無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第二百四十五話「天才」

 クリフが最初に向かったのは、患者の所だった。

 

「患者の容態から見るのは、基本中の基本だ」

 

 そう言いながら、クリフは全ての患者を診察していた。

 といっても、医師団がやっていた事と、そう変わらない。

 症状の重い者の容態を魔眼で見て、症状の軽い者から話を聞き、医師団の作成したカルテと照合する。

 その程度の事だ。

 

「ミリス教に話すことなど……ゴホッ、ゴホッ!」

 

 患者にはクリフの服装を見て怯え、中には明確に敵意を持つ者もいた。

 スペルド族を最も激しく迫害したのはミリス教団だった。

 それを憶えている者も多いのだ。

 

「いいから答えろ、最初に違和感を感じた場所はどこだ?」

 

 もっとも、クリフは一切気にする事は無かった。

 助けようとしている相手が誰一人として協力的では無いという状況、俺なら途中で心が折れそうになるだろう。

 さすがクリフだ。

 

「なるほどな」

 

 ひと通り患者を診終えた後、クリフは何かに納得していた。

 が、多分、まだ何もわかってない気がする。

 いくらクリフが天才といっても、わかることとわからない事はある……気がする。

 大体、クリフは神父であり、治癒術師であり、研究者ではあるかもしれないが、医者じゃないし。

 

「次は、担当医の話だ」

 

 クリフはそう言って、医師団から聞き込みを行った。

 どういった診察を行い、これからどうするつもりなのか。

 それらをアスラから来た二人の医者にそれぞれ聞いた。

 

「基本的には、解毒魔術と薬を併用して、様子を見るつもりです」

「アスラ王国の医師も、大したことはないな」

 

 フンと鼻息一つ。

 唖然とする俺と医師。

 クリフがこんな傲岸不遜な態度を取るなんて……。

 やはり、スペルド族の態度が気になっていたのだろうか。

 

「それで治るんだったら、とっくにルーデウスかオルステッドが治している」

「では、クリフ殿はどうすると?」

「それを、今から調べるんだ」

 

 医者の顔が歪む。

 ああ、医者の人、抑えて。

 もしダメだったら、思いっきりなじってくれても構いませんから。

 今は、今はまだ、抑えて。

 

 しかし、少し不安になってきた。

 さっきは頼りになると思えたが、大丈夫なんだろうか。

 向こうでルイジェルドの看護をしているノルンも不安なのか、心配そうにこちらを見ている。

 

「よし、ルーデウス、外に行こう」

 

 医者と別れた後、俺達は講堂を出た。

 

 

---

 

 

 講堂を出た所でクリフは足を止めて、成果を確認する。

 

「さて、一つわかった事がある。長老にも話は聞いたが、スペルド族がこの病に掛かった事は、今までなかったそうだ」

「今までって、長老って何歳でしたっけ」

「1000歳は超えているそうだ」

 

 スペルド族って寿命長いなぁ……。

 

「疫病に掛かったのは、この土地に来てから。つまり病気の原因は、この土地にあると見た」

「ヒトガミが毒を持ち込んだ可能性は?」

「違うな。そういう類なら、この眼でわかる」

 

 クリフはそう言って、村の中を見て回り始めた。

 まずは畑。

 植えられている野菜を一つずつ丁寧に眼帯を外し、時には割って中身を見ながら確かめている。

 今も、みずみずしいトマトが真っ二つだ。

 それにしても、スペルド族が普通に農作をしていると知れれば、もう少し世間の評価も変わるのではないだろうか。

 人間ってのは、自分と同じことをしている存在に親近感を湧かせるものだし。

 

「次だ」

 

 次に向かったのは、獣の解体場だ。

 そこは、やや血の跡が残っているものの、綺麗に片付けられている。

 村人が倒れた直後は解体の途中だったらしいが、

 さすがに生肉をそのままにしておくと危険だということで、シャンドルの指示で村の外へと捨てられた。

 クリフはそこにある刃物や、まな板のようなものを、丹念に識別眼で見ていた。

 

