無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第四十五話「一年半のパウロ」

--- パウロ視点 ---

 

 

 目が覚めた時、オレは草原にいた。

 草原だ。

 草原としか言いようが無い。

 何の変哲もない草原だが、不思議な事に見覚えがあった。

 どこかと考えること数分。

 

 思い出した。

 ここはアスラ王国の南部。

 かつて滞在していた町の近くだ。

 当時は、町で水神流を習っていた。

 つまり、リーリャの故郷の近くである。

 

 これは夢だ。

 自然とそう考えた。

 

 それにしても懐かしい場所だ。

 ここで暮らしたのは何年だったか。

 一年か、それとも二年か。

 それほど長くいなかった事だけは覚えている。

 

 記憶にあるのは道場でのことばかり。

 思い出すのは兄弟子たち。

 いけ好かない連中だった。

 口ばかりの連中だった。

 才能あるオレの頭を押さえつけ、自分の上に行くなと厳命するような連中だった。

 

 オレは上下関係というものが嫌いだ。

 実家を飛び出したのも、父親に頭を抑えつけられたからだ。

 それでも、まだ父親はマシだった。

 なんだかんだ言って、力を持っていた。

 

 だが、あの兄弟子らには力がなかった。

 口と自尊心だけが発達した有象無象だった。

 オレが中級の域に達した時、奴らは初級の出口あたりでウロウロしていた。

 程度の低い奴らだった。

 

 道場主にしても、せいぜい水神流の上級剣士だ。

 自分の力量の無さを棚にあげて精神論ばかり吐く老害だった。

 オレはあいつらに、いつか自分の力を見せてやろうと思っていた。

 

 もっとも、結局、俺がそいつらに自分の力を見せつけることはなかった。

 

 いろんなことに我慢できなくなり、

 あてつけるようにリーリャを犯し、逃げた。

 元より狙っていたのもあるが、あいつら全員が大切にしているものを踏みにじってやりたかった。

 奴らはオレが逃げた翌日から、血眼でオレを探しまわった。

 オレは奴らをあざ笑うように国外に逃亡した。

 

 思えば、オレもガキだったな。

 兄弟子たちの事はどうでもいいが、

 リーリャには、悪いことをしたと思っている。

 

「……ん」

 

 風が吹いた。

 目にゴミが入り、顔をしかめる。

 と、オレの裾を引っ張る者がいた。

 

「おとうさん……ここ、どこ……?」

「うん?」

 

 気づけば、ノルンを胸に抱いていた。

 彼女は不安げな顔でオレを見ている。

 

 そこでようやく、

 俺は部屋着のまま、草原に立っている事に気付いた。

 足の裏には、ハッキリとした地面の感覚。

 ノルンの温もり。

 これは夢ではない。

 

「……なんだこりゃ?」

 

 自分がなぜ、ここにいるのかわからない。

 一人なら、最後まで夢だと思っただろう。

 だが、胸にはノルンがいる。

 三年前に生まれたばかりのノルン。

 小さなノルン。

 オレの可愛い娘。

 

 オレは滅多に娘を抱かない。

 厳格な父親を目指しているため、肉体的な接触を避けているのだ。

 そんなオレが、なぜノルンを抱いているのか……。

 

 ……そうだ。

 思い出した。

 

 そう、先ほどまで、家でゼニス達と話をしていたのだ。

 他愛のない話だった。

 

『娘は大きくなると父親との接触を嫌がるようになるから、今のうちに抱いておいた方がいいわよ』

『いやいや、オレは威厳のある父親を目指そうと思っている。

 ルーデウスと違ってノルンは平凡なようだし、

 ここは偉大な父親と認識してもらわなければ』

『それって、嫌いだった御義父さんと一緒なんじゃないの?』

『……そうだな、じゃあやっぱり抱かせてくれ』

 

 そんな会話だ。

 

 その近くでは、リーリャがアイシャに何かを教えていた。

 リーリャはアイシャに英才教育を施すつもりのようだった。

 オレはもっと伸び伸びと自由に育てさせるべきだと反対したのだが、

 リーリャに鬼気迫る様子で、押し切られたのだ。

 

