無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第二百一話「虫の知らせ」

 家に帰り、家族に報告した。

 

 ここ最近、出張に赴く際には詳しく言わない事も多い。

 けど、今回はちょっと時間も掛かりそうだから説明しておきたかった。

 

 まず、我が事務所にシーローン王国へ直通する転移魔法陣は無い。

 ゆえに事務所を経由する場合、王竜王国で馬車を購入し、シーローン王国へと行く形になる。

 以前、王竜王国からシーローンまで移動した時は4ヶ月掛かった。

 途中で町を捜索しつつの事だった事を考慮すると、急げば2ヶ月ちょっとで到着できる。

 2ヶ月。

 てことは、往復で4ヶ月だ。

 エリスがあと3ヶ月で出産する事を考えると、どうあがいても間に合わない。

 

 もちろん、ペルギウスに頼んでシーローン王国まで直通にしてもらえば事足りる。

 ザノバはペルギウスとの交友が深い。

 ザノバは市場で見つけた出来のいい絵画や人形などを持ち込んでは、ペルギウスと二人で品評会をしている。

 ペルギウスが気に入ったものがあれば献上する事もあるという。

 それだけ仲がいいのなら、ザノバが頼めば嫌とは言わないはずだ。

 

 もっとも、それで移動期間を一ヶ月以内に大幅短縮できたとして、

 シーローン王国内で、ザノバを説得するのに、どれだけ時間が掛かるかわからない。

 俺自身が何をすればいいのか、わかっていないからな。

 何かを倒して帰ってくるだけなら簡単だろうが、パックスは倒してはいけないという事だ。

 思いの他、時間が掛かってしまう可能性も高い。

 

「というわけで、いつ戻ってこれるかわかりません」

 

 夕食の場で、そう宣言した。

 相変わらずノルンはいない。いつもの事だし、仕方ない。

 ともあれ、シルフィ以下、ゼニス以外の全員が揃っている。

 

 日数以外にも、ひと通りの話はした。

 ただ一つ、ヒトガミの罠が待ち構えている可能性については言わなかった。

 可能性にすぎないし。

 エリスあたりが無理についてきても困る。

 少し卑怯だろうが、そのお陰で反対はされなかった。

 

「ボクはいいけど」

 

 ただ、彼女らは揃ってエリスの方を見た。

 エリスは周囲の視線を浴びて、大きなお腹の上で腕を組んだ。いつものポーズだ。

 

「そう、なら仕方ないわね」

 

 あっさりとした言葉だった。

 シルフィが慌てるほどに。

 

「ちょっとエリス、あっさりしすぎじゃないの?」

「ルーデウスがいなくても、子供ぐらい産めるわ」

「でも、大変だよ?」

「知ってるわ。でも、ルーデウスがいたって、手を握るぐらいしかできないでしょう?」

「そりゃそうだけど、それがいいんじゃないか……」

 

 シルフィはそう言いながら引っ込んだ。

 見ると、ロキシーもその通りだと言わんばかりに手をにぎにぎしている。

 経験者によると、出産においては俺の手のぬくもりが重要らしい。

 

「ルーデウスは必要ないわ」

 

 エリスはそう言って、フンと口を尖らせた。

 必要ないと言われると悲しいが、まあ、リーリャもアイシャもいる。

 俺が必要無いのも確かな事だろう。

 

「ルーデウスは帰ってきた時、立派な男の子を産んだ私をよくやったって褒めればいいのよ」

 

 今日のエリスは実にドライで男らしい。

 きっと、俺が迷わないようにと考えてくれているのだろう。

 エリスにしては配慮ができている。

 ありがたいけど、ちょっとさびしい。

 子供ぐらい一人で産めよと言われた妻の気持ちは、こんな感じなのだろうか。

 いや、産むのは俺じゃないけど。

 

「……そういえば、もう名前も決めてるって言ってたな」

「ええ、いい名前よ。今から楽しみにしていなさい!」

 

 っても、男の子の名前だけなんだっけか。

 俺がいなくて、女の子が生まれた場合はどうなるんだろう。

 男の名前を付けられ、男として育てられるんだろうか。

 

「エリス……もし女の子だったら、エリスのお母さんの名前をもらってヒルダにしよう」

「嫌よ、そんなババ臭い名前!」

 

 却下された。

 それにしてもババくさいって……。

 ヒルダさんが草葉の陰で泣いてそうだ。

 