「……なるほど。ルーデウス、ここで捌かれた肉は、どこに保存されている?」

「ええと……こちらに」

 

 何がなるほどなのか、わからないが、俺は食料庫へと案内した。

 やや地下に作られたそこには、干し肉や、塩付け肉、その他、保存に適した野菜なんかが大量に詰め込まれている。

 クリフは、そこでも識別眼を使い、一つ一つ鑑定していた。

 

「何か……わかりましたか?」

「焦るな、全部見てからだ」

 

 クリフは食料庫を出た後、村の家を見て回り始めた。

 家の中に入り、厨房や寝床、はては着替えまで漁っていた。

 不法侵入である。

 勇者クリフだ。

 

 それにしても、スペルド族の家屋を見て回ると、ルイジェルドの家の飾り気の無さがわかる。

 他の家では花が飾ってあったり、絵が描いてあったり……賑やかさと生活臭を感じる。

 この小さな服は、子供用だろうか。

 

 もちろん、症状が軽くて家に人がいる場合は、許可を取った。

 

「ミリス教……!」

「お、お母さん……」

「大丈夫です。落ち着いてください。彼は安全です」

 

 神父姿であるクリフを見て、槍を構えて威嚇する者もいたが、許可を取るのに障害は無い。

 

「嘘よ! ミリス教は、私達を見ただけで……あ、ああ……」

「お母さん? お母さん!?」

 

 何かを思い出したのか、震える母親。

 それを見て、泣きそうになりながら母に縋りつく娘。

 スペルド族とミリス教団。

 その間に、埋められない溝があるのを感じる。

 俺やクリフにとって、スペルド族の迫害というのは、大昔の出来事だ。

 だが、この村には、まだまだ生の被害者がいるということなのだ。

 

「それで、君たちは普段、どんなものを食べているんだ? 調理方法は?」

 

 クリフは空気を読まない。

 怯える母と、不安そうに震える子供など眼中に無いかのように、質問を繰り返す。

 

「はやく答えたまえ。そう長い時間が残されているわけじゃないんだ」

 

 答えるまで。

 

 

---

 

 

「ふむ」

 

 そうして、クリフは全ての家を見て回った。

 だが、特に何かがあったわけではないと思う。

 少なくとも、スペルド族の文化に触れただけ、という感じだ。

 

「あの、クリフ先輩」

「ルーデウス。案ずることはない、彼らは僕に怯えたわけじゃない。この服におびえていただけだ。

 そして、僕がこの服を着たまま病気を治せば、彼らも考えを改める。そうだろう?」

 

 そんな簡単かな。

 と、思いつつも、少なくとも娘の方は改めてくれるかもしれない。

 それぐらいチョロくあってほしい。

 

「さて、次だ」

 

 クリフはそう言いつつ、村の各所を見て回った。

 村の中心にある泉、井戸、倉庫、資材置場、はては村の外にあるゴミ捨て場まで。

 

「……」

 

 クリフは、それらを丁寧に調べていた。

 表情は真面目そのものだ。

 真面目にゴミ捨て場をあさり、腐った獣の肉をかき分けていた。

 識別眼には、一体何が映っているのか。

 俺にできるのは、時折クリフの発する質問に答えることだけだ。

 

 そして、村の全てを見終わり、日がすっかりと暮れた頃。

 俺たちは診療所へと戻ってきた。

 

「それで、クリフ先輩、どうですか?」

「いくつか、わかったことがある」

「おお」

「リーゼ、僕の薬箱を持ってきてくれ!」

 

 診療所の中でクリフが大声を出すと、看護に参加していたエリナリーゼが即座に立ち上がり、走りだした。

 彼女は診療所の隅においてあった大きなバックパックを掴むと、即座にこちらへと戻ってきた。

 

「はいですわ!」

「ありがとう、リーゼ」

 

 エリナリーゼが嬉しそうだ。

 久しぶりにクリフに会えたからだろうか。

 子供は……うちにでも預けてきたかな?

