無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第四十八話「方針の再確認」

 その日、丸一日パウロと話をした。

 

 大した事を話したわけではない。

 他愛ない話だ。

 

 まず、ブエナ村での出来事だ。

 俺が城塞都市ロアへと赴いてからの数年間。

 

 パウロは二人の奥さんに囲まれながら、

 しかし酒池肉林とは行かなかったらしい。

 ゼニスとリーリャの間では何度も話し合いが行われ、

 基本的にリーリャとの性的な接触は無し。

 ただしゼニスが三人目を妊娠して、

 どうしても我慢できなくなった場合は許可を求める事。

 という流れになったらしい。

 ゼニスにも葛藤があったようだが、

 パウロにとっては都合のいい結末である。

 羨ましいね。

 

「それで、三人目の妹は生まれそうなんですか?」

「いや、それがなかなかな……。お前の時は一発だったんだが」

「一発でこんな優秀な息子が生まれるとは、父様も運がいい」

「言ってろよ」

 

 11歳の息子と父親の会話じゃないな。

 などと思いつつ、しかし心地良さを感じていた。

 

 ゼニスやリーリャの生死には触れない。

 意図的に触れない。

 お互いわかっているのだ。

 生死の話題をしても、決して楽しい事にはならず、

 やるせない気持ちだけが残るということが。

 

「シルフィは元気でやっていたんですか?」

「ああ、あの子はすごい。

 お前の教師としての才能を感じたよ」

 

 シルフィは元気でやっていたらしい。

 午前は走りこみと魔力の鍛錬をして、

 午後はゼニスの所で治癒魔術を習う。

 アイシャがある程度大きくなってからは、

 リーリャに行儀作法などを習っていたそうだ。

 

「ひたむきって言うんだろうな。

 よくウチにきて、ルディの部屋で何かやってたよ」

「……シルフィは、そこで何かを見つけたりとかしていませんよね?」

「なんだ? 何か見られて困るもんでも隠してたのか?」

「いえ、まさか、そんなはずあるわけないじゃないですか」

 

 やだなもう。

 

「ま、みんな消えちまったみたいだがな」

 

 パウロの話によると、フィットア領にあった物体は、

 そのほとんどが消滅してしまったらしい。

 羽ペンやインク壺といった小さなものから、

 家や橋といった建築物に至るまで、

 全てが消えてしまったらしい。

 唯一、身に着けていたものだけ、一緒に転移した、と。

 

「そうですか」

 

 それは残念だ。

 何が残念なのかさっぱり思い出せないが、

 心の中には言い得ぬ寂寥感がある。

 

「お前はどうしてたんだ?」

「ロアでの事ですか?」

 

 聞かれ、俺も答える。

 

 初日にエリスにぶん殴られて心が折れそうになった事、

 偶然(・・)人攫いに連れ去られて、なんとか脱出した事、

 そのことをキッカケに、エリスと少し仲良くなれた事、

 でも授業は聞いてくれなかった事、

 ギレーヌに泣きついた事、

 彼女のおかげでエリスが授業を聞いてくれるようになった事、

 そこから少しずつ仲良くなった事。

 一緒にダンスを習った事。

 そして、10歳の誕生日の事。

 

「誕生日か、悪かったな……」

「何がですか?」

「顔も見せてやれなかった」

 

 アスラ王国民にとって、節目歳である10歳は極めて重要な歳である。

 どうして重要なのかは未だわかっていないが、縁起物なのだろう。

 盛大にお祝いをするし、プレゼントも渡す。

 

「それは構いません。エリスの家族にしっかりお祝いしてもらいましたから」

「そうか、何をもらったんだ?」

「高価な杖です。『傲慢なる水竜王(アクアハーティア)』なんていう、ちょっとこっ恥ずかしい名前なんですが」

「そうか? カッコイイじゃないか」

 

 カッコイイ?

