無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第百二十三話「第六階層の魔法陣」

 第六階層に到達した。

 

 第六階層はイートデビルがやたらと多かった。

 アーマードウォリアーは姿を消して、イートデビルのみとなったのだ。

 例のお香があるから、より楽になったと言える。

 しかし、それにしても数が多かった。

 なんでこんなに、と思うほどの大量のイートデビルがいたのだ。

 

 その理由は、第六階層の最奥付近まで移動した事で判明した。

 

 最奥、魔法陣へと続く部屋は、イートデビルの巣だった。

 大量のイートデビルがひしめき合い、部屋の隅には無数の卵があった。

 黒く、粘液にまみれた横長の卵は、黒くて素早いあいつの卵にそっくりで、見ていると寒気がする。

 

 もしかすると、どこかにクイーンがいて、ゼニスはそこで苗床にでもされているのではないか。

 なんて想像が浮かぶが、しかしイートデビルにはそんな習性は無さそうである。

 群れてはいるものの、特に親玉がいるわけでもなさそうだ。

 

 しかし、この手の魔物はどこから発生して、どこへ行くのだろうか。

 これだけの数の魔物、それほど食料も無いだろうに。

 

「ロキシー先生、魔物って、何を食べて生きているんでしょうね」

「……そうですね。色んな説がありますが、魔力を食べて生きている、なんて話はよく聞きます」

「魔力ですか」

 

 森や洞窟は魔力濃度が高く、魔物も多い。

 そういえば、ナナホシもこの世界のあらゆるものには魔力が宿っていると言っていた。

 しかし、魔力は目には見えないものだ。

 存在しているかどうかはわからないだろう。

 いや、一応魔力眼なんてものがあるんだし、存在はしてるのか。

 

 とはいえ、もし魔力が食えるというのなら、魔術なんかをパクっと食われる事になる。

 てことは、食える魔力、食えない魔力が存在するのだろうか。

 そういえば昔、魔物は迷宮の奥にある魔力結晶を狙っているとパウロに聞いたことがある。

 魔力結晶は魔物にとってごちそう足りえるのだろうか。

 でも、その割にはここにいる魔物は奥なんて目指してないな。

 あくまで巣を作って暮らしているだけという感じだ。

 ここにいるだけで十分生きていけるのだろうか。

 

 まあ、んなこと考えても仕方がないか。

 鎧とか、明らかに何も食ってない魔物だっているわけだしな。

 魔物の生態は魔物学者にでも任せればいい。

 

「まあ、何を食べた所で、人間を見れば襲い掛かってくる所は変わりません。

 次回侵入した時に邪魔になりそうな卵は見つけ次第壊しておきましょう」

 

 ロキシーはそう言いつつ、淡々とイートデビルの卵を処理していく。

 魔術は使わない。

 短剣を使って一つずつ突き刺していくのだ。

 実にドライな表情である。

 そこがまたいい。

 

 しかし、魔物も卵を産むのか。

 アーマードウォリアーにも幼生とかいるのだろうか。

 おもちゃの剣を持ったフェルト人形みたいな鎧がよちよちと歩いていたりするのだろうか。

 

 可愛い幼鎧をパパ鎧とママ鎧が微笑ましく見守っている。

 そこに侵入者の足音。

 パパ鎧とママ鎧は息子に隠れているように言いつけて、自分は戦場に。

 そこに登場するのは悪魔のような顔をしたパウロ。

 奴は鎧に対する殺虫剤とも言えるべき短剣を片手にパパ鎧とママ鎧を惨殺。

 子供鎧はそれを見て、人間は敵だと学習し、成長した時には人間と見ると真っ先に襲いかかる魔物へと変貌する。

 ……無いな。

 

「ルディ。何を考えているんですか、手伝ってください」

「あ、はい」

 

 言われるがまま、俺も卵を潰した。

 大部屋に繋がる、三つの部屋にも卵がビッシリだった。

 この卵が孵化すると、人間の体にベタッと張り付く幼生が出てくるのだろうか。

 まあ、孵化する気配はまったく無いが。

 

 その後、生まれたばかりの幼生がロキシーの股に張り付くというハプニングがあるわけでもなく、掃討を終えた。

 

 

---

 

 

 そして、俺達は最奥へと辿り着く。

 本に書いてある最後の場所へと。

 