 

「いいか、ルーデウス。病気の経路は決まっているものだ」

「ほぉ」

「といっても、僕も医者じゃないから、詳しい事はわからないんだが……。

 ひとまず、スペルド族はこの地に来てから病気に掛かったということだ。

 だから、この地でとれる食料なんかを中心に、識別眼で見てみた」

「おお、それで!?」

「異常は見られなかった」

 

 あらぁ……?

 

「土も、水も、特に病原体となりそうな何かが潜んでいる感じはしない」

「そういうの、識別眼でわかるもんなんですか?」

「ああ、少なくとも、食べるものに関しては信用できる」

 

 キシリカ謹製の魔眼だもんな、そりゃ食べ物に関しては信用できるか。

 食って腹を壊したり病気になるものは一発か。

 

「ただ、どれもこんな感じで表示されるんだ、『非常に密度の高い魔力の篭った美味しそうなトマトじゃ』とね」

 

 識別眼で表示されるのって、口語なんだ。

 

「野菜だけじゃない。土も、水も、そうだ。

 非常に密度の高い魔力が篭っている」

「……」

「ミリスでも、食べ物に密度の高い魔力が篭っている、と出た事はある。

 でも、本当に稀だ。

 土にだって、水にだって、出たことはない」

 

 魔力密度か。

 そういえば、アイシャも言ってたな。

 俺の作った土で米を作ると、よく育つって。

 あれも、密度が高いからだったのだろうか。

 

「それで?」

「うん。それで、聞きたいんだが、魔大陸では、農作は盛んだったか?」

「魔大陸のスペルド族の生活は知りませんが、大陸には野菜類はほとんどありませんでした。無くはないですが、種類も乏しかったし、主食は肉でした」

「そうか、やっぱりな」

 

 クリフはピッと指を立て、仮説を話し始めた。

 

「恐らく、魔力密度の高い土で野菜を作ると、魔力密度の高い農作物が育つんだ」

 

「もっとも、土といっても色々ある。魔大陸の土は魔力密度は高そうだが、栄養がないから野菜が育つ事は少ない」

 

「大森林でも、こうした病は見られないから、この森が特別なんだろう。

 この土地は、土も水もどれも魔力が濃すぎるんだ。

 その上、ここの土は非常に高い栄養を持っている。

 結果、生まれてくるのは、魔力密度の高い植物だ。

 もしかすると、魔物が一種類しかいない事が関係しているのかもしれないが、原因については置いておこう」

 

「といっても、これは本来なら、あまり問題は無い。

 僕らは普段そんなことを気にせず生活しているしね。

 これが関係あるなら、もっと似たような症例が多くてもおかしくはないはずだ。

 つまり、本来なら、僕らは取り込んだ魔力をきちんと排出する事が出来る。

 スペルド族だって、それは変わらないはずだ」

 

「だが、取り込み続けたらどうか。

 10年や20年じゃない。

 100年、200年と濃度の高い魔力を摂取し続けたらどうなるか……」

 

「この手の疫病にも関わらず、感染者は大人が多く、子供に無事な者が多い」

 

 と、そこまで説明して、クリフはこちらを向いた。

 確かに、疫病の割に、子供で無事な者が多かった。

 スペルド族はどれが老人かわかりにくいが、免疫力の問題ではないということだろうか。

 

「そして、僕らは知っているはずだ。

 取り込んだ魔力を、体から排出しきれなかった例を」

 

 排出しきれなかった例……?

 あ、ナナホシの事か!

 

「じゃあ、これはドライン病だと?」

 

 思い当たるフシはある。

 初期症状は風邪に似ていて、発病と同時に倒れる。

 でも、それだったらオルステッドも……。

 いや、ドライン病は古い病だ。

 もしかすると、オルステッドも治療法を、それどころか病名すらも知らなかった可能性もある。

 うん。

 ループ中に患う奴がいなければ、オルステッドもわかるまい。

 俺のように、キシリカに聞くって事も難しいだろうし。

 

「でも、違う部分も多い。ルイジェルドさんは、この村に来てから、そう時間は経過していないはずだ」

「確かにな……でも、彼には冥王ビタの本体が憑依していたんだろう?

