無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第六十五話「推薦状」

 ゼニスが見つかったと聞いて、一週間が過ぎた。

 

 俺は未だ、バシェラント公国の宿にとどまっている。

 すぐにでもベガリット大陸に向かって旅立ちたい所であるが、

 あいにくともうすぐ冬が来る。

 そのため、しばらくこの国に滞在することにした。

 

 中央大陸北部『北方大地』の冬は過酷だ。

 大量の雪が振り続け、積雪は5メートルを超える。

 国内なら街道もあり、国がある程度整備するため移動する事はできるが、国外となると難しくなる。

 

 魔術で吹雪をやませ、雪を溶かして進む事もできる。

 だが魔術を使った所で道が全てわかるわけではないし、野宿せずに隣国までたどり着けるわけでもない。

 遭難するのがオチだろう。

 

 まあ、ゼニスは生きていて、迷宮探索をしているという話だ。

 少々問題もあるらしいが、パウロやロキシーも向かったという。

 あなたが急ぐ必要はありませんわ、とエリナリーゼも言っていた。

 

 危険をおかさず、冬が終わってからゆっくり移動すればいい。

 

 そう考え、俺は今日もまた日課のトレーニングを続けている。

 朝起きてトレーニング。

 生前は身体を鍛える事は長続きしなかったが、

 なぜか今の身体はよく動いてくれる。

 やはり身体がかわると性質も変わるのだろうか。

 

 今日は冒険者ギルドに赴かない日である。

 一週間に一度の休日だ。

 昼ごろまでトレーニングをしたら、市場でも見てくるとしよう。

 冬が来るなら、防寒具も新調しておきたいしな。

 

 

 などと考えつつ、鍛錬を始める。

 今日は休日なので、ややハードなものだ。

 杖を持ってのランニング、

 町の外壁までたどり着いたら、魔術でアシストしつつ、そこを登坂。

 

「うおおぉ!? って泥沼か、せいが出るな! 今日は休みか?」

「ええ、今日も訓練です」

「お前は働き者だもんな。あ、そうだ、こんどウチの壁をなおしてくれよ。飯おごるぜ」

「娘さんのおっぱいを揉む権利をくれれば家ごと立て直しますよ」

「お前……」

「冗談ですよ」

 

 外壁の上にいる兵士に挨拶をして、町の外側へと飛び降りる。

 そしてぐるりと町を一周するようにランニング。

 定期的に雪かきされている町中と違い、外は雪が積もっている。

 火魔術で雪を溶かしつつ、自分だけの道をつくり、走る。

 一周した後、持ってきた木刀を使って素振りを行う。

 

 ギレーヌやパウロに教わった型を終えたら、

 次は仮想敵を思い浮かべつつシャドー。

 今日の相手はルイジェルドにしておいた。

 手も足も出ない。

 もっと鍛えないと無理だな。

 

 その後、同じルートで帰宅。

 

 

 宿まで戻ってくると、二階の窓からエリナリーゼが顔を出していた。

 

「あっ……あら、ルーデ、あっ、ウス、おかえりなさい」

 

 俺の顔を見ると話しかけてきたが、どうにも様子がおかしい。

 窓縁に手をかけて、顔を歪めつつ、タイミングよく頭が揺れている。

 声を抑えるように「んっ、んっ」とうめき声を上げている。

 肩が素肌だ。

 うん。バレバレだ。

 

「ただいまエリナリーゼさん。今日も朝からお盛んですね」

「え? お盛ん? な、なんのことかしら、わかりませ……ああん!」

 

 きっと、あの窓の奥では男がいて、エリナリーゼを後ろからナニをアレしているのだろう。

 外はこんなに寒いというのに、わざわざ窓を開けて高尚なプレイをしていらっしゃるのだ。

 お盛んな事だ。

 

 俺は彼女から視線をはずし、宿の中へと入り、自室へと戻る。

 エリナリーゼが大変なビッチであることは、この一週間でわかっていた。

 存在自体が性犯罪のような女である。

 

 俺もその犯罪に巻き込まれたいと思う所だが……。

 実はここ二年ほど、俺はある病気を患っている。

 

 心と身体の病だ。

 