 アイシャは成長が早かった。

 何かを教えればすぐに覚えたし、歩き出すのも早かった。

 リーリャの教育がよかったのかもしれないが、

 ノルンが知恵遅れなのかと不安になるぐらい、優秀だった。

 リーリャは「ルーデウス様ほどではありません。ノルンお嬢様ぐらいが普通です」と言っていた。

 普通でも異常でもどちらでもいいのだが、

 将来、優秀な兄と妹に挟まれるノルンを思うと、少しだけ不憫だ。

 

 そう。

 その時だ。

 唐突に。

 白い光に包まれたのだ。

 

 ああ、覚えている。

 記憶は連続している。

 

 それが証拠に、ノルンが胸に抱かれている。

 もうとっくに歩けるノルンを、胸に抱いている。

 

 ……何かが起こったらしいと、瞬時に悟った。

 

「……おとうさん?」

 

 オレの顔を見て、ノルンが不安そうな声を上げた。

 

「大丈夫だ」

 

 オレはノルンの頭を優しく撫でた。

 そして、周囲を見渡す。

 ゼニスとリーリャの姿がない。

 

 近くにいるのか、それともオレだけが飛ばされたのか。

 ノルンが一緒にいる。

 何故だ。

 

 ……覚えがある。

 迷宮で一度だけ引っかかった事のある凶悪な罠。

 転移(テレポート)の魔法陣に乗ってしまった時と似ている。

 当時は運よく近くに転移したが、

 つい裾を掴んでしまったエリナリーゼが本気で怒っていた。

 運が悪ければ即死する罠だ。

 引っかかったのは斥候のサルが発見できなかったのが全部悪いのだが……。

 そんな話はどうでもいい。

 

 つまる所、転移とは接触している相手だけを瞬時に移動させるのだ。

 だから、ノルンがオレについてきた。

 

 しかし、どうして。

 何故そんな事が起きたのか。

 

 唐突すぎる。

 誰の仕業か。

 オレは各地に敵がいる。誰に何をされても不思議はない。

 

 だが、転移。

 転移となると話は別だ。

 転移魔術をするための詠唱は無い。

 ゆえに魔法陣か魔力付与品(マジックアイテム)を使わなければならない。

 転移の魔力付与品(マジックアイテム)は世界的に見ても禁制品。

 転移の魔法陣の技術は禁術として指定され、失われて久しい。

 

 オレ一人に復讐するのに、なぜそんな危険な橋を渡る必要があるのか。

 そして、なぜこんな、何もない場所に飛ばす必要がある。

 

 まさか。

 当時の門弟の一人が犯人か?

 あの時の事を覚えていて、

 リーリャを手に入れるために、オレを転移させた。

 この場所なのは、あてつけだ。

 家に帰ったら、ゼニスとリーリャが野卑な男どもに犯されているのかもしれない。

 くそっ、奴らの考えそうな事だ。

 

「ねぇ、おとうさん」

「ノルン。大丈夫だ、すぐに家に帰ろう」

 

 オレはむしろ自分に言い聞かせるように言って、町に向かった。

 

 幸いにして、何かあった時のために、

 アスラ金貨を剣の鞘のホルダーに忍ばせてある。

 冒険者時代の癖もあり、剣は常に身に着けている。

 寝る時だって外しはしない。

 外すのは女を抱く時だけだ。

 

 鞘のホルダーには冒険者カードも付けている。

 こんな時のために、だ。

 

 オレは冒険者ギルドに赴いて両替。

 銀貨9枚と大銅貨8枚。

 いつのまにか手数料が上がっていた。

 だが、これだけあれば十分だ。

 

 冒険者ギルドの依頼をサッと確認し、

 緊急の配達依頼があったので、それを受諾する。

 受付嬢は、更新が途絶えて文字の消えたカードに魔力を通し、

 そこに書いてあるランクがSであることを確かめ、驚いていた。

 そして、Sランク冒険者がなぜこんなクエストを、と驚いていた。

 緊急依頼であるためランクに関係なく受けられるが、本来ならEランクの依頼だ。

 別に隠す事もないのだが、説明するのも面倒なので適当に言葉を濁しておく。

 

 銀貨一枚で手早く準備を整える。

 旅支度なんてしたのは何年ぶりか。

 久しぶりだが、必要なものはわかっている。

 すぐに終わった。

 

 そして、冒険者ギルドより馬を借りる。

 緊急の配達依頼があってよかった。

 Sランクの特典により、馬を無償で借りる事ができる。

 無論、依頼達成と同時に返さなければいけないが。

 

