リニア・デドルディア。

 大森林の守護者たるドルディア族がひとつデドルディア。

 その族長たるギュスターブの孫。

 戦士長にして次期族長たるギュエスが娘。

 

 プルセナ・アドルディア。

 大森林の守護者たるドルディア族がひとつアドルディア。

 その族長たるブルドグの孫。

 戦士長にして次期族長たるテルテリアが娘。

 

 

 ドルディア族。

 その種族は、獣族の中では特別な存在である。

 

 彼らのルーツは約5500年前。

 最初の人魔大戦の後まで遡る。

 

 人族と魔族の総力戦。人魔大戦。

 その戦争の勝者は人族であった。

 

 人族は魔族を奴隷のように扱い、増長した。

 次々と他の種族へ宣戦布告。

 それは広大な木材資源を持つ大森林に住む、獣族も例外ではなかった。

 

 迫り来る大軍勢。

 それに対し、当時獣族のトップであった『獣神ギーガー』が立ち上がった。

 

 卑劣な人族に対し、獣神ギーガーは獣族をまとめあげ、自らも最前線に立って戦った。

 力を振るい、時には知恵を巡らせ、時には他の獣族に助けられながら、

 最終的には大森林を守り通したとされている。

 

 『獣神』とは獣族全ての頂点に君臨する男であり、英雄の名である。

 そして、その獣神ギーガーこそが、ドルディア族だったのだ。

 

 ゆえにドルディア族は大森林に住む獣族のトップ。

 

 それだけ聞くと大した事がないように思えるかもしれない。

 しかし現在、獣族は大森林のみならず、

 中央大陸やベガリット大陸といった地域への分布も見せている。

 その総数は人族ほど多くはない。

 だが、決して無視できる数でもない。

 具体的に言えば、現在でもミリス神聖国と戦争できるだけの戦力を持っていると推測されている。

 

 それほどの武力を持った種族なのだ。

 

 

 そして、リニアとプルセナはドルディア族族長の孫。

 獣神の直系。

 特別な意味を持つ子。

 

 将来は族長か、もしくは族長の妻となる存在である。

 人族に例えるならば、王位継承権を持つ者……王女となるか。

 それも、人族の最強国家たるアスラ王国の王女に匹敵する。

 ゆえに、彼女らは入学当初、最も偉い存在であった。

 

 そんな彼女らがどうして故郷を離れて、遠く離れた地に勉強にきているのか。

 それは、前世代の王子・王女があまりにも不出来であったからだ。

 

 次世代である彼女らもまた、前世代の王子(ギュエス)・王女(ギレーヌ)の如く頭が悪かった。

 ゆえに、族長(ギュスターヴ)はその事を憂い、

 二人に遠い地にて学業をおさめ、知識を得てくる事を命じたのである。

 権力の通じない場所であれば、あるいは分別を身につけて戻ってくるだろう、と。

 

 が、さて。

 1つ誤算があった。

 二人は『獣族の族長の孫という立場が効かないであろう』という理由で、魔法大学に送り込まれた。

 

 獣族ということで、むしろ迫害を受ける事を覚悟していた二人。

 その二人を待っていたのは、

 自分たちを腫れ物扱いする教師や、

 媚びへつらう他の生徒であった。

 

 そう、効いてしまったのだ。

 ドルディア族という立場が、権力が。

 

 

 二人は調子に乗った。

 入学当初はややビクビクしていた彼女らだったが、

 ドルディア族に伝わる声の魔術と、高い敏捷性、筋力、種族特性による喧嘩の強さ。

 これに授業で習った詠唱魔術を組み合わせることで、上級生を難なく打ち倒せる事に気づいたあたりから、段々とガラが悪くなりはじめる。

 ボイコット、カツアゲ、タカリ、タムロ……。

 およそ不良生徒らしい事はだいたい行い、一年生にして群れのボスとなった。

 

 しかし、その快進撃は、すぐに終わった。

 

