無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第百十五話「バザール」

 八日目。

 岩棚から降りて、バザールへと向かう。

 

 高い所から見るバザールはドーナツのようだった。

 大きな湖の周りを取り巻いている天幕が砂糖。

 さらにその周囲を、若干の緑色が囲っている。

 あの手の甘い揚げ菓子は最近食っていないな。

 

「ようやくですわね」

「そうですね、たった七日なのに、ずいぶん遠く感じましたよ」

「魔物ばっかりですものね」

 

 地面は砂漠ではなかった。

 栄養の少なそうな赤茶けた大地で、こぶし大の石がゴロゴロしている。

 魔大陸の地面に似ているかもしれない。

 お陰でかなり歩きやすくなった。

 気温もだいぶ下がっている。

 あの岩棚の向こうとこっちでは、えらい違いだな。

 

 

 バザールに近づく頃には夕方になっていた。

 赤茶けた大地を、コウモリが飛び回る。

 すわ、サキュバスかと身構える。

 だが、コウモリは飛び回るだけだ。

 襲い掛かってくるでもなく、中心にサキュバスがいるでもない。

 ただのコウモリだ。

 

 しかし、バザールの近くとはいえ魔物はいるかもしれない。

 警戒しながら移動する。

 

 キェー……

 

 バザールに近づくと、グリフォンの鳴き声が聞こえた。

 警戒を強める。

 

「なんでしょうね」

「戦ってますわね」

 

 エリナリーゼは前方を見据えて言った。

 俺の目にはまだ映らない。

 

「誰が?」

「さぁ」

 

 聞き返すと、そっけない返事が帰ってきた。

 さらにバザールへと近づいていく。

 すると、数人の人間とグリフォンが見えてきた。

 

 4人の人間。

 5匹のグリフォン。

 

 いや、人間は正確には4人ではなかった。

 6人だ。

 

 2人が地面倒れている。

 さらに、1人は頭を抱えてうずくまっている。

 残りがグリフォンと戦闘中だ。

 3対5だ。

 残り三人は、幅広の剣を振り回しつつうまく連携を取っている。

 だが、疲労の色が濃いのが見て取れた。

 

「助太刀しますか?」

 

 一応エリナリーゼに聞いておくと、彼女は肩をすくめた。

 どっちだよ。

 

「まかせますわ」

 

 見殺しにするのも寝覚めが悪い。

 助けてやろうじゃないか。

 

「助けましょう」

「わかりましたわ。援護を!」

「了解!」

 

 エリナリーゼが走り出す。

 それと同時に、俺は高い位置にいるグリフォンに魔術を放った。

 

 命中する。

 こちらに注意を向けていなかったからだろう。

 

 しかし、ギリギリで回避行動はとったようだ。

 即死には至らない。

 グリフォンは羽毛を散らせながら落ちた。

 そこに、すかさずエリナリーゼが踊りかかり、首筋に剣をつきたてた。

 

 俺は次々と岩砲弾をぶちこんでいく。

 二体目は一撃で仕留めた。

 三体目には回避される。

 

 グリフォンが俺の存在に気づいた。

 しかし、すぐ目の前には武装した男たち。

 俺との間にはディフェンスに定評のあるエリナリーゼもいる。

 こうなれば、俺は魔術を撃ち放題。

 もうこちらに負けはない。

 どんどん倒す。

 

「キュエエエェェェェ!」

 

 最後の一匹は逃げようとした。

 俺は逃げる背中に岩砲弾を撃ち込み、トドメをさした。

 手負いの獣をそのままにしてはいかんからな。

 

 

 戦闘終了。

 エリナリーゼと共に近づいていく。

 

「お、終わったのか!?」

 

 うずくまっていた男が顔を上げた。

 キョロキョロと周囲を見渡し、あからさまにほっとした表情だ。

 その男の所に、グリフォンと戦っていた戦士たちが近づいていく。

 

「何をしている! さっさと探さんか!」

 

 男は、戦士の一人に指示を出した。

 出された方は、どこかへと全速力で走っていった。

 

「まったく……とんだ災難だ、なんでこんな所にまでグリフォンが……」

 

 指示を出した男は残る二人を連れ、俺たちのほうへとやってきた。

 

「助かったぞ。礼を言おう」

 

