無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第二百十七話「クリフ、故郷に帰る」

 ミリス神聖国の首都ミリシオンに到着した。

 

 この町に来るのも久しぶりだ。

 転移魔法陣を設置した時もミリスという国には来たが、首都には訪れなかった。

 だから、人生で二度目だな。

 

 前に来た時は北側からで、当時の光景はいまでも思い出せる。

 青竜山脈から流れる川が湖へと流れこむ様、湖の中央には純白のホワイトパレスが浮かんでいて、川沿いには金色の大聖堂や、銀色の冒険者ギルドが建っていた。

 そして町を囲むように配置された七つの塔と、大きく広がる草原地帯。

 ……あ。

 

「尊厳と調和。二つを併せ持つ、この世界で最も美しい都市である」

 

 だったかな。

 光景が昔読んだ本の解説そのままだったから、なんとなく覚えていた。

 いや懐かしい、あれ、なんて本だったかな。

 そうそう、冒険家・ブラッディーカント著『世界を歩く』だ。

 今思うとすごい名前だけど、あれ、誰が書いたんだろうな。

 

 旅をしてる途中、ブラッディーカントなんて名前の冒険者の話は聞かなかった。

 相当に昔の人間なのだろうか。

 なんでパウロはあんな本持ってたんだろう。

 まあいいか。

 

 南から見るミリシオンも、やはり美しい。

 高い塔と高い城壁のおかげで不要なものは一切見えない。

 ただ清廉な白銀の城だけが光を反射してキラキラと光っている。

 城壁が城以外を隠していることで、城の美しさが際立って見える。

 シンプル・イズ・ベスト。

 

「そうだな、この都は世界で一番美しい」

 

 ポツリと言ったのは、クリフだった。

 独り言を聞かれてしまったようだ。

 

「でも、その中身はきっと、世界で一番汚い」

 

 クリフの瞳には、ホワイトパレスだけが映っていた。

 今の彼にとって、あの美しい城は威圧感を与える存在なのかもしれない。

 これから、戦場になる町なのだ。そう思うのも当然だろう。

 

 実際の所、アスラ王国の方が内部は汚いと思う。

 アリエルも、その他の貴族たちも、だいたい中身が汚かった。

 でもアスラ王国は、なんだかんだ言って、外側にも汚い部分が多かった。

 ミリス神聖国ほど、外面を綺麗に取り繕おうとはしていないのだ。

 その点を見れば、確かにミリスの方が汚いかな。

 

「…………クリフ先輩」

「もう、先輩じゃないだろ?」

「クリフ……何かあったら、言ってください」

 

 今回、俺は気軽な立場だ。

 気軽なりに、クリフの力になってやりたい。

 それこそ、コンビニにジュース買いにいくとか、そういうレベルでいいから。

 

「じゃあ、とりあえず……馬車で僕の家まで送ってくれ」

「うっす、未来の大司教様の仰せのままに」

 

 この日、クリフはミリシオンに戻った。

 約10年ぶりの事である。

 

 

---

 

 

 ミリシオンには4つの入り口がある。

 前の時は、冒険者区から入った。

 理由は確か、町の外の人間がそれ以外の入り口から入ると、面倒な事になるから、だったかな。

 ともあれ、城壁をぐるりと回って、最も活気のある出入り口から入った事は覚えている。

 

 今回も同様だ。

 ただ、今回はクリフがいるため、入口にこだわる必要はない。

 南側にある冒険者区の入口が、最も近かったのだ。

 もっとも、あくまで近いというだけだ。

 人通りの多い町中を通るより、人通りのない外周を走った方が、時間的には早かっただろう。急がばまわれってヤツだな。

 しかし、クリフは言ったのだ。

 

「久しぶりに町中を見たい」

 

 とね。

 なにしろ、久しぶりの故郷、十年ぶりの故郷だ。

 これから何年も暮らしていく事にはなるだろうが、今日という日は特別だ。

 入口から家までの道を行く途中、あれは昔のままだ、あそこには昔あれがあったと郷愁に浸る。

 それが出来る機会は多くはなく、今がその機会だ。

 

「了解」

 

 というわけで、俺はクリフの言葉に従い、真正面から馬車を乗り入れたのだ。

 

「懐かしいな……」

 

 クリフはミリスの美しい門をくぐった時に、ぽつりとそう言った。

 クリフは神聖区の出身で、あまり冒険者区には行かなかったと聞いている。

 けれども、なぜか冒険者区の門を見て、目を細めていた。

 何か、思い出せるようなエピソードでもあるのだろうか。

 