 もしかすると、そのせいかもしれない。

 何にせよ、試してみる価値はあるだろう?」

 

 クリフはそう言って、袋の中から、一つの箱を取り出した。

 箱の中には、様々な葉や種のようなものが、ギッシリと詰まっていた。

 クリフはその内の一つを取り出す。

 乾燥してはいるが、ソーカス草だ。

 

「こんな事もあろうかと、ちょっともらっておいたんだ」

 

 用意がいいな。

 

「さらに、これも使う」

 

 クリフが取り出したのは、箱の端にあった赤い実だ。

 

「それは?」

「毒薬の元になるものだ。体内の魔力を狂わせる」

「毒薬……ですか?」

「ああ。毒といっても、魔術師に飲ませる事で、魔術を使わせなくする程度のものだ」

 

 そんなものを飲ませて大丈夫なのだろうか。

 

「識別眼によると、大昔にはソーカス茶と一緒に飲んでいたものらしい。

 『ソーカス茶の働きを良くする、茶請けにも良く、程よい酩酊感がある』と書いてある」

 

 つまり、キシリカ判定では毒ではない、と。

 

「ただ、問題は……今、スペルド族にこれらを飲ませた場合、どうなるかわからないって事だ」

「……」

「僕の見立てだと、これで治る。けど、もしかすると逆効果かもしれない」

 

 多分、大丈夫。

 とは思うが、もしかすると病気が悪化して、死に至る可能性もある。

 何も保証がない。

 

「まぁ、考えても仕方がない。聞いてみよう」

 

 クリフは一瞬の逡巡の後、そう言った。

 そして、思い切りよく診療所内に向けて、大声を張り上げた。

 

「君たちの病気に対し、一つの薬を試したい! 飲んでもいいという者はいるか!」

「あ、ちょ、クリフ先輩!」

 

 クリフの言葉で、診療所内がシンと静まり返った。

 クリフを見て、クリフの服を見て、顔を青ざめたり、露骨に目をそらす者もいる。

 

「一人でいい! 飲めば治る保証はない!」

 

 効果を見たいなら全員に飲ませる必要は無い。

 一人でいいのだ。

 だが、その言葉に応える者はいない。

 

「ミリス教は、信用できん……」

 

 誰かがぽつりとそう言った。

 見ると、族長会議にもいた男だった。

 リーダー格がこれでは、さすがに無理か。

 

 しかし、どうする?

 無理やり飲ませるわけにもいかないが……。

 

「俺が、飲む……」

 

 手を上げる者がいた。

 彼はよろよろと体を起こし、鋭い目でこちらを見ていた。

 その上体を支えているのは、ノルンだ。

 

「ルイジェルドさん、目が覚めたんですか?」

「あ、はい。兄さん、さっき目が覚めて……」

 

 俺の問いに答えたのはノルンだ。

 しかし、その声をかき消すように、周囲から声が上がった。

 

「ルイジェルド、お前はミリス教の者を信じるのか?」

「そうだ! 戦役の後、我らを最も追い立てたのが誰か、貴様も知っているはずだ」

 

 主に、スペルド族の若者の発言である。

 さらに、それに釣られるように、医師団も口を挟んだ。

 

「そんなわけのわからんものをいきなり飲ませるなど、聞いたこともない!」

「君、医療術はちゃんと学んだのかね!?」

 

 医師団の不安が周囲に伝播したのか、

 沈黙を保っていたスペルド族からも、文句が漏れ始める。

 わけのわからない薬。

 それも、ミリス教団の服を着た者が持ってきた。

 不安を口にする者、怒りを露わにする者。

 診療所に、混乱が広がっていく。

 

