無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

間話「燃えよ狂犬」

 剣の聖地。

 ただそう呼ばれる土地がある。

 年中ずっと雪に覆われた、過酷な大地。

 

 初代剣神が流派を起こし、晩年には弟子たちに剣を教えた場所。

 剣士たちにとって行き着く場所であり、そして出発の場所。

 剣士であるなら、誰もが一度は訪れるべき場所。

 それが剣の聖地だ。

 

 そんな剣の聖地には、将来有望な剣士の卵が集められる。

 齢十代にして剣の才能を見初められた者達。

 若き天才たち。

 

 現在の剣の聖地には、突出した才能を持つ三人の天才剣士がいた。

 

 まず、剣神の長女。

 ニナ・ファリオン

 現在18歳であるが、16にしてすでに並ぶ者のない才を持つと言われた剣聖。

 20歳になる頃には剣王と呼ばれ、25歳になる前に剣帝になるであろうことは間違いないと言われている。

 一番の有望株だ。

 

 ニナの従兄弟。

 ジノ・ブリッツ。

 剣神流の宗主たるファリオン家の分家であるブリッツ家の次男。

 現在14歳。

 12歳にして剣聖の称号を受けた、最年少の剣聖。

 未だニナには一歩及ばぬものの、将来はどうなるかわからぬと言われる天才剣士。

 

 

 そして、エリス・グレイラット。

 現在17歳。

 彼女は見る者全てを怯えさせ、

 噛み付く者は容赦なくぶちのめす狂犬。

 二年前、剣王ギレーヌの弟子としてやってきた彼女は、

 己の所業に一切の妥協を許していなかった。

 毎日決死の修行に挑み、体をイジメにイジメぬいている。

 

 彼女の剣の聖地のデビューは鮮烈であった。

 数年が経過した今でも、なお語り草になるほどに。

 

 

--- 約二年前 ---

 

 

 剣の聖地・当座の間にて。

 エリスはギレーヌに連れられ、剣神の前に姿を表した。

 周囲を囲むのは、剣聖以上の称号を持つ、剣神流の高弟たち。

 その中には、ニナとジノの姿もあった。

 

 エリスは剣神を前にしても、

 膝をつくことも、頭を下げる事もなかった。

 

「あなたのようなザコには用は無いわ!」

 

 こともあろうに、現代最強の剣士たる剣神ガル・ファリオンに向かって、そう言い放ったのだ。

 周囲の剣聖たちは、色めきだった。

 

「なっ! 貴様、師匠に向かって!」

「膝をつけ! 剣神流の作法を知らんのか!」

「ギレーヌ殿は何を教えたのか!」

 

「座れ」

 

 剣神の一声で、剣聖たちは押し黙った。

 

 この若くも傲慢な犬は剣神の手によって斬られる。

 誰もがそう思っていた。

 剣神ガル・ファリオンに傲慢な言葉を吐き、生きてここを出た者などいない。

 あの傲岸不遜なギレーヌですら、耳と尻尾をピンと立てるほどの暴言。

 

 しかし、剣神はニヤニヤと笑うだけであった。

 笑いながら、問うた。

 

「いい目ぇしてやがんな。一体、誰を斬りてえんだ?」

 

 誰を斬りたいのか。 

 そう聞かれ、エリスはハッキリと答えた。

 

「龍神よ、龍神オルステッド!」

 

 誰もが、龍神という名に聞き覚えはあった。

 だが、オルステッドという名前を知りはしない。

 この場でその名を知るものは、エリスと、そしてもう一人。

 

「ハァッハッハッハー! なるほど、確かにオルステッドに比べりゃあ、俺様はザコだ!

 そうかそうか、あいつを斬りたいか!