「まあまあ、エリス姉がそう言うならいいじゃん。

 シルフィ姉がいつも言ってる通り。

 影ながらお兄ちゃんをサポートしていけばいいんだよ」

 

 アイシャの言葉で〆られた。

 シルフィは普段から俺を陰ながらサポートするようにと言っているらしい。

 さすが妻筆頭。

 頼りになる。

 

 エリス一人を残すとなると心配だが、

 俺には他にも頼れる妻と妹と母がいる。

 何の問題もない。寄りかからせてもらおう。

 

「ルーデウス一人だと心配だから、本当は私も行きたいけどね!」

 

 逆だった。

 むしろ心配されているのは俺の方だったか。

 まあ、今回は確かにちょっと危ないだろう。

 場合によっては、ヒトガミの用意した罠に飛び込んでいくわけだしな。

 

 あれ、そう考えると不安になってきた。

 俺、今回は本当に生きて帰れるんだろうか……。

 いや、あまり不安にばかり思っても仕方がない。

 やるべき事をやる、敵が出てきたら全力で対処する。

 臨機応変、それだけだ。

 

「ルディ、不安そうですね」

 

 考えていると、ロキシーに声を掛けられた。

 彼女はいつも通り、ララを胸に抱いて、眠そうな目を向けてくる。

 

「ええ、まあ、今回は、戦争になるかもしれませんので……」

 

 ひとまずそうごまかしておくと、ロキシーは真面目な表情で俺を見上げてきた。

 

「正直、今回の事はわたしにも原因があるように思っています」

「え? どうしてですか?」

「パックス王子が幼い頃に勉強を教えたのはわたしですから」

 

 そういえばロキシーはシーローン王国に結構長い間いたんだっけか。

 

「でも、家庭教師の一人ってだけで、何もかもを教えてたわけじゃないでしょう?」

「はい。ですが、彼の性根が曲がってしまったのは、わたしの任期中ですので」

 

 ロキシーのせいではない。

 ロキシーの素晴らしい授業を受けてひねくれる奴なんていない。

 俺が言うんだから間違いない。

 と言いたい所だが、俺もパックスをよく知ってるわけじゃないからな……。

 オルステッドの話だと、パックスはクーデターとはいえ王になるだけの器はあったようだし、ロキシーの教育で本来より少し馬鹿に育った可能性も……。

 

 いや無い。

 そんな可能性はあるわけがない。

 ロキシーの教育を受けたら、最低のクズ野郎でも多少は立派になれたんだ。

 ロキシーのせいであるはずがない。

 原因は別だ。

 

「先生のせいであるはずがありません」

「……ルディ、気づいていないでしょうが、あなたがわたしの事を先生という時、ちょっと目つきがおかしいですよ」

 

 えっ?

 マジかよ。

 いやそんな馬鹿な。

 俺はロキシーを尊敬しているからこそ先生と呼ぶのだ。

 目つきがやらしいだなんて、そんな馬鹿な。

 確かにこの前、先生と生徒のプレイをしたけど、それは円満な夫婦生活にさらなる潤いを与えるためのアクセントであって、下心からきたものではない。

 冤罪だ。

 

「思うところはありますが……今更わたしが行っても藪蛇にしかならないでしょうし……」

 

 ロキシーはそう言いつつ、ララの方をチラッと見た。

 ララは眠そうな顔で俺の方を見ていた。

 何か言いたいことでもあるのか、ジッと見ていた。

 

 ロキシーは少し悩んでいるようだった。

 もしかすると、子供や学校の事がなければ、俺についてシーローンに行きたかったのかもしれない。

 

「いえ、本当にロキシーのせいではないでしょう」

 

 ひとまず、そう言っておく。

 俺が転生しなかった場合、ロキシーがパックスの家庭教師になるかどうかはわからない。

 けど結局、パックスはクーデターを起こして王になるのだ。

 その上、今回はヒトガミが裏で操っているであろう可能性も高い。

 仮にロキシーに教えられた事で、本来の歴史とは違う教育を受けたとしても、その程度で大きく変わりはしないはずだ。

 だから、現状を生み出したのはロキシーのせいじゃない。

 

「パックスは、ヒトガミにそそのかされたんです」

「しかし……いえ、そうですね。わかりました」

 

 ロキシーはまだ思うところがあるようだったが、引き下がった。

 自分の教え子が悪いことをしていると知ったら、やはり気になるのだろうか。

 