 今回、配達依頼とは別方向に行く。

 依頼人には悪いと思うが、オレも緊急だ。

 

 連れられてきた馬は、かなりの名馬だった。

 運がいい。それだけ緊急という事だろう。

 これは、冒険者資格が剥奪される可能性もあるな。

 だが、それならそれでいい。

 もう冒険者として生きていくつもりもないからな。

 

 ノルンを馬に乗せ、オレも後ろに飛び乗る。

 そして、すぐに町を発った。

 

 

---

 

 

 途中でノルンが体調を崩した。

 急ぎすぎたのだ。

 

 乗馬の経験のないノルンは、

 昼夜を問わず移動し続けるには、まだ子供すぎた。

 

 その看病に時間を取られ、

 フィットア領にたどり着いた時には、2ヶ月は掛かっていた。

 最初から馬車を使っておけば、と思う日数だ。

 配達依頼はとっくの昔に失敗になっている。

 罰金は大した金額ではない。

 

 だが、オレは絶望していた。

 ブエナ村にたどり着く前に。

 事の重大さが分かったからだ。

 

 フィットア領が消滅していた。

 

 オレは混乱の極地にあった。

 何が起こったのか。

 ブエナ村はどこにいったのか。

 ゼニスは?

 リーリャは?

 城塞都市ロアも消滅している。

 となると、ルーデウスもいないのか?

 

 馬鹿な……。

 オレは知らずに、地面に膝をついていた。

 

 『転移の罠で全滅』

 

 そんな単語が、オレの脳内に渦巻いた。

 冒険者時代。

 迷宮に潜るようになってから、何度も耳にした。

 一番気をつけなければいけない罠は転移だと。

 パーティはバラバラになり、現在位置もわからなくなる。

 絶対に引っかかってはいけない罠の一つ。

 

 当時、そんな罠で全滅したパーティの話は何度も聞いた。

 パーティ全員で魔法陣に引っかかり、

 なんとか一人と合流して入り口まで戻ってくる。

 すると、自分たち以外のパーティが全滅していた。

 そんな話を、呆然とした顔でつぶやく男は何度も見た。

 

 だが、まさか、

 こんな所で、

 自分が……。

 

「おとうさん……おうち、まだなの?」

 

 そんな言葉で、オレはハッと我に返った。

 オレの服の裾を掴んだ、三才になる娘がいた。

 

 オレは無言で、ノルンを抱きしめた。

 

「おとうさん? どうしたの?」

 

 そうだ。

 オレはおとうさん。

 父親だ。

 娘は、まだ何が起こったのかわかっていない。

 だが、オレがいるから、安心している。

 

 オレは父親だ。

 父親なのだ。

 

 弱みを見せてはいけない。

 毅然とした態度でいなければならない。

 

 そうだとも。

 転移は確かに恐ろしい罠だ。

 なぜそんな事態になったのかはわからない。

 だが、オレは生きていた。

 ゼニスだって元冒険者だ。

 リーリャだって、後遺症はあるものの、剣を使える。

 

 アイシャは……。

 思い出せ、あの時、あの瞬間、

 リーリャはアイシャと接触していたか?

 ……思い出せん。

 

 いや、諦めるな。

 あの時、リーリャはアイシャの手を握っていた。

 今はとりあえず、そう考えよう。

 

 

---

 

 

 最寄りの町で馬を返し、情報を集めてみる。

 

 転移の災害はフィットア領全土で起こった。

 フィリップもサウロスも行方不明。

 現在はフィリップの兄弟が領主になっている。

 だが、フィリップの兄弟は災害の責任を取らされ、今にも失脚しそうである。

 自分の保身に走るあまり、災害に対する手が打てていないらしい。

 領民を守ることより、まず保身。

 これだからアスラ貴族は気に食わない。

 

 情報を集めている中、

 アルフォンスという老人が接触してきた。

 彼はフィリップに仕えていた執事の一人だという。

 

 グレイラット家に忠誠を誓っていた彼は、

 こんな状況になろうとも己の意志を変えなかった。

 自分の財産を使い、難民キャンプの設営を開始していたのだ。

 

 アルフォンスは、オレにその手伝いをしてほしいと接触してきた。

 なぜオレを、と聞くと、フィリップからオレの話を聞いていたらしい。

 フィリップ曰く、

『いざという時に力を発揮する人物だが、先を見通す力はないので、自分のミスでいざという時を作り出す危うい人物だ』

 という事らしい。

 余計なお世話だ。

 

