自室に戻ってきて、しばしの時間が流れた。

 

 制服姿の猫耳と犬耳。

 後ろ手は土魔術による手錠で拘束され、猿轡がはめられている。

 俺とザノバは椅子に座り、彼女らが目を覚ますのを待った。

 寝ている相手になにもしないのかって?

 馬鹿言っちゃいけない。

 俺は紳士だからな。

 

「むぐっ!?」

「んうー! んうー!」

 

 二人はすぐに目を覚ました。

 自分の置かれている状況を見て、うーうーと唸る。

 

「おはようございます」

 

 俺は静かに挨拶をしつつ立ち上がり、二人を見下ろした。

 

 二人は身をよじりつつ、俺に視線を向ける。

 やや不安の混じった目で、しかし睨み付けるような視線だ。

 

「んぅー!」

 

 抗議のうめき声。

 状況を理解していないらしい。

 

「さて……何から話しましょうか」

 

 俺は顎に手をやりつつ、二人を見る。

 二人は身をよじった事でスカートがめくれ、みずみずしいふとももが露わになっている。

 実に淫靡な光景だ。

 

「ふむ」

「んぅ!?」

 

 プルセナはすぐに視線に気づいた。

 そして鼻をくんくんと動かし、不安げな表情になった。

 俺が何をみてどう思っているのか、その鼻で理解したようだ。

 対するリニアは理解してないらしく、俺を睨んでフーフー言っている。

 

 どうやら、プルセナの方が鼻はいいらしい。

 実際、病に犯された身である俺からは、その臭いもほとんどしてないはずだが……。

 

「ふむ」

 

 そこで、ふと俺はあることを思いついた。

 この獣耳女子高生が拘束され、服装も乱れ、身動き出来ない状況。

 大変刺激的だ。

 

 もしかすると、こういう方向でなら、治るのではないだろうか。

 

 アスラ貴族はみんな倒錯した性癖を持っていると聞く。

 DTを喪失した事で、あるいは俺もそうした方向に目覚めてしまった可能性がある。

 生前ではこうしたものも嫌いではなかった。

 大好物というほどではなかったが。

 

「ふむ」

 

 思い立ったら即実行。

 両手をワキワキさせながらプルセナに迫り、その大きな山脈にタッチ。

 彼女はギュっと目をつぶった。

 なんて表情だ。

 まるで俺がすごく酷いことをしているみたいじゃないか。

 世の中には男の胸板を遠慮なく触ってくる女もいるんだぞ。

 

 それにしても、とてもいい感触だ。

 彼女のは大きいからな。

 が、興奮は薄い。

 帰ってくるはずの息子の歓喜の産声は聞こえない。

 手を離せば、興奮は一瞬にして引いていき、行き場のない寂寥感だけが残った。

 

 ……やはりダメか。

 

 手を離すと、プルセナは一瞬きょとんとした。

 鼻をくんくんと動かし、すぐにほっとした顔になり、そしてちょっと複雑そうな表情を浮かべた。

 

「師匠? そのような方向で罰を与えるのですか?」

「いえ、ちょっとした実験です」

 

 ザノバの問いに、俺は静かに答え、リニアを見る。

 

 目があった途端、怒りの視線を向けてくるリニア。

 一応彼女の方にも触れてみる。

 プルセナよりは小さいが、彼女も立派なものをお持ちだ。

 ドルディア族ってのは、平均してでかいのが多い。

 

 しかし、やはり俺のトムキャットは喜ばない。

 変化があったとすれば、リニアの目線に屈辱と怒りの要素が増したぐらいか。

 拘束趣味を持つ者は、こうした視線をさらに絶望にゆがませることが至高と言われる。

 生前の俺もそのことは理解していた。

 だが、どうやらモニターの中と現実では少々違うようだな。

 

 何ら得られるものはない。

 実験は終了だ。

 

「さて、あなた方、どうしてこうなっているのか分かりますか?」

 

 まず、そう尋ねた。

 二人は目線で合図しあい、互いに首を振った。

 リニアはうるさそうなので、プルセナの方の猿轡を外してやる。

 彼女は少し考えた後、ぽつりと言った。

 

「……あなたには何もしてないはずなの」

「ほう、何もしていない!」

 

 俺は彼女が言った言葉をわざとらしく復唱し、パチンと指を鳴らした。

 ザノバがおそるおそるといった感じで、箱を持ってくる。

 そして、中を開けると、そこには無残になったロキシー人形があった。

 

「これをやったのは、あなた方ですね?」

「……っ、その気持ち悪い人形がなんなの?」

「気持ち悪い!」

 

 俺は再度、プルセナの言葉を復唱した。

 ロキシーを気持ち悪いと申すか!

 俺が丹精こめて作り、いい出来だからとつい売ってしまったロキシーを!

 気持ち、悪い!

