無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第二百十九話「ミリス教団本部」

 クレアとの邂逅を終え、意気消沈してクリフ邸へと帰ってきた俺。

 そんな俺の前に、信じられない光景が広がっていた。

 

 なんと、家の中でクリフが見知らぬ女性と抱き合っていたのだ。

 

 素朴な感じのする女性だ。

 明るい栗色のショートヘアに、そばかす、低い背丈。

 全体的に痩せているが、ぽやんとした印象を受けるせいか、丸みを帯びて見える。

 エリナリーゼとは似ても似つかない。

 エリナリーゼを発情期の猫に例えるなら、こっちは去勢された犬だ。

 もちろん、見覚えはない。

 

 嘘だろ。

 クリフ先輩。

 そんな、俺にあれだけ強く説教した人が……。

 エリナリーゼを連れてこなかったのは、その人と会うためだったんですか?

 エリナリーゼとは、遊びだったんですか?

 エロい相手だからって、子供まで産ませて……本命は別にいたんですか?

 

 嘘だと言ってくださいクリフ先輩。

 ラトレイア家に続いて、クリフ先輩までがそんなんじゃ、何も信じられなくなっちゃいますよ。

 ああ。

 畜生、愛はどこにあるんだ。

 シルフィ、ロキシー、エリス。

 誰でもいい、俺を抱きしめて愛をささやいてくれ。

 そうしたら、もうちょっとだけ頑張れるから。

 

「あ、ルーデウス、いいところに。ちょっと、そこの棚の上にある箱を取ってくれないか? 僕らの背丈じゃ、踏み台を使っても届かないんだ」

「あっはい」

 

 俺が次回を予告している間に、クリフは少女と離れていた。

 特に顔を赤らめているとか、そういう感じはない。

 ただ、踏み台から落ちそうになった所を支えただけっぽい。

 

「ウェンディ、足首捻ってないか?」

「うん。大丈夫。ありがと」

 

 そんな会話を聞きつつ、俺は棚の上から箱を下ろした。

 先日の掃除で取りきれなかった埃を吹いて飛ばし、クリフに渡す。

 

「すまないな……多分これだと思うけど…………よし、これだ。よかった、これで明日はなんとかなる」

 

 クリフは箱の中から、何やらワッペンのようなものを取り出していた。

 ミリス教団の紋章だ。

 仕事道具かな?

 

「それでルーデウス、どうしたんだ? 今日はラトレイア家に泊まるんじゃなかったのか?」

 

 聞かれ、俺は身を乗り出した。

 今日の話は、是非ともクリフに聞いてほしかった。

 

「いや、それがですね、聞いてくださいよ――」

 

 憤りに身を任せながら、俺は事の仔細をクリフに説明した。

 ラトレイア家に行った事。

 そこでのクレアの言動、行動。

 こらえきれずに暴れ、屋敷から出てきたこと。

 今は少し落ち着いたが、まだ怒りが収まらない事。

 思い出してもイライラする。

 

「…………うーん」

 

 俺の話を聞いて、クリフも顔をしかめていた。

 グゥの根も出ないほどの聖人であるクリフとて、今の話を聞けばわかってくれるだろう。

 

「……確かに、ミリスの貴族には親が結婚を決める風習はあるし、女は子供が産めてこそって言うやつもいるけど……さすがに自分で会話も出来ない人間に婚姻を結ばせるのは、どうかと思うな」

「でしょう?」 

 

 もう人でなしですよ。人鬼ですよ。

 いくら俺でも擁護できません。

 あんなのがゼニスの母親なんて信じられない。

 

「もっとも、クレア女史も少し混乱しているのかもしれない。いきなり娘がああなったんだしな。自分の子供で想像してみたら……わかるだろ?」

 

 クリフは俺を諭すように、そう言った。

 一緒に怒って欲しい気持ちはある。

 だが、クリフの立場からすると俺サイドから聞いただけの話だ。

 冷静に、向こうの立場で考えているのかもしれない。

 

 俺も少し、考えてみるか。

 

 自分の子供……。

 ルーシーが……というのはまだ想像しにくいな。

 ノルンあたりにしておくか。

 ノルンが成人式と同時に旅に出て、やっと帰ってきたと思ったら廃人状態。

 それも、よく知らない男との子供と、血の繋がっていない妾の子供に連れられてくる。

 確かに混乱する。

 なんとかしなくちゃと思うだろうが……。

 

「どう混乱したら、結婚させようなんて結論が出るんですか?」

「……案外、考えあっての事かもしれないぞ? 子供の話はさておき、貴族と結婚すれば、世話はしてもらえるからな」

 

 俺にはそうは思えなかった。

 もう、機能が残ってるから、もったいないから捨てないで再利用するかって感じだった。

 

 人の親をさ。

 せっかく連れてきた自分の娘をさ。

 なんだよあれ。

 くそっ。

 

 屋敷で暴れた時の、クレアの顔が思い出される。

 衛兵を岩砲弾と爆風で蹴散らした時も、冷ややかな顔をしていた。

 まるで自分は一切間違ってないのに、何暴れてんだコイツ、とでも言いたげな顔だ。

 

 もっとも、今の俺の目にはフィルタがかかっている。

 クレアは足がすくんでいて、顔も硬直していただけかもしれない。

 だとしても、口から出た言葉は変わらないが。

 

