無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第百四十六話「過去と呪いと召喚と嫉妬」

 

 ある少女は、200年も昔に迷宮から救出された。

 でも、記憶と感情を失っていた。

 彼女は、身元がわからなかったものの、外見的特徴から種族は判明していた。

 その種族の集落に預けられ、暮らし始める。

 集落の人々は身元不明の彼女を快く迎え入れてくれた。

 

 彼女の記憶は戻らなかった。

 しかし、数年で感情を取り戻した。

 明るく社交的な性格の彼女は、すぐに集落の男と恋仲になった。

 

 無事に男と結ばれた彼女だったが、その頃からある事に悩まされるようになる。

 性欲の肥大化である。

 彼女は毎晩のように相手を求めた。

 

 彼女の種族は、決して性欲の深い種族ではなかった。

 人族やゴブリンに遠く及ばない。

 ゆえに、相手の男は大変そうにしていたが、それでも平和に暮らしていたという。

 

 ただ、この頃から彼女の体に変化があった。

 

 男と関わりを持ち始めてから、彼女は月に一度、あるものを産むようになった。

 魔力結晶である。

 小さな丸い形をした魔力結晶。

 中には極めて高濃度の魔力が入り、高価な値段で取引される、そんな魔力結晶。

 彼女はその事を、自分の夫へと相談した。

 男は、少々気味悪がりながらも、気にすることはないと言っていた。

 

 男がその魔力結晶を持ち出し、人族の町で売り払うようになったのは、そのすぐ後の事である。

 金に目が眩んだ……といえば聞こえが悪いが、しかし責められるべきものではないという。

 男の家は決して裕福ではなく、彼女も働いてはいなかったのだから。

 少なくとも、男は彼女に対して、金のなる木を見るような目はしなかったという。

 幸せだったのだ。

 

 事件が起こったのは、それから五年後の事である。

 

 男が死んだ。

 殺されたのだ。

 定期的に極めて高価な魔力結晶を持ち込むという事で、人族の盗賊に目を付けられ、襲われ、生命と財産を奪われたのだ。

 男は死に、彼女は未亡人となった。

 

 男が死んでから、10日ほど立った日。

 彼女は体の奥底から沸き上がる衝動にこらえきれず、集落にいる別の男を襲った。

 いけない事だとわかりつつも、襲ってしまった。

 相手もまんざらではなく、その時は、それで終わった。

 

 さらに10日後。

 彼女はまた、別の男を襲った。

 そのさらに10日後も、さらに10日後も。

 彼女の暴走は、彼女の行為が露呈し、集落の女たちに吊るしあげられるまで続いたという。

 

 そして、彼女は追放された。

 それから、彼女は娼婦になったり、奴隷になったりした後、冒険者となって、今も世界のどこかをさまよい歩いているらしい。

 

 

---

 

 

 そんな話を、俺は朝一でエリナリーゼから聞いていた。

 

「……と、わたくしの人生はそんな感じですわ」

「そこまで話してくれなくてもよかったんですが……」

 

 正直、俺はそんな話を聞いて戸惑っていた。

 呪いの事だけ聞ければよかったのだ。

 だが、エリナリーゼは包み隠さず、話してくれた。

 

「今まで黙っていた分ですわ」

「……その、クリフは知っているんですか?」

「もちろん、結婚式の前に話しましたわ」

「そうですか……シルフィは?」

「シルフィは知りませんわ。自分の祖母が、そんな淫売だなんて、知りたくないでしょう?」

「シルフィはそんな事を気にしないとは思いますがね……」

「ルーデウスも、どうかこの話を聞いて、シルフィを変な目で見ないで上げてほしいんですわ。わたくしの血が流れていても、あの子は普通の子ですもの」

「それはもちろん、そのつもりです」

 

 エリナリーゼはエリナリーゼ、シルフィはシルフィだ。

 しかし、そういった過去があれば、エリナリーゼがシルフィに祖母だと明かしたくなかったのも、過去を明かしたくなかったのも、なんとなくわかる。

 誰にだって、変な目では見られたくないものだ。

 過去は過去だ。

 俺だって、自分の過去は明かしたくない。

 目を背けてはいけない過去だが、俺だけが知っていればいい過去だ。

 

「それで、結局の所、エリナリーゼさんの呪いってのはどういうものなんですか?」

「体の中に魔力がたまり、それを男の精を受けることで結晶化させる。もし男の精を受けなければ、魔力が肥大化しすぎて死んでしまう。という感じですわね」

「でも、最初の数年は、大丈夫だったんですよね?」

「そのあたり、よくわからない所ですのよね……あの当時、わたくしに月のものが来ていなかったですし、もしかするとそれが関係しているのかもしれませんわ」

「月のもの……」

 