 アルフォンスとしては、低評価なオレに接触するのは迷ったらしい。

 だが、ルーデウスの父親であることを加味し、協力を仰いだという話だった。

 手紙で近況を聞いていただけだが、息子があまり接触していないであろうこの執事にも評価されていた事を嬉しく思う。

 オレは快く承諾し、アルフォンスの指示に従った。

 

 

 そうして一ヶ月。

 アルフォンスは顔が広く、

 各所に手を回して人材を集め、難民キャンプを立ち上げた。

 見事な手腕だった。

 

 オレは集まってきた若者を集め、「フィットア領捜索団」を組織した。

 各地に転移し、難民と化した人々を救うのだ。

 もっとも、オレの目的は見ず知らずの他人を助けることではない。

 家族を探すことだ。

 その頃には、王都の方でも権力争いに決着がついたのか、

 復興資金がアルフォンスに送られるようになっていた。

 

 難民キャンプにメモを残し、

 冒険者ギルドの本部があるミリス神聖国を目指す。

 アスラとミリス、この二つを抑えておけば、どちらかには情報がはいるだろう。

 そういう判断だ。

 

 なに、全員すぐに見つかる。

 と、その時は思っていた。

 浅はかだった。

 

 

---

 

 

 ミリスで活動し、半年の時間が流れた。

 かなりの人間がミリス大陸へと転移していた。

 

 オレはそれを全員、片っ端から救助した。

 中には奴隷として売られた者もいた。

 全員、救うことにした。

 

 奴隷を無理やり解放するというのは、ミリスの法律に触れる所である。

 だが、ゼニスやリーリャがもし奴隷になっていたら。

 そう考えると、犯罪だからと躊躇する理由にはならなかった。

 全員救う。

 その姿勢を保つのだ。

 そうすれば、誰がどんな状況でも、大義名分が立つ。

 助けないという前例は作らない。

 

 そう考え、ゼニスの実家に頼った。

 ゼニスの実家はミリスでは力ある貴族であり、

 何人もの優秀な騎士を排出してきた名門である。

 彼らに頼り、奴隷を解放するための下地を作った。

 

 難民救助は順調だった。

 動きが早かったおかげか、難民として困窮している人々はすぐに見つかった。

 ミリスには大量の人々が転移していた。

 彼らを助け、

 自分の足で帰るという者には旅費を、

 捜索を手伝うという者は捜索団に迎え入れ、

 老人や子供には住む場所を提供した。

 奴隷は金で片がつくなら金で、

 片が付かないならゼニスの実家の権力で、

 それでもダメなら、隙を見て攫って身柄を隠した。

 

 もちろん、問題は起きた。

 無理矢理に奴隷を奪うオレたちをミリス貴族たちは疎ましく思い、

 私兵を引き連れてオレを強襲する貴族もいた。

 そのせいで、死ぬ団員も出た。

 だが、オレは止まらなかった。

 オレには大義名分があった。

 人々を救うという大義名分が。

 だから団員たちも付いてきた。

 オレはアスラの上級貴族グレイラット家の名前、

 ゼニスの実家、かつての冒険者としての名声、

 あらゆるものを使って問題を解決した。

 

 しかし、一向に、まったく、全然、ゼニスとリーリャの情報は入って来なかった。

 それどころか、ルーデウスもだ。

 あの、どこにいても目立ちそうな息子の情報すら、一切入ってこないのだ。

 

 

---

 

 

 一年が経過してしまった。

 あっという間に一年だ。

 

 この頃になると、もう難民の発見報告もかなりナリを潜めた。

 中央大陸南部とミリス大陸で見つけられる相手は、大体見つけたと言えよう。

 まだいくつか探していない村はあるし、

 まだ何人か、奴隷を手放さない奴らがいる。

 

 その程度だ。

 奴隷の解放は計画的に進んでいる。

 身柄を確保してしまえばこちらのものだ。

 強引であることは承知している。

 一部の貴族連中に唾棄され、眼をつけられている事も理解している。

 それで団員が襲われ、死亡したり大怪我をした事もあった。

 団員達の中には、その事でオレを責める奴もいた。

 あんたがもっとうまくやってりゃ、こんな事にはならなかったんだ、と。

 何を言われても、オレの行動は変わらない。

 今更変えるわけにはいかないのだ。

 