「何にせよ、そういう事情ならわかったよ。僕の家は自由に使ってくれ」

「ありがとうございます」

「ここは教皇の所有地だ、仮にラトレイア家が何かしようとしてきたとしても、手出しはできない」

 

 それを聞いて、俺はふとラトレイア家が何かをしてくる可能性に思い至っていなかったことに気付いた。

 クレアとは決別した。

 もう、二度と会うことはあるまい。

 俺はそう思っているが、向こうはそうは思っていないかもしれない。

 

 ゼニスを取り戻すため、何らかの手を打ってくる可能性もある。

 なら、ゼニスはシャリーアに帰した方がいいだろう。

 

「君の母さんだって、故郷に帰ってきてすぐにとんぼ返りじゃ、かわいそうだろう」

「む」

 

 ミリスはゼニスの故郷だ。

 言われてみると、確かに彼女だって、もう少し見て回りたいはずだ。

 暇を見つけて、各所に連れて行ってやりたいって気持ちもある。

 

「でもなぁ……」

「出かけているうちは、ウェンディに世話を任せておけばいいよ。彼女は少しドジだが、信頼できる相手だ」

 

 そう言って、クリフは見知らぬ女の方を見た。

 

「……クリフ先輩、彼女は?」

「ああ、すまない。紹介が遅れたな。彼女はウェンディ。言ってみれば……そうだな、君とシルフィみたいな関係だな」

「なるほど、委細承知しました」

 

 俺とシルフィの関係……。

 なるほどね、そういう事か。

 謎は全て解けた。

 じっちゃんの名はいつも一つ。

 

「エリナリーゼさんには、ナイショにしておきます」

「いやまて、ちょっとまて、勝手に納得するな、そういうんじゃない」

 

 クリフは慌てて説明してくれた。

 今日は教団本部に手続きにいくと同時に、これから暮らしていくために必要なものを調達していたそうだ。

 その一つとして、お手伝いさんを雇うことにしたらしい。

 

 そこでクリフは、自分が昔暮らしていた孤児院に足を運んだ。

 孤児院では、子供たちの職業訓練の一種として、家事や炊事も教えている。

 そんな孤児たちに、格安で手伝いを募ったのだ。

 

「ウェンディはその中でも一番の年長で、もうすぐ孤児院にもいられなくなる年齢なんだ。

 だからってわけじゃないが、しばらく、通いでうちの事を手伝ってもらう事にした。

 僕の所で家事をしていたってのは実績にもなるからな」

 

 要するに、教育実習的な流れで彼女を雇ったのだ。

 教皇の孫であるクリフの所に勤めていたというのは、実績としても信頼できるのだろう。

 就職に有利だ。

 

「ウェンディです。家事等はひと通りできます。よろしくお願いします」

 

 シルフィと一緒。

 なんて言うから、抜き差しならない関係かと思ったが……。

 要するに、昔一緒に遊んでいた幼なじみってだけか。

 

 しかし、ウェンディが何歳かわからないが、こんな年若い娘と一緒に暮らしていて間違いが起こりやしないだろうか。

 いや、クリフなら大丈夫だ。

 俺じゃあるまいし、大丈夫だ。

 

「……」

 

 ともあれ、ラトレイア家を飛び出した時点で計画は破綻してしまった。

 こうなった以上、ゼニスを一旦家に戻して、それから動いた方がいいと思う。

 でも、クレアがゼニスをモノ扱いしたのに憤慨した手前、最低限、町中ぐらいは見て回らせてあげたい。

 が……この考えはうかつだろうか。

 クリフが成長し、俺が彼を援助して、ラトレイア家を完全に押さえつけてからのほうがいいだろうか。

 そんな未来が来るとも限らないが。

 

「アイシャ、どう思う?」

「……え?」

 

 困ったら、相談だ。

 アイシャの意見を聞こう。

 

「すぐにでも母さんを一旦家に戻した方がいいと思うか?

 それとも、しばらくこの家に滞在させてもらって、暇を見て、町とかを見せてまわった方がいいと思うか?」

 

 聞くと、アイシャは考えこむように腕を組んだ。

 しかし、すぐに顔を上げ、クリフの方を向いた。

 

「この家は、本当に安全なんですか?」

「ああ。小さい家だが、ラトレイア家もそう簡単に手出しはできないはずだ、大問題になる」

「大問題になることを承知で、ラトレイア家が手出しをしてくる可能性は?」

「ほぼ無いはずだ。あの家にも、立場があるからな」

 

 立場か。

 あの婆さんが家柄優先の人間なら、そういうものも考慮するか。

 頑固だし、嫌な奴だが、頭は悪そうじゃなかったもんな。

 

「あたしは、大丈夫だと思う」

 

 アイシャは腕組みポーズのまま、そう言った。

 

「多分だけど、あの家……あの人、こんな風になっちゃったゼニスお母さんには、あんまり価値を感じてない……と思う」

 

 確かに。

 ラトレイア家にとって、ゼニスの利用価値は低いはずだ。

 クリフも言った通り、言葉も喋れない相手と結婚する、なんてのは、この国の常識に当てはめても眉をひそめるものだ。

 そんなのを押し付けられたところで、婚姻による繋がりも弱いだろう。

 フィットア領捜索団への援助の元を取りたいと思ってるのかもしれないが……。

 それなら、要求してくれれば、俺が言い値を支払おうじゃないか。

 

