が気に食いません。

 ですが、ここは自分を抑えます。

 『泥沼のルーデウス』は怒らせると怖い人間だと聞き及んでいるからです。

 

「扉はどうすんだ?」

「どう、とは?」

「材質とか、意匠とか。特に注文がねえなら、俺が独自の判断で拵える」

「材質などは特にありませんが、頑丈なものを頼みます。あと、一応ドアノッカーもつけておいてください」

「その辺は入り口だから当然だな」

 

 匠は中に入り、難しい顔をしました。

 

「結構ガタがきてんな」

「そ、そうなんですか?」

「床の方はやけに丁寧に作られてるが、それと比べりゃ壁と天井が適当だ。

 まるで地下室が一番大事で、それ以外がオマケみてえな作りだ」

「そういうの、わかるもんなんですか」

「あたぼうよ」

 

 匠の目には、どこが良く、どこが悪いかがすぐに解りました。

 床、階段、二階、食堂、厨房、暖炉。

 このあたりは非常によくできているそうです。

 天才的な腕を持つ大工が、100年前の建築技術と魔法技術を駆使したことが分かります。

 けれど、壁や天井など、一部の箇所は手が加えられ、そこがおかしくなっているのです。

 

「ま、こんなのはすぐ直る」

 

 匠の頼もしい言葉。

 それに安心した依頼人は、大きな食堂へと入ります。

 

「大部屋か。日当たりは悪くねえな」

「暖炉はどうでしょうか」

「どれ」

 

 使えるかどうかわからない暖炉。

 匠の目が光ります。

 

「これはいい暖炉だ。ちと古いが、変に手直ししない方がいいな」

「いいんですか?」

「ほれ、ここに刻んであるサインを見てみろ」

 

 匠の指差す先には、どこかで見たような紋章が。

 

「これは100年ぐらいまえにいた、天才魔道具制作師(マジックディレクター)のサインよ。

 名前も残っちゃいねえんだがな。アスラ王国じゃあ、このサインのついた魔道具は極めて高く取引されてる。

 つっても、基本的には小物ばっかりでな。

 まさかこんな家の暖炉まで作ってたとはなぁ……」

「…………」

 

 依頼人の脳裏に浮かぶのは、先日この家で見つけた、日記に書かれた文様。

 それと、この暖炉に刻まれた文様はよく似ていました。

 どうやら、最初の家主の自作だったようです。

 

「で、この大部屋はどうすんだ?」

「そうですね。普通はどうするものなんですか?」

「大部屋だからな。でっかいテーブルおいて、パーティする時に使う。

 もう片方は予備だ。何らかの理由で部屋が使えねえって時に、代わりに使う」

「普段は使わないってことですか?」

「普通はな。っても、俺らみたいのが普通に生活する分にゃ、大部屋なんぞ一つありゃ十分だがな」

「ですね……。では、もう片方はくつろげる空間という感じで」

「あいよ」

 

 くつろげる空間。

 そんなリクエストを受けつつ、匠と依頼人は次の部屋へと移動します。

 

「厨房も二つあるんだったな。

 で、片方には、窯はねえと」

「窯が無いってことは、使われてなかったって事ですかね」

「排水口があるってこたぁ、洗濯と風呂に使ってたんだろうよ」

「…………ほう、風呂ですか!」

 

 匠は厨房と洗濯場を見ていきました。

 排水口のつまりや、劣化などを確認して、頷きます。

 

「ここも特に手直しするこたぁ無いな」

「親方、その事で一つご相談があるんですか……」

 

 依頼人の口から出た提案。

 それに、匠の目が光ります。

 

「おもしれぇこと考えるじゃねえか。

 でも、材料の方がねえから、高くつくかもしれねえぞ?」

「材料は僕が魔術で作ります」

「なんとかなるってか……ありゃいいもんだからな。

 よし、なんとかしてみよう」

 

 依頼人の想いが、匠に託されました。

 

 

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 翌日。

 バルダの部下10人が集まり、リフォームが始まります。

 

 

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 第一章『扉』

 

 早朝、大きな扉が運び込まれました。

 高級な木材を削りだして作った扉。

 頑丈な板の外側には獅子を象ったドアノッカーが付き、

 防犯対策として、端に小さな魔法陣が組み込まれています。

 