 俺様以外にも、あいつを斬りたいと思うやつがいたか!」

 

 剣神はバシバシと膝を叩いて快活に笑った。

 その場にいる誰もが、その不気味な光景に唾を飲んだ。

 あの剣神が笑っている。

 傲慢な言葉を受け、ザコと挑発され、なお笑っている。

 ありえない事だ。

 

 だが、剣神だけは知っている。

 龍神オルステッドを斬る。

 それはすなわち、最強を目指すという事だと。

 

「けどな」

 

 ピタリと笑いが止まる。

 当座の間にシンと静けさが戻る。

 

「口で言うだけなら、簡単だぜ。できんのか?」

「やるわ」

 

 エリスは当然のように言い放った。

 そこには、何の気負いもなく、何のためらいもない。

 迷いの一切無い目であった。

 剣神は口の端を持ち上げた。

 

「よし。剣を見る。ジノ、相手をしてやれ」

「え!? は、はいっ!」

 

 伯父に名を呼ばれ、ジノ・ブリッツは立ち上がる。

 自分とそう歳の変わらない少女。

 口先で伯父を笑わせた、いけ好かない少女。

 そいつに一泡吹かせてやると意気込んで。

 

「そいつはウチの最年少だ。お前より年下で、まだまだ甘っちょれえが、結構やるぜ」

 

 ジノとエリスは、他の剣聖から放り投げられた木刀を受け取る。

 

「では中央で」

「うらああぁぁぁぁ!」

 

 木刀を受け取った瞬間、エリスはジノに打ちかかった。

 ジノは咄嗟の応戦すらできなかった。

 一打目で手首をしたたかに打ち据えられ、木刀を落とし、

 参ったを言う間もなく、いや、何をされたのかもわかる事なく、木刀にて切り伏せられた。

 完璧な殺気。

 ジノは真剣で斬られたと錯覚し、気絶した。

 

「なっ!?」

 

 唖然とする、当座の間の面々。

 こんな馬鹿な事があってたまるか。

 開始は、せめて中央で向い合ってからだろう。

 第一、ジノはエリスの方を向いてもいなかったのだ。

 卑怯者め。

 剣聖たちはそう思った。

 だまし打ちのような形で弟分を討ち取られたニナも当然。

 

 そう思わなかったのは四人。

 剣帝二人と剣王一人、そして剣神である。

 

「な、甘っちょろいだろ?」

「本当にそうね」

 

 エリスは短く切りそろえた髪を振り、すでに全員の動きに気を配っていた。

 いつ、何時、誰が襲いかかってきてもいいように。

 一切の無駄のない立ち姿で、周囲を睥睨していた。

 

 剣神はエリスを咎めなかった。

 ただ、打ちのめされ、気絶したジノを甘っちょろいと評価した。

 互いに剣を持った状態で油断したほうが悪い。

 唐突に襲い掛かってくる可能性を考慮しない奴は馬鹿だ。

 剣神は言外にそう言っていた。

 

「よし、次はニナ。お前だ。

 今度は中央にて向かい合ってからだ。

 不意打ちもいいが、用意ドンでの剣も見せてくれよ」

 

 その言葉で、剣聖の一人がニナに向け、木刀を放った。

 それを受けとめた瞬間、ニナは剣聖の方を二度見した。

 木刀はやや重かった。

 中に金属が詰まっている木刀である。

 

「…………」

 

 木刀を放った剣聖はこくりと頷いた。

 それを見て、ニナは身震いを一つして、頷き返した。

 この無礼者を殺す。

 ニナとて剣聖だ。人を斬り殺したことがないわけではない。

 少々卑怯だが……。

 先に無礼を働いたのは向こうだ。

 ジノの屈辱を思えば、万死を持って報いを受けるべきだ。

 

 中央にて並び、二人は構える。

 

「はじめぃ!」

 

 剣聖の合図で、ニナは木刀を振りかぶる。

 何万と繰り返してきた剣神流の型に則り、この無礼な赤毛の女を打ちのめす。

 そんな気概のこもった一撃。

 

 剣と剣が打ち合わされる。

 その瞬間、乾いた音を立ててエリスの木刀が砕け散った。

 

 ニナは勝利を確信した。

 あとは呆然とするエリスの脳天に容赦無い一撃をぶち込むだけ。

 そう思った。

 

 瞬間、ニナは顔面を殴られていた。

 次いで顎先を打ちぬかれる。

 たたらを踏んだ所を蹴り飛ばされ、馬乗りにされた。

 気づけば、両腕は足によって抑えこまれていた。

 