 ふとシルフィを見る。

 彼女は俺の生徒ではない。

 だが、魔術の基礎を教えたのは俺だ。それ以外にも、いろんな事を教えたと思う。

 もしそんな彼女が、転移事件の後、アリエルのところに行かなくて、俺に教えてもらった魔術で殺人や強盗を繰り返すようになっていたら。

 俺はどう思うだろうか。

 やはり、教え方を間違えた、自分に責任がある、止めたい、言い聞かせたいと思うだろうか。

 

「えっと、ルディ、どうしたの?」

「いや、昔のシルフィは俺の言うことをなんでも聞いてたなって思って」

「どうしたの突然、今だって聞いてるでしょ? こないだだって、恥ずかしいって言ったのにルディったら調子に乗ってボクが……」

「子供の前でその事はやめとこう」

「あ、うん」

 

 彼女の隣に座るルーシーが、俺とシルフィの顔を交互に見ている。

 なんの話? って顔だ。

 かわいい。

 でもまだ早い。夜のレスラーの駆け引きを知るには早い。

 

 最後にオチがついた所で、会合は終わりとしよう。

 

「じゃあ、皆さん、後のことをよろしくお願……」

「あー! あぁー!」

 

 ふと、泣き声が鳴り響いた。

 見ると、普段はあまり泣かないララが、ロキシーの腕の中で泣いていた。

 俺の方を見て、俺の方に手を伸ばして泣いていた。

 

「びゃあー! あぁぁ!」

「ララ、どうしました? よしよし……」

 

 ロキシーが慌ててなだめるも、一向に泣き止まない。

 ララがこれほど激しく泣くのは、初めてかもしれない。

 この重苦しい空気に、耐えきれなくなったのだろうか。

 俺の方を見て、手を伸ばして、必死に泣いている。

 

「ルディ……」

「ええ」

 

 俺はロキシーからララを受け取り、抱っこしてみた。

 ララは俺に抱かれた瞬間、ピタリと泣き止んだ。

 

 肩あたりをガッシリと掴み、蝉のように張り付いている。

 俺がどこかに行ってしまうのを感じ取ったのだろうか。

 それを嫌がって泣いたのだとしたら、ちょっと感激だが……。

 今までこんな事はなかったよな。

 今回はちょっと空気が違うから、何かを感じたのだろうか。

 

「じゃあ、パパはちょっと行ってきますからね。いい子にしててくださいねー」

 

 まあ、とにかく泣き止んだのならいいだろう。

 ぽんぽんとララの背中をなでてから、ロキシーに返す。

 返そうとする。

 返せない。

 ララが離れなかった。

 ローブを掴んだまま、カブトムシのような力でひっついていた。

 

「やーぁ! あー!」

 

 引き剥がそうとすると、ララは大声で嫌がった。

 そんなにパパと一緒がいいのだろうか。嬉しいなぁ。

 よちよち、帰ってきたら、パパと一緒にお風呂に入りましょうねー。

 

「じゃあ、ロキシー、お願いします」

「え? あ、はい」

 

 離れないといっても、所詮は赤子の手。

 あっさりと引剥し、ロキシーへと戻す。

 

「あぁぁぁ! ぎゃああぁぁ!」

 

 その瞬間、ララは断末魔のような泣き声を上げた。

 エリス並の大声。

 普段、こんなに声をあげないんだけど。

 なんか後ろめたいな。虐待している気分だ。

 

「えっと、俺の留守の間も……」

「やあああぁぁぁぁ! ばぁぁぁぁぁあ! まああぁぁぁ!」

 

 やだ、ぱぱ、待って。

 そう聞こえてしまう。

 実に後ろ髪が引かれる。

 でも、俺は行かねばならんのだ。

 親友を助けるために、行かねばならんのだ。

 

「びゃああぁぁぁぁ! あぁぁぁ! あぁぁぁ!」

 

 ちらりと見ると、ララが顔を涙でクシャクシャにしつつ、鬼気迫る表情で俺に手を伸ばしていた。

 こんなララを見るのは初めてだ。

 他の家族も、どうしたんだという顔で、ララを見ている。

 

「よしよし……本当にどうしたんでしょう。今までこんな事……リーリャさん、なにかわかりますか?」

「いえ、私もこのような事は……」

 

 ロキシーもなんとかしてなだめようとしているが、効果は無い。

 

 なんか、ちょっと不安になってきた。

 これ、なんか、異常じゃないか?

