無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第六十話「胸にぽっかり開いた穴」

 気づけば、白い場所にいた。

 真っ白い空間。

 何もない空間。

 

 いつもなら、ここは俺を嫌な気持ちにさせる。

 

 体は34年間見慣れた醜いものへと戻り、

 前世の記憶がよみがえる。

 後悔、葛藤、卑しさ、甘えた考え。

 12年間の記憶が夢のように薄らぎ、落胆がこみ上げる。

 長い夢をみていたような気分に陥る。

 かきむしるような焦燥感が俺の胸を満たす。

 

 だが、今回に限っては、そうならなかった。

 いつものような卑屈な気持ちは沸き上がってこなかった。

 その代わり、ポッカリ胸に穴が開いたような喪失感があった。

 

 みてみると、胸に風穴が開いていた。

 

 ああ、やっぱり死んだのか……。

 

「やあ」

 

 ふと気づくと、人神が立っていた。

 相変わらず苛つく笑みを浮かべている。

 が、なぜか今日はそれに苛立ちを覚えない。

 なぜだろうか。

 胸にポッカリ穴が開いているからだろうか。

 それとも、前に喧嘩腰はやめておこうと決めたからだろうか。

 ……まあ、いいか。

 

「まぁ、なんだ、残念だったね」

 

 ああ、本当、残念だ。

 

「……今日はいつもと調子が違うね。

 大丈夫かい?

 気分は悪くないかい?」

 

 見ての通り、胸に穴が開いてるよ。

 ……なあ、一つ聞きたいんだけど、いいか?

 

「なんだい?」

 

 あいつ、あのオルステッドって奴なんだけどさ。

 お前の名前を聞いた瞬間に襲いかかってきたんだけど。

 どうなってんだ?

 

「奴は悪い龍神だからね、善良な僕を目の敵にしているのさ」

 

 善良ね……。

 ま、お前は目の敵にされやすそうだしな。

 でも、それなら事前に教えてくれてもよかったんじゃないか?

 お前、いろいろと見えてるんだろ?

 俺があそこでオルステッドと出会うって事も、わかったんだろ?

 もし一言、オルステッドに聞かれても、自分の名前は出すなって言ってくれれば俺だって……。

 

「いや、ごめん、実は『龍神』に関しては見えないんだ。

 未来も現在も見えない。君が奴と出会うこともわからなかったんだ」

 

 そうなのか?

 どうして?

 

「奴にはそういう呪いが掛かっているからさ」

 

 呪い。

 そういうのもあるのか。

 

「うん。君の世界にはなかったのかい?

 生まれつき、魔力が異常を起こしていて、

 何か変な能力を持ってる子ってのは」

 

 俺の世界には魔力って概念がなかったからな。

 霊感の強い奴って自称する奴はいたけど、

 正直、信憑性には欠けてたよ。

 

「へえ、そうなんだ。

 こっちでは、呪子って言ってね、

 変なのがいるんだよ。

 オルステッドもその一人さ。

 まあ、彼は他にも3つぐらい呪いを持ってるけどね」

 

 4つね。

 そりゃすごいや。

 そういや、聞いたことがあるな。

 神子と呪子だっけか。

 

「そうそう。同じものなんだけどね。

 人間は分けて考えるのが好きなんだよ」

 

 そっか。

 で、あいつはどんな呪いを持ってるんだ?

 

「ほら、ルイジェルドやエリスが怯えていただろ?

 あれが奴の呪いの一つだよ。この世界のあらゆる生物に嫌悪されるか恐怖されるんだ」

 

 皆に嫌われるのか、そりゃあなんていうか、嫌だな。

 俺ならすぐに心が折れる。

 嫌われ者の気持ちはわかるんだ。

 

「おっと、同情は必要ないよ。

 彼は生まれつき、この世界を滅ぼそうとしている悪者だからね」

 

 まあ、そう言うなよ。

 周囲から悪感情ばっかり向けられれば、

 誰だって世界の一つぐらい滅ぼしたくなるだろうさ。

 俺だって前世では、そういう考えを持ったことがあるよ。

 みんな死んじまえなんて、よくワールドワイドな網でぼやいてたもんだ。

 

「ふうん、そういうものかい。

 僕もあいつは嫌いだから、知ったこっちゃないんだけど」

 

 ん?