 そこは、広い部屋であった。

 石造りの部屋。

 正方形で、入り口に面していない壁の付近にそれぞれ一つずつ魔法陣がある。

 しかし、その異様さは入った瞬間から感じ取れた。

 

 ここには、魔法陣以外、何も存在しなかった。

 この部屋の直前には、大量のイートデビルが存在した。

 100を超えるのではないかと思えるイートデビルと、その卵があった。

 というのに、ここには、魔法陣だけなのだ。

 まるで聖域でもあるかのように守られていたのだ。

 

「守護者(ガーディアン)前ですわね」

「この雰囲気はそうだな」

「気を引き締めないといけませんね」

 

 パウロとエリナリーゼ、そしてロキシーが口々に言って己の武器を握り締めた。

 ボス部屋の前は、どこもこんな感じの不気味な雰囲気をかもしだしているのだろうか。

 

「さて、どれにナンのかな……」

 

 ギースは本を片手に、魔法陣を一つずつ確かめ始めた。

 他のメンツは入り口で待機だ。

 

「手伝います」

「おう、助かる」

 

 俺は一応召喚系の魔法陣に携わっていた者として、それに参加する。

 すると、なぜかロキシーも後ろからチョコチョコとついてきた。

 ロキシーがいるなら心強い。

 

「どうですか?」

「書いてあるとーりって感じだな」

 

 ギースに言われ、本と魔法陣を見比べる。

 三つの魔法陣をそれぞれ順番に。

 

 本にはこう書いてある。

 

『魔法陣は三つ。

 そのうち二つはランダム転移を引き起こすものだとすぐに分かった。

 そのため、我々は正解と思われる魔法陣の前に目印の石を起き、乗った。

 しかし、それは罠だったのだ。

 私は見知らぬ空間へと飛ばされた。

 黒く、ヌメヌメとした体を持つ悪魔がひしめく空間。

 そう、イートデビルの巣だ。奴らは私を見た瞬間――』

 

 目印の石、という物はすぐに見つかった。

 綺麗に磨かれたこぶし大の石である。

 その表面には、6という数字が刻まれていた。

 今までの階層には無かったものだ。

 

「なんか、感慨深いですね」

「そっかぁ? 縁起ワリィよ。いいか先輩、こういう全滅したパーティの遺産ってのは良くねえんだ」

「ジンクスですか?」

「そう、ジンクスだ」

「まあ、彼ら全滅はしてないんですけどね……」

 

 などと言いつつ、目の前の魔法陣をよく見る。

 今まで何度も踏んできた双方向の魔法陣と酷似している。

 でも、これは違うのだ。

 これを踏むと、ランダム転移を食らってしまう。

 あるいは、この部屋の中身ごと、どこかへ飛ばされるのかもしれない。

 

 では、残り二つのどちらかが正解となる。

 しかし、この二つからはハッキリとランダム転移魔法陣の特徴が出ている。

 

「ルディ、わかるんですか?」

 

 ロキシーに聞かれ、俺は首を振る。

 

「いえ、さっぱり。ナナホシなら分かったかもしれませんが」

「ナナホシ? 誰ですか?」

「魔法大学で転移というか、召喚の研究をしてる奴がいるんですよ。

 魔法陣にも詳しいから、もしかしたら意見をくれたかもしれません」

「も、もしかして、ルディの恋人ですか?」

「ナナホシが? まさかぁ」

 

 そう笑いつつ、ナナホシなら、あるいはシルフィなら、もしくはクリフなら。

 そう思ってしまう。

 ナナホシとシルフィは無理だけど、クリフは連れてくればよかったかもしれないな。

 今からでも戻って連れてくるか。

 行き帰りで三ヶ月。

 クリフは旅慣れていないから、四ヶ月。

 いや、もし連れてきても、分からない、という答えが返ってくるだけかもしれない。

 

「俺も一応、魔法大学では転移の研究をしたんですけどね、恥ずかしながらさっぱりわかりません」

「転移の研究を?」

「ええ」

「なるほど、さすがルディですね。闇雲に探すのではなく、その原因を突き止めようとするなんて、なかなかできることではありません」

 

 何か勘違いしてくれているようだが、あくまでも人神の助言に従ったまでの事だ。

 その動機も不純なので、ロキシーにはあまり言いたくないな。

 隠しておこう。

 

「………………ロキシー先生の生徒であるなら、当然の事ですよ」

「おだてても何も出ませんよ」

 

 魔法陣の見分が終わる。

 