 なにを馬鹿な、背筋が痒くなるような名前じゃないか。

 でも、この世界では凄い性能のものにほど、大仰な名前をつけるのかもしれない。

 

「それと、アルフォンスから聞いたぜ、ルディ。

 もう一つ、いいものをもらったらしいじゃねえか」

「いいものですか?」

 

 はて、何をもらったのだろうか。

 知恵と勇気と無限のパワーだろうか。

 どれもまだまだ足りないと思うが。

 

「ほら、フィリップん所のお嬢さんだよ。

 さっき初めて見たが、健気で可愛らしい子じゃないか。

 お前の事を必死に守ろうとしてよ……」

 

 ……もらった。

 と、言われると少し違う気がする。

 いや、確かにフィリップから「よし」と許可されたが、

 「頂きます」には至っていない。

 

 彼女は大事にしたい。

 

 昨日の事もある。

 落ち込んでいる時に誰かに優しく抱きしめられ、

 眠るまで頭を撫でてもらったのは初めてだ。

 

 エリスの事は絶対に裏切れない。

 15歳になったら、という約束もあるが、

 例え15歳になったとしても、彼女が嫌がるうちは我慢できる。

 とはいえ、性欲に関してはやや暴走しがちな俺だ。

 4年後、恐らく今より強い性欲を保持した状態で耐え切れるかどうかわからないが。

 少なくとも、今はそう決意している。

 

「エリスは大切な存在だと思っています。

 が、しかし、もらった、なんてモノみたいな言い方は好きになれませんね」

「まあ入り婿だもんな。もらうってより、もらわれるって方が正しいか」

「はえ?」

 

 変な声が出た。

 婿?

 

「お前、フィリップに後ろ盾についてもらって貴族になるんだろ?」

「なんですかそれは、いつそういう話になったんですか?」

「いつも何も、転移の一年ぐらい前からだよ。

 お前とエリスがいい仲で、

 お前自身の気持ちも固まりつつあるから、

 婿に迎えたいって手紙がきてたぞ。

 オレはアスラ貴族なんて糞みたいなものだと思っているが、

 お前が決めた事なら好きにしろと返しておいたんだが……」

 

 なるほど。

 つまり、フィリップは10歳の時には、すでにパウロへの根回しを終えていたのだ。

 もし、あそこで断ったとしても、それから数年の間に、

 あの手この手で俺とエリスをくっつけようとしたに違いない。

 何が酒の席での話だ。

 

 となれば、パウロが俺とエリスの仲を邪推したのも頷ける。

 結婚の約束をした二人、不安でたまらない二人。

 互いに好き同士となれば、旅の途中でイチャイチャしていたと思われても仕方がない。

 

「その様子だと、フィリップにハメられたようだな」

「そのようですね」

 

 二人してため息をついた。

 今、俺とパウロの脳裏には、同じ男の顔が浮かんでいる事だろう。

 フィリップ。アスラ王国の上級貴族。

 ドロドロした社交界を乗りきれる力を持った男。

 

「で、お嬢様とはそこそこの仲として、シルフィの事は……あ、いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 パウロは失言だったと言わんばかりに言葉を濁した。

 シルフィは、まだ見つかっていない。

 少なくとも、パウロの知る範囲では、だ。

 

 なんでもないと言われたが、考える。

 シルフィは好きだ。

 だが、エリスに感じている感情とは少し違う。

 シルフィはどちらかというと、妹や娘のような感覚が強い。

 イジメられて、可哀想で、俺が育ててやらなくちゃ、という感じだ。

 それ以上の感情になる手前で別れてしまったというのもある。

 

 エリスも似たような感じだが、彼女には助けられている部分も多い。

 どちらに軍配が上がるか、と言われればエリスに上がる。

 

 もっとも、それは二人を総合的に見て判断しているわけではない。

 年月の問題だ。

 やはり、長いこと一緒にいるというのは大きい。

 幼馴染という存在は様々な話に出てくるが、

 長い時間を一緒に過ごした、というのはそれだけ強力なのだ。

 シルフィよりも、エリスと2倍近く一緒に過ごしている。

 内容も濃い。

 

 とはいえ。

 それと行方不明のシルフィの心配をしないというのは、別の話だ。

 

「シルフィ、生きているといいですが……」

「お前ほどじゃないが、あの子も頑張っていた。

 なに、無詠唱で治癒魔術まで使えるんだ。

 どこでだって生きていけるさ。

 治癒術師ってのは、ミリス大陸以外じゃ結構貴重なんだ」

「そうですか……」

 

 ……ん?

