無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第百七十五話「アスラ王国にいく前に」

 シャリーア郊外の小屋。

 俺は三度目となるオルステッドとの会合を行った。

 

 アリエルがペルギウスの説得に成功。

 その一連の出来事と、その後に判明した「アスラ王国への魔法陣が使用出来ない」という事実を伝えた。

 

 それらをオルステッドに伝えると、彼はニヤリと微笑んだ。

 悪そうな笑みである。

 いや、普通に笑ってるだけなんだろうけど。

 

「そうか、よくやった」

 

 褒められた。

 だが、問題は残っている。

 

「転移魔法陣については、どう見ますか?」

 

 魔法陣の一件は一瞬だけ疑われたが、すぐに疑いが晴れた。

 でも、何か隠し事をしている、という疑念は生まれてしまっただろう。

 

「ヒトガミの仕業だろう。奴め、今回は最初の一手で失敗したようだな。この調子でいけ」

 

 オルステッドは一人で納得しているらしい。

 上機嫌だ。

 ブツブツと「これであとは一人だな」とか言っている。

 何がどう一人なのか、ぜひとも教えていただきたいものだ。

 

「できれば、ミスの内容を教えていただければ」

「むっ、そうだな」

 

 オルステッドは椅子に座り直し、俺を睨みつけてきた。

 眼光が強すぎる。

 ちょっと力いれると目とか光りそうだ。

 ビカーって。

 

「ペルギウスは転移魔法陣が使えないと、確認したのだな?」

「へい、オヤビン」

「おやび……アスラ王国にある、転移魔法陣はそう多くはない。

 ほとんどが王族・貴族が窮地から脱出するために用意していたものだ。

 そのうち幾つかが効力を失っており、ペルギウスはそれを利用している」

 

 ほうほう。

 王族の脱出用に。

 

「つまり、そういう事だ」

 

 なるほど、そういう事か。

 わかんねぇ。

 

「どういう事でしょうか。もう少し詳しく! 詳しくお願いします!」

「……つまり、転移魔法陣が存在している場所は、一般市民が立ち入ることの出来ぬ領域にある。

 衛兵によって守られた場所も多い。

 そこに入り、魔法陣を停止させる事ができるのは、

 相応の権力を持った王族、あるいは上級貴族のみだ」

「おお、なるほど。それで?」

「……少しは自分で考えろ」

「はい」

 

 相応の権力を持った王族。

 それが、唐突に自分の生命線とも言える転移魔法陣を停止させた。

 それもペルギウスに使用される可能性のある、停止中の魔法陣まで破壊した。

 となると、これはヒトガミの指示である可能性が極めて高い。

 ヒトガミの使徒となったのは王族、あるいは王族に進言できる人物。

 って所か。

 

「ヒトガミの使徒となった可能性があるのは、

 第一王子グラーヴェル、あるいはダリウス上級大臣……?」

「そうだ。そして、やや広範囲に広がるアスラ王国内全ての魔法陣を停止させたとなれば、それは多くの私兵を抱えるダリウス上級大臣の手によるものに間違いあるまい」

 

 おぉ。

 なるほど。

 多くの私兵を抱えてるとか、俺は知らないけど。

 

「つまり、ヒトガミの使徒はダリウス上級大臣で確定だと?」

「ああ。第一王子の可能性もあるが……どちらでも構うまい。どのみち殺すべき相手だ」

 

 第一王子はアリエルにとっては敵だろうし、殺すんかね。

 王子を殺していいものかと思う部分はあるが……。

 どっちでもいいか。

 やるべきとなったら、やろう。

 

「これで、あと一人か」

「あと一人ですか……てことは、ルークも確定なんでしょうか」

「間違いあるまい」

「アリエルの可能性は?」

「ありえん」

 

 そういう冗談はいいから。

 

「その根拠は?」

「ヒトガミには、操れん者がいる」

「アリエルがその、操れない者として、その、判別の方法は?」

「…………俺の、長年の勘だ」

 

 勘かよ……。

 でも、なんか考えてから言ったし、確実だけど言えない根拠でもあるのかもしれない。

 その理由に関しては今は聞かない。

 聞くべきは別の事だ。

 