 見あげれば、本物の殺気をまとった悪魔が拳を振り上げていた。

 

「や、やめっ! やめ、やめろ!」

 

 静止の言葉が掛けられた時、すでにニナは数発は殴られた後。

 鼻血を垂らし、歯を折り、失神していた。

 その股座からは、ちょろちょろと湯気の立つ液体が広がっている。

 

 エリスはゆっくりと立ち上がると、ニナの持っていた金属芯の入った木刀を拾い上げる。

 そして、フンと鼻息を一つ。

 ニナをジノの失神している所へと蹴り飛ばした。

 

「ここには甘っちょろいやつしかいないの?」

「き……貴様ぁ!」

 

 剣聖たちがいきり立つ。

 卑怯者めと罵る声も聞こえる。

 だが、剣王以上の称号を持つ者達は、むしろそうした剣聖を冷ややかに見下していた。

 彼らは、誰が正しいのかを、理解していた。

 

「悪い悪い。ちょっと見誤ってたな。俺様が相手してやるよ」

 

 だが、剣神が立ち上がると、剣帝二人はやや驚いた顔をしていた。

 

「師匠が出るまでもありません」

「こういう場合はギレーヌの……弟子でしたな、なら私めが」

 

 剣神はそんな言葉を無視し、己の剣を掴んだ。

 真剣である。

 

 エリスはそれを見て、床を強く蹴った。

 後方へと飛び、自分の剣を置いた位置まで下がる。

 そして、長い旅を共にしてきた相棒を手中に収め、即座に鞘から抜き放った。

 

「慌てんなよ、ちゃんとハンデやるから……。

 って、お前、いい剣持ってんな。ユリアンのだろ、それ」

「知らないわ。ミグルド族にもらったものよ」

「あ、そう。……こいつも、ユリアンの作品だぜ」

 

 剣神はそう言いつつ、ゆっくりと剣を抜く。

 刀身が金色に輝くその剣を。

 剣神七本剣が一つ。

 魔界の名工ユリアン・ハリスコが、王竜王カジャクトの骨より作り上げた48の魔剣の一つ。

 魔剣『喉笛(ノドブエ)』。

 

 剣神が魔剣を、だらりとぶら下げるように持った。

 剣聖たちが息を飲む。

 剣神が真剣を持つなど、剣帝との実戦稽古以外では滅多にない。

 

 そして剣神は気軽につぶやいた。

 

「よし、行くぜ」

 

 瞬間。

 エリスはふっ飛ばされていた。

 当座の間の出入り口の扉をぶち破り、外へと叩きだされ、積もる雪の中に叩きこまれた。

 

 剣神は、いつしか剣を振り終えたポーズで静止していた。

 誰も、そのモーションを見切ることはなかった。

 

「お見事!」

「お見事!」

「お見事にございます!」

 

 周囲の剣聖たちが口々に、その剣筋を褒めた。

 魔剣の力ではない。

 剣神より発せられた闘気が、エリスを吹き飛ばしたのだ。

 あの無礼者は死んだ。

 誰もがそう思った。

 しかし、エリスは死んでなどいなかった。

 

「うっ……ぐうぅ……!」

 

 うめき声を上げて雪の中で弱々しくもがく。

 剣神の斬撃をうけてなお存命?

 否、剣神が手加減したのだ。

 しかし、あのような野良犬に剣神が本気を出すまでもない。

 あとは破門にでもして、雪のつもる外にでも放り出せば良い。

 しかし、剣神は剣聖の予想とは真逆の言葉を口にした。

 

「ギレーヌ、エリスを治療しろ。今日からあいつは剣聖だ。明日から俺様が剣を教える」

 

 顔をほころばせていた剣聖たちが凍りついた。

 剣を教えるとは、すなわち剣神の直弟子を意味する。

 ギレーヌ以来、誰もなれなかった、高弟中の高弟。

 

「馬鹿な! 剣聖は『光の太刀』を習得した者のみに与えられる称号!

