無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第二百四十三話「冥王ビタ」

「うわぁ……!」

 

 飛び起きた。

 目を開いた瞬間、見慣れた部屋が飛び込んでくる。

 柔らかい毛布に、俺の足。

 寝室の出口となる扉。

 半開きになり、そよ風の吹き込む窓。

 振り返ると、トゥレントの種で作った枕。

 サイドテーブルには、ロキシー人形が置いてある。

 ここは、寝慣れたベッド。

 魔法都市シャリーアにある、俺の家だ。 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 何やら、変な夢を見ていた気がする。

 

「あれ……?」

 

 でも、どんな夢だったかは思い出せない。

 ただ、嫌な夢だ。

 じゃなきゃ、飛び起きるはずもない。

 

 まぁ、夢は夢だ。

 

「んー……んっ!」

 

 ベッドから降りて、伸びをする。

 今日もいい天気だ。

 あと少ししたら夏が終わり、秋が来る。

 楽しみで仕方がない。

 

 そう思いつつ階段を降りていくと、ドタドタと二人の子供が階段を駆け上がってきた。

 

 焦げ茶色の髪をして、獣耳のついた子供たちだ。

 

「転ぶなよー」

「はーい」

 

 俺は子供部屋へと走り込む子供たちを見送って、一階に降りた。

 廊下を通り、食堂へ。

 食堂では、一人の女性が食事の支度をしていた。

 豊満な肉体を地味な衣装に閉じ込め、しかし閉じ込めきれず、尻のあたりから尻尾が出ている。

 彼女は俺が部屋にはいると、尖った耳をピクピクと動かして振り返った。

 

「おはよう、リニア」

「おはようさんだにゃ」

 

 ややそっけない声音でそう言われ、

 俺はふと、嫌な夢を見た時の、あの漠然とした不安感に襲われ、彼女に抱きついた。

 

「リニア!」

「うにゃ!?」

 

 リニアは俺の妻だ。

 

 どうして彼女と結婚したのだったか。

 そう、思い出せば、学生時代。

 EDで悩んでいた俺は、あの手この手で自分の息子を治療しようとしていた。

 

 そこに現れたのが、リニアとプルセナだった。

 若く、みずみずしく、躍動感と野性味にあふれる肢体を持った二人。

 彼女らと喧嘩し、拘束し、裸に剥いた時は、まだ俺のEDは治らなかった。

 

 だが、それから1年、2年と学び舎や食堂で顔を会わせる度に、次第に互いを意識していった。

 そのうち、二人は露骨な誘惑をしてくるようになり、俺の息子はその度に少しずつ、少しずつ反応を取り戻していった。

 完治したのは、彼女らが7年生の時、秋。

 発情期で興奮した二人に、我慢できないとばかりに部屋に連れ込まれた時だ。

 

 懐かしい。

 あの夜は最高だった。

 

 その後、卒業式の日にリニアとプルセナが決闘し、プルセナが勝利。

 プルセナは大森林に戻り、リニアは俺の所にきた。

 それから毎年、秋が来るたびに子供を作った。

 

「フシャァ!」

「いてっ!」

 

 抱きついて胸をもみもみした所、手を引っかかれた。

 

「発情期じゃない時は禁止! そう決めたニャ!」

「抱きつくぐらい、いいだろ……」

「どうせダーリンの事だから、抱きつくだけでは済まさないニャ! 妻は夫の性奴隷じゃにゃいの!」

「そんなつもりはないんだけどなぁ……」

 

 俺はため息をつきつつ、テーブルについた。

 リニアは、終始あの調子だ。

 獣族の掟とやらで、発情期の時期にしか、やらせていただけない。

 もちろん、発情期になったら、向こうから誘ってくる。

 子供は可愛いし、発情期のリニアとの子作りは実に性的欲求を満足させてくれる。

 が、しかし、そうじゃない。

 もう少しなんというか、愛というか、そういうのを確かめるのに、ボディタッチぐらいあってもいいのではないだろうか。

 

