無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第九十七話「披露宴・終了」

 宴会は滞り無く進んだ。

 別に人前で誓いのキスをしたり、指輪を交換するという事もない。

 ひと通り食べて、飲んで、会話をして、

 騒いだら三々五々、帰っていくのがここらの披露宴だ。

 堅苦しくないのは、悪くない。

 

 

---

 

 

 最初に帰宅したのは、リニアとプルセナだった。

 長居しないというのも、獣族のマナーなのかもしれない。

 

「ンニャ。ボス、お幸せに」

「これでボスは名実共に学校のボスなの。新学期が楽しみなの」

 

 二人はそんなことを言いつつ、雪の中を帰っていった。

 

 

 ナナホシは、ルークにやたらと声を掛けられていた。

 ほとんどナンパだが、ルークも露骨に誘っているわけではないらしい、

 ナナホシが興味ありそうな、料理や衣類の話題を積極的に出していっている。

 相手の好む話題を、好みそうな話口調で。

 まあ、ちょっとズレてるが。

 しかし勉強になる。

 勉強した所で使うつもりもないが。

 

 対するナナホシは露骨にウンザリしていた。

 ルークをウザそうに見て、ウザそうにため息をついて。

 最後には逃げるようにトイレに立った。

 

 そして、トイレから帰ってきてすぐに俺のところにやってきた。

 少々、興奮した表情で。

 

「そろそろお暇するわ。あいつウザいし」

「そうですか。お疲れ様です。今日はありがとうございました」

「また、明日からよろしく頼むわ……それと」

「それと?」

「今度、ここのお風呂、入りにきてもいい?」

 

 どうやら、トイレついでに、うちの風呂を見てきたらしい。

 日本人なら、風呂も恋しかろう。

 名前も静香ちゃんだしな。

 

「いいですよ、ただ、ノ○タ君に覗かれてしまうかもしれま」

「やっぱりいいわ」

「いや、冗談ですよ冗談。いつでも来てください」

 

 ナナホシはこくりと頷いて、帰ろうとする。

 まだ日は落ちていないが、女一人で大丈夫だろうか。

 ここまで一人で来てるし、自衛用のマジックアイテム持ってるから大丈夫だとは思うが。

 

「クリーネ。サイレント様を送ってさし上げなさい」

「はい、姫様」

 

 と、俺が迷っていると、アリエルが従者に声を掛けていた。

 さすがカリスマだな。心配りが出来ている。

 ただ、ナナホシはその申し出を頑なに断り、一人で帰っていった。

 

 

 バーディガーディ、ザノバ、アリエルは酒を交えつつ楽しそうに話をしていた。

 一応、酒好きのバーディのため、それなりの量を用意しておいたつもりだ。

 地下室には、酒樽を三つ分購入しておいた。

 そんな樽が、あっという間に樽が空になっていく。

 これは追加購入の必要があるか、と思っていたが、

 その前にザノバが酔いつぶれた。

 

「フハハハハ! 神子ともあろう者が軟弱であるな!」

「ハハハ……ぬぅ、面目ない。少々興が乗りすぎたようですな」

「ますた、だいじょうぶ?」

 

 フラフラになったザノバを、ジュリが小さな体で支えようとしている。

 

「ふふふ……お部屋でお休みになられた方がよろしいのではないですか?」

 

 アリエルは、それほど飲んでいないらしい。

 酔いすぎないようにするのも、淑女のたしなみとかあるのだろうか。

 それにしても、アリエルの動作は洗練されているな。

 コップの傾け方から笑い方に至るまで神経を使っているように見える。

 これがアスラ王国の礼儀作法の完成形か。

 

「いや、師匠の家で悪酔いしたとあっては弟子の、

 ひいては誇り高きシーローン王族の恥。

 名残惜しいが、歩けるうちに席をはずさせていただきます」

 

 ザノバはそう言って、俺に最後の挨拶をしにきた。

 泊まっていけばいいと思うんだがな。

 まあ、好きにすればいい。

 