 俺がこの町にいたのは、せいぜい一週間程度だ。

 思い出されるのはパウロとの事ばかり。

 それはそれで深く思い出せば涙も出てくるが、それ以外に思い出というほどの思い出はない。

 

 だから、周囲を見て思うのは未来の事だ。

 これから、この町で作る傭兵団について。

 

 周囲には、冒険者が歩きまわっている。

 アスラ王国に比べて獣族や長耳族といった種族が多い。

 冒険者のランクは様々だが、服装を見れば大体わかる。

 明らかに中古の装備に身を包んでいる15、6歳ぐらいの少年少女は駆け出しだ。

 新品の装備を身につけているのが、18歳ぐらいの初級。

 新品と使い古された装備が入り混じった20代が中堅。

 一見すると使い古された、しかし実は魔力付与品(マジックアイテム)らしきものや、高級なものに身を包んでいるものがベテラン。

 職業は様々だが、ミリス教団のお膝元という事もあって、治癒魔術師が多く、魔術師が少ない。

 

 魔法都市シャリーアでは、歴戦の戦士・剣士と、駆け出しの魔術師が多かった。

 魔法大学で生まれた冒険者志望の魔術師の卵を、歴戦の戦士たちがスカウトするような形だ。

 種族は人族と獣族が多かった。

 獣族が多いのは、リニアとプルセナの長期滞在が関係していたのだろう。

 

 アスラ王国の首都アルスでは、右を見ても左を見ても駆け出しばかりだった。

 学校の類が充実しているため、職業に偏りは少ない。

 ただ、種族は人族ばかりだった。

 人族以外の種族は、大抵中堅かベテランで、すぐに王都を発っていく。

 

 ミリスにおける冒険者の人種と熟練度がバラけているのは、大森林が近いからだろう。

 大森林から獣族、長耳族、小人族、炭鉱族といった種族の駆け出しが南下し、

 ミリス側で実績を積んだ冒険者が、魔物の強い大森林へと北上する。

 だが、大森林には冒険者ギルドが無いため、ミリシオンを拠点とするわけだ。

 もっと慣れている冒険者の中には、一年の間にミリシオンとザントポートを往復しているヤツもいるだろうが。

 

 結果として、冒険者ギルドの本部もあるこの町には、偏りなく色んな冒険者が滞在する事になる。

 

 さて、そんな中で、どう傭兵団を立ち上げるか。

 アスラ王国では、アリエルのコネもあって、楽に事が進んだ。

 

 あの国では、『剣士』と『商人』と『貴族』があぶれていた。

 剣術道場に入ったものの兵士にはならず、冒険者にもならず、誰かに剣術を教えるコネもない平民。

 商人の息子として生まれ、商人としての勉強をしてきたものの、店を長男に取られ、独立を余儀なくされた者。

 そして、総合的な勉強をしてきたものの、家督をもらえず嫁ももらえない、下級貴族の三男坊、四男坊。

 

 人材を集めてみるとあら不思議、各方面にコネが出来て、兵士のやりにくい仕事を中心にうまいこと回ってくれた。

 最終的には、アリエルの紹介でやってきた上級貴族の五男坊に支部長を任せてきた。

 

 いやー、あの五男坊に支部長を任せる時に面接をしたが、楽しかったな。

 アイシャと二人で三角形の伊達メガネを掛けて「君、ウチにくるまでに二年間の空白があるけど、何やってたの?」とか聞いちゃったりな。

 返答は「身分を隠し、積極的に平民と交流していました。そうする事で、文化の違いを知ると同時に、仕事仲間一人ひとりをよく知ることの重要さを学ぶことができました」だった。

 受け答えが理路整然としていて、「おっ、こいつは」と思ったものだ。

 

 実際、人をまとめる能力も高かった。

 貴族と平民の生活・文化の違いに熟知し、団内でモメ事が起きた時は、互いの言葉を理解して解決に導けるヤツだった。

 カリスマ性はなかったが、不思議と人には嫌われないタイプだった。

 そりゃ任せるよ。

 俺より優秀だもの。

 

 ま、それはさておきだ。

 ひとまず、この国でもうまいこと傭兵団を立ち上げていきたい。

 人材と、支部長。

 傭兵団としての方向性。

 アイシャはなにかメモを作っていたようだが、決断は現場を見てから、という判断だ。

 ゆえに、彼女も俺と同様、周囲をキョロキョロと見回している。

 