 俺、このまま行って大丈夫なんだろうか。

 ララは、聖獣レオに選ばれた救世主だ。

 何をどう救世するのかはわからないが、もしかすると、何か特殊な能力を持っているのかもしれない。

 未来予知とか。

 あるいは、これから死ぬ者がわかるとか。

 え……じゃあ俺、死ぬの?

 

「あぁぁぁぁ、びゃああああ!」

 

 響き渡る悲痛な泣き声。

 それは否応なく俺の心を不安に掻き立てた。

 

「わかりました、ララ」

 

 しかしそんな中、一人の人物が泣き叫ぶララを持ち上げた。

 自分の顔の高さに持ち上げて、目線を合わせて言った。

 

「わたしが一緒に行ってお父さんを守ります」

 

 太陽のようなそのお方は、そう言った。

 ただ一言、そう言った。

 

 ララはピタリと泣き止んだ。

 

 

---

 

 

 ロキシーがついて来る。

 

 俺は止めた。

 今回は本気で危険だ。

 実はヒトガミの罠である可能性が高い。

 戦いになればロキシーは足手まといだ。

 ペルギウスの空中城塞には、魔族は入れない。

 ロキシーは教師になるのが夢だったはずだ、事前連絡もなしに数ヶ月も休めば、退職も免れないだろう。

 子供が泣いたぐらいであっさりやめてしまってもいいのか。

 

 と、やや強い口調を混じえつつ、あれこれとロキシーの同行を拒絶した。

 しかし、ロキシーは顔色一つ変えなかった。

 

「罠であるなら、ララが泣いたのも説明がつきますね」

「戦いでは足手まといでも、別の事で役に立てるでしょう?」

「頼んでも入れてもらえないようであれば、わたしだけ別ルートで向かいます」

「確かに教師は夢でしたが、夫の命と引き換えにするほどの夢ではありません」

「娘を泣き止ませるのも母親の役目でしょう」

 

 一つ一つの反論は即答で、俺はあっという間に論破され、言葉を失った。

 

 家族で俺に味方をしてくれる者はいなかった。

 決してロキシーが死んでもいいと思っているわけではないだろう。

 むしろ、ヒトガミの罠かもしれないという話を聞いて、「それか!」という顔をしていた。

 なんで隠してたんだと怒られた後、エリスは自分も行くと主張し、シルフィはエリスを抑えていたが、自分もついていくべきかと本気で口にしていた。

 

 誰もが、ララの尋常ではない様子に不安が芽生えていた。

 俺一人で行かせてもいいのか。

 本当に大丈夫なのか。

 今回のこれは、いわゆる虫の知らせではないのか。

 ルディの身に何かあるのではないか。

 

 不安に思う彼女たちをまとめたのは、ロキシーだった。

 彼女は、自分が代表で行くと主張した。

 その言葉で、シルフィとエリスは引っ込んだ。

 さすがロキシー、と褒めたいけど複雑だ。

 

 思う所は俺にもあった。

 俺は大事なものは大事にとっておきたいタイプだ。

 ロキシーという宝物は、できれば安全な宝箱の中にしまっておきたい。

 だが、ロキシーにも頑固な所はある。

 もしここで強引に同行を断っても、本人の言葉同様、別ルートでシーローン王国へと向かうだろう。

 

 それなら、ついてきてもらった方がいい。

 近くにいてくれた方が、俺も守りやすい。

 

 まあでも、俺だって今回は不安があった。

 ヒトガミの罠に対し、オルステッドの助けは無い。

 どうやればザノバを戻せるのかも考えついていない。

 先行きは暗く、不安だらけだ。

 

 そんな中、ロキシーが一緒に来てくれる。

 俺がこの世界で誰より尊敬している人がついてきてくれる。

 こんなに頼もしい事はない。

 

 

---

 

 

 翌日からシーローン行きの準備が始まった。

 旅の必需品については割愛しよう。

 

 

 まず、ザノバの装備からだ。

 俺ももちろんだが、ザノバも死なすわけにはいかない。

 という事で、事務所の武器庫からザノバ用の装備を幾つかピックアップしておいた。

 

 まず、自分ではまず着用しないと思っていた重い全身鎧。

 『火を無効化する』という効果が付いている魔力付与品(マジックアイテム)だ。

 火に弱いザノバにうってつけのアイテムだ。

 そう言うとザノバが特別に火に弱いように聞こえるが、人間はだいたい火に弱い。

 