「では、我輩も帰るとするか。アスラの王女よ、達者でな」

「はい。陛下もご健勝であられますよう」

「フハハハハ! 我輩は病気も怪我もせぬわ!」

 

 バーディガーディも帰るらしい。

 酒宴の最後までいるかと思っていたが、意外だ。

 俺は二人に礼をいうと、入り口まで見送った。

 

 

 披露宴も終わりに近づいてきた。

 アリエル達も、帰り支度を始めた。

 俺はその準備の間に、エリナリーゼの様子を見に行く事にする。

 

 二階に上がり、客間を覗く。

 そこでは、エリナリーゼがクリフに膝枕してもらっていた。

 慰めタイムは終わり、イチャイチャタイムへと移行したらしい。

 なんかいいなアレ。

 俺もあとでシルフィに膝枕をしてあげよう。

 

「えっと、クリフさん。おばあちゃ……エリナリーゼさんと話したいんだけど、いいかな?」

 

 俺の後ろからきたシルフィが、恐る恐るといった感じで聞く。

 クリフは俺に助けを求めるような顔で俺を見た。

 エリナリーゼは体を起こし、俺に向かい小さく頷く。

 俺も頷く。

 クリフはそれを見て立ち上がり、部屋を出た。

 

「ありがと、ルディ」

 

 シルフィは柔らかく微笑むと、部屋の中へと入っていった。

 俺はクリフと一緒に、階下へと降りていく。

 クリフは不安そうな顔をしていた。

 

「あの二人……大丈夫なのか?」

「……ダメなら、我々があとでフォローすればいいんですよ」

 

 と、言いつつ、俺達は階下へと降りた。

 

 

---

 

 

 階下では、アリエル達の帰り支度が終わった所だった。

 従者二人がアリエルにコートを着せている。

 

 アリエルは俺に気づくと少しだけ顎を引いた。

 

「ルーデウス様。本日はありがとうございました」

 

 主人の言葉に、三人の配下が深々と頭を下げた。

 日本人らしく俺も頭を下げそうになる。

 が、この場合は下げない方がいいんだっけか。

 

「シルフィはいかがなさいました?」

「今はエリナリーゼと話しております」

「そうですか……。それにしても、天涯孤独と思われていたシルフィに身内がいたとは驚きですね」

「ですね。本当に、世界は狭い」

 

 エリナリーゼとシルフィだもんな。

 天と地ほどの差がある。

 主に貞操観念に。

 

「なら、丁度いい。ルーデウス様、少々お時間をいただけますか?」

 

 アリエルの含みのある言葉。

 俺はとりあえず頷いた。

 

「では、こちらへ」

 

 アリエルはそう言うと、スタスタと部屋を横切り、廊下へ。

 そして廊下から玄関へと移動し、そのまま扉を開けて外へと出た。

 当然のように、他の三人もついていく。

 

 俺とクリフもそれに続く。

 外は日が落ちかけ、暗くなり始めていた。

 玄関先、人通りの少なく、雪の積もった道にて、アリエルは立ち止まる。

 そして振り返り、言った。

 

「ルーデウス様。失礼を承知で言いますが……ルークと決闘していただけませんか?

 魔術無し、剣と剣での勝負を」

「……」

 

 いきなりの提案。

 俺は返事も出来ず、口をつぐんだ。

 ルークを見ると、平然とした顔で腰の剣に手をかけていた。

 どうやら、アリエルが唐突に決めた事ではないらしい。

 

「一応、理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 聞くと、アリエルは柔らかく微笑んだ。

 

「ただの、戯れです」

「戯れ、ですか」

 

 しかし、ルークが抜いた剣は真剣だ。

 両刃の剣では、戯れなれば峰打ちにて、というわけにもいかないだろう。

 

「せめて、木刀を用意しませんか? 僕は真剣を持っていませんし」

「武器は魔術にて用意してくださっても構いません」

「魔術は無しでは?」

「それぐらいは構いません」

 

