無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第四十二話「ドルディアの村のスローライフ・後編」

 2ヶ月が経過した。

 

 ルイジェルドはギュスターヴと話が合うらしい。

 ちょくちょくデドルディア家を訪れては、

 酒を飲み交わしつつ、互いに過去の逸話を語り合っている。

 血なまぐさい話であるが、それ自体は聞いていると結構面白い。

 自称元暴走族の、昔はワルかった自慢とでも言うべきか。

 しかし、恐らく実際にあった事なのだろう。

 

 聞いているだけで、獣族の事について少しわかってきた。

 

 獣族というのは、大森林に住む種族の総称である。

 中には魔大陸に渡り、魔族と呼ばれるようになった種族も数多くいる。

 

 外見的な特徴としては、哺乳動物の姿を体の一部に残している事だ。

 また、各種族がそれぞれ特殊な五感を備えている。

 広義で言えば、ノコパラやブレイズもかつては獣族だった、というわけだ。

 

 ドルディア族は、獣族の中でも特別な存在だ。

 聖獣を守護し、森全体の平和を守護する一族。それがドルディアだ。

 猫っぽいデドルディア。

 犬っぽいアドルディア。

 この二つが主家で、数十種類の支族にわかれているらしい。

 

 いわば、大森林の王族。

 だが、現在は特に王族っぽい事をしているわけではなく、

 いざという時にリーダーとして音頭をとるだけらしい。

 

 

 また、大森林には長耳族や小人族も住んでいる。

 彼らは大森林でも南の方に分布しているらしく、

 獣族との接点はあまり無いらしいが、年に一度の部族会議や、

 大聖木の周辺で行われる祭りには参加するらしい。

 ギュスターヴ曰く、種族は違えども大森林に住む仲間、という事だ。

 

 ちなみに、炭鉱族は大森林ではなく、そのさらに南、青竜山脈の麓に住んでいる。

 青竜(ブルードラゴン)は、基本的には世界中の空を飛び回っていて、

 産卵と子育ての時期にだけ、青竜山脈に巣を作るらしい。

 渡り鳥のようなものだ。

 もっとも、渡り鳥と違って、十年に一度といった頻度らしいが。

 

 さて、

 獣族は昔から、人族とは戦争をしたり仲良くしたりを繰り返してきたらしい。

 小競り合い程度の戦争というのは、つい50年前にもあったのだとか。

 

 ギュスターヴはその戦争に参加しており、

 獣族の屈強な戦士団が森に迷い込んできた人族の兵士をバッタバッタとなぎ倒す。

 というストーリーを聞かせてくれた。

 

 まあ、かなり脚色されていたが、

 獣族視点で展開される話というのは、なかなか新鮮で楽しいものだ。

 

 それに対抗して、ルイジェルドも伝家の宝刀。

 ラプラス戦役のスペルド族の逸話、について話す。

 

 二人は張り合うように話をして、

 しかし、老人二人の会話であるゆえか、

 次第に昔は良かった談義になっていく。

 

「最近の戦士はまったくなっていない」

「わかりますぞ、ルイジェルド殿。軟弱な者が増えましたな」

「そうだ。俺の若い頃は、立派な男しかいなかったものだ」

 

 まさに意気投合だ。

 どこの世界も一緒だね、こういう所は。

 

「まったくですな。ギュエスも戦士長になったというのに、分別が足りん。

 人をまとめるのはうまいが、奴がもう少し状況を見る事ができれば、

 ルーデウス殿はあのような事にはならなかったはずだ」

「いや、ルーデウスは戦士だ。

 敵地で油断すれば、捕まり、捕虜になる事もわかっていたはずだ。

 それなのに油断した。

 本気を出せばギュエス程度、すぐに制圧出来るはずなのだ。

 あれはルーデウス自身の失態だ」

 

 おお、耳が痛い。

 ルイジェルドは俺を信頼して一人で行かせてくれたんだ。

 なのに俺はあっさり捕まった。

 ある意味、信頼を裏切った事にもなる。

 

「しかしルイジェルド殿、それは少々薄情ではないか?