 指示を出した男は、赤いローブの上から黄色いガウンのようなものを身にまとっていた。

 その上でターバンだ。

 額には赤い点がポツンと付いている。

 まさに砂漠の商人という感じだな。

 

 やせぎすで長めの口ひげを蓄えている。

 だが威厳はない。

 小物っぽい雰囲気を出している。

 ちょっと安心するな。

 

「いえいえ、困ったときはお互い様です」

「普通は見捨てるものだ」

 

 闘神語でお礼を言われたので、返事をする。

 ちゃんと聞き取れるし、ちゃんと通じている。

 大丈夫そうだ。

 

「そなたに風の恵みのあらんことを」

 

 男はそれだけ言うと、さっと踵を返した。

 倒れた仲間の所へと歩いていく。

 そっけないものだ。

 

「……」

 

 残り二人は赤色の鎧をまとっていた。

 下半身にはスカートのような分厚い腰布が垂れている。

 中央大陸の平均よりも重武装だ。

 

 腰に下げているのは、大きく湾曲した剣だ。

 肉厚で幅広。

 長さは1メートルを優に超える。

 魔大陸でもこんな感じの剣はよく見たな。

 大型の魔物に対して効果的なのだろう。

 

 剣もでかく、鎧も分厚い。

 そのせいで、グリフォンのようなすばやい相手には後れを取ったのだろうか。

 

「魔術師か、珍しいな」

 

 そうつぶやいたのは、偉丈夫だ。

 顔に大きな刺青。

 左目には眼帯。

 背丈は2メートル近くある。

 年齢は40歳ぐらいだろうか。

 経験を感じさせる立ち振舞だった。

 

「あにぃ。こいつ、もしかして、サキュバスじゃないか?」

 

 もう片方は女だった。

 彼女はエリナリーゼをジロジロと見つつ、そう言った。

 

 浅黒い肌に、胸甲とスカートのような腰布。

 服に隠れて見えないが、中々筋肉のありそうな感じだ。

 年の頃は20歳前半ぐらいだろうか。

 

『なんて言いましたの?』

 

 エリナリーゼは言葉がわからず、キョトンとしている。

 彼女は闘神語がわからないのだ。

 

『この女はサキュバスか、って』

『ま、あながち間違ってはいませんわね』

『自分で認めちゃうのか』

『でも、あんな臭い匂いは出しませんわよ』

『男にとってはいい匂いなんですがね』

 

 偉丈夫が女の頭をベシッとたたいた。

 

「間抜け! 男連れのサキュバスがいるか! 助けてもらってなんだその言い草は!」

「でも、あにぃ、コウモリが飛んでる時、女を見たら、サキュバスだと思え、言った!」

 

 叩かれた女が情けない声を出す。

 どうにも言葉がうまいこと聞き取れない。

 訛りが強いのだろうか。

 単語を拾えば理解はできるが、ちょっと不自由だな。

 

「ったく、だからてめぇはボンクラって言われんだよ!」

 

 対する男の口調は普通だ。

 綺麗……かどうかは知らないが、俺にとって聞き取りやすい闘神語だ。

 

「ふぅ」

 

 偉丈夫は溜息を一つ。

 エリナリーゼを見下ろして謝った。

 

「悪かったな、気を悪くしないでくれ。こいつ……カルメリタってんだが、頭がアホでな」

 

 エリナリーゼは困った顔でこちらを見てくる。

 言葉がわからないのだ。

 

『……なんて言ってますの? わたくしへの求愛か何か?』

『隣の女がエリナリーゼさんをサキュバス呼ばわりしたので、その謝罪ですね』

『ああ、そうですの。快く許して差し上げますわ』

 

 エリナリーゼは男をとろけさせる笑みで、偉丈夫に笑いかけた。

 偉丈夫の顔が赤くなるのがわかる。

 

「気にしないそうです」

「そ、そうか。そっちの女は言葉がわからないのか?」

「はい。僕が通訳です」

 

 偉丈夫はエリナリーゼを無遠慮に見ている。

 何を考えてるか大体わかる。

 いい女だなぁ、とかそんな感じだろう。

 もしくは、胸がねえな、とか。

 エリナリーゼは、そういう視線には慣れているのだろう、どこ吹く風だ。

 どこか自慢気な雰囲気さえある。

 

 男はエリナリーゼから視線を引き剥がすと、俺を見た。

 

