無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第七話「友達」

 俺は外に出てみることにした。

 せっかくロキシーが外に出るようにしてくれたのだ。

 無駄にはすまい。

 

「父様。外で遊んできてもいいですか?」

 

 ある日、植物辞典を片手にパウロにそう聞いてみた。

 この年頃の子供というものは、目を放すとすぐにどこかに行ってしまう。

 近所とはいえ、黙って出ては親も心配するだろうとの配慮だ。

 

「外? 遊びに? 庭じゃなくてか?」

「はい」

「お、おお。もちろんだ」

 

 あっさりと許可が出た。

 

「思えば、お前には自由な時間を与えていなかったな。

 親の勝手で魔術と剣術を同時に習わせたが、子供には遊ぶことも必要だ」

「いい先生と巡り合わせて頂いて感謝しています」

 

 厳格な教育パパだと思っていたが、わりと柔軟な思考をしているらしい。

 一日中剣術をしろと言われる可能性まで考慮していたのだが、

 拍子抜けだ。

 感覚派だが、根性論は持っていないらしい。

 

「それにしても、お前が外に、か。

 身体の弱い子だと思っていたが、時が経つのはあっという間だな」

「身体が弱いなんて思ってたんですか?」

 

 初耳だ。

 病気なんてしたことないのに……。

 

「全然泣かなかったからな」

「そうですか。まぁ、今が大丈夫ならいいじゃないですか。

 丈夫で愛嬌のある息子に育っていますよ。びろーん」

 

 と、ほっぺたを引っ張って変顔をしてみせると、パウロは苦笑した。

 

「そういう、子供らしくない所が逆に心配なんだがな」

「長男がしっかりしている事の何が不満なんですか」

「いや、不満は無いんだが」

「不満たらたらの顔で、もっとグレイラット家の跡継ぎとして相応しい人間になれ、とか言ってもいいんですよ?」

「自慢じゃないが、父さんがお前ぐらいの頃は女の子のスカートをめくる事に夢中な悪ガキだった」

「スカートめくりですか」

 

 この世界にもあるのか。

 しかし自分で悪ガキつったな、この男。

 

「グレイラット家に相応しい人間になりたいなら、ガールフレンドの一人でも連れてきなさい」

 

 なに? ウチってそういう家柄なの?

 辺境を守る騎士で下級貴族って話じゃなかったの?

 格式とか無いの? いや、所詮は下級。そんなもんか。

 

「わかりました。では、めくるスカートを見つけに村に行ってまいります」

「あ、女の子には優しくするんだぞ。

 それに、自分の方が力が強くて魔術が使えるからっていばっちゃだめだ。

 男の強さは威張るためにあるんじゃないからな」

 

 お、今いいこと言った。

 いいねいいね、生前のうちの兄弟にも聞かせてやりたいよ。

 そうだな、力ってのはただ振るっても意味がない。

 パウロの言うことはもっともだよ。

 俺も理解者さ。

 

「わかっていますよ父様。

 強さとは、女の子にいい格好を見せる時のためにあるんですよね」

「……いや、そうじゃなくてな」

 

 あれ?

 そういう話の流れじゃなかったのか?

 失敗失敗。てへぺろ。

 

「冗談です。弱い者を守るためにあるんですよね?」

「うむ、そのとおりだ」

 

 そんな会話の後、植物辞典を小脇に抱え、ロキシーにもらった杖を腰に差し、

 さぁ出かけようかと思った所で、ふと気づいて俺は振り返った。

 

「ああそうだ、父様。

 これからもちょくちょく外出すると思いますが、出かける時は必ず家の誰かに言いますし、剣術と魔術の鍛錬は毎日欠かさずやります。日が落ちて暗くなる前には帰りますし、危ない所には近づきません」

「あ………ああ」

 

 念のため、そう言い残しておく。

 パウロはなぜか唖然としていた。

 本当なら、お前が言わなきゃいけない事だぜ?

 

「では、行って来ます」

「……………行ってらっしゃい」

 

 こうして、俺は家を出た。

 

 

---

 

 

 数日が経過した。

 

 外は怖くない。順調だ。

 すれ違う人と爽やかな挨拶をかわせるようにまでなった。

 人々は俺のことを知っていた。

 パウロとゼニスの子供、ロキシーの弟子として。

 初対面の相手には挨拶と自己紹介。

 二度目の人にはこんにちわ。

 

 誰もがにこやかな顔で挨拶を返してくれる。

 こんな晴れやかな気分は久しぶりだ。

 半分以上がパウロとロキシーの知名度のおかげ。

 残りは全てロキシーのおかげだ。

 

 御神体(パンツ)を大切にしよう。 

 

 

---

 

 

 さて。

 外に出た主な目的は、主に自分の足で歩き、地理を覚えることだ。

 地理さえ覚えておけば、突然家から叩きだされても、迷ったりしないからな。

 

 同時に、植物系の調査も行いたい。

 ちょうど植物辞典もあることだし、食べられるもの、食べられないもの、薬になるもの、毒になるもの……。

 それぞれ見分けられるようにしておいた方がいい。

 そうすれば、突然家から叩きだされても、飯に困ることはないからな。

 