 二年にあがると同時に、アスラ王国からお姫様がやってきたのだ。

 アリエル・アネモイ・アスラ。

 アスラ王国第二王女。

 つい最近まで派閥まで作って勢力争いをやっていた人物。

 それが、護衛を二人もつれて、我が物顔でリニア・プルセナの縄張りへと入ってきたのだ。

 そして、気に食わない事に、今までリニアやプルセナに尻尾を振っていた教師連中は、アリエルたちに尻尾を振り始めた。

 

 それでも、半年は我慢した。

 気に食わない、気に食わないと思いつつも、なんでかしらんが我慢した。

 だが、すぐに我慢は限界に達した。

 アリエルは極めて優秀で、一年生にして生徒会に所属したのだ。

 優等生として褒められるアリエルと、不良のレッテルを張られた自分たち。

 リニアとプルセナには、まるでそれが当てつけのように感じられた。

 不良のレッテルを張られたのは自業自得なので、完全に逆恨みである。

 

 リニアとプルセナは、アスラ王女御一行にちょっかいをかけ始めた。

 歩いている所、目の前の地面に唾を吐くという地味な嫌がらせから始まり、

 わざと肩をぶつけたり、水を引っ掛けたり、

 下着を盗んで男子寮の前に捨てるなどとエスカレートしていき、

 最終的には不良生徒を集めての襲撃事件にまで発展した。

 

 そして、フィッツ先輩にボコボコにされた。

 二十名近い襲撃者はフィッツ先輩ただ一人によって撃破されたのだ。

 二人もフィッツ先輩によって容赦なく打ちのめされた。

 

 そして、事件が明るみに出た事で、

 教師陣の間でも話し合いが行われた。

 二十名近い襲撃者は軒並み退学となった。

 

 しかし、リニア・プルセナの二人は退学にはならなかった。

 さすがにドルディア族の令嬢を退学にするのはまずいという判断であろう。

 

 不良生徒は少なくなり、リニア・プルセナの株は暴落。

 アスラ王女一行は生徒から英雄視されるようになった。

 ちなみに彼女らも一応は特別生という位置づけであるが、アスラ王女たっての願いにより、一般生徒と同等の扱いを受けている。

 

 もちろん、リニアとプルセナは面白くない。

 面白くないが、戦力差は歴然としており、すでに手駒もない。

 

 せいぜい、去年入学してきた特別生のザノバやクリフが暴れていたので、鬱憤晴らしに因縁を付けて倒してみた程度だ。

 ザノバを使って王女らの情報を集めてはいるものの、復讐をするつもりもない。

 最近では多少素行の悪さを見せつつも、授業を真面目に受けている。

 更生した、と言えるだろう。

 

 新入生たる俺にとっては、フィッツ先輩スゲェとなるだけのエピソード。

 終わった事件。

 

 そのはずだった。

 

 

 

--- ザノバ視点 ---

 

 

 ザノバ・シーローンである。

 

 事件の始まりはそう、ある日の夜だ。

 

 師匠はジュリに、ひたすら土魔術を教えていた。

 

 師匠が「実験です」と言って行った修行方法は奇異なものであった。

 一日のはじめに一度だけ詠唱で魔術を行使させ、

 以後は一切の詠唱を教えずにひたすら無詠唱で土弾を作らせるのだ。

 最初に見た時、そんな事で無詠唱魔術が使えるわけがないと、余は思ったものだ。

 

 しかし、一ヶ月。

 そう、一ヶ月で、ジュリは土弾の生成に成功してみせた。

 無詠唱でだ。

 驚くべきことだ。

 

 師匠曰く、ジュリの魔術はまだまだ望むものには程遠いという。

 確かにジュリも無詠唱による土弾の生成は数度に一度しか成功しない。

 魔力切れも速い。

 丸一日、一度も成功しない事も多い。

 しかし、才能のない余に比べれば……。

 よそう、余は別の方面から力を加えればよいのだ。

 

