無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第二百五十話「勝機を見る」

 俺が戻ってきた時、会議は白熱していた。

 

「敵はすぐそこまで迫っています、それに対する準備をしなければなりません」

「だから、先にルーデウスを探しに行くべきだって言ってるでしょ!」

 

 叫ぶような大声を張り上げているのはエリスで、彼女と言い合っているのはシャンドルだ。

 ロキシーの姿もある。

 

「彼にはドーガがついています。いずれ戻ってきます。その間に、戦力の整理や、罠の設置を……」

「あのでくのぼうがなんの役に立つっていうのよ!」

「あれでいて、腕は立ちます」

「大体、腕が立つっていうなら、なんであんたが一緒にいなかったのよ!」

「ぐっ……それは……」

 

 議題は、今後の事だろうか。

 俺を助けにいくか、それとも、俺が勝手に戻ってくると見込んで、敵を迎え撃つか。

 そんな所か。

 エリスは、俺を助けにいくことを主張しているらしい。

 ありがたい話だ。

 

「もういい、私一人でも下に降りるわ!」

 

 エリスが我慢できずに立ち上がり、バッと振り返った。

 そして、俺と目が合う。

 

「下に降りるなら、キノコの影にある階段から祭壇に降りて、青い水を手に入れると捗るよ」

「ルーデウス!」

 

 攻略法を教えてやると、エリスが抱きついてきた。

 力強く。

 背骨が折れるんじゃないかって力だ。

 

「心配したわ!」

「ごめん」

 

 見ると、ロキシーを含む、他の面々もほっとしているようだ。

 俺が生きてるってだけでこの反応。

 ありがたいねぇ。

 

「……ところで、何ですか、その腕は」

「ああ、これか……いや、まとめて説明しよう。けどその前に……」

 

 そう言いつつ、俺は周囲を見渡した。

 そこに座る一人の男を視界に収める。

 

「あんた、何者だ」

 

 俺はシャンドルを見ながら、そう聞いた。

 

 

---

 

 

 北神カールマン二世。

 アレックス・ライバック。

 王竜王を倒し、巨大なベヒーモスを倒し、各地で数々の武功を打ちたて、

 七大列強の一人にまでなった、かの北神英雄譚の主人公その人。

 つい百年ほど前まで、世界最強の剣士とも言われていた、北神流の最高峰。

 

 俺は、正直あまり驚かなかった。

 なんでそんな人物が、と思う所はある。

 しかし、頭の大部分が納得していた。

 オルステッドが俺につけつつ、しかし黙っていた理由。

 アリエルがギレーヌやイゾルテよりも先に送り込んできた理由。

 ドーガが北帝だった理由。

 

 北神カールマン二世。

 納得だ。

 

「どうして黙っていたんですか?」

「万が一に備えて。ヒトガミは人の心を読みますが、私がカールマンと知らねば、存在を隠せる。行動もしやすくなりますしね」

 

 なるほど。

 谷に落ちた際にヒトガミにこちらの情報はあらかた抜かれたと思うが、

 しかし、カールマンがこちらの陣営にいるという情報は向こうにわたっていない、という事か。

 …………。

 

「……本当に?」

「いえ、本当は少し、ピンチになってから明かせばかっこいいかなと思っていました」

「よろしい」

 

 カッコつけて失敗する。

 よくあることだ、本当にね。

 

「結局ドーガが北帝とバレていたのだから、無駄だったのでは?」

「ええ……ドーガは、あまり知られていない北帝だったのですがね」

 

 しかし、その結果、弊害が出てしまった。

 もし俺が二人が強者だと知っていれば、それこそ二人の存在から隠れるように行動したろうに。

 いや、そうなれば、剣神や北神も、また別の行動を取ったか。

 

「何にせよ、これからは頼りにさせてもらいます。アレックスさん」

「無論です。ああ、でも、これからもシャンドルとお呼びください。今はそちらで通しておりますので」

 

 シャンドルの正体を確かめた後、情報の統合に入った。

 

 まず、10日ほど前、剣神と北神をつれてこの村にきて、そして谷に落とされた。

 谷の底では気付かなかったが、かなりの時間、気絶していたようだ。

 

 その翌日か2日後。正確な時間はわからないが、転移魔法陣と通信石版が光を失った。

 エリスにロキシーはそこで異変を察知、俺と合流すべく、スペルド族の村にきたというわけだ。

 

