無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第百八十八話「別れの稽古とシルフィの変化」

 出発当日。

 

 早朝。

 まだ日も登らない時間に、ある人物が現れた。

 

 ギレーヌである。

 彼女は三本の木剣を持って、屋敷にやってきた。

 何をするのか、何をしたいのか。

 というのは、説明されなくとも、なんとなくわかった。

 

 俺とエリスは黙って木剣を受け取り、着替えてから庭に出た。

 

 屋敷の庭はそこそこ広いが、様々な花が植えられているため、少々手狭に感じる。

 だが、これからやることを考えれば、十分だろう。

 

 庭に立ち、俺とエリスはギレーヌを前に、剣を構えた。

 寝ぼけ顔のシルフィが、やや離れた場所にある椅子に座っている。

 朝も早くから働き始めているメイド達も、何事かとチラ見してくる。

 

「稽古を始める」

 

 ギレーヌの言葉で、俺とエリスは剣を腰に持ち、一礼した。

 

「よろしくお願いします」

 

 ギレーヌは小さく頷き、剣を構えた。

 俺たちもそれに習う。

 

「では、素振り開始――! 1! 2!」

 

 ギレーヌの動きと声に合わせ、俺とエリスは木剣を振る。

 静かな庭に、木剣が空気を斬る音が吸い込まれていく。

 

 俺の剣は二人の素振りに比べ、鈍い。

 だが、ギレーヌから叱責が飛ぶことはない。

 昔、彼女に剣を習っていた頃は、素振りの度に脇をしめろだの、剣先を見ろだのと言われたものだ。

 今日は、何も言わないのだろうか。

 

「ルーデウス! 気を散らすな!」

「はい!」

 

 そんな事はないらしい。

 だが、姿勢に関しては特に何かを言われる事はない。

 できているのだろう。

 俺だって、素振りや型は出来る限りやっているのだから。

 

「197! 198! 199! 200! 素振り、やめ!」

 

 ちょうど200本で、ギレーヌは動きを止めた。

 ギレーヌとエリスの額には、汗が張り付いている。

 たった200本。

 だが、その200本、すべて全力にて打ち込んだのだろう。

 数ではないのだ。

 もっとも、息が荒いわけではない。

 それは俺も同様だ。

 素振りはウォーミングアップにすぎない。

 

「では、疾風の型より始める!」

「はい!」

 

 俺とエリスは木剣を構え、型にはまった動作にて剣を振る。

 戸惑うことはない。

 全て、知っている型だ。

 剣神流の基礎的な型で、ノルンにも教えた。

 エリスと結婚した後は、彼女と二人で毎日のように行っている。

 

「よし、やめ!」

 

 訓練にて行われる全ての型が終了した所で、ギレーヌが声を掛けた。

 

「対!」

 

 号令で、俺とエリスは向かい合う。

 対とは、二人で行う稽古を指す。

 大抵の場合は、いわゆる掛かり稽古からだ。

 剣道に置いては攻め手と受け手に別れ、本来なら上級者が受け手になるらしいが、エリスが攻め手だ。

 昔からそうだし、結婚した後もそうだった。

 なら、今だってそうだ。

 

「はじめ!」

「ラアアァァァ!」

 

 ギレーヌの言葉で、エリスが打ち込んでくる。

 あくまで型であるため、それほど速くはない。

 俺が付いてこれるギリギリの速度にて行われ、寸止めにて終わる。

 無論、剣神流に寸止めなどという作法は無く、

 昔のエリスは寸止めをしなかった。

 今はできる。

 

「交代!」

 

 立場が逆になれば、俺の剣は届かない。

 寸止めなどする必要もない。

 それだけ、俺とエリスの剣術に差があるのだ。

 俺も予見眼を使えば多少はマシになるが、今回は使わない。

 フィットア領にいた頃、俺は魔眼を持っていなかった。

 だから使わない。

 