 今ちょっと、聞き捨てならない話を聞いたような。

 

「ちょっと待ってください。シルフィは、無詠唱で治癒魔術を使えるんですか?」

「ん? ああ、ゼニスが驚いていたな。

 でも、ルディだって使えるだろ?」

「治癒魔術は使えませんよ」

 

 俺は治癒魔術を詠唱無しでは使えない。

 原理を理解していないからだ。

 魔術で傷を治すメカニズムは、何度使っても解明できない。

 

「そうなのか?」

「ええ、詠唱すれば使えるんですが……」

「まあ、オレも魔術に関してはそう詳しくないが、

 魔術には相性があるっていうしな。

 シルフィにはそっちの才能があったんじゃないのか?」

 

 もしかすると、シルフィはしばらく見ない内に、

 俺なんかよりもずっと強くなっているのではないだろうか。

 会うのが少し怖いな。

 「ルディ、全然成長してないね」なんて言われたらどうしよう……。

 

 なんて話をしているうちに、俺とパウロの間にあった溝は完全に消えていた。

 

 

---

 

 

 夕方頃、パウロに迎えがきた。

 例のビキニアーマーのお姉さんと、治癒術師のお姉さんだ。

 今日はビキニお姉さんはビキニではなかった。

 地味な町娘のような格好をしていた。

 昨日のアレは何だったんだろうか。

 まあ、喧嘩の原因の一つでもあるから、自重してくれたのかもしれない。

 

「父様」

「なんだ?」

「もちろん僕は父様を信じているのですが、昨日の一件もあり、一応の事ながら改めて聞いておきます。浮気はしてないんですよね?」

「してねえよ」

 

 そうか。

 なら安心だ。

 俺とパウロの昨日の口論は、邪推と邪推のぶつかり合い。

 事実関係は無く、互いの女癖の悪さを指摘されただけの結果だ。

 っと、なかった事にしたんだったか、失敗失敗。

 

 まあ、パウロも女なんかに構っている暇はないという感じだ。

 家庭崩壊の引き金に指が掛かることもない。

 俺もそれを見習って、これからは少しエロを抑えていくとしよう。

 

 パウロは最後に、俺の意志を確かめるように聞いてきた。

 

「ルディ、お前はエリスを護衛して、フィットア領に行くんだったな?」

「はい」

 

 俺はその言葉に強く頷きつつ、聞き返す。

 

「それとも、僕も捜索団に参加したほうがいいですか?」

「いや、その必要はない。どの道、ボレアスの血縁はアスラ王国に送り届けなきゃいけないからな」

「……そう聞くと重要任務に聞こえますが、僕にまかせてもいいんですか?」

「お前以上の適任はいないだろう。信頼関係もあるしな」

 

 随分と信頼されているらしい。

 ふと思ったが、パウロは俺を過大評価しすぎではないだろうか。

 いや、どんな評価をされようと、期待には応えたい。

 

「もっとも、別に、団員から何人か護衛を出して、

 お前はミリシオンに残ってもいいんだぞ?」

 

 パウロがニヤリと笑いつつ、何か甘いことを口走った。

 損得だけで考えるなら、それでもいい。

 もちろん、ミリシオンに残るのではなく、エリスと別れ、個別に捜索をする、という意味だ。

 今から魔大陸に戻って捜索するというのも、一つの手ではある。

 が、あくまでそれは損得だけで考えた場合だ。

 エリスを置き去りにして、自分を優先するわけにはいかない。

 俺は彼女を守らなければいけない。

 それに、何かを放置して他の何かに着手するという事に、あまりいい記憶はない。

 生前、全てを中途半端に終わらせてきた俺だ。

 両方が中途半端な結果に終わるに違いない。

 今回の場合なら、エリスはフィットア領に辿りつけず、俺は魔大陸で何の成果も上げられないまま終わる。

 なら、片方ずつだ。

 ルイジェルドの事もあるしな。

 あの堅物が、捜索団の団員と仲良く出来るとは思えないし、

 途中で抜けるなんて言ったら戦士としてあるまじき行いだと怒られそうだ。

 

