無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第百六十八話「初任務へ」

 翌日。

 俺は再度、オルステッドの所へと赴いた。

 今日こそ、一人だ。

 

 エリスには家の守護を頼んでいる。

 今日の彼女は番犬だ。

 怪しげな奴がきたら、アイシャと協力して追い返すようにと言っておいた。

 これで我が家のセキュリティは万全だ。

 守護魔獣とやらを呼び出すまでは、しばらく守っていてもらおう。

 

 エリスを連れて行ったのだからシルフィやロキシーを連れていってもいいんだが……。

 オルステッドの呪いのせいで、敵意をもっちゃうだろうし。

 やはり一人がいいだろう。

 

 

---

 

 

 小屋の外で、ザノバが死んでいた。

 彼は、3メートル近くある金属の塊にもたれかかるように、うつ伏せに倒れていた。

 

「嘘だろ……!」

 

 慌てて駆け寄り、その肩に手をやり、揺さぶる。

 

「おい、マジかよ、ザノバ……おい!」

 

 脈が――ある。

 瞳孔が――動く。

 息――している。

 体温は――温かい!

 

 どう見ても生きている……!

 

 早とちった。死んでなかった。

 寝ているだけか。

 

「はぁ……ビックリしたぁ……」

 

 ジーザス、とか叫ぶ所だった。

 こいつ、なんでこんな所で寝てるんだろう。

 王族らしく、柔らかいベッドで寝てろよな……もういい歳なんだし。

 

 と、ほっとしていると、小屋の中からオルステッドが出てきた。

 

「ルーデウス、来たか」

「あ、ハイ、参りました」

 

 オルステッドはギョロリと目を動かし、俺とザノバを見る。

 

「昨晩、ザノバ・シーローンが突然、それを持ってやってきてな」

「それ?」

「お前が使っていた鎧だ」

 

 あっ、よく見るとこの残骸、魔導鎧じゃないか。

 パーツで分けられてるから、一瞬気付かなかった。

 そういえば帰還報告した時に、壊れたから置いてきたと伝えたら、近いうちに取りに行くって言ってたな。

 

「それで、鉢合わせになって、戦ったんですか?」

「ああ」

 

 ザノバも、まさかここにオルステッドがいるとは思わなかったのだろう。

 伝えておけばよかったと思ったが、昨日の今日だしな……。

 まあ、見たところ外傷もないし、オルステッドも手加減してくれたのだろう。

 

「最後はこの鎧だけは渡さぬ、お前に届けねばと言って、ここまで這いずってきたぞ。好かれているな、お前は」

「ザノバぁ!」

 

 俺は思わずザノバに駆け寄って、治癒魔術を掛けてやった。

 外傷は無いから意味は無いだろうが、せめて今は、安らかに眠って欲しい。

 ていうか、ここで倒れた後に、野ざらしとか。

 オルステッドも容赦がないな。

 

「ていうか、ちゃんと目を覚ましますよね?」

「ヌカ族に伝わる催眠魔術で眠らせた。あと数時間もすれば目覚めよう」

 

 そうか。

 催眠魔術で。

 どういう魔術だろう。

 相手を自由自在に操ったり出来るんだろうか。

 例えば、シルフィに対して使って「スカートをまくり上げろ」って命令したら、その通りにしてくれるんだろうか。

 いや、別にそんなん催眠使わなくてもやってくれるか。

 ていうか、まくるためにはシルフィにスカートを履いてもらわないと。

 ミニスカートがいいな。シルフィにはきっと、妖精がつけてるようなミニスカートが似合う。

 いや、この国にミニスカートなんて売ってないけどさ。

 

 まあ、そんな自由自在に操れるなら、オルステッドももっと使ってるか。

 精々、眠らせるのが精一杯と見た。

 

「中に入れ、昨日の話の続きをする」

 

 オルステッドは、そう言うと、さっさと中に入ってしまった。

 俺はザノバに上着を掛けてやり、魔術で屋根を作ってから、小屋へと入った。

 帰りに回収して、ジンジャーの所に届けてやろう。

 

 

---

 

 

「では、早速だが本題に入ろう」

 

 オルステッドの言葉で、俺もテーブルについた。

 オルステッドは懐から日記を取り出し、ゴトリとテーブルの上に置く。

 

「なかなか興味深い日記だった……時間移動の魔術の術式には興味があるが、再現できないのであれば、ひとまずは置いておこう」

「はい」

「いくつか気になる事があるが……。

 日記の内容に触れる前に、まず、お前が今までにヒトガミとどんな会話をしたのか。

 それを洗いざらい、吐いてもらおう」

「喜んで」

 