「全滅したいのか!」

 

 ルイジェルドの一喝は、診療所内に再び静寂をもたらした。

 文句を言っていた者は、青い顔をして黙った。

 不安に思っていた者も、顔を伏せた。

 言い放ったルイジェルドは、ゴホゴホと咳き込み、ノルンに背を撫でられていたが。

 

「この男はルーデウスが連れて来た。俺はルーデウスを信用している。文句は、俺が死んでから言え……」

 

 静かなその言葉に、異を挟む者はいない。

 ルイジェルド・スペルディアという男が、どれだけこの村で大きいか、それがわかる光景だった。

 

「よし、じゃあ、ルイジェルドさん。あんたに薬を飲んでもらう。先に言っておくが、悪化して、死ぬ可能性もある」

「いい、俺はもう十分生きた。死んでも惜しくない」

 

 いや、俺は惜しむよ。

 スペルド族っていうか、ルイジェルドのためにやってんだし。

 ほら、ノルンだって「えー」って顔してる。同意見だ。

 

「ルイジェルドが飲むぐらいなら、俺が飲む」

 

 静寂の中、一人の男が手を上げた。

 比較的症状が軽い若者だ。

 実は若者ではなく、年寄りかもしれないが。

 

「俺は魔大陸でルイジェルドに助けられた。あの時死んだ身の上ならば、もう怖いものはない」

 

 その言葉を皮切りに、「俺も」と手を挙げる者が現れた。

 何人も、何人もだ。

 

「ミリス教は信用できん。だが、ルイジェルドは我らの英雄だ。その英雄が決めた事ならば従おう」

 

 最終的には、族長もが、手を上げた。

 そして、族長は静かな口調で言った。

 

「人族の若者よ、あなたに対する先の言葉、先の態度は謝罪しよう。村を、救ってくれ」

「ああ、任せてくれ」

 

 最後のその言葉を受けて、クリフは力強く頷いた。

 

 

---

 

 

 赤い実とソーカス茶を飲んだ後、ルイジェルド達は眠ってしまった。

 

 少なくとも、飲んだ途端に容態が急変して死ぬ、という事はなさそうだ。

 結果は、明日出る。

 さすがに、ソーカス茶で全て解決、って事は無いと思う。

 だが、少しでも改善してほしい。

 そう思いつつも、ひとまず日も暮れてしまったため、今日は休む事にした。

 

 泊まる場所はルイジェルドの家。

 なぜか、自然とそこに足が向いてしまった。

 ルイジェルドの許可は取っていないが、ここに泊まりたかった。

 

「……」

 

 ノルンは、ルイジェルドの傍にいたいようだったが、

 さすがに寝ていると何もできないようで、俺についてきた。

 

 現在、俺とノルンは囲炉裏を挟んで座っている。

 静かだ。

 薪の燃える、パチパチという音。

 囲炉裏に設置した鍋の中の湯が沸騰する音。

 音と言えば、2つだけ。

 

 鍋の中には、医師団の持ってきた野菜と肉が入っている。

 おそらく大丈夫、とクリフに聞いてはいたものの、

 やはり、病気の原因かもしれない村の食料を食べる気にはなれない。

 

「兄さん、ルイジェルドさん、治りますよね?」

 

 ぽつりとノルンがそう言った。

 不安なんだろう。

 俺だって不安だ。

 

「ああ、治るよ」

「本当ですか?」

「俺の知る限り、クリフは、やると断言した事は、必ずやり遂げてきた。だから、明日は無理かもしれないけど、いつか治してくれるよ」

「それまで、ルイジェルドさんは、生きていますか……?」

「大丈夫だ。お前も聞いたかもしれないけど、ルイジェルドはラプラス戦役の時に、1000を超す軍勢に囲まれても生き延びたんだ。こんな所では、死なないよ」

 

 今は、そう言うしか無い。

 

「不安です……」

 

 ノルンはそう言って、足を抱えて顔を埋めてしまった。

 暗い空気だ。

 

