無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第二十話「神を名乗る詐欺師」

 夢を見ていた。

 夢の中で俺はエリスを抱えて飛んでいた。

 意識は朦朧としていたが、飛んでいる、という感覚だけはなぜかあった。

 目の前の景色は、凄まじい速度で変化していく。

 まるで音か光にでもなったかのようなスピードで、上下左右、不規則に動きながら飛んでいる。

 なぜこんなことになっているのかわからない。

 ただ、気を抜けば、いや、気を抜かずともいずれ失速して落ちるという確信だけはあった。

 俺は意識を集中させる。

 めまぐるしく変わる景色の中で、比較的安全そうな場所を探し、着陸するのだ。

 なぜと聞かれてもわからない。

 ただ、そうしなければ死ぬ、そんな予感がした。

 しかし速すぎる。スロットの目押しなど比べ物にならない速度で目の前の光景が変わっていく。

 俺は意識を集中させる。魔力を身体に込める。

 すると、一瞬だけ速度がゆっくりになった。

 まずい、落ちる。

 と思った時に、地上が見えた。平地だ。

 海はまずい、山もまずい、森も危険、だが平地なら、あるいは……。

 そんな望みを掛けて、俺は降りる。

 どうにかして急ブレーキを掛けて、赤茶けた大地へと落ちた。

 

 意識が途絶える。

 

 

---

 

 

 目を開けた瞬間、

 真っ白い空間に俺はいた。

 何もない空間だ。

 すぐに夢だとわかった。

 明晰夢というやつだろうか。

 

 

 それにしても身体が重い。

 

「………え?」

 

 俺はふと自分の身体を見下ろし、驚愕で目を見開いた。

 34年間見慣れた、あの姿だった。

 

 それと同時に、前世の記憶が蘇ってくる。

 後悔、葛藤、卑しさ、甘えた考え。

 この10年間が夢のように思え、俺の中に落胆がこみ上げてきた。

 

 戻った。

 と、直感的に悟った。

 そして、その現実を俺は簡単に受け止めた。

 やはり夢だったのだ。

 

 長い夢だと思ったが、俺にとっては幸せすぎた。

 

 温かい家庭に生まれ、可愛い女の子と接しながらの十年。

 もっと楽しみたかったが。

 

 そうか。

 終わりか……。

 

 ルーデウスとしての記憶が薄れていくのを感じる。

 夢なんて、覚めてみるとあっけないものだ。

 

 何を期待していたのだか……。

 あんな幸せで順調な人生、俺に送れるはずがないのにな。

 

 

---

 

 

 ふと気づくと、変なやつがいた。

 

 のっぺりとした白い顔で、にこやかに笑っている。

 特徴は無い。

 こういう顔の部位だと認識すると、

 すぐに記憶から抜けていった。

 覚えることが出来ないのだ。

 

 そのせいか、まるで彼全体にモザイクが掛かっているような印象を請ける。

 ただ、穏やかそうな人物だと思った。

 

 

「やあ、初めましてかな。こんにちわ。ルーデウス君」

 

 落胆に暮れていると、

 卑猥なモザイク野郎が話しかけてきた。

 中性的な声だ。男か女かわからない。

 モザイクかかってるし、女だと考えたほうがエロくていいかもな。

 

「聞こえているよね?」

 

 ああ、もちろんともさ。

 はいはい、こんにちわ。

 

「うんうん、挨拶ができるのはいいことだね」

 

 声は出なかったが、相手には通じたらしい。

 そのまま会話をすることにしよう。

 

「いいね君、適応力あるよ」

 

 そんな事はありませんよ。

 

「んふふ。そんなことはあるよ」

 

 で、あなたはどこのどなた様?

 

「見ての通りだよ」

 

 見ての通り?

 モザイクでよく見えないんだが……。

 絶倫戦士スペルマンとか?

 

「スペルマン? 誰だいそれは、ボクに似てるのかい?」

 

 ええ、全身がモザイクで見えない所がそっくりだ。

 

「なるほど、君の世界にはそういうのもいるのか」

 

 いませんけどね。

 

「いないのかい……。

 まあいいや。ボクは神様だよ。人神だ」

 

 はあ。ヒトガミ……。

 

「気のない返事だ」

 

 いえ……。

 そんな神様がどうして俺に話しかけてきたのかな、と。

 ていうか、登場するの遅くないですか?

 普通はもっと早く出てくるものじゃないのか?

 

「もっとはやく……?