 情による繋がりは無いと見ていいはずだ。

 あるなら、あんなふうにモノ扱いなんてしない。

 

「今回の一件でお兄ちゃんの怖さはわかっただろうし、さっきも追ってくるわけじゃなかったし……あんまりゼニスお母さんに執着してないんだと思う」

 

 うん、そうだな。

 ラトレイア家を出た後も、のんびり歩いて帰ってきたが、追手はこなかった。

 通報して、兵士たちに追わせるぐらいは出来たはずなのにだ。

 俺を恐れての事か、それとも単純に諦めたからかはわからない。

 だが、彼女は俺がクリフと懇意なのは知っていた。

 どこで情報を得たのかは知らないが……ともあれ、ああなった以上、ここに逃げ込まれると考えればわかるだろうに、放置した。

 

「すぐにどうにかできる場所にいるならまだしも、敵対してる勢力のところで保護されてるなら、大丈夫だと思う」

「なるほど」

 

 リターンは少なく、リスクは大きい。

 となると、強引に取り戻そうとするとは、考えにくいか。

 さすがアイシャだ。

 よく考えている。

 

「そういう事ならルーデウス」

 

 と、そこでクリフが口を挟んできた。

 

「明日、僕は祖父に会うんだが、一緒にいかないか? ラトレイア家と問題を起こしたんだったら、今後、この国でも動きにくくなるだろうし……繋がりは欲しいだろう?」

「いいんですか?」

「もちろん、祖父が後ろ盾になってくれるかどうかは、君次第だ。僕は紹介はするが、口出しはしない」

「ええ、それはもちろん」

 

 クリフは俺の介入を嫌がっていたはずだ。

 俺も積極的にクリフの手伝いをするつもりはない。

 でも、俺という存在がどれだけ認知されているかわからないが、

 人を紹介し、味方陣営に組み入れたというのなら、それはクリフの実績となってしまうだろう。

 そこを我慢してでも、俺に教皇を紹介してくれるらしい。

 

 俺はゼニスだけでなく、傭兵団の方も進めていかなければならない。

 教皇の後ろ盾は、二つに対して有効に働くだろう。

 別に、教皇にゼニスを守ってもらう必要は無い。

 ただ繋がりがあるというだけで、向こうはさらに手出ししにくくなるはずだ。

 

「……よろしくお願いします」

 

 俺は打算的にそう考え、クリフに頭を下げた。

 

 まぁ、まだやることは残っている。

 気を取り直していこう。

 

 

---

 

 

 翌日。

 朝食をとった後、教団本部へと赴いた。

 アイシャとゼニスは留守番だ。

 

 

 教団本部は金色の目立つ建物で、てっぺんには玉ねぎが乗っていた。

 

 静謐をモットーとするミリス神聖国は、白と銀色にあふれている。

 そんな国において、この建物だけが金ぴかで、外装もピエロっぽく派手だ。

 上に乗っているタマネギも悪趣味で、ぶっちゃけ浮いている。

 

 遠くから見る分には、まだいい。

 白と銀の中にポツンとある金色はアクセントになっている。

 けど、近くで見るとどうにもいかんな。

 ここだけ別世界だ。

 

 しかし、家の悪趣味さと中に住んでいる人間は別だ。

 なにせ、ここはミリス教団の本部。

 クリフの上位互換みたいな連中がひしめいている場所だ。

 悪趣味な建物に見えるが、そこで生息するのは聖人しかいないに決まっている……。

 わけがないのは、もちろん俺もわかっている。

 

 前世でも政治家と宗教家ってのは金に汚いって相場が決まっていた。

 こっちの世界でも大体そうだろう。

 外面を取り繕う必要が無いほどの権力を持った連中は、最終的にキレイ事すら言わなくなる。

 

 まぁ、そんな連中でも、上っ面だけで付き合う分には問題ない。

 俺も腹を据えて、自分を売り込んでいこう。

 オルステッドとアリエルの二人に深い繋がりがある事をアピールして、自分をでっかく見せよう。

 ラトレイア家では、そのへんがうまく出来ていなかった気がする。

 だから、クレアにもナメられ、あんな事になったのかもしれない。

 俺はビッグ、ビッグマンだ。焼酎じゃないぞ。

 

 そのため、今日はローブ姿できた。

 これが俺の正装だ。

 『龍神の右腕』ルーデウス・グレイラットだ。

 

 と、意気込んでいたのだが。

 

「申し訳ありませんが、許可証のない者は通すわけにはいきません」

 

 ある建物の入り口で、止められてしまった。

 

「あれ? 僕の通行許可証ではダメか? 前は同伴者も入れたと思ったんだが……」

「昔から、お一人だけという規則です」

「そうか。うーん……昔は子供だからと見逃されてたのかな……?」

 

 クリフは、昨日俺が見つけたワッペンを見つつ、困った顔をしていた。

 一応、あれが許可証らしい。

 ちなみに、今日の彼はミリス教団の正式な司祭服に身を包んでいる。

 ワッペンは、昨夜のうちに司祭服の胸元に縫い付けたようだ。

 