 ロキシーは触りしか教えてくれなかったが、この村では麦と野菜と香水の材料を栽培しているらしい。

 香水の材料、バティルスの花というのはラベンダーによく似た植物だ。

 薄紫色をしており、食べることもできるのだとか。

 そういった目立つものを中心に、俺は目についた植物を片っ端から植物辞典で照合していった。

 

 

 といっても、村はそれほど広く無いし、大した植物があるわけじゃない。

 何日もしないうちに、俺の行動半径は広がり、森の方へと向くようになっていた。

 森には植物が多いからだ。

 

「確か、森は魔力溜りができやすいから、危ないんだったな」

 

 魔力溜まりが出来やすい環境は、魔物の発生率が高い。

 魔力による突然変異で生まれてくるのが魔物だからな。

 なぜ森に魔力溜まりが出来やすいのかは知らんが。

 

 もっとも、このあたりはそもそも魔物が出にくい上、

 定期的に魔物狩りを行なわれているので比較的安全だ。

 

 魔物狩りとは文字通り。

 月に一度、騎士、狩人、自警団たちといった男衆が、

 総出で森に入って魔物を一掃するらしい。

 

 とはいえ、森の奥で凶悪な魔物がいきなり出現することもあるらしい。

 

 俺は魔術を憶えて多少は戦える力は手に入れたかもしれない。

 だが、元は喧嘩もロクにしたことのない引きこもりだ。

 増長してはいけない。

 実戦経験も無いし、調子に乗ってヘマしたら目も当てられない。

 そうして死んでいった奴を何人も見てきた……漫画でな。

 

 そもそも、俺は血の気の多い方じゃない。

 戦いは極力避けるのが一番だと思っている。

 

 魔物に遭遇したら逃げ帰ってパウロに報告しよう。

 そうしよう。

 

 

 そんな事を考えつつ、俺は小高い丘を上っていた。

 丘の上には、大きな木が一本だけ立っている。

 この辺りで一番大きな木だ。

 

 自分で歩いた村の地理を確かめるのには高い所がいい。

 ついでに、このへんで一番大きなあの木が何の木なのかを確かめるつもりだった。

 

 と、その時。

 

「魔族は村にはいんなよなー!」

 

 風にのってそんな声が聞こえてきた。

 この声音で、嫌な記憶が蘇った。

 

 引きこもりの原因となった高校生活。

 ホーケーと仇名された頃の悪夢。

 丁度、俺の仇名を呼ぶ時の声音と今の声音が似ていた。

 あからさまに格下の相手を数で虐げる時の声音だ。

 

「あっちいけよなー!」

「くらえー!」

「よっしゃめいちゅーぅ!」

 

 見れば、そこには先日の雨で泥沼みたいになっている畑。

 その中で体中泥だらけにしている三人の子供たちが、

 道を歩いている一人の少年に向かって泥を投げつけていた。

 

「頭に当てたら10点な!」

「っしゃー!」

「俺あたった! あたったって!」

 

 うわー。

 いやだいやだ。

 イジメの現場だ。

 ああいう奴らは、相手が格下なら何をやってもいいと思ってるんだ。

 エアガンを買ったら、そいつに向けて撃ってもいいと考えているんだ。

 人に向けて撃つなと書いてあるのにだ。

 相手を人として見てないからだ。

 人として許せんね。

 

 少年はというと、足早にそこを去ればいいのに、なぜか遅々として進んで行かない。

 よく見ると、

 バスケットのようなものを胸元に抱えており、

 それに泥玉が当たらないように身を縮こまらせているからだ。

 そのため、イジメっ子たちの攻撃から逃げ切れないでいた。

 

「なんか持ってるぜ!」

「魔族の宝か!」

「どこで盗んできたんだー!」

「あれにぶつけたら100点な!」

「宝を奪いとろうぜ!」

 

 俺は少年の方に向かって走っていく。

 走りながら、魔術で泥玉を作る。

 そして射程距離に入った瞬間、全力投球。

 

「わっぶ」

「なんだ!?」

 

 リーダー格っぽい、一際体の大きい奴の顔面に命中。

 

「ってぇ、目に入った」

「なんだよお前!」

「関係ねーやつが入ってくんなよ!」

「魔族の味方すんのかよ!」

 

 標的が一瞬で俺の方に向いた。

 こういうのはどこの世界でも一緒だな。

 

「魔族の味方じゃありません。弱い者の味方なんです」

 

 どや顔で言った。

 が、少年たちは自分たちこそが正義という顔で、俺を糾弾した。

 

「かっこつけてんじゃねえよ!」

「おまえ、騎士んところのヤツだな!」

「お坊ちゃんかよ!」

 

 あらやだ。身元がバレてーら。

 

「いーのかー! 騎士の子供がこんな事して!」

「騎士が魔族の味方だって言ってやろー!」

「てか、兄ちゃんたち呼んでこようぜ!」

「兄ちゃーん! 変なのがいるぅー!」

 

 子供たちは仲間を呼んだ!

 しかし誰も現れなかった。

 しかし、俺の足はすくんだ!

