無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第百十三話「砂漠の生態」

 砂漠の旅が始まった。

 サキュバスに奇襲を受けたおかげで身が引き締まった。

 この数年、学校なんて場所にいたせいか、少々勘が鈍っていたかもしれない。

 もともと鋭い勘ではないんだが。

 こういったものは気持ちの持ちようだ。

 

 ここはベガリット大陸。

 安全な中央大陸とは違う。

 切り替えなければ、死ぬかもしれない。

 

「一応、厚着をしましょう。水分補給はマメにするように、水筒の中身が足りなくなったら言ってください」

「了解しましたわ」

 

 俺たちはフードをかぶり、コートを羽織る。

 肌は露出させない。

 もしここにクリフがいれば、この暑いのになんで厚着しなきゃいけないんだと文句を言っただろうか。

 

 砂漠といえども、魔術で水も氷も作り出せる。

 とはいえ、何が起こるかわからない。

 俺もエリナリーゼも砂漠の旅の仕方など知らない。

 気づいたら熱中症で魔術を使えない、なんてことにはならないようにしないといけない。

 

「進むべきは、真北でよろしくて?」

「ええ。お願いします」

 

 地図によると、最寄りの町は北にある。

 エリナリーゼは方位磁石も無しにぴたりと北を目指して歩き出した。

 長耳族は太陽の見えない密林であっても方向感覚を失わない。

 エリナリーゼは長年の経験を頼りに、まっすぐ同じ方向へと移動できるのだ。

 もっとも、長耳族にかぎらず、地図さえあれば迷わず町に辿りつけるという人は、この世界にはわりと多い。

 経験なんだろうな。

 

「それにしても、暑いですわね」

「いっそ、このへん一帯に雨でも降らしますか?」

「魔物が寄ってくるから、やめておいた方がいいですわね」

 

 どこの砂漠でも、生物は水を求める。

 大森林の雨季にも、トカゲっぽい魔物が大量に出現するからな。

 とはいえ、ベガリット大陸の魔物は寒さに弱いと聞く。

 いざとなれば、ここら一帯を凍りづけにしよう。

 エリナリーゼを巻き込まないように注意しないとな。

 

 などと考えつつ、

 エリナリーゼの後に続いた。

 

 一応、石碑の位置も確認しておいた。

 

 

---

 

 

 砂漠を歩くのは初めてだ。

 一歩歩くごとに、やわらかい砂に足がうまるような感覚がある。

 

 北方大地の雪で歩きなれていてよかった。

 同じとはいえないが、足腰にかかる負担は同じぐらいだ。

 これなら、一日中歩き続けても問題ない。

 

 そう思っていたのだが、ほんの数時間程度でヘトヘトになった。

 日光の強さが問題だろう。

 強い日差しと、熱風、上昇した体温でクラクラする。

 頻繁に水分補給をして体温調節はしているものの、

 発生した虚脱感はいかんともしがたい。

 

 やはり、頭上に雲の一つでも作るべきだったかもしれない。

 そんな俺に比べて、エリナリーゼは元気だった。

 

「ルーデウス、意外と体力がありませんのね?」

「雪道を歩き慣れているので、砂は大丈夫なんですがね。やはり暑さがどうにも」

「でもきっと、クリフやザノバなら、とっくに倒れていますわ。つれてこなくて正解でしたわね」

 

 やはりこの世界の戦士の体力は化け物か。

 これも闘気とやらのお陰なのだろうか。

 羨ましい。

 

 しかし、暑さがヤバイな。

 出た汗が、瞬時に蒸発していくような感覚すらある。

 

 北方大地にいた頃は、寒さがヤバかった。

 あの時は、自分の周囲の空間に魔術で熱を発生させていた。

 火魔術『バーニングプレイス』の応用だ。

 あれを少しいじれば、今でもマシになるだろう。

 

 即座に実行してみる。

 

「あら涼しい、何かしまして?」

「ちょっと周辺の温度を下げてみました」

 