「大した魔法陣じゃねえ。無理やり開けようとすると、でっかい音が屋敷中に鳴り響くってモンよ」

「目覚まし時計にもなりそうですね」

 

 匠のアイデアに、依頼人は不敵に笑います。

 

 

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 第二章『洗濯場』

 

 ここは、匠の手によって大きな変貌を遂げようとしています。

 部屋を二分するように、敷居が作られます。

 

 敷居の向こう側。

 石造りだった床にはタイルがしかれ、

 部屋の隅には傾斜のついた溝が掘られました。

 

 そして、部屋の隅には四角い石の箱が置かれています。

 人が三人は寝ころべそうな、大きな箱です。

 それが、少しばかり凹ませた地面にはめられました。

 

 さらに天井付近には小さな窓が取り付けられました。

 これは、何になるのでしょうか。

 

 

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 第三章『地下室』

 

 暗い地下室に、匠と依頼人の姿がありました。

 

「いい地下室だな。これなら滅多にネズミも入らねえ」

「はい、で、こちらの隠し扉なんですが……この扉の奥にですね、こんなようなものを作って欲しいんですよ」

「なんだってこんな……あー、いや、何も言わねえ。俺はミリス教徒だが、泥沼は違うってこったな」

 

 依頼人の願いで、地下室に機材が運び込まれ、

 隠し扉の隅のシミは綺麗に洗い流されていきます。

 

 

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 二週間後。

 リフォーム公開当日。

 

 依頼人が妻を連れてやってきました。

 

「見せたいものって何かなー、すごい楽しみだよー」

「棒読みだなシルフィ。もしかして君、こっそり情報収集とかして、事前に知ってるのではないかね?」

「えー、何のこと、ボク全然わからないよ」

 

 とても棒読みな少女とイチャつきつつ、雪の中を依頼人が歩いてきます。

 

「俺の知らない間に、あの素直で従順だったシルフィが嘘をつくようになった。そう考えれば喜ばしい事なのかもしれない。けれども、こうして堂々と嘘を付かれると、これから先、また嘘を付かれるんじゃないかと心配になるのです」

「うっ……でも、ルディも悪いんだよ。アリエル様の名前を使うし、最後までボクに何も言ってくれないしさ」

「それは失礼」

 

 依頼人と妻のイチャつきはとどまる所をしらないようです。

 

「何も言ってくれないから、ボクも不安になるんだよ。その、ルディかっこいいし……」

「浮気をしていると? 心外だな」

「いやほら、ボク、その、あんまりあれが、ほら、小さいし」

 

 妻の不安げな顔を見た瞬間、依頼人の顔にニチャっとしたものが張り付きました。

 

「なんや、胸が気になるんか? 安心せい、おじさんはな、平等主義者やさかい、差別野郎共とは違うんじゃ。うへへ」

「おじさんって……あっ、ちょ、いきなり揉まないで、ダメだって……人が見てるってば!」

「はい。ごめんなさい」

 

 家の前に来る頃には、叱られて尻尾を丸めた犬のようにしゅんとなった依頼人がいました。

 妻はズレそうになったサングラスを直しながら、「もう」と少々お怒り気味です。

 

「時と場合を考えてよ。そういうのは夜、ベッドの中で! いい?」

「はい、シルフィエットさん。もう二度としません」

「あ、で、でもどうしても我慢できなくなったら……その、ごにょごにょ」

「なんや、聞こえへんで……おじさんは耳が遠いからなぁ」

 

 そんな二人が家を見ます。

 

 

--Before Side--

 石には苔がこびりつき、壁には蔦が絡みつき、

 そこかしこで窓は割れ、入り口には壊れた扉が立てかけてありました。

 そんな、魔女が住むような不気味さを醸し出していたルーデウス邸。

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--After Side--

 苔むした石は綺麗に磨かれ、壁は新しい塗料で真っ白に塗られています。

 くすんだ色になり元は何色だったかわからない屋根は、明るい緑色に塗りかえられ、

 扉は重厚な焦げ茶色の両開き戸が設置されています。

 金色に輝く蝶番の獅子が、まるで番犬のようです。

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 妻はそれを見て、口元を抑えました。

 