「ほらー、みんにゃ! ご飯出来たから降りてくるにゃ!」

「はーい!」

 

 リニアが空鍋をカンカンと叩くと、二階から子どもたちが駆け下りてきた。

 先ほど登っていった子供だけではない、12人いる。

 獣族は一度に二人、三人と産む事があるので、子沢山だ。

 我が家の部屋は、子供の部屋だけで一杯だ。

 

「はやく食べて、仕事に行くにゃ! 生徒が待ってるにゃ!」

「はいはい」

 

 リニアにせっつかれ、俺は朝食を食べ始める。

 彼女はなかなか料理がうまい。

 結婚したばかりの頃は肉は焼く、魚は煮る、野菜は茹でる、しか出来なかったが、

 この数年の間に、シャリーアの家庭料理をいくつも習得していた。

 味付けはちょっと薄めだが、それは俺と種族が違うため、仕方ない事だ。

 

「ごちそうさま」

「はい。おそまつさまだニャ」

 

 食事が終わったら、いつも通り、ローブに着替えて出勤だ。

 俺は卒業と同時に魔術ギルドに入り、今では魔法大学の教師をやっている。

 教えているのは、無詠唱魔術の授業だ。

 実用性が極めて高い術式ということで、かなり人気のある講座だ。

 このまま無詠唱魔術の授業方法が確立され、俺の生徒が成果を出せば、ゆくゆくは教頭、校長も夢じゃないだろう。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

「いってらっしゃいだにゃん」

 

 一言声を掛けて、玄関へと向かう。

 妻と子供のため、今日も一日頑張るぞいっと。

 

「ん?」

 

 ふと、リビングへの扉が半開きになっているのが見えた。

 中から、人の気配がする。

 酷く、懐かしい気配だ。

 

「……」

 

 俺は誘われるように、扉を開けた。

 

 一人の男がいた。

 俺に背を向けて、片手をソファの背にまわして座っている。

 その後ろ頭は、明るめの茶髪を首のあたりでくくっていた。

 

「ん?」

 

 男が振り返る。

 

「よぅ」

 

 パウロだ。

 なぜこんな所にいるのだろうか。

 死んだんじゃ……。

 

 ああ、いや、死んでいない。

 転移の迷宮を諦めて、俺の所に戻ってきたんだ。

 それで、魔法都市シャリーアに来て、近所に住んでるんだ。

 うん、確かそうだった。

 リーリャもアイシャもノルンも、今はパウロの家に住んでいる。

 パウロは助けにいかなかった俺を責めたりもしたが、今は仲良くやれている。

 うん、確か、そんな感じだったはずだ。

 

「いい嫁さんだな」

「いい嫁って……初めて見たわけじゃないだろ?」

「いや、初めて見たぜ」

 

 パウロはヘラッと笑って、手をヒラヒラと振った。

 

「お前、今のままでいいのか?」

「なんだよ。何か言いたいことでもあるのか?」

「いや、別に? 何にもねぇよ。ただ、不満はないのかって聞いてんだよ」

「…………不満なんてない」

 

 リニアは、いい嫁さんだ。

 そりゃ、確かに一年の内、限られた期間しか触らせてすらもらえないのは不満っちゃ不満だけど……。

 それだって、別に口にするほどでもない。

 もうすぐ発情期だし、その時になったら必要以上にベタベタするし、俺の体が持たないレベルで愛してくれる。

 そして子供が出来る、男として、本能が満ち足りる。

 一年分を凝縮していると考えれば、大したことはない。

 

 仕事だってうまくいっている。

 俺は、魔法大学でも人気の教師だ。

 俺の教え方は、学校でもトップクラスにうまいと評判だ。

 慕う生徒も多いし、教師からの信頼も厚い。

 将来は明るい。

 

「そうか、不満はねぇか。そりゃ、何よりだな」

「……だろ?」

「でも、なんか、忘れてるんじゃないのか?」

 