 体感的には、5℃ぐらいだろうか。

 まだまだ暑い。

 このギンギラギンにさりげない太陽のせいだろう。

 フードをかぶっているのに、頭のてっぺんが燃えるようだ。

 日傘を用意すればよかったかもしれない。

 

 とりあえず、周辺の温度を下げつつ、水筒の一つを氷枕にして、服の中に入れて歩くことにした。

 溶けてきたら魔術でまた凍らせる。

 かなり楽になった。

 これでもう暑さは大丈夫だ。

 

 

---

 

 

 日中、魔物に何度も遭遇した。

 

 最初に見たのは、でかいサソリだ。

 二メートルぐらいだろうか。

 尻尾が二つに分かれており、それぞれ独自に動いて攻撃をしてきた。

 エリナリーゼによると、双尾死蠍《ツイン・デス・スコルピオ》というらしい。

 尻尾の毒は猛毒で、中級の解毒でなければ治癒できないのだとか。

 覚えてよかった、中級解毒。

 

 双尾死蠍《ツインデス・スコルピオ》は、外皮がやや硬いが動きは鈍かった。

 エリナリーゼが足止めをして、俺が岩砲弾を一発。

 2秒で倒せる相手だ。

 B級だそうだが、パーティとの相性がいい。雑魚だな。

 ただ、エリナリーゼだけだと攻撃力が少々足りなくて苦戦しそうだ。

 

「ふぅ、随分とでかいですわねぇ」

「こんなもんでしょう?」

「魔大陸と同じぐらいの大きさですわ」

「まあ、言われて見ると」

 

 ベガリット大陸の魔物の強さは魔大陸より下。

 そう聞いていただけに、この大きさは少々驚きだった。

 もう、半分ぐらいのサイズかと思っていた。

 

「こいつが特別大きいのかもしれませんわね」

「最初に出会った奴が最強だった、よくある話です」

「よくはありませんわよ」

「じゃあ、このあたりの敵が単純に強いだけかもしれませんね」

「その可能性が高いですわね」

 

 なんて会話をしつつ、先を急ぐ。

 

 次はトゥレントだった。

 この魔物は本当にどこにでもいるな。

 今回はサボテンに擬態していた。

 ちなみに、名前は『カクタストゥレント』だ。

 ランクはC級。

 針を飛ばしてきたり、土魔術のようなものを使ってきたりもしたが、やはり大した相手ではなかった。

 

「トゥレントを見つけると、何か安心しますわね」

「どこにでもいますからね。まるでスライムみたいだ」

「ん? スライムは洞窟の中にしかいませんことよ?」

「いえ、こっちの話です。しかし、このサボテン、薪になりませんね」

「水分が豊富すぎますわね。魔術がないならありがたい存在でしょうけど」

 

 今となってはエリナリーゼも水魔術を扱える。

 授業をサボっていたと思ったが、学ぶべきことはちゃんと学んでいたようだ。

 

 

 そいつはいきなり現れた。

 

「敵襲!」

 

 エリナリーゼが唐突に叫びつつ、バックステップを踏んだ。

 次の瞬間、エリナリーゼの数歩先の地面から、巨大な何かが飛び出してきた。

 ミミズだ。

 直径1メートル、長さにして5メートルはあろうかという巨大なワームが飛び出してきたのだ。

 そいつは中空でバクンッ! という不気味な音を立てた後、即座に砂の中へともぐっていった。

 

「ふぅ、びっくりしましたわ」

「なんですか、今のは」

「サンドワームですわね。ちょっとでかいですけど」

 

 サンドワームは土の中でじっと待機し、獲物が上を通りかかったら飛び出して捕食する魔物だ。

 俺は見たことがないが、大森林にも似たようなのがいるらしい。

 ただ大きさが違う。

 大森林にいる奴だと、直径20から30センチぐらいだそうだ。

 人間にとっての脅威ではない。

 