 詳しく言うのは難しい。

 そうだな、球根を例に話をしてみよう。

 その球根は山を見たり谷を見たりすれば、その芽を出す。

 そして天に向ってムクムクと成長し、

 雨風では倒せない立派な茎を持ちつつ、先には立派な花が咲く。

 

 しかし、俺の球根は成長せず、花も咲かない。

 

 ……要するに、EDだ。

 カセットテープじゃないぞ。

 

 そう。

 俺はエリスとの別れを体験したことで、立たなくなった。

 

 もちろん、治そうと努力はした。

 見知らぬ土地において、色街というものに赴いた。

 生前でも一度も赴かなかった場所である。

 しかし、結果は惨敗。

 我がチューリップは芽吹くこと無く、静かに茎を横たえたままだった。

 

 その後、冒険者として名前が売れてくると、

 それなりにモテて、女冒険者に言い寄られることもあった。

 俺は鼻の下を伸ばしつつも宿に彼女を連れ込んだ。

 あるいは、プロが相手ではダメだったのかもしれないと考えた。

 身構えちゃうからな。

 だが、やはり役立たずは役立たずのままで、しまいには相手は怒って帰ってしまった。

 

 

 俺は諦めた。

 女の裸を見れば興奮はする。

 だが、脊髄を貫いて返ってくる反応はなく、下半身が沈黙。

 その後に襲い掛かってくる無力感と寂寥感。

 心が折れた。

 

 俺も、もう誰かとどうにかなろうなんて思っちゃいない。

 好きな相手はいない。

 裏切られるぐらいなら、最初から見て触って愛でるだけでいい。

 それ以上の事は望まなくていい。

 

 昔からそうだったじゃないか。

 一度はできたんだ、これ以上なにを望む事がある。

 前に進まなくていいのさ。

 

 俺はソロプレイを極めればいい。

 仲間なんていらねえ。

 俺は群れるのが嫌いだ。

 いや、最近はそのソロプレイですら……。

 

 な、泣いてなんかいねえよ!

 

「はぁ……」

 

 俺は自室に戻った。

 魔術で室内を温めた後、熱湯を作り出し、汗だくの身体を拭いた。

 そして着替えてから、飯でも食おうと部屋を出る。

 

「あっ」

「あっ」

 

 すると丁度、事を終えて出てきたエリナリーゼたちと鉢合わせになった。

 エリナリーゼの肩を抱いて出てきたのは、ここ最近一緒に依頼を受ける事の多いゾルダートだった。

 彼は俺の顔をみるなり、みるみる顔を青ざめさせた。

 

「いや、違うんだ泥沼……お前の女に手を出すつもりはなかったんだ」

「いや、違うんですゾルダート、エリナリーゼさんは決して俺の女じゃありません。

 大体、あんた僕が勃たないって知ってるじゃないですか」

「あ、ああ、そうだったな、す、すまん。心の傷をえぐるような事言っちまった……。

 お前と喧嘩するつもりはないんだ、この間も、ほら、稼がせてもらったしな」

「いいんですよ……ところで、よかったですか?」

「ああ、最高だったよ」

 

 ゾルダートはそう言うと、顔をとろけさせた。

 

「チッ」

 

 自分で聞いといてなんだが、舌打ちが出た。

 

「ですって、エリナリーゼさん。よかったですね」

「ええ、当然ですわ。わたくしとした男はみんな幸せになりますのよ」

「……あ、そうすか」

 

 俺は知っている。

 ゾルダートのパーティメンバーの男、他数名はすでにエリナリーゼにくわれてしまっている。

 それぞれがそれぞれ、俺に対して謝罪と惚気話のようなものをしてきた。

 別に謝罪はいらない。

 だが、他のメンツは知っているのだろうか。

 そのうちバレて修羅場になったりするんじゃなかろうか。

 ま、知ったことではないか。

 俺は参加してないしな。

 

 ヘタに口出しして、巻き込まれでもするのはめんどくさい。

 俺はこの二年間、そういう厄介事には巻き込まれないように立ち回ってきたのだ。

 誰からも恨まれるような事はせず、誰とも喧嘩せずやってきたのだ。

 つまりここで言うべきことは、彼女に対して苦言を呈することではない。

 

「エリナリーゼさん」

「なんですの?」

「好き勝手食い散らかすのはいいですけど、自分で後始末してくださいよ?」

 

 自らの保守だ。

 彼女は当然とばかりに頷いた。

 