 月経が関係しているとなると、あの魔力結晶ってのは、卵子が変化したものなのだろうか。

 じゃあ、ゼニスの呪いは違うものだろう。

 ゼニスはすでに子供を二人も産んでいる。

 リーリャから詳しく聞いたわけではないが、まだ35歳ぐらいのはずだし、そういった機能もまだ動いているはずだ。

 しかし、今のところ、問題はない。

 

「記憶は、戻らなかったんですよね」

「ええ、今をもって」

「……」

 

 記憶は戻らない、か。

 エリナリーゼが実は何者なのかも、わからないという事だろう。

 ある日突然、思い出す可能性も無きにしもあらずだろうが。

 しかし200年も思い出せなかったのに、いまさら思い出す事もないだろう。

 

「でもゼニスの様子は、『彼女』の時とは少し違いますわ。見たところ、息子や娘の判別もついているみたいですし。もしかすると、記憶が戻る可能性もありますわ」

「だと、いいですがね」

 

 希望的観測は、あまりしないでおいた方がいいだろう。

 自然には戻らない、そう考えた方がいい気がする。

 

「呪いの方はどうでしょうか」

「今のところ、わたくしと似た徴候はありませんわね」

「ですね」

「彼女は、多分、わたくしとは別の呪いにかかっていますわ」

「そうでしょうか」

「可能性は高いですわ。何か心あたりはなくて?」

 

 心当たり。

 心当たり。

 うーん。

 あるような無いような。

 呪いといえるような心当たりはないな。

 

「ありませんね」

「そう。でも、油断は禁物ですわよ」

 

 いきなり即死するような呪いではない。

 けれど、何をキッカケにどうなるかわからないと、エリナリーゼは言う。

 

「結局、今は様子を見るしか無い、という事ですね?」

「そうですわ」

 

 希望的観測はしない。

 けれど、何事もないようにと願わずにはいられないな。

 

「わたくしが知っているのは、その程度のことですわ。ごめんなさい。言いたくない事が多すぎて、伝えるのが遅れてしまいました」

 

 エリナリーゼは、そういって頭を下げた。

 まあ、確かに言うのは遅れたな。

 俺じゃなかったら、なんで言わなかったんだと怒鳴ったかも知れない。

 だが、過去を言いたくないという気持ちはよくわかるからな。

 むしろ、俺が前世の事を話さないのが申し訳ないぐらいだ。

 

「いえ、言いにくいことを、よく話してくれました。ありがとうございます」

 

 俺はエリナリーゼに手を差し出した。

 エリナリーゼはその手を握り、固く握手をかわす。

 

「じゃあ、わたくしはクリフの所に戻りますわね」

「俺はもう少し休んでから、ナナホシあたりの様子でも見に行きます」

「そう、ではごきげんよう」

 

 エリナリーゼは、そう言って部屋から出て行った。

 

 結局、ゼニスの事はよくわからなかった。

 呪いに掛かっている可能性が高いということと、今のところはなんの問題も起きていないという事ぐらいだ。

 今後も、何かあったらすぐに対応できるようにはしておこう。

 

 

---

 

 

 朝食後。

 俺は空中城塞の一室にある、長いテーブルについていた。

 隣に座るのは、ナナホシと、クリフ、さらに隣にはザノバだ。

 

 目の前に座るのは、空虚のシルヴァリル。

 あの黒翼を持つ、ペルギウスの部下である。

 

「では、授業を始めさせていただきます」

 

 ナナホシがペルギウスに召喚魔術について習う。

 という話だったのだが、ナナホシは気を利かせて、俺たちも授業に参加させてくれた。

 講義は基礎的なことから始めるらしく、教師はペルギウスではなかった。

 彼が出てくるのは、もっと応用的な部分に進んでからだそうだ。

 ペルギウスは今頃、アリエルとお茶でもしているのだろう。

 

 アリエルがどうして王様になりたいのかはイマイチ不透明だが、目的を持って物事にあたるのは素晴らしい事だ。

 影ながら応援するとしよう。

 アリエルはシルフィの友達だしな。

 ちょっと上下関係がハッキリしすぎているが、世の中に平等なんて存在しないから、仕方ない。

 シルフィもアリエルも、互いを友と言ってるのだから、友達だ。

 

 と、今は授業に集中しなくては。

 

「では、まず、認識を統一しておきましょう。召喚とは何ですか?」

 

 空虚のシルヴァリルは、問いを発した。

 

「そちらの……」

「クリフだ。クリフ・グリモル」

「ではクリフ、答えてみてください。召喚とは、何ですか?」

 

 召喚魔術というものは、二種類ある。

 

 一つは付与。

 これは、主に魔道具の製造に関わってくる。

 言ってみれば、魔法陣を描く技術である。

 クリフが専攻していて、魔法都市シャリーアでも盛んに習得されている。

 

