無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第百七十八話「推察」

 襲撃から一時間後。

 俺たちは死体を片付けた後、森のやや奥まった所でキャンプを張った。

 

 焚き火を石の柵で囲み、光をもらさないようにしつつ、作戦会議を行う。

 

「馬鹿な……そんな馬鹿な……」

 

 ルークは茫然自失の表情をしていた。

 ピレモンが敵に回ったという話を聞いてから、うつろな目でブツブツと呟いている。

 

 そんなに不思議だろうか。

 いや、ルークだけか。

 アリエルも、他の従者も平然としたものだ。

 その可能性もある、と考えていたようだ。

 

 ルークだけがショックを受けているのは、ピレモンが身内だから。

 あるいは、ヒトガミに何かを吹きこまれたのだろう。

 

 何を吹きこまれたのか。

 そして、その吹きこまれた事が嘘だとわかってしまったのか。

 あいつは基本的に、都合のいいことしか言わないだろうしな。

 ……その辺について、聞き出すべきだろうか。

 いや、ひとまずここは話を進めよう。

 

「アリエル様」

「ルーデウス様? どうされました」

「オーベールは『やり直しだ』と叫んでいました。

 この森で、あるいは国境で、可能性としては、国境を過ぎたあとも、

 継続的に襲撃を仕掛けて来るものと思われます」 

 

 アリエルは首をかしげた。

 

「でしょうね、それが?」

 

 そんなことは、最初から想定していた事だろう、という顔だ。

 

「今回は無事に撃退できましたが、オーベールは思った以上に強敵でしたし、

 襲撃はおもった以上に敵の人数が多かった……。

 どうやら、向こうはアリエル様を本気で消そうと思っているようです。

 次回は、もっと周到な準備をして、襲撃を仕掛けてくると思われます」

「……撃退は困難だと?」

 

 アリエルの言葉に、俺は大きく頷く。

 

「困難とは言いませんが……。

 恐らく、次に襲撃を掛けられるとするなら、関所でしょう。

 罠が仕掛けられているかと思います」

「ですが、転移魔法陣は無いのです。先に進まなければいけないでしょう」

 

 想定通りの会話展開。

 アリエルは非常に話しやすいな。

 まるで、こちらが何を言いたいのかをわかっているかのようだ。

 

「ええ。ですが、みすみす罠があるとわかっている場所に飛び込む必要はありません」

「まぁ……では、関所を通らずに国境を越える手があると?」

「はい」

「それは、どんな?」

 

 いつしか、周囲の面々が俺とアリエルの話をじっと聞いていた。

 少々話しにくい気もするが、構う事はない。

 

「この国境付近には、密輸や奴隷売買を生業とする盗賊団がいると聞きます。

 それに渡りをつけましょう。

 うまくいけば、関所を通らずに国内に入れるかもしれません」

 

 そう言うと、アリエルは「ふむ」と考えこむようなポーズを取った。

 シルフィが、やや訝しげな顔をしている。

 エリスとギレーヌは聞いていない。

 

「ルーデウス様は以前、やましい事はすべきではない、と仰っていませんでしたか?」

「はい。その点については変わりません。

 ですが、少々、状況の厳しさを見誤っていたようです。

 背に腹は変えられないでしょう」

「そうですか……」

 

 そう言うと、アリエルは納得したように頷いていた。

 彼女は周囲を見渡し、眉をハの字にしているシルフィと見つめ合った。

 

「シルフィ、どう思いますか?」

「……いいと思います。

 その盗賊団ってのがどれだけ信用できるかわからないけど、

 でもルディが提案するのなら、危険は少ないと思いますし」

 

 と、言いつつもやや不満そうだ。

 前もって言わなかったのがいけなかったか。

 でも、提案をした後で襲撃が来ると、まるで俺が襲撃を指示したみたいじゃん?