「もちろんですわ」

「おいおい、なんの話だ?」

 

 ゾルダートは何のことかわからないという顔をしていた。

 エリナリーゼは彼の頬にチュっとキスをして、階下へと促した。

 

「なんでもありませんわ、さ、ご飯を食べますわよ」

 

 ひどい女だ。

 

 

---

 

 

 エリナリーゼ・ドラゴンロード。

 パウロの元パーティメンバー。

 

 なんでも、転移事件においてはロキシーと共に、パウロの家族を捜してくれていたらしい。

 ロキシーと共に魔大陸を縦断し、キシリカと出会って、中央大陸まで渡ってきたのだとか。

 ロキシーと共に。

 ありがたい話だ。

 

 ロキシーは魔大陸の端で取って返し、ゼニス発見の報をパウロに知らせにいったそうだ。

 つまり、この女が我儘を言わなければ、ここに来たのはロキシーだったということになる。

 くそっ。

 いや、状況を聞くに、そもそも全員でミリシオンに帰り、俺は放置されても仕方のなかったようだ。

 感謝しておくべきなのだろう。

 

 まあいい。

 ベガリット大陸に向かえば、ロキシーに会える。

 焦ることはないのだ。

 

 

 エリナリーゼの冒険者ランクはS。

 職業は戦士。

 一度だけ一緒に討伐依頼を受けてみたが、流石というべきか、弱くはなかった。

 攻撃力はやや低めだが、ヘイト管理は極めてうまい。

 戦士としては一流だろう。

 もっとも、一番ではない。

 俺の中で一番強い『戦士』はルイジェルドだからな。

 あれと比べるのは可哀想だろう。

 

 輝くような金髪を豪奢にロールさせ、お嬢様然とした美貌を持つ長耳族(エルフ)。

 物腰は柔らかで、男を立てる言動が目立つ。

 視線は常に男の目を見ており、さりげないボディタッチや仕草の一つ一つで相手を誘惑する。

 俺の時もそうだったが、あれ? もしかして惚れられてる?

 と、勘違いしそうな事を自然とやってのける。

 しかも腕が立つとくれば、この世界の男たちはメロメロである。

 そしてどうやら、ベッドの上の戦闘力も極めて高いらしい。

 

 かといって、女をないがしろにして見下しているかというと、そういうわけでもない。

 恋する乙女には助言を与え、男をゲットする手管を教えこむという一面もある。

 パーティでの戦いにおいては女を率先して守り、頼れる姉御然とした振る舞いをする。

 

 長耳族特有の特徴である胸が小さい事を除けば、非の打ち所のない完璧な女であると言えよう。

 魔性な女とも言えるが。

 

 欠点はフリーの男は周囲を気にせず食いまくる事か。

 ゆえに、傍から見ていると火のついた導火線のような所がある。

 もっとも、ヘイト管理はうまいので、よほどの事がないと刃傷沙汰にまでは及ばないらしいが。

 

 それでも、やはりというべきかなんというべきか。

 問題はよく起きるらしい。

 なので、一つのパーティに長くいたことはないそうだ。

 中央大陸南部の男連中の間では、彼女の事はよく知られており、

 滅多な事がなければパーティには入れないという、暗黙のルールが敷かれているのだとか。

 

 ちなみに、現在は俺とパーティを組んでいる。

 保護者気取りらしく、「ベガリットまで行くならわたくしがきちんと送り届けてあげますわ」だそうだ。

 まぁ、旅をするのに一人だと色々不便なのはこの二年間で分かったので、ありがたいと言えばありがたい。

 

 戦闘力も低く無い。

 ソロの冒険者として出来るべきことは大体出来る。

 ただ、飯を食っている最中にわざわざ隣に座り、

 しなだれ掛かり身体をペタペタと触ってくるのは、少々うっとおしい。

 

「ゾルダートさん。いけませんわ、ルーデウスが見てますわよ」

「そんな、いいだろ?」

「あらあら、いけない人……」

 

 そして現在、彼女は俺の前でゾルダートとイチャついている。

 別々で食えばいいのに、なんで一緒のテーブルなのだろうか。

 見せつけたいのだろうか。

 くそっ。

 全然うらやましくなんてないんだからねっ。

 

「……」

 