「勘がはずれていて、アリエルが使徒だった場合、どうします?」

「その場合は、俺が責任をもって始末をつける」

 

 始末するのか。

 いや、殺すとは限らないか。

 ともあれ、そこまで言うならアリエルが使徒であるという可能性は除外して考えよう。

 

 となると、アリエルにはオルステッドの情報を提示した方がいいだろうか。

 アリエルはオルステッドの呪いが効きにくいようだし。

 ヒトガミの使徒でないというのなら、全てを話して協力してもらった方がいいかもしれない。

 

 ……いや、やめておこう。

 シルフィもそうだったが、彼女らはルークを信じている。

 ルークが自分を破滅へと導くはずがない、と考えている。

 

 ルーク自身も、アリエルのためと思って動いているだろう。

 そうだ。

 ヒトガミに操られるってのは、そういう事だ。

 自分では良かれと思ってやった事が、その場、その場ではよい手だと思って打ったものが、実は悪手だったりするのだ。

 だから厄介なのだ。

 

 オルステッドは、ルークが連絡役としての役割を持っていると考えている。

 ルークの仕事は、俺の動向をヒトガミに伝える役ってわけだ。

 だが、いざとなれば、ヒトガミの助言一つで、一見するとアリエルに利しつつも、破滅へと導く一手を打ってくる可能性がある。

 面倒くさい事だ。

 オルステッドが即座に殺そうとしたのもわかる。

 

「……オルステッド様」

「なんだ?」

「一応、ヒトガミとの戦いに関して、こういう認識でいいか、という事を確認しておきたいのですが、よろしいですか?」

「……? ああ」

 

 俺は語る。

 ヒトガミとオルステッドとの戦いの概要を。

 

 まず、ヒトガミは未来視を持っている。

 かなり広範囲で、精密な未来を見ている。

 その未来を、誰かを操ることによって変化させる力を持っている。

 

 だが、オルステッドに関わる未来は見えていない。

 ヒトガミの未来視より、龍神の秘術の方が強い。

 オルステッドが関わった場合、ヒトガミは誤った未来を見ることになる。

 

 その未来に違和感を見つけた時、あるいは未来に明確な変化があった時、ヒトガミはオルステッドの関与を知る。

 だが、オルステッドが、何をどうやってその未来に変化させたのかは、見れない。

 予測するしかない。

 だからオルステッドが何を目的として動いて、何を用意しようとしているかを悟らせなければ、ヒトガミは己の望む未来へ誘導する確実な一手を、打てない。

 

 嫌われる呪いのお陰で、オルステッドはヒトガミに己が手をほとんど悟られる事無く、行動できた。

 しかし、同様の呪いのせいで打てる手は非常に限定されており、できることは少なかった。

 だが、俺がそこに加わる事で、手の幅は増える。

 俺という存在は、いわば見えない駒だ。

 だが、その駒が派手に動きすぎれば、オルステッドの意図を知られる事となる。

 

 ゆえに俺は控えめに動く。

 ルークに――ヒトガミの視点となる者に、情報を与えないために。

 そして、ルークを信用しており、聞かれれば答えてしまうだろうアリエルとシルフィにも、情報は与えない。

 人の口に戸は立てられないから、出来る限り、誰にも言わない方がいい。

 オルステッドの狙いや動向に関しては、出来るだけ隠していく。

 それが今回のように、不審につながるかもしれない。

 でも、それが勝利への道につながっている。

 ヒトガミにこちらの意図を知られず、ヒトガミの使徒を倒し、目的を達成する。

 俺は死ぬまでその仕事に従事して、100年後のオルステッドを勝利へと導く。

 

「……って事で、いいんですよね?」

「ああ。そうだ」

 

 オルステッドは深く頷いた。

 なら、俺の今までの行動は間違っていない……はずだ。

 ペルギウスには、温いと言われたけど……。

 

 とにかく今は目的に向かって進もう。

 

 

 ヒトガミの使徒である可能性が高いのは、

 ルークとダリウス。

 この二人だ。

 