 仲間が酷い目に遭ったというのに……」

「戦士なら、自分の戦いの結果は自分で持たねばならん。

 大体、ルーデウスなら自力でいくらでも逃げられたはずだ!

 仲間として信頼されるのは嬉しいが、子供ではないのだ!

 戦士は自分が捕まって仲間を窮地に陥らせるような真似はしてはいかんのだ!」

 

 ルイジェルドったら、随分と酔ってるな。

 まあ、お前なら捕まっても自力で逃げてくるんだろうけど。

 あんまり俺に期待しすぎるなよな。

 俺にできることなんて、限られてるんだぜ?

 

 

---

 

 

 ルイジェルドと一緒にいると耳が痛い。

 エリス達に近づくとギュエスに睨まれる。

 

 というわけで、昼下がりから夕方に掛けて、

 俺は孤独になる。

 することも思いつかないので、魔術の練習をすることにした。

 外で地面を覆い尽くす水流をコントロールしたり、凍らせてみたり。

 

 そんな時、ふと、風魔術を利用して空を飛ぶ方法について考えてみた。

 今回、捕まって逃げられなかったのは、道がわからなかったからだ。

 空を飛んで上から見ることが出来れば、二日目の時点で逃げおおせる事が出来た。

 ギュエスも土下座せずに済み、

 誰が嫌な思いをすることもない、ハッピーエンドだったはずだ。

 

 そう思い、俺は町の外へと出た。

 流れる水を凍らせて足場を作りつつ、

 ちょっと開けた場所を見つけ、そこの木をなぎ倒す。

 土魔術を作って10メートル四方の石を設置。

 セ○ゲームのリングのような練習場が出来上がった。

 ちょっと滑るが、まあ走り回るわけでもなし、こんなもんでいいだろう。

 

「さてと」

 

 まず俺は、軽い気持ちで竜巻を起こしてみることにする。

 人が飛ぶぐらいだと、どれぐらいがいいんだったか。

 確か、毎秒100mぐらいがいいんだったか。

 毎秒100mってどんなもんだったか。

 とりあえず、一発やってみるか。

 

「ちんからほい! なんちゃっ……ってぇ!」

 

 俺は木の葉のように上空に巻き上げられた。

 

 ビビった。

 気づいたら雲の近くにいた。

 人の体はここまで軽いものなのか。

 

 そして恐怖した。

 ものすごいスピードで近づいてくる地面に、本能的に恐怖した。

 

 反射的に予見眼を開眼した。

 一秒先を見つつ、右手で上昇気流を作り出し、

 左手で衝撃波を何発も発生させて落下速度を落とした。

 しかし、間に合わない。

 木々の枝をバキバキと叩き折りつつ、水のなかにドボン。

 その時には、全身打撲+骨折。

 鼻血をダラダラと流しつつ、ガボガボと水を飲みながら、水流を操作。

 痛む全身にクラクラしつつも、なんとかヒーリングを詠唱。

 

 すぐに俺の血の臭いを嗅ぎつけた魔物が寄ってきた。

 どうやら、落ちた場所は、雨群蜥蜴《レインフォースリザード》の巣だったらしい。

 

 俺はバクバクと鳴り響く心臓の音を聞きながら、

 そいつらをバッタバッタカマキリと打ち倒した。

 右手で周囲の水をひたすら凍らせて相手の動きを止めつつ、

 土砲弾で相手の頭を撃ちぬいた。

 雨群蜥蜴はCランクの魔物だ。

 水の中を動くスピードは早いが、

 凍らせてしまえば大したことはない。

 

 全てを倒して死体を積み上げてみたものの、

 周囲はすでに暗く、道はわからない。

 

 現在位置がわからない。

 その事実は俺を不安にさせた。

 どうにかしなければならない。

 村はそう遠くではないはずだ。

 

 俺はクールになれと自分に言い聞かせた。

 頭はカッカと熱く、判断は鈍っていた。

 傍目から見てもCOOLどころかKOOLだっただろう。

 

 まず、俺は周囲の水を広範囲に渡って凍らせた。

 ひたすら温度を下げ、ガクガクと震えながらも、

 俺を中心に氷の範囲をひたすら広げた。

 