 ゾルダートはエリナリーゼにデレッデレだ。

 彼のパーティメンバーも全員そうだった。

 エリナリーゼはここからどうやって逆ハーレム状態を回避するのだろうか。

 

 俺に矛先が来ないようにしてくれればいいんだが、

 どうあっても俺まで問題が回ってくる気がする。

 その前になんとかして問題を解決したいが、

 俺はこういう状況での経験値が低い。

 口出しをすると藪蛇な気がする。

 

 と、思っていたら。

 

「じゃあ、これ、約束のお金ですわ」

「いやー、すまないな。あんな気持ちいいことしてもらって金までもらうとは……」

「その代わり、わたくしに本気になっちゃいけませんわよ」

 

 エリナリーゼはそう言って、ゾルダートに金を渡していた。

 なるほどな。

 逆売春だったわけだ。

 

 それなら問題にならないか。

 ならないか……?

 

 

--- 

 

 

 そんな生活が一ヶ月ほど続いたある日の事。

 

 俺の元に、一通の手紙が届いた。

 厳重に封をされた手紙だ。

 表面には『ラノア魔法大学』の文字が書かれていた。

 

 なんだこれ。

 とりあえず、封を破いて中を見てみる。

 

 

『ルーデウス・グレイラット様。

 

 はじめまして。

 『ラノア魔法大学』で教頭をしておりますジーナスと申します。

 このたび、ルーデウス様の雷名『泥沼のルーデウス』は、ラノア王国にも響きわたっております。

 無詠唱魔術を使いこなす凄腕の冒険者とお聞きいたしました。

 調べてみると、なんとあの水王級魔術師ロキシーの弟子というではありませんか。

 

 その素晴らしい魔法技術をさらに磨くおつもりはありませんか?

 ラノア魔法大学は、あなたを特別生として招く用意があります。

 特別生とは授業免除かつ学費免除。

 本校の蔵書や設備を使い、好きに研究等をなさっていただく立場の生徒です。

 

 7年以内(卒業まで)に一つの研究を完成させ、

 それを本校あるいは魔術ギルドに譲渡していただければ、

 無条件で魔術ギルドのC級ギルド員への推薦も可能です。

 もちろん、何の研究成果も出せずとも、他卒業生と同じくD級ギルド員に登録いただけます。

 

 ぜひ一度ご挨拶させて頂く機会をいただけませんでしょうか。

 

 突然のご依頼で恐縮ですが、ご検討いただけたらと存じます。

 何卒よろしくお願い申し上げます。

 

 ラノア魔法大学教頭 ジーナス・ハルファス』 

 

 

 と、書いてあった。

 特別生……。

 要するに、これは奨学生への推薦状……のようなものだろうか。

 

 この世界に魔術ギルドが存在するということは知っている。

 何をしているところかは知らない。

 ちなみに盗賊ギルドなるものがあることは知っている。

 彼らは盗品の横流しや奴隷の販売などを行なっている。

 けど魔術ギルドは知らない。

 恐らく、魔術に関する本を書いたり売ったり、また魔術を研究しているのだと予想はできるが。

 まったく知らない。

 何してるところなんだろうか。

 

 しかし、なんで今更こんなものを俺に送ってくるのだろうか。

 

 確かに、俺は魔術に関してはやや行き詰まりを感じている。

 が、生活するに十分すぎる程度の力はあるらしいとこの二年でわかった。

 先日、はぐれ竜も倒すことができた。

 ……あれは相手も相当弱っていたが、まぁ倒した事には変わりない。

 勝てば官軍だ。

 なんにせよ、俺は進○ゼミを受講する必要性は感じていないということだ。

 

 

 よくわからんところから、

 よくわからん理由で推薦状が来て、

 よくわからんところへと推薦してくれるという。

 

 つまりこれは、新手の詐欺か何かだろう。

 ノコノコと出かけて行けば、強面のお兄さんに囲まれ、身体中に金粉を塗られて見世物にされるのだ。

 

 と、冗談はさておき。

 

 こうした手紙が来る事は素直に嬉しいのも確かである。

 魔法大学はロキシーの母校であるし、

 そうした場所から推薦状が来たという事実。

 その真意について少々調べたいと思う。

 真意というか、手紙の真偽だが。

 

「エリナリーゼさん、ちょっと冒険者ギルドまで行ってきます」

「あら? 今日は休みじゃなかったんですの?」

 