 具材が煮えるまで、まだ少し時間がある。

 どうしても明るくしなきゃいけないってこともないが、

 しかし、落ち込んでいても意味はない。

 今日はもう、食べて、寝るだけだ。

 せめて、食事が喉を通り、よく眠れるように、気を休めておきたい。

 

「そういえば、ノルン、学校の方はいいのか?」

 

 そう聞くと、ノルンは顔を半分だけ上げた。

 

「……学校は、もう卒業しました」

「それは、なんていうか……その、見に行けなくて、ごめんなさい」

 

 やっぱり、卒業式も終わってたか。

 誰も教えてくれなかった。

 でも、考えてみれば、そうか、シルフィが子供を産んで……だから、もう卒業の時期だったか。

 ロキシーあたり、教えてくれればいいのに……。

 いやまぁ、こんなタイミングで言われても困るだけなんだけど。

 

「別に、見に来なくてもいいです」

 

 いや、でもノルンの卒業式……。

 そんな大事なイベントを見逃すなんて、

 天国のパウロになんて言えばいいのか……。

 

「主席ってわけでもないですし……」

「でも、生徒会長だったし、スピーチぐらいはしたんだろう?」

「そりゃ、挨拶はしましたよ。でも、途中で噛んじゃったし、壇上から降りる時に転びそうになるし、さんざんでした」

 

 目に浮かぶ。

 スピーチの途中で噛んで、階段を降りようとして足を踏み外し、しかし転ばずになんとか持ちこたえた姿。

 見たかった。

 ノルンは苦々しい顔をしているが、ビデオにとって墓前に添えたかった。

 

「そういえば、卒業の前に何かイベントをやるって言ってたよな。あれは結局、何をやったんだ?」

「……クリフ先輩が卒業した年に、兄さんが色んな人と決闘していたじゃないですか。

 あれの真似をして、闘技大会を開きました」

「闘技大会! そりゃ面白そうだ。けど、危ないんじゃないのか?」

「危険はなるべく、少なくしようとはしました。

 ルール上、殺すのはダメにして、学校の聖級の治癒魔法陣を貸してもらって、治癒魔術師を近くにおいて、

 先生方には、何枚も治癒魔術のスクロールを用意してもらって。

 その上で、参加者には誓約書も書いてもらいました。

 だから、けが人は出ましたけど、死亡者は0です」

 

 そりゃすごいな。

 魔法大学の卒業生レベルともなれば、互いに殺傷能力の高い魔術も使えるはずだ。

 そんな中で、死亡者0。

 運がよかったのもあるだろうが、きちんとした体制を作ったお陰だろう。

 

「見たかったな、俺も」

「兄さんから見たら、お遊戯みたいなもんだと思います」

「でも、大会ってのはやっぱり心躍るもんさ」

 

 前世で引きこもっていた頃、ネトゲなんかのオンライン大会も何度か参加した事がある。

 残念ながらさしたる結果は残せなかったが、

 しかしああいう空気ってのは、見てるだけでもいいものだ。

 

「そういえば、優勝賞品とかは用意したのか?」

「……用意、しました」

 

 そう言うと、ノルンは口を尖らせた。

 

「生徒会の皆でお金を出し合って、花束と賞状と、魔術杖を用意したんです」

 

 花束と賞状と魔術杖。

 まぁ、そんなもんか。

 予算だって、あんまり無いだろうに、奮発したと言えよう。

 

「なのにリミィが、参加者に男の人が多いと見るやいなや、『優勝者には、ノルン会長からの熱いベーゼをプレゼントでぇーす!』なんて言い出して」

「えっ!」

「すごく盛り上がって、引くに引けなくなって……」

 

 なにそれ、ノルンのキスがもらえる大会?