「魔大陸には大きいのもいるらしいですわね。見たことありませんの?」

「俺が魔大陸で見たのは、蛇とか狼ばっかりですよ。あと変な鎧」

「鎧というと……ソウルブレイカー?」

「いえ、エクスキューショナーとかいう名前だったかな。でかい剣を持ってる奴」

「ああ、強い方ですわ。一人では会いたくない相手ですわね」

 

 しかし、ベガリット大陸のサンドワームはでかいな。

 地上に出た部分だけでも5メートルはあった。

 地中部分も含めれば、全長10メートル近くになるんじゃなかろうか。

 人間を一人、丸呑みに出来るサイズだ。

 

 そんなのが地中に潜んでいて、真上を通りかかったらバクン。

 即死トラップの一種ではなかろうか。

 もっとも、初撃さえ回避してしまえばなんの事はない。

 地中にいるサンドワームに土魔術でミキサーを掛けてやれば、断末魔の悲鳴すらなく即死する。

 地表部分が体液で湿って水溜りが出来た。

 ちょっと気持ち悪い。

 

「こんなでかい芋虫から、どんな華麗な蝶が生まれるんでしょうね」

「案外、サキュバスになるのかもしれませんわよ? 夜の蝶、とかいって」

「はは、それじゃ、エリナリーゼさんは芋虫から生まれたことになりますよ」

「ふふ、わたくしにも芋っぽい時期はあったんですのよ」

 

 サキュバスという部分を否定しやがらねえ。

 それにしても、芋っぽいエリナリーゼってどんなのだろうか。

 眼鏡とかかけて図書館にいたりしたのだろうか。

 いや、それともオーバーオールを着て畑で農作業とかしてたのだろうか。

 クリフにその頃の映像でも見せてやれば、きっと興奮することだろう。

 ギャップというのは素晴らしいものだしな。

 

 

 最後に遭遇したのはアリだった。

 砂丘を一つ乗り越えた所で発見し、発見した瞬間にエリナリーゼに押し倒された。

 せっかく登った砂丘の中腹まで転がり落とされる。

 

「なんですかいきなり」

「ファランクスアントの群れですわ!」

 

 ファランクスアント。

 そう言われても、俺にはわからん。

 とりあえず、エリナリーゼの真似をして、匍匐前進で砂丘をジリジリと登りなおす。

 目の前には、皮のズボンに包まれたエリナリーゼの尻。

 相変わらずエリナリーゼはいい尻をしている。

 シルフィも20歳ぐらいになったらこんな感じになるんだろうか。

 今の小さい尻でも十分魅力的だが。

 

「そっとですわよ、刺激しないように」

 

 砂丘の頂上に着く。

 斜面に隠れつつファランクスアントの群れとやらを観察してみる。

 

 真っ赤な体をしたアリが、隊列を作って歩いていた。

 大きさは、30センチから1メートルといった所だろうか。

 でかい奴や小さい奴もいる。

 形も結構さまざまで、羽の生えている奴や、人間みたいな上半身を持つ奴もいる。

 

 それがわらわらとひしめきあいつつ、一点を目指して行軍していた。

 一言で言えば、グンタイアリだ。

 グンタイアリが赤い川のようになっている。

 長さは地平線の向こうから向こうまで。

 凄まじい長さの列だ。

 

「あのサイズ、あの数なら、文句なくS級ですわね」

「ほう。S級ですか、参考までに説明をください」

「ファランクスアントは、あらゆるものを食い尽くす最強の魔物の一種ですわ。

 大森林にもいますけれど、あの大きさのはきっとベガリットの固有種ですわね」

 

 ファランクスアントは、グンタイアリが変異したものであるらしい。

 アリではあるが巣は作らず、ひたすらに旅をして、その道中にあるものを食い尽くす。

 何種類かの天敵はいるものの、

 地上を歩く相手なら、たとえはぐれ竜でも食らいつくしてしまう。

 そして、ある時期がやってくると巣をつくり、次の世代に交代する、と。

 ここまでは普通のグンタイアリだな。

 