 珍しく男あさりをせず、豪奢な髪を手入れしていたエリナリーゼに声を掛ける。

 

「ちょっと調べたい事ができたので」

「待ちなさいな、わたくしも行きますわ」

 

 エリナリーゼはブラシを置くと、立ち上がった。

 まだ髪のセットは決まっていないようだが、大丈夫なのだろうか。

 

「別に依頼を受けるわけじゃありませんし、すぐ戻ってきますよ?」

「昔、パウロがそう言って出かけて、冒険者ギルドで女の子をナンパしていましたの」

「そうなんですか、それはまた父様らしいですね。で、それがなにか?」

「ナンパするなら二人の方が成功率が高いですわ。

 男女の二人組を狙いますわよ」

 

 このビッチは唐突になんて事を言い出すんだろうか。

 

「やめてください。男女二人なんて。恋人同士だったら恨まれるじゃないですか」

「大丈夫ですわ。そんなの見ればわかりますもの」

「ていうか、ナンパじゃないんで、ついてこないでいいですよ」

 

 平時のエリナリーゼの頭には、基本的にそういう事しかない。

 だが依頼を受けると一瞬で切り替わってキリッとした冒険者お姉さんになる。

 その辺のギャップも、男を惹きつける魅力の一つとなっているのだろうか。

 

「そういわないで、貴方が相手をしてくれないから男を漁らなきゃいけないこっちの身にもなってくださいませ」

「いや、別に相手してもいいですよ? 息子を立ち直らせてくれるなら」

「頑張ってみたいところですけど、パウロの息子とはできませんの。

 それと、ロキシーとの約束もありますから。

 わたくし、ロキシーには嫌われたくありませんの」

 

 言っている事が支離滅裂だ。

 どんだけ適当に生きてるんだこの人。

 

 だが、『ロキシーに嫌われたくない』。

 そんな言葉だけは理解できる。

 そして、そんな言葉だけで、俺はエリナリーゼを嫌いになれないでいる。

 『誰かに嫌われたくない』。

 その気持ちはわかるからな。

 しかし、このエリナリーゼを以ってしても嫌われたくないとは。

 さすがだぜ。

 おー、まい、ゴッド。

 

 それはさておき。

 

「でも、それは僕のせいじゃないですよね? エリナリーゼさんの個人的な事情ですよね?」

「そうですわね。でもいいじゃありませんの、ナンパぐらい、健全な男の子なら誰しもやっている事ですわよ」

「健康不良少年なもので」

「あらうまい」

 

 なんのかんので、結局エリナリーゼを連れて冒険者ギルドへと赴く事になった。

 ナンパはしないがね。

 

 

---

 

 

 すでに時刻は昼過ぎ。

 

 この時間だと、冒険者連中もややまばらだ。

 今日はゾルダートたち『ステップトリーダー』の面々はいないらしい。

 依頼に出ているのだろう。

 冬の間でも、討伐依頼は結構多い。

 魔物は年中無休だ。

 ラスターグリズリーもクマのくせに冬眠なんてしないからな。

 

 視線を巡らせると、Aランクパーティ『ケイブ・ア・モンド』の連中がいた。

 彼らは魔術師を中心としたパーティである。

 メンツは4人と少数。

 魔法戦士1人、魔術師3人。

 全員が中級以上の魔術師で、リーダーが火魔術の上級魔術師である。

 

「よう泥沼、今日はデートか?」

「ええ、麗しの彼女がナンパに連れて行けってうるさくて」

「はぁ?」

 

 『ケイブ・ア・モンド』のリーダー、コンラートに話しかける。

 彼は四十歳を回った熟練の冒険者で、口ひげを蓄えた渋い男だ。

 前回の討伐依頼には参加しなかったが、俺は彼とはそこそこ仲がいい。

 彼には、何度もパーティに誘われている。

 中級の治癒魔術も使える攻撃魔術師は貴重だそうだ。

 

「なんだ、とうとうウチのパーティに入る決心をしたのか?」

「フッ、僕は群れるのが嫌いな一匹狼。寄り合いの傘の下には入らんのさ」

「何カッコつけてんだよ。つってもパーティ組んだんだろ、あっちの女と」

 

 あっちの、という言葉で振り返ると、エリナリーゼがDランク冒険者のマロリーをナンパしていた。

 ナンパというか誘惑だ。

 遠目にも彼の顔が真っ赤に染まり、獣族で言うところの「発情の臭い」を発しているのがわかる。

 マロリーは16歳の少年で、職業は戦士だったか。

 面識は無い。

 見た感じ経験のなさそうな感じで、エリナリーゼの誘惑に対し、興奮より戸惑いが強いようにも見える。

 

「そんなことよりコンラートさん。少々お聞きしたいことがあるんですよ」

「なんだ、変な事だったら金取るぞ? お前、この間はぐれ竜を倒して金もってんだろ?