 とりあえず、俺は土魔術にて石剣を作り出す

 多少頑丈に作るが、その分だけ重くなった。

 一応、毎日素振りはしているので振れない事はない。

 だが、これでも当たりどころが悪ければ死んでしまうだろう。

 少なくとも、遊びで相手に叩きつけていいものではない。

 

「ご安心を。これはルークが言い出した事です。ルーデウス様は全力でルークを叩きのめしてくだされば、それで構いません」

 

 魔術無しだと、俺は一般人レベルだ。

 ルークを叩きのめせるとは限らない。

 

「参考までに。

 ルークは剣神流の中級と、水神流の初級を習得しています。

 剣は魔力付与品(マジックアイテム)で、鉄の盾を軽く切り裂きます。

 靴はシルフィの履いているものと同じ、装備者の速度を引き上げます。

 このマントは熱を遮断し、手袋は力を高め、

 制服の下には、防刃性のある服を着込んでいます」

「……それは凄い」

 

 ガッチガチのイケメン装備じゃないのよさ……。

 全箇所揃えるには、リフォームした俺の家を売っても足りなそうだ。

 

「となると、僕がルークに叩きのめされる可能性もあるのですが……」

「その可能性は無いと思いますが……。死の危険を感じたら、その時点で魔術を使ってくださっても構いません」

「使う直前に僕が真っ二つになっていない事を祈りたいものですがね」

 

 しかし、なんだってこんな提案をするのだろうか。

 こんな所でどちらかが死んでも、俺達にとって得は無いだろうに。

 

「その前に、理由を教えてほしい。僕は何か、気に障る事をしましたか?」

「いいえ。ただの戯れです。もちろん、断ってもらっても結構です」

「受けるにしても断るにしても、きちんと理由を説明してくれないと困ります。こんな石剣でも、打ちどころが悪ければ死ぬんですよ?」

「ルークも覚悟はしております」

 

 俺は覚悟してないんだが。

 アリエルの声には、何か悲壮な響きが含まれていた。

 こんな試合が何になるというのだろうか。

 

 わからん。

 答えてもくれまい。

 アスラ王国には、こうした儀式めいたことがあるのだろうか。

 サウロスあたりなら、エリスを娶りたければ儂を倒せとか言いそうだが。

 いや、サウロスの爺さんはもういないんだったな。

 

「ルーデウス。頼む。受けてくれ。お前も男ならわかるだろう?」

 

 ルークの言葉。

 男なら、と来た。

 卑怯な台詞だ。

 理由がわからない俺が男じゃないみたいだ。

 

 ……いいか。

 本気で殺し合いをしようという話ではないのだろう。

 

「わかりました。お手柔らかにお願いします」

 

 でも、とりあえず、魔眼だけは使わせてもらおう。

 事故で死んだり殺したくはないしな。

 

「ご提案を受け入れて頂き、感謝致します」

 

 意図は見えないが、アリエルの声で、ルークが構えた。

 それを見て、クリフが後ろから狼狽した声をかけてくる。

 

「お、おい、ルーデウス、いいのか?」

「あ、クリフ先輩。本気でヤバイと思ったら、即座に治癒魔術をお願いします」

「お、おう……それは分かったけど」

 

 俺もゆっくりと、石剣を構える。

 間合いは三歩といった所か。

 一足一刀だな。

 よく想定している距離に近い。

 

「では、よろしいですか?」

「はい」

 

 俺の言葉で、アリエルが鋭い声を放った。

 

「はじめ!」

 

 

「ハアアァァァァ!」

 

 ルークは叫び、地面を蹴った。

 <雪が散り、ルークの体が俺に向かってまっすぐに加速する>

 

 遅い。

 いや、決して遅くはないのだろう。

 リニアと同程度だ。

 が、しかし俺がいつも想定している速度ほどではない。

 オルステッドは言うまでもなく、ルイジェルドにも、エリスにも遠く及ばない。

 装備を使ってこの程度か。

 