 もう一つは召喚。

 世界のどこかにいる何かを呼び出すもの。

 きわめて単純な生物から、犬や猫といった高い知能を持つ獣。

 人が飼いならせるような、おとなしい魔獣。

 ゴブリンやトゥレントといった知能の低い魔物。

 あるいは、この世界のどこかにいるという、精霊を呼び出すもの。

 こちらは魔法都市シャリーアに教師はおらず、魔術ギルドに初級レベルを扱えるものが数名いる程度である。

 どこかの国が技術を独占しているのか、とにかく魔法都市のあたりでは、教えていない。

 

 と、そこまでが俺の知っている知識である。

 クリフもまた同じ知識を持っていたようで、俺と同じように答えた。

 

「……それは違います」

 

 それに対し、シルヴァリルは違うと首を振った。

 

「確かに、召喚魔術には魔法陣が欠かせません。

 ですが、魔法陣を描く技術を召喚とは言いません」

「というと、召喚といえるものは、後者のみなんですか?」

 

 俺は聞き返すように質問を返す。

 この感じ、ロキシーに魔術を教わっていた頃を思い出すな。

 

「はい。ですが、二種類あるのは本当です」

「つまり、もう一種類は、『付与』ではないと」

「その通りです」

 

 シルヴァリルは、柔らかな声で喋る。

 しかし、特に教本を使うでもなく、黒板を使うでもない。

 俺たちは、予め用意しておいた紙束に、羽ペンで習ったことを書き記しておく。

 実に授業っぽい。

 

「召喚は二種類。

 一つを『魔獣召喚』と呼び、

 もう一つを『精霊召喚』と、呼びます」

 

 『魔獣召喚』と『精霊召喚』と書き記す。

 精霊ってのは、確かこの世界のどこかにいるが、滅多に姿を見ることができない存在だ。

 俺もスクロールで呼び出した光の精霊ぐらいしか、見たことはない気がする。

 

「どう違うんですか?」

「魔獣召喚は、あなたがた人族の知ってのとおり、現在どこかにいる生物を呼び出すものです。太古の盟約により『人』と名の付くものを呼び出すことはできませんが、それ以外であれば、この世に存在する、ありとあらゆる生物を呼び出す事ができます」

 

 ありとあらゆる生物。

 例えば、ドラゴンとかも召喚できるってことか。

 

「太古の盟約というのは?」

「この世界に召喚魔術が生まれた時に決められたとされる盟約です。魔術はこの盟約に反する事はできません」

「ふむ」

 

 人は無理。

 ……でも、本当に無理なのだろうか。

 転移で人を飛ばすのと、召喚で人を呼び出すのと、どう違うというのだろうか。

 まあいいか。今は基礎だ。

 そこらへんまで授業が進んだ時に、改めて聞くとしよう。

 

「すいません、続けてください」

「はい。魔獣召喚は、己よりも強い魔力を持つ者は召喚できませんし、できたとしても制御できない可能性もあります」

 

 そういえば、昔読んだ本に、そんな事が書いてあったな。

 『シグの召喚術』だったっけか。

 己の力量では制御できない者を呼び出し、食い殺されてしまうという話だ。

 俺は魔力だけは有り余ってるから、なんでも召喚できそうだが、従うかどうかはわからないのか。

 まあ、あんまりすごいのを呼び出す予定も無い。

 大体、今のところ、家に3匹もペットがいるからな、何を呼び出すということもなさそうだ。

 

「そういえば、召喚できるのは生物だけなんですか?」

「はい。死んだ者は、召喚できません」

「そうではなく物品、例えば……今、俺の家にある服を召喚することはできますか?」

「それは不可能です」

 

 てことは、ロキシーのパンツを召喚することは、できないって事か。

 いや、でもまて。

 ナナホシはペットボトルの召喚に成功していた。

 完全に不可能ってことは、無いはずだ。

 単に今のところ、この世界にそうした技術は存在していない、と見るべきか。

 そして、ペルギウスはナナホシの研究を見て、その技術を確立する、と。

 なるほど、ペルギウスがナナホシに協力するわけだ。

 

「続けてもよろしいですか?」

「あ、はい、すいません腰を折ってしまって」

「いいえ、質問をするのは熱心な証拠です」

 

 シルヴァリルはゆっくりと頷き、授業を進めた。

 

「精霊召喚というものは……精霊を創造する魔術になります」

「創造? 作り出すってことですか?」

「はい。召喚者の魔力を使い、ある能力をもった精霊を作り出す魔術。それが精霊召喚魔術です」

 

 ふむ。

 てことは、今まで俺が使っていたスクロール。

 あれから出てくる、光の精霊は俺が作り出していた、という事か?

 

「精霊は低い知能を持ち、魔力を使い切るまで、召喚者の命令に従います」

「従わない場合はあったりしないんですか?」

「……従わないように魔法陣を作れば、可能です」

 

 うーむ。

 自分で作るから、何でもかんでも思いのままってことか。

 プログラミングに近いんだろうか。

 あれ?