「どうだ先輩、何かわかったか?」

「いいえ、全く」

 

 大体、俺の転移魔法陣の知識は、この本から来ているものだ。

 その本に正解が書いていない以上、俺の知識の外の話になる。

 いや、もちろん、それ以上の事も転移について調べはしたんだけどな。

 わからんものはわからんのだ。

 

 俺にわかるのは、目の前の3つの転移魔法陣が"違うモノ"という事だけだ。

 これでも、ナナホシの魔法陣は大量に見てきた。

 魔法陣というものは、細部が違えば効果も違ってくる。

 だからこれだけは言える。

 目の前の3つの転移魔法陣は、全て違うものだ。

 

「本に書いてあることが本当なら、どちらかが正解という事にはなりますが」

「……要するに、先輩にもわからねえってことか」

「そうなりますね」

 

 部屋の入り口に戻る。

 

 休憩中のパウロたちと、その場で車座になって座る。

 調べた事を出来るかぎり正確に報告する。

 

「チッ、二択かよ」

「……二択ですのね」

「二択か、まったく……」

 

 パウロ、エリナリーゼ、タルハンドはいい顔はしなかった。

 

「二択はヤベェよな。これだったら三択の方がマシだ」

 

 ギースは変な帽子を被ったギャングみたいな事を言って、天井を仰いだ。

 二択、という事に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。

 ありそうだな。

 

「それもジンクスですか?」

「おお、ジンクスだ。二択はギレーヌに選ばせなきゃ、失敗するってな」

 

 その言葉に、パウロたちもそうだその通りだと頷く。

 ギレーヌか。

 懐かしい名前を聞いた。

 でも、獣族の彼女は確かに、そういう嗅覚はありそうだ。

 

「ギレーヌか、こういう時、あいつがいりゃあな」

「こういう時だけは役に立ちましたのに……」

「戦闘中は指示を聞かずすぐ突っ込む、人の言うことは理解できない。読み書きも計算もできず、わからん事をしゃべるなとすぐキレる。けど二択は不思議とあておったからのう」

 

 ひでぇ言われようだ。

 ギレーヌが不憫に聞こえてくる。

 一応彼女も、俺の尊敬する師匠の一人なので、それぐらいにしてやってほしいな。

 

「勘弁してあげてください。もう彼女は読み書きも計算も出来るんですから」

 

 ギレーヌも努力していたのだ。

 桁の繰り上がりで躓くような子だけど、一生懸命頑張って割り算まで覚えたのだ。

 

「はっ、前にパウロに聞いたが、わしは騙されんぞ。あの犬コロが人並みの事を出来るわけがないわい」

「わたくしも前に聞きましたけど、正直、信じられませんわね」

 

 エリナリーゼとタルハンドは疑り深いな。

 ギレーヌはかなりアレだったから、わからないでもないけど。

 

 しかし、少し奇妙な感じもするな。

 パウロの元パーティメンバーが勢ぞろいしている中、ギレーヌだけいないのだ。

 ギレーヌは、あれでいて唯一パウロと連絡がとれた相手でもあるのに。

 パウロ達の中で唯一ブエナ村を知っている人物がこの場にいない。

 うん、奇妙だ。

 

「んなことより、どうすんだ?」

 

 ギースの言葉で、話が戻る。

 魔法陣は二つ。

 どちらに進入するか。

 

「ルディ、お前の見立てでもわからないんだな」

 

 パウロに聞かれ、首を振る。

 

「ええ。学校で事前に調べておきながら、申し訳のない事ですが」

「そうか……」

 

 パウロは腕を組んで目を瞑り、考え込んだ。

 そして、一分もしないうちに顔をあげた。

 

「一応、多数決を取ってみるか。ここから見て、右の魔法陣がいいと思う奴は右手を、左がいいと思う奴は左手を上げろ」

 

 パウロの言葉で、それぞれ手を挙げる。

 パウロ、エリナリーゼ、ロキシーが右、

 俺、ギース、タルハンドが左だ。

 3・3で別れてしまった。

 

「チッ、これじゃきまらねえな」

「あの、父さん。流石に多数決で決めるのはどうかと思うんですが」

「んなこと言ったってな。じゃあ、何か案のある奴、いるか?」

 

 パウロの言葉に、エリナリーゼが手を挙げる。

 