 だが、ここの様子で全てを決めてしまうのは早計だ。

 ここは冒険者区だから冒険者が多いが、神聖区やら商業区、居住区もある。

 冒険者より、現地の人々を相手にした方がいいのは確かだ。

 神聖区や居住区を見てから結論を出した方がいいだろう。

 

「前に来た時は気にもとめなかったけど……色んな種族がいるね」

「大森林が近いからなぁ」

 

 言いながら俺も周囲を見る。

 本当にいろんな種族がいる。

 10歳ぐらいにしか見えない小人族、枯れ木のような細い手足を持つ長耳族。

 獣族も色んなヤツがいる。犬、猫、ウサギ、鹿、鼠、虎、狼、羊、熊……。

 

 ふと思ったが、ああいう連中って、家畜として飼われてる牛とか豚とか見て、なんとも思わないのだろうか……。

 いや、人間が動物園で飼われてる猿を見ても、何も思わないのと同じか。

 違う生き物なのだ。

 

「あー、あー……!」

「あっ、ちょ、立ったら危ないよ……!」

 

 ふと後ろを見ると、ゼニスが馬車の上で立ち上がっていた。

 アイシャが慌てて座らせようとしている中、馬車の揺れによろめきながら何かを指さしている。

 指先の向こうにいるのは、猿だ。

 いや失礼。

 猿のような顔をした男だ。

 

 そういえば、獣族に猿っぽいのはいない。

 てことは、むしろこの世界において猿は珍しいのだろうか。

 ゼニスが指さして喜ぶぐらいに。

 

 ん、あの猿、どっかで見たことあるな。

 っていうかあれ、獣族じゃなくて……。

 

「……あ」

「おぉ!? ゼニスに先輩じゃねえか! どうしたんだこんな所で!」

 

 魔族(ギース)じゃないか。

 

 

---

 

 

「いやー、まさかこんな所で会えるとは思わなかったぜ」

 

 ギースは俺たちの姿を見かけると、すぐに馬車に乗り込んできた。

 まるで遠慮がなかった。

 勝手知ったる自分の馬車とでも言わんばかりだ。

 

「偶然ってのは恐ろしいな! っていうか何しに来たんだよ!」

 

 ギースは俺たちに会えたのが、よほど嬉しかったらしい。

 満面の笑みだ。

 そこまで喜ばれると、俺も嬉しくなる。

 

「半分は仕事、半分は家のことです」

「そうかそうか、ちなみに俺はな、聞くも涙、語るも涙の――」

 

 ギースは聞いてもいないのに、シャリーアで別れた後の話をしてくれた。

 

 ギース、タルハンド、ヴェラ、シェラの四人は、予定通りアスラ王国に到着。

 そこで、吸魔石を換金し、莫大な金を手に入れた。

 

 ヴェラとシェラは、その金で冒険者を引退。

 そのまま、自分たちがもともと住んでいた町へと戻ったらしい。

 その後の事は知らないそうだが、金はあるため、何かしらの商売を始めたんだろうとギースは言った。

 

 さて、ギースはというと、案の定というか何というか、ギャンブルにハマった。

 俺はよくしらないが、アスラ王国にはギャンブル街があり、そこに入り浸ったそうだ。

 ギース自身がもともとギャンブルが好きなヤツだってのもあるが、大金を手にしてタガがハズレてしまったらしい。

 ギースはほんの数ヶ月で、手に入れた大金をすっかり溶かしてしまったのだそうだ。

 

「いや、あの時はさすがにヤバかったぜ、着るものも全て取られてな、あとは命ぐらいしか賭けるものがねぇって状態だった」

 

 きっと、そのままいくと、コンクリ詰めにされて海の底だったろう。

 それを助けてくれたのがタルハンドだ。

 彼はそろそろ次の冒険に出かけようと、ギースに挨拶しにきたところ、その場面に遭遇したそうだ。

 

 タルハンドは呆れながらも、工房で作ってもらったばかりの篭手を売り払い、ギースを助けたんだそうだ。

 吸魔石を使った篭手で、これも開発費に全財産をはたいたものらしい。

 

 お陰で二人は一文無し。

二人は物価の高いアスラ王国にはいられず、南へと旅立つ事になったんだそうだ。

 俺だったら、さすがにそんなレベルまで金遣いの荒いなヤツを助けたり、一緒に旅をしたりはしないが、タルハンドもギースと長いから、お互い様な所とかあるんだろう。

 タルハンドも逆にギースに助けられていたり、とか。

 まぁ、友情だね。

 