 スペルド族の村でも、魔法陣の光が消えた事は察知していた。

 しかしながら、俺が動いていると信じ、ひとまずは様子見。

 俺が行方不明である、と判明したのは、真っ先に戻ってきたシャンドルの情報からだ。

 

「第二都市にてルーデウス殿を待っていましたが、一向に戻ってくる気配はありませんでした。

 また、ルーデウス殿が連れて行った兵士たちも戻ってこない。

 で、あるにもかかわらず、町中ではスペルド族が悪魔の正体であるという噂が流れはじめました。

 私は通信石版にて情報を確認しようとしていましたが時すでに遅く、第二都市の転移魔法陣は破壊された後でした。

 その時点で私は自分が狙われていると考え、姿を隠しつつ、この村に戻ってきました」

 

 シャンドルが村に戻った時点で俺の行方不明が確定。

 第二都市か、地竜谷の村か。

 その辺りで何かがあったのだろうとあたりを付け、病み上がりのルイジェルドをリーダーに捜索が開始された。

 

 彼の調べで、俺とドーガの足跡が、谷のあたりまで続いていることが判明。

 谷に落ちた確率が高い。

 それがわかった後、すぐに谷に降りようとしたルイジェルドだったが、シャンドルが待ったをかけた。

 谷の底に落ちれば、登って来る方法がない。

 このメンツでは谷に降りる事ができたとしても、二次遭難する可能性が高い。

 ひとまず、ドーガがついていれば安心のはずなので、俺が自力で登ってくるのを待とう、という結論になったそうだ。

 まぁ、間違ってはいないだろう。

 あの地竜の群れ、確かに登るのは困難だし、ドーガがいたので俺は守られた。

 

「そういえば、情報屋とは会えたのですか?」

 

 そうして村へと戻ったシャンドル達。

 情報がもたらされた。

 破壊された魔法陣に関する情報である。

 

「情報屋からは、ギースの情報を得られました。

 猿顔の魔族は第二都市イレルから首都ビヘイリルへと向かい、そこで消息を断っていたそうです」

「つまり何もわからないと?」

「はい。ですが、つい先日。

 鬼神マルタが第二都市イレルに出没した、というのが確認できました。

 確認された日が、皆様の言う『魔法陣の光が消えた日』より後である事を考えると、恐らく鬼神が第二都市に設置した魔法陣からシャリーアへと乗り込み、事務所を破壊したのでしょう」

「なるほどね」

 

 その情報の裏付けとして、エリスとロキシーの情報がある。

 エリスとロキシーが到着したのはつい昨日だという。

 本来なら、4日程度の距離であるにもかかわらず、その行程に10日ほど掛かっている。

 

 これは、彼女らが首都を経由した時に、ちょうど式典が行われていた事が起因している。

 その式典とは、討伐隊の出発式だ。

 首都では、スペルド族を討伐する事に対し、お祭り騒ぎのようになっており、

 そんな中で、早めの討伐隊出発式が行われていたというのだ。

 本来なら、もう少し後に行われるはずだったものだ。

 恐らく俺を谷に落としたと報告を受けた、ギースが早めに動かしたのだろう。

 オルステッドの腕輪がはずれた事で、ヒトガミに俺の生存はバレている。

 なら、俺が谷から上がってくる前に、さっさとオルステッドを襲おうとしたのかもしれない。

 

 ロキシーとエリスは、その早すぎる討伐隊の出発に対し、偵察を行った。

 偵察により、討伐隊に剣神と北神が参加している事を確認した。

 

 しかし、偵察しつつも、二人は常に疑問を持ち続けていたという。

 ルーデウスが交渉にあたっていたはずなのに、なぜこんな事になっているのか。

 なぜルーデウスの姿は見えないのか。

 そんな風に考えているうちに、討伐隊はあれよあれよという間に、首都から出発してしまった。

 

 ともあれ、二人は討伐隊を警戒しつつ追跡した。

 行く所などわかっているが、せめて何か情報を、と思っての事だ。

 だが、彼らが第二都市に入ると、これ以上の追跡は危険だと、ロキシーが提案。

 町を大きく迂回し、森を通過してスペルド村を目指した。

 

 その後、当然のように迷い無駄に日数を使ってしまったが、無事にスペルド村へと到着した。

 というわけだ。

 

 ちなみに、スペルド村に到着した時、エリスとルイジェルドの間で、感動の再会があったそうだ。

 ルイジェルドを見た途端、エリスは彼に飛びつきたい衝動にかられたという。

 自分は強くなったのだ、見て欲しい。

 そんな思いが、体中を駆け巡ったのだろう。

 だが、彼女はぐっと我慢した。

 