「クリフ神父が許可証をお持ちなら、中にいる方に一時許可証を発行してもらうのがよろしいかと思います。少々時間はかかりますが」

「……ああ、そうだな。すまんがルーデウス。ちょっと、許可を取ってくるから、そこらで待っててくれ」

 

 クリフは申し訳無さそうにそう言った。

 

「わかりました。急いではいませんから、ごゆっくりどうぞ」

 

 俺はおとなしく、奥へと入っていくクリフを見送った。

 

 出鼻をくじかれた……。

 が、門前払いをくらったわけではない。

 しばらく敷地内を散策していることにしよう。

 

 

---

 

 

 敷地内は広く、建物も大きかった。

 ラトレイア家の軽く4倍はありそうだ。

 

 建物は四階建てで、上から見ると、□と◇を重ねあわせたような構造になっている。

 □の中に◇だ。

 八芒星ではなく、正方形の中に正方形だ。

 

 外側にある□が教団本部の事務所だ。

 教団に関わりのある事務員や、一般的な神父なんかが事務的な手続きを行う。

 その他にも、入信の許可や、葬式の手配も受け付けているし、

 シンボルの販売なんかも行っているようだ。

 さすが本部というべきか、ミリス教団に関わることは、ここで全て行えるのだ。

 

 内側にある◇には教団幹部の居住区や執務室、そして御神像やら宝物殿があるらしい。

 基本的には偉い人しか立ち入りを許されていない。

 事務員でも、中で何が行われているかは、知らされていないようだ。

 いわゆる、ミリス教団の中枢部だな。

 許可証が必要になるわけだ。

 

 なんて、見て回っているうちに、日が高く登ってしまった。

 少し腹が減った。

 

 それにしても、失敗したかもしれないな。

 クリフはまだ、帰還報告も済ませていなかったはずだ。

 彼自身は昨日のうちに教皇へのアポイントメントは取ったのだろうし、教皇も家族だからと融通を効かせるだろう。

 

 だが、俺は部外者だ。

 いきなり帰って来た孫が、報告もそこそこに変なヤツと会わせたいとか言ってきたら、警戒されるんじゃなかろうか。

 ゼニスの事で少し嫌な思いをしたが、エリナリーゼの頼みも忘れたわけじゃない。

 クリフの足を引っ張るようなことは、極力避けたい。

 

「もう少し日をおいて、俺自身からアポイントメントを取るべきだったかもしれないな……」

 

 なんて反省しつつ歩いていると、中庭に到達した。

 

 ミリス教団本部には四つの中庭がある。

 □と◇を重ねた時に出来る、四隅の三角形部分だ。

 そこには、それぞれ四季に合わせた木々が植えられているらしい。

 

 今の時期は春で、俺が到達したのは偶然にも春の庭園だった。

 

 春の庭園では、色とりどり花が咲き乱れていた。

 特に、黄色と白、桃色といった明るい色合いの花が多い。

 

 それを見ながら、ゆっくりと歩いて行く。

 昔は植物辞典を片手に花の名前とか調べたもんだが、このへんの植物はさっぱりわからんな。

 いやまて、このピンクの花の木は見覚えがあるぞ。

 桜っぽい名前だったから記憶に残ってる。

 こないだ誰かに聞いたけど、なんだっけか。

 

「見て、サラークが満開だわ!」

 

 そうそう、サラークだ。

 アスラ王国の北部の山方に生息する木。

 春になると真っ先にピンク色の花を咲かせる植物で、アスラ王国では『春を呼ぶ木』として知られている。

 木材からは独特な香りがするので、貴族に人気だ。

 だが、山の方に生息する木であるため、お値段は高い。

 現在はアスラ王家がサラークの養殖林を管理しており、外国にも輸出している。

 と、こないだ行ったアスラ王国で、アリエルに教えてもらったのだ。

 

「はい、とても美しいですね!」

「ミコ様は本当にサラークが似合います!」

「知ってるか? このサラークは、現教皇が即位した時に、アスラ王国から送られたもので……」

「おフッ、ミコ様はいつも無邪気だな」

 

 気持ち悪い声が聞こえた。

 なんだろうと思って声の方を見てみる。

 

「ほら、見て見て、まるでサラークの雨の中にいるみたい!」

「サラークの花弁の中に佇むミコさま……妖精のようだ」

「美しいですぅ!」

 

 そこには、オタサーの姫がいた。

 ヒラヒラと舞い落ちる花弁の中で、お姫様のようにひらひらした服を身にまとった女が、掌を上に向けてクルクルと回っている。

 少女と言ってもいいかもしれないが……恐らく20代前後だろう。

 顔立ちは綺麗系だが、ちょっとふっくらしてる。

 ウェンディはふっくらしてるように見えて腕や足が華奢だったが、こっちは二の腕とか太ももとかが若干太い。

 どっちも不健康そうな感じだが、ウェンディはカロリー不足、こっちは運動不足といった所か。

 

 そんな女の周囲に、男たちが群がっている。

 男の人数は7人。

 縁起のいい数だな。

 彼らは、女が何かを言う度に、それを肯定し、絶賛している。

 こう、ご機嫌取りのような態度で。

 いっそ、普通に姫と言ってもいいかもしれない。

 

 なんとなくオタクサークルっぽく見えるのは、イケメンがいないからか。

 親近感の沸く顔をした連中ばかりだ。

 全員が青い胸甲(キュイラス)を着用している所は、オタクっぽくないが。

 

「……あれ?」

 

 しかし、親近感は湧くが、安心感はまったく湧いてこない。

 ピリピリとした空気を首筋に感じる。

 殺気か?