「よし、やめ!」

 

 ギレーヌの号令で、俺とエリスは剣を止める。

 次は普段通りなら、地稽古となる。

 エリスと魔眼も魔術も無い俺が地稽古なんてしたら、結果は火を見るよりも明らかだ。

 と、思ったら、ギレーヌは俺の方を向いて、クイっと顎を外へと向けた。

 

「ルーデウス! お前は見学しろ!」

 

 俺が下がると、ギレーヌが一歩前へ出た。

 俺は五歩ほど下がり、芝生の上に正座する。

 

 ギレーヌはエリスと向かい合い、腰だめに剣を構えた。

 

「エリス。これで最後だ」

「…………はい」

 

 エリスは頷き、大上段に構える。

 俺との稽古の時、彼女が上段に構えることはない。

 居合の構えを取るギレーヌと、剣を天へと向けるエリス。 

 

 対照的な二人の構え。

 

 俺の背中に冷や汗が流れる。

 空気が凍てつき、時間が止まった。

 互いが持つのが真剣であるような錯覚すら覚えた。

 永遠とも言える瞬間。

 そこに、一筋の風が流れ込んだ。

 

 ……合図は無かった。

 

「……」

 

 コォォォンと、音だけが響いた。

 俺の目は二人の動きを捉えることが出来なかった。

 ただ、結果だけを見届けた。

 

 互いに剣を突きつけたような姿勢。

 違いがあるとすれば、ギレーヌの手の剣は、根本から叩き折られていたという所か。

 エリスの剣はやや曲がりつつも、ギレーヌの首筋に添えられていた。

 

「……」

「……」

 

 二人しばらく、その姿勢で止まっていた。

 ややあって、ゆっくりと、剣を引く。

 

 口をへの字に結んだエリス。

 神妙な顔のギレーヌは小さく頷き、言った。

 

「これにて、稽古を終了する」

「ありがとうございましたっっっ!」

 

 俺はその言葉に、座った姿勢のまま頭を下げた。

 頭を上げると、エリスが下唇をかみながら、頭を下げ続けていた。

 その眉間には皺が寄り、頬はブルブルと震えていた。

 

「ではエリス。お嬢様……さらばだ」

「し、師匠も、お、お、お達者で……!」

 

 エリスは顔を上げ、目の端に大粒の涙を溜めて、もう一度、頭を下げた。

 

 ギレーヌはそれ以上なにも言わなかった。

 ただ、最後に俺に一瞥をくれ、屋敷から去っていった。

 その眼からは、お嬢様を頼むという意志が感じ取れた。

 俺の勘違いではないだろう。

 

 俺は立ち上がり、ギレーヌに対し、今一度、深く腰を折って頭を下げた。

 剣を教えてくれた彼女に、エリスを守った彼女に。

 俺の感謝は尽きない。

 

「わぁぁぁ! わあぁぁぁ!」

 

 ギレーヌの姿が見えなくなった瞬間。

 エリスが泣いた。

 悲しさを紛らわすように大声を上げつつ、どこまでもどこまでも届くような声で、泣いた。

 

 

---

 

 

 出発前。

 シルフィに対して、多くの人々が見送りにきた。

 

 大半はアリエル派の貴族だった者達だが、

 そのほとんどはシルフィが女性であることすら知らなくて、

 俺と結婚していると聞いて驚いていた。

 しかし、だからといってシルフィの扱いが変わるものではないらしい。

 彼らは短く礼を言って去っていった。

 

 シルフィはそういった人たちにも笑顔で対応していたが、

 やはり社交辞令的なものだったのだろう。

 「こういうのは肩がこるね」と、ウンザリした顔で愚痴っていた。

 

 そんなシルフィも、従者の二人が来た時には顔をほころばせていた。

 エルモア・ブルーウルフ。

 クリーネ・エルロンド。

 俺とは関わりのない二人だが、シルフィとは親友である。

 彼女らはまたいつか会おうねと、涙ながらに別れを告げていた。

 