「ハァッ!」

 

 <ルークが肉薄しつつ、袈裟懸けに剣を振る>

 剣筋は鈍い。

 いや、決して遅くはないだろう。

 装備に頼っているというほどでもない。

 しかし、俺の想定するスピードには遠く及ばない。

 

「ふっ!」

 

 俺はルークの小手を狙った。

 剣神流・先手『腕落とし』。

 はるか昔に習った技、何千回、何万回と繰り返してきた型通りの動き。

 

「ぐっ!」

 

 俺の石剣は重くしなり、ルークの腕を一撃で叩き折った。

 剣が落ち、雪にサクリと突き立つ。

 

「まだだ!」

「いや、終わりだ」

 

 即座にルークが剣を左手で拾おうとする。

 俺はその動作を、ルークの胸を蹴り飛ばすことで妨害する。

 ルークは雪の上に転がった。

 起き上がろうとするルークに、石剣を突きつけた。

 

「そこまで!」

 

 アリエルの声で、決闘は終わった。

 

「……くそっ!」

 

 ルークは、地面を殴りつけた。折れた手で。

 そして、「ぐおお」とうめき声を上げて腕を抑えた。

 

「エルミナ。治癒魔術を」

 

 アリエルの声で、従者の一人がルークに駆け寄った。

 折れた腕を豊満な胸で包み込むように持ちながら、治癒魔術を掛ける。

 

「すげぇ……」

 

 後ろからクリフの称賛が聞こえた。

 クリフは接近戦がからっきしだから、分からないのだろう。

 正直、今の戦いは低次元だ。

 

 俺以上の剣士・戦士は、そこらにゴロゴロしている。

 あのゾルダートやエリナリーゼだってそうだ。

 あいつらには、魔術と魔眼が無ければ勝てないだろう。

 

 ルークは普通だな。

 普通の剣士だ。

 魔眼を使わなければ数合は撃ちあう事になるかもしれないが、

 アリエルの言うとおり、俺の負ける相手じゃない。

 

「ルーク先輩、大丈夫ですか?」

「……大丈夫だ」

 

 ルークの落ち着いた返事を聞いて、俺は石剣を捨てた。

 雪の中に石剣がズブリと沈む。

 

「もう少し詳しく理由を説明していただけると助かります」

「大したことではありません。ただ、ルークも思う所があったのです。男の意地でしょう」

「男の意地……もしかして、ルークもシルフィのことが好きだったんですか?」

 

 茶化したつもりはないが、アリエルの眉根が寄せられた。

 まずい、失言だったかもしれない。

 

「私達は、皆シルフィの事が好きです。ただ、それは男女間の関係ではありません。生死を共にした仲間だからこそ、それぞれ思う所があるのです」

「はい。申し訳ありません。失言でした」

「わかっていただければいいのです」

 

 アリエルは平然とした顔に戻った。

 そして、彼女は家の方を見る。

 今頃、家の中ではシルフィとエリナリーゼが会話をしていることだろう。

 アリエルは語り出した。

 

「……いずれ、私はアスラ王国に戻ります。

 戻れば、王になるか、私が死ぬか。二つに一つです。

 確率は後者の方が圧倒的に高く、アスラ王宮は私にとって、死地となります」

「……戻らないというわけには、いかないんですか?」

「逃げては、何のために生きてきたのかわからなくなってしまいます。

 せめて最後まで戦わねば、私を信じ死んでいった者たちにも顔向けができないでしょう」

 

 悲壮的なことを言っているが、王女の表情には色がない。

 自分のしている事が当然であると疑わない顔である。

 俺としては、もっと別の生き方もあると思うんだがな。

 

「シルフィは私の臣下ではなく、友です。

 そのような死地に連れて行きたくはありません」

 