 

「ルークは?」

 

 アリエルは首を巡らせ、ルークを見た。

 そこで、ルークが幽鬼のようにノロノロと顔をあげた。

 やや据わった目で、こちらを見ている。

 

「お前、何を企んでいる……?」

 

 ポツリと言った。

 震えた声で。

 疑念の顔で。

 俺を見てきた。

 

「お前の動き、まるでオーベールが奇襲を掛けてくると知っているようだった」

「予想はしていました」

「どういう戦い方をするか、知っているようだった」

「俺には予見眼がありますからね」

 

 ルークこそ。

 死角になってほとんど見えなかったはずなのに、よく知っているじゃないか。

 

「オーベールの引き際も、やけに鮮やかだった」

「最初の一撃で俺を仕留められれば、引かずに攻めてきたでしょうね」

「奴が逃げるのを、お前なら、止められたんじゃないのか?」

「……止められましたよ。大規模な魔術を使えばね。

 その場合、射線上にいたエリスとシルフィを巻き込む事になりましたし、

 あの魔道具だか魔力付与品(マジックアイテム)だかで回避された可能性も高いですが」

「……どうだか」

 

 おいおい。

 まるで俺がオーベールと組んでいるかのような言い草じゃないか。

 

 ……ああ、そうか。

 そういう筋書きか。

 俺がオーベール、引いてはダリウスと組んでいる事にするのが、一番楽なのか。

 参ったな。

 俺がダリウスやオーベールと通じていない事なんて、少し考えりゃわかるもんだろうが……。

 

「……ルーク先輩。俺はあなたに頼まれてアリエル様に協力したんですよ?」

「確かに俺は頼んだ……けど、おかしいじゃないか。

 父上が裏切るはずが無いんだ。父上が……」

 

 ルークの言動が怪しい。

 やはりヒトガミの仕業だろう。

 一体、ヒトガミはどんな助言をルークにしたのだろうか……。

 

 まて、もしかすると、ヒトガミは現在、ルークが見えていないのか?

 俺は例のオルステッドにもらった腕輪を装着してる。

 腕輪はヒトガミに対するジャマーとなっている。

 てことは、ルークへの助言が的を射ていない可能性もある。

 

 ……あるいは、もしかすると、すでにヒトガミがルークを切り捨てた可能性も。

 

「……何なのよさっきから」

 

 エリスがイライラとした表情でルークを睨んでいる。

 今にもルークに殴りかかりそうだ。

 シルフィはいつもより鋭い眼で交互に俺とルークを見ている。

 隣のギレーヌは頭の上にクエスチョンだ。

 

「アリエル様」

 

 ルークは厳しい顔をしつつ、アリエルへと顔を向けた。

 

「自分は反対です。最近のルーデウスはなにか不透明だ」

「……そうですか?」

「その盗賊団とやらも、本当に大丈夫なのかわかりません。

 関所を通るべきではないというのは同意ですが、

 ここは一旦戻って、ペルギウス様に協力を要請するべきかと思います」

 

 ペルギウスに助力を願う、か。

 確かに、一理あるな。

 ペルギウスの精霊を一人か二人護衛につけてもらって、戦力を増強し、強行突破。

 うん、そうした方がいい気もする。

 

 俺としてはアリエルが無事なら、なんでもいい。

 俺は盗賊団にいるトリスと接触したいだけだからな。

 別に、アリエルと四六時中一緒にいる必要はない。

 離れる事で、アリエルが死ぬ可能性もあるが……。

 

「……エルモア、クリーネ。どう思いますか?」

「私はルーク様を支持します」

「私も」

「そうですか」

 

 従者二人は、ルークを支持するらしい。

 これで、二対三か。

 もっとも、この一団は民主主義じゃない。

 この一行のリーダーはアリエルだ。

 アリエルの一存で決まる。

 

 まあ、ダメな場合、一人でトリスと接触を取ろう。

 先に一人で国内を偵察してくる、とか何とか言って。

 一人じゃ怪しまれるか。

 シルフィかエリスを連れて行くとか……。

 

「……」

 

 アリエルは、エリスとギレーヌには意見を聞かなかった。

 

 顔に影を作り、しばらく考えた。

 眼を細め、焚き火の炎を見つめて、深い思案にふける。

 

「よし」

 

 しばらくして、彼女は顔をあげた。

 俺とルークを交互に見る。

 二度ほど視線を彷徨わせた後、ルークの方で視線を止めた。

 

「ルーデウス様の案でいきます」

「なっ!」

 

 ルークが気色ばんだ。

 

「なぜですか!」

「ペルギウス様は、自国にすら戻れず逃げ帰った者を王として認めてはくださらぬでしょう。

 この程度の事で『頼って』はいけないのです」

 

 アリエルはそう言って、俺に目配せをしてきた。

 ……もしかして、意図的に俺の味方をしてくれたのか?

