無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

第八十一話「シルフィの過去」

 ある少女の話をしよう。

 

 少女はアスラ王国の辺境にて、貧しい猟師の一人娘として誕生した。

 長耳族の血が半分だけ混じる父。

 そして、かつてアスラ貴族の奴隷だった獣族の血が少しだけ混ざる人族の母。

 どちらも優しく、少女に愛を注いで育てていた。

 一見すると、幸せな子供。

 

 だが、彼女の髪は緑色だった。

 髪が彼女の人生を狂わせていた。

 

 緑色の髪。

 一節によると、魔族は髪が緑に近ければ近いほど凶暴になるという。

 かつて、全ての種族を震撼させ恐怖させた、あのスペルド族の髪の色も緑。

 そして、そのスペルド族を率いていた魔神ラプラスの髪も緑と言う説があった。

 

 少女は魔族ではない。

 だが、緑色の髪の毛は人を恐怖させる。

 忌むべき色だ。

 

 とはいえ、少女は少女。

 過去は過去。

 

 豊かなアスラは魔大陸から遠く、過激な魔族排斥思想を持つ者も少ない。

 少女の髪は両親ともに魔族とはまったく関係のない、突然変異の緑色。

 最初は驚かれ、奇異な目で見られたものの、次第に受け入れられた。

 

 が、受け入れたのはあくまで大人だけであった。

 少女が一人で外を出歩くようになると、彼女は攻撃された。

 緑色の髪を持つ悪い魔族ということで泥玉を投げつけられ、排斥された。

 少女は常にビクビクと怯えながら過ごし、時に泣いた。

 どうして同年代の子が自分に辛くあたるのか、わからなかった。

 

 不憫に思った母親は彼女の髪を短く切り、逃げやすいようにと動きやすいズボンを縫った。

 父親は子供たちの親と掛け合い、我が子を狙わないようにと懇願した。

 けれど、根本的な解決にはならなかった。

 少女は外に出る度に狙われた。

 

 子供たちにとってそれは遊びだった。

 一人だけ髪の色の違う子供をやっつける。

 力を合わせ悪魔を倒す。そういう遊びだった。

 だが、少女にとってはそうではなかった。

 悪意を持って迫り来る子供たち、泥玉を、時には石を投げられた。

 逃げれば追いかけられ、追いつかれた。

 抵抗すれば殴られ、蹴られ、痛い思いをすることになった。

 

 大人は注意した。

 それで一時は攻撃はやんだが、すぐに大人の見ていない所で行われるようになった。

 

 少女は世界に絶望していた。

 両親以外に自分の味方はいないのだと思っていた。

 

 髪の色は変えられない。

 どうしようもない。

 うつむいて、目立たないように生きるしかない。

 

 そんな彼女を、一人の少年が救った。

 

 彼は少女と同じぐらいの歳だった。

 泥玉を投げつけられている少女を見ると、

 一目散に駆けてきて、自分の倍ぐらいの大きさを持つ相手に果敢に挑み、退散させた。

 そればかりか、少女に優しい声を掛けてくれた。

 手から暖かな水を出し、少女を清めてくれた。

 あれこれと世話を焼いてくれた。

 少女にとって、それは奇跡にも似た出来事だった。

 

 少女の日々は激変した。

 

 少年は少女を悪意から守ってくれるようになった。

 それで、イジメられる事はなくなった。

 

 少年は少女に力を授けてくれた。

 魔術という名の奇跡を教えてくれた。

 

 少年は少女と同じ歳なのになんでも知っていた。

 なんでも教えてくれた。

 文字、魔術、自然現象、数学……。

 少女にとって、少年は神のような存在だった。

 

 少女は少年といつも一緒に行動した。

 

 すぐに彼の事が大好きになった。

 幼いながらも、結婚・お嫁さんという単語を知った、

 少女は「あの子と将来結婚してお嫁さんになるのだ」と密かに決意した。

 

 その後、色々あって、少しギクシャクした。

 けれど大好きだった。

 ずっと守ってもらうのだ、と思っていた。

 

 

 そして、別れた。

 

 別れさせられた。

 少年は少年の父によって叩きのめされ、遠い貴族に売られた。

 

 取り返さないと、助けないと、と少女は思った。

 だが、父に止められた。

 

 その時、父がなんと言ったのか、少女はよく覚えていない。

 確か、少年はもっとつよくなるために旅立ったとか。

 お前も彼に負けないように頑張らないといけないとか。

 そんな感じの事だったはずである。

 

 耳に残っているのは、最後の一言だけだ。

 

「シルフィは、ずっと彼に守ってもらうだけなのかい?」

 

 その一言だけは覚えている。

 そうじゃない、と思ったのも覚えている。

 守ってもらうだけじゃダメなんだ、と思ったのを覚えている。

 今日のような事があった時に、黙って見ていちゃダメなのだ、と。

 

「わかった。ルディを助けられるぐらい強くなる……!」

 

 その日から、少女は変わった。

 