 

 ぐ、三人もいるとはいえ、子供に叫ばれて足が竦むとは……。

 情けない。

 これがイジメられて引きこもった者のサガか……。

 

「う、うるさい! 三人で寄ってたかって一人を攻撃するとかお前ら最低だ!」

 

 はぁ? って顔された。

 む、むかつく。

 

「てめぇこそ大声だしてんじゃねえよ、バァーカ!」

 

 むかついたので、泥玉をもう一発投げる。

 はずれた。

 

「てめっ!」

「あいつどこに泥もってんだよ!」

「いいからやり返せ!」

 

 3倍になって返ってきた。

 パウロに教えてもらった足捌きと魔術を駆使して華麗に回避。

 

「あ、あたんねぇ!」

「よけんじゃねえよ!」

 

 ふはは、当たらなければどうという事はない!

 

 しばらく三人は泥玉を投げ続けていたが、俺に当たらないとわかると、

 急につまんなくなったとでも言わんばかりに、手を止めた。

 

「あーあ! つまんねぇの!」

「もう行こうぜ!」

「騎士んとこのが魔族と仲良くしてたって言いふらそーぜ!」

 

 別に俺ら負けてないから。

 飽きたからやめただけだから。

 そんな口調で言い残して、三人のクソガキは畑の向こうへと去っていった。

 

 やった! 生まれて初めてイジメっ子を倒したぞ!

 じ、自慢にはならねえな。

 

 ふぅ。

 それにしても、やっぱ喧嘩は得意になれないな。

 殴り合いにならなくてよかった。

 

「君、大丈夫? 荷物は無事?」

 

 とりあえず、泥を投げつけられていた少年に振り返ってみると……。

 

 わーぉ……。

 まぁびっくり。

 驚くほどの美少年。

 同じぐらいの歳とは思えない。

 

 くそう、パウロがもっと美男子系だったら俺も……。

 

 いや、パウロは悪くない。ゼニスも優秀だ。

 だからこの顔は大丈夫だ。

 生前のあのニキビと皮下脂肪だらけの顔に比べれば大丈夫だ。

 十分いけるって、うん。

 

「う……うん……だ、大丈夫……」

 

 少年は怯えた顔を向けてきた。

 まるで小動物のような保護欲を誘う。

 ショタコンのお姉さんがいたら、一発でジュンってなるだろう。

 

 が、今はそれもこびりついた泥のせいで台無しだ。

 服は泥だらけ。顔の半分に泥が付着し、頭にいたっては泥一色。

 バスケットを守れたのは奇跡的といってもいい。

 しょうがないな。

 

「ちょっと、そこに荷物置いて、そっちの用水路の前でひざまずいて」

「え……? え……?」

 

 少年は目を白黒させながらも、なぜか言われたままにしてくれる。

 あまり人の言うことに逆らわない子らしい。

 まあ、逆らう子ならさっきのイジメにも反撃してるか。

 

 少年は四つん這いで用水路を覗きこむような姿勢になっている。

 ショタコンのお兄さんがいたら、一発でズグンってなるだろう。

 

「目をつぶってろ」

 

 俺は水を火の魔術で適当に調整する。

 熱すぎず冷たすぎず、四十度ほどのお湯を作りだす。

 そいつを少年の頭にぶっかける。

 

「わぁっ!」

 

 慌てて逃げようとする少年の首根っこを掴んで、泥を綺麗に洗い落とす。

 最初は暴れていたけど、お湯の温度になれてくると、またおとなしくなった。

 服のほうは……家で洗濯したほうがいいだろう。

 

「よし、こんなもんかな」

 

 泥が落ちたので、俺は風を火の魔術で適当に調整してドライヤーのように温風を送りつつ、ハンカチで少年の顔を丁寧に拭ってやった。

 

 すると、エルフのようにとんがった耳と、

 日光に輝く、綺麗なエメラルドグリーンの髪が現れたのだ。

 

 その色を見た瞬間、ロキシーの言葉が思い出される。

 

『エメラルドグリーンの髪をもつ種族には、絶対に近寄ってはいけません』

 

 ん?

 いや、ちょっと違ったな。

 確か……

 

『エメラルドグリーンの髪を持っていて、

 額に赤い宝石のようなのがついた種族には、絶対に近づかないでください』

 

 そうだ。確かこうだ。

 額に赤い宝石のようなのがついた種族、だ。

 少年の額はというと、白い綺麗なおでこちゃん。

 オッケー、セーフ。

 彼は危ないスペルド族ではない。

 

「あ、ありがとう……」

 

 お礼を言われて、ハッと我に返った。

 おうおう、ビビらせてくれやがって。

 腹いせにちょっとばかし、偉そうにアドバイスを開始する。

 

「君ね。ああいう奴らはちゃんとやり返さないと付け上がるよ」

「勝てないよ……」

「抵抗する意思が大事なんだ」

「だって、いつもはもっとおっきな子もいるんだもん……。

 痛いのは嫌だよ……」

 

 なるほど。

 抵抗すると仲間を呼んで徹底的に痛めつけるわけか。

 こういうのはどこの世界も一緒だな。

 ロキシーが頑張ったから大人の方は魔族を受け入れるようになったみたいだけど、子供の方はそうは行かないか。

 子供ってやつは残酷だ。

 ちょっと違うだけで爪弾きにしやがる。

 

「君も大変だね。髪の色がスペルド族に似てるってだけでイジメられて」

「き、きみは、平気……なの?」

「先生が魔族だったからね。君はなんていう種族なの?」

 

 ロキシーのミグルド族はスペルド族と近しいと言っていた。

 もしかすると、彼もそんな種族なのかもしれない。

 そう思って聞いたのだが、少年は首を振った。

 

「………わかんない」

 

 この歳なら、そういうもんなのかな?