 どういう事だろうか。

 なぜ、アリエルは俺を味方してくれるのだろうか。

 都合はいいが……。

 

「しかし、死んでは元も子もありません。

 盗賊団など! アリエル様を売り払おうという企みかもしれま――」

「ルーク」

 

 アリエルの呼びかけに、ルークは押し黙った。

 

「突然どうしたのですか? ルーデウス様がそのような事をするはずが無いでしょう?」

「ですが、父上が……」

「ピレモン様が裏切る可能性については、前々から予想していたはずです。

 あなたも、父上ならそう動くかもしれません、と以前にそう言っていたではないですか」

「た、確かに前はそう思っていましたが。

 しかし、自分は確かにこの耳で聞い……」

 

 と、そこまで言って、ルークはハッと口元を手で抑えた。

 アリエルもこの反応には少々驚いたようだ。

 目を丸くして、唇を震わせた。

 

「もしやルーク、もしやとは思いますが、あなた兄上から…………」

 

 アリエルは、そこで言葉を切った。

 そして、違う言葉にて、ルークに一言問いかけた。

 

「ルーク・ノトス・グレイラット、あなたは何ですか?」

 

 ルークはハッとした表情でアリエルを見た。

 シルフィと、従者たちを見た。

 心配そうな顔をする彼女らを見てから、彼は再度、アリエルの目を見た。

 目を逸らさずに跪いて、見上げたまま言った。

 

「あなたの騎士です」

「そう、そして私はあなたの王女です」

 

 ルークは俯き、アリエルは頷いた。

 二人は憑き物が落ちたような満足気な表情を浮かべていた。

 それが言えれば十分だ、それが聞ければ十分だと言わんばかりだった。

 それだけで何もかもが足りると言わんばかりだった。

 二人は満足気な表情を浮かべ、シルフィも、従者たちも、ほっとした顔をしていた。

 

「では、出発しましょう、ルーデウス様。先導を」

「はい」

 

 ともあれ、こうして俺たちは、盗賊団へと接触する運びとなった。

 

 ルークは裏切らない。

 でも、不安が残った。

 今回の一言で、ルークがヒトガミの使徒なのが間違いなくなってしまったから。

 

 

---

 

 

 一度街道に戻り、もう一度森に入る。

 すでに盗賊団の位置はつかめている。

 ある目印の岩から森へと入り、東へとまっすぐだ。

 例の盗賊団がいるのは、森の東端。

 山の麓の崖の下という話だ。

 

 もっとも、移動速度は遅い。

 分解した馬車を積んだ馬を引いているせいだ。

 最初はアリエルも馬に乗っていたが、木が巨大になるのを見て、降りた。

 落馬の危険があるからだ。

 

 馬を引きつつ通れそうな場所を移動していく。

 大回りをしなければいけない場合は、魔術で道を作る。

 その場合、痕跡が残って追跡されやすくなってしまう。

 しかし、道中で魔物と戦えば、どうしても痕跡は残る。

 あまり気にしない方がいいだろう。

 

 途中、何度も休憩を挟んだ。

 アリエルがすぐに足に痛みを訴えたからだ。

 森を歩き慣れていないせいだろう。

 もっとも、アリエルは泣き言は言わなかった。

 作業的にシルフィがアリエルの足に治癒魔術を掛け、息が整ったら出発、というのを繰り返した。

 

「……」

 

 特に会話は無い。

 考えるのは、ヒトガミの使徒の事。

 そして、ヒトガミが使徒にどういった助言をしたのかという事だ。

 

 ルークは、ヒトガミの使徒。

 なんらかの助言を得ている。

 それは間違いないだろう。

 でも、どの時点で、どのような、という事については不透明だ。

 

 俺の例を上げると、ヒトガミはそれほど頻繁に助言をくれない。

 たまに短いスパンで出てきたが、基本的には一年の空きがあった。

 ルークも同様であるなら、今回も助言は一度か二度だろう。

 

 可能性として高いのは、ルークが俺の所にくる直前。

 アリエルのためになるから、俺(ルーデウス)を仲間に引き込め。

 というものだろう。

 ルークの行動に直結している助言だ。

 

 だが、今回の襲撃の反応を見るに、少々違う気がする。

 恐らく、彼が助言を受けたのは、ノトス家に関することだ。

 そして今回、やけに俺に噛み付いてきた。

 まるで、俺が犯人だと言わんばかりの剣幕だった。

 てことは例えば……『俺が、ノトスの家を乗っ取ろうとしている』とか?