「……俺はバリバドムだ。改めて礼を言おう」

「ルーデウス・グレイラットと申します。こっちはエリナリーゼ」

「そうか、何かあったら……」

「おい、何をぐずぐずしているのだ!」

 

 バリバドムが言いかけた所。

 先ほどの男が叫んだ。

 

「早く積荷を探さんか!」

「っと、すまん。主人も後で必ず礼はするだろう」

 

 バリバドムとカルメリタは男の元に走っていった。

 彼らは三人で手短にあれこれと話し合いをしていたが、

 すぐに二手に別れてどこかへと走り去ってしまった。

 あっというまだ。

 

「あら、淡白ですわね。お礼の一つもくれてもいいでしょうに」

 

 エリナリーゼがそうボヤく。

 謝礼が欲しくて言ったわけではない。

 

「怪我人もそのままか……」

 

 地面に転がっている彼らの仲間を見る。

 治療が必要なら、治癒魔術の一つでも使ってやろう。

 そう思っての事だったが、

 

「死んでいるか」

 

 そもそも、彼らは治療しようとする素振りもなかった。

 わかりきったことだったか。

 

「こっちはまだ若い子ですわね」

 

 片方は若い女の子だった。

 十八歳ぐらいだろうか。

 グリフォンの鋭い嘴で頭をかち割られたのだろう。

 額に大きな穴が開いていた。

 即死だ。

 

「この大陸では、死体を放置するのが文化なんでしょうかね」

「冒険者の風上にも置けませんわね」

「冒険者では無さそうでしたけどね」

 

 なんて会話をしつつ、魔術で焼いて土に埋めておいた。

 仲間の埋葬もしないとは、薄情な事だ。

 

 先ほどの戦士、バリバドムとか言ったか。

 奴は後で礼をすると言った。

 けど、口ひげの旦那の名前も聞いてない。

 連絡先も言わずに、どうやってお礼するつもりなんだか。

 

 まさか、俺たちに探せってことか?

 探しだして、謝礼を要求しにこいと。

 そういう文化なのか?

 

 ……ま、いいか。

 どうせ最初から礼なんてするつもりはなかったんだろう。

 助けた俺がお人好しって事だ。

 

「さて、行きましょうか」

「そうですわね」

 

 こうして、俺たちはバザールに到達した。

 

 

---

 

 

 バザールに入る。

 その頃には、日が落ちていた。

 しかし周囲は明るい。

 祭りの縁日のように、そこかしこに篝火が焚かれているのだ。

 

 篝火の周囲では地面に絨毯のような布が敷かれている。

 その上で、男女が楽しそうに飯を食っていた。

 花見みたいな感じだな。

 みんな頭にターバンをまいている。

 服の色や模様は様々だが、民族色が強いように見える。

 

 俺とエリナリーゼの姿は浮いていることだろう。

 浮いているからといってどうという事はないが。

 

「お腹、すきましたわね」

「そうですね」

 

 人が飯を食っているのをみると腹が減る。

 どこの世界でもそれは変わらない。

 とはいえ、まずは寝床が先だろうか。

 

 そう思っていると、一人の男に声を掛けられた。

 

「おい、そこの二人、食っていかないか?

 いまなら3シンサで飯を振る舞ってやるぞ!」

 

 どうやら、身内で処理仕切れない料理を売っているらしい。

 俺たちはどちらからというわけでもなく、その誘いを受けた。

 腹が減ってはいい案も出ないからな。

 布に座ろうとすると、客引きは手のひらを差し出してきた。

 

「金は先払いで頼むぜ、もう料理は出来てるからな」

 

 俺は懐から銅貨を3枚取り出して渡す。

 すると、怪訝そうな顔をされた。

 

「なんだこりゃ」

「ラノア王国の銅貨です」

「どこの国だよ、こんなのは使えねえよ」

 

 やはり、この辺ではラノア王国の貨幣は使用できないらしい。

 当然か。

 換金はどこかでするつもりだったが、今手持ちはない。

 

「これでいいかしら?」

 

 どうしようかと思っていると、エリナリーゼが客引きの手に何かを握らせた。

 金属の指輪だ。

 客引きはそれを手にとり、顔を近づけてまじまじと見る。

 すぐに、満足そうに「ありがとよ」というと、別の客を探しに行った。

 

「こういう時は物でいいんですわよ」

 