 プログラミングに近いって、どこかで似たようなものを聞いたような……。

 

「それはおかしいじゃないか」

 

 クリフが不満げな声を出した。

 

「お前たちペルギウス様の下僕は、400年前に召喚された精霊なんだろ? それにしちゃあ知能が高いし、ずっと消えないのはおかしいじゃないか」

 

 おお、さすがクリフだ、鋭い所を突いた気がする。

 シルヴァリルも満足げにうなずいた。

 

「よくぞ聞いてくださいました。

 ペルギウス様の祖先、『初代甲龍王』様は、きわめて知能が高く、強力な力を持つ太古の11精霊の作り方を残しておりました。本来ならば1日程度しか持たないその強力な精霊を、ペルギウス様はなんと、己が生きている限り存在し続ける事が可能とする術を開発したのです!」

 

 ずいぶんと自慢気だ。

 本来なら一日しかもたない精霊を、永久的に動作させる。

 永久機関ってのは、どこの世界でも凄いものだ。

 ん?

 太古の11精霊?

 

「12では、ないんですか?」

「はい。私は、ペルギウス様の精霊ではありませんので」

「違うんですか?」

「はい。私はラプラス戦役の時にペルギウス様に助けられ、それ以来ずっとお仕えしている、ただの天人族でございます」

 

 天人族。

 まあ、彼女だけだもんな、翼なんてあるのは。

 他のが下僕だとするなら、彼女は腹心みたいな感じなのだろう。

 実は恋人とか……いや、まさかな。

 なんでも色恋に結びつけるもんじゃない。

 

「それで、我々が習うのは?」

「魔獣召喚を中心に。しかしペルギウス様は、異世界召喚を精霊召喚に近いと見ているようですので、幾分か触れていくかと思います」

 

 両方習えるってことか。

 楽しみだな。

 各所から魔獣を召喚して、動物園とか開いてみるのも面白いかもしれない。

 

「その精霊召喚。できれば詳しく教えていただきたい」

「僕も精霊召喚には興味があるな」

 

 ザノバとクリフも、精霊召喚には興味を持ったらしい。

 ああ、そうだ。思い出した。

 プログラミング。

 自動人形のコアだ。

 あれを見て、プログラミングみたいだと思ったんだ。

 

 てことは、精霊召喚を習っていけば、あるいは例の人形も、完成させることができるかもしれない。

 狂龍王カオス氏が完成させられなかったものを、俺たちがそう簡単に作り上げられるとは思えないが……。

 でも、きっと役立つはずだ。

 どの知識が、どこで役立つかってのは、わからないものだしね。

 

「では、魔獣召喚の基礎から入りましょう。まずはこちらの魔法陣をご覧ください――」

 

 なんて思いつつ、俺たちはシルヴァリルから、召喚術の基礎を習い始めた。

 

 魔法陣の書き方で他三人に遅れを取っているせいか、落ちこぼれになりそうだ。

 人任せにせず、俺も魔法陣の基礎を習っておけばよかったな。

 まあでも、今からだって遅くはない。

 勉強に手遅れは存在しないのだ。

 

 大体、俺はまだこの世界では18歳だからな。

 ザノバを見ろ。

 あいつは入学当時には20代中盤だったが、それでも人形製作の技術を磨いている。

 俺も彼を見習おう。

 

 とはいえ、今のままでは、俺は落ちこぼれ決定だ。

 この授業の後、復習と予習をしておくべきだろう。

 

「ところで皆様、そろそろ昼食の時間ですが、何か食べたいものはございましたら、お言いつけください」

 

 シルヴァリルのそんな言葉で、その日の授業は中断した。

 

 

---

 

 

 昼食。

 

 昨晩は、アスラ王国に古くから伝わる郷土料理が振舞われた。

 肉団子と芋を一緒に煮たものや、香草のスープ。

 麦以外の穀物をふんだんに混ぜ込んだ雑穀パン。

 魔法都市シャリーアでいつも食べているものと、そう大きく変わるものではなかった。

 城の概観に比べて質素ではあったが、素朴でいい味だった。

 

 もっとも、古くから伝わる、と思っていたのは俺たちだけで、ペルギウスにとってはアスラ王国の料理といえばコレであるらしかった。

 400年前の料理というわけだ。

 戦乱の時代は技術を進化させ、平和な時代は料理を進化させる、なんて話どこかで読んだ。

 アスラ王国も、この400年で食文化が大きく変わったということだろう。

 

 食事は、各部屋へと運ばれてきたが俺はシルフィと一緒に食べた。

 いくら豪華な部屋とはいえ、一人で食事を取るのは面白くない。

 前世の頃は、まったくそんなことは思わなかったのに、俺も随分と変わったものだ。

 朝食は一人だったが、仕方ない。

 

 

 さて、そんな食事時ではあるが、昼食は好きなものを用意してくれるらしい。

 光速のパシリことアルマンフィが買出しをしてくれれば、全国どこの材料でも取ってこれるのだろう。

 いや、いっそレストランで注文して、それを運ぶという手もあるのか。

 便利な出前だな。

 