 

「お父さんの種族は?」

「……半分だけ長耳族。もう半分は人間だって」

「お母さんは?」

「人間だけど、ちょっとだけ獣人族が混じってるって……」

 

 半長耳族(ハーフエルフ)と、クォーターの獣人?

 それでこんな髪になるのか……?

 と思っていたら、少年は両目に涙を浮かべていた。

 

「……だから、魔族じゃないって……お父さん、いうけど……。

 ………髪の色、お父さんとも、お母さんとも、違う……」

 

 めそめそと泣き出す少年の頭をよしよしと撫でておく。

 

 しかし、髪の色が違うとは大問題だな。

 お母さんが浮気していた可能性が出てくる。

 

「違うのは髪の色だけ?」

「……耳も、お父さんより長い……」

「そっか……」

 

 耳が長くて髪が緑の魔族……どこかにはいそうだな。

 うーん、他人の家庭の事情にまではあんまり踏み入りたくない。

 けど、俺もかつてはイジメられっ子だった。

 どうにかしてやりたい。

 ちょっと髪の色が緑色ってだけでイジメられるのは可哀想だ。

 俺の遭っていたイジメは身から出た錆の部分もある。

 時間が巻き戻ってあの瞬間に戻れば、次はもっとうまくやれる自信がある。

 けど、少年は違うだろう。

 生まれを変えるのは、自分の努力では不可能だ。

 生まれた時から、髪の色がちょっと緑色だっただけで道端で泥玉を投げつけられる……。

 うう……考えるだけで尿が出そうだ。

 

「お父さんは優しくしてくれてる?」

「……うん。怒ると怖いけど、ちゃんとしてれば怒られない」

「そっか。お母さんは?」

「優しい」

 

 ふむ。

 声音から察するに、父親も母親もきちんと愛情を注いでいるようだ。

 浮気ではなく、本当の子供のように……。

 いや、実際に見てみなければわからないか。

 

「よし、じゃあ行こうか」

「………ど、どこに?」

「君についていくよ」

 

 子供についていけば親が現れる。

 自然の摂理だ。

 

「…………な、なんで、ついてくるの?」

「いや……、さっきの奴らが戻ってくるかもしれないし。送るよ。

 家に帰るの? それとも、それをどこかに届けに?」

「お弁当……お父さんに、届けに……」

 

 お父さんはハーフエルフだったか。

 

 物語に出てくるエルフといえば、長寿で閉鎖的な暮らしをしていて、傲慢な性格で他の種族を見下している。

 弓と魔法が得意で、水と風の魔法を得意とする。

 あとは名前の通り耳が長いことぐらいだ。

 そんな種族だ。

 

 ロキシーの話によると、

 「大体それで合ってるが、別に閉鎖的ではない」らしい。

 

 やっぱこの世界のエルフも美男美女が多いのだろうか。

 いや、エルフに美男美女が多いというのは日本人の勝手な思い込みだ。

 洋ゲーに出てくるエルフは過度にトンがった顔をしててとても美男美女には見えなかった。

 大体、日本人のオタクと外国人のパンピーが同じ尺度であるはずがない。

 

 もっとも、この少年の両親は美男美女のコンビで確定っぽいが。

 

「あの………なんで、守って、くれたの?」

 

 少年は保護欲をかきたてる仕草で、おずおずと聞いてくる。

 

「弱い者の味方をしろと父様に言われてるんだ」

「でも……他の子に、仲間はずれにされるかも……」

 

 そうだろうとも。

 イジメられっこを助けたらイジメられました。

 なんてのは、よくある話だ。

 

「その時は君が遊んでくれよ。今日から友達さ」

「えっ!?」

 

 だから、二人で徒党を組むのだ。

 イジメの連鎖は、助けられた方が裏切ることで起きる。

 助けられた方が責任を持って、助けてくれた恩を返すのだ。

 まあ、少年の場合はイジメの原因がもっと根の深い部分にあるので、

 裏切ってイジメっこの側になるとは思わないが。

 

「あ、家の手伝いとか忙しい?」

「う、ううん」

 

 向こうの都合も聞いていなかったなと思ったが、ぶんぶんと首を振られた。

 いいね。その表情。

 ショタコンのお姉さんがいたら一発でホイホイ釣れるだろう。

 

 ふむ。

 これはいいかもしれない。

 