「両方に同時に一人ずつ入るというのはどうでしょう」

「この中の一人を犠牲にしろってのか?」

「パウロかわたくしなら、お香を焚いていればイートデビルの群れもなんとか切り抜けられるはずですわ」

 

 両方の魔法陣に一人ずつ入り、正解の方が戻ってくる。

 そして、すぐに間違った方を捜索に向かえば、事なきを得られる可能性もある。

 

「却下ですね」

「あら、ルーデウス。理由を聞いても?」

「まず第一に、あの魔法陣の片方が正解であるという保障がありません」

 

 見た目はランダム転移だ。

 案外、あの二つも罠、という可能性がある。

 三つとも罠。

 正解は違う部屋。

 

 もちろん、その可能性は低い。

 本では基本的に全ての部屋を見つけてから、次の階層へと進んでいる。

 この著者が信じられるのであれば、ここが終点だ。

 しかし、この魔法陣の配置といい、形といい、どうも作為的な何かを感じる。

 

 そうだ、何か引っかかるのだ。

 

 単純に運だけの二択というのは罠としてありうるのだろうか。

 偽の双方向魔法陣を用意したなら、本物はもう片方だけでいいのではないだろうか。

 謎解きとして、三つもあるのは無駄になるのではないだろうか。

 何か見落としたヒントがあるのではないだろうか。

 いや、脱出ゲームじゃあるまいし、迷宮がヒントを用意する義理もないか。

 

「じゃあ、ルーデウス。何か案はありまして?」

「いいえ、でももう少し、結論を出すのは待ってもらえませんか?」

 

 でも、何か引っかかる。

 何かを忘れているような気がする。

 

 それを思い出すまで、単純な二択で魔法陣に足を踏み入れるのは危険な気がする。

 二人が足を踏み入れた瞬間、部屋の全員がランダムに転移する可能性もある。

 転移の迷宮は転移を使わなければ行き来できない。

 ランダム転移でしか到達できない部屋もあるかもしれない。

 

「もう少し、調べてみたいんです」

 

 俺はそう頼むと、

 

「よし、ルディ。任せたぜ」

 

 他の誰よりも、まず最初にパウロが頷いた。

 

 

---

 

 

 俺は魔法陣の前に座り考える。

 

 この三つの魔法陣は全てダミー。

 とりあえずはその線で考えてみよう。

 

 座って考えてみると、三つほど浮かんだ。

 

 1.この部屋が終点ではない可能性

 

 本によると転移の迷宮には、あるルールがある。

 メインルートは双方向の魔法陣だけで構成されているというルールだ。

 それに従うと、終点はここで間違いないはずだ。

 

 しかし、ロキシーがさまよっていた場所は、双方向魔法陣では出入りできない区画だった。

 その区画内に30以上ある単方向魔法陣で戻ってこなければならない。

 つまり、単方向魔法陣に乗った先に、本物の終点があるかもしれない。

 

 可能性としては低いと思うが。

 

 

 2.本の著者が気づいていないところで、別のメンバーが直前に罠を踏んだ

 

 本の著者は双方向の魔法陣を踏んだと思っていたが、実はそうではなかった。

 他のメンバーの踏んだランダム転移のせいで、部屋ごと別の場所に飛ばされた。

 なので、実はこの双方向魔法陣が正解。

 ……無いな。

 そんな罠があったら、ギースが見つけるだろうし。

 

 

 3.実はこの双方向魔法陣は二重になっている

 

 魔法陣にはさまざまな形がある。

 ドーナツ型の転移魔法陣、そんなものがある可能性もある。

 正解の転移魔法陣の周囲を、罠の転移魔法陣が囲っている。

 そんな可能性もあるのではないだろうか。

 つまり、外側ではなく、内側までジャンプして中心を踏めば、次の階層に到達できる。

 ……アホか。どこの一休さんだ。

 

 

 可能性としてあるのは、やはり1か。

 本の著者は、基本的に双方向にしか乗っていない。

 第一階層で三つの種類があると発見してからは、第三階層でも第四階層でも、単方向にもランダムにも乗っていない。

 それだけで、ここにはこれた。

 だが、ここからは、双方向だけでなく単方向も使っていかなければいけないのかもしれない。

 

 ……でも、そうすると、ここだけではないかもしれない。

 今、俺たちがいるのは行き止まりという可能性もある。

 分かれ道はもっと前の所から存在していて、例えば第四階層あたりで単方向魔法陣に乗った先に、本当の終点があるのかもしれない。

 