「最後の一人は誰でしょうね」

「わからん。だが、ヒトガミのこれまでのパターンから推測するに、武術か魔術に秀でた者である可能性が高いだろう」

「武術か魔術に秀でた……」

 

 えっと、俺の家族である可能性は無いんだよな。

 エリスとシルフィは違う。

 そういえば、日記によるとアスラ王国には北帝と水神がいるという話だったか。

 

「北帝か、水神の可能性は?」

「オーベールにレイダか……確かに、その可能性は高いな。アスラ王国に行っても、十分に気をつけよ」

「オルステッド様は、ついてきてはくださらないので?」

「無論、お前の後ろから追従する。行動を共にすることはないだろうがな」

 

 後ろからついてくる……。

 と聞くと、本当に後ろで操られている感じだな。

 まあ、事あるごとに相談できると考えれば、悪くはない。

 

「わかりました。では……ルークと、ダリウスと、オーベールと、レイダ。

 その四人に注意を払えばいいんですね」

「そうだ。

 ダリウスとオーベール、レイダは殺しても構わん。

 ルークは……状況を見て判断し、必要とあらば、殺せ」

「俺の判断で殺していいと?」

「ああ、お前が判断しろ」

 

 この人は、本気で俺にそんな判断ができると思っているのかね。

 思ってんだろうな。

 オルステッドに対してだけは、わりとガチでやりにいったから……。

 

 まあいい。

 今回は俺も気合をいれていこう。

 

 

---

 

 

 その翌日。

 俺とシルフィは、ノルンがかえってくるタイミングを見計らい、家族会議を開催した。

 最近、家族会議ばかりしている気がする。

 

 期間は3~4ヶ月ほど。

 行き先はアスラ王国。

 シルフィの仕事の関係で、アリエルの手伝いである。

 そう告げた時の家族の反応は淡白なものだった。

 

「そっか、頑張ってね。あ、庭用の土を作りおきしてくれると助かるかな」

 

 とは、アイシャの言葉である。

 俺の心配よりも土の心配である。

 

「アリエル様、退学するんだ……送別会とかするのかな……?」

 

 と、ノルンはノルンで学校の事を気にしている。

 

 おかしい。

 前の時はもっとこう……湿っぽかったはずだ。

 あの時のようなウェットなお別れをしたい。

 半べそなアイシャとノルンを抱きしめて「アイルビーバック」とか言いたい。

 

「だって、お兄ちゃん、毎回毎回、『帰ってこれないんだ……』みたいな事いうけど、ケロッと帰ってくるじゃん」

 

 という事らしい。

 毎回毎回死にそうな目にあってるんだけど、妹たちの目にはそう映るのか。

 それとも、俺が安心して出発できるようにと気を使ってくれているのだろうか。

 どっちにしろ、俺が頑張って、アイシャやノルンが不安なく暮らせるなら、それでいい。

 

「それで、女の人が増えるんです」

「ねー、心配するだけ損だよねー。

 特に、今回はシルフィ姉とエリス姉も一緒だし、安心だよね」

 

 エリス姉さんも。

 という言葉どおり、エリスは話を聞いた瞬間に自室に戻り、旅支度を始めている。

 アスラ王国に行くと宣言した途端「そう、じゃあ私も行くわ」ときたもんだ。

 迷いとかは一切無かった。

 

「ていうかノルン姉、今度はどんな人だと思う?」

「わからないけど、アリエル様のお付きの人のどっちかじゃないかな?

 エルモア先輩か、クリーネ先輩か……」

 

 さっきから失礼な会話を続けられているが……もう増えませんよ。

 と、声高に主張したい所だが、俺も自分の下半身は信用できない。

 この世界だとモテるんだからしょうがない。

 

 ……でも、今回は無いと思うけどな。

 シルフィとエリスも一緒だし。

 そうだとも。

 今までは一人だったからだめなんだ。

 一人だったから流された。

 流されないためには堤防が必要だ。

 シルフィダムとエリスダムにお願いすればいいのだ。

 そうすれば、突然の洪水にも対処できる。

 

「ご武運をお祈りしております」

 