 それにしても。

 このような幼子であっても無詠唱で魔術を使うことが出来るとは。

 師匠は「フィッツ先輩のアドバイスのお陰ですね」と言っていたが、何をいわんや。

 教えたのは師匠だ。

 ここは、流石師匠というべきであろう。

 

 師匠に弟子入りした余の目は間違っていなかった。

 

 師匠はそれと平行し、ジュリに人間語も教えている。

 驚いた事に、彼女は片言でなら人間語を理解できていた。

 思えば、親と一緒に中央大陸で何年か暮らしているのだから、当然なのだろう。

 そのせいか、教えるのは結構簡単そうに思えた。

 あの商人めが嘘をついていたのだ。

 いや、嘘をつく理由もないので、単にジュリが喋らなかっただけかもしれないが。

 

 余にとってもジュリはいい買い物であった。

 ジュリはよく気がつく子である。

 アレを取れと言えばアレを取り。

 コレを持っていけと言えば、コレを持っていく。

 余の意を汲むのが上手いのである。

 まるでジンジャーのようであるな。

 

 本来なら奴隷には購入した者は逃げられぬよう焼印あるいは特殊な魔術印などを施すのが普通である。

 だが、師匠はそうしたものは好まぬようだ。

 購入した時もそうした処理は施さなかった。

 奴隷ではなく、あくまで弟子として扱うという事であろう。

 ならばこそ、余もジュリを弟弟子として扱うと決めている。

 奴隷ではなく弟弟子、そう考えれば、不思議と可愛く見えてくるから不思議なものであるな。

 

 

 さて。

 あの日の事件は、授業の後に起こった。

 

 師匠の授業が終わった後、余はジュリに人形の素晴らしさについて語る。

 重要な時間である。

 情熱無くして大業は成せぬ。

 師匠の壮大なる計画の骨子となるジュリは、人形の素晴らしさを理解せねばならぬ。

 

 あの日はそう。

 今日は、『ルイジェルド人形』を例に、師匠の人形造形の素晴らしさについて語ろう。

 そう思い、余は鍵付きの保管箱の中から、人形を取り出した。

 

 師匠は帰り支度をしながらそれを見ていたが、ふと口を開いた。

 

「そういえば、ロキシー人形の方はどうしたんですか?」

 

 冷や汗が流れるとは、まさにこの事であった。

 今までずっと、聞かれまい、聞かれまいと思っていたことを聞かれてしまった。

 余は、思わず、シーローン王国に置いてきた、と言いそうになってしまった。

 だが、ぐっと唇を噛み、耐えた。

 余は嘘はつかない。

 師匠に対しては、決して、嘘をつかない。

 

「実は……あるには、あるのですが……」

 

 口が上手く動かない。

 手が震える。

 この事実を知れば、師匠は余を破門するかもしれない。

 そう思うと、身体が鉛のように重くなる。

 

「あるんですか? 久しぶりに見たいので、出してもらってもいいですか?」

 

 師匠のわくわくしたような声。

 胸が痛い。

 

 やっとの思いで、ベッドの下から鍵付きの箱の一つを取り出す。

 震える手で鍵を開け、中身を取り出す。

 

 それをみた瞬間。

 師匠の目が座った。

 

「おい、なんだこれは……」

 

 師匠の声が震えている。

 平坦で、抑揚のないのに、声が震えていた。

 余は泣きそうだった。

 こんなに怖いことはなかった。

 

 師匠の一大傑作。

 『1/10ロキシー人形』は、

 ……無残にも五体バラバラにされていたのだから。

 

 首は取れ、服をきせるためのパーツは砕け、

 腕は肘から砕けて、足もあらん方向に曲がっている。

 無残な死体だ。

 杖だけは頑丈で、折れていなかったが。

 

「どういうことだザノバ、お前、俺が、おい、どうなってんだこりゃ、えぇ……?」

 

 あの師匠が怒っていた。

 普段は平坦な口調で、淡々と敬語を喋る師匠。

 その呂律がまわっていない。

 

「俺がどれだけ先生に感謝し、尊敬してるか、お前に言ってなかったっけか?

