無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第二百三十五話「命名」

--- シルフィエット視点 ---

 

 

 夢を見た事があった。

 あれは、ルディが王竜王国にいってる頃だ。

 

 夢の中で、一人の子供が泣いていた。

 緑色の髪をした子供が泣いていた。

 周囲には、何やら黒い影があった。

 黒い影は子供を囲んで、黒い塊のようなものを投げつけていた。

 子供は必死に逃げようとしていたけど、黒い影はどこまでもどこまでも追ってきた。

 

 でも、子供が向かう先には、光があった。

 子供が光に近づくと、光は子供を囲む黒い影に向かって光の玉を投げつけて、これを追い払った。

 光は優しく子供を包み、子供は安らかに眠った。

 

 この夢を見た時、ボクは昔の夢だと思った。

 ボクが昔、村の子供たちにイジメられていた時の夢だと。

 

 今になってこんな夢を見るなんて、ボクはよっぽどルディの事が好きなんだなぁ、と。

 その時はそう思って、ベッドの中で少女のように身悶えした。

 

 

 それから数ヶ月。

 ルディが魔大陸に行ってた頃。

 また、似たような夢を見た。

 

 でも、その時は、少し違った。

 緑色の髪をした子供。

 その顔が、ボクじゃなかった。

 ルディの顔をした子供が、黒い影に追いかけられていた。

 

 そして、なぜか子供が逃げる先に、光がなかった。

 ボクは慌てて子供に駆け寄り、黒い影から守ろうとした。

 夢の中のボクは魔術が使えず、黒い影を素手で払って消そうとした。

 黒い影はネバついていて、中々消えなかった。

 子供はボクの腕の中で震えていた。

 

 

 この夢を見た時、ルディの身になにかあったのかも、と不安に思った。

 怪我でもしたのか、誰かに囚われたのか。

 エリスとロキシーがいるのに……。

 もしそうなら、ボクはどう動くべきか、と真剣に考えた。

 結局、その日のうちに帰ってきて、不安は解消されたのだけど……。

 

 代わりに、別の不安が持ち上がった。

 この大きくなったお腹。

 この中にいる子供の夢なんじゃないかって。

 

 でも、そんなのは、杞憂だと、すぐに思えた。

 ルディが子供を守らないはずがない。

 この子に光が無いわけがない。

 妊娠中で、ちょっとナーバスになっているだけだって、そう思えた。

 

 夢のことは、すぐに忘れられた。

 

 

 そして、ルディが魔大陸から帰ってきた。

 ボクは彼に、子供の名前を聞いてみた。

 考えておくと言ってから6ヶ月。

 生まれてから聞いてもいいけど、また旅に出るのなら、先に聞いておきたい、と。

 

「……申し訳ない。名前なんだけど、まだ考えてませんでした」

 

 その時、ボクの脳裏に、夢の事がよぎった。

 暗い影にまとわりつかれ、誰にも助けてもらえない子供の姿。

 もしかして、この子はルディに愛されないんじゃないかって。

 いや、そんなはずはない、って、すぐにそうは思ったけど――。

 

 

 その日の晩、やっぱり夢を見た。

 子供は、ボクが手の届かないほど遠くで黒い影に群がられていた。

 ボクは必死に走って助けようとした。

 けど、間に合わなかった。

 ボクがたどり着いた時には、黒い影はいなくなっていて、子供は死んでしまった。

 

 起きた時には、汗びっしょりだった。

 

 ただの夢。ただナーバスなだけだ。

 そう思い込みたかった。

 でも、どうしても色々と考えてしまった。

 

 もし、本当に緑色の髪の子が生まれたら……。

 その子は、きっと迫害されるだろう。

 ボクがそうであったように。

 

 でも、ルディは緑色の髪でも、きっと守ってくれるはずだ。

 エリスだって、ロキシーだってそうだ。

 そう、わかっているのに、なぜ不安が消えないのだろうか。

 