 今はもう、自分は子供ではない。

 ルイジェルドに戦士と認められてから、エリス・グレイラットは戦士だ。

 戦士として、師匠であるルイジェルドに恥ずかしくない行動をとらなければならない。

 そう自分に言い聞かせ、いつものポーズを取って、言ったのだ。

 

「久しぶり、変わらないわね、ルイジェルド」

「ああ、エリス。お前は大きくなったな」

「当たり前よ」

 

 エリスとルイジェルドが交わした会話は、それだけ。

 それだけでエリスは懐かしく、そして誇らしい気持ちになれたそうだ。

 かつては見上げなければいけなかったルイジェルドと、同じぐらいの目線になった。

 そして、ルイジェルドと共に、肩を並べて戦える。

 そう、エリスはドヤ顔で語っていた。

 

「もう、あまり時間はありません。恐らく、今頃は討伐隊たちがこちらに向かっています。鬼族の戦士たちが増援として現れるのも、そう遠い未来ではないでしょう」

「なるほど。では、俺の方からも報告です」

 

 俺の方でも報告をする。

 あの兵士二人が剣神と北神だった事。

 俺も使っていた指輪を使って変装していたこと。

 そして、恐らくギースもそれで変装しているため、見つからない事。

 

 谷に落とされたが、アトーフェハンドとドーガが間一髪助けてくれた事。

 その際、オルステッドの腕輪がはずれ、ヒトガミに見られた(・・・・)事。

 最後に、谷から脱出し、戻ってきた所まで、だ。

 

「ルーデウス」

 

 全てを話し終わった後、エリスが低い声で言った。

 

「ガル・ファリオンは、私がやるわ」

 

 エリスは俺の腕の付け根を見ながらそう言った。

 

「……まぁ、そのへんも含めて、話しあおう。仇をうってくれるのは嬉しいけど、一人で突っ走らないように。俺みたいになるからね」

 

 さて、整理しよう。

 まずギースだが、討伐隊をある程度操れる位置にいたのは間違いあるまい。

 最有力候補としては、国王に化けていたって所か。

 使徒は誰だかわからないが、ギース側にいるのは、剣神、北神、鬼神の三人。

 剣神と北神は、変装の指輪の力でスペルド村を偵察し、

 鬼神はギースと共に事務所を強襲して、俺達から逃げ場を奪った。

 そして、現在彼らは、討伐隊約100名と共に、このスペルド族の村へと向かってきている。

 

「……」

 

 鬼神マルタ。

 そんなものが、シャリーアに送り込まれた。

 改めてそう考えて、心中に絶望のようなものが広がっていく。

 

「我が家はどうなったんだ……?」

 

 俺の言葉に、ロキシーは目を伏せ、エリスは腕を組み、シャンドルは困ったように顎をなでた。

 

「鬼神が事務所だけを破壊して帰ったのか。

 それとも、シャリーアをも攻撃して帰ったかは、わかりません」

 

 俺は考えてみる。

 もし、自分ならどうするか、と。

 今、シャリーアはもぬけの殻だ。

 ルーデウスも、オルステッドもいない。

 鬼神に対抗できるような人物は、誰一人として存在しない。

 

 放置?

 するわけがない。

 仮に戦力が無い状態でも、ダメ元で攻めるだろう。

 

「……」

 

 沈黙が場を支配した。

 オルステッドも怖い顔をしてる気がする。

 ヘルメットで分からないが。

 

 

「おっと、これは皆様お集まりのようですな?」

 

 

 と、そこで入り口付近から声がした。

 振り返ると、そこには奴がいた。

 

「ザノバ!」

 

 そういえば彼もいた。

 いや、忘れていたわけじゃないさ!

 もちろんね!