「どうだ?」

「あの、えっと」

「屋根の色は、シルフィの昔の髪の色に近いものにした。

 シルフィは嫌かもしれないけど、俺は結構好きだったからな」

「え? あ、そうだね。へぁ~……」

 

 思っていた以上に、理想に近かったのでしょう。

 妻の方は口元に手を当てたまま、感嘆の声を上げて家を見上げます。

 

「ささ、どうぞ中の方も見てください」

 

 依頼人に促されて、二人は中へと入ります。

 玄関には足拭き用のマットが置かれていました。

 土足文化のこの世界を憂う依頼人の心意気が表れているようです。

 

「右がダイニング、左がリビング。どっちから見る?」

「えっと、じゃあ、ダイニング? の方を」

「ダイニングがお好き! 結構。ますます気に入りますよ、さあどうぞ」

 

 どこかの国の車の販売人のような口調に、依頼人の緊張がにじみ出ています。

 入り口から向かって左手の部屋に入ります。

 

 大部屋は様変わりしていました。

 まず大きな長テーブルがおいてあります。

 装飾はされていませんが、十人は座れそうなテーブルです。

 壁には白い壁紙が張られ、部屋の隅には小さな花の生けられた花瓶が。

 大きな暖炉は修復され、新品のレンガの赤が部屋のアクセントになっています。

 

「わー、すごいね」

「食事はこちらか、もしくはリビングで取ります」

「こんなに長いテーブル、どうするの?」

「人を招いた時に使う事もあるでしょう」

「あ、そっか。そうだね。お客さんもくるんだよね」

 

 サングラスを外し、耳の裏をポリポリと掻く妻の頭を、依頼人は慈愛の表情でなでます。

 

「さ、次はこちらです。リビングです」

 

 依頼人に促され、二人はリビングへと移動します。

 そこには暖かな家庭的空間が広がっていました。

 

 暖炉を囲むように設置されたソファ。

 ソファの近くに置かれた小さなテーブルには、水差しとコップが置かれています。

 その部屋には、くつろげる家をという依頼人の想いを汲み取った、匠の心憎い工夫が見え隠れしていました。

 

「なんかこの部屋、素敵だね。座ってみていい?」

「もちろんですとも。んああ、おっしゃらないで、シートがやや固い。しかし使い込めば柔らかくなっていくそうです」

「まだ座ってないよ……ていうか、なんかルディ。さっきから口調が変だね」

「ちょっと緊張しているもんで」

 

 ソファに恐る恐る腰掛けた妻。

 

「別に硬くないよね」

「そうか、そりゃよかった」

 

 依頼人も妻の隣に腰掛けます。

 そしてそのまま妻の肩を抱いて。

 向き合う顔。絡み合う視線。

 妻がそっと目を閉じて……。

 

 依頼人は妻を立ち上がらせました。

 

「つ、次の部屋に行こうか。次は厨房です。

 我がルーデウス邸の誇る調理施設をご覧にいれましょう」

「う、うん!」

 

 厨房。

 そこには、以前よりあった石窯に加え、最新の調理機器が揃っています。

 巨大なイノシシを仕留めても捌ききれるような大きな作業台。

 どこにでもあるような大きな鍋の乗ったかまど。

 そして、どこにでもある保存用の樽や壺、瓶。

 

「ここは普通だ」

「普通だね」

 

 急に真顔になった依頼人に、妻も真顔でうなずきました。

 さて、お次は、洗濯場です。

 廊下を歩き、入り口から中へと入ります。

 すると、妻は首を傾げました。

 

「あれ、狭いね」

 

 大きな桶、洗濯板。

 そして一抱えもある籠が幾つかおかれたその部屋。

 洗濯をするにはこれぐらいでも問題がないのですが、少々気になります。

 特に、奥へと続く扉が。

 

「御覧ください」

 

 依頼人が奥への扉を開けます。

 すると……。

 なんという事でしょう。

 そこには、大きなお風呂。

 大きなお風呂場が作られていたのです。

 