 あー、俺達も行けばよかった。お前一人で倒せるってわかってりゃな……」

「今度奢りますよ。で、話なんですが……コンラートさんって、ラノア魔法大学の出身でしたっけ?」

「おう、5年で退学したけどな」

 

 この際、落ちこぼれだろうと何だろうと構わない。

 俺はコンラートに、手紙について尋ねた。

 まず、特別生とは何か。

 

「あー、特別生な。いたいた。

 魔法大学ではな、お前みたいに変な魔術つかう魔術師とか、

 冒険者で名前上げてるけど魔術ギルドに所属してない奴とか、

 他国の王族貴族だけど、スゲー魔力持ってる奴に率先して声掛けてんだよ。

 授業受けなくてもいいから名前だけ在籍してくれた事にしてくれ、ってな。

 ほら、そういう奴らが将来名を上げると、魔法大学の宣伝にもなるだろ?」

 

 という事らしい。

 生前でも、そういう事はあったような気がする。

 奨学生とは少々違うか。

 なんだろう、名誉会員とか?

 何にせよ、まるっきり詐欺というわけではなさそうだ。

 

「魔術ギルドというのは何をしているところなんですか?」

「スクロールの販売とか、魔道具製作の支援とかだな。

 俺も詳しいことは知らねえ。一応所属はしてるが、F級だしな」

「あ、そういえば魔法大学を卒業するとD級の資格がもらえるんでしたっけ?」

「卒業すりゃあな」

 

 魔術ギルドは、魔術に関する事全般の支援を行なっているそうだ。

 ランクが上がると権限が増えて、様々な支援が受けられるらしい。

 最低限、初級魔術が使えれば所属は可能。

 通常の魔術学園だと、卒業するときにE級のギルド員になれるそうだ。

 

 魔法大学のトップは魔術ギルドの幹部であり、

 また魔法大学自体が魔術ギルド主体でやっている事なので、

 魔法大学を卒業すれば、D級ギルド員になれる。

 

 特別生が研究成果を渡せば、C級と。

 無論、特別生でなくとも、優秀な魔術師にはC級の証を授けるらしい。

 

「C級って何してもらえるんでしょうね」

「さてな、ギルドで聞きゃあ一発だが、この町には魔術ギルドの支部はねえからな……」

 

 ちなみに、F級は特に何の支援も受けられないそうだ。

 

 魔術ギルドのランクは、ギルドからの依頼を成功させるか、もしくは魔術ギルドに対する貢献度により上がっていくらしい。

 冒険者ギルドと違い、こうすれば上がる、という明確なラインは無い。

 ギルドの幹部にコネのあるゴマすり上手な奴が、ランクだけどんどん上げていく事もあるのだとか。

 ありていに言えば、魔術ギルドのランクは金で買える。B級までは。

 

「ていうか泥沼。お前学校とか行ってなかったんだな」

「家庭教師ですよ」

「へぇ、結構裕福な出だったんだな」

「名前の通り、アスラの上級貴族の傍流ですよ」

「……すまん、お前、下の名前なんだっけか」

「グレイラットです。ルーデウス・グレイラット」

 

 泥沼のルーデウスの名前はそこそこ知られていても、下の名前までは広まっていないらしい。

 そういうもんだ。

 俺だってコンラートの家名は知らない。

 最初に名乗られた時に家名がある事は聞いたのだが、覚えていない。

 

「グレイラットって、アスラの地方領主だっけか。すげぇな、なんでこんなところでソロで冒険者なんかやってるんだ?」

「そりゃあ……」

 

 と、言いかけたところで、エリスのことが脳裏に浮かんだ。

 エリスの顔、一晩のぬくもり、そして翌日の喪失感。

 あれ以来役に立たない息子……。

 気づけば、ポロリと涙が流れていた。

 