 というわけで、俺は今までの事を思い出しつつ、ヒトガミとの出会いと、それからの事について話した。

 

 今まで、ヒトガミと出会ったのは、

 

 転移直後。

 リカリスの町。

 ウェンポート。

 イーストポート。

 オルステッドに殺されかけた直後。

 魔法大学に入学する前。

 ベガリット大陸にいく直前。

 未来から俺がくる直前。

 未来から俺がきた後。

 オルステッドと闘うための準備中。

 

 この十回だ。

 その内の1回1回を細かく話していく。

 そして、その結果、何がどう起こったのかを。

 

 転移直後。ルイジェルドを頼れと言われた事。

 その結果、冒険者になった。

 

 リカリスの町。ペット探しの依頼を受けろと言われた事。

 その結果、ジャリルやヴェスケルと知り合いになり、最終的には町を追われた。

 

 ウェンポート。食べ物を持って裏路地を探せと言われた事。

 その結果。魔界大帝と出会い、魔眼をもらった。

 

 イーストポート。予知を見せられ、シーローンに行けと言われた事。

 その結果、ザノバと知り合いになり、アイシャとリーリャをたすけられた。

 

 オルステッドに殺されかけた直後。特に助言はもらわなかった。

 

 魔法大学に入学する前。魔法大学に入学して、転移事件を調べろと言われた事。

 その結果、シルフィと再会し、結婚するに至った。

 

 ベガリット大陸に行く直前。ベガリット大陸には行くなと言われた事。

 逆らった結果、パウロが死に、ゼニスが廃人となり、ロキシーと結婚した。

 ヒトガミは、俺が行かなければパウロは生き延びたという。

 

 未来から俺がくる直前。奴は俺に、地下室に行けと言った。

 行こうとした瞬間、未来から俺が来て、何が起こるかを教えてくれた。

 ネズミは、たしかにいた。

 

 未来から俺がきた後。奴は不機嫌そうな顔で現れ、俺にオルステッドを殺せと言った。

 俺はそれに従い、オルステッドを殺す準備を始めた。

 

 準備中。奴は鎧の事やら何やら、いくつかペラペラと喋ってくれた。

 その結果、魔導鎧の完成は早まった。

 

 

 オルステッドはその話を静かに聞いていた。

 相槌を打つこともなく、疑問点を口にすることもなく。

 ただただ、静かに聞いていた。

 

「――以上です。何かわかりますか?」

 

 そう聞くと、オルステッドは頷いた。

 

「ああ、奴が、お前をどういう風に使ったのか、よくわかる」

 

 おお。本当か。

 さすがオルステッドという所か。

 

「奴はお前を使い、歴史を変えている」

「ほう、歴史を」

「本来なら変わるはずが無い、強い運命によって定められた歴史をな」

「……それは、俺の運命が強いから?」

「そうだ」

 

 俺のディスティニーパワーは、歴史を変えるほどのものであるらしい。

 

「でも、オルステッド様も、変えようと思えば、変えられるんですよね?」

「ああ」

 

 オルステッドは頷きつつ、テーブルの上にあった日記を、トンと叩いた。

 

「だが、これほど大きく歴史を変えたヒトガミの狙いはわからん」

「それは、それこそ、自分が殺されないため、じゃないんですか?」

「奴の言葉をそのまま信じるな」

「あ、はい」

 

 まあ、嘘の可能性もあるか。

 

「ともあれ、一つだけわかる事がある」

「なんでしょうか」

「こうして変化した歴史の先には、奴にとって都合のいい未来があるということだ」

「なるほど」

 

 オルステッドは一拍置いて、言った。

 

「ゆえにお前は、歴史を、俺にとって都合のいい未来が起こるように、変化させろ」

 

 元に戻すとかじゃないのね。

 そりゃそうか。

 起きてない事は、歴史じゃないんだから。

 歴史ってのは作るものだ。

 

「ていうか、周りくどいですね」

「俺はすでに100年後に向けて動いている。

 これまでの事、これからの事は、全てその布石にすぎん。

 お前やナナホシのせいで、狂いは生じているがな……」

 

 100年後か。

 かなり昔から動いてるみたいだし、今さら計画を変えるってわけにもいかないんだろうなぁ。

 