 その答えには意外に早く辿り着いた。

 ボクは聞いている。

 ラプラスの因子のこと。

 ボクの髪の色が緑色だった理由のこと。

 ルディが一時期、そのへんに関して、ちょっと不安に思っていたことを。

 

 もし、生まれてくる子がラプラスだったら。

 ルディはどうするんだろう。

 今は少し違うけど、ルディはラプラスと戦うために、戦力を集めてきた。

 もし、ボクの子供がラプラスだったら、ルディのしてきたことは……。

 ……どうするんだろう。

 決してルディを信用してないわけじゃない。

 信頼してないわけじゃない。

 でも、どうするんだろう。

 ボクは、どうしてほしいんだろう。

 

 そのあたりを、ぐるぐると考えていたら、夜も眠れなくなってしまった。

 

 最終的に、「でも、緑の髪の子が生まれるとは限らない」と結論づけた。

 ただ、緑の髪でなければよかった。

 

 

 でも、緑だった。

 

 

 

--- ルーデウス視点 ---

 

 

 赤子には、ジークハルトと名づけた。

 

 女の子のルーシーやララは親の名前から、

 男の子のアルスは過去の勇者の名前から、

 ってことで、前世における不死身の英雄ジークフリートの名をあやかった。

 最初はそのままで行こうかと思っていたが、ラノアだと「なんちゃらハルト」という名前が多いので、急遽変更した。

 愛称はジークだ。

 

 ジークは普通に見えた。

 よく泣くし、よく眠る。

 おしっこもすれば、うんちもする。

 少なくとも、あまり泣かなかったララや、俺が抱くと泣き喚くアルスより、ずっと普通だ。

 

 転生者……。

 いや、ボカすのはやめよう。

 ラプラスっぽくは無いと思う。

 

「と、俺は見ているんですが……どうでしょうか、ウチの子は……」

 

 あれから三日。

 時刻は深夜。

 前に座るは、オルステッド。

 オルステッドと俺の間には、籠の中でスヤスヤと眠るジークがいる。

 先ほどまで泣いていたが、今はグッスリだ。

 オルステッドも心なしか眠そうに見える。

 

 ちなみにオルステッドの後ろには、エリスが立っている。

 そんな警戒しなくてもいいだろうに、腰の剣に手をやっている。

 

「……お前は、俺の話を理解していなかったのか?」

「いえ! もちろん、もちろん理解しています、信じてもいます! ラプラスはまだ生まれない、ええ、もちろん!」

「……」

「でも、ほら、前におっしゃっていたじゃないですか。パックスが死んだ事で、ラプラスの生まれがわからなくなったって。てことは! 俺の存在が色々とアレしてぇ、この時代にラプラスがぁ、ヒトガミのせいでぇ、ってことも……」

 

 オルステッドはため息をついた。

 また説明しなきゃいけないのか、って顔だ。

 

「パックスが死んだ事で、ラプラスの生まれる場所はわからなくなった……だが、ラプラスの因子は、まだ収束していない。50年後なら可能性もあるが、どうあがいても、今すぐに、ラプラスが復活する事は無い」

 

 収束とか、そんな話は聞いた覚え無いが……。

 しかし、その言葉を信じると。

 

「つまりこの子は?」

「ただの可愛い赤子だ」

 

 オルステッドはそう言いつつ、ジークに向かって手を差し伸べようとして、エリスが鯉口を切る音を聞いて、止めた。

 別に頭ぐらいなでてもいいけどさ……。

 

「では、この緑色の髪は?」

 

 ジークの髪の色は緑。

 かつてのシルフィによく似た色だ。

 

「ただ、緑なだけだ。ラプラスの因子か、ただの遺伝か……それだけだろう」

 

 ただの緑……か。

 別に近づいても小さくなったりはしないが……。

 