 この像を作るときに、どれだけ先生への想いを込めてたのか、

 お前、知ってたんじゃなかったっけか?」

 

 師匠が本気で怒っているのがありありと分かった。

 リニアとプルセナに馬鹿にされてもへりくだるだけで、

 クリフにつっかかられてもションボリするだけで、

 ルークに馬鹿にされても困った顔をするだけだった師匠が。

 

 殺気を放っていた。

 ジュリが怖がって余の後ろに隠れる。

 余だって隠れたい。

 

「お前、もしかして、ロキシーの事、馬鹿にしてるの?

 ねえ、お前、もしかして、俺の敵なの?」

「ちちち、違います!」

 

 余は慌てて首を振った。

 師匠より、ロキシーの事は常々聞いている。

 素晴らしい人物だと、尊敬すべき人物だと、師匠は常々言っている。

 そこには憧憬だけではない、狂信的な何かを感じ取れたものだ。

 そう、ミリス神殿騎士団から感じるのと、同じものだ。

 

 正直、余はロキシーなどどうでもいい。

 だが、ここでそれを正直に言えば、師匠は魔術を使うだろう。

 師匠が本気で使う魔術……余は消し炭すら残るまい。

 怪力の神子などと言われているが、この体は魔術にはそれほど強くないのだ。

 

「違います! これはリニア、プルセナと決闘した時に賭けた、余の最も大切なもの!

 決闘に敗北した時に無残に壊され、踏みにじられはしたものの、

 決して、決してロキシー殿を馬鹿にするような事はありません」

「決闘だぁ?」

 

 余は弁明を続けた。

 ひたすらに真実を話した。

 一年生の時、リニア・プルセナに決闘を挑まれた事。

 その際に、お互いの大切なものを賭けた事。

 自分は「1/10ロキシー人形」を持ちだした事。

 神子たる余はシーローンにおいては負けたことがない。

 ゆえに勝利を疑わなかった。

 「1/10ロキシー人形」が掛かっているのだ。

 例え上級魔術を使われても、耐えて鉄拳を振るう覚悟があった。

 だが、奴らは唐突に変な術を使った。

 それにより、余の自由を奪われた。

 そして、なぶりモノにした。

 余は為す術もなく敗北し、泣く泣く人形を手放すこととなった。

 仕方がない。負けたのだから。

 あの素晴らしいものを奪われるのは仕方がない。

 誰だって欲しいにきまっている。

 そう考えれば、諦めもついた。

 だが、事もあろうか、物の価値のわからんあの雌どもは。

 「なんなのこれ」「きっもちわるいニャ」などといって人形を落とし、足蹴にして踏みつぶし、バラバラにして蹴り散らかしたのだ。

 と。

 

 師匠の殺気が収まっていた。

 

「そっか、お前も悔しかったんだな」

 

 ポンと肩を叩かれた。

 わかってもらえた。

 そう思って顔を上げて、余は情けなくも「ヒッ」と声を上げた。

 

「そういう事があったんなら、最初から言ってくれよ。

 もし知ってたら、あんなヘラヘラ笑ったりはしなかったんだ」

 

 優しい言葉を発するその顔は、透き通ってみえた。

 口調がいつもと違う。

 怒りを通り越して、師匠はどうにかなってしまったのだ。

 師匠は人形に対して、あまり多くを語らない。

 あるいは、それほど人形を愛していないのかもしれないと、最近はそう思っていた。

 だが違った。

 師匠の内に秘めた心は、誰よりも熱いのだ。

 

「彼女らに思い知らせてやりましょう」

 

 今晩、二人は死ぬ。

 余はそう確信した。

 恐怖で震えそうになった。

 

 だが数秒後、その震えは歓喜の震えに変わった。

 余は力強い味方を得る事で、人形の仇を討てると思い至ったのだ。

 

「はい、師匠!」

 

 

 

--- ルーデウス視点 ---

 

 

 まったく許せん話だ。

 人の作ったものを奪った上でわざわざ踏み潰して壊すとは。

 とんでもない暴挙だ。

 パソコンをバットで破壊するも同様の所業だ。

 人のものを簡単に壊すなんてのは!