 どういう意味だい?」

 

 なんでもないです。続きをどうぞ。

 

「君のこと、見てたよ。なかなか面白い人生を送っているじゃないか!」

 

 ノゾキは面白いですもんね。

 

「そう。面白い。だから、見守ってやることにしたんだよ」

 

 見守って、やる。

 そりゃどうも。

 恩着せがましいですね。

 しかも見下されてる感じがむかつきますね。

 

「つれないねえ。

 君が困っているだろうと思って声を掛けたのに」

 

 困った時に声を掛けてくるヤツにはロクなヤツがいません。

 

「僕は君の味方だよ」

 

 ハッ!

 味方!

 笑っちゃうね。

 

 生前に、そういって擦り寄ってきたヤツはいたよ。

 僕は君の味方だ。

 さぁ、僕が守ってやるから頑張ってみよう、ってな。

 無責任なヤツラだったよ。部屋の外にさえ出せば後はどうにかなる、なんて考えてやがる。

 問題の本質ってやつをまるで理解してないヤツラだ。

 今のお前の発言から、そういう匂いがする。

 信用できないね。

 

「そこまで言われちゃうと困るなあ……。

 じゃあ、とりあえず助言をさせてくれよ」

 

 助言ねえ……。

 

「従うも従わないも、君の自由ってことさ」

 

 ああ。そういうタイプね。

 いたいた、いたよ。

 助言つって、感情論を語って、

 俺の思考が内ではなく外に向かうように誘導するんだ。

 ほんと、本質がわかってねえんだ。

 今さらポジティブになったって意味は無いんだよ。

 心の持ちようでどうにかなる時期はとっくに過ぎたんだよ。

 ポジティブになった分だけ、絶望が加算されて戻ってくるのさ。

 

 今みたいにな!

 夢見させやがって、何が異世界だ!

 

 転生とかいっていい気分にさせておいて、

 キリのいい所で引き戻すのがお前のやり方かよ。

 

「いやいや、勘違いしないでくれよ。

 前世のことじゃなくて、今の話をしているんだから」

 

 ………ん?

 じゃあこの姿は?

 

「君の精神体だよ。肉体は別」

 

 精神体。

 

「もちろん、肉体は無事だ」

 

 なら、これはただの夢?

 目が覚めても、このクソみたいな身体に戻るわけじゃ……ない?

 

「イエス。

 これは夢だよ。目が覚めれば、君の身体は元通りだ。

 安心したかい?」

 

 安心した。

 そうか、夢か……。

 

「おっと、ただの夢じゃないよ。

 僕が君の精神に直接語りかけているんだ。

 驚いたね、精神と肉体がここまで違うとは……」

 

 直接ね。

 で、どうしようって言うんだ?

 異物はウザいから元の世界に戻そうっていうのか?

 

「まさか、六面世界以外の異世界には、僕にだって送り返せないよ。

 そんな当たり前の事もわからないのかい?」

 

 むっ。

 何が当たり前で、何がそうじゃないのかなんて、俺にわかるわけないだろ。

 

「ごもっとも」

 

 まてよ。

 送り返せないってことは、

 あんたがこの世界に転生させたわけじゃないってことか。

 

「まぁね。大体、僕は転生なんてさせられないよ。

 そういうのは、悪い龍神の得意とする所さ」

 

 ふむ。

 悪い龍神のねえ……。

 

「で、聞くかい? 助言」

 

 ……………聞かない。

 

「えっ! どうしてだい?」

 

 今の状況がどうであれ、

 おまえは胡散臭い。

 お前みたいなヤツの話は最初から耳を貸さないに限る。

 

「胡散臭い、かなあ……?」

 

 ああ、胡散臭い。

 騙そう騙そうって感じがプンプンするね。

 ネトゲで詐欺に会った時によく似てる。

 話を聞いた時点で操られるんだ。

 

「詐欺じゃないよ。

 それなら聞くか、聞かないかなんて言わないよ」

 

 それも作戦だろ。

 

「信じてくれよぉ」

 

 神のくせに情けない声を出しやがって。

 大体、俺が信じてる神はお前じゃないんだ。

 ちゃんと奇跡を与えてくれたお方なんだよ。

 異教の神が変なこと言ってきたら、疑って当然だろうが。

 

 それにな、信じる、信じないを口にするヤツは嘘つきなんだ。

 俺の愛読書にそう書いてあったから、間違いない。

 

「そんな事言わずにさ。最初の1回だけでいいんだ」

 

 なんだよ、その先っぽだけでいいから、みたいなのは。

 絶対に騙そうとしてるだろ。

 

 大体、俺が生前で何度神に祈ったと思ってるんだ。

 死ぬまで助けてくれなかったくせに、今更助言?