 ふむ。さすが、年の功といった所か。

 判断が早い。

 

「エリナリーゼさんは本当に頼りになるお方だ」

「煽てても、何も出ませんわよ」

 

 布に座る。

 なんだか、妙に懐かしい気分になった。

 最近は床に座ることも少なかったせいだろうか。

 日本家屋でじゅうたんの上に座っている感覚だ。

 

「あいよお待ち!」

 

 注文もしてないが、料理が出てきた。

 

 豆と肉じゃがを煮込んだような、白いドロっとしたスープ。

 そして辛めの味付けのされているらしい蒸した肉。

 よくわからない南国系の酸っぱいフルーツに、甘いソースを掛けたもの。

 

 甘いスープと辛い肉と甘酸っぱいフルーツ。

 炭水化物が欲しくなりそうな組み合わせだ。

 と、思ったが、これが意外にイケた。

 

 特にスープがいい。

 一見すると白い肉じゃがだが、どろっとした部分はふやけた米だったのだ。

 つまりこれは、おかゆの一種なのだ。

 

 こんな所で米が食えるとは思わなかった。

 水田は無いだろうから、陸作だろうか。

 熱帯地方でも米は取れるとどこかで聞いた気がする。

 嬉しいサプライズだ。

 

 うん。やはり米はいい。

 あっという間に食いきってしまった。

 米を食うだけで出来ない事でも出来てしまう気がする。

 元気百倍だ。

 北方大地でもどうにかして米を栽培できないだろうか。

 アイシャあたりに農業を学ばせれば、あるいは可能だろうか。

 いや、俺の都合で妹を農家に育てるつもりはないが。

 

「あら、味にうるさいルーデウスが、今日は何も言いませんのね」

「思った以上に美味しかったもので」

 

 おかわりまでしてしまった。

 

 普段のシルフィの料理にケチをつけるつもりはない。

 けれど、あれだ。

 米は別だ。

 卵と醤油があればなおいい。

 

 そうだ。

 もしかすると、この大陸には醤油があるかもしれない。

 卵は、例のガルーダか何かのものを使えばいい。

 鳥だし卵を産むだろう。

 米があり、卵がある。

 となれば、あと必要なものはひとつ。

 醤油だ。

 

「さてと、宿を探しますか」

 

 が、観光に来たわけではない。

 パウロを助けた後、少しでも時間があれば探してもいいが。

 今回はおあずけだ。

 遊びにきたわけじゃないのだ。

 

「案内人は明日探した方がよさそうですわね」

 

 見れば、周囲も店じまいを始めている。

 明かりを消して、就寝時間に入っている所もあるようだ。

 寝るのが随分と早いな。

 これでは、人を雇うどころではない。

 

 先ほどの客引きがいたので、聞いてみる。

 

「ちょっとすいません。このへんに宿ってありませんかね?」

「宿? そんなもんはねえよ、好きな所で眠りな」

 

 そんな答えが帰ってきた。

 このバザールには宿の類は無く、

 天幕を持たない旅人は野宿が基本らしい。

 俺たちの場合は、シェルターを作れば、それですむことだが。

 

「寝床はどうしますの?」

「水辺に近い所は人気らしいですね」

「じゃあ、少し離れたところにしましょう」

 

 相談しつつ、位置を決める。

 大きな二つの天幕のちょうど間辺りに寝床を構える事にした。

 

 大きな天幕なら護衛も大勢いる。

 そんな場所の近くで盗みを働こうとする奴はいないだろう。

 寄らば大樹の、というやつだ。

 

 寝床は大きめに作る。

 作るのに少々時間がかかるが、シェルターよりも広く。

 一晩を過ごすにはちょうどよいサイズだ。

 もっとも、日が昇ると中は高温になるだろう。

 夜だけだな。

 

「ふぅ、とりあえず、ここまではお疲れ様です」

「はい、お疲れ様ですわ」

 

 荷物を置いて、ほっと一息。

 

「あと半分、気を抜かないでいきましょう」

「まずは、明日。必要なものの準備と、案内人探しですわね」

 

 明日何をするかを簡単に確認しておく。

 

 食料の補充。

 金銭の確保。

 ラパンへの道のりの確認。

 案内人の捜索。

 とりあえずはそれだけだ。

 

 装備類の整備も行っておく。

 剣と盾を磨き、鎧やローブに傷がないかの確認。

 この辺はもはやルーチンワークだ。

 