 

 いや、馬鹿な。

 少し考えれば、俺がそれを欲していないとわかるだろう。

 そんなものに興味があるなら、魔法都市シャリーアで暮らしてないし、もっと積極的にアリエルに取り入っただろうから。

 

 でも価値観は人それぞれだ。

 自分が一番欲しいものの価値は高い。

 それを誰かが狙っていると聞いたら、疑ったりしないのかもしれない。

 おお、とすると、ルークはノトス家の当主になりたいのか。

 そうは見えないが。

 

 今回、ピレモンがアリエルを裏切った。

 これは、ヒトガミの助言によるものではないだろうか。

 日記にはその旨は書いていないが……。

 いや、日記の世界ではピレモンの屋敷にエリスがいた。

 エリスはボレアスで、ボレアスは第一王子派だ。

 そう考えると、ヒトガミに関係なくピレモンは裏切った可能性が高い。

 

 うーん、やっぱりピレモンは無いかな。

 できる事や影響力を考えると、ダリウスの下位互換だし。

 

 

 そう、ダリウスだ。

 もう一人の使徒。

 ダリウス・シルバ・ガニウス上級大臣。

 彼への助言はどんな感じだろうか。

 

 少なくとも『アリエルが王宮に向かっている』という情報はもらっているはずだ。

 アリエルは「ダリウスは国王が病気になった時点で自分の帰還を予測していたはず」と言っていた。

 だが、それにしては敵の戦力が多かった。

 北帝に、北王。

 どちらも貴重な戦力のはずだ。

 それを、来るかどうか不確定な相手に対して配置するだろうか。

 第二王子に対しての備えとして、残しておくはずだ。

 

 こっちは転移魔法陣で移動してきた。

 魔法都市シャリーアからアスラ王国まで情報がどれだけ早く届くかはわからない。

 だが、情報が届いてからオーベールやウィ・ターを配置しても遅いだろう。

 

 ついでに言えば、オーベールはまっすぐに俺に向かってきた。

 アリエルではなく、俺だ。

 

 これは考慮に入れるべきだろうか。

 ダリウスがアリエルではなく、俺を狙っている可能性……。

 

 どっちでもいいか。

 ダリウスとヒトガミにとっては、アリエルも俺も邪魔だろう。

 そして助言も、そういった類のものだろう。

 わかりやすくていい。

 

 

 最後の一人は、相変わらず不透明だ。

 オーベールだろうか。

 オーベールは、こちらの構成員を知っていて「ウィ・ターを連れてきた」と言っていた。

 となれば……。

 いや、それもダリウスが知っているか。

 今回だけでは、ヒトガミの使徒かどうかの判別はつけない方がいいと見た。

 俺の存在は知っていたようだが、それはダリウスからも聞けるだろう。

 どちらにしろ、オーベールは倒せばいい相手だ。

 

 

 それにしても、オーベールはなんというか、不思議な戦い方をする奴だったな。

 魔力付与品(マジックアイテム)だけではなく、各種の道具も使いこなしていた。

 油とか、催涙弾とか。

 きっと、まだまだ引き出しがあるのだろう。

 今回は色物っぽい印象が強かったが、

 オルステッドの話では、普通に斬り合いになっても強いという。

 

 一応、話には聞いていたのだが、聞くのと見るのとでは大違いだった。

 油断していたつもりはないし、あの場はギレーヌの援護をしなければならなかったのだが、選択肢を一つ間違っただけで、背後を取られた。

 次は確実に仕留めたい所だが……。

 オルステッド曰く、一度逃げに入った奴を仕留めるのは困難だという話だ。

 

 あんなに目立つのに、森の中に入るとまったく見えなくなった。

 北帝の名は伊達じゃないって事か。

 まあ、北帝とか孔雀剣っていうより、忍者って感じだったが。

 いや、NINJAだな。

 NINJAは異世界にいたのだ。

 

 あの催涙弾とか油とか、俺も真似しようかな……。

 

 

---

 

 

 深夜。

 

 オルステッドと連絡を取る。

 一度の戦いで、報告すべき事は多かった。

 

「オーベールを逃したか」

「はい、申し訳ありません。対処法も聞いていたのに……」

「いや、いい。聞いただけでうまく動ける奴はいない。

 それに、逃げに入ったオーベールを仕留められるはずもない」

 