 馬鹿な子供をたしなめる時のように、パウロは優しい声音で、しかし責めるような言葉を続けてくる。

 

「例えば、ほら、お前が今やってる仕事。誰の真似をしたら生徒からも教師からも人気になれたんだ?」

「そりゃあ……」

 

 誰だっけ。

 一瞬、青色の何かが目の前をよぎった気がしたが、すぐにかぶりを振る。

 だが、心にざわめきが大きくなった。

 

「教えてくれた人がいるだろう? この世界で、うまくやる方法をさ」

「……さっきから、何が言いたいんだよ! はっきり言えよ!」

 

 俺は苛立ちにそのまま体を任せ、ソファへと近づいた。

 パウロの前に回りこみ、胸ぐらをつかむ。

 そこで、手が止まった。

 

「じゃあ、はっきり言ってやる…………俺は、もう死んでるんだぜ?」

 

 パウロには下半身がなかった。

 

 

---

 

 

「うわぁっ!」

 

 ベッドから飛び起きた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息は荒く、喉はカラカラ、背中は汗でびっしょりだ。

 ひでぇ夢だ。

 ありえない夢を見た。

 なんだあれ……なんだあれ……。

 

「なんて悪夢だ……」

「……どうしました?」

「ああ、いや、なんか変な夢を見たんだ。

 魔法大学に通っていた頃……獣族のさ、リニアっていただろ?

 あいつと結婚して、子供まで作る夢。

 俺は教師になっていて、子供に無詠唱魔術を教えるんだ」

「それは、悪夢なのですか?」

 

 悪夢かどうか。

 そう言われてみると、悪夢ではなかった気がする。

 リニアと年の短い期間に燃えるような子作りをして、それ以外は子供の面倒を見つつ、生徒に勉強を教える毎日。

 ささやかながらも、幸せな家庭を築けていたと思う。

 だが――。

 

「そりゃ、悪夢さ」

 

 俺はそう言いつつ、寝ぼけ眼で天蓋付きのベッドから降りた己の妻を見た。

 

 彼女は美の女神だ。

 背は高くもなく、低くもなく、丁度いい。

 胸は大きくもなく、小さくもなく、丁度いい。

 尻は小ぶりだが、背と胸の大きさにちょうどマッチしている。

 全体的にほっそりとしているが、痩せているとか、太っているとか、どちらかの印象に偏る事はない。

 だが決して凡百であるという感想は出てこない。

 均整が取れる、という言葉を体現した、完璧な肉体。

 

 唯一完璧でない所があるとするなら、寝起きで髪がボサついている所だろう。

 普段なら、流れるように美しい金髪が、やや乱れてしまっている。

 だが、それが彼女の魅力を損ねることはない。

 ボサついた髪は彼女に生殖可能な人間としての魅力を与えている。

 端的にいうとエロい。

 この髪の乱れが、俺との昨晩の行為によるものだと思えば、3割増しでエロい。

 

「こんな素晴らしい女性を妻に娶って、欲しいものは全て手に入る立場にいる俺が、なんで田舎の町で教師なんてやらなきゃいけないんだ」

「褒めてくださっているのですか? お上手ですね」

 

 我が妻。

 アリエル・アネモイ・アスラ。

 彼女はくすくすと笑った。

 

「ですが、あなたはそうした生活にあこがれているのかもしれませんよ。

 最近は急な政務も多かったでしょう?