 ちょっとその、家の方が心配だっただけで。

 

「師匠、遅れました。ただいま到着致しました」

「いや、大丈夫、俺もいま来た所だ」

 

 ザノバの後ろには、ジュリとジンジャーの姿もある。

 二人はボロボロだ。

 あちこちに擦り傷があり、疲労で目の下にクマができている。

 魔力が枯渇寸前といった風情だ。

 

「道中、見えぬ魔物に手こずりましてな。スペルド族の方々に助けてもらわねば、危ない所でした」

「なるほど。わかった、二人には休んでもらって……いや、話は聞いてもらった方がいいな。隅の方でいいから、座って休んでくれ」

 

 俺がそう言うと、ジュリとジンジャーは無言でよろよろと講堂に入り、柱のあたりに腰をおろした。

 即座にロキシーが近寄り、治癒魔術をかけ始める。

 

「さて、ザノバ、状況はどこまで把握している?」

「概ね。しかし最初から説明していただけると、ありがたいですな」

 

 ということなので、最初から説明してやった。

 同じことを説明するのは実に面倒だが、仕方ない。

 情報の共有こそが大事なのだから。

 

「というわけで、今はこっちに向かってくる討伐隊と、シャリーアがどうなっているのかが心配だ」

「ふむ」

 

 と、そこでザノバはフッと笑った。

 笑う要素なんてあっただろうか。

 まさか、「自分の家族はすでに全員こっちにいるので安全ですな、ハハハ」とか言うんじゃあるまいな。

 

「その事ですが、ここに来る途中、森の中で七大列強の石碑を見つけましたので、ペルギウス様の配下、アルマンフィ殿に確認を取ってもらいました」

「おお!」

 

 喜色を浮かべ、立ち上がったのは、俺ではない。

 彼は周囲の視線を浴びると、すぐに着席した。

 シャンドルである。

 

「失礼、それで?」

「師匠の家族は無事だ、と」

 

 周囲にほっとした空気が流れた。

 そうか、無事か。

 レオが仕事をしてくれたのか。

 それとも、何者かによって守られたのか。

 魔法大学を有するシャリーアに攻め入るのは危険と判断したのか。

 

「しかしながら、ペルギウス殿が加勢してくださるとなれば、一気に形勢は逆転ですね」

 

 シャンドルがやや興奮の面持ちで周囲を見渡す。

 が、ザノバの顔はやや暗い。

 

「いえ、ペルギウス様は、この戦い、見物に留める、とおっしゃったそうです。加勢は期待できないかと」

「そんな! こういう時にこそ、あのお方は強いのに!」

 

 シャンドルが大げさとも言える態度で、のけぞった。

 それほどまでに、この男はペルギウスが好きなのだろうか。

 もしかしてホモなのか?

 いや、シャンドルは北神二世だ。

 北神一世とペルギウスは『魔神殺しの三英雄』として旧知の仲だろう。

 なら、ペルギウスとも、面識があるかもしれない。

 

 だが、確かにシャンドルの言うとおりだ。

 ペルギウスと12の配下の力は、今のように情報がわかりにくい時にこそ重宝する。

 最強の偵察兵である光輝のアルマンフィと、轟雷のクリアナイト。

 二人を組み合わせるだけで、相手の情報は筒抜けになり、情報は一瞬で全ての仲間へと通達される。

 無論、それだけではない。

 他の配下の力は、痒い所に手が届くものばかりだ。

 

 しかし、加勢できないと言ってるなら、仕方あるまい。

 オルステッドの方針も、ペルギウスには力を借りない方向だ。

 

「鬼神マルタは乱暴だが優しい男だ。非戦闘員を襲うことはない」

 

 ぽつりと呟いたのは、オルステッドだ。

 

「もし、行ったのが剣神か北神であれば、シャリーアも襲っただろう」

 

 オルステッドの言葉は静かだが、よく響いた。

 ヘルメットのせいだろうか。

 

「だが、ギースは臆病だ。

 剣神と北神を使って、俺の姿がここにあると確認したが、

 それでもここに転移魔法陣があり、俺が事務所に戻っている可能性を捨てきれなかったのだろう。

 ゆえに鬼神を使ったのだ。

 鬼神であれば、俺も倒すのに少々の時間が掛かる。

 その間に、ギース本人か、あるいは別の誰かが魔法陣を破壊してまわる計画だったのやもしれん」

 

 それが、オルステッドの見解らしい。

 なるほど。

 鬼神を連れて行ったのは、あくまで安全策か。

 その安全策によって、俺の家族は守られた。

 というより、そもそも最初からシャリーアの方を襲うつもりは無かったのかもしれない。

 俺が先、家族は後。

 

 そこで、シャンドルが一つの疑問を挟む。

 

「では、なぜ三人で行かなかったのでしょうか」

「それは恐らく、剣神と北神の目的が、ギースのものと違うからだ」

 

 剣神と北神の目的。

 そう言われ、周囲は首をかしげる。

 しかし、かしげなかった者が一人、エリスだ。

 