 最後に来たのはルークだった。

 彼がいた時間は、ほんの15分程度といった所か。

 アリエルの補佐として、地方領主として、

 どんどん忙しくなる彼は、仕事の合間をぬって別れを告げにきたのだ。

 

「シルフィ……その、達者でな」

「うん」

 

 ルークは少し後ろめたい所でもあるのか、シルフィとは目を合わせにくそうにしていた。

 

「その、すまなかったな。最後の最後で、試すような事を言って」

「ううん。ルークも不安だったんだし、仕方ないよ。

 でも、もし本気でアリエル様をどうにかしようとしてたら、

 ボクもどうしたかわかんなかったよ」

「そうか……ありがとう」

「どういたしまして……ってやりとりも、何かおかしいね」

「そうだな」

 

 シルフィとルークはそう言って、笑った。

 しばらく笑いあった後、ルークは苦笑しつつ「あー」と言葉を探した。

 そしてルークは爆弾発言をした。

 

「シルフィ。もし、ルーデウスの所にいられなくなったら……俺の所にこい」

 

 聞いた瞬間、硬直してしまった。

 だって、これってほら、求婚じゃありません?

 旦那が隣にいるときに言うこたぁないだろう……。

 

「何いってんだか……ルディと別れるわけないし、仮に行ったとしてもルークと結婚なんてするわけないだろ?」

「いや、結婚とかじゃない。ただ、行く場所が無くなった時、俺も、エルも、リーネも、お前を迎えることに躊躇はしないって言いたかったんだ」

 

 ルークは男らしくそう言った。

 恋愛感情抜きにして、困ったらたよれって事か。

 紛らわしい事言いなさる。

 

 でも、ルークの額には冷や汗が見える。

 もしかしてこいつ、シルフィに岡惚れしちまったのだろうか。

 胸のない女には興味がないとか言っといて……。

 いや、俺に釘を刺す意味合いもあるのだろう。

 俺も精進だ。

 

「そうはならないと思うけどね、ま、遊びにぐらいはいくよ」

「ああ、また会おう」

「うん、ルークも元気でね」

 

 エリスに比べれば、淡白な別れだった。

 まあ、今生の別れではないのだから、そんなものか。

 長い人生だ。

 生きていれば、会う機会もあるだろう。

 

「ルーデウス」

 

 と、思ったらルークが俺の方に来た。

 なんだろう。

 また決闘か?

 

「道中、疑って済まなかったな」

 

 謝られた。

 

「いえ、俺も怪しい行動が多かったし、仕方ありませんよ」

 

 今回、ルークはヒトガミにそそのかされた。

 でも、結局の所、俺だってルークやアリエルを駒としてしか見ず、疑われるような行動や言動をしていたのだ。

 ルークが、ヒトガミの使徒である可能性が高いと知っていたはずなのに。

 だから、彼だけが悪いわけじゃない。

 

「それに、疑うのもルーク先輩の仕事でしょう」

「……そう言ってもらえると助かる」

 

 ルークは頬をポリポリと掻いて、ヘラッと笑った。

 

「ルーデウス、お前も、シルフィの体に満足できなくなったら、俺の家に来い。ノトスの家では、こんな棒きれみたいなのとは比べ物にならない侍女をたくさん雇っているからな」

「ルーク!」

 

 シルフィの怒声に、ルークはビクッと身を縮こまらせ、笑った。

 

「冗談だ……」

 

 そして、ルークは自分の乗ってきた馬へと戻っていく。

 ヒラリと白馬にまたがるその姿は実に様になっている。

 どっからどう見ても、王子様だ。

 

「ルーデウス、シルフィを頼む。

 シルフィ、元気でな」

 

 ルークは最後にそう言って、颯爽と去っていった。

 