 装備の点検が終了。

 毛布を使って寝床も作った。

 あとは寝るだけだ。

 

 という段になって、エリナリーゼが立ち上がった。

 

「さてと、ちょっと行ってきますわ」

 

 そこのコンビニまで。

 と言わんばかりの言葉に、俺は首をかしげる。

 

「どこに?」

 

 エリナリーゼは苦笑して答えた。

 

「男漁りに」

 

 あえてそんな言い方をしているが、要するに呪いの補給だ。

 

「まだ時期的には大丈夫なんですよね?」

 

 エリナリーゼの呪いが発動するまで、大体2週間から1ヶ月。

 それを魔道具で2~3倍まで伸ばしている。

 だから最短でも1ヶ月は持つはずだ。

 最後にクリフとしてから、もう二週間。

 そろそろ補給する時期ではあるか。

 

「ええ。でも、ここで一度、買っておきますわ」

「そうですか……」

 

 今回の旅は往復で3ヶ月。

 何があるかわからないので4ヶ月を見ている。

 呪いが最長で3ヶ月としても、1回はしなければならない。

 どのみち、避けられない事なのだ。

 

「わかりました、行ってらっしゃい」

「はい、行ってきますわ。先に寝てて構いませんことよ」

「じゃあお言葉に甘えて……あ、言葉はわかるんですか?」

「必要ありませんわよ。こういうのは大体、どこでも同じですもの」

 

 エリナリーゼはそう言ってシェルターから出て行った。

 

 

---

 

 

 翌朝。

 俺は「アリだー」という声で飛び起きた。

 ファランクスアントの襲撃だ!

 

 ……なんて事はなかった。

 久しぶりに夜にフルで睡眠を取った。

 

 夢見もよかった。

 アイシャとノルンが執拗に肩車を要求してくる夢だ。

 ノルンを肩に乗せるとアイシャがブーたれて、

 アイシャを肩に乗せると、ノルンが泣き出す。

 最終的にはシルフィがやってきて、いじめっ子のごとく俺の肩を占領してしまった。

 こらこら、ブランコは交代で使いなさいとたしなめると、

 シルフィは「ヤダヤダ、これはボクのだもん!」といって、アイシャとノルンを泣かせていた。

 出現した時は大きなシルフィだったが、肩に乗ると7歳ぐらいまで小さくなっていた。

 

 なかなかいい夢だ。

 起きたとき、思わず口元がにやけてしまった。

 おかげで気分はスッキリ爽快だ。

 

 ふと横を見ると、妙にツヤツヤしたエリナリーゼが満足気な顔で寝ていた。

 昨晩はお楽しみだったようだ。

 クリフがちょっと哀れだな。

 

 

---

 

 

 朝になると、バザールの姿は一変した。

 夜の静かな雰囲気はなりを潜め、活気ある風景が現出していた。

 天幕の前に商品が並べ、大声を張り上げているのだ。

 

「大瓜だ! 明日には処分するぞ!」

「グリフォンの爪だ! 今なら30シンサ!」

「ナニーアの布を売ってる奴はいないか! トコツの果物と交換したい!」

 

 商人が大声で商品と値段を叫び、それを買うものがもっとでかい声を出す。

 通貨でやりとりをしたり、物々交換をしたり。

 ごった返した人混みの中、そんな光景が広がっている。

 中には喧嘩をするものもいるが、商人同士だからか血なまぐさいことにはなっていないようだ。

 

「ヴェガのガラス瓶だ! これ以上東には運ばないぞ! 仕入れる奴はいねえか!」

 

 目を引いたのがガラスだ。

 この辺に、ガラス瓶の特産地があるらしい。

 四角く、綺麗な文様の入ったガラス瓶が所狭しと並べられている。

 ウイスキーボトルのような感じだろうか。

 中には色のついたものもある。

 表面もツルツルとしている。

 

 ガラスに関してはベガリットの方が技術力が高そうだな。

 中央大陸にもガラスはある。

 けど薄くてザラついて透明度が低い。

 当然、ベガリットも現代日本のレベルには遠く及ばない。

 だが、手作り感のある面白い形をしたものがいくつかある。

 帰りに一つ、お土産に持って帰ろうかしら。

 

「ルーデウス、観光に来たんじゃありませんことよ」

「わかってますよ」

 