 くそっ、こんがらがってきた。

 

 

 大体、第何階層と決めたのも、魔物の出現や周囲が変わったからに過ぎない。

 本の著者が勝手に決めたことなのだ。

 独自ルールも、まったく関係ない偶然かもしれないのだ。

 

 やはり総当りにするのがいいだろうか。

 第六階層から順番に単方向転移に乗り込み、先の魔物を倒し、別のルートを見つけ出す。

 これが正解な気がする。

 

 でも、この部屋の雰囲気を見ろ。

 パーティのベテラン全員が、「そろそろボスが近い」と感じたのだ。

 やはりここは特別な場所だという気がする。

 

 この部屋が終点で間違いない気もする。

 いや、それも迷宮の罠かもしれない。

 うーむ。

 

「言い出したらキリが無いな」

 

 俺はそういって、立ち上がる。

 ちょっとトイレ。

 

「父さん」

「どうした」

「ちょっとお花摘みに」

「小便か、オレも行こう」

「小便だなんて、婦女子の前ではしたない……」

「こんな所で取り繕ってどうすんだよ」

 

 いやほら、ロキシーの前ではね。

 失敗できないというかね。

 いや、トイレぐらいでどうこう思われたりはしないだろうが。

 

 パウロと連れ立って部屋を出る。

 イートデビルの死体と、卵の残骸のある部屋。

 ここで適当に済ませることにする。

 

 パウロと交代で見張りをしつつ、順番に用を足す。

 

「難儀してるな」

 

 じょぼじょぼやっていると、パウロに話しかけられた。

 

「ええ、もしかすると、あの部屋はこの階層の終点ではない、という考えが浮かびました。実は別のルートがあり、そちらでないとボスの所まではたどり着けない、とか」

「そりゃねえな。終点はあの部屋で間違いねえよ」

「根拠は?」

「無い」

 

 無い、つまり勘か。

 しかし、ベテランの勘というのもあながち馬鹿に出来ない。

 まったくの無根拠にみえて、実は経験による無意識の推測だったりするからな。

 

「ま、焦ることはない。父さんたちは待ってやるし、疑問や相談があるなら答えてやる。一人で答えを出そうとするなよ」

「はい」

 

 俺もモノをしまい、パウロと交代。

 見張りに立って周囲を見る。

 

「あー、それとなルディ。一言言いたい事があったんだが」

「なんですか?」

「……あ、いや、これは今はいいか。宿に戻ったらにしとこう」

「なんですか、やめてくださいよ、こんな所で何かを言いかけるなんて不安な気持ちになるじゃないですか。そういうの、死亡フラグっていうんですよ」

「なんだそりゃ……今言うと、パーティの士気に関わるんだよ」

 

 後ろから聞こえる声に、俺は首をかしげる。

 士気に関わるような事。

 何かあるのだろうか。

 ゼニスに対する不安か。

 それとも、場の空気を悪くするような何かか。

 

「説教の類ですか?」

「まあな。似たようなもんだ」

「確かに、へこんで動きが鈍ったら大変ですからね。後でたくさん怒られますよ」

「へっ、ま、そんな怒りゃしない。心構えってやつを一つ教えてやるだけさ」

 

 宿に戻ったら、か。

 その時には、ゼニスが助けられていればいいが。

 

「母さん。無事だといいですね」

「…………そうだな」

 

 ぽつりとつぶやいた一言で、重苦しい雰囲気になってしまった。

 いかんな。

 でも、これだけ探してもいないのだ。

 もうダメかもという気持ちはパウロにもあるだろう。

 あまり、口に出さない方がいいか。

 

「……」

 

 パウロの長い小便の音を聞きながら、俺は周囲を見る。

 大部屋と、卵だらけだった三つの部屋。

 そして最奥の魔法陣部屋。

 全て隣接している。

 

 何か引っかかった。

 

「この部屋、けっこう縦長になってるんですね」

「ん? そうだな、それがどうした?」

 

 この部屋は縦長だ。

 幅が広く、死体が多いため、正方形にもみえるが、縦に長い。

 長方形の形をしている。

 

 その長い両辺に、それぞれ二つずつ部屋がある。

 全てサイズが違うが。

 しかし、どこかで見た。

 つい最近だ。

 

 そして、何かが足りない。

 

「……あ」

 

 気づいた。

 

 

 ここは『転移の遺跡』に似ている。

 