 だが、魔物であるがゆえか、通常のグンタイアリより知能や好戦性が高いらしい。

 例えば俺たちが砂丘から姿を堂々と見せれば、

 なんら敵対的な行動を取っていなかったとしても、進路変更して襲い掛かってくるそうだ。

 

「一匹一匹はそれほど強くありませんわ。今見えているのでも、小さいのでE級、大きいのでD級かC級ですわね」

「それでもC級あるんですか」

 

 見たところ、1000や2000ではきかない数がいる。

 この世界の魔物のランクには、群れの数も含まれている。

 D級やC級でも、10000匹集まれば納得のS級だ。

 

 生前にやっていた某ゲームでは、人間の3倍はありそうなアリが大量に出てきた。

 だが、あれほど大きい必要はないのだ。

 この世界の魔物はやけに運動性能がいいしな。

 

「あ、あれが女王ですわね」

 

 エリナリーゼが群れの一点を指差す。

 ひときわでかい個体がいた。

 2メートル以上はあり、上半身に女性の体が生えていた。

 タ○ムクイーンといった感じだ。

 スタンが弱点だな。

 

 生前の世界の軍隊アリは、女王アリでもせいぜい50ミリという話だが、

 それを参考にすると、あのファランクスアントは単純に50倍の大きさを持っている事になる。

 脅威だな。

 

 この世界には群れる魔物がやけに多い。

 しかも、なぜか集団戦がうまい。

 だから、あのアリとは戦いたくない。

 

 きっと、ちょっかいを掛けた瞬間、ローマ軍ばりの綺麗な方陣とか組んで襲い掛かってくるんだろう。

 もしかすると、魔術を撃ってくる奴とか、遠距離攻撃をしてくる奴もいるかもしれない。

 

 一掃するような巨大な魔術を使えば勝機はあるだろうか。

 いや、そんな魔術を使えば、自分たちにまで被害がきそうだ。

 

「ちょっとルーデウス。何やる気出した顔してるんですの?」

「やる気? 出してませんよそんなものは」

「やるとしたらどうしようって顔してましたわよ」

 

 俺がそんな好戦的な顔をするわけがない。

 どこの戦闘民族だよ。

 オラはワクワクしねえぞ。

 

「いや、もし気づかれたときにどうやって逃げようかな、と」

「ならいいですけど……群れが通り過ぎるまで、待ちますわよ」

「了解」

 

 エリナリーゼの言葉に頷く。

 

 べつに蹴散らした所で経験値が入るわけでもない。

 素材を持っていけば金にはなるだろうが、このクソ暑い中、あの真っ赤で暑そうな外皮を持ち歩く気にはならない。

 

 危険は避けよう。

 今の目的はラパンにたどり着く事だからな。

 手柄を立てることじゃない。

 偵察が任務の兵長みたいになってはいかんのだ。

 

 一時間程度で、アリは姿を消した。

 

 

---

 

 

 砂漠の夕暮れは赤い。

 砂が真っ赤に染まり、地面の模様のコントラストがくっきりと残る。

 赤と黒の縞模様が地面に作り出され、幻想的な光景が広がっている。

 別世界だ。

 元の世界でも、こんな光景はあったのだろう。

 

「気温が下がってきた。この調子なら夜の方が距離を稼げそうですね」

「そうですわね、どんどん行きますわよ」

「りょうか……ん?」

 

 なんて事を言っている、ふと空中を何かが飛び回っていることに気づいた。

 見上げてみると、50センチほどのコウモリだ。

 でけぇ。

 

 奴らはバサバサとでかい音を立てながら、周辺を飛び回っている。

 昼間には出てこない、普通の虫やトカゲなんかを捕食しているのだろうか。

 

「巨大蝙蝠ですわね」

「あ、魔物ですか」

「魔物かどうか微妙なところですけど、量が多いですわね、一応注意を」

 