 それから武器。

 オルステッド曰く、怪力の神子であるザノバの使用に耐えられる武器はない。

 どんな名剣でもザノバにかかれば、小枝のようなもので、数度使うだけで折れてしまう。

 という事で、俺はザノバ用に一本の棍棒を作ってやる事にした。

 俺の魔力でガチガチに固めた石の棍棒だ。

 

 デザインとしては、バットをそのままでかくしたような感じになる。

 重量は凄まじく、見た目に反して大の大人が一人では持ちあげられないほど。

 ザノバはつまむように持ち上げ、小枝のように扱うが、これでぶん殴ると大抵の相手は死ぬ。

 まさに鬼に金棒ってやつだ。

 

 ザノバは怪力の割りに虚弱というか、足が遅いため、それ用の補助装備も用意した。

 それが、魔力付与品(マジックアイテム)『乱獲の投網』である。

 どういう原理かしらないが、この網は投擲した瞬間から意思を持ったように相手を自動追尾し、絡めとる。

 ザノバの怪力を持ってすれば、相手は一瞬にして地に引きずり倒され、ザノバの拳の届く範囲まで引っ張り込まれることになるだろう。

 

 ザノバには、ひとまずこの3つで戦ってもらう。

 全身鎧の造形が気に食わない事以外は、ザノバも満足してくれた。

 

 

 ロキシー用の装備も、いくつか用意しておく。

 当然ながら、彼女に死なれてもらっても困る。

 防具関連はキッチリとしたものがいいだろう。

 といっても、ロキシーは非力であるため、ザノバのようにガッシリとした鎧をつけるわけにもいかない。

 戦闘経験豊富な彼女に、使い慣れていない装備を渡すのは、逆に危ない。

 ひとまず、発動すると物理攻撃に対する結界のようなものを張る指輪と、致命傷を受けると一度だけ身代わりになってくれるという首輪を渡しておいた。

 杖やローブに関してはそのままだ。

 

 ロキシーの装備はそれだけか。

 不安は残る。

 だが、俺が頑張って守ればいいだけの話だ。

 どんな罠が用意してあるかはわからないが、それだけの修行はしてきたはずだ。

 

 

 学校に関してだが、ザノバは退学、ロキシーは休職という形にした。

 ロキシーがクビになるのはよろしくないという事で、まずはザノバに一筆書いてもらい、シーローンの宮廷魔術師として連れ帰る、という形にした。

 学校側は抗議した。

 校長とザノバはテーブル一つを挟んでの対談となった。

 それほど、ロキシーは学校にとって得難い存在であるらしい。

 当然だな。

 俺が校長でもそうする。

 

「ロキシー殿は元々シーローンの宮廷魔術師だ。前回は少々トラブルがあって宮廷魔術師をやめたが、実力も十分であるし、改めてシーローン王国の宮廷魔術師として迎えようと思っておる」

 

 なんて居丈高に言うザノバに対し、ロキシーの方から「宮廷魔術師になんてなりたくないんですがねー」と遠回しに抗議。

 校長はロキシーに乗っかり「ロキシーの身柄は我が魔法大学にある」と主張。

 小一時間ほどの話し合いの末、ザノバは折れた。

 一応、今回の一件はロキシーも関係あるため連れて行く。

 だが、用事が済み次第大学に返還する……という形となった。

 最初に無理な要求を突きつけてから妥協する。

 よくある交渉術だな。

 

 これで、帰ってきてからも教師を続けられるだろう。

 

 

 それから、俺の装備を確保する。

 俺の装備といっても、基本的には変わらない。

 魔導鎧『一式』、『二式改』とガトリング砲だけだ。

 

 ここ最近、相棒(アクア・ハーティア)も使わなくなって久しい。

 エリスに悪いと思うが、彼女も「もっといいものがあるならそっちを使えばいいじゃない」との事だ。

 もっと思い出を大切にして欲しい。

 俺たちの十歳の思い出だというのに……過去は振り返らないという事なのだろうか。

 俺は未だに、当時の彼女の胸の感触を覚えているんだが……。

 

 ひとまず相棒(アクア・ハーティア)は大切に俺の部屋に飾ってある。

 シルフィあたりに譲った方がいいだろうか。

 エリスとは逆に、シルフィは俺がプレゼントした杖を使い続けている。

 相棒(アクア・ハーティア)もプレゼントすれば、喜んで使ってくれるのではなかろうか。

 いやでも、女からのプレゼントを他の女に上げるってのはどうなんだろう。

 シルフィが使ってるのはロキシーからもらったものだけどさ。

 