「……確認ですが、これからヒトガミの所に行って二人でぶっ倒すってわけにはいかないんですよね?」

「秘宝が集まらん限り、ヒトガミの所には到達できん」

「今すぐは、集まらないんですよね?」

「4つまでは可能だが、最後の秘宝はラプラスが持っている。

 ラプラスの復活は、今から約80年後だ。

 ……秘宝の回収は俺が行う。勝手な真似はするなよ?」

 

 勝手もなにも。

 俺はその秘宝がどこにあるかも知らんしな。

 確か五龍将が持ってるって話は日記で読んだ。

 しかし、俺が居場所を知っているのはペルギウスだけだ。

 ん? でも、それだと狂龍王カオスが死んでるって話で、困るんじゃなかろうか。

 

「狂龍王カオス様はお亡くなりになったと聞いておりますが、大丈夫なのですか?」

「カオスの分は、すでに回収してある」

 

 なるほど、手回し済みということか。

 

「でも、俺たちが未来を変化させようと考えることは、ヒトガミの予測の範疇かもしれませんね」

「ふむ?」

「こうして動いた結果、墓穴を掘る、という可能性もあるでしょう?」

「無い。奴は強い未来視に加え、この世界の生物に無条件に信頼されるという特性を持っている可能性が高い……それがゆえに、イレギュラーの対処は苦手なのだ」

 

 そうなのか。

 ヒトガミも呪い持ちなのか……。

 いや、でも信頼は無いだろう。

 俺はあいつの事なんて信用してなかったし……。

 

 いや、俺はオルステッドの呪いが効かない。

 ってことは、ヒトガミの呪いも効かないのか?

 

 ヒトガミも、俺との会話でも手こずっている感じはあった。

 いや、だが、最終的には俺もあいつの言葉をかなり信じていたように思う。

 

 呪いが完全に効かない、というわけではないのか?

 俺も、いずれ、オルステッドを恐れるようになるという可能性もあるのか?

 

 いや、オルステッドの情報が正しいとも限らない。

 この世界の生物に無条件に信頼されるというのも、はずれている可能性がある。

 となると、何が正しいのか、さっぱりわからんな。

 

 案外、『俺に呪いが効かない』というのも、半分ぐらいしか当たってないのかもしれない。

 オルステッドの事だって、最近まではかなりビビってた。

 それとは逆に、ヒトガミも途中から段々と信用しだした。

 まあ、このへんはわからん事だな。置いとこう。

 

「先読みが苦手だとしても……勝てますかね」

「勝てる」

 

 オルステッドは断言した。

 

「奴は万能ではない、あと、一歩だ」

 

 その言葉は、俺に向けられたものではなかった。

 まるで、オルステッド自身に言い聞かせるような言葉であった。

 オルステッドは、勝つつもりでいる。

 途中で劣勢になろうとも最終的には勝つ、そういう気概が見える。

 頼もしい。

 

「さしあたっては、直近の歴史を変える」

「直近?」

「そうだ」

 

 オルステッドは、続けて、こう言った。

 

「アスラ王国第二王女アリエル・アネモイ・アスラを、アスラ王国の王とする」

「おぉ」

「場合によっては傀儡として操る」

「おぉ?」

 

 傀儡とは。

 またなんていうか、悪い感じのする言葉だな。

 

「あのアリエル様が、そう簡単に操らせてくれますかね」

「傀儡といっても、そう大仰な事をするわけではない。将来的にアスラ王国との繋がりが出来ればそれでいい」

「なるほど」

 

 将来的というと、100年後を見据えた行動という事だろう。

 今の内から何かを始めれば、100年後には結果も出ているだろうしな。

 例えば、魔術に関しての研究に力を入れさせるとか。

 例えば、軍備を増強しておくとか。

 例えば、王国崩壊の火種を巻いておくとか。

 

「そんな事して、大丈夫なんですかね」

「問題ない。元々、俺の知る歴史ではアリエルが王となる」

「ほう、その歴史、詳しく聞かせていただいても?」

「いいだろう」

 

 オルステッドは頷き、語り始めた。

 

 

---

 

 

「本来の歴史においては、アリエル・アネモイ・アスラが王となる。

 これは、かなり強い運命に守られた……確定事項だった」

「今のアリエル様を見ていると、そうは思えませんがね」

「だろうな」

 

 最近のアリエルは落ち目だ。

 俺の目からも、ペルギウス相手に空回りをしている様が、ありありとわかるぐらいだ。

 そのせいか、シルフィもなんだか忙しそうにあちこち回っている。

 頑張ってはいるが、難しいという感じだろう。

 