 そんなの良くないよ。

 邪(よこしま)すぎる、けしからん。

 俺がその場にいたら、覆面つけて参加して滅茶苦茶に……。

 いや、滅茶苦茶はまずいか。

 

「それで……したの?」

「…………ほっぺに」

 

 ほっぺか。

 ならセーフかな。

 しかし、ノルンは顔を真っ赤にして膝に顔を埋め、「うー」と唸りだした。

 ノルン的にはアウトなのだろうか。

 しばらくして、そのままこてんと横に倒れた。

 

「優勝した子、一生忘れませんって……私はもう忘れたいです」

「そうか、そいつ、名前はなんて言うんだ? できれば住所と電話番号も教えてくれると、謎の仮面魔術師がソイツを記憶ごとこの世から消してくれるかもしれない」

「でんわ?」

「なんでもないです」

 

 ノルンは体を起こし、床に座り直した。

 体育座りではなく、女の子座りで。

 

「とにかく、大会は大成功だったわけだ」

「どうでしょう、私にしては、よくやれたかなと思っていますけど、悪い部分はいくつもあって、反省ばっかりだった気がします」

「それを、大成功って言うんだ。よかったな」

「…………はい」 

 

 ノルンはちょっとだけ顔を赤らめて、頷いた。

 もう、あまり暗い顔はしていない。

 

「さて、そろそろ芋が煮えたかな。ノルンも食べるか?」

「いただきます」

 

 俺はおわんに肉と芋のスープを注ぎ、ノルンに渡す。

 ノルンはその中身をじっと見ていたが、

 しばらくして、ぽつりと言った。

 

「兄さん」

「ん?」

「ありがとうございます」

「うむ」

 

 俺は自分にもよそった。

 今日は一日何も食ってないから、腹が減って死にそうだ。

 

「でも、これ、美味しくないです」

 

 そりゃごめん。 

 

 

---

 

 

 翌日。

 俺とノルンは日が昇ると同時に、診療所へと出かけた。

 

「……」

 

 心中にあるのは、ルイジェルドの安否だけだ。

 ひとまず、まずい芋汁のお陰でよく眠る事はできた。

 たとえダメでも、看病をする体力は確保できたはずだ。

 

 ある程度覚悟を決めつつ、俺は診療所の扉を開いた。

 

「!」

 

 飛び込んできたのは、喧騒だった。

 

 昨日までお通夜のようだった診療所の中が、活気に溢れているのだ。

 いや、活気はいいすぎか。

 それほどのパワーは無い。

 でも、少なくとも、昨日に比べて皆の顔色がいい。

 

「ルーデウス殿!」

 

 俺の姿を見かけて、医師が走ってきた。

 

「御覧ください。クリフ殿の作った薬で、皆が!」

 

 効いた。

 効いたのだ、ソーカス茶が。

 

「昨晩、あの薬湯を飲んだものが、唐突に便意を訴えだしたのです。

 看護士が厠へ連れて行った所、

 誰もが水色の下痢便をし始めて、

 その便が終わってしばらくしたら、急に元気を取り戻し始めたのです。

 重症だった者はまだ立てませんが、

 もう少しすれば、きっと立ち上がれるようになるでしょう!」

 

 朝っぱらからうんこの話なんて……。

 けどまて、水色の下痢便?

 

「今、薬湯を調整しつつ、皆に与えている所です。

 いやぁ、疑ったのが馬鹿馬鹿しい。

 あれが呪いをも打ち砕いた天才クリフ・グリモルなのですね!

 おっと、こうしてはいられない。

 まだ職務がありますので、失礼します!」

 

 医師は一方的にそれだけ告げて、患者の方へと走っていった。

 水色の下痢便。

 なんかちょっと引っかかるな。

 なんだろう。水色、水色……。

 

「ルーデウス」

 

 気づくと、目の前にでかい影があった。

 黒いヘルメットを被った、白い服の男。

 

「あ、オルステッド様」

「お前は、便を見たか?」

「……いえ、まだです」

 

 そう言うと、オルステッドはやや身を屈め、

 俺の耳元で、小さくささやくように言った。

 