「じゃあ、ミリスの料理なんかも出してくれるのか?」

「ほう、ではシーローンの料理を所望しよう」

 

 クリフとザノバは、己の故郷の郷土料理を所望した。

 彼らも、なんだかんだ言って、故郷が恋しいのだろうか。

 

「わかりました。用意いたしましょう」

 

 シルヴァリルは、仮面を付けたまま、柔らかい声音でその申し出を受けた。 

 

「なんでもいいわ」

 

 ナナホシはそういっていた。

 彼女は気づいていないようだが、これはチャンスだ。

 俺はチャンスをものにする男。

 チャンスは最大限に活かせと、赤いロリコンの人も言っていた。

 

「酢で締めた白米に、新鮮な生の魚を握りこんだ料理、知っていますか?」

「えっ! あるの?」

 

 俺の言葉に、ナナホシがパッと顔を明るくさせた。

 しかし、シルヴァリルは首を振った。

 

「いえ、存じ上げません。米は常備されていますが」

 

 ナナホシが落胆する。

 しかし、俺は歓喜した。

 米があれば、どんな食材でもオカズとして生きてくる。

 

「では、小麦粉を溶き卵と冷水でゆるく溶かし、エビやイカ、野菜などに絡めて高温の油で揚げた料理は?」

「聞いたことがありませんね。小麦粉と卵はございますが……」

 

 卵もあるのか!

 てことは、久しぶりに食べられそうだな!

 例のものが。

 

 しかし、SUSHIもTENPURAも、やはり無いか。

 てことは、SUKIYAKIもなさそうだな。

 みりん、砂糖、醤油で煮込んだ、鍋料理。

 職人のつくるものには遠く及ばないだろうが、これらは材料さえあればそれなりのものが作れそうな気はするが……。

 やっぱ醤油だな。

 俺たちが求める日本食は醤油味だ。

 

「その、大豆を発酵させて作ったソースのようなものはありますか?

 醤油とか、醤とか言われているものなんですが」

「城内にはございません」

 

 そっか、無いか。

 やはり、この世界には、無いのだろうか。

 

「しかし、ビヘイリル王国でそのようなソースが使われていると聞いたことがあります。アルマンフィに命じて探してもらいましょう」

「っ! お願いします!」

 

 アルマンフィの苦労はどうでもいい。

 探してくれるというのなら、探してもらおうじゃないか。

 

 

---

 

 

 1時間後。

 

 結局、醤油は見つからなかった。

 1時間では、満足に探しきれなかったのもあるだろう。

 これから食事を作ろうって時に食材を探したのでは、間に合わないのも仕方ない。

 

 醤油は見つからなかった。

 だが。

 その代わり。

 なんと。

 アルマンフィは別のものを持ってきた。

 大豆を発酵させて作った、赤茶色の食材を。

 

 それは、こちらの世界の言葉で『豆腐』と呼ばれているものであった。

 だが、俺はその食材を『味噌』と呼ぶことにした。

 だって、味噌だもん。

 

 ビヘイリル王国……たしか、中央大陸の北東に位置する国だ。

 もしかすると、この国ならば、醤油を見つけることができるかもしれない。

 いずれ行こう。

 十年後になっても、二十年後になっても、機会があったら必ず訪れよう。

 それはさておき。

 

 米はある。

 味噌もある。

 というわけで、白身の魚も用意してもらった。

 大根下ろしと生姜は無かったが、レモンはあった。

 おしんこも欲しいが、まあ、無いものねだりはやめておこう。

 

 あるものを使い、シルヴァリルに俺の知る限りのレシピを教える。

 

「このようなもので、よろしいのですか?」

 

 しばらくして出てきたのは、

 ホカホカの白いご飯。

 湯気をたてる貝の味噌汁。

 そして、焼き色のついた白身魚と、レモンである。

 

 これらを二人分。

 片方は、ナナホシに用意してもらった。

 俺のほうには生卵付きだ。

 

「やっぱり、たまにはこういうのも食べたいよな」

「…………まあ、そうね」

 

 見た目は完璧な構成であったが、ナナホシは不機嫌そうだった。

 やはり、見かけだけの日本食では不満なのだろうか。

 まあいいさ。

 どうせ日本の味には程遠いのだ。

 真似事でも、味わえれば一興だ。

 

「手を合わせてください。いただきます」

「……いただきます」

 

 彼女は眉を顰めたまま、スプーンとフォークで食べ始めた。

 その表情は、実においしくなさそうに。

 フォークで白身魚の骨を取り除いて、レモンを絞って、口に含んで。

 白米をスプーンで掬って、口に運んで、もそもそと咀嚼して。

 白磁の器に入れられた味噌汁を口元に持ってきて、啜って。

 そして、ポツリと言った。

 

「このお味噌汁、出汁も取ってないじゃないの……」

 

 彼女の瞳には大粒の涙が浮かんでいた。

 泣きながら、手を止めず、食べていた。

 