「アリエルが王となるには、三人の人物の力が必要だ。

 一つは、守護術師デリック・レッドバット」

 

 守護術師デリック。

 確か、シルフィの前にアリエルの護衛をしていたという魔術師だ。

 転移事件で、死んだんだっけか。

 

「奴は切れ者で、高い志を持つ男だった。

 転移事件が起きずともアリエルはペルギウスと邂逅する運命にある。

 その際にペルギウスを説得したのは、デリックだ」

 

 デリックとやらが生きていれば、今のような状況にはなっていない、という事か。

 

「デリックはその後も、アリエルの相談役として活躍し、ゆくゆくは宰相となる」

 

 宰相か。

 そりゃ重要人物だ。

 

「そんな人が、転移事件で亡くなったんですか?」

「そうだ。強固な運命に守られていたはずだったが……死んだ」

 

 運命とやらも、確実ではないということだろうか。

 俺自身も、強い運命があるから死なないとかは、考えない方がよさそうだ。

 

「となると、代わりの人物を探すのがいいんでしょうか」

「いや、操るのであれば、宰相はむしろ邪魔となる。必要無いだろう」

「宰相無しで、アリエルはやっていけますかね」

「アリエルが魔法都市シャリーアに来た事で、人材に変化がある。問題あるまい」

 

 ならいいけど。

 あんまり行き当たりばったりでいくと、しっぺ返しを食らう気がする。

 まあ、俺が宰相をやれ、と言われないだけマシか。

 俺は切れ者でもなんでもないしな。

 

「二人目は、エリス・ボレアス・グレイラットだ」

「エリスが?」

 

 彼女が、どう関係するというのだろうか。

 アスラ貴族というだけで、アリエルと接点なんて持ちそうにない気がするが。

 

「エリスは本来なら、その剣の腕を買われ、アスラ騎士団へと入る事になる。

 そこでルークと出会い、結婚に至る運命にあった」

「へぇ………………」

 

 胸にチクッとするお話だ。

 

「ちょっと、エリスとルークが結婚するってイメージがわきませんね」

「ルークが一目惚れする」

「マジかよ」

 

 ルークはあれか。

 勇者の末裔か何かか?

 いや、でも今ぐらいのエリスになら一目惚れしてもおかしくない。

 すげー綺麗だし。

 胸もでかいし。

 体もエロいし。

 コロッと外見に騙される奴がいてもおかしくはない。

 

「何度殴ってもアタックを続けるルーク・ノトス・グレイラットに、

 エリス・ボレアス・グレイラットが折れる形だ。

 だが、結婚した後は、仲睦まじい夫婦になっていたな」

 

 ほーん。

 仲睦まじい夫婦ね。

 へー、はー……エリスも、ちゃんと深い所まで付き合えば、可愛い所あるからねぇ。

 ……でも、なんか寝取られた気分だわさ。

 よし、帰ったら、エリスのおっぱいを後ろから揉みしだこう。

 殴られるだろうけど、なに、何事にも代償は必要だ。

 あのおっぱいを揉めるなら、パンチドランカーになってもいい。

 

「お前には、面白くない話だろうな」

「ええ、正直ね」

「そうか。ならば、概要だけ話そう」

 

 他の歴史の事なんざ知らない。

 ルークとエリスがくっつく歴史は無かった。

 今の歴史でエリス様に愛してもらえるのはあたいだけ。

 エリス様はあたいだけのものよ。

 

「俺の知るエリス・ボレアス・グレイラットは、

 今ほどではないが、聖級に届こうかというほどの剣の腕を秘めた剣士だった。

 家柄もよく、見目も麗しいが、その苛烈な性格から、赤獅子と呼ばれていた」

 

 赤獅子か。

 確かエリスは昔、山猿とか言われていたのだったか。

 それに比べると、出世したもんだね。

 今では狂犬王だし……って、結局は獣か。

 

「エリスはルークと共に何度もアリエルを暗殺者から守り、アリエルの王としての道を助けた」

「今のシルフィの立ち位置ですね」

「そうだ」

「……その歴史では、シルフィはどういう感じになってたんですか?」

 

 一応、関係ないだろうが聞いておく。

 

「シルフィエットは、ロキシー・ミグルディアの弟子となり、冒険者となる。

 緑髪であるがゆえに、やや嫌われていたが、

 最終的には名のある迷宮を幾つも攻略し、世界でも有数の迷宮探索者(ダンジョントラベラー)として名を馳せる事となる」

「おお」

 