「あれは、冥王ビタの分体の死骸だ」

 

 冥王ビタ。

 その名前を聞いた瞬間、ふと、変な考えがよぎった。

 

 もしかすると。

 もしかするとだが。

 疫病は、ドライン病では無かったのではないだろうか。

 

 冥王ビタ。

 かの王は、分体を村中に分散させていたという。

 そして、病気の進行を食い止めていた……。

 だが、もしかするとだが、とっくにビタは、疫病を完治させていたのではなかろうか。

 

 ただ脅すため、分体を使って、村人の体調を悪くみせていただけ、

 自分が死んだ後は、最後の力を振り絞って、分体に仕事をさせた……。

 そして、腸かどこかに巣くっていた分体は、赤い実とソーカス茶で分解されて、押し流された……。

 

 ってことか?

 いや、これも憶測にすぎないが。

 

「お前の言うとおり、あがいてみるものだな」

「……でしょう?」

 

 まぁ、いいか。

 ひとまず、峠は越えた。

 冥王ビタも完全に倒した。

 そう考えておくとしよう。

 

「クリフ先輩は、どうしていますか?」

「奴は、一晩中患者の容態を見ていたが、明け方近くに眠りについた。

 今は、エリナリーゼ・ドラゴンロードと共に、近くの空き家にいるだろう」

 

 そうか。

 頑張ってくれたものな。

 休んでもらおう。

 起きたらそのままエリナリーゼと第二子の作成作業に入ってしまうかもしれないが。

 

「先ほど、ルイジェルド・スペルディアも目を覚ました」

「本当ですか!?」

「ああ、会ってくるといい」

「失礼します!」

 

 俺は頭を下げ、診療所の奥へと向かった。

 昨日、ルイジェルドの眠っていた所へと直行する。

 

 ルイジェルドはいた。

 寝床で上半身を起こし、血色のいい顔で、飯を食っていた。

 

「ルイジェルドさん!」

 

 ルイジェルドの所に到着した瞬間、ノルンが走り、ルイジェルドの腹の辺りに抱きついた。

 

「よかった……本当に、良かったです……」

 

 ノルンは泣いていた。

 泣き虫ノルンだ。

 ルイジェルドは困ったような顔をしつつ口元を拭い、食料の入ったお椀を脇において、ノルンの頭を撫でた。

 俺はしばらく声を掛けず、その光景をみていた。

 なんだか俺も泣きそうだ。

 

「……ルーデウス」

 

 しばらくして、ルイジェルドが顔を上げた。

 

「ルイジェルドさん……もう、大丈夫なんですか?」

「ああ、まだ槍は振れんが、問題は無い」

 

 そうか。

 よかった……本当に、良かった……。

 ノルンの真似ではないが、そんな気持ちしか出てこない。

 

「また、お前に世話になったな」

「……言いっこ無しですよ。それに、まだ完治と決まったわけじゃないんです。油断しないでください」

「ああ」

 

 俺と会話を始めると、ノルンがグズりながら、ルイジェルドの腹からどいた。

 そして、両手で顔を隠しつつ、しゃくりあげはじめた。

 

「だが、先に言っておこう、ルーデウス」

「なんでしょう」

 

 真面目な顔に少々の不安を覚える。

 まだ、何かあるのか。

 今、このタイミングで衝撃の真実を告げられるのか。

 そう思って身構えた俺に、ルイジェルドは言った。

 

「完治した後、俺はお前の力となろう」

「……」

 

 胸のうちから湧き上がるこの感覚はなんだろう。

 また、ルイジェルドと仲間になった。

 そんな事実に対する、高揚感だろうか。

 嬉しい。

 ただ嬉しい。

 

「はい、よろしく、お願いします」

 

 喉の奥からこみ上げる何かを飲み込み、

 目頭が熱くなるのを抑えて、

 俺は、手を差し伸べた。

 

「こちらこそ、よろしく頼む」

 

 ルイジェルドの手は、暖かく、そして力強かった。