--Before Side--

 石窯もないただの部屋。

 洗濯をするにしては少しばかり広すぎる、殺風景な二番目の厨房。

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-- After Side --

 床にはタイルがしかれ、部屋の端にはたっぷりとお湯の蓄えられた大きな湯船。

 傾斜の付けられた溝から、サラサラとお湯が流れていく。

 ただの石造りの部屋が、瀟洒なお風呂へと様変わり。

--

 

「えっと……。これは、もしかして、お風呂?」

「さすがシルフィ。風呂をご存知でしたか」

「あ、うん。王宮にいた時に、ちょっとね……でも、こんなに大きいのは初めて見るよ。

 温泉って言うんだっけ?」

「温泉とはちょっと違うけどな」

 

 驚きを隠せない妻。

 その顔を慈しむ目で見る依頼人。

 彼の表情から「混浴が楽しみでゲス」という真っ黒な心の声が、聞こえてくるかのようです。

 

「今は見せるためにお湯を入れていますが、

 普段は水を抜いておくつもりです」

「うん。えっと……あとで入り方を教えてね。わっ!」

 

 依頼人が妻を抱きしめました。

 どうやら、妻の唐突な一言に、感極まってしまったようです。

 

「もう、なんなの……?」

「いや、どうやって一緒に入ってもらおうかと悩んでたんで、つい」

「どうやってって、お風呂って一人で入るものじゃないでしょ?

 アリエル様はいっつも従者の人と一緒に入ってたもん。

 だからボクも、お風呂の経験はあるんだ。アリエル様を洗ってあげた事あるし」

「……ある部族の流儀だと、夫婦だとお互いの体を洗いあうんですよ。知っていましたか?」

「そうなんだ……それはちょっと恥ずかしいね。でも頑張るよ」

 

 そんな会話の後、階段をつかって2階へとのぼります。

 雨漏りの心配のあった天井は綺麗に修復され、明るい木材の肌を見せています。

 依頼人はまっすぐに奥の扉へと向かいます。

 

「とりあえず二階で用意したのはこの部屋だけだ」

「……あ、すごい」

 

 一歩入った妻は、驚きで目を見開きました。

 目に飛び込んできたのは、人が三人寝転んでもまだ余裕のあるベッド。

 そこには、依頼人お気に入りの枕が、一つだけおいてありました。

 

「なんでこんなにおっきなベッドを?」

「そりゃ、もちろんシルフィを美味しく食べるためさー」

「……あ、そっか。そうだよね、えへへ」

 

 依頼人と、その妻の顔にはにかんだ笑顔が咲きました。

 

 

---

 

 

 と、某ドキュメンタリー風に新家屋をシルフィに紹介してみた。

 シルフィはベッドに座りつつ、俺に寄り添っている。

 ニヤニヤしていて、上機嫌だ。

 気に入ってもらえて、何よりだと思う。

 このまま押し倒して、夫婦の営みというものに移行したい。

 が、その前に、ちょいとお話する事がある。

 

「シルフィ、結婚すると言ってから約3週間。短いですが、少々時間をおきました」

「は、はい」

 

 敬語を使ったのは、真面目な話をするからだ。

 シルフィもそれに気づいたらしく、居住まいを正した。

 

「結婚と言われても、正直な所、俺はどうすればいいかわかりません。

 こうして家を買ってはみたものの、正直先走った感じがしてなりません」

「そ、そんな事ないよ、ボクは嬉しいし。こんな立派なお屋敷、むしろボクなんかにいいのって感じで……」

「そうですか。問題が無いのならいいのですが、話したいのはつまり、これからの事です」

 

 これからの事。

 そう言うと、シルフィは顔を赤くして、なにやらもじもじとし始めた。

 

「えっと、ルディが望むんだったら、何人でもいいよ?