 王族の生活は、決して楽ではありませんからね。

 私達の仕事は、どんな小さな仕事でも大きな責任が伴いますが、その大きな責任と等しい幸福感を得られるとは限りません。

 人が感じられる幸福というものは、そう大きくはないものですしね。

 恐らく、田舎の町で、教師をして、子どもたちに囲まれて過ごすのと、

 今のように王族として暮らすのでは、責任と幸福のバランスが違ってきますし……。

 私のような女より、リニアのような子の方が、あなたの好みなのかもしれません」

 

 何を馬鹿な。

 アリエルは最高の女だ。何一つ欠点がない。

 俺に悪い所があればそれとなく窘めてくれるし、人の前では俺を立ててもくれる。

 女性関係に関しても何も言わず、側室をたくさん抱え込む事も許してくれた。

 その上、仕事もできるし、周囲からの信頼も厚い。

 理想の上司であり、国民的アイドルでもある、そんな女性だ。

 

 いや、もしかすると、欠点はあるのかもしれない。

 理屈っぽい所が多いし、感情より理論を重んじすぎる所もある。

 あと、性癖がちょっと特殊だな。

 が、少なくとも、俺にとってそれは欠点になりえない。

 

「ああ、申し訳ありません。少し、口が過ぎましたか?」

「いや、もしかすると、そうなのかもしれないって思ってただけだよ」

「もし、休暇が必要となったら、言ってください。

 最近は国も落ち着いて来ましたし、少しぐらいなら、息を抜いてもいいでしょう。

 どこかに出かけるとか……側室の相手をなさるのも良いのではないですか?」

「もし休暇がもらえるなら、丸一日お前を抱いていたいよ」

「もう……冗談ばかり」

「本心さ」

 

 アリエルを最初に抱いてから、どれだけ経っただろうか。

 最初の頃こそ、側室をたくさん迎え入れて、酒池肉林を目指したものだが、最近はそんな気にならない。

 彼女一人でいい。

 もし、現状で何が一番幸福かと聞かれたら、アリエル・アネモイ・アスラという女性を好きに出来ることだろう。

 

「くすくす、では、今度、そういう時間を作りましょうか」

 

 アリエルはクスクスと笑いながら、侍女に服を着せられている。

 俺もベッドから立ち上がり、両手を広げた。

 すぐに侍女が駆け寄ってきた。

 二人の侍女が手分けしてテキパキと俺に服を着せてくれるのを見ていると、自分が偉くなったのを実感する。

 

 魔法大学にかよっていた頃が懐かしい。

 

 魔法大学に入学して、俺はアリエルに出会った。

 政争に負けて国を追われ、しかし諦めずに人材を集めていたアリエル。

 魔法大学で唯一無詠唱魔術を習得していた俺は、彼女にスカウトされた。

 彼女は当初から美しく、カリスマ性を持っていたが、

 俺はちょうどEDを患っていた事もあり、そっけない態度をとっていた。

 

 変わったのは、彼女がEDを治してくれたからだ。

 やり方は少々乱暴だった。

 媚薬を使って無理やり俺を興奮させて、自分を襲わせたのだ。

 

 当初、俺はそれが彼女の策略だとは気づかなかった。

 とんでもないことをやらかしてしまった、という罪悪感と贖罪から、彼女の仲間となった。

 

 最初は、戦闘力の高い護衛のような立場だった。

 特に権限を与えられたわけでもなく、ただアリエルを守るだけの存在。

 それが変わり始めたのは、やはりアリエルと身近で接したからだろう。

 

 努めて王族であろうとしているアリエル。

 しかし、時折、歳相応の少女のような顔を見せるアリエル。

 そんな彼女に、俺は少しずつ、惹かれていった。

 最初から下心があったのは否定しないが、体だけでなく、心にも惹かれたのだ。

 

 同僚のルークとは、何度も衝突した。

 彼もきっと、アリエルの事が好きだったのだろう。

 しかし、アスラ王国での決戦においてルークは死に、俺とアリエルが残った。

 

 最終的に俺はアリエルに告白し、全てを手に入れた。

 世界最高の女性、そして世界最大の国……。

 

 俺はアスラ王国の国王となったのだ。

 

 ルーデウス・アネモイ・アスラ。

 それが、俺の今の名前である。

 

 あくまでアリエルのおまけ、傀儡のような立場だ。

 アリエルが女王として君臨するより、そちらの方がやりやすいという、それだけの理由だ。

 元々、俺の血筋はアスラ王国ではかなり上等だし、誰も文句を言う者はいなかった。

 