 撤退を決めてからのオーベールの動きは早かった。

 パターンは豊富で、俺の知らない魔力付与品(マジックアイテム)も使っていた。

 オルステッドはそのパターンをほとんど知っているようだが、

 俺は全てに対応できるわけではない。

 まあ、それならそれで、オルステッドが先回りして仕留めてくれればいいとも思うのだが。

 

 ……いや、あまり頼らない方向で行こう。

 他力本願では何も解決しない。

 オーベールの対処は俺に任された仕事。

 俺がやらなきゃいけないのだ。

 そう考えておこう。

 

「それにしても、ウィ・ターというのは何者なんでしょうか」

「誰かが呼び寄せたのだろう。ヒトガミの提案だろう」

「……えっと、どんな奴なんでしょうか」

 

 一応、相手の戦力については聞いておくべきだろう。

 

「『光と闇』のウィ・ター。

 奇抜派の北王で、カールマン三世の弟子だ。

 確か、長らくノトス家の用心棒をしていたはずだ」

 

 ノトスの?

 てことは、もしかして、パウロの師匠とかじゃあるまいな。

 

「名の通り、光を利用した目潰しを得意とする。

 昼間は磨いた鎧と鏡を利用し、

 夜になると全身に墨をかぶり、黒煙を出す魔道具を使って闇と同化する」

 

 ゆえに、昼間は鎧を汚し、夜は火魔術で明るくすることで、対処をする。

 ということだそうだ。

 

「別に剣の腕が未熟というわけではないが……そうした技を奪ってしまえば、エリスやギレーヌならば対処できるだろう」

 

 という事だ。

 しょっぱい技を使うが、あくまでサポートという事らしい。

 だよな、目潰しだけで北王になれるわけないよな。

 

「しかし、ウィ・ターだけとは思えんな。他にも、何人か雇っているかもしれん」

「北王クラス、ですか?」

「剣王はいないだろうが……水王、水聖、剣聖が何人かいるかもしれん」

「たくさん雇って、こっちを圧殺するつもりでしょうか」

「いや、水神がいる状態であれば、ダリウスもそう多くの用心棒を雇う事はあるまい、せいぜい一人か、二人だ」

 

 水神という絶対的な戦力を有しているから、向こうも油断しているというわけか。

 ヒトガミあたりはもっと雇えとか言いそうなもんだが……。

 所詮は助言だしな。

 

「だが、この時期なら、北神三剣士は全てアスラ国内にいたはずだ。

 その全てを雇い入れているという可能性もある」

「北神三剣士、そんなのがいるんですね」

「ああ、そいつらの対処についても、教えておこう」

 

 北神三剣士。

 北神流のトップに君臨していると自称する、四人(・・)の剣士の事。

 全員が奇抜な技を持ち、目立ちたがり屋なのが特徴だ。

 

 そいつらに対する対処法を教えてもらった後、次の話題へと移る。 

 

「ルークに関しては、どうでしょうか」

「いい兆候だ。

 ヒトガミは未来が見れるがゆえ、予測が不得手だ。

 複数の使徒を操る場合、こうして綻びが生まれる事が多い」

 

 要するに、ヒトガミは使徒同士の連携を考えて助言を与えていないって事だ。

 今回、ルークが愕然としていたのはダリウス、あるいはオーベールあたりへの助言と齟齬があったのだ。

 ヒトガミは、助言は的確かもしれないが、ソレ以外の部分については嘘だらけだ。

 ルークに対しても、都合のいい嘘で飾ったのだろう。

 

「ヒトガミが、ルークを切り捨てた、という可能性もあると思うのですが」

「その可能性は大いにある。

 ルークは運命が弱い。ヒトガミも、駒として期待していないのだろう。

 あくまで、お前の行動を見るための、監視役だ。

 しかし、その監視も、こうして俺が近くにいる以上、ほとんど機能していないはずだ」

「……でも、手駒が三人しか使えないのに、そんなもったいない事をするでしょうか」

 

 そう聞くと、オルステッドは渋面を作った。

 

「全てが見えるヒトガミにとって、相手が見えないというのは恐怖だ。

 監視役をつけるのに、それ以上の理由はあるまい」

「……なるほど」

 

 ヒトガミにしてみれば、最も頼っている能力を封じられているようなものだしな。

 ルークがいなければ、変化する未来の予測すらつかない事になる。

 苦手な事に、ヒントすらなく挑まなければならなくなる。

 そう考えると、ルークを手放すって事はないか。

 牽制の意味合いも含めて。

 