「……ガル・ファリオンは、あんたと戦いたいのね」

「アレクサンダー・ライバックもだ」

 

 オルステッドはスペルド族の村にいる。

 それがわかっているがゆえに、二人はシャリーアではなく、こちらに残った。

 そういう所を見ると、ギースがあの二人の手綱を握りきれていないのが、なんとなく見えてくる。

 やろうと思えば、地竜谷の底に降りて、俺を殺す事だって出来たはずなのだ。

 なんたって、ドーガが降りることが出来たんだから。

 アレクサンダーだって可能なはずだ。

 ヒトガミとギースの思い通りには、動いていないのだ。あの二人は。

 

「なんにせよ、家族の無事がわかって安心しました。

 もっとも、これから剣神、北神、鬼神の三人がここに攻めてくるようなので、安心はできませんがね」

 

 神級三人。

 それに加えて、討伐隊100人。

 

 対するスペルド族側の戦力は、

 動けるスペルド族の戦士が10数名。

 そして、ここにいる面々。

 オルステッド、ザノバ、ジンジャー、ジュリ、ノルン、クリフ、エリナリーゼ。

 ルイジェルド、ロキシー、エリス、シャンドル、ドーガ。

 

 村には、スペルド族の女子供や、医師団が滞在している。

 医師団はともかく、討伐隊はスペルド族を標的にしている。

 攻め入られれば、皆殺しにされかねない。

 

「……」

 

 ジンジャー、ジュリ、ノルンは戦力外だろう。

 クリフも……戦闘ではあまり役には立つまい。

 

 オルステッドだが、彼も戦力外だ。

 オルステッドの魔力は、ほぼ回復しない。

 使えば使うだけ目減りしていく。

 俺はもともと、それを補填するためにオルステッドの配下になったようなものだ。

 戦いがあるからといって、先生お願いします、とはいくまい。

 どうしても、となったら出張ってもらうしかないが、

 神級の一人や二人ならまだしも、三人ともなれば、相応の魔力を使ってしまうだろう。

 そうでなくとも、まだギースの姿も確認できていない。

 まだ予備の戦力が残されているかもしれない。

 それに、俺がギースなら、真正面からぶつかってあっさり負けるだろう剣神なんかをそのまま送り込んだりはしない。

 確実に、何かしらの策を与えているだろう。

 オルステッドは、切ってはいけない切り札だ。

 どうしてもという場合を除いて、村の防衛に当たってもらった方がいいだろう。

 

 神級三人。

 オルステッド抜きと考えると、決して楽な戦いではない。

 楽な戦いではないが……。

 

 しかし勝てないほどではない。

 こちらには、剣王エリス、北神シャンドル、北帝ドーガと強い戦力が3人。

 彼らをサポートするように俺とザノバとルイジェルドの3人が動けば……。

 楽な戦いではないが、逃げるにしても戦うにしても、絶対に無理ということは無い気がする。

 

 この総力戦……ギースにしては、少々片手落ちな気もする。

 現在、こちらの戦力はスペルド村に集中している。

 俺がいないと思っているならまだしも、落ちた時に、ヒトガミに生死は知られた。

 俺も、オルステッドもいる。

 そんな状況で、総力戦を挑むものだろうか……。

 

 いや、冥王ビタがいたか。

 本来なら、ギースは冥王ビタを利用し、ルイジェルドを俺の敵に回す心づもりだったのだろう。

 そう考えれば、ビヘイリル王国にのこのことやってきた俺を騙し、

 変装した剣神や北神、鬼神と共にスペルド族の村に到着。

 神級3人に冥王ビタとルイジェルドを加えた3~5人で確殺。

 という流れも想定できる。

 

 うん。

 そう考えると、相手の手駒が少ないように見えるのは、俺がうまいこと立ちまわったからだ、と言えるかもしれない。

 運がよかっただけとも言えるが。

 

 どいつが使徒でどれが使徒じゃないかはわからないが、

 ギースが剣神や北神の手綱を握りきれていない感じは、情報からも伝わってくる。

 そんな彼らを、ギースがいかにして動かしたか。

 例えば、ギースが何らかの条件を提示し、彼らがそれに承諾して動いていたとしたら。

 今回、無理にでも攻め込んできたのは、その口約があるからだろう。

 

 そして、その条件は、先ほどの話でも出ている。

 剣神と北神の狙いは、オルステッドと戦う事だ。

 二人はオルステッドの姿を目視し、すでにやる気満々なのだ。

 ギースが用意したのは、その舞台。

 