 でもボク、長耳族の血が結構濃いから、できにくいかもしれないけど……」

「お、おう」

 

 非常に興奮するお言葉だ。

 現代日本じゃあるまいし、結婚したのに経済的な理由で子供はお預けとか言われたら嫌だしな。

 

 うむ。俺は本能には忠実なのだ。

 生物の本能とはすなわち生殖である。

 生殖とはすなわち子作りである。

 

「でも、アリエル王女の護衛はどうするんですか?」

 

 が、しかし。

 シルフィの仕事に対しても、理解があるつもりだ。

 アリエル王女がどう考えているのかわからないが、

 もし妊娠して身重になれば、護衛の仕事を続けることは出来ないだろう。

 まあ、それだけなら、俺なり何なりが代わればいい。

 俺も戦闘力だけなら、それなりに高いしな。

 しかし、護衛の仕事はそれだけじゃない。

 

「どうするって……?」

「両立は難しいのではないですか?」

「そのへんは、アリエル様とも話し合ったんだけどね」

 

 話し合ったらしい。

 当然か。

 

「ボクらはまだあと2年はこの国にいるし、卒業した後もすぐにアスラ王国に戻るわけじゃないんだ。大体あと5年ぐらいを目安にしてる。だから、えっと……」

 

 シルフィは、護衛をやめるつもりはないらしい。

 簡単に護衛をやめるという選択肢が出てこないあたりに、アリエルやルークとの絆の強さを感じる。

 

 昔の俺に依存していたシルフィだったら、なんと言っただろうか。

 全てをほっぽりだして俺と添い遂げる、とか言い出しただろうか。

 それはそれで嬉しいが……。

 

「ゴメン……よく考えたら、ルディに失礼な話だよね……。

 こんな立派なお家も買ってくれたのに、

 アリエル様の護衛があるから、あんまり居着けないだろうし……。

 これじゃ、妻になる資格なんてないよね」

 

 シルフィは沈痛な面持ちで、顔を伏せた。

 男は仕事をして、女は家を守る。

 という意識はあまり強く無い。

 男女で強さに大差のない世界だからか。

 とはいえ、一応、男が働き、女が家を守るのが理想とは言われている。

 

「やっぱり、ボクじゃダメかな?」

 

 シルフィは、目に涙をためてそんな事を聞いてきた。

 なんだか申し訳ない気分になる。

 

 二年間の禁欲生活。

 それが性欲を取り戻し、二年、いや三年分の白い血潮を吐き出したのだ。

 俺の脳内ではシルフィ=エロい事をさせてくれる人、というものがインプットされている。

 

 要するに俺のシルフィに対する好意は大半が性欲なのだ。

 これはもはや刷り込みに近い。

 

 だが、俺はそれ自体は悪いとは思っていない。

 俺にとって、性欲とは大切なものだ。

 シルフィはそんな大切なものを取り戻させてくれた。

 自分の体を使って。

 

 俺は獣族にドン引きされるほどの性獣だ。

 その俺に媚薬を飲ませ、襲われる。

 シルフィは初めてだった。

 俺は乱暴だったし、さぞ怖かっただろう。

 だというのに、そうした素振りは全く見せず。

 朝起きたら俺を見て微笑んでくれた。

 

 そのお陰で、俺は力を取り戻すことができたのだ。

 シルフィがダメなら、誰がいいというのだ。

 もし、ここで適当な理由でシルフィと結婚しなければ、

 そして、シルフィが他の男に取られたら。

 俺は一生後悔するだろう。

 取られたら……。

 そうだ、すでにシルフィは俺のものだ。

 

「シルフィは俺の物だ」

「ふえ!? あ、はい。ルディのです」

「なので結婚してください」

 

 思えば、こうシルフィに対してハッキリと口にしたのは、初めてだったかもしれない。

 

「……はい」

 

 シルフィは、頬を赤らめながら頷いてくれた。

 ほっと一息。

 

「護衛の仕事のことは、気にしないでください。

 家のことは俺も頑張りますから。

 シルフィは、シルフィのやりたいようにやればいいのです」

「うん」

「まあ、出来れば何日かに一度は一緒に寝てほしいなー、ぐらいには思っていますが」

「うん?」

 

 口から欲望が漏れた。

 

「……寝るって、そういう意味だよね?」

「いえいえ、もちろん強要はしません。ダメな時は、ちょっとだけシルフィの貧乳を揉ませてくれれば大丈夫です」

「えっと……ボク、頑張るよ? ルディに我慢させるつもりはないよ?」

「無理はいけません。一日の疲れはきっちり癒さねば。夜寝る前か、朝起きた時にちょっとだけ揉ませてくれれば、自分で処理しますので」

 