「この子供はラプラスではない。それは俺が保証しよう」

「……ありがとうございます」

 

 と、礼を言いつつも、まだ少し疑いたい。

 オルステッドも、完璧じゃあない。

 前のループでそうだったからといっても、今回のループはイレギュラーも多い。

 現に、オルステッドも幾つか計算違いを起こしている。

 

 だから、ペルギウスがよく調べてみた所、実はラプラスだった、とか。

 そういう可能性はあるかもしれない。

 あるいは、ペルギウスが誤認する可能性もある。

 人のやることに絶対は無いのだ。

 

「もしよろしければ、ペルギウス様の所に行く時、付いてきてもらえませんか? それで、もし彼がラプラスかも、って言っても、守ってくださいませんか?」

「…………いいだろう」

 

 うん。

 オルステッドに後ろに立っていてもらえば、ペルギウスも強引な手には出まい。

 よし、解決だ。

 これは、ね。

 

「……」

「浮かない顔だな。まだ、何かあるのか?」

「いえ……」

 

 あれから、シルフィは目に見えて落ち込んでいる。

 表面上は、いつも通り振舞っているようにも見えるが、俯いている事が多いように見える。

 緑色の髪の子を産んでしまったことに責任を感じているのかもしれない。

 

 もちろん、家族の誰も気にしていない。

 ロキシーだけは、少し気持ちがわかるようで、カウンセリングのようなことをしている場面を、チラっと見た。

 

 けど、シルフィは落ち込んだままだ。

 俺もあれこれと話しかけてはいる。

 けれど、どうすればシルフィの笑顔が戻ってくるのか。

 わからない。

 

「それは、家庭の事なので」

「そうか。それで、ペルギウスの所には、いつ行く?」

「シルフィが安定したら、行きます」

 

 アルマンフィには、待ってもらった。

 子供は生まれたばかり、すぐに行くのは不可能だ、と。

 アルマンフィは短く「了解した」と言って去ったが、ペルギウスはお待ちかねだろう。

 あんな最速のタイミングで来るぐらいだし……。

 

 オルステッドはラプラスではないと言った。

 とはいえ、それを一方的に告げた所で、ペルギウスも納得はすまい。

 実際に、自分の目で見なければね。

 

 大変だろうが、シルフィにも来てもらおう。

 その方が、いい気がした。

 

 

---

 

 

 20日が経過した。

 シルフィの体調も安定してきた。

 子供の方も、今のところ、問題はない。

 

 相変わらず、シルフィは落ち込んでいる。

 ずっと暗い顔で、しかし、昼間は赤子をしっかりと抱いて。

 この子は誰にも渡さないとばかりに、思いつめたような表情をしている事も多かった。

 

「シルフィ、ペルギウス様にジークを見せようと思うんだ」

 

 そんな彼女にそう提案すると、シルフィはびっくりした顔で、ジークを抱きしめた。

 

「…………やだ」

 

 まるで、幼少期に戻ってしまったかのような、弱々しい態度だ。

 しかもその表情は、昔、俺に向けていたものではない。

 いじめっこたちに向けていたものだ。

 

「なんで……そんなこと言うの……?」

「ペルギウス様に、うちの子がラプラスじゃないってわかってもらわないとね」

 

 シルフィは俯いてしまった。

 

「…………もし、ラプラスだったら、どうするの?」

「え? だから、オルステッド様もラプラスじゃないって……」

「でも、間違ってる時、あるんでしょ……?」

 

 まぁ、オルステッドも完璧ではない。

 ジークのあまりの可愛さに、ラプラスだけどラプラスじゃないって言ってしまった可能性もある。

 無いとは思うが……。

 

「その時は……」

「その時は?」

「空中城塞を陥落させてでも、ジークを守るよ」

 

 シルフィはその言葉に、また俯いた。

 そして、消え入りそうな声で「うん」と呟いた。

 

 

---

 

 