 

「いや、君の前世の世界の神様とボクは違うから。

 それに、これから助けようって言ってるんだよ?」

 

 だから、それが信用できないって言ってるだろ。

 言葉だけじゃダメなんだよ。

 信用してほしいなら、奇跡でも起こしてみろよ。

 

「起こしてるじゃないか。

 夢を通して語りかけるなんて、僕にしか出来ないよ」

 

 語りかけるぐらい、夢を通さなくてもできるだろうが。

 手紙でもなんでも出せばいい。

 

「ごもっとも。

 とはいえ、信用できないって言われてもねえ。

 このままだと君、死んじゃうよ?」

 

 ……死ぬ?

 なんで?

 

「魔大陸って過酷な大陸だもん。食べ物だってほとんど無い。

 魔物は中央大陸とは比べ物にならないぐらい大量にいるし、

 言葉はわかるみたいだけど、常識も結構違うよ?

 やっていけるのかな? 自信あるの?」

 

 は? 魔大陸?

 ちょっとまって、なにそれ?

 

「君はね、大規模な魔力災害に巻き込まれて転移したの」

 

 魔力災害。

 あの光のことか。

 

「そう。あの光のこと」

 

 転移。

 あれは転移だったのか……。

 

 巻き込まれたのは俺だけじゃない。

 ギレーヌやフィリップは無事なんだろうか。

 ブエナ村は距離もあったし大丈夫だろうけど、

 シルフィたちも心配しているに違いない。

 

 ……そこの所、どうなんだ?

 

「それを僕に聞いて、信じるのかい?

 助言は聞かないのに?」

 

 そうだな。

 お前は簡単に嘘を付きそうだ。

 

「僕に言えるのは、みんな君の無事を祈ってるってことさ。

 生きて帰ってきてほしい、ってね」

 

 そりゃ……誰だってそう思うだろ。

 

「そうかなー?

 君は、心のどこかでは、

 自分が消えて他の皆が安心してるんじゃ……。

 って思ってるんじゃないのかな?」

 

 ………。

 思っていないと言えば、嘘になる。

 俺はいらない人間として前世を終えた。

 それは今を持って引きずっている。

 

「けど、この世界の君はいらない存在じゃない。

 無事に帰らないとね」

 

 ああ、そうだな。

 

「僕の助言に従えば、絶対とは言わないけど、

 高確率で帰ることが出来るよ?」

 

 まて。

 その前にお前の目的を聞きたい。

 なんで俺にそこまでこだわるんだ?

 

「くどいなあ……。

 君が生きていると面白そうだから。

 それでいいじゃないか」

 

 面白いって理由で行動する奴に、ロクなのはいない。

 

「君の前世ではそうなのかい?」

 

 面白いという理由で行動する奴は、

 他人を手のひらに乗せて楽しむ輩だ。

 

「僕にもそういう部分はあるかもね」

 

 大体、俺を見ていて面白いわけがないだろうが。

 

「面白いというか、興味深いのかな。

 異世界人なんて滅多に見ないからね。

 僕が助言を与えて、いろんな人と触れ合い。

 それがどんな結果につながっていくのか……」

 

 なるほどな。

 猿に曖昧な命令を与えて、

 それをどういう風にクリアするのかを楽しむってわけか。

 大層なご趣味だな。

 

「はぁ………君ね。

 最初の質問、忘れてないよね?」

 

 最初の質問?

 

「もう一度聞くよ。自信、あるかい?

 知らない危険な土地で、生きていく自信」

 

 ………無いよ。

 

「じゃあ、聞いたほうがいいんじゃないかい?

 もう一度言うけど、

 従うも、従わないも、君の自由なんだから」

 

 わかったよ。

 わかりました。

 助言でもなんでも勝手にすればいいだろう。

 こんなぐだぐだと長いこと話しやがって。

 一方的に告げて、さっさと終わらせればよかったんだ。

 

 

「……はいはい。

 ルーデウスよ。よくお聞きなさい。

 目が覚めた時に近くにいる男を頼り、

 そして彼を助けるのです」

 

 

 モザイク神は、それだけ言うと、エコーを残しながら消えていった。