「いえ、やはり僕が送った方がいいでしょう」

「ま、うちの団にはお前より強い奴はいないし、お前としても任せられないだろうな」

 

 そう言いつつ、パウロは複雑そうな顔をしている。

 もしかすると、俺に喧嘩で負けた事を気にしているのかもしれない。

 酒を飲んでいたし、ノーカンだと思うが、ここで変に慰めても立場が無いだろう。

 ここは触れないで置いてやるのが吉だ。

 

「ミリシオンからはどれぐらいで発つんだ?」

「そうですね、旅費を貯めたいので、一ヶ月ぐらいですかね」

「旅費なら出すぞ」

 

 パウロは女二人へと振り返り、

 ローブを着た治癒術師のお姉ちゃん。

 ソバカスの残るおとなしめな感じの子に、声を掛ける。

 

「あったよな?」

「ボレアス家の面々が見つかった時のためにと、

 アルフォンス様から預かった資金がございます」

 

 アルフォンスは、ミリスで誰かが見つかった時のため、

 何不自由なく移動できるだけの金を、パウロにもたせていたらしい。

 

「というわけだ」

「なるほど、そんな金が酒代に消えなくてよかった」

「資金はシェラが管理してるからな」

 

 自慢げに言う我が父親の情けなさ。

 言うまい。

 

「それで、いくらぐらいになるんですか?」

「王札20枚相当となります」

 

 シェラに聞くと、即答が帰ってきた。

 

 王札は、ミリスで一番高い貨幣だ。

 石銭=1円として換算すると、一枚5万。

 それが二十枚。

 つまり、

 

「ひゃくまんえん!」

「……どういうリアクションだそりゃ」

 

 呆れ顔のパウロ。

 俺は金に目が眩んでいた。

 なにせ、この一年半。

 守銭奴のように金のことばかり考えてきた俺だ。

 そんな俺に、いきなり百万円である。

 

「そんな大金……一生遊んで暮らせるじゃないですか!」

「まあ、南部なら家ぐらいは建つと思うが、一生は遊んでは暮らせねえよ」

 

 えー、だって百万ですよ。ヒャックマンですよ。

 緑鉱銭にして1000枚!

 スペルド族だって船に乗れちまう!

 

 と、喜んだ所で、

 もう一つの問題を思い出す。

 

「あ、もう一つ問題がありました」

「まだあるのか?」

「はい。ウェンポートではスペルド族が海を渡るのに、莫大な渡航費用が要求されました。ウェストポートではいくらかかるかわかりませんが、やはり大金を要求されそうです。王札20枚で足りるかどうか……」

「そのことか……」

 

 パウロは腕を組んだ。

 まさか、ルイジェルドを置いていけ、なんて言うんじゃなかろうな。

 

「シェラ。スペルド族が海を渡るのに必要な金はいくらだ?」

 

 唐突にパウロは尋ねた。

 シェラは「はい」と頷き、

 

「王札100枚です」

 

 と、答えた。

 全て暗記しているのだろうか。

 先ほどの事もそうだし、彼女は優秀そうだ。

 見た目からして秘書って感じだしな。

 

「……っ!」

 

 と、目が合うと、彼女は小さく悲鳴を上げてうつむいてしまった。

 元ビキニの人が、さりげない感じで俺の視線を遮るように立ち位置を変えた。

 ちょっとショック。

 

「ごめんなさい、この子、ちょっと視線が苦手なのよ。あまり見ないで上げて」

「はあ……」

 