 ああ、くそ。

 呆れた奴だ許しておけぬ。

 

 何よりも許せないのはロキシーを足蹴にした事だ。

 例え人形とはいえ、ロキシーを足蹴にした事だ。

 

 俺はかつて、踏み絵というものを馬鹿にしていた。

 あんなもので隠れキリ○タンを判別できるわけがないと思っていた。

 だが、今はわかる。

 キリ○タンの気持ちが。

 目の前で信じるものを踏みにじられる者の屈辱が。

 島原の乱の真実が。

 カノッサの屈辱が。

 無理をおしてまで進められた十字軍の遠征が。

 

 思い知らせねばならぬ。

 

 あの愚かな二匹の雌がどんなことをしでかしたのかを。

 

 思い知らさねばならぬ。

 

 好き放題に生きれば報いがあるということを。

 

「よいですか、ザノバさん」

「は、はい」

「連中は生け捕りにします。殺しはしません。神に逆らった罰を与えなければなりませんからね」

「罰ですか、なるほど」

「さしあたっては、一人ずつ捕縛できればと思っています」

「しかし、奴らは常に二人で動いています」

 

 ツーマンセル。

 群れる動物は実に賢い。

 

「そうですね。畜生とは思えないぐらい賢い事です。そして二対一とはいえ、神子であるザノバさんを完封した戦闘力……なかなか厳しい戦いになりそうですね」

「いえ、師匠であれば余裕かと思いますが」

「過大評価はおよしなさい。勝利とは、常に謙虚なるものの手に渡るものですよ」

 

 俺は自身を冷静に保つ。

 冷静に。

 クールに。

 冒険者時代には、クールであることが生死を分けた。

 常に、クールに、冷静にだ、畜生共をぶっ殺してやる。

 

「作戦を伝えます」

「ハッ!」

「奴らの戦闘力は未知数ですが、戦い方はすでに掴んでいます。

 片方が高速で移動しつつ魔術等で撹乱し、もう片方がその間に声の魔術にて敵を無力化する。

 シンプルですが、同等の身体能力を備えた二人。

 後衛を攻撃されても、すぐに役割を入れ替える事が可能です」

 

 攻撃されている方が回避に専念し、

 もう片方がひたすらに麻痺の術を使う。

 フィッツ先輩は、この連携をどう打ち破ったのだろうか。

 聞いておけばよかったな。

 まあ、それはいいだろう。

 

「ですが、今回は二対二です。

 地力の勝負となれば、ザノバ君、神子たる君が彼らに遅れを取るとは思えない」

「……いえ、二対二でなくとも、師匠であれば一人でも十分だと思いますが」

「ザノバ。君は私を師匠と慕ってくれる。それは嬉しい。

 ですが、私は白兵戦においては、二歳年上の幼馴染に、いつもボコボコにされてきました。

 あれから自分でも少しは鍛えたつもりですが、ぶっちゃけ全然自信ありません」

「えっ!? 師匠をボコボコに出来る人がいるのですか!?」

「いますとも、少なくとも私は三人知っています」

 

 エリスと、ルイジェルドと、オルステッドだ。

 知っているだけで三人もいるのだ、きっと探せばもっといるだろう。

 そして、リニアとプルセナがそうじゃないとは限らない。

 

 エリスに対しては魔眼と魔術を使えば勝てる。

 だが、実際に本気でやりあったことはない。

 リニア・プルセナはエリスと同じくらいの歳だ。

 それぐらいの強さを持っていると見た方がいいだろう。

 