 すごいなシルフィ。

 さすがは俺のシルフィだ。

 帰ったら耳をナメナメさせてもらおう。

 

「それで、シルフィは誰と結婚したんですか?」

「俺は、お前の知的好奇心を満たすために話をしているわけではない」

 

 ピシャリと言われた。

 ごめんなさい。

 と、しゅんとなった所で、オルステッドはため息をつきつつ、話してくれた。

 やれやれって感じで。

 

「俺の知る限り、シルフィエットとロキシー・ミグルディアは、誰とも結婚せず、生涯を独身で終えている」

「なるほど、ありがとうございます」

 

 そっかそっか。

 ロキシーもシルフィも独身か。

 いやー、あの二人は俺だけのものか。

 なんか嬉しいな。

 エリスがルークと結婚すると聞かされただけに、なおさら。

 これが独占欲って奴かしら。

 あの二人はオラのものだ。

 絶対に誰にも渡さないだ。

 

「他にも、お前の家族の歴史を聞かせるか?」

「いえ、話を戻しましょう」

 

 聞きたいが。

 俺のいない世界の話なんて、聞いてもどうしようもないしな。

 なら、必要な分だけを聞いた方がいい。

 好奇心を満たすのはこれぐらいにしよう。

 

「それで、エリスの代わりはシルフィが務めた、という事で、いいんですよね?」

「ああ。アリエルが生きているのが、その証拠だ。

 さらに、エリスがアリエルについた事で、フィリップ・ボレアス・グレイラットや、サウロス・ボレアス・グレイラットといった人物も、第二王女派に付くこととなる」

 

 む、また死人か。

 フィリップとサウロスも死んだ。

 あの二人がアリエルの仲間になるはずだったと考えると……。

 今の状況は相当厳しいんじゃなかろうか。

 

「では、三人目は?」

「トリスティーナ・パープルホース」

 

 トリスティーナ・パープリン?

 ……知らない子ですね。

 

「トリスティーナは、アスラの上級貴族パープルホース家の子女で、

 8歳の時に誘拐され、ダリウス・シルバ・ガニウス上級大臣の性奴隷となる」

 

 ダリウス。

 確かアスラ王国で、今もっとも勢いのある、イケイケな大臣だ。

 第一王子派だったっけか。

 8歳の子を性奴隷とは、いい趣味してらっしゃるね。

 それにしても第一王子……名前はなんだったっけな。

 

「トリスティーナは内々に処分される所だったが、運よくアリエルに助けられる。いくら上級大臣とは言え、パープルホース家の子女を何年も監禁したとあっては糾弾は免れない。その結果、上級大臣は失脚し、第一王子グラーヴェルは力を失う」

 

 第一王子の名前はグラーヴェル。

 よし、覚えとこう。

 

「なるほど、で、今の歴史でトリスティーナは?」

「行方不明だ」

「彼女は死んでない?」

「いや、ダリウスは大事件が起こると、即座に身辺を整理する癖がある。性奴隷は処分するため、死んだ可能性が高い」

 

 可能性の問題か。

 死んでいると見た方がよさそうかな?

 

「ダリウスの子飼いの者は、処分するべき奴隷を市場に流し、金を手に入れる事がある。

 そうして奴隷となった女は、大抵の場合は別の誰かに買われて奴隷を続けるか、あるいは、まだ成人前であるなら、技術を仕込まれて盗賊になる」

 

 そこで、オルステッドは俺の日記を、トンと叩いた。

 

「この日記に出てくる、トリスという女盗賊が気になる」

 

 トリス。

 確か、日記の俺がアスラ王国に侵入する際に出会った女盗賊だ。

 日記には詳しいことはあまり書いていないが……。

 

「でも、トリスって名前は、アスラではそう珍しくもないでしょう」

 

 エだの、トだの。

 アスラにはいろんな種類のリスがいるからな。

 

「ああ、しかし俺の知る限り、あの辺りにトリスという名の女盗賊は存在しない。それに、トリスティーナと日記の女盗賊の特徴が、いくつか一致している」

 

 あ、なるほどね。

 歴史を知るオルステッドが知らない人物が、日記に登場している。

 名前も似てるし、もしかして同一人物なんじゃ、ってことか。

 

 それにしても、トリスティーナに、トリス。

 もし同一人物であるなら、呼びやすいようにトリスだけ残したのだろうか。

 なんたらの神隠しって感じだ。

 

「では、その人物を手に入れれば、上級大臣を失脚できるというわけですか」

「生き証人だからな」

 