「よし、戻るか……って、おいルディ、どうしたんだ?」

 

 怪訝そうなパウロを尻目に、足早にパーティメンバーの元に戻る。

 寝転がって大仏のようになっているギースに声をかける。

 

「ギースさん、手伝ってください」

「んあ? なんか見つかったのか?」

「いいからこっちに」

 

 俺はギースを引っ張って、部屋の中央付近までやってくる。

 

「この辺に、隠し階段が無いか、探してみてください」

「はあ……? いや、ありうるのか。今まで転移の罠しか見てなかったけど、もしかしたら隠し部屋とか、そういうのもありそうだな」

 

 ギースは一人で納得すると、四つんばいになって床を探り始めた。

 そして、すぐにハッとなった顔をして、地面に耳をつける。

 短剣を抜き、柄でコンコンと地面を殴る。

 

「おい……ある……あるぜ! 先輩。この下に、空洞が」

「開けられますか?」

「ちょっとまってろ」

 

 ギースは床をあれこれとさわり。

 壁の方に移動してペタペタとさわり。

 そして、戻ってきた。

 

「ダメだな、開かねえ。多分こじ開けるタイプだ」

「壊して問題ありませんか?」

「ああ……罠はねえ。よっしゃ。先輩、やっちまえ。ここだ」

 

 ギースはそういいつつ、床に×印を刻んだ。

 俺はそこにめがけて、岩砲弾を撃ち込む。

 ガァンと音がして、砲弾が砕け、床がへこんだ。

 弱めにしすぎたか。

 

「もちっと強くだ、できんだろ?」

「はい」

 

 言われて、今度は威力を高め、もう一発。

 バゴンとでかい音がして、地面に穴が開いた。

 

「よし、後は任せな」

 

 ギースは即座に四つん這いになり、瓦礫を取り除いていく。

 穴さえあいてしまえば、あとは簡単だったらしい。

 あっというまに穴は広がり、正方形の降り口へと変化した。

 

 現れたのは、下へと続く階段だった。

 

「すげぇ、さすが先輩だ、よくわかったな」

「まあ、前に一度見ていますので」

 

 転移の遺跡。

 あそこには何も無い四つの部屋と、階段のある部屋があった。

 しかし、元々は何も無いようにみえる四つの部屋だったのではないだろうか。

 転移の魔法陣に通じる階段は、今のように隠されていたのではないだろうか。

 あの遺跡が使われていた時期には、それぞれの部屋に家具があり、

 一見すると隠し階段があるなどとは、わからないようになっていたのではないだろうか。

 

 それが経年による劣化か、

 あるいはオルステッドが壊したか何かで、あのような形になった。

 

「よし、皆、先輩が隠し階段を見つけてくれたぜ!」

 

 ギースの声で、他の面々が腰を上げた。

 こちらまでやってきて、階段を見る。

 そして、おお、と感嘆の声を上げた。

 

「……ガハハハ、やるのう!」

「いてっ」

 

 タルハンドが笑いながら、バシリと俺の背中をたたいてきた。

 

「さすがオレの息子だ、っと!」

「いたっ」

 

 パウロにも叩かれた。

 

「なるほど、そういえばここ、転移の遺跡に似てますものね、っと!」

「あたっ」

 

 エリナリーゼも叩く。

 

「おっと、落ち着けよ。罠があるかもしれねえ。

 先輩、スクロール3枚ぐらいよこしてくれよ、っと!」

 

 そんな事を言いつつ、ギースにも叩かれた。

 

「……」

 

 振り返ると、ロキシーが小さな手を振り上げている所だった。

 彼女は俺と目が合うと、上目遣いで俺を見上げたのち、ペタリと、触れるようなスピードで背中にタッチした。

 

「お疲れさまです、っと」

 

 ロキシーはぽつりとそう言った。

 その表情は、少しだけ悔しそうな感じだ。

 弟子が活躍してるのが気に食わないのだろうか。

 俺の手柄はみんなロキシーの手柄みたいなもんだから、気にする事はないのに。

 よし、もし今回の事を喧伝することがあったら、実はロキシーにヒントを得たとホラを吹こう。

 

「よっしゃ、先に行くぜ、全員気を引き締めろよ」

「おうっ!」

 

 ギースの声で、全員が頷いた。

 

 

 階段を降りた先、転移魔法陣はあった。

 

 双方向の転移魔法陣。

 ただし、その色は血のような赤だった。