 リーリャと母さんはいつもどおりである。

 そういえば、母さんの記憶についてオルステッドに聞くのを忘れていたな。

 自分の呪いをどうにかできないオルステッドが知っているとは思えないが、この一件が終わったら、改めて聞いてみるか。

 

「リーリャさん、その、ルーシーのこと、よろしくおねがいします」

「はい、奥様。全てお任せください」

 

 シルフィは申し訳無さそうに、リーリャに頭を下げていた。

 

「その、子供を置いていくって、良くないことだとは思っているんですが、今回は……」

「問題ありません。そのためのメイドですから」

 

 最近、ルーシーは単語をしゃべるようになってきた。

 「マーマ」「アーシャ」「リャーリャ」「オーキ」「ビービ」「ジロー」といった単純な単語だ。

 一生懸命、声を出してそうしゃべる様は、見ていて感動的ですらある。

 パーパとは、呼んでもらえない。

 るーでーとはたまーに言うが……。

 最近構ってやれていないし、きっと、俺の名前を憶えるのは最後になるだろう。

 

 そんな子供を置いての両親揃っての遠征。

 俺もそうだが、俺たちは、まだまだ親の自覚というものは足りていない気がする。

 いつになったら芽生えるか、わからんが。

 

 ルーシーは可愛い。

 天使のようだと思う。

 けれど、それだけじゃ、ダメなんだろうな……。

 

 

「今から4ヶ月ですか、寂しくなりますね」

 

 ロキシーだけは寂しそうにしてくれた。

 子供と妊婦を置いての出張となる事に、申し訳なさはある。

 

「どうでしょう、なるべく間に合うように帰ってきたいとは思っていますが」

「ゆっくりでもいいですよ。

 出産といってもリーリャさんとアイシャがいればルディはいりませんし……。

 その代わり、おみやげをお願いします。アスラ王国の、あの果物を干して砂糖に漬けた、甘酸っぱいお菓子が食べたいですね。あれはいいものです」

 

 ロキシーはいつもどおりの無表情だった。

 初出産という事で不安はあるのだろうけど、それを微塵も感じさせなかった。

 

「情けない顔をしていますね、ルディ。

 何を不安に思っているかわかりませんが、男は狩りに出て、女は家と子供を守る。

 ミグルド族では常識ですよ」

 

 ロキシーは、胸を張ってそう答えた。

 彼女は頼れる女だ。

 任せておけば大丈夫だろう。

 けど、このまま行っていいのだろうか。

 

「でも、折角、長期休暇をとった所だったので、少し残念ですね。

 しばらくはルディとのんびり過ごせるかと思っていましたので」

「ああ、そうですね」

 

 出産までの間、ロキシーも休暇を取る事にしたらしい。

 この国の常識では、妊娠出産育児となれば、仕事をやめるのが普通だ。

 

 だが、ロキシーは教師を続けたかった。

 ジーナス教頭を説得し、長期休暇をもぎ取ったそうだ。

 その時、俺の名前を使ったと言われた。

 事後承諾になったが、俺の名前を使うことでロキシーがやりたいことをやれるなら、どんどん使えばいいと思う。

 

 今から出発まで、しばらくの間は、ロキシーと関わる時間を増やそうと決めた。

 

 

---

 

 

 その晩、エリスの部屋から、少々言い合う声が聞こえた。

 シルフィと、エリスの声だった。

 

 何かを言うシルフィに、エリスが言い返す声。

 エリスの「なんでよ!」とか「どうしてよ!」という声だけがやけに大きく聞こえたが、シルフィが冷静に何かを言う度にエリスの声のトーンは小さくなり、最終的には「わかったわよ」と呟くような声が聞こえた。

 

 そして、夜遅くになってから、エリスは俺の部屋に来た。

 俺はちょうど寝る所で、ベッドの中にいた。

 

「……」

 

 彼女はむすっとしたまま、ベッドに潜り込んできた。

 そのまま、抱きまくらのように抱きしめられた。

 エリスの胸のあたりにあるボインとしたものが押し付けられる。

 

 夜のベッドでこんなものを押し付けてくるなんて、紳士的な振る舞いとは思えませんねぇ。

 もっとも、俺も夜の紳士。

 別にかまいやしないんですが。

 