 同時に、上空に火弾を作り出した。

 火弾で暖を取りつつ、凍らせる。

 

 光を見て魔物が寄ってくるだろうか。

 いや、雨期の魔物は水を泳ぐ。

 氷の上を走ってはくるまい。

 

 ルイジェルドたちがやってきたのは、

 時間にして一時間も経たなかっただろう。

 ドルディア族の戦士たちと一緒に、氷を伝ってやってきた。

 ほっとした。

 やはり、知らない場所に放り出されるというのは、未だに緊張するようだ。

 

「ルーデウス、何があった?」

「ちょ、ちょっと修行を」

 

 死ぬ所だった、とはいわなかった。

 見栄を張った。

 

「そうか……お前が本気を出すところは初めて見たが、凄まじいな。

 村が氷で覆われた時には何事かと思ったぞ」

「ま、まあね」

「魔物も全て氷漬けか」

「え、ええ、運ぶのを手伝ってもらいたくて。

 周囲を凍らせるので手一杯でして」

「お安いご用だ。だが、次からは俺にも声を掛けろ」

「ルイジェルドさんがいると秘密の修行にならないじゃないですか」

 

 そう言うと、ルイジェルドはフッと笑った。

 獣族の戦士たちは、周囲で凍ったまま頭だけ潰れた雨群蜥蜴を、戦慄した目で見ていた。

 

 えっと……どや?

 

 雨群蜥蜴の肉は鶏肉に近かった。

 

 

---

 

 

 その後、俺は懲りずに何度か風を使って空を飛ぶ魔術を練習した。

 風魔術で俺の体を空に滞空させることは難しかった。

 

 できるようになった事と言えば、

 先端を真っ平にした『土槍(アースランサー)』を自分の足元に発生させ、自分の体をぶっ飛ばす。

 ぶっとんだ所、風魔術を駆使して加速・減速を行い着地点を修正。

 風魔術で落下速度を落とし、同時に水魔術で着地点にプールを作り、そこに着水。

 それぐらいだ。

 なんとも無様な魔術だ。

 自分の才能の無さが恨めしい。

 空を自由に飛びたいよ。

 

 もっとも、俺はこの結果に満足した。

 空を飛ぶことは出来なかったが、

 空中を経由して高速で移動することは出来るようになったのだ。

 

 当初の目的は達成出来なかったが、

 何か一つ得る物があった。

 今はそれでよしとしよう。

 

 

---

 

 

 2ヶ月半が経過した。

 

 ある日、聖獣様がのっそりと俺の部屋に入ってきた。

 

「これはこれは聖獣様。この性獣めに何か御用で?」

「ワンッ」

「トゥー」

「ワンッ」

 

 スリーとは言ってくれないらしい。

 彼か彼女か、どっちかわからないが、

 聖獣様は俺の隣に腰を落ちつけた。

 

 現在、俺の手元には作りかけのフィギュアがある。

 まだ雨が止むまで時間がありそうなので、

 なんとなく作ってみることにしたのだ。

 

 モデルはルイジェルドである。

 なぜに彼?

 と、思うかもしれない。

 だが、考えても見てほしい。

 スペルド族というのは正体不明の怪物だ。

 その緑髪を見れば、人々は恐れおののく。

 だが、俺の作るフィギュアに着色はない。

 灰色一色の石人形だ。

 

 そんな人形がかっこよく作れれば、

 あるいは人々にもっと受け入れてもらえるかもしれない。

 まずはシルエットから。

 髪のことは最後だ。

 

「わふっ」

 

 聖獣様は太ももにぴったりと身体を寄せて、頭を膝に乗せてくる。

 動物にこんなに近寄られた事はないので、ちょっと戸惑う。

 

「うぉん?」

 

 聖獣様は、「何してるの?」という感じで俺の手元を見ている。

 歳の割に落ち着いた子犬様だこと。

 とりあえず首の辺りをなでなで。

 

「することもないので、創作活動でございます」

「ワフッ」

 

 手を舐められた。

 しっぽがパタパタと動いている。

 嫌われてはいないらしい。

 