 そして、空中城塞へと赴くことになった。

 メンツは、俺と、ジークを抱いたシルフィに加え、エリスとオルステッド、ついでにザノバだ。

 万が一に備え、ペルギウスを説得しやすそうな奴も連れて行く事にした。

 

「…………ようこそ、おいでくださいました」

 

 そんな大所帯を目にしたシルヴァリルの反応はいつも通りだった。

 

 まず、ザノバとエリス、シルフィに対する心からの敬意。

 俺に対する、上辺だけの敬意。

 オルステッドに対する不快げな態度。

 いつも通りだ。

 

「では、こちらへ。ペルギウス様がお待ちです」

 

 そして、いつも通りのルートで、謁見の間へと向かう。

 会話は無い。

 俺の隣で、ジークを抱いてとぼとぼと歩くシルフィ。

 彼女を守るように、剣の柄頭に手を掛けたまま歩くエリス。

 後方には、状況を聞いてやや緊張の面持ちのザノバに、ヘルメットで顔の見えないオルステッドが並んで歩いている。

 

 その隊列のまま、かつて、ザノバが褒めちぎった門を通る。

 シルフィとジークからは、白い粒子の幻影が見えた。

 俺からも出てるのだろう。

 少し不思議に思ったのは、オルステッドからは出ていなかった所か。

 彼には、ラプラスの因子ってやつは、無いのか。

 

「……」

 

 シルヴァリルがこちらを見たが、無言だ。

 特に何も言うことなく、すいすいと先に進んでいく。

 

「ほら、シルフィ、やっぱり違うんだよ」

「……うん」

 

 シルヴァリルは振り返ることなく歩いて行く。

 瀟洒なインテリアの並んだ廊下を通り、豪華な扉の前に立つ。

 改めてみると、この扉もまた趣味がいい。

 世界中の城を見て回ってきたからだろうか……。

 あの日、ザノバがこの城を褒め続けていたのがよく分かる。

 

 シルヴァリルはその豪華な扉を開いた。

 

「お進みください」

 

 シルヴァリルに言われ、謁見の間へと入る。

 そこには、やはりいつも通りの光景が広がっている。

 大木のような柱に、大きなシャンデリア。

 人族や龍族の紋章の描かれた垂れ幕。

 赤いビロードの絨毯の両脇に立つ、仮面をつけた十二人の男女。

 玉座に座るは、銀髪の龍王。

 

 きらびやかさ、偉大さ。

 いっそ神々しいとまで言ってしまえるほどの光景だ。

 これほどの謁見の間は、世界のどこを探しても、存在しない。

 

 さらにそこにシルヴァリルが加わり完璧に……。

 

 ……あれ、一人多い。

 あ、ナナホシが混じってるのか。

 何やってんだ、あいつ。

 

「来たな、ルーデウスよ」

「はい。ご無沙汰しております。ペルギウス様」

 

 立ったまま頭を垂れる。

 シルフィとエリス、ザノバが膝をつくが、俺は立ったままだ。

 本当なら、俺も膝をついた方がいいのだろうが、オルステッドの配下として、あまり腰を低くしてばかりはいられないってことは、最近学んだばかりだ。

 

 案の定、シルヴァリルがムッとしていたようだが、ペルギウスは特に何も言わない。

 ただ、今日の彼は不機嫌そうだ。

 

「随分と、待たされたぞ」

「……我が子が、生まれたばかりでしたので」

「アルマンフィより聞いている。だから待っていたのだ。他のくだらぬ理由であるなら、許さぬ所だ」

 

 さすが、寛大なお方だ。

 しかし、それにしては不機嫌そうだ。

 玉座にある竜頭の肘置きを、トントンと忙しなげに叩いている。

 

「その顔、この度、呼ばれた理由はわかっているようだな」

「はい」

「そして、このメンツ、話の流れ如何では、戦いも辞さぬということか、見上げた覚悟だ」

「……はい」

 