 ああ、お前にも呪いの影響があるのか?

 見えないってのも、その呪いのせいなんだよな?

 嫌われる呪いと、見えなくなる呪いと……。

 あとは?

 

「さぁね、見えないからよく知らないんだよ」

 

 そっか……。

 でも、そういう危険な奴ならなおさらだ。

 この世界にはこういう奴もいるって、前もって教えてほしかったな。

 ああいうのはいきなり過ぎて困るんだ。

 

「僕だって、彼と君が出会うなんて思っていなかったんだ。

 この広い世界を歩きまわって出会う確率なんて……」

 

 ま、そうだよな……。

 砂漠でゴマの一粒を見つけるようなものか。

 

 そういえば、俺はあいつの事、嫌悪も恐怖もしなかったんだが。

 どういうことなんだ?

 

「それは、君が異世界からきたからじゃないかな?」

 

 異世界人は呪いの影響を受けないのか?

 

「そうみたいだね。ルイジェルドと出会った時もそうだったろ?」

 

 ……え?

 ちょっとまて、どういうことだ?

 ルイジェルドもその呪子ってやつなのか?

 

「いいや、あれはラプラスの槍の呪いさ。

 ラプラスも『恐怖の呪い』を持っていたけれど、

 それを槍に移して、それをスペルド族になすりつけたのさ。

 緑色の髪をキーとするようにしてね」

 

 呪い?

 なすりつけた……?

 おい。

 なんだよ、どういうことだ。

 お前、それ、最初から知ってたのか?

 わかってて手伝わせたのか?

 無駄なことをさせたのか?

 

「いや、勘違いしないでくれよ。

 スペルド族全体への呪いは時間経過でもう消えかけている。

 ルイジェルド自身にはまだ少し呪いが残っているけど、

 髪を切ったおかげで急速に薄れつつあるんだ」

 

 髪か。

 そういや、シルフィはイジメられてたけど、

 恐れられているって感じじゃなかったもんな……。

 

 なんで髪なんだ?

 魔力の源だからか?

 

「ラプラスの髪も緑だったからさ」

 

 ああ、なるほどね。

 俺の世界でもそういう事はあったな。

 共通項や語呂を利用して呪いをかけたり解いたりとか。

 

「何にせよ、君に関わったおかげで、呪いは消えつつある。

 まだ根強く差別意識が残っているけど、

 それは時間経過とルイジェルドの努力次第でどうにかなるものさ」

 

 つまり、無駄じゃなかったってことか?

 そりゃよかった……。

 お前も、ちゃんと考えて行動させてたんだな。

 

「ま、完全に解消するのは難しいだろうけどね」

 

 まあ、難しい問題だもんな。

 でも、そうか……。

 そりゃよかった。

 

「うん、よかったね。君をルイジェルドと引きあわせたかいがあったというものだよ」

 

 そんな理由で引きあわせたのか?

 それならそうと言ってくれればよかったじゃないか。

 

「君、最初の頃は僕の言葉なんて聞く気なんてなかったでしょ?

 余裕もなかったし」

 

 ……まあ、それもそうか。

 喧嘩腰で突っぱねてただろうな。確かに。

 

 それにしても、そのルイジェルドも、

 オルステッドには簡単にやられちまったな……。

 あんなに簡単にやられるとは思わなかったよ。

 

「まあ、あいつはルイジェルドじゃ無理だろうね」

 

 なにせ、七大列強だもんな。

 どうやったら勝てたんだ?

 

「勝てないよ」

 

 勝てないか。

 やっぱり地力が違いすぎるからか?

 

「彼はね、この世界で最強なんだ。

 いくつもの呪いで制約を受ける身でありながらね」

 

 あれ?

 でも、龍神って七大列強の2位だよな?

 1位は?