 出会った当初は嫌な奴だと思ったが、案外パウロが出奔せず、同じ家で育ったら、あいつとももっと仲良くなれたのかもしれないな……。

 

 なんて思いつつ、俺はシルフィとその背中を見送った。

 

 

 さて、別れは告げた。

 後は、帰るだけだ。

 

 

---

 

 

 帰りはまた一月半の旅になる……はずもなく、ペルギウスが送ってくれる事になっている。

 

 この10日の間に、ペルギウスは王城に転移魔法陣を設置していたそうだ。

 そいつを使って空中城塞に移動し、魔法都市シャリーア近郊の砦跡まで。

 そこから、半日で愛しい我が家である。

 

 行きに対して、帰りはあっけない。

 

 というのをエリスに説明すると、どうやら彼女は帰りにも一ヶ月以上かかると思っていたらしい。

 

「何よ! 馬鹿みたいに泣いちゃったじゃない!」

 

 と、殴られた。

 いや、別れは大切だと思うけどな。

 まあ、台無しになったのは確かにそうだ。

 エリスの貴重な涙がもったいない。

 

 しかし、エリスがそう考える所を見ると、ギレーヌも同じように思ってそうだ。

 似たもの師弟ってやつだな。

 そのうち、唐突に現れてびっくりさせてやりたい。

 

 まあ、用事もなくペルギウスを足代わりに使ってウザがられてもアレだし、ペルギウスに頼むのは、何か用事がある時だけにするとしよう。

 

 ……いやでも、緊急の移動手段ってのはあったほうがいいよな。

 オルステッドも転移魔法陣は書けるだろうし、

 アスラ王国にかぎらず、各国への直通ルートは作っておいた方がいいのかもしれない。

 俺たちしか知らない魔法陣なら、ヒトガミだって潰しようがないし。

 よし。

 今度、その企画書を出そう。

 

 

---

 

 

 禁忌である転移魔法陣を使うということで、別れの後に町の外に出て、後でこっそり戻ってきて城内へ。

 なんて移動をしていたら、すっかり日が暮れてしまった。

 ゆえに今宵は城内に一泊させてもらう、という流れになった。

 

 

 現在位置はペルギウスの空中城塞の一室。

 

 メンツは俺、エリス、シルフィの3人。

 来た時は8人。

 帰りは3人。

 さすがに寂しく感じる。

 

 そう思いつつ、俺は暖炉の火を見ていた。

 

 後ろにあるベッドでは、エリスとシルフィが並んで寝ている。

 普段なら部屋を分ける所だが、

 なぜかシルフィもエリスも、俺と一緒の部屋で眠りたがった。

 何か、思う所でもあったのかもしれない。

 もしかすると、本日はYESの日だったのかもしれない。

 でも、三人となるとエリスが尻込みするので、今日はそういうのはナシだ。

 

 ともあれ、ちょっと大きめの部屋を借りて三人で川の字になって寝たのだが、俺はなんとなく目が冴えてしまった。

 特にする事もなく、暖炉についた火を見て、思案にふけっている。

 

 周囲は静かだ。

 火の燃える、パチパチという音だけが場を支配している。

 俺はそれを見ながら、今回の一件について考えた。

 

 俺は、勝利した。

 ヒトガミに、勝った。

 大勝利、といっても過言ではないだろう。

 こちらに死者は無く、使徒を全員倒して、アリエルを王へと押し上げた。

 まあ、戴冠式はまだ先だが……。

 

 しかし、大勝利にしては不安は多く、実感もない。

 なにせ、これはあくまで、オルステッドが置いた布石にすぎないのだ。

 今回は重要な戦いではあったのだろうが、所詮は1ラウンドを取ったにすぎないのだ。

 これからも、こんな戦いが続くのだ。

 気苦労と不安ばかりが募り、勝ったかどうかの実感のわかない戦いが。

 