 と、そういう事をする前に、一応聞いておこう。

 

「……シルフィと喧嘩した?」

「してないわ」

「そっか」

 

 殴りあうような音は聞こえなかったしな。

 まあ、今からベッドを出てエリスの部屋にいくと、気絶したシルフィがいる可能性もあるんだが。

 ここはエリスを信じてやろう。

 

「明日から、シルフィと一緒に動くわ。

 ギレーヌと一緒にアリエルって人に挨拶してから、

 旅の準備を手伝うんだって」

 

 明日は、アリエルにギレーヌを紹介する。

 そう言うと、シルフィに「そういう事はボクにまかせてよ」と提案された。

 大抵の事はシルフィにまかせておけば問題は無いだろうが、それでもギレーヌの目的を考えるに、俺が直接紹介した方がいいだろう。

 そう考えて断ったが、どのみちアリエルの所にはシルフィも一緒に行くことになる。

 それに、エリスも同行するようだ。

 

 つまり、明日は四人でアリエルの所にいく事になる。

 シルフィは、そんなにギレーヌやエリスを紹介したいのだろうか。

 なんでだろ……。

 

「だから、ルーデウスは少しでもロキシーと一緒の時間を増やして欲しいって」

「そんな事を、シルフィが?」

「言ってたわ」

 

 だからか。

 ロキシーに気を使ったのか。

 俺の負担が減ればロキシーとの時間が増える……ってわけでもないが。

 シルフィも色々考えているということだろう。

 

 それにしてもシルフィ、よくエリスに殴られずに説得できたものだ。

 いや、エリスも成長している。

 昔みたいに、無差別に相手を殴るような子じゃない。

 理路整然と話せば、ちゃんとわかってくれるのだ。

 

「だから、今日は私の番でいいって」

 

 と、思ったが、交換条件を出されていたらしい。

 でも、それで納得するってことは、エリスも丸くなったなぁ。

 昔はもっと、ワガママだったように思う。

 

 傍若無人なお嬢様は死んだのだ。

 牙を持ったエリスは逝ってしまったのだ。

 狼も獅子も……。

 いや、今回だけだろうけど。

 

 でも、条件で言えばシルフィの番であってもおかしくないな。

 ひとまず、自分は引いてくれたのだろうか……。

 まあ、旅の途中ではできるだけ優しくしてあげよう。そうしよう。

 

 なんて思いつつ、俺はエリスを抱きしめ返した。

 するとエリスは物凄いスピードで動き、俺の服を脱がせに掛かって来た。

 

「旅の途中で妊娠が発覚しちゃったらまずいから、今日はちょっと抑え気味に……」

「その時はその時よ!」

 

 その日もめちゃくちゃにされた。

 エリスに家族計画という言葉は通用しないらしい。

 

 

---

 

 

 翌日から、準備が始まった。

 

 旅支度を整えつつ、ロキシーとの時間を増やした。

 無論、常時ロキシーと共にいたわけではない。

 ギレーヌとエリスをアリエルに紹介した後は、オルステッドとの会合を重ね、入念に準備を進めていった。

 

 北帝オーベールや水神レイダがどんな技を使うか、またその対処法。

 盗賊トリスのいるという盗賊団に渡りをつける方法。

 万が一に備えての、アスラ王国王都アルスの地理の把握。

 王宮シルバーパレス内部の構造の把握。

 クリフとオルステッドを引き合わせ、呪いに関しての研究も開始した。

 

 やれることはやっている。

 そう思いつつ、日々が過ぎた。

 

 

---

 

 

 ある日の事。

 俺はロキシーとリビングのソファに並んで座っていた。

 

 最近、一日の終わりにはロキシーと二人きりでソファに座り、会話をする。

 話題は尽きない。

 ロキシーの学校での話題から、最近の魔道具の話。

 お互いに転移事件で旅をしていた頃の話。

 大した話は無かったが、やはりロキシーと会話をするのは安心できた。

 

「さて、ルディ。出発が近づいていますし、そろそろこの子の名前を決めてください」

 

 今日の話題は、子供の名前についてだった。

 

「旅に出る前に子供の名前を考えると、あまりよろしくないらしいけど?」

 

 それを聞くとロキシーは言った。

 

「それは人族の英雄の逸話でしょう?