 ペルギウスは、苦々しい顔で、オルステッドを睨んでいる。

 オルステッドは黒いヘルメットで表情は見えないが、いつも通りの怖い顔をしているのだろう。

 

「ですが、ペルギウス様、戦いにはならぬかと」

「ほう! 戦いにはならぬか! そうか、それほど、己の弁に自信があるというか!」

「どうでしょう、しかし、戦う理由もありませんので……シルフィ」

 

 俺はシルフィを立ち上がらせ、彼女が胸に抱く赤子を見せる。

 

「御覧ください。四番目の我が子です」

「……それがどうした?」

「どうしたも何も。以前、ペルギウス様はおっしゃったではありませんか。シルフィとの間に息子が生まれたら、連れて来いと」

 

 ペルギウスの動きが止まる。

 トントンと叩いていた指が、止まった。

 構わず、俺は続ける。

 

「オルステッド様にも見ていただきましたが、この子はラプラスではありません。

 しかしながら、ペルギウス様も実際に見なければ、ご納得頂けないでしょう。

 俺としては見せずとも良いかとも思いましたが、これから先のペルギウス様との友好のためにも、一応、スジは通しておこうかと思いまして」

「……」

 

 ペルギウスは沈黙を保っている。

 

「ただ、オルステッド様の見立てが間違っており、その子がラプラスだった時は……」

「……」

「戦います」

 

 ペルギウスの眉がピクッと動いた。

 

「お前は、80年後、ラプラスと戦うために、各地を回っていたのではなかったのか?」

「そうです」

「そのラプラスを守るために、戦うというのか?」

 

 言われてみると、矛盾している。

 この子がラプラスだと知って、俺が守る。

 この数年間してきたことが、完全に無駄になる行動だ。

 

「もし、この子が成長し、本当に人族と戦争を起こすのであれば、その時は……その時のための用意を持って対処します」

「芽を摘もうとは思わんということか」

「……はい」

 

 俺の息子がラプラスだったら。

 ってのは、怖い怖いと思いつつも、あまり深く考えてなかったように思う。

 

 80年後、ラプラスは戦争を起こす。

 俺は、それに対し、オルステッドの負担ができるだけ軽くなるようにと、各国への呼びかけを行った。

 

 だが、まて。

 戦争を起こさなければ。

 ラプラスが正気を取り戻し、戦争をやめればどうだろう。

 子供は生まれたばかりで、説得の時間はいくらでもある。

 教育というのは、将来のために行うものだ。

 ラプラスに、これまでの全てとこれからの全てを教えれば、オルステッドの味方として……。

 

 いや。

 オルステッドは言った。

 ラプラスは殺さなければならない、と。

 龍族の秘宝とやらを、取り出すためだろう。

 てことは、いずれオルステッドが俺の息子を殺すということで……。

 

 ……くそ、八方ふさがりじゃないか。

 

 いや、落ち着け。

 順に考えていけば、俺のやりたいことは見えているはずだ。

 

「俺は、いつだって家族の味方です。家族を害する奴がいるから、オルステッド様の配下となった。そのオルステッド様が俺の家族を害するというのなら、戦うまでです」

「その原因が、お前の息子にあったとしてもか?」

「……俺は、きちんと、善悪の判断ができるように教えるつもりです。

 まだ子どもたちは小さいけど、少なくとも成人……十五歳になるまでは、守ります。

 その後、俺の言葉を無視するようなら……その時は、俺が責任を持って、対処します」

「ほう、対処か、具体的には、どう対処するのだ?」

「…………出来る限りは、再教育を」

 

 出来る限りは。

 出来ない分は、例え子供といえども。

 いや……。

 

「殺す……とは、言わんか」

「どんな人生を送っていても、間違える時は、間違えますので。やり直す機会を与えたいです」

 