 実際、美味しくはなかった。

 米はボソボソしているし、味噌汁もなんだかしょっぱい。

 魚は美味しいがやや生臭く、レモンがちょっと合っていない。

 

 どうにもバランスが悪い。

 美味しくはない。

 俺たちの記憶の中にある日本食は、もっと繊細なものだったはずだ。

 

 けれど、ナナホシの手は止まらなかったし、涙も止まらなかった。

 彼女は黙々と食べ続け、あっという間に完食してしまった。

 

「……ごちそうさま、でした」

 

 最後の一言で、俺も満足した。

 

 

---

 

 

 午後の講義が終わった後、自室に戻った。

 

 召喚魔術の講義は面白い。

 シルヴァリルの教え方がうまいのだろうか。

 

 今日はたいしたことは教わらなかったが、

 そのうちだんだんと付いていけなくなるのだろう。

 今のうちに、予習しておかないとな……。

 

 それにしても、何日ぐらい掛かるのだろうか。

 この調子でいけば、一週間ぐらいで終わるのだろうか。

 学校の方は、ホームルームにさえ出ればどれだけ休んでも大丈夫だろうが、家の方は、あんまり長いことあけたくないな。

 ルーシーやゼニスの様子も気になるし。

 

 まあ、今は目の前の事をやろう。

 ゼニスも様子を見るしか無いし、ルーシーもアイシャがきちんと面倒を見てくれている。

 さしあたって俺がすべきことは、召喚魔術の予習と復習だ。

 

 コンコン。

 

 と、ソファに座り荷物の中から紙束を取り出した所で、扉がノックされた。

 

「ルディ、いる?」

 

 返事を待たずに入ってきたのはシルフィだった。

 彼女は俺の姿を見つけると、遠慮なく部屋の中に入ってきて、俺の隣にストンと座った。

 そして、ふぅと息をついた。

 俺は近くにあった水差しから、コップへと水を注いで渡してやる。

 

「お疲れ様」

「ありがと」

 

 シルフィはそれを受け取り、コクコクと飲み干した。

 

「ふぅ」

 

 ずいぶんとお疲れの様子だ。

 

「どうだった? アリエル様の方は」

「うーん、とね。ちょっと難しそうだね」

「そっか」

「ペルギウス様、あんまりアリエル様の話をまじめに聞いてくれないんだ」

 

 アリエルはペルギウスに己の陣営に加わってもらうべく、己の側についてもらえる利点を、あれこれと話したらしい。

 自分が王になれば、貴族の位をあげられるだとか、

 アスラ国内に領土をあげられるだとか、

 商売をするにしても便宜を図れるだとか。

 しかし、当然ながらペルギウスは、そんなものはいらんと切って捨てたらしい。

 

「そりゃそうだろ。当然だよ」

「そうなのかな?」

「だって、ペルギウス様は、そういったものに興味が無い、もしくは嫌悪してるから、こんな所に住んでるわけだし」

「え? ペルギウス様って、魔神の復活を阻止するのに便利だから、ここに住んでるって言ってなかったっけ?」

 

 シルフィは首をかしげた。

 そんな事言ってたっけか。

 まあ、それも理由の一つではあるんだろうが。

 

「そうじゃなくて、権力が欲しいなら、もらえる立場にあったはずなんだよ。

 だって、ラプラス戦役の英雄なんだから。

 アスラ王宮の堅苦しさに嫌気がさしたって、シルヴァリルも言ってたわけだし、そういうので釣るのは逆効果だろう」

 

 この城からだって、別に降りようと思えばすぐに降りられるだろう。

 なのに引きこもっている。

 何があるのかわからないが、きっと理由はあるだろう。

 

「そっか、そうだね。アリエル様も焦ってるのかな……ねぇ、ルディ。どうすればいいと思う?」

「どうすればって……」

 

 そんなもん、俺にわかるわけがない。

 ただ、アリエルは必要なものをすっとばしている気はする。

 普通なら、まず仲良くなろうとするはずだ。

 その上で、頼みごとをする。

 難色を示されたら、今度は条件を提示して、頼み込む。

 物事には、そういう段階が必要だと思う。

 

 アリエルのカリスマ性は高い。

 だから、今までは仲良くなるというステップを踏まずとも、仲間に引き入れることはできたのかもしれない。

 だから、カリスマの通用しない相手に難儀している。

 ナナホシにしろ、そしてペルギウスにしろ、だ。

 俺もそうだろうか。

 俺はシルフィに便宜は図りたいと思っているが、アリエルのために何かをするつもりには、あまりならないしな。

 

「まずは、ペルギウス様と仲良くなるべきじゃないかな」

「仲良く?」

「そう、趣味とか、過去の武勇伝とか聞いてさ」

「趣味とか、武勇伝か」

「ザノバあたりを連れて行くのもいいかもしれないね、あいつは多分、俺達の中で一番ペルギウス様に気に入られているしさ」

 