 雨が続いているので、聖獣様も暇なんだろう。

 この二ヶ月、どこにいたのか知らないが、

 わざわざ俺のところに来るぐらいだ。

 刺激に飢えているに違いない。

 

「遊びましょうか」

「ウォンッ!」

 

 俺はそのまま、組んずほぐれつ、聖獣様とじゃれあって遊んだ。

 俺はもふもふを楽しみ、聖獣様は適度な運動をする。

 まさにwin-winの関係。

 

 

---

 

 

 コンコン。

 聖獣様と遊んでいると、俺の部屋がノックされた。

 

「ん? どうぞ」

「失礼します。こちらに聖獣様の臭いが……あ」

 

 と、入ってきたのは、村の戦士の格好をした女性だった。

 例の見張りの人だった。

 

「あ、どうも、お久しぶりです」

 

 とりあえず、そう言って頭を下げてみる。

 彼女は俺の姿を見ると、みるみる真っ青な顔になった。

 

「あ、はい、どうも、その、お久しぶりです」

 

 俺に冷水をぶっ掛けて、キツイ言葉を放ってくれた人だ。

 そういえば、彼女もこの2ヶ月見かけなかった。

 どこにいたんだろうか。

 

「その節はどうも、申し訳ありませんでした」

 

 彼女は深々と頭を下げた。

 

「いえいいんです。その話はついていますから」

「しかし、誤解とはいえあんな仕打ちをしてしまうとは……」

「あんな仕打ちって、裸にして冷水を浴びせられただけじゃないですか」

 

 すると、女戦士はさらに真っ青になった。

 今にも倒れそうなぐらいだ。

 

「…………申し訳……ありません」

 

 これはギュエスに聞いた事だが、獣族にとって、

 全裸にして冷水を浴びせるというのは、すごい屈辱的な事らしい。

 

「……その、当時はあなたが聖獣様に性的に酷いことをした人物だと聞いており……」

「もちろん、それは冤罪だと、聞いていますよね?」

「あ、はい、それはもちろん」

 

 と、彼女は聖獣様をチラチラと見る。

 現在の俺は、聖獣様を枕にして、聖獣様は俺の手を舐めている。

 何か文句でもあるのだろうか。

 

「当時のことは仕方ありません。僕も怒っていません。

 けど、やはり謝罪の一つぐらいは欲しかったですね」

「それは、その、申し訳ありません。ギュエス様に、ルーデウス殿とは極力会うなと言われておりまして」

 

 ああ、やっぱりか。

 やっぱ、実行犯が目の前にいると、復讐したくなっちゃうだろうしね。

 ギュエスの判断は正しい。

 

「それで、会うなと言われたのに、どうしてここに?」

「……それは、その、聖獣様が行方不明でして、臭いを追うと、ここでして」

「ワフッ!」

 

 女戦士は冷や汗を流していた。

 そんなに怯えなくてもいいと思うんだ。

 ギュエスはキッチリと謝ってくれたし、俺もそれに納得している。

 雨期が終わったら、慰謝料として金と馬車もくれるという。

 俺は一週間牢屋に入っていただけなのに、ラッキーという感じだ。

 

 俺としてももう全然気にしていない。

 冷水を浴びせられて、変態と罵ってもらったのも、いい思い出さ。

 きっと、将来何かに目覚めれば、興奮すること請け合いのね。

 

「そういえば、雨期が終わったら結婚するそうで。

 おめでとうございます」

 

 そう言うと、女戦士はビクリと身を震わせた。

 なにかの嫌味にでも聞こえただろうか。

 他意はなく、普通に祝福したつもりなんだが。

 

「……その、どうすれば許していただけるでしょうか」

 

 ふむ。

 何か勘違いしているようだ。

 なんかいいな、これ。

 すごい優越感がある。

 これがNTRってやつか?