 ミグルド族には関わりのない話です」

 

 あっさりとしたものだった。

 ジンクスはジンクスという事だ。

 

 まあ、うちの神様がそういうのなら、ゲン担ぎをする必要など無いだろう。

 神様の言う通りだ。

 

「ミグルドの里では、族長が決めますが……我が家の族長はルディですからね。

 さっさと決めてください」

「そんな簡単に俺が決めちゃっていいのか?」

「もちろんです。

 わたしはルディが決めた名前を呼びつつ、

 日々大きくなるお腹をなでて過ごします。

 それはきっと、間違いなく幸福な時間でしょう」

 

 そう言いつつ、ロキシーは膨らんだお腹をなでた。

 俺はその手の上から、ロキシーのお腹をなでた。

 不思議なものだ。

 10年以上前から知っているロキシーが、こうして俺の子供を宿しているというのは。

 シルフィの時も不思議だったが、ロキシーの時も不思議だ。

 でも、胸の奥から歓喜の感情が沸いてくる。

 いいな、この感覚、何度味わってもいい。

 

「うひひ」

「どうしたんですかルディ。まるでシルフィみたいな笑い声をあげて」

 

 シルフィみたいって。

 

「いや、やっぱロキシーのお腹はいいなって」

「シルフィみたいに細いわけでもなく、

 エリスみたいに引き締まっているわけでもありませんが……。

 いいというなら、好きなだけ触ってもいいですよ」

「いいんですか?」

 

 と聞きつつも、さっきから好きなだけ撫で回しているが。

 

「中に入っているのは、半分はルディのですからね」

「ガワの部分は?」

「……外側は全部ルディのですよ」

「じゃあ、全部俺のでは?」

「子供は半分わたしのです。これは譲りません」

 

 なるほどなるほど。

 やはりロキシー先生は賢いな。

 そだね、子供は二人のだね。

 そんで、ロキシーは俺のだね。

 

「子供の名前、どうしようか……」

「そうですね……ミグルド族っぽい名前だと……ローラとかですかね」

 

 ミグルド族は頭文字にロをつける事が多い。

 けど、ハーフだし、そこまでこだわらなくてもいいだろう。

 

「やっぱり、ロキシーとルーデウスの名前からとった方がいいね」

「そうですね。ローデウス、ルキシー……あんまり相性がよくないですね」

「俺とロキシーの相性が悪いはずがない」

 

 そのまんまくっつけるからダメなんだ。

 例えば、ルとロの間をとって、レ。

 レから始まる名前を考えればいいのだ。

 レ、レ、レ。

 いかんな、毎日竹箒で掃除とかしそうだ。

 きれい好きなのは悪い事じゃないと思うが。

 

 さっきロキシーがあげたローラって名前はいいな。

 燃えるような恋にあこがれてそうで。

 でも、なんか違うな。

 もっとこう、ロキシーっぽい感じがいい。

 

 うーんうーん。

 ラ、リ、ル、レ、ロのどれかなら、ロキシーの子供っぽくなりそうだな。

 よし。

 

「男の子ならロロ、女の子ならララでどうでしょうか」

「いいですね。ロロとララ。何より響きがいいです」

 

 そうだろうそうだろう。

 魔界の大王にさらわれたり、それを助けに行ったりしそうだろう。

 

「よかったですね、ロロ、ララ。お父さんが名前を決めてくれましたよ」

 

 ロキシーは見た目は中学生にしか見えないが、その表情は聖母のようであった。

 神々しい。

 なんと神々しいのだろうか。

 生まれてくるのは神の子に違いない。

 

「ルディ」

「はい?」

「先日はあのような事を言いましたが……ちゃんと帰ってきてくださいね? わたしはルディと一緒に、この子を抱きあげたいです」

「はい」

 

 言われるまでも、ない事だ。

 

 

---

 

 

 そして、旅立つ日がやってきた。

第17章 青年期 王国編 - 終 -

 

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