 元ビキニの人にいわれ、俺は曖昧な言葉を返す。

 パウロとの仲は元通りになったけど、

 他の団員には嫌われたままだったか。

 まあ、それはいいや。

 

 しかし、王札100枚か。

 約500万円といった所だ。

 簡単に貯まる金額ではない。

 ため息が出る。

 

「なんでスペルド族だけ、そんなに高いんでしょうね」

「その法律が制定された頃は、

 スペルド族の迫害が最も苛烈な時期だったからです」

 

 と、元ビキニの後ろから、シェラが当然と言わんばかりに答えた。

 ウェンポートの関所の人でも知らない事を、あっさりと。

 おっぱいはちっぱいけど、脳みそはいっぱいか。

 

「しかも、あそこの税関の貴族は、魔族嫌いで有名だ。

 金を積んでも、なんだかんだで通してくれないかもしれん」

「そうですか……ええっと、母様の実家の力でも、どうにかなりませんか?」

「すまんが、今回の事であの家もギリギリの橋を渡っている。

 これ以上は迷惑を掛けられん」

 

 となると、また密航か。

 密航には嫌な思い出があるからな。

 なるべくなら頼りたくない。

 大体、同じ大陸での出来事だ。

 密輸組織同士のつながりで、俺たちがブラックリストに乗っている可能性だってありうる。

 スペルド族と渡航費用、考えれば考えるほど頭が痛くなりそうだ。

 

「わかりました。渡航費用については、自分で対策を練ります」

「すまんな」

 

 そう言うと、パウロはニヤリと笑った。

 そして、背後に控える女二人に、ドヤ顔で振り返った。

 

「どうよ、オレの息子は?

 頼もしいもんだろ?」

「はあ」

「えっと……」

 

 女二人は苦笑して顔を見合わせた。

 どうもこうも、その息子とみっともなく喧嘩してたのは誰だ。

 

「父様。淑女に息子の具合を聞くなんて下品なことはやめてください。

 グレイラット家の品性が疑われます」

「お前の発言の方がよっぽど下品だよ」

 

 そう言って、俺たちは笑いあった。

 女二人はドン引きしていたが、構うことはない。

 

「さてと、ルディ、オレはそろそろ行くぜ」

「はい」

 

 パウロは立ち上がり、コキコキと肩を鳴らした。

 随分と長い時間、喋っていたようだ。

 カウンターを見ると、マスターの苦笑する顔が見えた。

 ランチタイムもずっと居座っていたからな。

 ちょっと多めに支払っておこう。

 

「旅の予定が決まったら連絡をくれ。出発する前に、ノルンと一緒に飯でも食おう」

「ええ、分かりました」

 

 そう言って、俺はパウロを見送った。

 二人の女を引き連れて酒場を出て行こうとするパウロの背中を。

 こうして見ると、本当に女好きのダメ親父だな、

 なんて思いながら。

 

 

---

 

 

 パウロがいなくなってしばらくして、

 エリスとルイジェルドが戻ってきた。

 

 エリスは目の辺りに大きな痣を作り、

 ルイジェルドが難しそうな顔をしていた。

 

「どうしたんですか、二人共」

「なんでもないわ。それで、あの男とはどうなったの?」

 

 エリスがさも不機嫌ですと言わんばかりに、腕を組んでフンと鼻息。

 

「仲直りしました」

 

 すると、エリスの眦がみるみるうちにつり上がった。

 

「なんでよ!」

 

 握りしめた拳を、ドンとテーブルに叩きつける。

 パガンとでかい音がしてテーブルが砕けた。

 んまあ、パワフルだこと……。

 

「そうか。仲直りできたか」

 

 対するルイジェルドが嬉しそうだ。

 

「ルーデウス!」

 

 エリスは俺の両肩を掴んだ。

 ギリギリと締め付ける。

 凄まじい力である。

 

「なんでよっ!」

「なんでって、何がですか」

 

 若干戸惑いつつも、俺はそう聞く。

 

「昨日、あんなに落ち込んでたじゃない!」

「ええ、昨日は助かりました。

 エリスが抱きしめてくれたおかげで、

 僕もかなり落ち着くことができました」

 

 今日、パウロの顔を見ることができたのは、

 紛れもなくエリスのおかげだ。

 もし、あの抱擁がなければ、

 俺はしばらく宿の一室に閉じこもっていたかもしれない。

 

「そうじゃない!