 

 いや、当然か。

 普通に考えれば、あのお姫様は本物のお姫様か、あるいはそれに準じた偉い人だ。

 そして、その護衛達も、単なるオタクではないだろう。

 物腰や筋肉量を見ても、凄腕揃いだという事がわかる。

 剣術にして上級か、聖級ぐらいありそうだ。

 

 そして、俺にも気付いているだろう。

 今日は万が一に備えてローブ姿で、下に魔導鎧『二式改』も着込んできた。

 杖を持っていないから武器は持ってないように見えるはずだが、そこそこ剣呑な格好だ。

 警戒されているのだろう。

 

 でも、なんだろう。

 この感じ。

 もっとこう、不安な、ざわざわとしたものを感じる。

 うまく説明できないが。

 不安感。

 

 …………もしかすると、あの内の一人がヒトガミの使徒かもしれないな。

 ちょっと調べてみるか?

 

 いやまて、考えろ。

 俺の『ヒトガミって単語を口に出した時の事故率』を考えろ。

 ヒトガミって単語は口に出さない。

 その上でカマを掛けて……。

 

「あら? あなた、見かけない顔ですね。入信の方ですか?」

 

 なんて迷っていたら、先に話しかけられてしまった。

 

「あ……」

 

 少女は無邪気な笑顔でこちらを見上げている。

 腰の後ろで手を組んで、前傾姿勢で上目遣い。

 シルフィあたりがやったら俺の理性が崩壊するポーズだ。

 ロキシーはこんなポーズしない。

 エリスがやったら、俺は蛇に睨まれたカエルの如く、身動きができなくなるだろう。死の覚悟が必要だ。

 

「どうしました?」

 

 あ、どうしよう。こんなこと考えてる暇はない。

 えっと、えっと。

 入信じゃなくて……えっと。

 ヒトガミをカマかけて、えっと。

 

「アナタタチは、カミをシンジマスカ?」

 

 一瞬だった。

 一瞬でオタサーの内三人が剣を抜き放ち、俺に突きつけていた。

 残りの四人が姫を引き戻し、自分たちの後ろに隠していた。

 

 もうオタクっぽい雰囲気はない。

 今あるのは、戦場の傭兵のような雰囲気だ。

 ギラギラとした目に、淀んだ瞳が浮いている。

 怖い。

 やばい、こいつらヤバイ連中だ。

 声かけなきゃよかった。

 いや、俺からはかけてないけど。

 

「神はいます」

「ミリス様こそが神です」

「当たり前の事をなぜ聞くのです?」

「もしかして、ミリス様を信じていないのです?」

「神を信じていない?」

「背信者……?」

「異教徒!」

 

 オタク達が口々に言いながら、その目はどんどん濁っていく。

 やばい、このままじゃ魔女にされちゃう。

 

「す、すいません……その、ちょっと考え事をしていて変なことを口走ってしまって……許してください」

 

 ここは素直に謝っとこう。

 そうだね。

 ここはミリス教団の本部。

 ミリスという唯一神の信者しかいないはずの場所だ。

 そんな所で、聞いちゃいけない事だった。

 俺が不審者でした。

 どうにかしてた、許して。

 

「グレイブ、どうする?」

「ダストが決めていいよ」

「じゃあ殺そう。多分異教徒だ。妙に落ち着いてるし……そうじゃなくても、ミコ様におかしな事を吹き込んだ罪がある」

「わかった殺そう。それがいい」

 

 すごい決断早いね。

 美徳だよそれは。

 俺だったら迷っちゃうからね。

 

「いやいや、ちょっと待って、落ち着いて、俺の話を聞いてください……」

 

 ここで暴れたら、クリフに迷惑が掛かっちゃうし、この美しい庭園だって酷い事になる。

 サラークの木が粉々に吹っ飛ぶところなんて、見たくないでしょう?

 お互い良い事ない、話せばわかるって。

 

 そう思いつつも、俺の意識はすでに切り替わっている。

 剣をつきつけられた時点で、予見眼はすでに開いている。

 魔導鎧には魔力が注がれている。

 戦闘は避けたいが、謝っても許してもらえないなら、躊躇はしない。

 俺は、昨日から、機嫌が悪いんだ。

 

「…………本気でやるつもりですか?」

 

 俺の言葉で、奴らがぶるりと身を震わせ、カッと目を見開いた。

 体に力が漲り、手足に力がこもるのが、予見眼に映る。

 来る。

 

 

「待て!」

 

 

 凛とした声が響いた。

 少しだけ、懐かしい声だ。

 その声には強制力があったのか、奴らの力が一瞬で抜けた。

 

「何をしている!」

 

 近づいてくるのは、一人の女騎士だった。

 年頃は三十中盤ぐらい。

 服装はオタクたちと同じ、青い胸甲だ。

 凛々しくも落ち着いた感のある顔には険がある。

 しかし、その顔は俺も知っている顔だった。

 