 じゃあ、もしアリエルを王とするなら、接触しなければいけないな。

 

「なんで、実家に帰らないんでしょうね」

「誘拐という建前で、パープルホース家が裏でトリスティーナを売ったからだ」

「実家が売ったのに、性奴隷が発覚すると失脚するんですか?」

「建前上は誘拐された事になっているからな。それに、他者を攻撃する要因となれば、なんでもいいのだ」

 

 なるほどね。

 ダリウスも敵が多いし、どこの誰がどんな経緯で、というのはどうでもいいのか。

 上級貴族の娘が、さらわれて無理やり手篭めにされた、って事実があれば、ダリウスを失脚させるのは難しくないのだ。

 

「面倒臭い国ですね」

「ああ。だが、そうした者ばかりだからこそ、この世界で最も力を持っている。

 裕福な土地に住んでいるということを差し引いてもな」

 

 まあ、外交とか得意そうな奴が多いだろう。

 偏見だが、内部で足の引っ張り合いをしてると、他国との交渉も強そうだ。

 

「ともあれ、トリスティーナがいれば、ダリウス上級大臣を失脚させられる。

 奴さえいなくなれば、あとはどうにでもなるだろう」

「ダリウス上級大臣ってのは、それほど強力な人なんで?」

「ああ、今の国王は、ダリウスがいたからこそ、王になれたのだと言っても過言ではない」

 

 そんなにか。

 ○沢みたいな感じで、金集めや根回しが得意なタイプだったのだろうか。

 

「もし、失脚に失敗するようであれば……お前が殺せ」

「えっ、俺が殺すんですか?」

「そうだ。お前の強力な運命なら、奴を殺すのも容易だろう」

 

 相手を殺せるかどうかってのは、運命の力で決まるのか?

 そういえば、ヒトガミも、俺ならオルステッドを殺せるかも的な事をいってたな。

 

「…………わかりました」

 

 人を殺すのには抵抗があるが。

 しかし、それが家族を守るって事につながるなら、頑張ろう。

 相手は悪い大臣だ。

 なら大丈夫。

 相手がザクなら人間じゃないんだ。

 

「でも、確か話を聞く限り、第二王子派もいるって話じゃありませんでしたっけ?

 そっちは手を打たなくてもいいんですか?」

「第二王子ハルファウスか。奴が王になる道は、存在しない。奴は王の器でもなければ、奴を本気で王にと思っている者も少ない」

「でも、今回は何が起きるかわからないし、万が一にも、王になってしまうかも」

 

 第二王子。ハルファウスって名前なのか。

 俺は第二王子の顔も性格も知らないが、候補にあげられるぐらいなら、優秀なんだろうし。

 何が起こるかわからない。

 

「問題ない。もし失敗したら、次回はうまくやる」

「次回? 次の一手ってことですか?」

「あ……ああ、そうだ」

「アリエルはどうなるんですか?」

「死ぬだろうな」

 

 2000年も生きていると、一度や二度の失敗には寛容になるんだろうか。

 長い目で見た計画というのは、全ての行程が成功するとは限らないものだし。

 100年後の布石として、って事なら、一つや二つはなくてもいいのか。

 でもなぁ。

 

「やめましょうよ、そういう刹那的なのは、ヒトガミがほくそ笑みますよ」

 

 そう言うと、オルステッドが憤怒の形相になった。

 怖い顔だ。

 でも、俺は続ける。

 

「これから、もしかすると失敗が続くかもしれません。

 結果として、最終的な勝敗すら、左右するかもしれない」

 

 最終的に勝てればいいという考え方には同意してもいいが、

 アリエルが死ぬと、シルフィも巻き込まれる可能性もある。

 ギレーヌだって、アリエルに紹介すると約束してある。

 身内の不幸は俺の不幸だ。

 俺は不幸になりたいとは思わない。

 

「1回1回を大切にしていきましょう。全ての勝負で、油断なく勝ちにいきましょう」

「……無論だ」

 

 オルステッドはしっかりと頷いた。

 

「ともあれ、まず最初の方針としては、アリエル様を王にする。

 オルステッド様が指示を出し、実際に動くのは俺……という事でいいんですね」

「そうだ」

 

 まさに、バックについてもらう、という感じか。

 俺のバックには龍神会のオルステッドさんがついてんだからな、って感じだ。

 やらされるシノギはちょいと面倒だが。

 

「第二王子ハルファウスの方への対策もしておきましょう」

「そうだな。そちらについては、任せておけ。奴についている主要な貴族を失脚させる。奴自身は王となる気は毛頭ないゆえ、それだけで十分に戦意をそぐことができよう」

 