 

「技神も強いよ。でも本気で戦えば、勝つのはオルステッドさ。

 オルステッドは、この世界に現存する全ての技と術を扱える。

 それに加え、龍神特有の固有魔術(オリジナルマジック)まで使えるんだ」

 

 全ての技と術か。

 どっかの世紀末救世主みたいな奴だな。

 

「へえ、君の世界にもそういうのがいたのかい?」

 

 それまでに戦った相手の技を全てコピーするんだ。

 もっとも、相手の技なんか使わなくても強いんだけどな。

 指先一つで相手がボンッてなるぐらいに。

 

「指先一つか。すごいもんだね。

 でも、オルステッドも凄いよ。

 彼が本気になれば、この世界を滅ぼせる」

 

 そんなに強いのか。

 強いという表現が霞むな。

 異常? 天災?

 

「呪いのせいで本気は出せないんだけどね」

 

 そうなのか。

 呪いってのも厄介だな。

 

 ところで、一ついいか?

 

「なんだい?」

 

 おまえさ。

 さっき呪いの事は知らないって言ったよな。

 嫌われる呪いと、見えなくなる呪い。

 他には知らないって言ったのに、

 なんで本気を出せないって知ってるんだ?

 

「…………ええと」

 

 ああ、いいよ。

 最後なんだ、フレンドリーに行こう。

 お前が何を隠していても、俺は気にしないよ。

 ルイジェルドの事は好意だってわかったしな。

 この間も、お前のおかげでリーリャとアイシャも助け出せた。

 それを鑑みれば、多少嘘を付かれた所で、気にもならんよ。

 これから先、お前が俺に何かをさせようとしていたとしても、全ては水の泡となったわけだしな。

 

 本当なら、もっと色々聞きたいことはあるんだけどな。

 なんで魔界大帝と引きあわせたのか、とか。

 他の行方不明者の居場所はどこか、とか。

 そもそも、お前の本当の目的は何なのか、とか。

 今更聞いてもしょうがないことばっかりだ。

 

 ま、なんだ。

 お互い失敗した者同士、フレンドリーに行こう。

 無礼講で、パーっと騒ごう。

 裸踊りもかくし芸もオッケー、もちろん腹芸だって気にしないさ。

 

「最後?」

 

 ああ、最後。

 だってそうだろ。

 俺は死んだんだから。

 

「なるほど、それで自暴自棄になっているのか。

 ……最初の時とは真逆だね?」

 

 あの時は、何がなんだかわからないまま死んだからな。

 今回は、まあ、しょうがない。

 それに、なんとなく、死ぬ間際にここに来るような気はしてたからな。

 人が死ねばどこにいくのかはわからんが、死ぬ間際にお前が話しかけてくるとは思ってたよ。

 

 っと、意識が薄れてきた。

 そろそろお別れらしいな。

 最後にお前と穏やかな気分で話が出来てよかったよ。

 

「そうかい……じゃあ、君に朗報だ」

 

 ん?

 

「君、死んでないよ」

 

 気づけば、胸の穴は消えていた。

 

 

---

 

 

 ふと、目が覚めた。

 

 エリスが近くにいた。

 目の前だ。

 俺はエリスを見上げるように、寝転んでいた。

 

 膝枕だと、すぐに気づいた。

 

 エリスは不安げな顔で見たくないものを見るような目で俺を見ていたが、

 俺が目を覚ますと、ほっとした顔になった。

 目が真っ赤だ。

 

「る、ルーデウス……目が覚めたの!?」

「う……げはっ!」

 

 何かを喋ろうとして、血が吐き出された。

 

「ルーデウス!」

 

 エリスに抱きかかえられる。

 

「ゲホッ……ゲホッ……!」

 

 俺は血を吐き終え、激しくむせた。

 エリスに背中をなでられる。

 

「……大丈夫?」

 

 エリスの戸惑う表情を見て、俺も首をかしげた。

 

「なんで……生きてる……?」

 