 魔導王ルーデウス。

 世間では、そんな風に呼ばれているようだ。

 パワーアップすると、スーパールーデウスになるのかもしれない。

 

 まあ、アリエルが俺を愛しているかというと、イマイチわからない所もある。

 俺は、俺の力や立場を利用されているだけ、という感じが無いとは言い切れない。

 結婚したのも、あくまで国をスムーズに統治するためだし。

 そういう所を不安に思う所もあって、側室を大量に入れたってのもある。

 

 しかし最近では、アリエルが本心でどう思ってようと関係ないと思うようになった。

 アリエルは、結婚してから、ずっと俺を愛する姿勢を貫いている。

 彼女は努力家だ。

 努めて、俺を愛そうとしてくれているのだろう。

 もしかするとそれは偽りの行為かもしれないが、少なくとも、俺は十分に満たされた気持ちになっている。

 騙されているのだとしても、気持ちよく、騙されていると言える。

 もっとも、利より害の方が大きくなれば、アリエルは俺を裏切るだろう。 

 そうなるかどうかは、俺の努力次第ってわけだ。

 がんばろう。

 

「さぁ、行きましょう。今日も政務は山積みですから」

「ああ」

 

 アリエルと並んで寝室を出る。

 入り口を守っていた二人の騎士が頭を下げる。

 廊下を歩けば、誰もが立ち止まり、頭を下げてくる。

 

 これが権力だ。

 もし俺が、頭の下げ方が気に食わない、とか言えば、そいつは真っ青になって膝をつくだろう。

 足を舐めろと言えば、舐めるかもしれない。

 ふふ、もちろん、そんな事はしないが、それが出来る立場というのは、なんとも心地いい。

 

 さて、最初の仕事は、夜のうちに発生した事案からだ。

 昨晩、緊急で起こされる事はなかったから、急ぎの仕事は無いはずだ。

 

 それをまったりと2時間ぐらい掛けて片付けて、昼前に騎士団長らと会合。

 食事を取った後、アポイントメントのある貴族達と謁見。

 昼下がりからは、陳情書でも片付けるか。

 休みの予定も立てられるといいな、そろそろ、アリエルとの子供も欲しい。

 俺の役割の一つには、種馬もあるだろうし。

 

「陛下!」

 

 と、思っていたら、騎士団長が走ってきた。

 すぐに俺の前に膝をついて、大声を張り上げた。

 

「東の森で発生した魔物を討伐に行った騎士が、瀕死で戻って参りました! 最後に、陛下に直接お言葉を賜りたいと!」

「えっ!」

 

 東の森で魔物が発生?

 そんなのあったっけか……。

 

「報告は受けていませんね」

 

 あ、ですよね。

 

「陛下のために戦った騎士の最後です! どうか、どうか最後の願いをお聞き届けください!」

「あなた。必要ありませんよ」

 

 アリエルが冷たい。

 だが、別に今日はそれほど忙しいわけじゃない。

 

「いや、会おうじゃないか」

 

 国のために戦ってくれた騎士の願いだ。

 それぐらい、最後に聞いてやろう。

 名前を聞き、憶えてやろう。

 

 そう思い、俺は謁見の間へと急いだ。

 アリエルは不満そうだったが、それを出し続ける事もなく、追従してくる。

 

 謁見の間には配下が集まっていた。

 ノトス公、ボレアス公、エウロス公、ゼピュロス公。

 その他、アスラ王国貴族のお歴々。

 そして、そんな彼らに囲まれるように、一人の男が赤いビロードの絨毯の上で待っていた。

 

 担架に乗せられ、毛布が掛けられている。

 その顔は、見覚えのあるものだった。

 

「父さん……」

 

 パウロ。

 なぜパウロがここにいる。

 ああ、そうだ。

 パウロは、俺が王になったと聞いて、真っ先に配下に加わってくれたのだ。

 ノトスと相性も悪かったろうに、実家に頭を下げてまで。

 騎士として、俺を守ろうとしてくれたのだ。

 