 俺は……このままでいいのだろうか。

 今回、俺は何が出来たというのだろうか。

 アリエルに助けられ、エリスを死なせかけ、オルステッドに尻拭いをしてもらった。

 こんなんで、いいのだろうか……。

 

「……ルディ」

 

 そんな風に考えていた時、ふとシルフィが目を覚ました。

 

「まだ起きてるの?」

「ああ」

「もう、深夜だよ?」

 

 彼女は窓の外を見ながら言った。

 外は暗い。

 二人が眠ってから、かなりの時間が経過してしまったらしい。

 

「ふぅ……」

 

 シルフィは寝直すでもなく、俺の隣に座った。

 体をぴとっと合わせて、肩に頭を乗せてくる。

 俺は当然のようにその肩を抱いた。

 

「……」

 

 しばらく、無言で時を過ごす。

 シルフィの体は温かい。

 熱でもあるのかと思うぐらい、火照っていた。

 うなじのあたりを見ていると、顔を上げたシルフィと目があった。

 シルフィの瞳は、やや潤んでいた。

 

 ここはキスでもすべきだろう。

 そう思って肩を抱く手に力を込めた時、

 

「……なんかね」

 

 ぽつりとシルフィが言葉を発した。

 

「アリエル様の護衛をやめたら、気が抜けちゃったんだ」

 

 俺はキスをキャンセルし、話を聞くことにした。

 

「全部、終わったんだなぁ……って」

 

 シルフィの顔はスッキリして見えた。

 8年間、彼女はアリエルの護衛としての仕事についてきた。

 

 8年だ。

 10歳から18歳まで。

 彼女の青春時代は、常にアリエルやルークと共にあったのだ。

 もしかすると、今は何かを失ったように感じているのかもしれない。

 

 果たして、俺にその何かを補填してやる事はできるのだろうか。

 俺は、すでにシルフィとは友人ではない。

 夫婦は友人の代わりにはならない。

 

「それでねルディ。ボクも考えたんだ」

 

 俺が何も言わずにいると、シルフィはぽつりと言った。

 

「今まで、アリエル様にかまっててルーシーの事、あんまり見れこれなかったから、これからは、ずっと家にいようと思うんだ」

 

 シルフィを見ると、彼女はなにかを決心したような顔をしていた。

 

「ルーシーもどんどん大きくなるし、今まで以上に手が掛かるようになる」

 

 シルフィはそう言いつつ、俺の肩にグリグリと頭を押し付けてきた。

 俺はその頭をわしわしとなでる。

 シルフィの頭はいつもより熱を持っているように感じた。

 

「だから、子育てに専念して、ちゃんとしたお母さんになろうって、思うんだ」

 

 シルフィがちゃんとしてないお母さんだとは思わない。

 でも、この世界の常識に照らし合わせれば、

 子供をほったらかしにしているとも取れるのだろう。

 子育てをメイドに任せっきりにするのは、貴族ぐらいなものだ。

 俺たちは貴族じゃない。

 

 でも、俺は元異世界人だ。

 共働きが珍しくもない国から来た。

 

「別に、やりたいことがあったら、やってもいいんだぜ?」

 

 シルフィはまだ18歳だ。

 この世界では立派な成人だが、それでも18年しか生きていないんだ。

 夢とか、やりたいことだって、まだまだ出てくるだろう。

 遊びたいから子育てをほったらかしにするってならまだしも、

 子育てをしながら自分を高めるってんなら、俺はいいと思う。

 まあ、そういった思考は、俺の父親としての自覚の足りなさから来るものなのかもしれないが。

 

「うーん……やりたい事かぁ……」

 

 シルフィは小首を傾げ、俺を見上げた。

 

「えっとね、ボクはさ、エリスみたいになりたかったんだと思う」

「エリスに?」

 

 と言われて、俺が咄嗟に思い浮かんだのは胸の事だった。

 シルフィの胸は小さいからいいのに、あまり大きくなってしまっても困る。

 まぁ、そんなに大きくしたいなら、俺が毎日マッサージを……。

 いや、胸の事ではなかろう。

 