 どんどん欲望が溢れ出てくる。

 いや、シルフィの前ではあまり格好つけてもしょうがない。

 俺は元々、こういう奴なのだ。

 

「ルディってそんなにボクのおっぱいが好きなの?」

「大好きです」

「ルークはボクの胸に魅力なんか無いって言ってたけど……」

「あんな若造の言うことは何一つ信用してはいけません」

 

 若い奴ほど、デカイだの小さいだのに拘る。

 しかし大切なのはそんな事じゃない。

 ハートだ。

 ですよね、おっぱい仙人。

 

「でも、ほとんどルディと変わらないよ?」

「いいえ、俺の鍛えられた大胸筋と、シルフィの美しい貧乳は違うものです。何なら触ってみますか?」

「あ、うん」

 

 そう言って胸をつきだしてみると、シルフィの手がそっと触れてきた。

 

「確かに全然違うね……なんか硬い……」

「ふん!」

「……わっ!」

 

 調子に乗って胸筋を動かしてみると、シルフィは慌てて手を離した。

 

「この胸筋はシルフィのものなので、何時でも触っていいですからね」

「……ぼ、ボクのはルディのものだけど、触る時は時と場所をわきまえてね」

「今は?」

「い、今は、だ、大事な話をしてるんじゃないの?」

 

 っと、そうだ。

 話がそれた。

 

「つまり、何が話したいかというとですね。

 これからの結婚生活を円滑にするために、

 お互いに要求するものとか、不満とかがあったら、きちんと話し合いをしていきましょうと。

 そういう事を言いたいわけです」

 

 そうやって無理やりまとめると、シルフィはうんと頷いた。

 

「うん。そうだね」

「さしあたって、何か俺に言っておくべき事とかありますか?」

 

 シルフィはちょっと考えてから、目を伏せた。

 そして、寂しそうな顔で笑って、言った。

 

「突然、いなくなったりしないでね?」

「……ああ」

 

 そうだな。

 突然、どっかに行かれるのは、辛いよな。

 

「わかった。突然いなくなったりはしない」

 

 約束した。

 好きな相手にいなくなられる事の辛さは理解しているつもりだった。

 

「……」

「……」

 

 一応、大事な話は終わった。

 まだいくつか話したり相談しなければいけない事もあるだろうが。

 それはおいおいでいいだろう。

 

「……じゃあ、いいか?」

「ど、どうぞ」

 

 シルフィは緊張の面持ちで薄い胸を突き出してきた。

 俺はそれをまっすぐに揉もうとして……。

 我慢した。

 

 前回は野獣のようになってしまった。

 今回は欲望より優しくすることを優先しよう。

 

 俺はシルフィを優しく抱きしめた。

 そのまま、ゆっくりとベッドに押し倒す。

 

「……も、揉むんじゃないの?」

「それは朝と夜の話です」

「う、うん」

 

 至近距離で見つめ合う。

 シルフィの潤んだ目に、俺の顔が写っている。

 彼女は目をそっと閉じた。

 俺は彼女の頭を撫でながら、ぎこちなくキスをした。

 

 

---

 

 

 その夜。

 俺はけだるい体を引きずりつつ、地下室へと降りた。

 

 入居間もないこの地下倉庫には、現在なにも置かれていない。

 申し訳程度に棚が幾つか置いてあるだけである。

 

 俺はその奥へと歩き、匠の手によって直された隠し扉へと手を掛ける。

 

--Before Side--

 開閉時にキィキィとうるさかった扉。

 隠し扉だというのに端が汚れ、明るくしてみれば一目瞭然。

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-- After Side --

 開閉部に新しい金属を使用し、たっぷりと油をさした事で、扉は音も無く開くようになった。

 地下室に使われていた壁材料も一新され、そこに扉がある事など、誰もわからない。

--

 

 静かに開けられたその空間。

 そこにちょこんと鎮座しているのは、神棚である。

 白木で組まれた小型の神社。

 黒光りする石で作られた祭壇、そこに祀られた御神体。

 

 あの薄汚い研究室は綺麗に掃除され、神々しい空間へと変化を遂げた。

 

 

 全てが寝静まった夜、

 俺は新たなる聖域で神への祈りを捧げるのであった。