「よぉ、ルディ」

 

 パウロは、怪我などしていないかのように、気安い感じで手を上げた。

 

「父さん……魔物、退治してくれたって、騎士団長から……」

「魔物? なんの話だそりゃ」

「え?」

 

 俺が首をかしげると、パウロはやれやれと肩をすくめた。

 

「俺が来たのは、そんな理由じゃねえ」

「だから、それはなんだって……っ!」

 

 俺の言葉の途中で、パウロが毛布を払いのけた。

 下半身が無い。

 明らかに死んでいる負傷を負いながらも、パウロは喋ってくる。

 

「さっきの話の続きだ」

 

 

---

 

 

「わぁっ!」

 

 目が覚めた。

 悪い夢を見た。

 悪夢だ。

 

「あなた、どうしたの?」

 

 額の汗を手のひらで拭っていると、脇にいた女性が話しかけてきた。

 豊満な体に、おしゃまな笑顔。

 我が妻、アイシャだ。

 

 彼女とは、えっと、どうやって結婚したんだっけか。

 確か、そう。

 ええと、風呂に入っていた時に我慢できなくなったんだ。

 アイシャは日々、誘惑してきたし、年をへる毎に体つきも……でも、あれ?

 

「ねぇ、どうしたの……? あ、結婚したあとも、お兄ちゃん、って呼んだ方がいい?

 もう、しょうがないなぁ、お兄ちゃんはほんと、変態なんだから」

「……」

 

 ……アイシャの向こうに、パウロがいた。

 下半身を失ったパウロが、椅子に座っている。

 こっちを見て、ヘラッと笑っている。

 

「無駄だよ。お前もわかっているだろう?」

 

 パウロがそう呟いた。

 

 わかっているか。

 ああ。

 まあ、そうだな。

 俺も、そろそろわかってきた。

 悪夢が続く理由。

 違和感しか感じないこの感覚。

 

 さっきから、俺は何度も目覚めている。

 全部夢だった。

 なら、これも夢だ。

 

「ようやく気づいたか。『冥王』ビタ。茶番は終わりだ」

 

 冥王。

 そうだ。

 冥王ビタ。

 

 思い出した。

 

 

---

 

 

 気づけば、扉のない部屋にいた。

 扉のない部屋には、椅子が三つ。

 他に家具は無いが、感じとしては俺の部屋に似ているだろうか。

 生前の俺の部屋と、今の俺の寝室。

 二つを足して割ったような感じ。

 

 そんな部屋で、俺は椅子の一つに座っていた。

 目の前には、二人。

 いや、二匹か?

 

 一匹は、骸骨だった。

 冠をかぶり、全体が黒っぽく汚れた骸骨。

 

 もう一匹は、スライムだ。

 多分、スライムだろう。

 青色のゼリーのような形をした物体が、椅子に座っている。

 少なくとも、座っているように見える。

 

「初めまして。私が『冥王』ビタです」

 

 スライムは言った。

 半透明の青いスライム。

 それが、冥王ビタの正体であったらしい。

 

 じゃあ、もう一人の骸骨は何者だろうか。

 パウロじゃないよな……?

 パウロの骨格がどんなのかは覚えてないが、あんな冠はパウロに似合わない。

 

「この戦い、私の負けです」

 

 スライムは真面目くさった顔で……いや、顔がどこにあるのかわからないか。

 真面目くさった声で言った。

 

 負け、ということは、戦いであったのだ。

 彼は俺に夢を見せた。

 とても、幸せな夢だ。

 俺が気づかなければ、永遠に続く、幸せな夢。

 

「……あんたは俺に幻術か何かを使って、幻を見せていたわけだ」

「ええ。あなたの記憶から、起こり得た未来を予測し、そこに君の欲望をブレンドした。特上の幻覚をね」

 

 幻術か。

 そういうのも、あるのだな。

 起こり得た未来……の割には、思い出すとボロが多かった気もする。

 シルフィもロキシーもエリスもいない世界だった。

 

「君は性欲がとても強いので、簡単でした」

「禁欲中なもので」

 

 いやはや、恥ずかしい。

 相手がリニアとアリエルとアイシャってのが、また。

 確かに、ちょっとはね?