 この顔なら、将来的に女の子にモテモテになるだろう。

 そして、つるんでいれば、そのおこぼれが俺の方にくるかもしれない。

 俺の顔は大したレベルじゃないけど、男二人が並んでいた時、片方のレベルが高ければもう片方もそれなりに見えるものなのだ。

 ちょっと自分に自信がない子は、きっと俺を狙うはず。

 自信満々でぐいぐい来られるより、ちょっと自信なさそうな子の方が俺の好みだ。

 

 いける。

 美少女が自分の近くにブスを置いて引き立て役にする。

 その逆をやるのだ。

 いける。

 

「そういや、名前を聞いてなかったな。俺はルーデウス」

「シル…フ…―――」

 

 小声でぼそぼそというので後半がやや聞き取りにくかったが、シルフか。

 

「いい名前じゃないか。まるで風の精霊のようだ」

 

 そう言うと、シルフは顔を赤くして「うん」と頷いた。

 

 

---

 

 

 シルフの父親ロールズは美形だった。

 尖った耳に、輝くような金髪、線は細いが筋肉が無いわけではない。

 ハーフエルフの名に恥じぬ、エルフと人間のいい所取りをしたような男性だった。

 彼は森の脇にある櫓で、弓を片手に森を監視していた。

 

「お父さん、これ、お弁当……」

「お、いつもすまないなルフィ。今日はイジメられなかったかい?」

「大丈夫、助けてもらった」

 

 目線で紹介されて、俺は軽く会釈をする。

 ルフィというのは愛称か。

 手とかが伸びそうな感じである。

 シルフもあれぐらい脳天気で傍若無人ならイジメられたりしなかったろうに。

 

「初めまして。ルーデウス・グレイラットです」

「グレイラット……もしかして、パウロさんの所の?」

「はい。パウロは父です」

「おお、話には聞いていたが、礼儀正しい子だ。

 おっと、申し遅れた。ロールズです。普段は森で狩りをしています」

 

 聞く所によると、ここは見たまんま森から魔物が出てこないように見張る櫓で、

 村の男衆が持ち回りで見張りをしているらしい。24時間体制で。

 当然ながらパウロにも当番があり、ロールズはそこでパウロと知り合い、互いに生まれた子供の事であれこれと相談しあったのだとか。

 

「ウチの子はこんな見た目だが、ちょっと先祖返りをしてしまっただけなんだ。

 仲良くしてやってほしい」

「もちろんです。仮にシルフがスペルド族だったとしても、僕は態度を変えたりはしませんよ。

 父様の名誉に掛けてもね」

 

 そう言うと、ロールズは感嘆の声を上げた。

 

「その歳で名誉かぁ……優秀な子でパウロさんがうらやましいなぁ」

「小さい頃に優秀だった子供が、大人になっても優秀とは限りません。

 羨ましく思うのは、シルフが大人になってからでも遅くはありませんよ」

 

 シルフのフォローを入れておいてやる。

 

「なるほど……パウロさんの言っていた通りだ」

「……父はなんと?」

「君と話していると親として自信を失うらしい」

「そうですか。では、これからはもう少し悪さをして説教をさせてあげることにしますかね」

 

 などと話していると、服の裾を引っ張られた。

 見れば、シルフがうつむきながら俺の裾を引いていた。

 大人同士の話は子供にはつまらんか。 

 

「ロールズさん。ちょっと二人で遊んできてもいいですか?」

「ああ、もちろんだとも。ただし、森の方には近づかないように」

 

 それは言われるまでもないが……。

 ちょっと足りないんじゃないかね?

 

「ここに来る途中に大樹のある丘がありましたので、あの辺りで遊んでいると思います。

 暗くなる前に責任を持ってシルフを送り帰します。帰りに丘の方を見て、家に帰ってもいなければ、

 なんらかの事件に巻き込まれた可能性が高いので、捜索をお願いします」

「あ……ああ」

 

 なにせ、携帯電話もない世界だ。

 ほうれんそうはキッチリ守るのが大事だ。

 トラブルを全て避ける事は出来ない。

 すぐにリカバリーするのが大切なのだ。

 この国はかなり治安がいいみたいだが、どこに危険が潜んでいるかわかったもんじゃない。

 

 唖然としているロールズを尻目に、俺達は丘の木へと戻った。

 

 

 

「さて、何をして遊ぼうか」

「わかんない……と、友達と、遊んだことないから……」

 

 友達、という部分でちょっと躊躇った。

 きっと、今まで友達がいなかったのだろう。

 可哀想に……。

 いや、俺もいなかったけどな。

 

「うん。とはいえ、俺も最近になるまで家に引きこもってたからな。

 さて、どんな遊びをしていいのか」

 

 シルフはもじもじと手を合わせて、上目遣いにこっちを見てくる。

 背丈は同じぐらいなのだが、背中をまるめているので、俺を見上げてしまうのだ。

 

「ねえ、なんで、ぼく、とか、おれ、とか言い方を変えるの?」

「え? ああ。相手によって変えないと失礼になるからな。

 目上の相手には敬語だよ」

「けいご?」

「さっき、俺が使ってたような言葉のこと」

「ふぅん?」

 

 よくわからなかったらしい。

 誰でもおいおいわかっていくことさ。

 それが大人になるってことだよ。

 