 そうだ。

 さらに言えば、ギースは俺が谷に落ちた、と聞いてからすぐに動いているように思える。

 予定では、鬼族の戦士団に合わせて出発するであろう討伐隊の出発式を前倒しにして。

 それは、谷から上がるのが大変であることを知っているから、俺がいない間に決着をつけようとした、と考えられる。

 俺が死んではいないことを知ったギース。

 即座に討伐隊を動かし、オルステッドに大打撃を与えようとしたのだ。

 俺が谷から脱出する前に。

 

 だが、俺は間に合った。

 戦闘前に帰還し、今の状況に落ち着いた。

 シャンドルの正体も気づかれていない可能性もある。

 ついでに、ヒトガミのあの余裕の無さとなれば……。

 

「……これは、勝機かもしれないな」

 

 俺がそんな言葉を呟いた時、部屋に一人の若者が入ってきた。

 白い槍を持つ、スペルド族の戦士だ。

 

「討伐隊が来ました。半日の距離です」

 

 間に合いはした。

 しかしギリギリだったようだ。

 

 

---

 

 

 地竜の谷。

 決戦の地となるここは、極めて深い。

 谷幅は平均400メートル。

 広いところでは500を越え、短い所では100~200程度。

 

 スペルド族は、その最も短い所に橋を架けて、森の向こう側へと行き来していた。

 そして、この橋には、透明狼が嫌う香草がすりつぶし、塗りたくられている。

 

 敵の数は多く、道はここだけ。

 川とは違い、簡単に渡れるものではなく、確実に足が止まる場所だ。

 橋を落としてしまえば、さらに時間稼ぎもできる。

 その上、森の中と違って障害物が無いため千里眼が使え、俺の射程圏内だ。

 

「橋は、残しておきましょう」

 

 そんな提案の元、橋は残された。

 もし、敵が渡ってきたら、落としてしまえばいい。

 下に落ちたら、そうそう上がってこれないのは、実践済みだ。

 地の利はある。

 罠を張る時間はなかったが……。

 

 俺達はここで、敵を待ち受ける事にした。

 

 ひとまず、メンツは6名。

 俺、エリス、ルイジェルド、ザノバ、シャンドル、ドーガ。

 この6人で、神級三人を相手にする事になる。

 スペルド族の戦士たちは、主に討伐隊を相手にしてもらう事になるだろう。

 

 ロキシーはやってもらう事が一つあるため、後方に配置。

 エリナリーゼと、スペルド族の戦士数人はロキシーの護衛にあたる。

 

 クリフと、残りのメンツは、村の防衛だ。

 

 まぁ、典型的に、戦士を前衛に、魔術師を後ろに配置した形だ。

 いざとなれば、怪我人を村に運び、治療して前線に戻す事も出来る。

 

 治療と言えば。

 アトーフェハンドは、しばらくそのままにしておく事にした。

 今は時間も、ロキシーやザノバが持っているスクロールも有限だ。

 この腕は、俺の生の腕よりも性能がいいようだし、ひとまず動くならそのままにしておいて、

 戦いが終わった後、治癒魔術のスクロールで治療すればいいのだ。

 

 ま、せっかくの魔王様からのプレゼントだ。

 存分に使わせてもらおう。

 

 

---

 

 

 半日後、討伐隊100名強と橋を挟んで相対することとなった。

 

 橋の向こう、ビヘイリル王国側の先頭に立つのは、三人の男だ。

 

 腰に一本の剣を差した、中年男性。

 剣神ガル・ファリオン。

 もうかなりいい歳だが、その剣技に衰えが無いことは、俺が身をもって証明している。

 

 背中に一本の大剣を背負った、一人の少年。

 北神カールマン三世。

 アレクサンダー・ライバック。

 七大列強の一人ではあるが、彼の実力の程は、まだ不透明である。

 

 そして、3メートル近い背丈と、大木のような巨体を持ち、鈴のような首輪と、虎柄の腰ミノを身につけた赤い鬼族。

 鬼神マルタ。

 彼がなぜうちの家族を襲わなかったのか、オルステッドは予想したが、真意はわからない。

 その点についてはお礼の一つも言うべきなのかもしれない。

 だが、礼を言うつもりはない。

 奴は事務所を襲った。

 なら、事務所にいた長耳族の受付嬢は、絶望的だろう。

 結局、名前も覚えてやることができなかったが、仇ぐらいは取ってやりたい。

 