 ふむ。

 しかし、シルフィは王女に付き従う気でいる。

 けど、個人的には勝ち目のない戦いであるなら、止めたい所だな。

 

 でもこの数年でシルフィは王女と共にやってきた。

 苦楽を共にしてきたのだ。

 最後まで一緒に、という気持ちもわからないではない。

 例えばもし、ルイジェルドがラプラスに戦いを挑むとなれば、俺も足を震わせながらそれに付き合うだろう。

 いや、その例えはちょっと違うか。

 でも、友のために戦いたいという気持ちは同じだろう。

 

「シルフィは、今はまだ深く考えていないようですが。

 結婚して、励めば、いずれ子供もできましょう。

 そうなれば、無理に私に従おうとは考えないでしょう」

「…………」

「でも、もしそう思わなかったら、無理にでもついてこようとしたら、

 あなたがきちんと止めてあげてください」

 

 どうだろうか。

 俺はその時、シルフィを止められるだろうか。

 無理な気がする。

 むしろ、俺が一緒についていき、手伝おうとするかもしれない。

 王女には、一応ながら義理がある。

 

「……とはいえ、もしあなたがシルフィを大切にせず、

 シルフィが辛い思いをしているようであれば。

 私達と共に死ぬ方がいいだろうと思えてしまうのであれば、

 私達はシルフィを取り返します。

 力ではあなたに勝てないでしょうが、方法はいくらでもあります。

 くれぐれも、シルフィは私達と共にいる方がマシだなどと、考えさせないでください」

「肝に銘じておきます」

 

 それは言われるまでもない。

 

「では、ルーデウス様。シルフィの事を宜しく頼みます」

 

 王女はそう言うと、踵を返した。

 従者の二人が俺に対して頭を下げ、ルークが剣を拾いつつ目で挨拶をする。

 四人は、雪の道をザクザクと歩いて、消えていった。

 シルフィが降りてくるのを待たずして。

 

 

---

 

 

 家の中に戻ると、丁度エリナリーゼとシルフィが階段を降りてくる所だった。

 エリナリーゼは目元が腫れていたが、幾分がスッキリした表情だった。

 

「あ、ルディ。アリエル様は?」

「今、お帰りになられたよ」

「そう……ごめんね、任せちゃって。

 アリエル様、何か言ってなかった?」

「シルフィの事を宜しく、と」

 

 決闘の事はどう話そうか。

 と、思っていると、クリフが前に出た。

 

「ルークがルーデウスにいきなり決闘を申し込んだんだ。

 でも、流石はルーデウスだな。相手の攻撃に対してカウンターで一撃だ。

 あの鼻持ちならない男が、腕を抑えてうずくまる姿、二人にも見せたかったな」

 

 流石クリフだ。

 空気を読まない。

 どうでもいいけど、クリフはルークがあまり好きではないのだろうか。

 いやまあ、いいとしよう。

 

 それを聞いたシルフィは眉をひそめた。

 

「ルディ、ルークと喧嘩したの?」

「いや、喧嘩というか、アリエル王女の立ち会いの元、決闘を申し込まれてな」

「……そっか。ルークも確かめたかったんだろうね」

「何を?」

「ルディの強さを。今まで、ボクやアリエル様を体を張って守ってきたの、ルークだから」

 

 言わんとする事は、わからないでもない。

 しかし、ルークがそんな熱血漢みたいな事を考えたのだろうか。

 あまり先入観だけで人を決めつけるもんじゃないな。

 あいつも男だという事だろう。

 意地があるからな、男の子には。

 

 というか、うちの嫁は夫が決闘したというのに、心配とかしてくれないのだろうか。

 一応、相手は真剣だったのだが。

 

「でも、ありがとうルディ」

「何が?」

「ルーク相手に、手加減してくれて。

 ルークは弱いから、ルディが本気で相手したら死んじゃうでしょ?」

 