 このコウモリの名前は巨大蝙蝠だそうだ。

 ランクはF級。

 量が多いので、E級だろうか。

 攻撃能力は特に無く、驚異的でもない。

 人に襲いかかることも無い。

 羽音がうっとおしいだけの存在だそうだが。

 

「あ、あれ? なんですのこいつら!」

 

 奴らはなぜか、エリナリーゼに群がった。

 特に攻撃をするわけではないようだが、彼女の周囲にまとわりついている。

 オスなのだろうか。

 

「ちょっと……ルーデウス! みてないでなんとかなさいな!」

「あいよ」

 

 さすがのエリナリーゼもこれだけまとわりつかれると、移動もままならない。

 竜巻でも巻き起こして散らしてやろうか。

 なんてのんきに考えていたが。

 

「ん?」

 

 蝙蝠の群れの奥。

 ひときわでかいシルエットが混じっていた。

 大きなコウモリの羽を持ち、妖艶なしぐさでスキップするように近づいてくる。

 と、同時に俺の鼻をくすぐる甘い匂い。

 サキュバスだ。

 

「うおおぉ! 『岩砲弾(ストーンキャノン)』!」

 

 俺の太くて固い砲弾がボディブローのようにサキュバスに叩き込まれる。

 サキュバスは苦悶の表情を作りつつ、腹を押さえてバックステップ。

 そのまま腹を抑えて逃げ去っていった。

 

 うーむ。

 無意識的に威力をセーブしてしまった。

 どうにも相手が人間の顔をしてるとダメだな。

 俺には殺す覚悟とか、そういうのはできんよ。

 

 俺はサキュバスという魔物には弱い。

 認めよう。

 殺せもしないし、その匂いというか、フェロモンを嗅いだ瞬間、理性を失ってしまう。

 近接戦闘でもした日には、あっというまに虜になってしまうだろう。

 もっとも、距離さえあれば岩砲弾で一発だ。

 やられることもない。

 

 サキュバスの戦闘力はE級程度だが、

 分類的にはC級に相当する。

 強力な魔物だ。

 もし俺が童貞のままだったら。

 いや、シルフィとの甘い夜の経験がなければ。

 勝てる要素は無かっただろう。

 

 サキュバスって存在自体は生前でも大好きだったからな。

 こっちのサキュバスは化粧がとれるとちょっとアレな顔になってしまうが、男の前でスッピンを見せなければどうという事はない。

 そういうものだと理解すれば、受け入れる事も容易だ。

 

 だから、仕方が無いのだ。

 巨大コウモリを片付けた後、ムラムラきてエリナリーゼに後ろから抱きついたとしても。

 これは仕方が無いことなのだ。

 状態異常なのだ。

 

「ちょ、ルーデウス! ルーデウスしっかりなさい! はやく解毒を! こらっ! 押し付けないの!」

「ちょっとだけ、ちょっとだけですから! 先っぽだけ、いえこの際後ろの方でいいですから、後ろなら浮気になりませんから!」

「ふざけた事を言わないの!」

「ぐほっ!」

 

 抱きついてナデナデしていると、エリナリーゼに頑丈な盾で殴られてブルスコファー。

 これがエロゲーなら、エリナリーゼは文句なく暴力系ヒロインと呼ばれるだろう。

 理不尽ではないが。

 ともあれ、痛みで少し正気に戻り、解毒を使う。

 

「はぁ……はぁ……お手数掛けます」

「仕方ありませんわ……そういう魔物ですもの」

 

 うう、殴られたところがズキズキする。

 盾って鈍器だよな。

 

「ふぅー……サキュバスは本当に、いい加減にして欲しい相手ですわねぇ……ああ、もう……むずむずしてきましたわ……」

 

 エリナリーゼは赤くなった頬を叩きつつ、首を振る。

 俺の求愛行動に、わりとグラグラきているらしい。

 あくまでサキュバスのフェロモンのせいであり、内心は本気でもなんでもない肉欲なのだが。

 まあそれはいい。

 