 あの男は、ルーデウスの10歳の誕生日にも来なかったのよ!

 それで、魔大陸で、あんなに大変な旅をして!

 大森林では、牢屋になんか入って!

 それで、やっと、やっと会えたのに!

 あんな風になるようなことをしたのよ!

 突き放すような事を言ったのよ!?

 なんで許せるのよ!」

 

 一気にまくし立てるエリス。

 彼女の言い分もわかる。

 確かに。

 そう言われると、パウロは最低だ。

 俺の事を嫌っているのだと断言されても信じられる。

 

 俺が普通の子供であれば、

 パウロを決して許してはいけないだろう。

 

 が、パウロが俺に対して失敗するのは仕方がない事だ。

 俺は生前の記憶を引き継ぎ、うまいことやってきた。

 そんな歪な息子に対して、普通の対応をしろってのが無理というものだ。

 パウロは俺との距離を測りかねているし、

 俺の扱いについて迷ってもいる。

 それに、俺が言うのもなんだが、正しい父親っていうのがどういうものか、

 イマイチわかっていない部分もある。

 

 それが悪いこととは思わない。

 

 俺としては、息子という立場を持って、

 上から目線で見守ってやるだけだ。

 パウロは俺でいくらでも失敗すればいいのだ。

 俺の心はもう折れない。

 もっとも、すぐに別れる事となるわけだが。

 

「エリス」

「なによ……」

 

 なんというべきか、迷った。

 エリスは俺のために怒っている。

 しかし、俺としては、もう解決した事なのだ。

 

「父様も一人の人間です。失敗ぐらいしますよ」

 

 俺はそう言って、エリスの目の痣にヒーリングを施した。

 エリスはヒーリングを大人しく受け入れたが、

 その表情を見ると、納得していないことがありありとわかった。

 治療が終わると、むっとした顔のまま宿屋の自室へと戻っていった。

 それを目で追いつつ、俺はルイジェルドに問いかける。

 

「で、ルイジェルドさん」

「なんだ?」

「なんですか、あの痣は」

 

 エリスの目の痣。

 あんなものは、昨日はなかったはずだ。

 

「止めるのに苦労した」

 

 平然と言ってのけた。

 普段、子供を殴れば烈火のごとく怒る男だが、

 さて、どういう心境の変化か。

 

 どうしてもパウロを許せないという事でエリスが暴れたのだろうが、

 エリスとルイジェルドは師弟関係にある。

 その二人が訓練をしてエリスが怪我を負うのも初めてではない。

 

 いや、よく見ろ。

 ルイジェルドの顔。

 平然としてはいない。

 あまり表情豊かではないこの男だが、今はやや苦々しい。

 不本意そうだ。

 

 仕方ない、か。

 何があったのか、どんな会話があったのか。

 どういう経緯でこうなったのか。

 俺にはさっぱり分からない。

 ただ一つだけ言える事がある。

 ルイジェルドとエリスが争ったのは、俺のせいだ。

 俺はパウロと仲直りできた。

 なら、俺が言うのはお礼だけだ。

 

「ありがとうございました。おかげで父様と仲直りすることが出来ました」

「礼には及ばん」

 

 しかし、今のエリスはルイジェルドが殴らないと止められないのか。

 知らない間にどんどん強くなるな。

 

 

---

 

 

 その後、しばらくしてから作戦会議。

 

「さて、ではミリシオンにおける、第二回の作戦会議を行います」

 

 場所は酒場。

 考えてみると、俺は本日、酒場から一歩も動いていない。

 ここの酒場は居心地がいい。客も少ないし。

 

「一昨日したばっかりじゃないの」

 