 

 んふふ。

 やはり全裸になって四つん這いになってもらって……。

 いや、そういうのはよくないな。

 ギュエスにもやめてくれって言われたし、

 エリスとルイジェルドがいつ帰ってくるかもわからんし。

 

 どれぐらいのバツがいいだろうか。

 獣族的に、全裸はダメだよな。

 冷水もきっとダメなんだろう。

 

 じゃあ、白いTシャツを1枚だけ着せて、

 水魔術で水鉄砲みたいな感じにして、ぬるま湯を掛けるというのはどうだろうか。

 わお、俺って天才。

 

「ワンッ!」

 

 と、聖獣様が女戦士をかばうように移動した。

 俺を睨んでくる。

 なんだよう。

 冗談だよ、怒んなよう。

 

「ちゃんと謝罪はしてもらいました。なので僕からはこれ以上いうことはありません」

 

 すると、女戦士はほっと胸をなでおろしていた。

 

「ありがとうございます」

 

 そして、その話は終わったとばかりに、キッと俺を睨んできた。

 

「それより、ルーデウス殿、聖獣様を勝手に連れ出さないで頂きたい」

「なんですかそれは、僕は連れだしていませんよ」

 

 おう、また冤罪か。

 お前、実は反省してねえだろ。

 言葉に気をつけないと、

 今度はお前が全裸牢屋で、俺が水掛ける番だぞ。

 

「ですが、誰かが連れださなければ……。

 聖獣様は聖木から自力では出られないんです」

「……ほう。詳しく聞かせてください」

 

 なんでも。

 聖獣様は数百年に一度だけ生まれる魔獣の一種である。

 正式名称は無い。

 古来より聖獣様が出現する時は世界の危機である。

 聖獣様は大人になると英雄と共に旅立ち、その強大なる力で世界を救う。

 そう言い伝えられている。

 なので、ドルディア族の村の奥地、聖木と呼ばれる樹木に張られた結界の中で、大切に大切に育てられるのだとか。

 そりゃもう、箱入り娘という感じで。

 まだ何もしらない聖獣様を、外の厳しい世界に出さないようにと。

 

 ちなみに聖獣様が大人になるまでには、あと100年ぐらいかかるらしい。

 言い伝えが本当なら、100年後に世界の危機が訪れるって事か。

 

 そして女戦士は現在、聖獣様を守る仕事を主としているらしい。

 あの通行止めの通路の奥で。

 なるほど、町中を歩いても会わないわけだ。

 

「ワフン!」

 

 と、そこで聖獣様が一声吠えた。

 女戦士が驚いた顔をした。

 

「えっ! なんですって」

 

 え?

 なに?

 

「ウォン!」

「なるほど、しかし」

「ワンッ!」

「……わかりました」

 

 なんでお前、普通に犬と会話してるわけ?

 聖獣様の言葉って獣神語じゃないよね。

 どうやって聞き分けるんだ?

 バウ○ンガルとか使ってるの?

 

「聖獣様は、あなたは関係ないとおっしゃっています」

「でしょう?」

 

 もっと言ってやってくださいよ。

 

「聖獣様はルーデウス殿に感謝しているようです」

「ほう、牢屋に放置だったので、すっかり忘れられたかと思っていました」

「ワンッ!」

「心外だ、ちゃんと美味しいごはんを出すように言いつけた、とおっしゃっております。ルーデウス殿も、料理には舌鼓を打っていたはずですが?」

 

 そうだ。

 飯だけはうまかった。

 そして、おかわりももらえた。

 牢屋にしてはおかしいと思った。

 あれは聖獣様の計らいだったか。

 しかし、礼としてまずご飯の心配とは、所詮は犬コロか。

 

「でも、そういう事なら、せめて牢屋から出してほしかったですね」

「ワンゥ! (牢屋ってなに? だそうです)」

「悪い奴を閉じ込めておく場所です」

「ワン! (自分も閉じ込められた、とおっしゃっています)」

 

 その後、しばらく女戦士に通訳してもらい、聖獣様と話してみた。

 すると、どうにも聖獣様は、

 今回の出来事の顛末がわかっていないらしい。

 俺が発情の臭いを発していたとかもわかっていないようだし、

 ギュエスが俺を捕まえた事の意味もわかっていないようだ。

 自分が捕まったことも、怖いことがあったという事ぐらいにしか理解していない。

 つまり、まだ子供だってことだ。

 子供にあれこれ要求するのはよくないな。

 仕方がない。

 