 殴ることで彼女も耐えている。

 仕方ないのだ。

 これは仕方がない事なのだ。

 

「あのコウモリ、どうやらサキュバスの配下らしいですわね」

「そのようで」

 

 中央大陸にも、自分より下の魔物を従わせている魔物はいる。

 たしか、俺がこの世界で初めてみた魔物もそうだったはずだ。

 名前はなんだったかな。

 一度しか見てないからど忘れしてしまった。

 なんか二足歩行の猪みたいなやつだ。

 

 サキュバスは巨大蝙蝠たちを配下に置いているようだ。

 男女が旅をしているのを見かけたら、女に蝙蝠をけしかけ、

 その間に男を魅了して、連れ去ってしまう。

 連れ去られた男は、サキュバスの巣穴で性的な意味で食べられ、

 最終的には物理的な意味でも食べられてしまうのだとか。

 

 俺は遠距離から一撃で倒せるからなんとかなる。

 だが剣士や戦士系なら大変だろう。

 なにせ、あの匂いを至近距離で嗅ぎつつ戦わなければならないのだから。

 長期戦になればなるほど、不利になっていく。

 どんな高潔な騎士でも、抗えきれず、膝を屈するだろう。

 サキュバスに勝てるのはホモぐらいなものだ。

 

「……今度はなんだ?」

 

 サキュバスとの戦闘の後。

 砂丘の向こうから、ヴェロキラプトルのような二足歩行のトカゲがひょこっと顔を出した。

 次々と出てきて、こちらにやってくる。

 でかくはないが十数匹。

 何匹かが地面に落ちたコウモリたちを捕食し始めている。

 

「見たことありませんわね」

 

 エリナリーゼは油断なく剣と盾を構える。

 俺も杖を掴んで、一応様子を見る。

 

「エリナリーゼさんでも知らない魔物がいるんですか」

「わたくしだって、別に魔物博士ってわけではありませんのよ」

 

 この日見たトカゲの名前をエリナリーゼも知らない。

 ベガリットの固有種だろう。

 

 ラプトルたちは俺たちを見ると、威嚇しつつ襲い掛かってきた。

 獲物をとられるとでも思ったのだろうか。

 いや、蝙蝠を倒したのは俺たちだから、奴らが獲物を奪っているのだ。

 

 それほど強くはないとはいえ、鋭い牙もあるし、足も速い。

 まあ、大したことはない。

 

 またたく間に7匹ほど倒した。

 残り10匹ぐらいか。

 奴らも警戒し、俺達と距離を取った。

 

 どれ、上級魔術で一気に片付けてやるか。

 と、思った次の瞬間。

 

「ルーデウス! 気をつけて! でかいのが来ますわ!」

 

 ラプトルと戦闘をしていると、さらにでかい奴がやってきた。

 一言で言うなら、でかい鶏だ。

 5メートルぐらいの大きさを持つ鶏だ。

 もはや恐竜だな。

 真っ赤なとさかが目に痛い。

 

 こいつはヴェロキラプトルの天敵であるらしい。

 五、六匹で群れをつくり、ヴェロキラプトルを強襲、あっという間に蹴散らしてしまう。

 逃げ惑うラプトル、食い散らかす鶏。

 

「ガルーダの一種ですわね……」

 

 ガルーダは単体でC級。

 群れている現在はB級に相当するらしい。

 しかし、このサイズならA級もありうる。

 

 ラプトルとの戦闘で少し距離が離れたせいで、鶏は俺たちへは威嚇だけにとどまっている。

 ラプトルは哀れにも逃げ惑い続けているが、いつまでもつか。

 獲物を食い尽くせば、次は俺たちに襲い掛かってこよう。

 倒せない事はないだろうが……。

 

「ルーデウス、逃げますわよ。何かきますわ」

 

 しかし、エリナリーゼの鋭敏な感覚は、ガルーダのさらに後ろ。

 なにやら巨大な肉食獣の気配を感じ取っていた。

 