 ともあれ、俺はいつも通り、小型の魔導鎧『二式改』で戦っていく事になる。強敵が現れた時だけ、大型の魔導鎧『一式』を持ち出す。

 大丈夫、例え強敵が出てきても、この時のために訓練してきたのだ。

 やれるとも。

 

 大型の魔導鎧『一式』は、バラして持って行き、向こうでもう一度組み立てなおす形にした。

 ヒトガミは『魔導鎧』があることを知っているし、対処されないためにも、隠しておく形が望ましいだろう。

『二式改』と違って、着っぱなしってわけにもいかないしな。巨大ロボを乗ってない時に破壊するのはセオリーだ。

 

 装備は整った。

 あとは移動手段だけ。

 というわけで、俺はザノバと共にペルギウスに頭を下げにいった。

 

 

---

 

 

 空中城塞に行くと、何やら高価そうな部屋に通された。

 一度も入ったことがない部屋だ。

 

 趣味部屋という感じだろうか。

 壁には絵画が並べられ、棚には手のひらサイズの像も置いてある。

 飾ってあるものは、空中城塞の他の展示品と比べて、どれも一味違う感じだ。

 

 廊下においてある作品は「高価そうだ」が、

 ここにおいてある作品は「出来がいい」あるいは「趣味がいい」。

 完成度と値段は比例しないという事だろう。

 

「いいな、ここ」

「おや、師匠は初めてでしたかな?」

 

 思わずつぶやくと、ザノバが意外そうに言った。

 

「ああ、普段は客室か、庭園だしな……」

「ここは、ペルギウス様が認めた方しか入れない場所です」

 

 入り口に立つシルヴァリルにピシャリと言われた。

 まるで、お前は認められてないんだぜ、と言わんばかりの口調だ。

 最近思うんだが、この人、俺のことあんまり好きじゃないんだと思う。

 正確には、俺のバックにいるオルステッドが。

「シルヴァリル殿。まるで師匠が余よりも格下であるような言い方はやめていただけませぬか?」

 

 ザノバはその言葉に、振り返る事なく文句を言った。

 相手の方ぐらいむけよ。

 

「しかし、ペルギウス様がお認めになり、この部屋に案内を命じられたのは、ザノバ様だけです。本日はなぜか二人ともお連れするようにと言われましたが……」

 

 シルヴァリルの冷静な言葉にザノバが幽鬼のように振り返った。

 

「確かに師匠はペルギウス様と会った時には、すでに人形を作ることをほとんどしなくなっておられましたから、そう思われるのも無理はない。しかしながら、師匠の作品は、余が持つ知識とは比べ物にならぬほど深く、そして素晴らしいものなのです」

「ですがペルギウス様は……」

「ルーデウス・グレイラットは余の師匠です。

 確かに余やペルギウス様よりも知識は少ないやもしれませぬ。

 しかし、師匠の言葉なくして、ペルギウス様の認めるザノバ・シーローンはいなかったでしょう」

「……」

 

 シルヴァリルは黙った。

やや面白くなさそうな顔をしていたのだと思う。

 仮面でわからないけど。

 俺もザノバによいしょされるのは慣れてるけど、今のはちょっとジンときた。

 俺はちょっと異世界のフィギュアの知識を持ってるってだけだから、そんなにすごくはないんだと謙遜したい。

 

「わかりました。申し訳ありません、ザノバ様」

「よいのです、シルヴァリル殿」

 

 シルヴァリルが頭を下げ、ザノバは快く許した。

 俺は別に、どんな態度を取られてもいいんだけどな。

 

「ザノバよ、よく来たな」

 

 と、そこで奥の扉が開いた。

 ペルギウスだ。

 彼は部屋の空気を察したのか、シルヴァリルとザノバを交互に見た。

 

「……どうした、シルヴァリルが何か粗相でもしたか?」

「いえ、師匠がこの部屋に来た事が無いというので、その事について話していただけですな」

 

 ザノバは笑って答えた。

 主人に告げ口をしないあたり、こいつも出来た男である。

 

「ルーデウスか……確かに、今まで機会がなかったな。どうだ、我の自慢の部屋は」

「素晴らしいですね。どの作品も廊下においてあるものに比べ、作風に『品』と『味』があるように思えます」

「ほう」

 

 具体的にどこがいいのかわからんので、曖昧な言葉になったが、ペルギウスは上機嫌になった。

 

「外の物を一般的な意味での一級品とすると、ここにあるものはペルギウス様好みの特級品と見受けられますが、いかがでしょうか」

「正解だ」

 

 ペルギウスは嬉しそうに口元を歪め、椅子へと座った。

 当たっていたらしい。

 俺の目利きも捨てたもんじゃないな。

 ほら、シルヴァリルも驚いた顔をしている……気がする。

 仮面でわかんないけど。

 

 ともあれ、俺とザノバはペルギウスに促されるまま、席についた。

 三者面談の形となる。

 

「さて、今日はどんな用件だ?