「師匠はご謙遜が過ぎます」

「ザノバ君。勝利は確実なものでなければなりません。

 もう二度と、ロキシー先生が踏みにじられるようなことがあってはならないのです。

 本当はフィッツ先輩やエリナリーゼにも手伝ってもらいたい所です。

 生憎と二人とも忙しいようなので、今回は我々だけでやりますがね」

 

 エリナリーゼは私的な喧嘩はあまり参加してくれない。

 あいつもロキシーに世話になった身だろうに。

 人形ぐらいいいじゃないですの、ロキシー本人がやられたわけじゃあるまいし、ときた。

 薄情な奴だ。

 

「ハッ、ではすぐに決闘のための手紙を送りつけましょう。

 我が祖国では古来より、手紙にナイフと一輪の花を添えるのが作法となっています。

 ドルディア族の中では腐った果実を相手の頭部に叩きつけるのがそれに当たるそうです。

 もっとも、そんな作法は聞いたことがないので、嘘かもしれませんが、

 余の時はそれが合図であったと聞きました。

 師匠はいかがいたしますか?」

「奇襲を掛けます」

「え? それは卑怯なのでは……?」

 

 ふん、卑怯で結構だ。

 これは決闘ではない。

 これは聖戦だ。

 聖戦だから卑怯でもいいのだ。

 宗教の名の元なら何をやってもいいのだ。

 勝てばよかろう、なのだァー。

 

 

---

 

 

 けど、奇襲は諦めた。

 ドルディア族の鼻をごまかす方法が思いつかなかったからだ。

 

 結局、単に彼女らを待ちぶせする形になった。

 真正面から、正々堂々だ。

 

 本校舎からやや離れた位置にある別棟。

 そこから寮へのルートを探り、やや人気のない場所を陣取る。

 林に隣接している、やや見通しの悪い広場だ。

 

 そこで、堂々と仁王立ちになって待つ。

 時刻は夕暮れ。

 人通りは少ない。

 決闘とはやはり夕方に行われるべきだとかいう、そういうポリシーはない。

 彼女らの授業が終わり、校舎から出てくるのがこの時間だからだ。

 一日の終わり頃なら、彼女らの魔力も減っている、という目論見もあった。

 

 それにしても遅い。

 奴らは不良の風上にも置けない事に、ちゃんと最後まで授業を受けているのだ。

 午後はフケて屋上にでもたむろしてりゃいいのに。

 

 俺が腕を組み、ザノバを従えて仁王立ちで待ち構えている。

 夕暮れが過ぎ、辺りが暗くなり始め、人影が完全に途絶えた頃。

 奴らが現れた。

 

「ニャんだ?」

「なんなの?」

 

 仁王立ちする俺たちを見て。

 リニアの方が訝しげに俺を睨んできた。

 

「おい、お前ら、そんなところに突っ立ってると邪魔ニャ。

 道を開けるニャ」

 

 リニアが言うが、俺達はどかない。

 プルセナがくんくんと臭いをかぐ。

 プルセナはペロリと口の端を舐め、ニヤリと笑った。

 

「リニア、あいつらやる気みたいなの」

 

 リニアはそれを聞いて、俺の後ろに立つザノバをまじまじと見つめた。

 そして、ため息一つ。

 

「ザノバ、お前、恥ずかしくニャいのか?

 いつぞやの仕返しをするのに、一年坊主を連れてくるニャんてニャあ……」

「ふん」

 

 鼻息1つでそっぽを向いたザノバ。

 リニアは額に青筋を浮かべた。

 

「むか、気に食わニャい態度だ。もう片方の人形もバラバラにされてーみたいだニャ」

「むぅ……師匠、ここは余が」

 

 ザノバはムッとした顔をして前に出ようとするが、俺はそれを掴んで止めた。

 腹立たしいのは俺も同じだ。

 もう片方の人形とはルイジェルド人形の事だろう。

 俺の恩人にして友人の像をも壊そうというのだ。

 