「聖獣様のおかげで快適な生活を送ることができました。

 ありがとうございます」

 

 お礼を言うと、尻尾を振られ、顔を舐められた。

 んふふ、可愛いやつよ。

 ワシャワシャと首筋を撫でてやる。

 すると、押し倒された。

 ああん、ダメよ、人が見ているわ……。

 

「……ルーデウス殿、聖獣様は尊い方です。

 その、懸想されるのは控えてもらえませんか?」

「違います。この発情の臭いはあなたへのものです」

「えっ!」

「失礼、なんでもありません」

 

 いかんいかん、ちょっと本音が。

 

「こほん。では聖獣様。聖木(おうち)へと帰りましょう」

「ワンッ!」

 

 聖獣様は、女戦士の言葉に素直にうなずき、帰っていった。

 

 その後、

 獣族の間で聖獣様が脱走したと問題になった。

 結局、聖獣様を連れだした犯人はわからなかったらしい。

 より一層の護衛の警戒を、と結論付けたようだが、

 つい先日、誘拐事件があったばかりだ。

 護衛たちはピリピリしだした。

 

 

---

 

 

 その後、聖獣様は俺の元に何度も現れた。

 そう、なぜか、俺のところにだ。

 

 もちろん、二回目は俺が疑われた。

 が、運よくその日は、ルイジェルド・ギュスターヴの酒盛りに参加していた。

 酒は飲んでいないが、くるみっぽいナッツなツマミがうまいのだ。

 つまりアリバイがあった。

 森の一帯を凍りつかせるほどの魔術師なら、

 離れていても何か方法があるのだろうとか言われたが、

 ギュスターヴの一喝で俺の疑いはすぐに晴れた。

 

 これ以上冤罪を被せられるのは面白くない。

 なので、なるべくルイジェルドかエリス、

 あるいはギュスターヴの傍にいる事にしようと思い、やめた。

 

 あえて、ギュエスの傍にいる事にした。

 彼は戦士長。警備の最高責任者である。

 日々忙しくしているが、

 彼にアリバイを証明してもらうのが最も有効であると考えたのだ。

 

「ルーデウス殿は、自分の事を嫌っているかと思っていたが?」

 

 一日中張り付いていると、苦い顔をされた。

 

「別に気にしていないので、次に娘さんが生まれたら一人ください」

「……それは、自分の娘と本気で婚姻の契りを結びたいという事か?」

「いいえ、ただの冗談ですよ。

 おっと、失礼、発情の臭いをさせてしまいましたかな?」

「すんすん……していないな」

「ほう、これぐらいなら大丈夫ですか」

 

 やはり、女性が近くにいなければ、俺のトムボーイもトムキャットしないようだな。

 視界に入らなければ、どうってこたないって事だ。

 

「……ここ一ヶ月ほどでわかったのだが。

 ルーデウス殿は出来たお方だな。

 まだ若いというのに、ルイジェルド殿が戦士と認めるだけの事はある」

「なんですか、いきなり褒めだして」

 

 気持ち悪いな。

 いきなり手のひらを返すなんて。

 

「最初は、ルイジェルド殿の威を借り、

 好き放題しているだけのクソガキかと思っていたが」

 

 ほう。

 言うね。

 まあ、あながち間違っちゃいないが。

 

「魔術の腕は……自分の想像以上だ。

 雨期の森を凍らせるなど、お伽話でしか聞いたことがない」

「フッ、僕の師匠はもっと凄いですがね」

 

 と、意味もなくロキシープッシュ。

 ロキシーはいくら褒めても褒め足りない。

 

「そしてなにより、そんな力を持ちながらも、

 あんな仕打ちをした我等ドルディア族に、一切向けていない」

 

 そういえばそうだな。

 けどほら、ルイジェルドも言ってたけど、

 俺にも油断があったからね。

 お互い反省するって事でいいじゃないか。

 それに……。

 