 

 最近、難民の発見報告より、死亡報告が多く上がってくる。

 いや、最近などというのは曖昧か。

 最初から死亡報告は多かったのだ。

 はっきり言って、生存者より死亡者の方が圧倒的に多い。

 エト、クロエ、ロールズ、ボニー、レーン、マリオン、モンティ……。

 知り合いの死亡報告を聞く度に、オレの背筋がヒヤリと冷えた。

 

 報告を受けて泣き崩れる者もいた。

 あと一歩間に合わず、死亡したというケースもあった。

 オレに食って掛かる者もいた。

 なんでもっと早くあの場所を探してくれなかったんだ、と。

 その度に、やるせない気持ちになった。

 

 そして、時が流れれば流れるほど、

 死亡報告すらも曖昧になっていった。

 死んだかもしれない。

 そういう風体の奴が死体になっているのを見たかもしれない。

 森の奥で、そいつの持っていた何かを見たかもしれない。

 実際に赴いてみると、徒労である事も多かった。

 

 そして、オレの家族に関する情報は、未だ一切入ってこない。

 

 失敗したかもしれないと思った。

 魔大陸や中央大陸の北部を先に探すべきだったのかもしれない。

 奴隷になった所で、命まで奪われるわけではないのだ。

 後回しにできるものは後回しにして、

 まずは危険な場所を探すべきだったのではないか、と。

 

 いや、無理だ。

 捜索団のメンバーは戦いに優れているわけではない。

 大半が元は農民や町民だ。

 冒険者もいるが、数は少ないし、アスラ王国で活動していたような冒険者で、オレに言わせりゃ駆け出しもいい所だ。

 そんなメンツでは、魔大陸や中央大陸北部、ベガリット大陸では、戦闘に耐えられない。

 自分たちが遭難しかねない。

 

 だから間違ってなかったと思う。

 おかげで、数千人単位で難民を救うことができた。

 

 あるいは『黒狼の牙』の連中がいてくれれば、

 魔大陸やベガリット大陸も捜索してくれるだろう。

 だが、連絡を取ってきたのは一人だけだった。

 

 その一人も、一度連絡を取ってから、フラリとどこかにいなくなり、

 今では何をやっているのかサッパリわからない。

 

 薄情な連中だとは思わない。

 もともと仲は悪かったし、別れ際にも大喧嘩をした。

 最悪な別れだった。

 全員がオレを恨んでいてもおかしくはない。

 なぜ、昔のオレはあんな別れ方をしたのか。

 知っている、ガキだったからだ。

 とはいえ、後悔しても始まらない。

 

 

---

 

 

 一年半が経過した。

 このごろ、酒を飲む量が増えた。

 酒に頼らなければやってられなくなってきた。

 

 朝から晩まで飲んでいる。

 素面の時なんて無い。

 

 こんな事ではいけない、と思いつつも、

 酔いが覚めると、どうしてもダメだった。

 家族が死んだと考えてしまう。

 どんな死に様だったのか、死体はどうなったのか。

 そんなことばかりを考えてしまう。

 なにせ、あの優秀な息子ですら、音沙汰の一つもないのだ。

 

 考えたくはない。

 考えたくはないが、恐らく、

 生きてはいまい。

 

 きっと、みんな、この一年半の間に、

 オレの助けを待ち、泣きながら死んでいったのだ。

 そう考え、発狂しそうになった。

 なぜオレはこんな所にいるのか。

 他者のことなどかなぐり捨てて、最初から危険な場所を探していればよかった。

 最悪、オレ一人でもなんとかなったのだ。

 

 選択ミスで、すぐそばにあったものが失われた。

 一番大切なものが、無残にも奪われた。

 それを信じたくなくて、オレは酒を飲む。

 酔っ払っている時だけが、幸せだった。

 

 

 仕事はまったく手に付かなかった。

 半年後、ミリス大陸で見つかった人々をフィットア領へと返す作戦が始まる。

 老人や女子供、あるいは病気で動けない人間ばかりだ。

 金があっても長旅に耐えられるかわからない人々。

 しかし故郷へと帰りたいと願う者達。

 彼らを護衛しつつ、フィットア領へと戻るのだ。

 その計画が進んでいる中、オレは責任者であるにもかかわらず、会議にも参加せず、一日中飲んだくれていた。

 