「あ、あれ……?」

「すまん、人には色々あるよな、悪かった」

 

 気を使われてしまった。

 エリスの事は、そろそろ忘れた方がいいんだろう。

 彼女は切り替えも早い、俺の事なんかきっと忘れているだろう。

 未練たらしく想い続けたって意味はないんだ。

 考えるな。

 感じるんだ。

 

「でもま、せっかく向こうが優遇してくれてるって言うんだから、

 行ってみたらいいんじゃねえのか?」

 

 コンラートにそう言われ、俺はふと思い出す。

 そういえば、エリスのところに家庭教師に行ったのも、魔法大学への入学金を貯める必要があったからだ。

 シルフィと一緒に魔法学園に行く。

 それが最初の目標だった。

 

 だが、今は行く必要をあまり感じていない。

 あの頃とは状況も違いすぎるし。

 

 魔術ギルドに所属すれば、それなりに良い事もあるだろう。

 だが、別にいますぐどうにかする必要もない。

 それより、先にパウロと合流した方がいいだろう。

 

「そうですわ。パウロなんかと一緒にいるより、

 学校にでも通ったほうが貴方のためですわよ。

 もういい歳なんですから、自立なさってはいかが?」

 

 ふと気づくと、エリナリーゼが隣にいた。

 彼女はよほどパウロの事が嫌いらしい。

 

「それは、家族が一度顔をあわせてからでも遅くはありませんよ」

「ゼニスは無事だっていうし、生きているうちに会えればいいではありませんの」

「いや、一家離散なんで、まずは集合でしょうよ」

「パウロたちだって、どうせアスラまで戻ってくるんですのよ? その時にちょっと旅に出て顔を合わせればいいじゃありませんの」

「ミリシオンで暮らすかもしれないじゃないですか」

「あそこは妻が二人いる男が心地よく暮らせる場所じゃありませんわ」

 

 ミリス教団では、一夫一妻が常識だそうだ。

 確かにパウロのような奴はちょっと住みにくいか。

 

「ていうか、エリナリーゼさんが父様に会いたくないだけでしょう?」

「そうですわよ」

 

 あっけらかんと言って、エリナリーゼは肩をすくめた。

 パウロには会いたくないが、俺を送り届けるという仕事をやめるつもりはないらしい。

 この人も、考えている事がよくわからないときがあるな。

 

「ところで泥沼よ」

「なんですか?」

「そろそろ、そっちのお姉さんを紹介してくれねえか?」

 

 コンラートが、やや好色そうな目でエリナリーゼを見ていた。

 この女、なんでこんなにモテるんだろうか。

 

 

 ま、とにかくだ。

 迷う事はない。

 

 色々と魅力的な提案なのだろうが、

 今回は魔法大学への入学は見送らせてもらおう。

 

 

---

 

 

 と、決めた日の夜。

 

 俺は白い場所にいた。

 奴だ。

 例のあいつだ。モザイクだ。

 二年ぶりだ。

 

「うん、久しぶり」

 

 ああ、間違いない、人神だ。

 

「なんだい、その言い方」

 

 なんでもない、気にするな。

 

「気にはしないさ。君が変なことを言うのにも慣れたしね」

 

 そうかよ。

 

 それにしても、この夢も久しぶりだが、

 昔のような嫌な感じはしない。

 慣れてきたのだろうか。

 

「君が順応してきたんじゃないかい?」

 

 どうだろうな。

 そんなことより、

 ゼニスを探している最中、なんどか呼びかけたんだぜ?

 一度ぐらい現れてくれてもよかったんじゃねえのか?

 

「僕にも色々あるのさ」

 

 そうかよ。

 ま、結果的に見つかったからいいけどな。

 二年間まるまる損した気分だ。

 

「よかったね。お母さんが見つかって」

 

 ああ。

 まさかロキシーが捜してくれてるとは思わなかったよ。

 

「彼女は働き者だからね」

 

 ほんと、自慢の師匠だよ。

 彼女もベガリット大陸に向かうみたいだし、早く会いたいね。

 

「いいのかい?

 自慢の師匠に今の情けない君の姿を見せても」

 

 ……え?

 

 情けない?

 今の俺が?