「それより、さっきの、あれ。教えて」

「さっきのあれ?」

 

 シルフは目をキラキラさせながら、身振り手振りで説明してくれる。

 

「手から、あったかいお水がざばーって出るのと、

 暖かい風が、ぶわーって出るの」

「あー。あれね」

 

 泥を洗い流した時に使った魔術のことだ。

 

「ボクにも、出来る?」

「難しいけど、練習すれば誰にでも出来るよ……多分ね」

 

 最近は魔力量が上がりすぎてどれぐらい魔力を消費してるのかわからないし、

 そもそもこっちの人らの魔力量が基本的にどれぐらいあるのかわからない。

 とはいえ、水を火で温めているだけ。

 無詠唱でいきなりお湯、とまではいかないだろうが、

 混合魔術として使えば、誰にでも再現できる。

 だから多分大丈夫だ。多分。

 

「ようし。じゃあ今日から特訓だ!」

 

 こんな感じで、俺はシルフと日が暮れるまで遊んだ。

 

 

---

 

 

 家に帰ると、パウロが怒っていた。

 怒っていますという感じに腰に手をやって、玄関の前で仁王立ちしていた。

 

 さて、何をやらかしたっけか。

 心当たりといえば、大切に保管してある御神体(パンツ)を発見された事ぐらいだが……。

 

「父様。只今帰りました」

「なんで怒っているかわかっているか?」

「わかりません」

 

 まずはシラを切る。

 もしパン……御神体を発見されていなかった場合、やぶ蛇になるからな。

 

「さっき、エトの所の奥さんがきてな、お前、エトの所のソマル坊を殴ったそうじゃないか」

 

 エト、ソマル。

 誰だそいつ?

 

 聞き覚えのない名前が出てきて、俺は考える。

 基本的に、俺は村では挨拶ぐらいしかしていない。

 名前を言えば、向こうも名乗ってくれるが、

 その中にさて、エトという名前がいたような、いなかったような……。

 ん、まてよ。

 

「今日の話ですか?」

「そうだ」

 

 今日出会ったのは、シルフとロールズと、三人のクソガキだけだ。

 てことは、ソマルってのは三人のクソガキの一人か。

 

「殴ってはいません。泥を投げつけただけです」

「この間、父さんが言ったことを覚えているか?」

「男の強さは威張るためにあるんじゃない?」

「そうだ」

 

 ははーん。

 なるほど、そういえば、さり際に魔族と仲良くしてるのを言いふらしてやるとか言ってたな。

 あいつだな。

 どういう嘘をついて殴った事になったかわからないが、とりあえず俺のネガキャンをしたという所か。

 

「父様がどういう話を聞いたのかはわかりませんが……」

「違う! 悪いことをしたら、まずはごめんなさいだ!」

 

 ぴしゃりと言われた。

 どういう話を聞いたのかはわからないが、鵜呑みにしているらしい。

 参ったな。

 こういう状況だと、シルフがイジメられている所を助けたと言っても、ウソくさい。

 とはいえ、一から説明するしかないか。

 

「実は道を歩いていたら……」

「言い訳をするな!」

 

 段々イライラしてきた。

 ウソ以前に、俺の言い分を聞いてくれる気すらないようだ。

 とりあえずごめんなさいしてしまってもいいのだが、それはパウロのためにもよくない気がする。

 

 いずれ作られるであろう弟か妹に理不尽な思いをして欲しくはない。

 この叱り方は、ダメだ。

 

「………」

「どうした、何故なにも言わない?」

「口を開けば言い訳をするなと怒鳴られるからです」

「なに!?」

 

 パウロの眦が釣り上がる。

 

「子供が何か言う前に怒鳴りつけて謝らせる。

 大人のやることは手っ取り早くて簡単で、羨ましいですね」

「ルディ!」

 

 バシッ、と頬に熱い衝撃。

 殴られた。

 が、予測していた。

 挑発をしたら殴られる、当然だ。

 だからぐっと踏みとどまった。

 

 殴られるのなんて二十年ぶりぐらいか………。

 いや、家を出る時にぼっこぼこにされたから、五年ぶりか。

 

「父様。僕は今まで、出来る限り良い子でいるように努力してきました。父様や母様の言いつけに背いたことは一度もありませんし、やれと言われた事も全力で取り組んできたつもりです」

「そ、それは関係ないだろう」

 

 パウロも殴るつもりはなかったらしい。

 目に見えて狼狽していた。

 まあいい。好都合だ。

 

「いいえ、あります。僕は父様を安心させるように、信頼してもらえるようにと頑張ってきたんです。父様はそんな僕の言い分は一切聞かず、僕が知らない相手からの言葉を鵜呑みにして怒鳴りつけ、あまつさえ手まで上げたんです」

「しかし、ソマル坊は確かに怪我をして……」

 

 怪我?

 それは知らないな。

 自分で付けたのか?

 当たり屋みたいなやつだな……。

 

 だが残念だったな。

 俺には大義名分がある。

 怪我なんていうちんけな嘘じゃなくてな。

 

「仮にその怪我が僕のせいだったとしても、僕が謝ることはありません。僕は父様の言いつけには背いていませんし、胸を張って僕がやったと言いましょう」

「………ちょっとまて、何があったんだ?」

 

 おっと、気になってきたな?