 胸の傷は、完全にふさがっていた。

 完全というのは語弊があるか。

 俺のローブの中央には大穴が空き、

 その奥に見える地肌には、まるで溶接したような痕が残っている。

 はて、おかしなことだ。

 俺の右手は寄生獣ではなく、ただの恋人だというのに。

 

「さっき、あの女が、何か言ったら、

 あの、オルステッドとかいうのが、治療魔術でルーデウスを治療して……」

 

 俺の純粋な疑問を、自分に対する質問と思ったのか、

 エリスはしどろもどろになりながら応えてくれた。

 

「女?」

「ナナホシって言われてた」

 

 ナナホシ。

 あの少女か。

 そういえば、そんな呼ばれ方をしていたな。

 しかし、ナナホシ、どこかで聞いたことあるな。

 それも、ここ一年ぐらいの間でだ。

 どこだったか、思い出せない。

 

「殺した相手をわざわざ治療したのか……」

 

 何を考えているのか。

 しかし、確実に心臓を貫いていたはずだ。

 重要な臓器の破損は中級の治療魔術では、回復しきれない。

 てことは上級か、それ以上。

 オルステッドは致死レベルの傷でさえ一瞬で治癒する魔術をも使えるのだ。

 あながち、人神の言った、この世界の全ての技と術を使えるというのも、嘘ではないのかもしれない。

 

「完敗だな……」

 

 格が違うとは、ああいう事を言うのだろう。

 七大列強2位。

 人神の話では、世界最強か。

 どちらにせよ、伊達ではない。

 

 ルイジェルドも、エリスも、俺も、完封された。

 余裕の完封だ。

 しかも奴は本気など出しちゃいないらしい。

 

「ルイジェルドは?」

「まだ目が覚めてないわ」

 

 見れば、道の端にルイジェルドが寝かされている。

 馬車も道の端へと寄せられ、焚き火がたかれている。

 全て、エリス一人でやったのか。

 

「ルイジェルドが横になってる所を見るのは、初めてですね」

「ルーデウス、まだしゃべらないで。さっき血を吐いて……」

「もう大丈夫ですよ。喉に残っていた分だけですから」

 

 そう言いつつも、俺はエリスの膝からどかない。

 どきたくない。

 ずっとここにいたい。

 今から寝返りを打って反対を向いたらどうなるだろうか。

 そんなことばかりが頭に浮かんでくる。

 

 生存本能からくるものだろうか。

 人は死にかけると子孫を残そうとするらしいし……。

 あまり実感がわかないのだが。

 

 ああ、もういいか。

 難しいことは考えないことにしよう。

 寝転がっちゃおう。

 

「生きてるって、素晴らしいな」

 

 そう言いつつ、俺は身体を回転させ、

 エリスの腰にすがりつくように抱きついた。

 思い切り息を吸い込むと、なんともいえない甘酸っぱい匂いがしたような気がした。

 

「ルーデウス……随分と、元気ね」

「んー、なんかね、色んな物が有り余ってる感じがするんですよ」

 

 普段よりもなお、だ。

 あのオルステッドという男のせいだろうか。

 それとも、人神の夢をみていたからだろうか。

 重ねて言うが、生死の境をさまよったという感覚は俺にはあまり無い。

 だが、目がさめる前より元気なのは間違いなかった。

 

「じゃあ、叩いても大丈夫なの?」

 

 エリスの震える声が降ってくる。

 お怒りのようだ。

 まあ、仕方ないね。

 心配してたのに、いきなりセクハラだもんな。

 俺だって怒るよ、そりゃあ。

 

「いいですとも」

 

 殴られた。

 コツンと、軽く。

 そして、引き寄せられ、頭を抱きしめられた。

 エリスの柔らかい胸の感触が頬に伝わってくる。

 その奥の心臓の鼓動と、

 上から聞こえる、静かな嗚咽も。

 

「…………うっ……ぐすっ……」

 

 エリスは泣いていた。

 静かに泣いていた。

 

「よかった……」

 

 エリスはぽつりとつぶやいた。

 俺は脱力し、ぽんぽんと彼女の背中を叩いた。