「隊長。異教徒がミコ様に危害を加えようとしていました」

 

 オタクの一人がシレっと言った。

 嘘つくなよ。

 

「濡れ衣です。俺はただ、サラークを見ていただけで……」

「お前は黙れよ」

 

 俺に剣を突きつけている内の一人が低い声で言った。

 黙るわけないだろ。

 

「異教徒……?」

 

 と、そこでようやく女騎士が俺の顔を見た。

 

「あ!」

 

 そして、ようやく気付いた。

 顔をほころばせる。

 

「ルーデウス! ルーデウス君か? わぁ、懐かしいなぁ!」

 

 そして、俺が剣をつきつけられているのを見て、声を張り上げた。

 

「剣を収めろ! 彼は私の甥だ!」

 

 オタクたちが驚いた顔をしつつ剣を収めるのを見て、俺も予見眼を閉じた。

 

 

---

 

 

 テレーズ・ラトレイア。

 ゼニスの妹で、俺の叔母だ。

 ミリス大陸から中央大陸へと渡航する時に世話になった人物だ。

 

 テレーズはあの連中のリーダーらしい。

 彼女の号令で、瞬く間にオタク達は剣を引いた。

 一応ながら謝罪もしてくれた。しぶしぶといった感じだったが。

 

 俺も改めて変なことを口走ったことを詫びたが、変わらず俺に殺意を見せているし、不満そうだ。

 今も姫を連れて距離をとり、警戒している。

 

「私の事は覚えているか? 一度しか会ってないから忘れちゃったか?」

「もちろん覚えています。渡航の件については、本当にお世話になりました」

 

 まあ、あいつらはひとまず置いといて、俺はテレーズと話をすることにした。

 なんとも懐かしい。

 

「それにしても、本家の方に顔を出したという話は聞いていたんだが、教団本部に来ているとは思わなかったな。あ、もしかして私に会いに来てくれたのか?」

「いえ、知り合いが教団の幹部を紹介してくれるというので……テレーズさんは、こっちに戻ってきてたんですね」

 

 確か、前に会った時は西の港町に左遷されたと聞いた。

 あれから十年。

 戻ってきていても、おかしくはないか。

 

「ああ、まあ、色々あってな」

 

 テレーズは苦笑しつつ、肩をすくめた。

 何か、言いにくい事情でもあるのだろう。

 詮索はすまい。

 だが、別に聞きたい事はある。

 

「その、本家の方に顔を出したって話は、伝わってるんですね?」

「ああ、母様と喧嘩したそうじゃないか」

「喧嘩……喧嘩ですかね、あれは」

「母様が君を怒らせたと聞いたよ。どうせ母様のことだ。君に対してアレをしろ、コレをしろと言いつけたんだろ?」

「そうなんですよ! 聞いてくださいよ!」

 

 久しぶりに会った叔母。

 彼女が味方かはわからないな、とチラと思ったが、滑りだした口は止まらない。

 気づいた時には、昨日のことを、洗いざらい喋ってしまっていた。

 やはり、俺の中にはまだまだ鬱憤が残っているのだろうか。

 それとも、ゼニスに似た顔をして朗らかに笑う彼女に、安心感を覚えているのだろうか。

 

「この国では、そんな事がまかり通るんですかね?」

「いや、いくらなんでもありえないよ……いくら母様でも、そんな……何かの間違いだと思うけどな……でも、うーん……もしかしてルーデウス君、母様を怒らせるようなことを言ったんじゃないか? あの人、売り言葉に買い言葉でむちゃくちゃ言う時もあるから……」

「……どうでしょうか。なるべく我慢して、怒らせないように話していたつもりですが」

「うーん」

 

 テレーズはしばらく腕を組んで、凛々しい顔で唸っていた。

 売り言葉に買い言葉って感じでもなかった。

 最初から決めてた感じだった。

 

「ま、今度本家に戻った時にでも詳しく聞いておくよ。母様は、頑固だけど、悪い人じゃないんだ。恐らく、ちょっとした誤解だよ」

「……」

 

 テレーズはあっさりとそう言った。

 仮に、本当に誤解だとしても、俺が怒ったのは確かだ。

 仲を取り持ってくれ、とは言いたくない。

 こいつとは上辺だけの付き合いすらしたくないと思ったのは、久しぶりだ。

 

 まあ、本当に誤解で、誠心誠意謝っていただけるなら、俺もいきなり暴れた事に対する謝罪はするけどさ。

 

「それにしても、ルーデウス君は大きくなったな! ああ、いや、成人した男性に大きくなった、なんて言ってはいけないんだろうが……今はもう、20歳ぐらいか?」

 

 テレーズが気を利かせてくれたのか、話題が変わった。

 俺も、いつまでもクレアの事を話していたくはない。

 

「はい、もう22歳になります」

「そうか! もう十年も前になるもんなぁ……あ、そうだ、エリス様はどうだ? 元気にしてるか? 彼女はすごい元気だったからな!」

 

 テレーズは子供のようにはしゃいでいる。

 先ほどの凛々しさはどこにいったのだろうか。

 凛々しい時の顔は、あのクレアばあさんを彷彿とさせるのだが……。

 っと、いかんいかん、やめよう。

 