 でも、聞かないと決めたのはお前だぜ。

 

「言い訳は聞きたくないのでは?」

 

 そう言うと、パウロはグッと苦い顔をした。

 もうひと息か。

 

「安心してください父様。

 次回からは三人掛かりで無抵抗の相手一人を攻撃しているのを見ても無視します。

 あまつさえ四対一になるように僕の方から動きましょう。

 弱い者を寄ってたかってイジメる事こそがグレイラット家の誇りであり家訓なのだと周囲に喧伝しましょう。

 そして大きくなったら家を出て、二度とグレイラットとは名乗らないことにします。

 実際の暴力は無視して、言葉の暴力を許すような、そんなゴミクズの家の人間だと名乗るのは恥ずかしいので」

 

 パウロは絶句していた。

 顔を赤くし、青くし、葛藤がかいま見える。

 怒るかな?

 もう一息必要かな?

 やめておいた方がいいぞパウロよ。

 俺はこれでも、20年以上勝てるわけのない口論で言い逃れ続けてきた男。

 たった一つでも切り口があれば、最低でも引き分けにもっていけるのだ。

 まして今回は完全なる正義。

 お前に勝ち目はない。

 

「……………すまなかった。父さんが悪かった。話してくれ」

 

 パウロが頭を下げた。

 そうだな。変な意地を張ってもお互い不幸になるだけだ。

 悪ければ謝る。それが一番だよ。

 

 俺も溜飲を下げ、事の詳細を出来る限り客観的に話した。

 

 丘の上に登ろうとしていると声が聞こえた。

 三人の子供が休畑の中から、道を歩く一人の子供に泥を投げつけていた。

 泥を1~2発投げつけてから説き伏せると、彼らは悪態をついてどこかへ行ってしまった。

 泥を投げつけられていた子を魔術で洗ってやり、一緒に遊んだ。

 

 といった感じに。

 

「ですので、謝るのでしたら、そのソマル君とやらがシルフに謝るのが先です。

 体の傷はすぐ消えますが、心の傷はすぐには消えませんので」

「………そうだな、父さんの勘違いだった。すまん」

 

 パウロはしょんぼりと肩を落としていた。

 それを見て、俺は昼間にロールズから聞いた話を思い出す。

 

『君と話していると親としての自信を失うらしい』

 

 もしかすると、

 パウロは叱ることで父親らしい部分を見せたかったのかもしれない。

 まぁ、今回は失敗したようだが。

 

「謝る必要はありません。今後も僕が間違っていると思ったら、容赦なく叱って下さい。

 ただ、言い分も聞いてくれると助かります。言葉足らずだったり、言い訳にしか聞こえなかったりする時もありますが、言いたいことはありますので、意を汲んでいただければとおもいます」

「ああ、気をつけるよ。もっとも、お前は間違ったりしなさそうだが……」

「でしたら、そのうち出来る僕の弟か妹を叱る時の教訓にしてください」

「………そうするよ」

 

 自嘲げにそう言った。

 言い過ぎただろうか。

 

 五歳の息子に言い負ける。

 うん。俺だったら凹む。

 パウロはハッキリと落ち込んだ様子で、見ていて気の毒になっている。

 父親としてはまだ若いもんなコイツ。

 

「そういえば、父様は、いま何歳でしたっけ?」

「ん? 24だが?」

「そうですか」

 

 19で結婚して俺を作ったのか。

 この世界の平均結婚年齢が何歳ぐらいかはわからないが、現代日本のように30歳前後という事もないだろう。

 魔物とか戦争とかも日常的に起こっているようだし、結婚年齢としては妥当な線なのか。

 一回りも下の年齢の男が結婚して子供を産んで子育てで悩んでいる。

 それだけで、34歳住所不定無職職歴無しだった俺に勝てる部分は無いと思うのだが……。

 

 まぁ、いっか。

 

「父様、今度シルフを家に連れてきてもいいですか?」

「え? ああ、もちろんだ」

 

 俺はその返答に満足すると、父親と一緒に家の中へと入っていった。

 パウロが魔族に偏見を持っていなくてよかったと思う。

 

 

 

 

--- パウロ視点 ---

 

 

 息子が怒っていた。

 今まで、さして感情らしい感情を見せてこなかった息子が、静かに激怒していた。

 どうしてこうなったのだろうか。

 

 事の起こりは昼下がり、凄い剣幕でエトの奥方が屋敷に怒鳴りこんできた。

 近所で悪ガキとして評判の子供ソマルを連れており、ソマルの目尻には青い痣ができていた。

 剣士としてそれなりに修羅場をくぐってきたオレには、それが殴られてついたものだとすぐに分かった。

 奥方の話は要領を得なかったが、要約するに、うちの息子がソマル坊を殴ったらしい。

 

 それを聞いて、オレは内心でほっとした。

 