「ギースの姿は、見えませんね」

 

 残念ながら、近くに猿顔の姿は見られない。

 近くにいて、姿を隠しているのか。

 あるいは、第二都市イレルで待っているのか。

 少なくとも、千里眼で見える範囲にはいない。

 もし、手綱を握りきれていないなら、ギースの事だ、今回は諦めて逃げた可能性もあるか。

 

 討伐隊の面々は、スペルド族の戦士たちを見て恐れているように見える。

 緑の髪に、白亜の槍。

 お伽話に出てきた悪魔そのものの格好だ。

 もしこの戦いに勝てたら、ビヘイリル王国でもルイジェルド本を売りまくってやる。

 

「恐れることはない!」

 

 討伐隊はスペルド族の戦士を見て恐れていたが、

 しかし、神級の三人はそうでもなかった。

 

「数はこちらが圧倒的に上だ!」

 

 特に、北神カールマン三世は、元気いっぱいだ。

 拳を振り上げて、こちらにすら届く声で周囲を鼓舞し、士気を上げている。

 

 確かに数は討伐隊の方が上だ。

 でもここは森の中で、こっちはスペルド族だ。

 むしろ、有利すらある。

 

 全員が剣を抜き、明確な敵意を持った目で、谷の先にいる20名弱を睨みつける。

 そして、アレクサンダーもまた、背中から剣を抜き放った。

 

「我が名は北神カールマン三世アレクサンダー・ライバック!

 僕に続け、共に栄誉を勝ち取るのだ!」

「……!」

 

 そして、アレクサンダーは叫びながら、吊り橋の上を走り始めた。

 それを見たシャンドルが、とっさに叫んだ。

 

「今です!」

 

 次の瞬間、俺の腕が動いた。

 両手から岩砲弾が射出される。

 岩砲弾はまっすぐに飛び、吊り橋を根本から破壊した。

 

 さらに、ルイジェルドも動く。

 彼らは手前側。橋を吊っていた蔓を、白亜の槍にて両断した。

 

「あああっ!?」

 

 誰もがそれを呆然と見ていた。

 落ちる橋。

 そして、橋と共に奈落へと落ちた北神カールマン三世を。

 呆然と見ているしかなかった。

 

 声を出したシャンドルですら、呆然としていた。

 まさか。

 まさか、そんな。

 そんな、馬鹿な……。

 

 いや。

 だが、この高さから落ちたのなら、助かるまい。

 いや、アレクサンダーなら大丈夫か。

 ……でも、助かっても、しばらくは登ってこれないはずだ。

 

「…………ま、まずは一人?」

 

 その言葉に、歓声を上げる者はいない。

 非難するような視線を送る者もいない。

 誰もが、今、目の前で起きた光景が、目にやきついていた。

 

 ……今がチャンスだ。

 

 俺は両手に魔力を込めた。

 今、この場で攻撃が出来る人間はそう多くない。

 やろう。

 

 左手を天に掲げる。

 膨大な魔力を天へと捧げ、雷雲を作る。

 荒れ狂う魔力を右手にて押さえつけ、圧縮。

 落とす。

 

「『雷光(ライトニング)』!」

 

 轟音を轟かせて、稲妻が落ちた。

 視界が真っ白に染まり、遅れて轟音が響き渡る。

 

 崖の向こうに土煙が舞った。

 木々が炎に包まれ、メシメシと音を立てて倒れていく。

 どれだけの被害を与えたのかはわからない。

 ただ、手応えはあった。

 手が震えるほどの手応え。

 人を殺した感触。

 

 それをぐっと飲み込んで、俺は再度、両手に魔力を込める。

 

「もう一発……」

 

 そう思った、次の瞬間。

 土煙から、何かが飛び出してきた。

 赤い塊。

 

 ふわりと、遠くからみると音もなく、飛んでいるようにすら見える跳躍。

 だが、その速度と質量は圧倒的だった。

 みるみる内に赤い塊は肉薄し、

 そして着弾した。

 

 砲弾が落ちたような音と土煙が舞う。

 

 着弾は、俺たちのやや右の方。

 土煙の中から、二人の男が姿を現す。

 

「……」

 

 赤い肌の鬼族と、40代の人族。

 鬼神マルタと、剣神ガル・ファリオン。

 二人が谷を飛び越えてきたのだ。

 100メートルジャンプ。

 さすが列強と言うべきか。

 