 としか、言えない。

 それ以上のことは、俺の口からは言いたくない。

 ルーシーが、ララが、アルスが、オルステッドと敵対して、無残に殺される未来など、考えたくもない。

 

 だが、俺がどれだけ立派な教育ってやつを施したとしても、ダメな時は、ダメだ。

 人は人の思い通りには、育たない。

 自分自身だって、自分の思い通り育たないのだ。

 子供とはいえ、別の個体を思い通りにできるはずがない。

 

 だから、せめてチャンスを、と思う。

 妥協点だ。

 

「我は子を持たぬ。ゆえに、その考え方は理解出来ん。厄介事の芽を育て、それを己で刈り取るという、貴様の考え方はな」

 

 ペルギウスはそう言って、笑った。

 

「だが、貴様は、妻を守るべく、オルステッドへ無謀な戦いを挑む愚かな男であった。理解出来なくて当然だ。理解できぬが……堅き信念を持っているのはわかった」

 

 ペルギウスが玉座を降り、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 そして、言った。

 衝撃的な一言を。

 

「貴様が何を勘違いしているのかはわからんが、その赤子がラプラスでない事など、すでに見抜いている」

 

 5秒ほど、言ってる意味が理解できなかった。

 

「……………あ、そうなんですか?」

「アルマンフィは我が眼(まなこ)。

 我(われ)がラプラスを見間違えるはずもなし。

 緑の髪の色合いはラプラスのものとは大きく違う。

 目の色も違う。魔力も大したことが無い。

 そして、あの忌々しき呪いもない……心の奥底が震えるような呪いもな」

 

 てことは、あの出産の場面にいた時から、すでにラプラスじゃないってわかってたって事か?

 

「つまり、全然関係ないけど、アルマンフィは出産の現場に乱入してきたって事ですか?」

「それについては、謝罪しよう。偶然にも、悪いタイミングで呼び出しをしてしまったようだ。もっとも、貴様の子供がラプラスだったのであれば、最高のタイミングではあったやもしれんがな」

 

 えー。

 それならそう言ってくれよ。

 なんだよそれ。

 えー。

 

「どれ」

 

 ペルギウスは、シルフィの前で止まった。

 そしてシルフィに向けて、両手を差し出した。

 

「その赤子、我にも抱かせてみよ」

「……」

 

 シルフィが警戒してジークを抱きしめる。

 だが、俺が肩に手をやると、彼女は少し考えた末、ジークをペルギウスへと渡した。

 

 ペルギウスは、ジークを優しく抱いた。

 芸術作品でも扱うかのように、優しい手つきで、しっかりと。

 ジークはペルギウスの顔をまじまじと見ていた。

 

「ふむ……緑の髪に、やや尖った耳。閃光のような目、だが優しい印象も受ける、良い子だな」

「あ、ありがとうございます」

 

 礼を言うと、ペルギウスはうん、と頷いた。

 

「よし、では『サラディン』の名を授けよう」

「………………え?」

 

 シルフィがぽかんとした顔で、ペルギウスを見た。

 

「何を呆けた顔をしている。かつて、約束したではないか。息子を連れてくれば、名を付けてやる、と」

 

 そんな約束したっけか。

 いや、でも、したような気がする。

 連れて来いって言った時に、確かにそんな事も言ってた気がする。

 

「でも、その、この子……」

「礼はいい、我からのささやかな贈り物だ」

 

 ペルギウスは一方的にそう言って、シルフィにジークを返し、踵を返した。

 一応、この子にはジークハルトという、立派な名があるんですが。

 

 どうしよう。

 もう、断れない雰囲気だ。

 

 いや、いいか。

 ジークハルト・サラディン・グレイラット。

 語呂はそんなに悪くないし、強そうだ。

 ペルギウスからもらった名前だと言えば、箔もつく。

 うん、悪くない。

 悪くないって言えば、悪くない気がしてきた。

 

「さて、では、本題に入ろう」

 

 ペルギウスは玉座にどっしりと腰をおろし、そう言った。

 本題?