 ちっとも、そういう気持ちがなかったと言えば、嘘になるかもしれないけど。

 いや無い、アイシャに対しては無い、無いったら無い!

 

「でも、俺の妻への想いと、パウロの思い出が、幻術を打ち破ったって所ですかね?」

 

 こういう幻術系は、前世の世界では、何度も目にした。

 主に漫画の知識だが……とにかく、破り方は知っていた。

 それが、無意識中に発揮され、今回の結果につながったのだろう。

 

「…………いや、まさか。あなたは幻術に、完全に掛かっていましたよ。確かに、君は特殊な精神体をしているせいで掛かりが浅かったのはありますが……でも、あそこまで掛かったら、絶対に破れない」

 

 あれ?

 

「じゃあ、なんで破れたんだ?」

「それは……これです」

 

 ビタが指す先には、骸骨があった。

 姿勢よく座る骸骨。

 

「これは?」

「とぼけるのはおよしなさい……私と戦うことを予見し、最初から用意してあったのでしょう? 私の天敵である『ラクサスの骨指輪』を」

「…………」

「思えば、ルイジェルドを前に、これみよがしに変装の指輪を取ってみせたのも、左手の指輪を隠すためだったわけだ……」

 

 ラクサスの骨指輪。

 そんなもの、用意した記憶は無……。

 

「ラクサスの骨指輪は、死神ラクサスが私を殺すために作った指輪です。

 最も頼れる亡者の姿で幻術を破り、術者の逃げ場を奪い、追い詰める。

 もっとも、頼れる亡者がいなければ、その指輪も発動しないのですが……」

 

 死神ラクサス……死神の指輪か!

 ランドルフからもらったやつ!

 付けていた! 確かに付けていた!

 

「少々、あなたを見くびり過ぎていたようだ」

 

 俺はそんな所まで予見していない。

 指輪も隠したつもりはない。

 

「失敗した……。

 こんな事なら、ルイジェルドを操り、君を脅しておけばよかった。

 ルイジェルドが村を滅ぼす覚悟で君に付こうなどと考えていたから、焦ってしまった。

 君が警戒しているように見えないから、簡単に事が運ぶと思ってしまった。

 それが、まさか私に対する策を用意してあったとは……まさか私を追い詰める罠だったとは……」

 

 罠じゃなかったです。

 なんか、すいません……。

 

 だが、あるいはオルステッドか、死神ランドルフは、こういう状況を予測していたのかもしれない。

 オルステッドは対策ぐらい予め教えておいて欲しいもんだが……。

 いや、そういえば、指輪を付けておけ、とは言っていたな。

 だから、それ以上は黙っていたのかもしれない。

 つけているだけで効力があるなら、もう冥王は敵じゃねえ、みたいな。

 言葉足らずだよ。

 

 まあ、オルステッドが必要な情報を伝えきらないのは今に始まったことじゃないし、

 俺が必要な情報を聞ききれないのも、今に始まったことじゃない。

 

「…………慢心が敗北に繋がる事って、ありますよね」

「ええ、本当に」

 

 ビタは悔しそうに言いながら、縮んでいく。

 まるで、急速に力を失っているかのように。

 同時に、骸骨の方も、ボロボロと崩れていく。

 

「粘族史上最強の王として数百年、まさかこのような所で終わるとは、思ってもいませんでした。『泥沼』のルーデウスよ。見事です」

 

 ……どう返せばいいんだろう。

 こんな流れは予測していなかった。

 運です、と言った方がいいんだろうか。

 ランドルフに会いに行ったのは、俺の意思だから、一概に運とも言えないか。

 なら、自分で史上最強とか言うなよ、と言った方がいいんだろうか。

 いや、そんな事より聞かなきゃならない事がある。

 