 エリスはもう怒っていない。

 拗ねて部屋に閉じこもるかと思ったが、十分ぐらいで戻ってきた。

 彼女の切り替えの速さは見習いたいものだ。

 

「状況が変わりました。

 具体的にいうと、金を稼ぐ必要がなくなりました。

 なので、近いうちにミリシオンを発とうと思います」

 

 王札20枚がもらえるということで、金を稼ぐ必要がなくなった。

 情報収集も、パウロから聞けることは聞いた。とりあえずは必要無い。

 スペルド族の名誉に関しては、とりあえず保留。

 となれば、この町でできることは少なくなった。

 

 という事を、かいつまんで話す。

 

 フィットア領の現状について、エリスに話すのは迷った。

 だが、あえて話す事にした。

 実際に現地に赴いて、絶望的な気分を味わうより、

 今から覚悟しておいた方がいい。

 

「エリス、僕らの故郷は、もう存在して無いみたいです」

「そう」

「フィリップ様も、サウロス様も、まだ見つかっていないらしい」

「仕方ないわね」

「ギレーヌの居所もわからないというし、もしかすると……」

「あのね、ルーデウス」

 

 エリスは腕を組み、顎を上げて俺を見た。

 

「そのぐらい覚悟していたわ」

 

 エリスの目に迷いはなかった。

 いつも通り力強く、傲岸不遜で、自分の未来に一変の疑いも持たない目だった。

 忘れていたわけではなく、覚悟していた。

 そう言った。

 

「ギレーヌはどこかで生きていると思うけど、お父様やお祖父様は死んでいてもおかしくないわね」

 

 フンと鼻息一つで、そう言った。

 つまり、自分が魔大陸に転移して大変だったから、

 他の人が死んでいるかもしれない、とすでに予想していた。

 そういう事だろうか。

 

 いや、強がっているだけかもしれない。

 エリスは強がっている時と、本当に自信がある時の見分けがつきにくい。

 

「ルーデウスが隠していたって、ちゃんと知ってるんだから」

 

 何を知っているのかは知らないが、強がっている感じはしない。

 エリスはエリスなりに、色々と考えているようだ。

 つまり、当事者でフィットア領の事をスッポリと忘れていたのは、俺だけ。

 ちょっと恥ずかしいな。

 

「そうですか。わかりました」

 

 エリスは流石だ。

 そう思う事にして話を続ける。

 

「とりあえず、一週間ほどでこの町を出ようと思いますが……」

「いいのか?」

 

 と、聞いたのはルイジェルド。

 

「何がですか?」

「旅立てば、父親と二度と会えんかもしれんぞ」

「また随分と不吉な事を……」

 

 ルイジェルドが言うと、少々重みが違う。

 だが、今は戦争中というわけではない。

 むしろ、

 

「今は探さなければ二度と会えない家族がいるかもしれないので、

 そちらを優先したいと思います」

「そうか、そうだな」

 

 ルイジェルドが納得した所で、本題に入る。

 

「これからの旅では、

 情報収集を中心に行なっていきましょう」

 

 一つの町に滞在する期間はやはり一週間前後。

 しかし、その間は金稼ぎではなく、情報収集を主に行う。

 探すのは、主に転移した人間だ。

 

 ミリスからアスラまでの道のり。

 それはこの世界で最も人通りが多く、

 最も多くの商人が生息するとされる、この世界のシルクロード。

 当然、捜索隊によって調べつくされているだろう。

 だが、もしかすると、先達が見つけられなかった何かを発見できるかもしれない。

 

 スペルド族の名誉回復は、その作業の中でもなんとかなる。

 もっとも、ミリスや中央大陸では『デッドエンド』の名前はあまり知られてない。

 どうやって名前を売るか、また考えなければいけないかもしれない。

 

「問題は渡航費用ですね」

 

 一番の問題だ。

 この世界においては、海を渡るというのは、

 それなりに特別な意味があるらしい。

 陸路で他国へと入る時はいくらでもごまかせるそうだが、

 海だけは簡単には渡れない。

 特に、スペルド族は。

 