「いいじゃないですか。何も恥ずかしい事はありません。

 いつも二人でつるんでる彼女らの方がよっぽど恥ずかしい。

 なにせ、群れないと何も出来ないと喧伝しているのですから」

「ニャんだと……」

 

 リニアとプルセナが中空に「!?」と出そうな顔で凄んでくる。

 しかしながら、やはりあまり恐ろしくない。

 俺はもっと恐ろしい殺気を放つ人物を知っている。

 その人物は、あんなことを言われれば口など開かず襲い掛かってくる。

 殴って、引きずり倒して、上に乗って拳を振り上げながら啖呵を吐く。

 こいつらは温い。

 

「てめぇ、新入り、あんま調子こいてるんじゃニャーぞ。

 じーちゃんの知り合いみてーだから見逃してやってたが、

 あんまりでかい口叩くとぶっ殺すぞ」

 

 なんだそれは。

 まるで、俺達が何の理由もなく喧嘩をふっかけているようではないか。

 

「ほれ、わかったら散るニャ。

 あちしらはもうヤンチャを卒業した優等生だから忙しいニャ。

 喧嘩は他所でやるニャ」

 

 リニアはそう言って、手をヒラヒラと動かした。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。

 そんな言葉がある。

 昔はこのニャーニャーいう言葉に大変興奮していたが、

 こちらが割りとマジで怒っている現状、

 馬鹿にされている気しかしない。

 

「ニャーニャーうるさいんだよ。

 獣族はみんなそんなヘタクソな人間語しか喋れないのか?

 俺の知り合いの獣族はきちんと喋ってたぞ。

 赤ん坊じゃないんだからきちんと発音してみろよ!?」

「ニャ!?」

 

 !?

 リニアの口がカッと開いた。瞳孔がスッとすぼまった。

 フーッと怒りの息を吐き、尻尾がピンと立った。

 

「てめぇ……裸に剥いて水ぶっかけてやるニャ!」

 

 それはもうやられた事ある。

 脅しとしては二流だな。

 てか、こうして聞くとずいぶんと間抜けに聞こえるぜ。

 

「もう、リニアはすぐにキレる……ファックなの」

 

 プルセナはそうつぶやきつつ、牙をむき出しにしながら、口元に手を当てた。

 ギュエスにやられた時の事がよぎった。

 声の魔術だ。

 

「フカァー!」

 

 プルセナの動作が呼び水になったかのように。

 リニアが地面を蹴った。

 バンと音がして、リニアの身体が横っ飛びに消える。

<リニアは三歩ほど真横に移動してから、急転して襲い掛かってくる>

 そこそこ早い。

 だが、俺もすでに予見眼を開眼している。

 見えないほどじゃない。

 

「ザノバ! プルセナだ!」

 

 俺はリニアを目で追いつつ、ザノバに指示を出す。

 

 言いながら、プルセナに対して腕を突き出す。

 声の魔術は魔眼では判別しにくい。先に止めておいた方がいい。

 だが声の魔術の魔力の流れはわかっていない。

 ゆえに乱魔が通用するかはわかっていない。

 なので、彼女の眼前に大量の砂煙を作り出す。

 

「……っ! ゲホッ! ゲホッ!」

 

 大きく息を吸い込んだプルセナは、土煙を吸い込み、大きく咳き込む。

 

「シャー!」

 

 同時にリニアが突っ込んでくる。

 見えている。

 遅く、拙く、力任せだ。

 恐らく、予見眼を使わずとも、余裕で見える。

 エリスの足元にも及ばない。

 エリスはもっと速く、鋭く、獣族より獣っぽく、したたかで、そして強かった。

 

 カウンターを合わせる。

 掌底がコツンと顎先を撃ちぬく。

 それだけで、リニアはガクンと足をもつれさせた。

 俺はさらに追い打ちをかける。

 こめかみを殴りつけて地面にたたきつける。

 胸を踏みつける。

 見下ろしながら、岩砲弾を見舞う。

 パガンと快音が響き渡る。

 

「ギニャン!?」

 