 その口調で、俺はなんとなく気づいた。

 オルステッドにしてみると、誰が王になってもいいのかもしれない。

 仮にアリエルが死に、ハルファウスが王となったとして。

 その場合、俺をハルファウスの所にもぐりこませればいいだけなのだから。

 

「作戦開始は、いつ頃になるでしょうか」

「あと一月ほどで、国王が病気になったという知らせが届くはずだ」

「それまでは?」

「それまでに、準備を整えておく」

 

 オルステッドの言葉で、ひとまずの方針は決まった。

 

 

---

 

 

 さて準備。

 準備といっても、何をすればいいのやら。

 アリエル、ルークに接触するのは当然として、他にも用意するものがあるだろうな。

 

「何を用意すればいいでしょうか」

「まずはお前の装備だ。恐らく、ヒトガミの使徒と戦闘になる。

 お前なら生身でも十分だろうが、防具はあった方がいいだろう」

 

 オルステッドはそう言って、小屋の外を見た。

 そこには、パーツ毎にバラバラになった魔導鎧と、安らかに眠るザノバがいる。

 よく見ると、右手のガトリングまでしっかりと持って帰ってきてくれたらしい。

 

「あれは闘神鎧には遠く及ばんが、素晴らしい鎧だ。あれだけのものを作るのには苦労しただろう」

「まあ……その、ヒトガミに結構アドバイスをもらいまして」

「そうか……奴も墓穴を掘ったな。それで、銘はなんと言うのだ?」

「銘ですか?」

「あの鎧の名前だ」

「魔導鎧(マジックアーマー)です」

「そうか……つまらん名だな。俺が新しくつけてやろうか? そうだな……」

「いえ、結構です」

 

 オルステッドは目を細め、笑っていた。

 この人、笑顔も不気味だ。

 名前はともかく、性能を天下の龍神オルステッドに褒められるとは、ザノバやクリフはどう思うだろうか。

 

「あれをこれからも使っていくのであれば、もう少し改良した方がよかろう。

 あれでは、1回で全ての魔力を使い果たしてしまう」

「とはいえ、小型化するとなると、1ヶ月では間に合いませんね」

「ならば、今回は見送るか……」

 

 オルステッドはそう言って、顎に手をやって頷いていた。

 もしかして、制作を手伝ってくれたりするんだろうか。

 うちの鎧に、龍神のマークが付くんだろうか。

 

「しかし、闘気が纏えないとなると面倒だな。一着、ローブを見繕っておく」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 そのローブも、高いんだろうなぁ。

 

「それから、お前が使えそうな魔力付与品(マジックアイテム)もいくつか用意しておこう」

「……」

 

 最高の環境、最高の給金、最高の装備。

 オルステッドは全てを用意してくれるつもりなのか。

 ヒトガミの投げっぱなしで真っ黒な感じとは大違いだ。

 

「そういえば、闘神鎧というのは最近になってよく聞きますけど、なんなんですか?」

「魔龍王ラプラスの最高傑作にして最狂の失敗作だ」

 

 ラプラスの最高傑作。

 てことは、作ったのはラプラスって事か。

 

「その表面は発する魔力で黄金に輝き、装着した者に最強の力を与える。しかし、そのあまりの魔力ゆえに自我を持ち、装着したものの意識を乗っ取る、呪われた鎧だ」

 

 呪われた鎧って……。

 ああ、龍族ってそういうものを作るのが得意なのか。

 ラプラスは呪われたものばかり作っている気がする。

 スペルド族の槍といい、鎧といい……ロクなもんを作らねえな。

 

「もっとも、今はリングス海の中心、海中深くに眠っているがな」

「……」

 

 オルステッドは、本当に何でも知っているな。

 頼もしいったらありゃしない。

 

「それから、これを渡しておこう」

 

 オルステッドはそう言って、懐から、何やら巻物のようなものを取り出した。

 受け取って広げてみると、魔法陣が書かれていた。

 

「これは?」

「昨日言った、守護魔獣の召喚魔法陣だ」

「おぉ」

「魔力を込めながら、家族を守る存在をイメージしろ。言葉でもいい。それに応じた者が召喚できるはずだ」

「イメージでいいんですか?」

「お前の魔力は膨大だ。細かく決めずとも、その方がいい相手が召喚できるだろう」

 

 いいお相手が見つかるでしょう、みたいに言われても。

 でもまぁ、そういう事なら、やってみるか。

 