 こんな山猿も同然なガキに……!」

 

 言いかけた男は、剣神に剣を向けられ、その言葉を途切れさせた。

 

「『光の太刀』を習得したガキを二人ものしてんだ、十分だろうが」

「し、しかし……」

「『剣神』ってなぁ、何かを覚えりゃなれるってわけじゃあ、ねえんだぜ? 特別な俺様が特別扱いされてねえのに、なんで剣聖を特別扱いする必要がある」

「…………申し訳ありませんでした」

 

 剣聖はそれ以上、何も言わなかった。

 自分の感情が嫉妬であることに気付いたのだ。

 嫉妬が剣を鈍らせることを、剣聖たちは理解していた。

 

 そして誤解していた。

 剣神の提唱する欲望のままの剣術。

 それによれば、えてして嫉妬のような汚い感情が剣を鋭くさせるものである。

 

 もっとも、剣神はそんな重要なことを一から十まで教えるつもりなど無い。

 他人に言われてようやく気づくような奴は、言っても無駄だと思っているのだ。

 

 こうして、エリスは鮮烈なる印象付けと同時に、剣聖の名を持つようになった。

 

 

---

 

 

 ニナはエリスのことが嫌いだった。

 なにせ、大勢の前で気絶させられ、失禁までさせられたのだ。

 恥。

 そう、恥をかかされたのだ。

 

 ポッと出の山猿。

 剣がダメとあらば殴りかかってくる、駄々っ子のような態度。

 剣聖の名はもちろん、剣神流にすらふさわしくない。

 そう喧伝した。

 

 二年近く、エリスとまともな口を効かなかった。

 ジノと二人で、同年代の弟子たちとつるみ、彼女を徹底的に仲間はずれにした。

 

 もっとも、エリスは普段、剣神かギレーヌにひたすら鍛えられ続けている。

 寝るときもギレーヌと同室だ。

 接点もなく、必要もなく、ニナ達と会話しようとすらしなかった。

 

 会話といえば、せいぜい一ヶ月に一度ある内弟子の総稽古において、二言三言、嫌味を言い合う程度だ。

 その稽古において、エリスとニナの実力は拮抗していた。

 ニナは、自分の方が勝ち越しているとさえ考えていた。

 剣を落としたり折られたりしたら敗北という、きちんとしたルールでなら、そうそう遅れは取らない。

 ニナはそう考えていた。

 そうした部分が「甘い」のであるが、実戦経験不足の彼女がそれを悟るのは、もう少し後の事である。

 

 ライバル関係。

 周囲にはそう映っていたが、しかしエリスはニナの事など歯牙にも掛けていなかったと明記しておく。

 

 

 そんなある日。

 ニナは同じくらいの女子と共に、話をしていた。

 若い女子らしく、弟子の中の誰がカッコイイとか、

 この間、付き合っている誰それと初体験迎えましたとか、

 そうした話題である。

 

 ニナは生まれてこのかた剣一筋に生きていたため、そうした話題は苦手だった。

 そして、これからも無縁な話だと思っていた。

 身近な男と聞かれて思い浮かぶのは、四歳年下の従兄弟ジノの事であるが、

 兄弟同然に育ってきた相手とそうした関係になるとは思えなかった。

 ゆえに、自分は剣だけに生きていく。

 そうでなければ、エリスに置いて行かれる。

 あの女に負けるのは嫌だ、と考えていた。

 

 そこに通りかかったのがエリスだ。

 彼女は全身から湯気を立ち上らせていた。

 自分たちが雑談をしている間にも、修行をしていたのだ。

 そう考えると、ニナは少々焦るものがあった。

 

 ゆえに、言ってしまったのだ。

 

「ふん、こんな時にまで修行なんてね!

 あなたには一生男なんてできないんでしょうね!