 大方、外で遊んでいたら、ソマルたちが遊んでいる所を見かけて、仲間に入れてもらおうとしたのだろう。

 しかし、息子は他の子供たちと違う。

 あの歳で水聖級魔術師だ。

 きっと偉そうに何かを言ったのだろう。

 そして反発を受け、喧嘩になったのだ。 

 息子はなんだかやけに聡くて大人びているが、子供らしい所もあるのだ。

 

 エトの奥方は顔を赤くしたり青くしたりしながら大事にしようとしているが、所詮は子供の喧嘩だ。

 見たところ、怪我の方も痕になったりはしないだろう。

 オレが叱って終わりだ。

 

 子供なら殴り合いの喧嘩の一つもするだろう。

 しかし、ルーデウスは他の子供より力を持っている。

 若くして水聖級の魔術師となったロキシーの弟子であり、

 三歳の頃からオレの指導で訓練してきた身体だ。

 きっと喧嘩も一方的になったはずだ。

 今回は大丈夫だったようだが、頭に血がのぼってカッとなれば、やりすぎてしまうかもしれない。

 

 これはキツめに叱らなければならない。

 頭のいいルーデウスになら、ソマル坊を殴らずに済ませる方法はあったはずなのだ。

 殴るというのは短絡的で、もっと考えなければならない行動だと教える必要があった。

 

 

 それなのに、どうしてこうなった……。

 

 息子は全然謝るつもりはないらしい。

 それどころか、虫を見るような目でオレを見てくる。

 確かに、息子にしてみれば、対等な立場で喧嘩をしたつもりなのかもしれないが、しかし力の強い者はその強さを自覚しなければならない。

 まして、怪我をさせたのだ。

 とにかく、とにかく謝らせよう。

 賢い息子のことだ。今は納得できないかもしれないが、必ず自分で答えにたどり着いてくれるだろう。

 そう思い、強い口調で言い聞かせようとしたら、皮肉げに嫌味を言われた。

 

 ついカッとなって殴ってしまった。

 

 力の強い者はその力を自覚して、

 自分より弱い者に軽々しく暴力を振るうな、と説教しようとしていたのに。

 オレは殴ってしまったのだ。

 

 今のは自分が悪かった。

 そう思ったが、説教をしている立場で口にするわけにもいかない。

 しかし、今しがた自分のした行動をするなと言っても説得力がない。

 しどろもどろになっているうちに、息子は遠まわしに自分は悪いことをしていないと言い出し、それがダメなら家を出るとまで言い出した。

 売り言葉に買い言葉で、出て行けと言いそうになったが、ぐっと我慢する。

 我慢しなければならない所だった。

 

 そもそも、だ。

 オレ自身も、堅苦しい家で厳格な父が頭ごなしに叱ってくるのに嫌気がさし、大喧嘩の末に家を飛び出したのだ。

 オレは、父の血を継いでいる。

 頑固で融通のきかない父の血を、継いでいる。

 そしてルーデウスもだ。

 この頑固な所を見ろ。

 ルーデウスも自分の子供だ。

 オレはあの日、今すぐ出て行けと言われ、売り言葉に買い言葉で家を出ていった。

 ルーデウスは出ていくだろう。

 大人になったら出ていくと言っていたが、いますぐ出て行けと言われれば、すぐに出ていくだろう。

 

 父はオレが旅にでてしばらくして病に倒れ、死んだと聞く。

 風の噂では、今際の際まであの日の喧嘩のことを後悔していたらしい。

 だから、オレにだって負い目はある。

 いや、ハッキリ言おう、後悔している。

 それに照らしあわせて考えるに、ここでルーデウスに出て行けと言って本当に出ていかれたら、間違いなく後悔するだろう。

 オレはもちろん、ルーデウスも後悔する。

 我慢だ。

 経験から学んだじゃないか。

 それに、子供が生まれた時に決めたじゃないか。

 あの父のようにはならないと。

 

「………………すまなかった。父さんが悪かった。話してくれ」

 

 謝罪は自然と口に出た。

 すると、ルーデウスはスッと表情を和らげ、淡々と説明してくれた。

 なんでも、ロールズの子がイジメられていた所に通りがかって、助けに入ったのだという。

 殴るどころか、泥玉を投げ合っただけで、喧嘩すらしていないという。

 

 その話が本当なら、ルーデウスは胸を張って誇れる事をしている。

 だというのに、褒められるどころか言い分も聞いてもらえずに殴られた事になる。

 ああ、思い出す。

 自分が幼い頃にも、そういう事は何度もあった。

 父は一切聞いてくれず、オレの至らない部分ばかりを責めた。

 その度にやるせない気持ちになったものだ。 

 

 失敗した。

 何が説教しなければ、だ。

 

 はぁ……。

 

 ルーデウスは、そんな自分を責めることなく、最後には慰めてすらくれた。

 できた息子だ。できすぎだ。

 本当に自分の息子なのだろうか……。

 いや、ゼニスが浮気しそうな相手の中に、あんな優秀な子供の父親はいない。

 

 うう、自分の種がこんなに優秀だったとは……。

 誇らしいと思うより、胃が痛い。

 

「父様、今度シルフを家に連れてきてもいいですか?」

「え? ああ、もちろんだ」

 

 しかし、今は息子に初の友達ができたことを喜んでおこう。