 そうして二人は、内乱できな臭くなっていたシーローンと、それに加担していると噂の王竜王国をスルーしてミリスに戻ってきた。

 古巣に戻るかのように。

 

 その後、タルハンドは思う所があって去り、ギースは一人になったそうだ。

 ギース曰く、恐らく故郷に戻ったのだろうということだ。

 

「あの野郎、故郷なんて戻って、何やってんだか」

 

 ギースはぼやいたが、俺はなんとなくわかる。

 長い旅をしていると、ふと家族に会いたくなる気分になる時もあるだろうさ。

 ホームシックってやつだ。

 ナナホシの持病だな。

 

「ギースは戻らないのか?」

「俺が? 馬鹿言えよ。あんな辺鄙で何もねえ所に戻ったって、面白くもなんともねぇや」

 

 そんなもんかね。

 俺はいつだって自分の家が恋しい。

 シルフィの触ると体力の回復する胸、ロキシーの触ると一定時間ラックの値が上昇する胸、エリスの触ると時間をスキップできる胸。すべてがあるのは家だけだ。

 

「あの野郎も、自分の故郷には嫌な思い出があるみてぇなんだけどな」

「じゃあ、その嫌な思い出を精算しにいったのかもしれませんよ」

 

 昔なにをしたとしても、年月が経過すれば、色々と変わってくる。

 10代の時に絶対に許せなかったものが、20代の時には許せるようになっていたり、50代ぐらいになる頃には、どうでも良くなってたりするもんだ。

 タルハンドも、心の方に一区切りついたから、何かを見直しにいったのかもしれない。

 

「まっ、タルハンドは置いといて、俺はこっちで冒険者稼業を再開だ」

 

 ギースはタルハンドと別れた後、ここでまた冒険者として活動を始めたようだ。

 もっとも、全然稼げてはいないらしい。

 魔族だし、戦闘能力はないしで。

 

「で、先輩はどうしてこっちに来たんだ?」

「母がこんな状態になったということで、実家の方から呼び出しを受けましてね。友人を送るついでに、顔を見せに」

「へぇ……ゼニスん所の実家ねぇ……」

 

 ギースは気の毒そうにゼニスを見た。

 ゼニスはいつもどおりのうつろな表情だが、いつもより機嫌がよさそうに見える。

 ギースがいるからだろうか。

 

「ま、俺もゼニスの実家がどういう所かは聞いたことあるけど……あんまり愉快な事にはならねぇと思うぞ……?」

「……どういう風に聞いてるんですか?」

「詳しくは知らねぇ、お固い家って話だ」

 

 ギースは肩をすくめた。

 その程度の情報は、来る前からわかっている。

 でも、行くしかないだろう。

 

「っと、もうすぐ区境か。悪いが、止めてくれ。魔族の俺が神聖区になんて入ったら、ひでぇ目にあっちまうからな」

 

 ギースの言葉で、俺は馬車の動きを止めた。

 ギースはすぐさま、ひょいと馬車から飛び降りた。

 

「んじゃ、しばらく滞在するってんなら、また会うこともあるだろ。達者でな、先輩」

 

 ギースは手をヒラヒラとさせながら、路地へと歩いて……。

 行こうとして、振り返った。

 

「先輩! 一つ聞いてもいいか!?」

「なんですか?」

「あの迷宮でパウロが言った言葉、覚えてるか?」

 

 迷宮での言葉。

 心当たりは多かったが、心に残っている言葉はあった。

 おそらく、あれだろう。

 

「はい」

 

 そう言うと、ギースは満足そうにうなずき、踵を返した。

 唐突に出会った知り合いは、唐突に去っていった。

 本当に偶然の再会だったのだろう。

 

 しかし、偶然とはいえ、緊張してる所に知り合いに会えるというのは嬉しいものだ。

 そう思いつつ、俺は神聖区へと足を踏み入れた。

 

 

---

 

 

 クリフの家につく頃には、すでに日が落ちていた。

 クリフの家は、思った以上に普通の家だった。

 普通の一軒家、家族3人か4人で住むのにちょうど良さそうな、こじんまりとした家だ。

 隣の家と代わり映えしない。

 というか、神聖区には、まったく同じ形をした家が並んでいる。

 教皇の家だというのでアリエル並のものを予想していたが、拍子抜けだ。

 