「エリスも元気ですよ。去年、一人目の子供を生みました」

「子供……? あ、そうか、結婚したのか! おめでとう!」

「ありがとうございます」

「彼女もこっちに?」

「いえ、シャリーアに留守番です。子育てもありますので」

「そっかそっか、大変な事もあるだろうけど、二人で力をあわせて頑張っていくんだよ」

 

 二人で……。

 あ。そっか、この人もミリス教徒だったな。

 三人と結婚してますって話は言っといた方がいいのだろうか。

 まぁ、今は黙っとくか。

 せっかくの嬉しい瞬間に、水を指すこともあるまい。

 

「そうか、結婚かぁ……あの小さかったルーデウス君とエリス様が結婚……はぁ……」

 

 と、思ったのだが、すでにテレーズは意気消沈していた。

 結婚という単語がNGワードだったようだ。

 この反応を見るに、恐らくまだ独身なのだろう。

 あるいはバツイチか。

 

 えーと、この人何歳だったっけか。

 ゼニスが38歳ぐらいとして、それより年下だから……35歳ぐらいか。

 この世界の成人が15歳で、そこから20歳ぐらいまでの間に結婚するヤツが多いことを考えると……。

 えーと……。

 

「お仕事の方は順調ですか?」

 

 結婚の話はやめたほうがいいな。

 

「ん? ああ! なんやかんやあったが、また神子様の護衛に戻れたよ。一応、連中を束ねてる」

 

 テレーズはそう言って、チラリと集団を見た。

 七人の内、二人がこちらを警戒し、残りは姫の取り巻きと化している。

 こうして見ると、平和な連中だ。

 

「怖い方々ですね」

「ああ……以前に暗殺未遂を受けてから、神殿騎士団の中でも特に戦闘能力の高い連中を護衛にする事になったんだが、ちょっとらしい(・・・)のが揃っててな……」

 

 以前、テレーズは神殿騎士は狂信者の集まりだと言っていた。

 そういった意味での、「らしい」なのだろう。

 俺の失言から「殺そう」までがあっというまだったもんね。

 かつてのオルステッド並だったよ。

 

「まぁ、ちょっと教義に固執しているだけで、悪い連中じゃないんだ。……みんな、神子様の事が大好きだしな」

 

 怖いなぁ。

 神を信じる気持ちはわかるけど、それで周りが見えなくなっちゃいかんよ。

 君たちの神だって、寛大だろうに。

 

「あの、テレーズ? 私も話にいれてもらっていいですか?」

 

 その時、唐突に後ろから声が掛かった。

 オタサーの姫が、こちらを覗きこんでいた。

 取り巻き連中は彼女の後ろで、今にも剣を抜き放ちそうだ。

 

「先ほど、エリスという名前が聞こえたのですが、もしやあの赤髪のエリス様とお知り合いの方なのですか? 剣士の?」

 

 彼女が神子か。

 ミコミコと呼ばれているが、本名は何なんだろうか。ナースだろうか。

 聞いてみるか……いや、俺から名乗ろう。

 クレアには先に名乗ると安っぽいとか言われたが、先に名乗るは武士の礼儀だ。

 

「申し遅れました。私はルーデウス・グレイラット。

 『龍神』オルステッド様に仕えさせて頂いている身で、剣王エリス・グレイラットは我が妻です」

 

 龍神と剣王。

 二つの単語で取り巻き連中の剣呑さが増した。

 龍神に反応するってことは、やっぱり使徒が混じってるんだろうか。

 いやでも七人全員だし、関係ないかもしれない。

 

「まぁ! そうだったのですか! エリス様は、十年前に私の命を救ってくださった恩人なのです!」

 

 十年前というと、俺がミリシオンに来た時か。

 確か、その話は俺も聞いた。

 エリスがゴブリン退治に出かけて、暗殺者を退治して戻ってきたって話だ。

 

「エリス様はこちらには見えているのですか?」

「いいえ、あいにくと彼女は子供の世話がありますので、家で留守番です」

「それは残念です」

 

 姫が落ち込んだ表情を見せると、サークル全体の眉が下がった。

 ちょっと微笑ましい。

 こいつら、本当に姫大好きなんだな。

 ていうか、名前を名乗ったのに名前が帰ってこない。

 俺もミコサマとか呼べばいいんだろうか。

 

「でも、そうしたら私は『龍神』オルステッド様に助けられた……という事になるのですね」

「え?」

 

 それは関係ないよ。

 俺もエリスも、当時はオルステッドの名前すら知らなかった。

 

 でも、今の俺はオルステッドの配下で、エリスはそれを認め、手伝ってくれている。

 ギリギリ、エリスもオルステッドの配下といえなくもない。

 ってことは、オルステッドが助けたって事になるんだろうか。

 ……ないない。

 そういうすぐバレそうな嘘はやめとこう。

 

「いえ、当時は私もエリスも、オルステッド様とは面識がありませんでした。

 ですが、もし神子様が恩義を感じてくださるのであれば、

 今後、オルステッド様に対して敵意を持たずにいていただけるとありがたいです」

「……? 会ったこともない人に敵意を抱くのですか?」

「オルステッド様は、そうした呪いを持っておりますゆえ」

 