 また何か、面白い人形でも見つけたか?」

 

 ペルギウスは上機嫌に訪ねた。

 対するザノバは嬉しそうに笑って言った。

 

「いいえ、ペルギウス様、本日は故郷に戻る事になりまして、お別れを言いに参りました」

「ふむ……」

 

 ペルギウスは訝しげに眉をひそめた。

 ザノバの顔をまじまじと見る。

 そして、次第に不機嫌そうな顔になっていく。

 ザノバはその間にも、シーローン王国から召集を受けた経緯をつらつらと説明している。

 ペルギウスは相槌すら打たず、じっと、ザノバの顔を見続けている。

 

 やがて、ザノバの説明が終わった。

 ペルギウスが口を開いたのは、少しの沈黙の後だった。

 

「……ザノバ。貴様死ぬ気だな?」

 

 まだ何も説明していないにも関わらず、ペルギウスはそう言った。

 ザノバはきょとんとした顔でペルギウスを見返した。

 

「なぜそう言い切れますか?」

「顔を見ればわかる。我は今の貴様のような顔をした男を、何人も見てきたからな」

 

 ペルギウスは不機嫌そうにそう言った。

 顔を見てどうと決め付けるのはどうかと思うが、ペルギウスが止めてくれるなら俺も乗っかりたい。

 ザノバがシーローン王国に行かないでいてくれるのが一番だからな。

 そうすりゃ、俺もヒトガミの罠に飛び込まなくていい。

 

「本当にそうだとして、いかがなさるおつもりかな?」

 

 ザノバはポーカーフェイスを崩さず、ペルギウスはニヤリと笑った。

 

「誰かと戦うのであれば、力がほしくば貸してやろう。

 貴様と芸術について語り合う時間は我にとって貴重だ。

 もし邪魔な者がいるのであれば、我が消してやろうではないか。

例えばそう……偽王とか」

「必要ありませぬ」

「ハッ、だろうな」

 

 ペルギウスはふと視線を巡らせ、俺の方を向いた。

 俺も何か言うべきだろうか。

 そういうアイコンタクトだろうか。

 と思ったが、ペルギウスは俺を無視してザノバとの会話を続けた。

 

「ザノバ……貴様が死ぬのを、この男は了承したのか?」

「いえ、ただ、ついてくると――」

「ほう、貴様はそれを断らなかったわけか」

「師匠がその気になれば、余をシーローン王国に行かせない事も可能でしょうからな」

 

 俺が行くといった時、ザノバは強く反対しなかった。

 反対しても言っても無駄だと思われたらしい。

 まあ、確かに無駄だけど。

 

「ルーデウスは、きっと貴様の事を命に代えても守るだろうなぁ」

「ハハッ、何をおっしゃいますか、ペルギウス様」

 

 ザノバは快活に笑った。

 作り笑いだが。

 

「師匠は子も生まれ、やらねばならぬ事のある身。

 いざという時には、きちんと自分の身を優先してくださるでしょう」

「お前は、目の前で窮地に陥った仲間を庇えん程度の男の弟子なのか?」

「まさか! ですが師匠はすごいお方ですからな。

 余をかばいつつ、自分も生き残ってくれるに違いありません!」

 

 俺はそんな超人じゃねえ。

 まあ、ザノバが本気で俺を超人と思ってるかはさておき。

 ザノバはペルギウスの言葉を軽く受け流している。

 シーローン王国に行かないという選択肢は、こいつの中には無いのだ。

 

 ペルギウスも、それがわかったらしい。

 急速に興味を失ったように、頬杖をつき、つまらなさそうにため息をついた。

 

「それで、ただ別れを言いに来たのではあるまい。何か願いがあるのではないか?」

 

 ザノバは頷いて答えた。

 