「その事だが、ルーデウス、これを見てくれ」

 

 と、ルイジェルドが取り出したのは、一枚の紙片。

 昨日、俺に見せようとしてやめた、あの封筒だ。

 

 受け取ってみる。

 

 表には『バクシール公爵へ』と殴り書きされた文字。

 裏は赤い蝋で封印がなされている。

 模様は家紋だろうか。

 実に無骨な感じだ。

 

「これは?」

「昨日、知り合いに書いてもらったものだ」

 

 知り合い。

 そういえば、ルイジェルドは知り合いに会ってくると言ったのだ。

 

「知り合いというのは、どういう人なんですか?」

「ガッシュ・ブラッシュという男だ」

「ご職業は?」

「知らん。偉そうにはしていたぞ」

 

 なんでも、ガッシュとは40年前に出会ったらしい。

 魔大陸での事だ。

 ルイジェルドは魔物に襲われて全滅しかけている一団を助け、

 その中にガッシュがいたそうだ。

 

 当時のガッシュはまだ子供であり、

 ルイジェルドを見て恐怖と敵愾心のこもった目をしていたが、

 別れ際にはわりとフレンドリーな感じになっていたそうだ。

 町に送り届けた時、

 もしミリシオンに来ることがあったら訪ねてくれと言われ、

 機会が無いまま忘れていたが、

 冒険者区の入り口にはいるべく外周を回っている時、

 ふと『眼』に映り、思い出したそうだ。

 

 なので、一応は訪ねてみる気になったものの、

 もしかすると相手も忘れているかもしれない。

 そんな不安を胸にルイジェルドが向かうと、

 向こうは当然のように覚えていて、大層な歓迎を受けたらしい。

 最初は挨拶程度で済ませるつもりだったが、意気投合。

 ここまでの旅を話すと、ならウェストポートを渡る時にはこれを見せろ、と一筆書いてくれたそうだ。

 

 ルイジェルドと意気投合。

 獣族のギュスターヴみたいな感じの人なのだろうか。

 即座に一筆書くあたり、かなり偉い立場にありそうな感じだが……。

 ふむ、中身を覗いて見てみたいが、

 確かこういうのは封印を破ったら中身は無効になるんだったか。

 

「そのガッシュという人、貴族なんでしょうかね」

「配下はたくさんいたな」

 

 配下。

 ルイジェルドらしい言い方だ。

 召使いか何かだろう。

 たくさんという言い方も曖昧。

 とはいえ、なにせ、ルイジェルドの知り合いだ。

 優しい王様を目指している魔王候補の一人だったとしてもおかしくない。

 

「家まで行ったんですか?」

「ああ」

「大きかったんですか?」

「大きかったな」

「どれぐらいですか?」

「キシリス城ほどではないな」

 

 キシリス城。

 それより小さいというと、湖の中心にあるホワイトパレスではないな。

 さすがに王族ではないらしい。

 だが、それを比較対象に出すような大きさの建物か。

 うーむ。

 

 ルイジェルドの知り合いだ。

 悪い奴ではないと思うが……。

 パウロいわく、税関の責任者である貴族は魔族嫌いだそうだ。

 生半可な人物であれば、手紙を渡して問題が起きる可能性もありうる。

 ガッシュとやらがどういう人物なのか、

 調べたほうがいいだろうか。

 

 いや、手紙を取り出した時のルイジェルドの嬉しそうな顔。

 変に邪推して、また信用云々の話になったら嫌だな。

 

 まあ、いい。

 何にせよ、他に方法も思いつかないのだ。

 ここはルイジェルドの顔を立てよう。

 そして、ガッシュという名前について、後でこっそりパウロあたりに聞いておこう。

 

「わかりました、では、この手紙に頼ってみましょう」

 

 俺の言葉に、ルイジェルドは頷いた。

 出発は一週間後。

 それまでに、ここでできることを済ませておこう。

 

「私は別に明日出発でもいいけどね!」

 

 エリスの言葉に苦笑しつつ、作戦会議は終わった。