 うーむ、考えることが複雑すぎて、どうにもまとまらんな。

 

「ひとまず、ルークは放っておいても大丈夫でしょうか」

「ああ。だが、警戒はしておけ。

 ヒトガミは投げやりになった時、

 使徒に後先を考えない無茶をさせる事も多い」

「ああ……そうですね」

 

 例えば、俺をオルステッドにけしかけたり、とかね。

 

「目立って大きく動くようであれば殺せ」

「……その前に、ルークと一度、接触を取ってもいいでしょうか」

「何を話すつもりだ?」

「ヒトガミとの接触があったか、そこでどんな助言をもらったか。

 可能であれば、ヒトガミの言葉を聞かないように、

 あるいは逆スパイになってもらえるように、説得しようかと思います」

「ほう……」

 

 できる気はしない。

 ルークは、俺を疑っている。

 ヒトガミから何かを言われたのかもしれない。

 どっちを信じるか、という段になっても、俺はルークに信じてもらえるだけの信頼を積み重ねてはいないだろう。

 俺とルークの関わりなんて、そんなもんだしな。

 

「……無駄だと思うが、やってみろ」

 

 よし、許可は取った。

 あとはタイミングを見て、話をするだけだ。

 藪蛇を突く事になるかもしれないが。

 

「今の所、事は順調に進んでいる。

 ヒトガミもうまく手を打てていない。

 この調子でいけ」

「ははっ!」

 

 それで、定期連絡は終了となった。

 

 

---

 

 

 俺はオルステッドの元を離れた。

 

 計画は順調に進んでいる。

 その言葉は、確かにその通りだろう。

 赤竜の顎ヒゲでオーベールと戦い、次はトリスを仲間に引き入れる。

 細かい部分で想定と違う所はあるものの、計画を変更しなければいけないほどではない。

ならばこそ、自信を持って先に進めばいい。

 

 というのもわかるが、正直、俺は順調に行き過ぎてて怖く思っていた。

 こう、ルークのアレとか、綻びのようなものが見え隠れしているからだ。

 

 だがオルステッドはそうは感じていないらしい。

 実際に現場を見ていないせいか。

 それとも、多少の綻びは無視できると考えているか。

 あるいは俺が考えすぎなのか。

 オルステッドがどう考えているのかは、わからない。

 

 問題が無いから動かない。

 というのは、わかる。

 無闇に動いた結果、物事が悪化するということは多々ある。

 やらなくて後悔するならやって後悔した方がマシ、というのは前世でよく聞いた言葉である。

 だが、それはあくまで、どちらを選んでも後悔する場合だ。

 現状維持、というのも選択の一つなのだ。

できればより後悔しない選択を選びたい。

 

 俺としては、アリエルとかルークについては、もう少し踏み込んで対処した方がいいと思う。

 事実、ルークに対しては折を見て話すつもりだ。

 何を話すかって詳細は決めていないし、藪蛇になるかもしれない。

 だが、ヒトガミの危険性については、言っておいた方がいいかもしれない。

 

 言わない方が、いいかもしれないが。

 

「……」

 

 そう考えつつ、俺はみんなの眠る場所へと戻る。

 何気ない素振りで森から出てきて、焚き火の番をする二人に、周囲の安全を伝えるのだ。

 今日、俺と一緒に焚き火の番をしていたのは、シルフィと従者クリーネ。

 俺が歩いていたのは、時間にして30分も無いだろう。

 

 その30分の間に、焚き火の人影が、一つ増えていた。

 3つだ。

 誰かが起きたのか。

 俺がいない間に魔物の襲撃があれば、エリスかギレーヌが起きたのかもしれない。

 

 だが、人影はあまり大きくはなかった。

 小柄で華奢なシルフィよりは大きい。

 クリーネは女性としては平均的で、それと同じぐらいだ。

 エリスは二人よりも背が高いから、エリスではない。

 なら、従者エルモアか。

 なぜ彼女は起きているのだろうか。

 

 そう思って近づいた時、人影の一つが立ち上がった。

 

「いい夜ですね。ルーデウス様」

 

 アリエルだった。

 彼女は焚き火を背後に、立っていた。

 火の作る影が、彼女の美しい顔に陰影を作っていた。

 シルフィとクリーネが困った顔をしている。

 

「少し、お散歩をしませんか?」

 

 アリエルは、不敵な笑みを浮かべながら、そう言った。