 リニアはあっさりと意識を手放した。

 俺は潰れたカエルみたいな格好になっているリニアから足をどける。

 戦いの衝撃でスカートがめくれ上がっている。

 ふん、今日は白か。

 

 プルセナとザノバの方へと眼を向ける。

 作戦通り、ザノバは声の魔術を使う方、後衛へと向かっている。

 プルセナは四つん這いになって、犬のようにザノバから距離を取ろうとしていた。

 ザノバは追いつけない。

 四足になったプルセナは速い。

 てか、ザノバの足もおせえ。投げキャラかよあいつ。

 あるのは腕力だけか。走りこみが足りんな。

 

 俺はプルセナの眼前に泥沼を発生させた。

 彼女は唐突にぬかるんだ地面に足を取られ、顔面から泥の中に突っ込んだ。

 

「わふっ!?」

 

 それと同時に、俺はさらに土魔術を使い、泥を硬化させていく。

 

「なに!? なんなの!?」

 

 慌てつつも、硬化した土から身体を引き抜こうとするプルセナ。

 俺は左手で岩砲弾を放った。

 

「ギャン!?」

 

 パガンといい音を立てて、プルセナは昏倒した。

 

 

 終わった。

 

「ふぅ……よし、こい!」

 

 合図を送ると、近くの茂みに隠れていたジュリが、大きな麻袋を持って小走りにやってくる。

 彼女はザノバと協力し、手早く二人を袋詰めにする。

 

 それにしても、わりとあっけなかったな。

 こんなものなのだろうか。

 

 エリスだったら、わざわざ横から攻めようなんて考えないだろう。

 彼女の拳は常に最短を走る。

 また、最初のカウンターは決して貰わないだろう。

 仮にもらったとしても、ポイントは外して、脳震盪は避けたはずだ。

 そうすれば、こめかみに攻撃を食らって、地面に倒される事もなかったはずだ。

 よしんば倒されたとしても、すぐに組み付いて攻撃を仕掛けたはずだ。

 胸に足を乗せられるなんて事もないな。

 そんな事をした瞬間、膝か足首を掴まれて、砕かれていたかもしれない。

 砕かれても岩砲弾は止まらんが。

 

 プルセナの方もそうだ。

 エリスだったら、目の前の足元が沼になった所で、足を取られはしない。

 きちんとバランスを取るか、寸前で立ち止まって沼から抜け出ただろう。

 

 もちろん、エリスだって最初から出来たわけじゃない。

 俺との対戦経験を積むことで、対処してきた。

 だが、パウロは似たようなことをしても、きちんと初見で対処してきた。 

 実戦経験豊富な上級の剣士なら、泥沼ぐらい回避出来るのだ。

 

 それに今日び、魔物だって泥沼に足を取られたりはしない。

 はぐれ竜だって……。

 あれ。はぐれ竜って泥沼にハマってたよな。

 

 ……あれ。

 

 もしかして、パウロとかエリスって相当強いのか?

 そりゃ才能はあるとは聞いていたけど……。

 

「さすが師匠です、余の出番はありませんでしたな」

 

 麻袋を担いだザノバが戻ってきた。

 俺は思考を打ち切り、彼に向き直る。

 

「いえ、自分でも驚いています」

「ご謙遜を、ささ、部屋に戻りましょう」

「ああ」

 

 俺たちは、暗くなった道を行く。

 誰にも見つからないように気をつけつつ。

 

「ジュリ、足元に気をつけてくださいよ」

「だ、だい、じょぶ」

 

 心なしか、俺を見るジュリの眼に怯えが混じっているような気がした。

副題を

 

「ルーデウスvsリニア&プルセナ」

「ろくでなしブルーデウス」

「二匹のペットがうちにくる!? ペット騒動で大波乱!」

 

のどれかにしようかと思ったけどやめた。

無職転生 - 異世界行ったら本気だす -
第七十二話「獣族令嬢拉致監禁事件 前編」
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第81話