 俺たちは活気溢れる風景の中、事前に決めておいた行動を開始する。

 

 まずは金だ。

 この辺りの通貨は『シンサ』という。

 この世界にきてから、始めて通貨単位を聞いた気がする。

 

 少し新鮮だ。

 中央大陸では金貨だの銀貨だのという感じだからな。

 もっとも、形としてはなんら変わらない。

 丸い金属板にヘタクソな文様が刻まれているだけだ。

 エリスたちとイーストポートを通った時に、一度だけ見た記憶がある。

 

 持ってきたものを少し売り、通貨を手に入れる。

 物々交換が主流でも、金はあった方が安心できる。

 

 中央大陸北部のものは高値で売れた。

 驚いた事に、安い干し肉が3倍の値段で売れたのだ。

 頑張れば、もっと高値で売れたかもしれない。

 こっちの特産品(ガラス)をラノアに持っていけば、大もうけできるかもしれない。

 誰かに目を付けられそうだからやらないが。

 

 とりあえず、当面の資金として5000シンサほど手元に作る。

 どれぐらいあれば事足りるのかは分からないが、昨日の食事代が3シンサだった。

 5000もあれば十分だろう。

 

 

 金が出来た所で、迷宮都市ラパンへの情報を集める。

 ラパンは大きな町らしく、情報は簡単に集まった。

 ラパンはこのバザールから北に一ヶ月ほど行った所にあるらしい。

 ナナホシからの情報どおりだ。

 

 一応、道筋についても聞いておく。

 

「ンコツ方面を通って砂漠を迂回するルートが一般的だが、最近は盗賊も多く出るから危ないな。賢い商人なら、ウチョの砂漠を突っ切る。東にある目印から北上してオアシスに到達し、そこから西に伸びる道をみちなりに進み、カラ山脈が見えたら、左手に山を見つつ北上すれば次のオアシスに辿り着ける。そのオアシスから東は砂漠の薄い所がある。そこを突っ切って、東に抜けたら、あとは北西に移動していけば、最初のルートにぶつかれる」

 

 チンプンカンプンだ。

 

 固有名詞が多いし、目印も山だの砂漠だのばっかり。

 一応、2ルートある事はわかったが、ベガリット大陸を旅慣れていなければ、迷ってしまう事だろう。

 

「地図は売ってないのですか?」

 

 一応、そう聞いてみる。

 地図は、あれば頼りになる。

 自分の位置がなんとなくわかるというのは心強いのだ。

 しかし、結果は芳しくなかった。

 

「地図? んなもん誰が作るんだ?」

 

 との事だ。

 この大陸には伊能忠敬がいない。

 なので、当初の予定通り、案内人を雇う事にする。

 

「では、ラパンまで道案内してくれるような方が集まってるような所はどこになりますかね?」

 

 いると確信して聞いてみた。

 しかし、これも芳しくなかった。

 

「道のわかる奴はいるだろうが、こんな中継地点で客を探すような奴はいねえだろうよ」

「そうなんですか?」

「そりゃ、普通は交易拠点で探すだろ?」

「なるほど」

 

 考えてみれば当然か。

 なぜ行くときに気づかなかったのだろうか。

 

 エリナリーゼが当然のように案内人を雇うと言った。

 彼女の経験則では、知らない土地を旅する時は、入り口となる町で案内を雇うのだろう。

 転移魔法陣を使って、中継地点から旅を始めるなんて考えた事もなかったはずだ。

 そこに、ちょっとした歪みが出来たのだろう。

 

 どうにも予定通りに行かない。

 だが、あせることはない。

 物事は予定通りに行かないことの方が多いものだ。

 まだ旅を始めて二週間も経っていない。

 普通なら1年近く掛かることを考えれば、順調すぎるぐらいなのだ。

 

「こういう時、エリナリーゼさんならどうするんですか?」

「自力での突破になりますわね。でも、正直砂漠はもう通りたくありませんわ」

「同感です」

「じゃあ、どうしますの?」

「……そうですね。ラパンにいく商人についていくというのはどうでしょう」

「そうですわね、じゃあそうしましょう」

 

 アイシャは隊商にくっついて、高速移動を実現した。

 俺もそれにあやかろう。

 もっとも、高速移動ではなく、ただの道案内だが。

 