 ザノバとペルギウスが会話する流れをつくり、アリエルが相槌をうつ。

 そんなのでも、効果はあるかもしれない。

 

「うーん。わかった。アリエル様に伝えてみるよ」

「あんまり本気にするなよ? 俺が間違ってることだってあるんだから」

「うふふ、アドバイスありがと」

 

 そういって、シルフィは俺の頬にチュっと口付けをした。

 唇の柔らかい感触が、俺の勉強しようという心を吹き飛ばし、邪なる心をもたらした。

 このまま抱き上げて、そこのベッドで二人目でも……。

 なんて思いがよぎる。

 いやいや。

 一時の迷いに流されてはいかん。

 俺はこれから勉強するのだ。

 だから、ちょっと尻を撫でさせてもらうだけで我慢――じゃなくて。

 

「そういえば、ルディの方はどうだった?」

「んー。まあ、ボチボチだよ」

 

 エロ魔神を封印しつつ、今日のことを話してやった。

 ゼニスの呪いの事。

 召喚魔術の事。

 そして、ナナホシとの飯のことだ。

 

「……ルディってナナホシにはずいぶんと優しいよね」

 

 ナナホシとの飯のくだりでは、シルフィはちょっと不機嫌になった。

 やっぱり、他の女と二人で飯はNGなのだろうか。

 一応、その場にはザノバとクリフもいたんだが。

 俺がナナホシのためにと用意したのがいけないのかもしれない。

 いかんな、ここは機嫌を取って置かねば。

 ナナホシなんかより、俺は君にフォーリンラブなのだと伝えなければ。

 

「えっと、シルフィエットさん」

「なに?」

「ギュって抱きしめても、いいですか?」

 

 そう言うと、シルフィはプクッと頬をふくらませて、そっぽを向いた。

 

「ルディって、すぐそうやってボクの機嫌を取ろうとするよね? なんで? 後ろめたいから?」

 

 あ、あれ?

 今日のシルフィはちょっと冷たい。

 どうしたんだろうか。

 怒ってるんだろうか。

 今まではこう、なんていうか、あれ?

 

 倦怠期だろうか。

 もうすぐ三年だしな。

 魔の三年目だ。

 

 いや、年数なんてどうでもいい。

 どうしよう。

 やばい、どうしよう。

 

「なんてね、ごめん。なんかナナホシの事、嬉しそうに語ってるから、ちょっとイジワルしたくなっただけ」

 

 シルフィはペロリと舌を出して、俺にキュっと抱きついてきた。

 抱きつき返す。

 あったかくて、やわらかい。

 いつものシルフィの感触だ。

 確かに、俺はシルフィに嫌われるようなことやっているのかもしれない。

 でも、嫌われるのはいやだなぁ。

 今後は本当に気をつけよう。

 

「でも、ナナホシさんを三番目の妻に迎えるなら、ロキシーの時みたくいきなりじゃなくて、相談してね?」

「いや、それはないよ。あいつのこと、シルフィやロキシーほど好きじゃないし。ただ、ちょっとあいつの故郷のこと知ってるから、力になってやりたいとは思ってるけどさ、でもそれは愛情とかじゃなくて……」

「んふふ。そっかそっか」

 

 シルフィは笑いながら、言い訳がましい言葉を吐露する俺の頭をぽんぽんとなでた。

 そして、ぽんと背中を叩いてから、パッと離れた。

 

「さてと、じゃあ、アリエル様の所に戻るね。ルディもがんばって」

「ああ、うん。シルフィもがんばって」

 

 まずいな。

 うまく行ってるつもりだったが、知らぬ間にシルフィに鬱憤をためさせてしまったのだろうか。

 いかんな。

 これではいかん。

 やはり、ナナホシとは距離を置くべきだろうか。

 あんまりあいつの喜ぶことをすべきではないのだろうか。

 うーむ。

 

「あれ?」

 

 シルフィは颯爽と部屋から出て行こうとして、扉を開けた所で立ち止まった。

 扉の前に、ナナホシがいた。

 

「ごめんなさい、邪魔するつもりは、なかったんだけど……ゴホッ……ゴホッ……」

 

 彼女は大きく咳をしていた。

 胸元と喉を抑えて、ずいぶんと苦しそうだ。

 

「ごめんなさい。話、きいちゃって。ゴホッ……私も、ルーデウスとどうにかなるつもりはないから、安心して……ゴホッ……」

「えっと、うん。それはいいんだけど、その、大丈夫?」

「だいじょう……ゴホッ、ゴホッ」

 

 ナナホシは、今まで見たことがないぐらい、具合が悪そうだった。

 咳も、何か喉に引っかかるような感じで、不安感を誘う。

 

「ちょっと、なんか、さっきから咳がひどくて……ゴホッ……ゴホッ……解毒を掛けてもらおうと、クリフの所にいったら、お取り込み中だったから、ルーデウスに……でも、私とのこと、勘違いされるぐらいなら、今日は我慢して明日にでもクリフに」