「意外と小さいんですね」

「教団本部に勤める聖職者は、みんなこの家を支給されるんだ。もっとも、祖父は本部の方にも部屋を持っているから、この家は使っていないがね」

 

 クリフは俺の失礼なつぶやきに腹をたてる事なく、説明してくれた。

 要するに、社宅というヤツだな。

 

「送ってくれて助かった。もう遅いし、泊まっていってくれ」

 

 クリフの提案に、ふと俺は考えた。

 

 ゼニスの実家は、居住区にある。

 てことは、今からだと少し時間がかかるか。

 あまり夜中に訪ねても迷惑な気がする。

 旅装のまま訪ねるのも、あまり心象が良くないだろう。

 冒険者区の方で宿を取り、明日改めて訪問してもいいが……二度手間だな。

 

「そうですね、お願いします」

 

 俺はクリフの提案に乗る事にした。

 荷物をおろし、馬を馬小屋に、馬車を倉庫に入れさせてもらっているうちに、残りのメンツが荷物を中へと運んでいく。

 が、俺が馬車を操ろうとした瞬間、扉の中から白い煙のようなものがもわりと上がった。

 

「くしゅっ!」

 

 ツンとした匂いが鼻について、アイシャが可愛らしいくしゃみをもらした。

 

「けほっ……酷いな……爺さん、掃除してなかったらしい……」

 

 クリフは鼻のあたりを布で抑えながら、悪態をついた。

 まだクリフが帰って来ないと思って放置していたのかもしれない。

 何にせよ、家の中は埃まみれのようだ。

 

「泊めてもらうお礼ってわけじゃないですけど、掃除ぐらい手伝いますよ……アイシャが」

「ああ、すまな……え?」

「えっ、あたし?」

 

 アイシャが素っ頓狂な声を上げ、ゼニスが非難がましい目を向けてきた。

 いや、ゼニスは無表情だけどね。

 ただ、視線に意思を感じる。

 

 アイシャもそんな目で見るなよ。

 俺がお前一人に掃除を任せた事あったか?

 あったな。いつもだな。任せっきりだな。

 感謝してるよ……。

 

「や、もちろん冗談ですよ? 俺も手伝います?」

「当たり前だ」

 

 夜の大掃除が始まった。

 

 窓を全開にして、風魔術でバッと大まかな埃を外に出した後、サッと箒ではく。

 あとは、使う部屋だけを雑巾で水拭きだ。

 数年間使われていなかった事も考慮して、ベッドや毛布も熱風で殺虫しておいた。

 

 台所なんかもかなり汚れていたようだが、アイシャが一人で何とかしてしまった。

 ていうか、俺とクリフがリビングを片付けている間に、アイシャが使う部屋の大まかな掃除を全て終わらせてしまった。

 通常の三倍のスピードで。

 赤い彗星のアイシャアだ。

 

 その後、旅の途中で余った食料を使って、軽い晩餐をした。

 

「クリフ先輩。ご帰還おめでとうございます」

「まだ早い。祖父に会うまでだよ」

 

 水で乾杯しつつ、干し肉とスープを食べる。

 家の中での料理としては、少々味気ないが、こんなもんだろう。

 食材を大量に余らせても困るし、使いきってしまおうという魂胆だ。

 

「ルーデウス達は、明日はどうするんだ?」

「ひとまず、ラトレイア家を訪問します」

「そっか、夜はそっちに泊まるのか?」

「多分そうなると思います」

 

 なんだかんだと評判は悪いが、一応はゼニスの実家だ。

 しばらく滞在させてもらっても、問題ないだろう。

 傭兵団支部の設立準備に、クリフの様子見にとやるべき事が色々あるから、ラトレイア家に滞在していると少し自由には動きにくいかもしれないが……行ってみなきゃわからない。

 なんだったら、挨拶だけして、別の所に泊まってもいい。

 

「じゃあ、誰か家事の出来るヤツを雇わないとな……」

「なんだったら、うちのアイシャを何日かに一度、派遣しましょうか?」

「いや、いいよ。君たちだって忙しいだろうし、心当たりもあるからな」

 

 クリフは肩をすくめてそんな事を言っていた。

 

 

---

 

 

 寝るのに、俺達は客間を使わせてもらった。

 さして広くない部屋に三人。家族水入らず、川の字になって就寝。

 