 生娘のまま剣だけに生きていくといいわ!」

 

 自分も未経験であるのに。

 そんな事を言った。

 しかし、自分が気にしている事であるがゆえ、自分が言われると傷つく事であるがゆえ。

 エリスも傷つくだろうと考えての事だ。

 

「ふっ……!」

 

 しかし、エリスは鼻で笑った。

 勝ち誇ったその顔に、ニナはたじろぐ。

 

「な、なによ」

「悪いけど、私、生娘じゃないから」

 

 ちょっと自慢気に、ちょっと顔を赤らめながら。

 それは明らかに見栄などではない。

 と、その場にいる誰もが思った。

 

「え……!? うそでしょ? え? 誰? 誰となの?」

 

 ニナは内心の動揺をまったく隠せなかった。

 無様にうろたえつつ、エリスからその話を聞き出す。

 

「小さい頃から一緒に育った人よ」

 

 普段は無口なエリスであるが、

 その男の話題となると、次から次へと出てきた。

 小さい頃から一緒に育ったとか、

 一緒に魔大陸から故郷まで旅をしたとか、

 龍神と出会い、その男が一矢報いたとか。

 そして、その男と初めてを迎えたとか。

 その男のために強くなろうとしているとか。

 

 恋する乙女の恋が成就するまでの恋物語だった。

 

 ニナは完全に打ちのめされた。

 負けたと思った。

 完全敗北だった。

 

 剣術で互角。

 だが年齢で負け。

 しかも、相手は男までいるという。

 

 ニナにできることは、その男の存在を否定することぐらいであった。

 

「う、ウソよ! お父さんは言ってたもの!

 龍神は『龍聖闘気』を纏っているから、生半可な技じゃ傷ひとつ付かないって!

 でまかせよ! そんな人、本当はいないんでしょ!?

 嘘って言いなさい。今ならまだ間に合うわよ?」

「嘘じゃないわ。ルーデウスは生半可じゃないもの!

 …………でも、ルーデウスと、今の私は釣り合わない。もっと強くならなくちゃ」

 

 エリスは最後にそう言って、ぎゅっと拳を握った。

 決意の瞳に炎を宿し、

 そして、ニナたちを無視して先ほど自分がいた修行場『錬気の間』へと戻っていった。

 

 ニナはその姿を唖然として見送った。

 一番ありえないと思った相手が、すでに自分の先を行っていた。

 その事実に、頭がクラクラしていた。

 

 

---

 

 

 自分がまだで、あの山猿エリスに恋人がいる。

 そんな事があってたまるか。

 きっと嘘に決まっている。

 ルーデウスとやらは架空の人物だ。

 ニナはそう考えた。

 

 休日に情報屋に赴いて、ルーデウスについての情報を集めさせた。

 まぁ、簡単には集まるまい。

 なにせ架空の人物だから。

 そう思っていた。

 

 そんな願いとは裏腹に、情報はすぐに集まってしまった。

 

 ルーデウス・グレイラット。

 アスラ王国フィットア領ブエナ村出身。

 三歳の時に、水王級魔術師ロキシー・ミグルディア(当時は水聖級)に弟子入り。

 五歳にして水聖級魔術師となる。

 七歳の時にフィットア領城塞都市ロアの町長の娘、エリス・ボレアス・グレイラットの家庭教師となる。

 その後、フィットア領転移事件にて行方不明となる。

 が、最近になって中央大陸北部にて、冒険者『泥沼のルーデウス』として名を上げる。

 現在は魔法大学に特別生として招かれ、ラノア王国の魔法都市シャリーアに滞在しているという。

 一部の冒険者連中からは尊敬されており、はぐれ竜を単独で撃破したという噂もある。

 

 実在する人物であった。

 エリスの妄想の王子様ではなかった。

 

 ニナは凹むと同時に、大した事ないな、と思う。

 確かに、七歳までの経歴は凄まじいが、所詮は冒険者だ。

 水王級になるでもなく、泥沼などというダサい名前がついているあたり、

 所詮は幼い頃だけの才能だった、そうに違いない。

 そう考えた。

 

 そして、悪いことを思いついた。

 そのルーデウスとやらを倒し、奴隷にでもしてここに連れてきたら、エリスはどんな顔をするだろうか、と。

 

 思い立ったが吉日。

 ニナはその日の内に旅支度をして、ニナは父親譲りのせっかちさを発揮し、馬に飛び乗った。

 そのまま、ラノア王国へと旅立ったのだ。

 冬の間ならまだしも、ラノアは眼と鼻の先。

 剣の聖地にて育てられた名馬を使えば、2ヶ月もかからず往復できる。

 彼女はせっかちだったのだ。

 