 少女は能動的に自分を鍛えるようになった。

 少年が毎日やっていた事と同じことをした。

 走って体力を付け、棒きれを振り回して体を鍛えた。

 毎日のように魔術を使い、感覚を研ぎ澄ませた。

 少年がいなくとも、少女は自分のすべきことを知っていた。

 

 それと平行して、少年の行き先を考えた。

 少女の知識や行動範囲では、少年の行き先は知れない。

 予想すらできない。

 

 こんな時、少年はどうしていたか。

 なんと言っていたか。

 

 わからなきゃ聞けばいい、と少年は言っていた。

 少女はそれに従い、聞くことにした。

 少年の居場所を、知っている者に。

 

 少女は村の診療所に赴いた。

 少年の母が働いている場所だ。

 そこで、少年の母に少年の居場所をきこうとした。

 もちろん、少年の母はイタズラっぽく微笑みつつ、少女をごまかした。

 

 少女は、診療所の手伝いを始めた。

 深く考えての行動ではなかった。

 ただ、仲良くなれば教えてくれるかもしれない、とは心のどこかで思っていた。

 父に「あんな事があったけど、少年の家族とは仲良くしないといけないよ」と言い含められていたのも理由の一つであろう。

 

 少年の母は、決して少年の居場所を口にはしなかった。

 少女が考えられるあの手この手で聞き出そうとしたが、

 そのたびににこりと笑い、「ルディに会いたいなら、もっと頑張らないとね」なんてごまかされた。

 

 埒があかない。

 と、少女は考えた。

 もちろん、少女は埒があかないなんて言葉は知らなかった。

 とにかく、このまま続けても意味はない、と考えた。

 

 なので、少年の家にいるメイドに近づいてみる事にした。

 

 少年には父親もいたが、そちらは苦手だった。

 少年を叩く場面を見ていたのだ。

 知らない相手ではないし、嫌いでもないのだが、自分もぶたれるかも、と考えると話すのを躊躇した。

 

 メイドは忠実だった。

 少年に対して忠実だった。

 

「ルーデウス様はきっと将来、王室に招かれるような立場に置かれるでしょう。ルーデウス様の奥様になるのであれば、世間に出てもおかしくないような立ち振舞いを覚えていただかなければ」

 

 そう言われ、半ば無理矢理に、礼儀作法というものを教えこまれた。

 とはいえ、これが少年のためになる、と言われれば、少女も嫌とは言えなかった。

 宮廷での歩き方やドレスの着付けの仕方、言葉遣い、挨拶の方法など。

 本当にこんなものが必要なのかという疑問はあった。

 だが、少女は素直で、物覚えもよかった。

 

 しかし、肝心の少年の居場所については、メイドは決して口を割らなかった。

 

 そうこうしているうちに十歳の誕生日になった。

 十歳の誕生日を祝ってくれたのは母だけだった。

 父は、最近森の魔物が活性化しているというので、警戒に赴いているのだ。

 狩人たる父は森に詳しいから、事あるごとに駆り出される。

 

「何も十歳の誕生日にまで……」

 

 と母は父に言っていた。

 けど、少女は仕方ないと思って諦めていた。

 なにせ、五歳の誕生日の時もそうだったのだから。

 

 母からの誕生日プレゼントは、白いワンピースだった。

 この日のために、父がお金をためて買ってきた布で、母が縫ってくれたのだ。

 さっそく来てみると、母は「似合うわ。綺麗よ」と褒めてくれた。

 少女は「えへへ」と、はにかんで笑いながら、少年にも見せたいと思った。

 

 と同時に、少年はどうしているだろうかと不安になった。

 知らない所で、不自由をしているんじゃないだろうか。

 十歳の誕生日を祝ってもらえただろうか、と。

 

 自分も、彼に何か送ろうかと思った。

 だが、彼が欲しそうなものが何も思い浮かばなかった。

 母に聞いてみると、「そういうのはなんでもいいのよ」と言ってくれた。

 

 翌日になって帰ってきた父に聞くと「じゃあ我が家に伝わる幸運のお守りを送ってあげるといい」と提案してくれた。

 木を削って作るペンダントで、身に着けていると良い事があるという。

 父も常に身に着けているものだった。

 少女の祖母に当たる長耳族の女性が、父が独り立ちする時にもたせてくれたのだそうだ。

 

 そう聞くと、少女もなんだかそれがいいような気がしてきた。

 

 少女は毎日、一生懸命木を彫った。

 初めての木彫り。少女は決してうまくはなかった。

 けれども、一生懸命、毎日彫った。

 そして完成した。

 不恰好だけど、なんとか形になった。

 

 と、そこで問題が浮上した。

 作ったはいいけれど、渡す方法が無い。

 悩んでいると、少年のメイドが提案してくれた。

 

「それでしたら、私が送る品に混ぜましょう」

 

 そうする事にした。

 少女はメイドに「大切なものだから絶対に届けてね」と何度も言った。

 メイドは承知しました、大切なものだとお伝えしておきます。

 と、承知してくれた。

 

 

 それからしばらくして。

 転移が起こった。

 

 

---

 

 

 少女は空中に転移していた。

 