「いや、いいよ、大丈夫だよ。そこまで気にしなくても……」

 

 シルフィは慌てた様子で、踵を返そうとするナナホシの肩を掴んだ。

 

「えっと、じゃあボクが掛けるよ。でも治りが悪いなら、クリフに上級を掛けてもらったほうがいいかも?」

「ありがとう、頼めるかしら……」

「わかった、じゃあとりあえず、ね」

 

 シルフィがそっと、ナナホシの首筋に手をやる。

 彼女は無詠唱で解毒を使える。

 俺には、ついぞできなかった芸当だ。

 いや、まだ俺にだって芽はあるはず。

 

「あれ?」

 

 と、思ったら、シルフィが首をかしげた。

 次の瞬間、ナナホシが大きく咳をした。

 

「ゲホッ……ゲホッ……」

「あれ? なんか、おかしいな? 魔力がなんか……あれ?」

 

 シルフィが首をかしげつつ、もう片方の手をナナホシの肩に添える。

 その間にもナナホシの咳はどんどん大きく、酷くなっていく。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 その声に不安になって声を掛けた瞬間。

 ナナホシが口元を押さえた。

 

「うっ……ゲハッ!」

 

 ビチャリと音がした。

 

「え?」

 

 床に、血の塊が落ちていた。

 

「お、おい」

「……」

 

 ナナホシは己の手を見て、呆然としていた。

 そして、ゆっくりと、手の平を俺へと向けてきた。

 その手のひらは、血で、真っ赤だった。

 

 直後、ナナホシは気を失い、膝から崩れ落ちた。

 

「え? なんで?」

 

 呆然としているのは、俺だけではなかった。

 何が起こったのかわからない様子で、シルフィも立ち尽くしていた。

 

「今の、なんか、ナナホシの中で……なんで? え?」

 

 彼女は顔や手に血をつけて、倒れたナナホシを見下ろしていた。

 その顔面は蒼白だった。

 俺は咄嗟に、彼女へと歩み寄る。

 

「シルフィ」

 

 呼びかけると、かすれた声が出た。

 シルフィはビクリと身を震わせ、おびえた目で後ずさった。

 

「ち、違う! ボクじゃない。ボクはやってない」

 

 シルフィは部屋の隅まで下がっていった。

 俺は無言でそれを追いかける。

 彼女はどんと壁際に背中を押し付け、逃げ場がないと悟ってか、ギュっと目をつぶった。

 

「さっきは確かにあんなこと言ったけど、それは、ちょっとイジワルしようって思っただけで……だから、こんな……こんな事はしないよ!」

 

 俺はポケットからハンカチを取り出し、魔術で作ったお湯でぬらし、彼女の顔についた血をぬぐった。

 

「えっ?」

 

 それから、彼女の手についた血も、拭い去る。

 患者の血は病原体の宝庫だ。

 ぬぐったぐらいでどうにかなるとは思えないが、つけたままにしておくのは良くないだろう。

 シルフィは無抵抗でそれを受け入れていた。

 

「大丈夫だ。シルフィ、俺はちゃんと見てたから。シルフィは悪くない」

「う、うん」

 

 俺は冷静だ。

 シルフィが狼狽しているのを見て、逆に冷静になれた。

 なれているはずだ。

 冷静だ。多分。

 

「大丈夫、シルフィはやってない。ナナホシは前から体調が悪かった。いいね?」

「うん……」

「今回、ちょっとタイミング悪くて、最悪なタイミングが重なった。シルフィが何かをしたせいじゃ、ない」

「……う、うん、でも、なんか、さっき、魔術を使おうとしたら、ナナホシの体の中が、変な感じで、全然、解毒の魔力、通らなくて……それどころか……なんか、膨れ上がって……」

 

 ナナホシは口と鼻から血を流し、横たわっている。

 意識は無い。

 危険な状態だ。

 

 シルフィは、混乱している。

 彼女は落ち着かせた方がいい。

 いや、何かをさせた方がいいか。

 混乱している奴には、何か一つ、指標を与えた方がうまくいく事がある。

 

「いいかい、シルフィ。クリフか、ペルギウス様か、とにかく人を呼んできてくれ」

「ひ、人?」

「俺はナナホシの状況を見て、応急処置を済ませておく。その間にシルフィは人を呼んでくるんだ。できるね?」

「で、できる」

 

 シルフィの目の焦点が合った。

 そして、キッと扉の外を向き、ダッとかけ出した。

 彼女も結構な修羅場をくぐっていると思ったが、さすがにいきなり目の前で知り合いが血を吐いたら驚くか。

 自分が触れた直後だったしな。

 

 いくら嫉妬したからって、シルフィはそんな事をする子じゃない。

 でもシルフィって結構、衝動的になる時も……。

 いやいや。

 ないない、ありえない。

 

「よし」

 

 俺は考えるのをやめて、ナナホシに向き直った。

 応急処置といってもできることは少ないが、やれることはやろう。