 どうやら、最初から俺が負けるとかは思っていないらしい。

 怪我もしてないし、クリフの説明を聞けば心配する要素もないか。

 それにつけても哀れなルーク。

 シルフィに弱いと断言されるとは。

 

「まあ、こっちはそんな感じとして、そちらの方は、話は終わりましたか?」

「うん」

 

 シルフィは嬉しそうに頷いた。

 

 

---

 

 

 さて、やはりエリナリーゼはシルフィの祖母だったらしい。

 つまり、ロールズの母親だな。

 

 各地でハーフエルフを生産している彼女は、

 呪いと、本来の性格でもって、トラブルが絶えなかった。

 エリナリーゼの立ち回りがうまくなったのはここ十数年だ。

 それ以降は大きなトラブルもなく過ごしている。

 

 だが、それ以前に残した禍根は今でも、根強く残っている。

 特に、長耳族の間では酷いらしい。

 

 エリナリーゼの子供は、彼女の子供というだけで忌避されるのは当たり前。

 迫害を受けて、人間扱いされなくて。

 結局最後には里を追い出される。

 そんな事も多かったのだそうだ。

 エリナリーゼは子供から、あるいは孫から、出会い頭に罵倒される事も少なからずあったのだそうだ。

 

 ゆえに、エリナリーゼは子供を産んでも自分の名前は明かさず、

 一人前に成長するまで面倒をみたら縁を切る、という事を続けてきたそうだ。

 

 シルフィも一目みて自分の孫か曾孫だとわかったらしい。

 でも接触はすまいと考えていたのだそうだ。

 結局、結婚という事で幸せそうにしてるシルフィをみて、感極まって泣いてしまったようだが。

 

 重い話である。

 思わず涙が流れそうになった。

 

 だが、自分で好きでしてきた結果そうなっているので、ヘタな慰めはいらないと突っぱねられた。

 

 

 そんな話をした後、クリフに部屋の隅へと呼び出された。

 

「ルーデウス」

「なんですか、クリフ先輩」

「先輩はいい、敬語もいい。今日からはクリフと呼び捨てにしてくれ。いや、しろ」

 

 先輩命令か。

 いや、ちゃかすのはやめよう。

 

「リーゼの事なんだが」

「ええ」

「正直、リーゼは僕が思っていた人とは違った」

「……ほう、で?」

 

 さすがに幻滅したか。

 わからんでもないがな。

 ずっと好きだと思っていた相手が実は子持ちどころか孫持ちだったんだから。

 しかも聞いた話によると、曾孫がいる可能性すらあるらしい。

 俺なら少なからずショックを受ける。

 

 とはいえ、今の話を聞いて「別れるのを手伝ってくれ」なんて言われたら、さすがの俺でも怒る。

 エリナリーゼはクリフを騙したわけじゃない。

 クリフが自分で勝手に勘違いして好きになったのだ。

 それが真実を知って幻滅するなど、よくある話だが、虫唾が走る。

 

 もっとも、止めはしない。

 そんなクズはすっぱり切って、今日からエリナリーゼもこの家に住めばいい。

 その場合、シルフィの許可次第では擬似親子丼を、いや俺はシルフィ以外とは……。

 いやでも、間接的にシルフィのためとも言えるし……。

 

「リーゼは想像以上にかわいそうな人だ。呪いは絶対に治してあげたい。

 僕は天才だからいずれは治せると思うが……。 

 確実性を上げるためにも、手伝ってくれないか?」

「…………」

 

 ゲスなクズは誰だ。

 俺だよ。

 ごめんなさい。

 

「あんな話を聞いて、幻滅したりとかはしないんですね」

「幻滅? するわけないだろう。何言ってるんだ」

 

 迷いなき一言であった。

 

「で、でも自分の好きな人がいろんな相手と寝た事もあって、子供どころか孫までいるんですよ?」

「それがどうした。僕はミリス信徒だ。相手の事情がどうであろうと、僕の理想と違おうと、僕には僕を愛してくれる一人の女性を幸せにする義務がある」

 