「そう。ルディと同じ位置に立ってさ。一緒に戦ったりしてさ。

 対等な立場で、ルディと背中を守り合うような、

 そんな関係にさ、なりたかったんだと思う」

「……」

「でも、ボクはエリスにも、ルディにも遠く及ばないって、今回の件で実感したよ」

 

 そんな事はないと思う。

 シルフィは十分すぎるほど、強かった。

 確かに、エリスと比べるとランクは下がるかもしれない。

 でも、それは仕方のない事だ。

 エリスは、そのためだけに生きてきたのだから。

 その代わり、シルフィに持っていて、エリスにないものはたくさんあるのだから。

 

「だから、そっちは諦めて、別の方向でルディの背中を守るよ」

 

 ああ、だからか。

 シルフィは、エリスにないもので、俺を守ってくれるのか。

 

「それが、お母さん?」

「うん。ロキシーもしばらくは先生をやめるつもりはないみたいだし、

 ボクが頑張って、家の子どもたちの面倒を見るんだ。

 ちゃんと躾とか、教育とかして、どこに出しても恥ずかしくない子にね」

 

 ありがたい話だ。

 そして、申し訳ない話だ。

 俺はきっと、これからも子供の面倒はあまり見れないだろう。

 ヒトガミとの戦いはこれで終わりではなく、オルステッドの配下としての仕事はどんどんくるはずだ。

 今回のように、家から遠くはなれた地に出向いて、戦って帰ってくるのだ。

 

「だからルディ。これからは、任せてね?」

 

 何はともあれ。

 シルフィは新しい目的を設定したのだろう。

 新しい自分の役割を見つけたのだろう。

 一つのことが終わり、次のステップに、足を掛けたのだ。

 

「うん、これからもよろしく」

 

 なんだか、急にシルフィが愛おしく思えてきた。

 いつも可愛いシルフィが、今日はいつも以上に可愛く見える。

 もはや我慢の限界だ。

 俺は顔を近づけて、シルフィにキスをした。

 シルフィは逆らう事なくそれを受け入れてくれる。

 

 さらに、肩に回した手を尻へと移動させる。

 シルフィはハッと気づいたような顔で、眉を困ったように歪めつつ腰を少し浮かして……。

 

「……っ!」

 

 ……そこで、俺はメデューサに睨まれた戦士のように動きを止めた。

 視線を感じる。

 どこだ……ベッドだ。

 

 寝ているはずのエリスがこちらを見ていた。

 爛々とした目で見ていた。

 けっして、ランランと鼻歌など歌いそうにない目だ。

 恐竜のような目だ。

 

 なんで彼女はこういう場面を見る時に、気配を殺すのだろうか。

 超怖い。

 

「やっぱ、そろそろ寝ようか」

「え? あー……うん、そだね」

 

 シルフィと二人でエリスの待つベッドへと潜り込んだ。

 まあ、そういうのは帰ってからでも遅くはない。

 この城では、ペルギウス様に出歯亀されかねないしな。

 

「もう、エリス、邪魔しないでよ……」

「ご、ごめん……でも、ずるいわよ、あんなの……」

「ずるくないよ……なんだったら、今から三人でする?」

「む、無理よ、そんな、三人でなんて、恥ずかしいわ……」

 

 エリスとすると情けないポーズとか取らされるから、俺の方が恥ずかしいんだがなぁ……。

 なんて、二人が小声で話し合うのを聞きながら、俺は心地よい満足感を得ていた。

 シルフィの事だ。

 

 シルフィの中で、一つ大きな変化があった。

 彼女は、今回の件で、大きく成長したように見える。

 なら、俺も、もう少し変わらなきゃいけないだろう。

 彼女に背中を任せて、前向きに変わらなきゃ……。

 

 そう思いながら、俺は眠りに落ちた。