 俺がそう言うと、姫は俺の目をじっと見てきた。

 ふっくらとした顔の中にある、つぶらな瞳。

 両目とも、特に色が違うわけではない。

 おそらく魔眼ではないだろう。

 しかし、直感的に思った。

 

 何か、されている。

 

 何をされているのかはわからない。

 身動きが取れないわけでもなければ、息苦しさを覚えているわけでもない。

 ただ、何かをされているという感じだけがした。

 

「……どうやら、本当の事のようですね」

 

 しばらくして、姫が真顔で頷いた。

 

「わかるのですか?」

「はい、わかります」

 

 テレーズと取り巻きの様子を見ると、不思議がっている顔はしていない。

 てことは、これがこの子の『神子としての能力』だろうか。

 ザノバの『怪力と防御力』に相当する……。

 

 眼を見るだけで、嘘を見抜く能力……。

 いや、相手の考えが読めるとかか?

 それとも、別の何かかもしれない。

 

「……それが、あなたの力ですか?」

「はい。そうです」

 

 詳細を聞きたい所だが、取り巻き連中が剣呑だ。

 聞かない方が無難か。

 どうするか。

 オルステッドは、この神子については何も言っていなかった。

 

「へぇ……」

 

 まずいな。

 何かをされたと気付いて、俺の方も剣呑な気配を出してしまっている気がする。

 何を聞いても、取り巻きが襲いかかってきそうだ。

 でも、聞かないというのももったいない。

 また会えるとも限らない。

 聞くべきことは、聞いておかなければ。

 

「すぅ……ふぅ……」

 

 ひとまず深呼吸。

 

「神子様。失礼を承知で、一つだけお尋ねしてもよろしいですか?」

 

 質問の前に許可を取る。

 こういう段階が大事だろう。

 その上で、詮索してると取られないよう、一つだけ質問だ。

 

「はい、どうぞ」

「最近、あなたの夢に神を名乗る人物が出てきて、何かお告げを残したことはありますか?」

「いいえ、最近はもちろん、今までに一度もありません。きっと、これからも無いでしょう」

 

 姫はきっぱりと、そう言った。

 俺を見て、俺の話を聞いて。

 今までに無く、これからも無いと。

 

 なにやら確信があるらしい。

 となれば、これも、能力に関する事なのだろう。

 

 例えば、ヒトガミが、会うのを拒否するような能力。

 やはり「相手の心を読む」とかかな?

 ヒトガミは俺以上に、読まれて困る心を持ちあわせていそうだ。

 

「ありがとうございます」

 

 俺は肩の力を抜いた。

 ひとまず敵でないのなら、それでいい。

 仮に今のが神子の嘘だとしても、ひとまずは信じよう。

 

「さぁ、今度は私の番ですよ!」

「……っ! はい、なんなりとどうぞ」

 

 これ以上、何を聞かれる?

 心が読めるなら、聞く必要は無いのでは?

 

 ひとまず、あの能力は常時発動ではない気がする。

 目を合わせて、何かをしなければ発動しない。

 相手の目を見なければいい……のか?

 

「エリス様のことについて、教えてください!」

「……はい」

 

 そんなことか。

 まあいい。

 とにかく、敵じゃない、ヒトガミと関わり無いというのなら、信じておこうじゃないか。

 

 そのうえで、オルステッド社長の良さってやつを伝えていこう。

 我が社の保険は持病(みこ)の方でも大丈夫。

 80年間の安心保障で、事故が起こった時でも、当社の優秀なスタッフがお助けします。

 また、当社は随時優秀なスタッフを募集しており……。

 いや、これから教皇に後ろ盾になってほしいって時に、神子にツバつけるのはまずいか?

 

「ルーデウス! ルーデウス、いないのか!」

 

 なんて思った時、遠くの方から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 クリフの声だ。

 どうやら、ようやく許可が降りたらしい。

 

「あー……申し訳ありません神子様。時間のようです」

「ええっ! そんなぁ……」

 

 姫が眉を下げると、取り巻きの眉も下がり、俺へのヘイトが上がる。

 面白い。

 そして興味深い。

 俺としても、もう少し話をしてみたい相手だ。

 しかし、ひとまずは待たせてる方が先だろう。

 

「しばらくこの町に滞在するかと思いますので、エリスの話は、そのときにまた……」

「約束ですよ!」

 

 俺は姫に一礼し、テレーズに伝言を頼んだ。

 

「それとテレーズさん、本家の方に行くのなら、クレアさんには「母の面倒は自分が責任を持って見るから口出し無用だ」と伝えて置いてください……それと、もしフィットア領捜索団への援助の見返りが欲しいなら、金で払うので金額を提示するようにと」

「…………わかった。一応、そう伝えておくよ」

「お願いします」

 

 俺はテレーズにも一礼した後、取り巻きたちにも目で挨拶し、その場から離れた。

 

 

 それにしても、神子か。

 一見すると箱入りのぶりっ子。

 あるいはオタサーの姫だけど、底知れぬものを感じたな。

 

 はっきりと、敵ではないと言ったが、

 ヒトガミの事は知っている様子だった。

 警戒はしておくとしよう。

 

 あ、名前聞くの忘れたな……。

 まあいいか。

 

 なんて思いつつ、俺は許可証を手にしたクリフのところへと移動したのだった。