 言い切った。

 体が震える。

 やばい。

 俺はクリフを少々見くびっていたかもしれない。

 これからは、クリフさんとお呼びした方がいいだろうか。

 

「……わかりました。僕に出来る事でしたら、なんでもお手伝いします」

「ああ、お前の力を借りられるのは頼もしい」

 

 俺はクリフと握手をした。

 クリフは小さな手で、力強く握り返してきた。

 

「ていうか、敬語はやめろ。僕とお前は友達だろ?」

「嫌です」

 

 俺の胸のうちに芽生えたのは、クリフに対する敬意であった。

 微力ながら力になろう。

 

 

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 最後に、エリナリーゼとクリフが帰った。

 シルフィと二人きりとなった。

 

 二人で客人の散らかした部屋を片づける。

 散らかしたといっても、基本的に作法のわかっている連中である、せいぜい床にこぼしたものを拭き取る程度だ。

 料理は少し余ってしまったが、足りなくなるよりはいいだろう。

 まあ、今日の晩飯だな。

 

 掃除が終わる頃、日が落ちて周囲が暗くなった。

 俺は明かりをつけて、リビングへと戻る。

 三人がけのソファに座ると、シルフィがちょこんと隣に座った。

 

「色々あったけど、うまくいってよかったね」

 

 シルフィは俺の肩に頭を乗せつつ、そういって笑っていた。

 今日一日で、どっと疲れた。

 

「そうだなぁ」

 

 肩を抱いてみると、シルフィは完全に俺に体重を預けてきた。

 髪に顔を埋めてふがふがと匂いを嗅いでみる。

 うーん、甘い香り。

 

「ルディ、くすぐったいよ」

 

 シルフィはそう言いつつも、嫌がらない。

 なので、そのまま嗅ぎ続けた。

 

「ルディ……ボクね。髪を伸ばそうと思うんだ」

 

 ふと、シルフィがそんな事を口にした。

 髪を伸ばす。

 昔、何度も提案して断られてきた事だった。

 俺は昔からシルフィにはツインテールかポニーテールが似合うと思っていたのだが、実現はすまいと思っていた。

 

「……よろしいのでしょうか」

「なんで敬語になるの?」

「真面目な話だからです」

「えーと、そんな真面目な話じゃなくてね。

 ボクも、ほら、もう髪の色、緑じゃないでしょ?

 アリエル様も女らしくしろって言ってるし。

 でも学校ではやっぱりズボン履くつもりだし、

 せめて髪だけでも長くした方がいいかな、って思って」

 

 なるほど。

 もうコンプレックスには感じていないということか。

 

「女子用の制服は着ないのか?」

「えー、ボクには似合わないよ」

 

 んなこたーないと思うが。

 よし、今度買ってこよう……。

 と、それはそれとして。

 

「でもまあ、髪の長いシルフィは俺も見てみたいな。さぞ可愛いに違いない。今でも可愛いけど」

「えへへ、ありがとう。……うん。じゃあ、伸ばすよ」

 

 となると、この短髪のシルフィももうすぐ見納めか。

 今のうちにしっかり記憶に残して置かなければならんな。

 いや、切ればすぐに見ることができるのだろうが。

 

「ルディにずっと好きでいてもらえるように、ボクも頑張らないとね」

 

 なんだそのセリフ。

 泣けてくるんだけど。

 なんで俺、こんなに好かれてるんだ。

 

 ……俺も彼女に嫌われないように努力しないとな。

 俺様系……はちょっと違うらしいから忘れるとして。

 鈍感はやめて、敏い男を目指そう。

 できるかどうかはわからんが……。

 いや、頑張ろう。

 

「シルフィ、今日はお疲れ様」

「うん、ルディもお疲れ様」

 

 でも、今日はさすがに疲れたし、風呂にでも入ってゆったり過ごすとしよう。

 

 

 こうして、俺はシルフィと結婚した。