「一つ聞きたい。お前は、ヒトガミの使徒か?」

「そうですよ。かの神には、実に世話になりました。

 死神ラクサスの魔の手から逃してもらい、天大陸の地獄への道を教えてくれた。

 お陰で、長いこと生きてこれたのですが……。

 出てきた結果がこれとは。

 因果か、それとも運命か」

 

 ビタは、どんどん縮んでいく。

 最初、この部屋にいた時は、人のサイズだったのに、もうこぶし大しか無い。

 

「ルーデウスよ、最後に一つだけ、言っておきましょう」

「……」

「人神は悪い神だが、私のようにただ助けられ、信望する者も、少なからずいるのだよ」

 

 ビタは、そう言う間にも指先ほどのサイズに縮小していく。

 同時に、ガイコツもまた、砂になって消えていく。

 

「まて! 他の使徒が誰かも……!」

 

 俺の意識も、次第に薄れていった。

 

 

---

 

 

 目が覚める。

 意識はハッキリとしていた。

 夢の内容も、最後の部屋の会話も憶えている。

 

「うっ……」

 

 唐突に腹が激痛に見まわれ、吐き気が襲ってきた。

 

「おえぇぇ……」

 

 四つん這いになった俺の口から、ビチャビチャの液体が吐き出された。

 青い液体だ。

 青いスライム状の何かが、胃液や晩飯と混ざり、地面に広がっていく。

 冥王ビタの死体……かな?

 

 と、思ったら、左手の指に違和感があった。

 篭手を取ってみると、死神の指輪が砕け、ボロリと地面に落ちた。

 指輪はビチャっと音を立てて、ゲロに沈んだ。

 

「……」

 

 この指輪が壊れたということは、

 先ほど、ビタが言っていた事は、本当なのだろう。

 ……つまり、ビタは自ら俺の中に入り、指輪の効果で自爆してしまった形か。

 哀れだ。

 

 とはいえ、ビタの判断ミスではないだろう。

 俺を操れば、ヒトガミ陣営は勝ったも同然だ。

 そして、あの瞬間、俺にそれを防ぐ手立てはなかった……。

 偶然。

 いや、必然というべきか。

 

 死神ラクサスの骨指輪。

 キシリカに言う事を聞かせるだけではなかったということだ。

 まぁ、もしかするとランドルフも本当の効果を知らなかった可能性があるが。

 

「あっと、そういえばルイジェルドさんは?」

 

 周囲を見渡す。

 ここは建物の中か。

 床、壁、間取り……見覚えがある。

 ルイジェルドの家だ。

 

 流れからすると、ルイジェルドからビタをうつされた後、ここに運ばれたって所か……?

 

「……」

 

 外が明るい。

 あれから何時間経過したのだろうか。

 もう夜は明けているようだ。

 ゲロはあとで掃除しよう。

 

「ルイジェルドさん?」

 

 俺は家主の名を呼ぶが、返事はない。

 

 外に出ているのか。

 それとも、別の要因か。

 ひとまず体を起こし、周囲を見渡す。

 どういう状況になっているのか、確かめる必要がある。

 

 いや、いた。

 ルイジェルドは囲炉裏の向こう側で横になっていた。

 

「ルイジェ……」

 

 彼は、真っ青な顔で、ひゅーひゅーと息を吐いていた。

 己の体を抱きしめるように、ガクガクと震えながら。

 

 俺はそれを見た瞬間、言葉を失った。

 明らかに正常ではない。

 

 

『ビタが病気の進行を抑えている。

 ビタを殺せば分体も死に、疫病が蔓延する』

 

 

 そんな一言が思い出された。

 つまり、このルイジェルドの状態は……。

 

「疫病……か」

 

 冥王ビタは、ただ死んだわけではなかったらしい。

 自爆は自爆だったのだろうが……。

 

 自爆テロだ。