「了解」

 

 撤収中、エリナリーゼはちゃっかりラプトルの死体を一匹回収する。

 コウモリよりはうまそうだ。

 

 

 

 ラプトルとの戦闘場所から離れ、安全な場所にシェルターを作る。

 今日はここで一晩過ごすのだ。

 

 一応、ラプトルの死骸をその日の晩飯にする。

 持ってきた食料が心もとないというわけではないが、

 道中に自給自足するのは冒険者の基本だ。

 

 それにしても、夜の砂漠は昼とは大違いだな。

 次々と魔物が現れた。

 あのままさらに鶏と戦えば、また別の魔物が現れたことだろう。

 エリナリーゼの予想では、例のサキュバスのフェロモンが魔物をも寄せ付けているのだという事だ。

 男にとっては芳しい匂い。

 女にとっては不快な匂い。

 魔物にとってはどうなのかはしらないが、

 その匂いのする場所に餌となる獲物がいるとなれば、寄っても来るだろう。

 

 そして、サキュバスは人間の男を獲物とする。

 結果として、人間が歩いている所に魔物の吹き溜まりができるというわけだ。

 最初のサキュバスを退治した時にコウモリも魔物もこなかったのは、あの場所が結界に守られていたからだろうか。

 運悪く、サキュバスが単体で潜り込んでしまったのか。

 ……もしかしてあのサキュバス、オルステッドの知り合いだったとか無いだろうな。

 

 い、いやいや。

 それだったらいきなりあんな誘惑とか無いよな。

 向こうだってこっちがオルステッドの関係者かどうか聞いてくるはずだし。

 まてよ。

 単なる文化の違いだけで、サキュバスにとってはあれが挨拶だったのかもしれない。

 日本にも裸の付き合いという言葉があった。

 外国人が理解できない文化というやつだ。

 サキュバスもそのつもりで、単に俺を気持ちよくさせてくれる感じだったのかもしれない。

 だとするとヤバイ。

 俺は知らず知らずのうちにオルステッドに弓を引いたのかもしれない。

 今から戻って、墓でもたててこようか。

 何があったかはわからずとも、丁寧に埋葬しておけば溜飲を下げてくれるかもしれない……。

 

 いや。

 もしあの遺跡に誰かがいるというのなら、

 ナナホシからそういう話の一つがあってもいいはずだ。

 そうだ、大体オルステッドは呪いのせいで人に嫌われているというじゃないか。

 もしかすると人だけじゃなくて魔物にも嫌われているかもしれない。

 うん、だからあのサキュバスは無関係だ。

 

「あふぁ……ベガリット大陸、聞いていたのとはえらく違いますわね」

 

 俺の焦燥を知ってかしらずか、エリナリーゼはシェルターの中であくびをしつつ、そんな事を言い出した。

 暢気なことだ。

 オルステッドを知らない奴はこれだから。

 

 もっとも、きっと俺のこの考えも杞憂だろう。

 もしかして、この魔物は誰ソレの知り合いなのでは。

 なんて事を考えだしたら、行く先の全てで魔物にお伺いをたてなければいけなくなる。

 向こうは捕食しようとしてきた。

 こっちは撃退した。

 それだけの事なのだ。

 

「そうですね、思った以上に魔物が多い」

 

 俺は自分の考えを振り払い、エリナリーゼに答える。

 正直、魔物の密度が魔大陸より酷い。

 実は天大陸に転移した、とかないだろうな。

 

「まあ、今のところなんとかなっているから、大丈夫ですわね」

「油断は禁物ですけどね」

「言われるまでもありませんわ。でも今までと同じ対応ができればほとんどの魔物は撃退できるはずですわよ」

「俺がサキュバスにやられそうな時も、引き続き同じ対応でお願いします」

「そっちはもう少し気をつけなさいな」

 

 などと言いつつ、1日目が経過した。

 やけに長い1日だった。

 ていうか、まだ1日か。

 

 先は長いな。