 

 一ヶ月の旅路をなんなく終え、魔法大学へとやってきた。

 そして驚いた。

 

 ニナは正直な所、魔術師というものを馬鹿にしていた。

 ロクな修行もせず、適当にごにょごにょと詠唱とやらをするだけで強くなった気でいる連中と思っていた。

 

 しかし、道を行くのは屈強な男たちだ。

 なぜか獣族が多く、戦士風の格好をしている者が多い。

 ローブを着ている者や可愛い制服を着ている者もいるが、屈強な肉体を持っている者がやけに多いのだ。

 ニナは自分の世間知らずさを恥じた。

 18歳まで生きてきて、魔術師というものを偏見でみていたのだと。

 

 ニナはとりあえず、近くにいた青年に声を掛けた。

 筋骨隆々とした、まさに戦士という感じの獣族だ。

 そいつにルーデウスの居場所を聞いてみる。

 すると、彼もルーデウスの場所に行くのだと言う。

 これは丁度いいと、ニナはついていく事にした。

 

 制服姿の少年の所についた。

 彼がルーデウスだという。

 

 ニナの想像通りの人物だった。

 体はそれなりに鍛えているようだが、覇気のようなものは感じられない。

 顔は悪くないが、自信もなさそうで、男としての魅力は無い。

 エリスにはお似合いだ。

 

 よし、こいつをぶちのめして……と思った瞬間、獣族の青年が声を張り上げた。

 

「はぐれ竜を単騎にて仕留めたA級冒険者『泥沼』のルーデウス殿とお見受けする!

 我と尋常なる婚儀の決闘を!」

 

 ぎょっとした。

 この男はルーデウスにいきなり決闘を申し込んだのだ。

 

「いえ、ピアノのお稽古があるので……」

 

 ルーデウスは男らしくない事に、即座にそれを断った。

 しかし、青年はあーだこーだと理由をつけてルーデウスの前に回りこみ、

 問答無用とばかりに襲いかかった。

 

 ニナは次の瞬間ルーデウスが引き裂かれると思った。

 自分ほどではないにしても、獣族の青年はかなり強いと見たからだ。

 そして、ルーデウスは魔術師。

 魔術師は距離を詰めてしまえば弱いとは剣士にとって常識である。

 あの距離では、魔術師にできることなど無い。

 

 が、結果は逆だった。

 ルーデウスはあっという間に青年を打ち倒した。

 3秒といった所だろうか。

 まさに一瞬だった。

 

 そして、呆然とするニナに一瞥もくれることなく、さっさとどこかへと行ってしまった。

 

 

---

 

 

 それから、なんとか立ち直ったニナは、再度ルーデウスの場所を聞いて回った。

 そして、図書館にいるという事が分かった。

 図書館の場所を聞き出し、向かってみると、建物の前には大量の獣族が並んでいた。

 自分には関係ない、そう思って図書館に入ろうとすると、

 

「お前もルーデウスへの決闘を申し込む者か?」

 

 獣族の青年にそう聞かれた。

 

「え、ええ。そうよ」

 

 思わずそう答えると。

 

「ならば一番後ろに並べ!

 順番抜かしはするな!」

 

 そう怒られた。

 聞いた所によると、この列は、全てルーデウスへ決闘を申し込もうという者たちだという。

 30人はいた。

 ニナはその事実に戦々恐々としつつも、おとなしく並んで待つことにした。

 すると、前にいた獣族の青年に「気の毒だな」と言われた。

 何のことかわからなかった。

 そうして待っていると、時刻は昼過ぎになった。

 

 

 そして、奴が現れた。

 

 

 真っ黒い肌をした、筋肉の塊のような魔族だ。

 そいつは、随分と偉そうな態度で周囲を睥睨した。

 

「ほう、なんだこの列は何か催し物か!」

「ルーデウス・グレイラットへの決闘の順番列だ!」

「なんと! こんなにか! フハハハハ!