「ラパンに向かう商人に心当たりはありませんか?」

 

 案内人同様、こんな所で護衛を募集してる奴はいないだろう。

 だが、エリナリーゼはS級冒険者、俺は水聖級魔術師だ。

 こっちから金を包んで頼めば、同行を許してもらえるかもしれない。

 

 そう思って、聞き込みを続ける。

 ここからラパンに行く商人は思いの他少ないらしい。

 普通は東にあるキンカラという町に行くのだとか。

 

 しかし、いないわけではない。

 ラパンは迷宮都市と呼ばれるだけあって、周辺に無数の迷宮が存在している。

 魔力付与品(マジックアイテム)の産出地だ。

 そこで魔力付与品(マジックアイテム)を仕入れ、他の町で高く売る。

 そんな商売をしている商人がいるらしい。

 その商人は南西から魔石や魔力結晶を運び、ここを通ってラパンまで行くそうだ。

 

「や、でも今はいるかわからんぞ。

 あと何ヶ月かすれば間違いなく通るだろうが……」

 

 そんな話を聞いて、少々不安になる。

 もしそうなら、別の商人にくっついて東に行くのがベターだろう。

 交易拠点であるなら、案内人も雇える。

 

 そう思いつつ、聞き込みを続ける。

 キンカラの町にいく商人は多いが、ラパンはいない。

 これはやはりキンカラ経由がいいだろうか。

 そう思い始めた時、ヒットがあった。

 

「それだったら、ガルバンの旦那だな。確か湖の西側に天幕を張ってたはずだ。探してみなよ」

 

 俺たちはガルバンという人物を探す事にした。

 

 ガルバンという商人は、ラパンからテノリオまでの行商で財産作った人物だ。

 魔石をラパンに運び、ラパンから魔力付与品(マジックアイテム)を運ぶ。

 ラクダを六頭も持っており、結構な稼ぎを出しているそうだ。

 

 名前がわかっていれば、すぐに見つかった。

 

 それほど大きな天幕ではない。

 外には六頭のラクダがつないである。

 情報通りだ。

 

 天幕に近づいていくと、中から浅黒い肌をした女が出てきた。

 胸甲とスカートのような腰布をつけている。

 服に隠れて見えないが、かなり腕力がありそうだ。

 

 ていうか、昨日見た顔だった。

 女戦士カルメリタだ。

 

「お前、昨日の!」

 

 彼女は驚いて俺を指差してきた。

 どうやら、覚えていてくれたらしい。

 

 昨日助けた小物臭のする男がガルバンだったようだ。

 人助けってのはするもんだな。

 

 

---

 

 

 ガルバンは快く出迎えてくれた。

 

「昨日は戻ってきたら、いなくなっているのだからな、驚いたぞ」

 

 なんでも、彼らは逃げた積荷――ラクダを探していたらしい。

 ラクダを回収してから戻ってくると、

 すでに俺たちの姿は無かったのだとか。

 

 仲間の死体の焼却埋葬も終わっており、

 礼を言いたいのに見つからない。

 かなり探しまわったのだそうだ。

 

 それならそうと説明しろよといいたい。

 けど、そういう行動がこちらでは常識なのかもしれない。

 まず積荷。

 その他は後。

 

「これも何かの縁、わしの護衛をしてくれんか」

 

 ガルバンは護衛の補充を必要としていた。

 昨日の時点で二人死んだし、当然か。

 

「ラパンまで飯つきで600シンサでどうだ? ん?」

 

 元々そういう話をしようと思っていたらしい。

 グリフォンを倒した手管が見事だったからとかなんとか、美辞麗句を並べられた。

 お前はうずくまっていて戦闘は見てなかっただろうに。

 

 もっとも、俺たちとしても願ったり敵ったりだ。

 

「ラパンまでの護衛は引き受けましょう」

「おお、そうかそうか。助かる!

 なんだったら、専属契約を結んで雇ってやってもいいぞ。

 お前ほどの魔術師は見たこともないからな。色もつけよう。

 年に1万シンサ……にすると、バリバドムが文句を言うな。

 8000シンサでどうだ」

「僕らは目的もありますので、それはまたの機会ということで」

 

 どんどん話を大きくしていきそうだったので、ピシャリと言っておいた。

 

 

 こうして、俺たちはラパンまでの案内人を手に入れた。

 あと少しだ。