「えっ!?」

 

 凄まじい高さにいた。

 一瞬、夢かと思った。

 

 どんどん落ちていく感覚。

 風圧で息苦しくなる感覚。

 突き抜ける雲。

 そして恐怖。

 全身の全てが夢ではないと語っていた。

 

「ヒッ」

 

 少女は喉の奥の悲鳴を聞いた。

 悲鳴が、これが現実だという感覚を助長した。

 何故かわからない。

 だが自分は空中にいて、落ちている。

 

 なんとかしなければ。

 なんとかしなければ。

 

 死んでしまう。

 死ぬ。

 間違いなく死ぬ。

 

 いくら少女が幼くとも、高い所から落ちれば死ぬという事ぐらいはわかっていた。

 

 魔力を全開にした。

 

 地面がどんどん近づいてくるのがわかる。

 少女は風を起こした。

 真下から叩きつけるように自分に向かって。

 少し速度が落ちたかもしれない。

 だが、すぐに元の速度に戻る。

 

 風ではダメだ。

 こういう時、どうすればいい。

 少年はなんと言っていた。

 

 思いだせ、思い出せ。

 少年は何か言ってなかったか。

 こんな時、高い所から落ちるもの。

 その衝撃を和らげる。

 

 柔らかいもの。

 そうだ。柔らかいもので包むのだ。

 しかし、柔らかいってどのぐらい。

 どうやって作ればいい?

 

 わからないわからないわからない!

 

 少女は半狂乱になりながら、自分に出来る限りの事をした。

 水を作り出し、風を作り出し、土を作り出し、火を作り出し。

 とにかく落ちない事を、減速することを、地面から遠ざかることを。

 出来る限りの事をした。

 

 しかし、落ちた。

 墜落した。

 だが、奇跡的にも、少女は生きていた。

 

 どうやったのかはわからない。

 無傷ではない。

 全身が水浸しで、打ち身だらけ、砂埃にまみれて、両足を骨折していた。

 惨憺(さんたん)たる有様だったが、少女は生きていた。

 何がよかったのかわからない。

 だが、落下速度は落ちた。

 骨折程度の怪我で、高所からの落下を生き延びた。

 

 しかし、受難は続いている。

 

「ウゴォァアア!」

 

 降りたすぐ目の前に、魔物がいた。

 腕が四本ある、二足歩行の猪。

 この魔物の事を、少女は知っていた。

 

 父から、見かけたら絶対に近づくな、声を出さず通り過ぎるのを待て。

 気づかれたと思ったら、魔術を使いながら全速力で逃げろ。

 そう言われている相手だった。

 名を、ターミネートボアという。

 

 少女は知らない事であるが、ターミネートボアは滅多に出てこない魔物である。

 E級の魔物であるアサルトドッグを従え、

 たまに森から出てきては、人を襲う。

 アスラ王国内において、最も危険な魔物の一種。

 アスラ王国では珍しく、C級に相当する魔物である。

 危険度はアサルトドッグの数によってCからBまで変化する。

 単体でもD級。

 それがターミネートボア。

 

「キャアアァァァ!」

 

 少女は半狂乱になり、悲鳴を上げながらターミネートボアに対して魔術をぶっぱなした。

 中級魔術『氷霜撃(アイシクルブレイク)』

 手加減一切なし。

 初手において持ちうる限り、最大の魔術をぶちかました。

 

 一撃だった。

 ターミネートボアは氷付けになり、砕け散った。

 

「はぁ……はぁ……あぐっ!」

 

 肩で息をついて立ち上がろうとして、両足が折れている事に気づいた。

 少女は治癒魔術を使い、すぐに治療した。

 治療院で手伝いをしていたこともあり、治癒魔術は得意だった。

 しかし、痛みに慣れているわけではない。

 彼女は半べそをかきつつ、魔術を使った。

 

「……はぁ……はぁ」

 

 立ち上がる。

 ガンガンと頭痛がした。

 意識は朦朧として、気絶しそうだった。

 少女の精神状態が正常であったなら、それが魔力切れの症状だとわかっただろう。

 落下を抑え、魔物に攻撃魔術を打ち込む。

 すべて、遠慮なしに最大でぶっぱなし続けた。

 ゆえに、少女の魔力は枯渇していた。

 

「た、助かったのですか……?

 そ、そなた、どこから現れたのですか?

 名はなんと申します?」

 

 後ろから声がした。

 痛む頭、ボンヤリと霞む視界。

 それらを抑えつつ、少女は背後を振り返る。

 そこには少女がいた。

 金髪で、透き通るような印象をうける綺麗な顔をもつ少女。

 自分が誕生日にもらったものの千倍の値段はするであろう、細かな刺繍の施された純白のワンピースをきた少女。

 その脇には、腕を怪我した少年が壁にもたれかかっており、

 少年の傍には、ローブ姿の男性が血まみれで事切れていた。

 

「シルフィエット……」

 

 少女は、そういって、気絶した。

 

 

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 これが、シルフィと、アスラ王国第二王女アリエル・アネモイ・アスラとの出会いである。