 本題ってなんだっけか。

 

 あ、そっか。

 ペルギウスの用件が子供じゃないってことは。

 別の用事があって、俺を呼び出したって事か。

 

「ルーデウス・グレイラット」

 

 先ほどとは打って変わった厳しい視線で、俺を見下ろしてくる。

 なんだろう。

 何をしたんだろう。

 

「貴様、アトーフェと盟約を結んだな」

 

 あ。

 そっちか……。

 ペルギウスとアトーフェは、仲が悪かった。

 アトーフェに声を掛ける前に、ペルギウスに一言言っといた方が良かったか……。

 

「ラプラスと戦おうというにも関わらず、あのような女に先に声を掛けるなど……なぜ、我に声を掛けん」

「それは、その……」

「が、それはよい。先ほど貴様の信念を聞いて、溜飲が下がった。捨て置こう。元々、我は一人でラプラスと戦うつもりであったからな」

 

 いいのか。

 

「ゆえに、用件は一つだ」

 

 ペルギウスが顎をしゃくると、一人の少女が前に出てくる。

 白い仮面を付けた、十六歳ぐらいの少女だ。

 いつしか、俺よりも、シルフィよりも、ずっと若くなってしまった少女。

 

 ナナホシ・シズカ。

 12の配下の中にしれっと混ざっていた彼女は、前に出てくると、仮面を外した。

 そして、神妙な顔で、言った。

 

「帰還用の魔法陣が、完成しました」

「そうか、ついにか」

 

 返事をしたのは俺の背後、オルステッドだ。

 ナナホシはオルステッドを見て、拳を胸の前で握りしめた。

 

「はい。オルステッド。ついに……まだ、完璧ではないかもしれませんが」

「やったな」

 

 オルステッドの言葉は、暖かかった。

 気安い言葉だが、だからこそ、オルステッドの心がこもっている感じがした。

 

「はい……はい!」

 

 ナナホシの声は上ずっていた。

 溢れ出ようとしている涙に顔を歪め、やや上をむいて、溢れる涙を抑えていた。

 俺も釣られて泣きそうになってしまう。

 

 帰還用の転移魔法陣。

 ナナホシが渇望していたもの。

 彼女がこの世界にきてから十数年、彼女はこのためだけに生きてきた。

 激しいホームシックに見まわれながら、家に帰る事だけを目指して。

 

 発想から仮説、却下からまた発想。

 そして理論が出来た後は技術の練磨をしながら、実験に次ぐ実験を繰り返した。

 彼女がペルギウスの所で修業を初めてから、もう5年近く経過している。

 長い時間だ。

 

 それが、ついに、完成したのだ。

 

「ルーデウス。忙しい所、呼び出して悪かったわね」

「いえ」

 

 呼び出しは、ナナホシからだったのか。

 確かに忙しいが……でも悪いことなど何もない。

 むしろ、今までロクに手伝いもできなくて申し訳ないぐらいだ。

 

「その、お子さん、おめでとう」

「ありがとうございます」

「なんか、驚いたわ……ちゃんと考えてるのね、色々と……」

 

 ちゃんと……か。

 それはどうだろうな。

 俺の事だから、考えの至らない所ばかりな気がする。

 

「最後の実験、かなりの魔力を必要とするの。あなたにもやるべき事は多いでしょうけど、力を貸してください」

 

 ナナホシはそう言って頭を下げた。

 その瞳には力があった。

 最後の一歩。

 ゴールが見えた者の顔だ。

 

「もちろんです」

「もしかすると、一ヶ月か二ヶ月はかかるけど、大丈夫?」

「……大丈夫」

 

 一ヶ月か。

 断る理由はあるが、断る道理は無い。

 ギースを倒すまで待て、と言いたい気持ちはあるが、口に出すほど嫌な奴ではない。

 