「ここは、ギレーヌの故郷ですしね」

「…………ギレーヌはこの村のことをなんと?」

「いえ、特に何も言ってませんでしたがね」

 

 ギレーヌは、あまり大森林の事が好きじゃなかったみたいだしな。

 獣神語を教えてくれる時も、苦い顔をしていたものだ。

 

「尊敬する師匠の一族とは、仲良くしたいじゃないですか」

「……今一度、謝らせてもらってもよいか?」

「あの土下座は別にいりません。

 そんな事より、ミニトーナちゃんに手を出す権利をください」

「ルーデウス殿がきちんと本気で娘の相手をしてくれるなら、自分はかまいませんが」

「え!」

 

 まじで?

 猫耳娘をニャンニャンする権利をやろうって!

 いやいや。

 今、いい話してるんだから、お前(クソニート)はひっこんどけ。

 

「もちろん冗談です。多分、エリスが怒りますしね」

「今、少し発情の臭いがしたが」

「そりゃ仕方ないでしょう。ギュエスさんの不用意な発言のせいじゃないですか。察してくださいよ」

「そうか……申し訳ない」

 

 まったく。

 俺はエリスときちんと約束しているのだ。

 15歳。

 あと4年だ。

 4年待てばパラダイスだ。

 

 約束といえば、シルフィともしているが……。

 シルフィはどうしているだろうか。

 元気だろうか。

 髪の事でイジメられてなければいいが……。

 

「っと、今日もきましたね」

 

 などと考えていると、聖獣様がのっそりと現れた。

 

「くっ、警備は何をやっているのだ……!」

 

 ギュエスはそれを見て、ギリッと歯噛みした。

 聖獣様は今日も俺に「ワンッ」と嬉しそうに一声。

 俺はそれに応えて頭を撫でつつ。

 

「もしかすると、自力で出れるのではないでしょうか」

 

 と聞いて見るが、

 

「いいえ、誰かの手引きで出ているのは、間違いないようだ」

 

 と、ギュエスは聖獣様を困った目で見ながら言った。

 誰かの手引き。

 間違いなく身内の犯行だろうが、全員にアリバイがある。

 不気味な事だ。

 

「僕とルイジェルドで調べましょうか?

 ルイジェルドの『眼』なら、すぐにわかると思いますが」

 

 そう進言すると、

 

「いや、聖獣様の守護はドルディア族の誇りの問題だ。

 部外者に手を煩わせるわけにはいかん」

 

 と、断られた。

 

「村の防衛はいいのに?」

「それとこれでは、話が違う」

 

 村の防衛はよくて、聖獣の脱走監視はダメ。

 線引が難しいところだが、これも常識の違いかね。

 

 まあ、彼らがそれならそれでもいいが……。

 

「こう何度も脱走されるようだと、不安になりますね。

 今は雨期だからいいですが、もし雨期が終わったら、また誘拐されるかもしれません。

 それに、村中にだって魔物は出没するんですから、万が一もありえます」

「そうだな……」

 

 ギュエスは難しい顔で悩んでいる。

 

「聖獣様が出てくるのが僕に会いに来るのが目的というのなら、

 逆に僕が毎日出向けば、問題ないのでは?」

「それは……しかし……ううむ……」

 

 悩んでいる。

 やはり、聖木によそ者は近づけたくないか。

 汲んでやろう。

 

「では、不届き者に連れ出される前に、あえて聖木の近くから出し、

 僕と護衛の人で見守るというのはどうでしょう。

 そうすれば、『誰かに連れ出される』心配はなくなります」

「…………本末転倒ではないか?」

「聖獣様の居所が一瞬でもわからなくなるより、マシだと思いますが?」

「…………」

 

 ギュエスは悩んだ。

 悩んだ末、そういう事になった。

 

 

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 それから、二週間弱。

 俺は聖獣様と遊んで暮らした。

 犯人は結局わからなかったが、

 とりあえず聖獣様が姿を消すことはなくなった。

 

 ちなみに、お手を仕込もうとしたら護衛の人にメッチャ怒られたのはナイショだ。

 

 

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 そんなこんなで三ヶ月が経過した。

 雨はやんだ。