 ……と、思ったが、俺もアイシャも体はすっかり大人だ。

 ベッド自体も小さく、大人が三人も並んで眠れるスペースはない。

 って事で、ベッドはゼニスにあげて、俺とアイシャは床で寝る事にした。

 

 クリフに借りた毛布とクッションで寝床を作る。

 床にはじゅうたんが敷かれているため、野宿に比べればなんてことはない。

 

 枕に頭を乗せて横になる。

 すると、いつしか俺の目の前に寝床を作っていたアイシャと目があった。

 

「えへへ、お兄ちゃんと同衾なんて、シルフィ姉に言ったら嫉妬されちゃうなぁ……」

「旅の途中では、結構あっただろ」

「うん。でもなんかね、えへへ」

 

 アイシャは家の中で雑魚寝することが楽しいのか、にへらと笑った。

 可愛らしい笑みだ。

 これがシルフィであったなら、なんとなくムラムラきて、そのまま抱き寄せただろう。

 シルフィもそれとなく、俺の方に身を寄せてきただろうし。

 

 アイシャにはムラムラこないし、彼女も別に、俺の方に擦り寄ってくるわけでもない。

 俺はアイシャが好きだし、アイシャも俺が好きなようだ。

 でも、お互いにその手の接触は求めていない。

 不思議な感覚だ。

 こんなに可愛いのになぁ……。

 

「つかぬことを聞くけど、お前さ、リーリャさんが昔から言ってる事って、今どう思ってるんだ?」

「お母さんが昔からって、どれの事?」

「俺に仕えさせるとか、アレするとか、コレするとか、そういう事」

 

 そう聞くと、アイシャはきょとんとした顔をした。

 それから、ふと考えこむようにアゴに手を当てた。

 

「んー、別に嫌じゃないよ……でも、多分、シルフィ姉とかとは、なんかね、違うと思う。なんか……なんかってなんだろ……」

「いやわかるよ。そうだな、なんか違うよな」

 

 ファジーな会話だが、なんとなく通じる。

 フィーリングが合っている感じだ。

 

「んふふ、そゆとこわかってくれるから、お兄ちゃん大好きー」

 

 アイシャはそう言いつつ、ずりずりと俺の方によってきて、体を密着させてきた。

 温くて柔らかい。

 いい抱きまくらだ。

 

「……あたしもいつか、誰かを好きになって、子供とか産みたいって思うのかなぁ」

 

 感触を楽しんでいると、ふとアイシャが思いついたかのように言った。

 なんか、の内容についてだろう。

 

「どうかな。思うんじゃないか?」

「どんな相手かなぁ……」

 

 アイシャの恋人か。

 想像もつかんな。

 優秀なタイプか、それとも頼りないタイプか。

 アイシャならどんな相手にでも合わせられるだろうけど、アイシャは相手に合わせなきゃいけないようなのを好きになりそうにはない。

 

 アイシャの普段の付き合いってどんなんだっけか。

 傭兵団は……獣族が多いな。

 あんな野獣のような連中にアイシャが?

 どこの犬の骨ともわからんようなヤツに妹はやれんぞ!

 

 オルステッドあたりに聞けば、アイシャがどんな相手と結婚したのか知ることが出来るだろうが……。

 まあ、聞かないでおこう。

 一生独身って聞いたら、なんか可哀想になってしまいそうだ。

 

 と、そうだ。

 寝る前に確認しておこう。

 

「アイシャ、明日、母さんを実家に連れて行くけど……お前はどうするんだ?」

「…………」

 

 アイシャは俺の腕の中でもぞりと動いて、距離をとった。

 元に位置に戻る。

 

「行くよ。お母さんに、くれぐれもって頼まれたから」

「そっか……」

「うん」

 

 アイシャの心強い返事を聞いて、俺も安心した。

 明日はゼニスの家への訪問。

 そこでひと通りの話をして、コネをつなぐわけだが……。

 格式高い家に一人で行くのは、なんだかんだ不安があった。

 

 その後は、傭兵団支部の設置だ。

 ラトレイア家のコネがあると、スムーズにいく気もする。

 うまいことこの地になじませたい。

 

「じゃあ、しばらく頼む」

「わかった。まかせて」

「本当に、助かるよ。今日も掃除、ありがとな……じゃあ、おやすみ」

「ん、どういたしまして…………おやすみなさい……ふぁ」

 

 アイシャの眠そうな声を聞きながら、俺はまぶたを閉じた。