 オレを含めた主要メンバーはミリスに残るが、その作戦を最後に、捜索活動は縮小される。

 二年。

 たった二年で捜索が打ち切りなのだ。

 早すぎると思うが、こんなものだと納得している自分もいる。

 これ以上捜索を続けても、無駄に資金を浪費していくだけだ。

 

 結局、俺は家族の一人も見つけることが出来なかった。

 ダメな男だ。

 どうしてオレはこんなにダメなんだ。

 いつまでたっても大人になれない。

 

 酒浸りになるオレに、団員たちは一歩距離をおいている。

 当然だ。

 誰だって、こんな酒浸りのバカを相手にしたくない。

 

 もっとも、例外は何人かいる。

 そのうちの一人が、ノルンだ。

 

「おとうさん! あのね、さっきね、道でね! おっきな人がね!」

 

 オレがどれだけ酔っ払っていても、

 ノルンは嬉しそうに話しかけてきてくれる。

 

 ノルン。

 ノルンはオレにとって、最後の家族だ。

 一番大切なものだ。

 オレには、もうノルンしかいない。

 

 そうだ。

 魔大陸やベガリット大陸に行かなかったのだって、

 ノルンの存在があったからだ。

 当時まだ4歳だった娘を、どうして放り出せよう。

 どうして彼女を置き去りにし、自分が死ぬかもしれない危険な場所へと赴けようか。

 

「おお? どうしたノルン。何か面白い事でもあったのか?」

「うん! さっき道で転びそうになったら、ハゲ頭の人が助けてくれたの!

 それでね、コレ! もらったの!」

 

 ノルンはそう言って、嬉しそうに手の中のものを見せてくれた。

 りんごだった。

 真っ赤なりんごだ。

 実に美味しそうな色をしている。

 

「そうか、それはよかったな。ちゃんとお礼は言ったか?」

「うん! ありがとうって言ったら、ハゲのおじさんは頭を撫でてくれたの!」

「そうかそうか。いい人だな。でも、ハゲって言っちゃダメだぞ、気にしてるかもしれないからな」

 

 娘との会話はいつも楽しい。

 ノルンはオレの宝だ。

 もしノルンに手を出すような輩がいたら、

 それがミリス教団の法王でも喧嘩を売る覚悟がある。

 

 と、そんな事を思っていた時だ。

 

「団長! 大変です!」

 

 団員の一人が、オレの部屋に飛び込んできた。

 娘との会話を中断され、俺は少し不機嫌になる。

 いつもなら、怒鳴り散らして追い返す所だろう。

 が、娘の手前、くだらないプライドが、俺を冷静にさせた。

 

「どうした?」

「仕事に行ってた奴らが襲われたんだ!」

「襲われただぁ?」

 

 襲われた。 

 誰に?

 決まってる、あのくだらない貴族連中だ。

 アスラ王国の領民が災害によって奴隷に落ちたのだと説明しても、

 決して身柄を離そうとしなかった、強欲な連中だ。

 確か今日は、そのうちの一人を救出するという話だったか。

 

「よし、全員、装備つけろ! いくぞ!」

 

 取る物もとりあえず、荒事用の団員に声を掛ける。

 大して強い連中ではないが、相手だって迷宮に潜るような冒険者ではない。

 十分互角に戦える。

 

 そして、そいつらを引き連れ、

 問題が起きたとされる場所へと向かう。

 

 すぐ近く、というか隣だった。

 捜索団の倉庫の一つで、団員の衣料品などを保管している場所だ。

 ここを嗅ぎつけられたのか。

 まずいな。

 拠点を変える必要があるかもしれない。

 

「パウロさん、敵が一人だが、強い。気をつけてくれ」

「……剣を使うのか?」

「いや、魔術師だ。多分ガキだが、顔を隠している」

 

 魔術師のガキ……。

 それも、素人とはいえ、大の大人を団員を何人も倒しうる相手。

 恐らくは小人族だろう。

 奴らは子供のような見た目で、平気で他人を騙す。

 

 小人族の手練れ。

 酔っていて、勝てるだろうか。

 そこらのチンピラに負けない自信はあるが……。

 いや、問題ない。

 やりようはいくらでもある。

 

 そう思い、俺は倉庫へと入った。