 

「だってそうじゃないか。

 エリスには逃げられて、あっちも役立たずで、

 魔術の腕も多少は上達したとはいえ、あの頃とほとんど変わらない。

 剣術だって、毎日素振りするだけで、別に強くなったわけじゃない。

 身体だけはたくましくなったけど、自信を持って言えるのかい?

 自信を持って、あなたの弟子は立派に成長しましたって」

 

 ぐぬぬ。

 言いたい放題いってくれるじゃないか。

 つまり、何が言いたいんだ?

 

「今こそ、自分を鍛えるべきじゃないか? 魔法大学に行けば、雑多な冒険者とは比べ物にならないぐらい、いろんな事を学べるはずさ」

 

 なんだそりゃ、どこの塾講師だ。

 あ。

 随分とサラッと言ったが、

 それはあれか、いつもの助言なのか?

 

「うん、まあそんな感じかな」

 

 相変わらず胡散臭いやつだなお前は。

 

「そうかい? でも、今回は僕のいうことを聞いておいた方がいいよ。

 ベガリット大陸に行くと、君は必ず後悔する事になるからね」

 

 後悔?

 なんでだ?

 

「それは言えない」

 

 ああ、そう。

 まあ、お前が必要な事を隠匿するのは今に始まったことじゃないしな。

 けどそれじゃ理由として弱いってのは、お前も自分で言っててわかるだろ。

 一応家族が全員見つかったから、俺だって一度落ち着きたいんだ。

 

「うん。だから、本当の助言はこれからだ」

 

 よし、聞きましょう。

 

「コホン。ルーデウスよ、ラノア魔法大学に入学しなさい。

 そこで、フィットア領の転移事件について調べなさい。

 さすれば君は男としての能力と自信を取り戻すことができるでしょう」

 

 え?

 マジで?

 俺のエレクティル・ディスファンクションは魔法大学で治るんですか人神様!

 

 でしょう……でしょう……でしょう……。

 エコーを残し、意識が薄れていった。

 

 

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 目覚めると、エリナリーゼの顔がすぐ近くにあった。

 ぎょっとして瞠目する。

 昨晩の事を思い出す。

 彼女は珍しくもボーイズハントに失敗。

 夜になって「寒くて眠れませんわ」などと言い出し、俺のベッドに潜り込んできたのだ。

 

 確かに、北方大地の冬の夜は寒い。

 宿には暖炉が備わっており、外よりは全然暖かいのだが、

 エアコンやガスストーブが無い世界だ。

 高級な宿なら各部屋に暖炉が備わっていたり、

 魔術的な暖炉で建物全体を温めたりしている。

 だが、残念ながらここはC級冒険者向けの安宿。

 せいぜい分厚い掛け布団ぐらいしか備え付けられてはいない。

 

 俺は魔術で部屋全体を温めるので特に問題無い。

 だが、脂肪の少なそうな身体をしているエリナリーゼは実に寒そうだった。

 なので、これも役得と思って迎え入れてやった。

 

 なので、決して昨晩お楽しみだったわけではない。

 

 そう、お楽しみだったわけではないのだ。

 こんな貞操観念皆無な美人のお姉さんと寝ているのに、

 俺のオットセイはぐったりと横たわったまま、虚ろな沈黙を返してくるだけだ。

 

 試しに寝ている彼女の身体をごそごそとまさぐってみても、やはり沈黙のオットセイ。

 生前に憧れていた女体というものを勝手に弄るという行為。

 そのことで頭は大変興奮しているのに、脊髄を貫いて返ってくるはずの反応がない。

 

「んん~……」

 

 手を離すと、タコみたいに絡みつかれた。

 全体的に肉付きが薄いものの、しかし女性特有の柔らかい身体が俺を包み込む。

 極めて煽情的な動きで俺にまとわりついてくるが、

 しかし、やはり、反応が無い。

 脳は確かに興奮しているのに……。

 

 やがて、エリナリーゼの動きが止まり、また静かな寝息を立て始める。

 興奮は一瞬にして薄れていき、

 虚無感と寂寥感、そして情けなさが残った。

 涙が出る。

 

「そっか、これが治るのか……」

 

 俺は静かに魔法大学に行くことを決意した。

 

 

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 3ヶ月後。

 冬が終わる頃。

 俺はラノア王国へと旅立った。