「さて……俺様の相手は誰だ?」

 

 獰猛に笑う狼。

 俺と相対した時の、あの気の抜けた感じとは違う。

 今、彼は明確な殺意と覚悟を持って、ここに立っている。

 

 その腰にあるのは、綺羅びやかな鍔を持つ、一本の剣。

 魔剣だろう。

 俺の背中の装甲に止められたものとはわけが違う。

 知らず、背中に冷や汗が流れる。

 

「私よ」

 

 当然のように前に出る。

 赤い狂犬。

 腰に差したるは二本の剣。

 腕を組み、威風堂々たる立ち姿で、剣神に立ちふさがった。

 

「だろうな。他には?」

「俺だ」

 

 そう名乗り出ると、剣神はハッと笑った。

 

「なんだ、ホントに元気そうだな」

「おかげさまで、健在です」

「チッ、だから最初に首を落としとけばいいって言ったんだよ」

 

 その悪態は、誰に向けて言ったものか。

 ギースだろうな。

 

 そして、俺の隣。

 緑の髪と白亜の槍を持つ、歴戦の勇者が立っている。

 また三人だ。

 エリスと、ルイジェルドと、俺。

 三人で、戦う。

 デッドエンドの再来だ。

 

 三対一だが、文句はあるまい。

 本来なら、俺とシャンドルでアレクサンダーの相手をするつもりだったが、あんなアホな行動をして落ちた方が悪い。

 

「……」

 

 鬼神の方はシャンドル、ザノバ、ドーガの三人だ。

 鬼神の戦いは肉弾戦が中心と聞く、ザノバとドーガはパワータイプにはめっぽう強い。

 北神カールマン二世であるシャンドルも、大型の敵とは戦い慣れていると聞く。

 相性は抜群だ。

 

 勝てる。

 

 もしかすると、誰かが犠牲になるかもしれないが。

 それでも、この二人は、倒せる。

 

「――――とうっ!」

 

 そう思った瞬間だった。

 

 俺たちの背後から、掛け声が聞こえた。

 とっさに振り返ると、崖から何かが飛び上がる所だった。

 

 何かではない。

 今しがた落ちたばかりの、黒髪の少年。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 彼は冷や汗を拭いつつ、剣を高らかに空へと掲げた。

 芝居がかった口調で、彼は宣言する。

 

「我が名は北神カールマン三世! 呪われし悪神、オルステッドを倒し、英雄となる者だ!

 その道を阻む者よ、かかってくるがいい!」

 

 まさか。

 まさか、駆け上がってきたのか?

 あの谷の底から……?

 いや、崖とはいえ、完全に垂直ではない。

 俺だって、魔術でも使えれば、途中で止まって、すぐに戻って来ることが出来る。

 あの剣でも壁に刺して、底から走って登る……。

 これも、さすがは列強とでも言うべきなのだろうか。

 

「……仕方ありません。ルーデウス殿、この阿呆は私とあなたでやりましょう」

「はい」

 

 シャンドルの言葉に頷く。

 エリスとルイジェルド、三人で戦えないのは残念だが、

 仕方ない、予定通りだ。

 

「あの剣にお気をつけください。あれは世界最強の剣です」

 

 北神の持つ剣と言えば、たった一つだ。

 かの王竜王を倒した時に作られたという、伝説の巨剣。

 『王竜剣』カジャクト。

 

「……なんで」

 

 しかし、その持ち主は、剣を掲げたままポカンとした顔で、こちらを見ていた。

 

「なんで、ここにいるんだ?」

 

 北神カールマン三世。

 アレクサンダー・ライバックは震える声で、俺を見る。

 

 フフ、谷の底に落ちたのに死んでいなくて、それどころか、戻ってきていて、そんなに不思議かい? 

 ギースから生存について聞いていたようだが、信じていなかったようだな。

 けど、谷に落ちるってのは、生存フラグでな……。

 

 あれ?

 俺の方、見てなくない?

 アレクサンダーの視線の先は俺の後ろ。

 シャンドルだ。

 まあ、そうでしょうね。

 

「父さん!」

 

 その叫び声が、戦いの合図となったのか。

 それとも時間の問題だったのか。

 

「ウオオオアアアア!!!」

 

 次の瞬間、鬼神マルタが咆哮を上げながら両手を振り上げ、地面にたたきつけた。

 大地が隆起し、崖が崩れ、木々がなぎ倒される。

 

 その衝撃に押し流されるようにして、戦いが始まった。