「ありがとうございます」

 

 ナナホシはそう言って、また頭を下げた。

 

 そして、ふと、シルフィの方を見た。

 いまだ、不安そうな顔をした彼女。

 ナナホシはそちらにトトッと走り、何かを耳打ちした。

 

 シルフィはビクッと身を震わせた後、驚いた顔でナナホシを見た。

 ナナホシは頷き、シルフィは俺の方をチラリと見て、頷いた。

 

「じゃあ、これから魔法陣の所に移動します」

 

 何を話したのかはわからないが、ナナホシはそう宣言した。

 謁見は終わりだ。

 

 

---

 

 

 その後、ペルギウスにもう一度挨拶をした後、謁見の間を後にした。

 詳しい説明を聞くべく、ナナホシの研究室へと移動することになった。

 

「……」

 

 廊下を歩いている時、ふと後ろから、服の裾を掴まれた。

 シルフィがいた。

 彼女は俯いたまま、消え入りそうな声で「ルディ」と呟いた。

 俺は無言で、周囲に先に行ってるように目で合図した。

 

 立ち止まり、皆が行って、ふたりきりになった後、俺はシルフィの肩に手を回した。

 ジークを潰さないように、優しく、細い体を抱きしめる。

 

「ルディ……なんか、ごめんね。ちょっと、不安になっちゃってたみたい。緑の髪を見て、昔の事、思い出して、これからの事、考えて。この子、誰にも祝福されてないんじゃないかなって思って……」

「仕方ないよ。誰だって、不安になる。俺も名前考えるの、忘れちゃってたし」

「うん……それに加えて、最近、ロキシーとエリスばっかり一緒に旅に出てたでしょ? だから、子供、ボク一人で守らないといけないんじゃないかって……」

「そんな事はない!」

 

 強い否定に、シルフィは一瞬驚いたが、すぐにはにかみながら笑った。

 

「うん。知ってる。知ってた。ごめん」

「あ、いや、謝らなくてもいいんだけど……」

「ちょっと、弱くなってたんだ」

 

 シルフィはジークの頭をなでた。

 先ほどから、ジークはおねむだ。いつから寝てしまったのだろうか。

 

「でも、もう大丈夫。なんかね、さっきのルディ見てたら、安心できたよ。ルディは、ちゃんと守ってくれるって」

 

 さっきの俺のどこに安心要素があったのか。

 盛大に空回りした挙句、子供の教育なんて出来てもいない事をするつもりだと言い放ち、煮え切らない答えを出した馬鹿な男の姿だったと思うのだが……。

 ともあれ、シルフィはスッキリした顔をしていた。

 

「その……シルフィエットさんや」

「なぁに、ルーデウスさん?」

「子供の名前つけるの忘れたとか、怒ってくれても、いいんだよ?」

「えぇ……でも、別に怒ってないしなぁ……どっちかというと、失望と不安が勝ったというか」

 

 シルフィは耳の後ろをぽりぽりと掻いた。

 もう、その表情には、暗い所はない。

 言ってる事はとても俺の心に響いてくるが、少なくとも、いつも通りのシルフィだ。

 

「……あ、そっか、だから怒った方がいいのか。そうだね、次からは怒るよ。ボクの事も子供の事も、忘れたらダメだからね!」

「はい」

 

 めっ、という感じで怒られた。

 何にしろ、もう、大丈夫そうだ。

 

 仕事と子供と。

 両立するのは難しいな……。

 もし、ギースとの決着がついて、少し落ち着ける状態になったら、もう少し子供の事を見てやりたいな。

 

「じゃあ、いこっか。ナナホシ、手伝ってあげないとね」

「ああ……そういえば、最後、ナナホシにはなんて?」

「ナイショだよ」

 

 シルフィははにかみながら笑った。

 俺は笑みを返し、皆のあとを追いかけ、歩き出した。

 シルフィと並んで。