「シーローン王国への転移魔法陣と、それと魔導鎧の持ち込みの許可……そして、師匠の妻である魔族ロキシー・ミグルディアがこの城を通行する事の許可を」

「転移魔法陣は用意してやる。魔導鎧の持ち込みも許可する……だが、魔族をこの城に入れることは許さん」

 

 ペルギウスは、顔をしかめつつ、言った。

 アルマンフィは以前、ロキシーを門前払いにした。

 ペルギウスは、この城に魔族を入れたくないのだ。

 

「このザノバ・シーローンの後生の頼みであっても、ですかな?」

「ザノバ・シーローン。『この』とはいうが、貴様が我にとっていかほどの者だというのだ」

「同じ物差しで芸術を語り合える、得難き友だと」

「この甲龍王ペルギウス・ドーラと、貴様のごとき小国の王子が、友だと申すか」

「僭越ながら。モノを見る目に、身分の差も種族の違いも関係ありませぬ」

 

 ペルギウスがザノバを睨んだ。

 ザノバは物怖じすることなく、ペルギウスを見返した。

 シルヴァリルの強い視線もザノバに注がれている。

 俺の視線だけが泳いでいる。

 

 緊迫した空気。

 俺だったら謝ったり、ごまかしたりしてしまいそうだ。

 

「ハッ」

 

 ペルギウスは顎を上げて、笑い声を出した。

 

「いいだろう、魔族の通行を許可する」

「ご配慮、感謝いたします」

「ただし、いくつか条件を付けさせてもらう」

 

 その後、ペルギウスはいくつかの条件を提示した。

 ロキシーが城内で口を開くことを禁止したり、城内にあるものに触れる事を禁止したり、自分と会う事を禁止したり……。

 基本的に通行するだけなら問題のない範疇だったので、了承しておいた。

 

「ではシルヴァリル、魔法陣を用意してやれ」

「ははっ!」

 

 ペルギウスはシルヴァリルに指示を出した後。

 最後にザノバをつまらなさそうな目で見た。

 冷たい目だが、その視線には、何か諦念のようなものがこもっているようにも思えた。

 

「ザノバ・シーローン」

「はい」

「残念だ」

 

 ペルギウスとザノバは同時に立ち上がった。

 踵を返すペルギウスに、ザノバは無言で礼をした。

 ペルギウスの背中がやけに寂しそうに見えたのは、気のせいではないだろう。

 

 

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 魔導鎧はバラバラにした後、魔法陣を通してシーローン王国内へ運んだ。

 その後、ジンジャーの知り合いである木こりギルドの者の手により石材に偽装され、首都近くの倉庫まで運搬される手はずだ。

 俺はそこまではついていかない。

 だが、ジンジャーには先行してもらい、シーローン王国の様子を探ってもらった。

 もし、北からの軍勢が攻めてくるってのがガセであれば、ザノバを説得する口実にもなる。

 そう思ったが、どうやら北のビスタ王国が侵攻する気配を匂わせているのは、本当の事らしい。

 国中が戦争ムードで、傭兵やならず者が大量にいたそうだ。

 

「パックス王は、王竜王国より10名の腕の立つ騎士を預かり、それを用いて逆らう者を皆殺しにしたそうです」

 

 腕のたつ10人の王竜王国の騎士か。

 たった10人。

 クーデターはパックスを含めた11人で行ったわけではないらしいが、

 しかし、その10人の尽力で、クーデターが成功になったのは間違いあるまい。

 

 となれば、それがヒトガミの罠である可能性もある。

 

「ジンジャーさん、その10人の騎士、名前とかわかりますか?」

「いえ、残念ながらそこまでは……ただ、最近は常に、パックス王の傍に骸骨のような顔をした男が控えているという噂はありました。それが七大列強の『死神』であるという噂も」

「そうですか」

 

 うげ、七大列強かよ……。

 まあ、さすがに王竜王国もパックスごときに七大列強を貸し出したりはしないだろうから別人だろうけど、一応、その事はオルステッドに伝えておこうか。

 骸骨のような顔をした男、と。

 

「ふむ、北の侵攻があるのであれば、急ぐ必要がありますな」

 

 それを聞いて、ザノバは早く行きたくてしょうがなくなってしまったようだ。

 すぐにでも出発すると言い出した。

 口調はいつも通りだが、焦っているようにも感じる。

 

 止める口実もなく、数日後には出発という形になった。

 

 メンバーは、俺とザノバとジンジャーとロキシーの4人だ。

 ジュリはうちに預けて行く形になる。