 ルーデウスとはなんとも人気者よな!

 我輩は待つのは構わんが、どうにかして先にやらせてもらう方法はないか!」

 

 堂々といいはなつ男に、周囲は沸き立った。

 並べ、順番を待て。

 ニナも憤慨した。

 遠路はるばるやってきた自分ですら待っているのだ。

 偉そうな態度を取ってないで並べ、と。

 そして、一人の馬鹿が言ってしまった。

 言ってはいけないことを言ってしまった。

 

「どうしても先にやりてぇなら、先に並んでる奴を全員倒してからにしな」

「フハハハハ! それがいい! 気に入った!

 では、全員同時に掛かって参れ!

 我輩に挑もうとする気概に免じて、先に一撃入れさせてやろう!」

 

 あまりにも傲慢な態度に、その場にいる全員が怒り狂った。

 

「なんだとコラァ!」

「調子こいてんじゃねえぞオラァ!」

 

 そして、この身の程知らずにわからせてやろうと、襲いかかった。

 ニナも、よくわからないうちにその戦列に参加していた。

 

 そして、負けた。

 

 魔族はニナの斬撃を加えてもなお、平然と立っていた。

 漆黒の肌には剣が通らないのだ。

 殺す気で放った光の太刀でようやく傷がついたが、一瞬で再生された。

 

「我輩は不死身の魔王バーディガーディ!

 フハハハハ! 我輩に勝てれば勇者の称号をやろうぞ!」

 

 ニナは善戦した方だったろう。

 だが、攻撃力不足はいかんともしがたく、

 何の手も打てないまま捕まり、叩き伏せられ、愛剣も叩き折られた。

 

 そして恐怖し、混乱した。

 なんで自分はこんな所で魔王となんて戦っているのだ、と。

 そもそも、魔大陸の魔王が、なんでここにいるのだ、と。

 

 その場にいた誰もが、そう思っていただろう。

 

 ニナがやられてしばらくして、順番列は全滅した。

 不思議な事に、怪我をした者はいても、死んでいる者はいなかった。

 手加減されたのだ。

 そう気付くと、ニナの拳の上に涙が落ちた。

 しかし、悔しくとも、すでに剣を失った自分には何もできなかった。

 

「……なんだこりゃ」

 

 全滅とほぼ同時にルーデウスが図書館から出てきた。

 彼らはあれこれと話をして、場所を移した。

 

 ニナも、痛む体に顔をしかめつつ、それを追いかけた。

 

 広い校庭。

 ルーデウスと魔王はそこでにらみ合いを続けていた。

 何か会話をしているようで、時折魔王の高笑いが聞こえてきた。

 だが、何を話しているかわからない。

 決闘が始まったのは、やけに足の速い少年が杖を届けてからだ。

 

 ルーデウスと魔王の決闘。

 

 ニナはその決闘の一部始終を見た。

 ルーデウスが杖を手に取り、その封印を解いて。

 二言三言話してから、魔王に対して杖を向けた次の瞬間。

 

 魔王の上半身が弾け飛んだ。

 

 自分たちが手も足も出なかった相手が、一撃で倒された。

 その事実に、ニナはただひたすら、呆然としていた。

 その後の事はよく覚えていない。

 

 

---

 

 

 ニナは剣の聖地に帰ってきた。

 エリスはあのランクまで上がろうとしているのだと知って、愕然としていた。

 愕然としつつも、努力するエリスを見るニナの視線は、なんとなしに柔らかくなっていた。

 

 そして、その頃よりニナは心を入れ替えた。

 今まで以上の努力を始め、剣を折られた時の対処として、二本の剣を持つようになった。

 エリスの拳による攻撃方法も馬鹿にしなくなり、軽い付き合いをしていた同年代の弟子たちとも疎遠になった。

 

 その後、ニナは名実ともにエリスのライバルとなっていくのだが……。

 それはまた、別の話。

 

 

---

 

 

 ちなみに。

 魔王襲来の情報を受けてやる気満々の顔で剣を研いでいた剣神は、

 ニナの話を聞いて、残念そうな顔で静かに剣を鞘へと収めたという。