「変なのが召喚されたりはしないでしょうね。こう、魔で始まって、帝で終わるような幼女とか」

「何が呼び出されるかはお前次第だが……キシリカ・キシリスはあれでいて膨大な魔力を持っている。その小さな魔法陣では召喚できまい」

 

 大きさが問題なのか。

 まあいいか。

 

「とにかく、守護魔獣については、明日にでも呼び出させて頂きます」

「ああ」

「ひとまず、あと1ヶ月はアリエルやルークと親交を深めつつ、戦いの準備をする、という形ですね」

「そうだ」

「わかりました」

 

 ひとまず、話し合いはこれぐらいでいいか。

 あ、そうだ。

 もう一つ、重要なことを聞き忘れていた。

 

「……そういえば、俺の子孫がオルステッドさんを助けるらしいんですが。やっぱりたくさん作った方がいいですかね? それとも、やっぱり俺が子供を作ると、ラプラスとか生まれちゃいます?」

「…………………お前の子供からラプラスは生まれん。好きにしろ」

「わかりました。好きにします」

 

 じゃあ、産めよ増やせよで行こうか。

 オルステッドも、大勢の仲間に囲まれた方が嬉しかろう。

 

「さて、では一度失礼します。この召喚魔法陣も使ってみないといけませんからね」

「ああ」

「では、また後日。何かありましたら、家の方まで連絡をください」

 

 と、立ち上がりかけて。

 もう一つ、聞かなきゃいけないことを思い出した。

 

「そういえば、オルステッド様。ナナホシにはもう、お会いになりましたか?」

「…………いや、会ってないな」

「俺が言えた事じゃないでしょうが、もし、彼女に呼び出された事を気にしているのでしたら、許してあげて頂ければ幸いです。俺が、彼女の弱みを握って、半ば無理やり、やらせたことですので」

「……」

 

 オルステッドは何も言わなかった。

 俺のせいで誰かが仲違いするというのも、嫌だしな。

 

「ナナホシは、俺があなたと戦うのを反対していました。

 世話になったから、と」

「……」

「あなたをハメた事を、まだ少し心残りにしているようなので、

 もし、オルステッドさんがナナホシを許せる余地があるなら、

 もう一度、会って彼女の謝罪でも、受け入れてあげてもらえませんかね?」

「わかった。そうしておこう。ナナホシはあれで……役に立つ女、だからな」

 

 そうだね。

 とっても役にたつよね。

 うんうん。

 

「ああ、そうだ。今の話で思い出した。

 俺の方からはともかく、お前の方からも俺に連絡が取れなければ、不便だろう。

 これも持っておけ」

 

 オルステッドは上着の懐から、一つの指輪を取り出し、テーブルの上に置いた。

 どこかで見たことがある。

 つい最近だ。

 ていうか、ナナホシが持っていたもので、俺がワナとして利用したものだ。

 

「何か急な用事があれば、それを使って俺を呼べ」

 

 この指輪は使うと、暫くの間、魔力を発する。

 魔力を発している間は、対となる羅針盤がその方向を示し続けるというものである。

 もしこれが魔道具だったら、レーダーの一つでも作れそうなものだが……。

 残念ながら魔力付与品(マジックアイテム)の効果を再現するのは、非常に難しい。

 

 それにしても、これを俺に渡すということは……。

 俺にもう一度奇襲されても跳ね返す自信があるということか。

 あるいは、もう奇襲はしないと信用してもらっているという事だろうか。

 

 ……後者と考えよう。

 オルステッドだって、二度も三度も本気を出して、貴重な魔力を消耗する気は無いだろう。

 信用されているなら、俺は、それに応えなければなるまい。

 

「受け取ります。では、また後日」

 

 俺は指輪を受け取り小屋を出た。

 

 

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 その後、寝ているザノバを背負い、ジンジャーの部屋に送り届けた。

 「魔導鎧の修復について、後日また頼みにくる」と伝言を残して帰宅。

 家に帰ると、シルフィがむくれて待っていた。

 二日も行き先を告げずにほっつき歩いていたことを怒るシルフィに、オルステッドに会っていたと説明。今後の行動方針については伏せつつ、一ヶ月後にあれこれ動く事になりそうだと伝えた。

 その後、なし崩し的にベッドに誘い込み、オルステッドの未来の味方を増やす仕事に従事した。

 

 この仕事に必要なものは、愛だ。

 なんて言い訳をしつつ、その日はぐっすりと眠った。