 いや、落ち着け。

 クールだぜ。

 

「これは、我が神をかたどった人形です」

「か、神?」

「そうです、僕は彼女に助けられたことで世界を知ることができました」

 

 俺は、言いながら、部屋の隅に移動する。

 そこには神棚があった。

 この部屋にきてすぐに設置した神棚だ。

 観音開きの小さな扉を開け、その中身を見せる。

 

「むー!」

「な、なんなの……」

「し、師匠、これは……」

「……」

 

 御神体が鎮座ましましているその神々しさに、二人は心をうたれたらしい。

 ザノバですらたじろぎ、ジュリはザノバの服の裾を掴んで泣きそうになっていた。

 

「あの像は、我が神です。

 あなた方はそれを足蹴にし、踏みにじり、バラバラにしたのです」

 

 リニアとプルセナは目を見開いて、

 俺の顔と神棚を見比べた。

 そして、ゆっくりとザノバと、泣きそうになっているジュリを見て。

 俺の所に視線が戻ってくる。

 その一連の動作で顔色が青くなった。

 顔面ブルーレイってやつだな。

 

 どうやら、理解したらしい。

 自分たちが何をしでかしたのかを。

 

「さて、申し開きはありますか?」

 

 俺の問いにプルセナは、数秒考えた。

 そして、言った。

 

「ち、違うの、踏んだのはリニアなの、私はやめようって言ったの」

「むー!?」

 

 謝罪よりまず言い訳とは。

 ふん、よろしい。

 面白そうなのでリニアの猿轡をはずしてやろう。

 

 猿轡をはずすと、二人がキーキーと甲高い声で喚きだした。

 

「気持ち悪いから、いらニャいって言ったのはプルセナニャ!」

「でも踏んだのはリニアなの」

「あ、足が滑ったのニャ。それに、プルセナだって最後に蹴っ飛ばしてばらばらにしたニャ。

 夜中遅くになるまで欠片を探してるザノバを見て、クスクス笑ってたニャ!」

 

 小さな破片を夜中になるまで探していた、だと……。

 小指の先ほどの足首のパーツもあったというのに。

 ザノバ君、君ってやつは……。

 

 今、俺のザノバへの好感度が3ぐらい増えた。

 ルーデウスルート一直線だな、やったぜザノバ!

 と、それはさておき。

 

「シャラップ! 二人とも同罪です」

 

 まずはその見苦しいなすりつけ合いを黙らせる。

 そして、

 

「罪には、罰を与えねばなりません」

 

 俺は断罪を宣言する。

 

「とはいえ、僕の宗派はまだ出来たばかりで、こうした場合の罰については決まっていません。

 あなた方の村では、こうした場合はどんな罰が下るのですか?」

「あ、あちしらに変なことしたら、父ちゃんと爺ちゃんが黙っていないニャ。

 大森林でも一、二を争う戦士ニャんだから!

 あ……」

 

 リニアは思い出したようだ。

 俺がギュエス、ギュスターヴと知り合いだという事を。

 そして俺も思い出した。

 大森林での『罰』の事を。

 

「ギュエスさんですか? ああ、思い出しました。

 彼には冤罪を掛けられましてね、聖獣様に不埒な真似を働いたということで、

 裸に剥かれて冷水を浴びせられ、一週間も牢屋の中に入れられたのです。

 なるほど、ではあなた方もそうしてやりましょうか?」

 

 ちなみに、俺はそのことについては全然恨んでたりはしていない。

 だが、彼女らはそうとは受け取らなかった。

 二人して絶句して、真っ青な顔になった。

 やはり、この一族にとって、あの行為は凄まじい拷問に値するらしい。

 

「い、いや、なんでもやるからそれだけはやめてくださいニャ」

「リニアの体をどうしてもいいの、だから私だけは助けるの!」

「そうニャ、あちしはどうなってもい……うえぇ!?」

 

 二人して懇願しつつも漫才をしてくる。

 反省の色が足りんな。

 特に犬っころの方は。

 

「あなた方ドルディア族は、信望する聖獣様のこととなると、酷いものでしたよ?

 何かあるたびに僕を疑って、冤罪をなすりつけようとしてくるのです。

 対するあなた達の罪は冤罪でもなんでもない」

「お願いします、許してなの……大事な人形だって知らなかったの……!」

「ええ、そうでしょうね」

「もう二度としないの……」

 

 なにが二度とだ。

 二度もあってたまるものか。

 いいか、壊れた物ってのは二度と戻ってこないんだぞ。

 目の前で大切なものを壊される奴の気持ちがこいつらにわかってたまるものか。

 俺は今でもあの瞬間の事を思い出せるぞ。

 弟にバットでパソコンを破壊されたときのことをな。

 今さらあの時のことを蒸し返すつもりはないが。

 あの時の絶望感と感情だけは、今だって思い出せる。

 唯一の心のよりどころを木っ端微塵にされた時の感情はな!

 

「謝るニャ、腹を見せてもいいニャ……」

「そうなの、私も恥ずかしいけど我慢するの」

 

 腹を見せる?

 ああ、ギュエスがやってた獣族式の土下座か。

 あんな誠意の足りない土下座を見ても、俺の気持ちは治まらん。

 

「許して欲しいんだったらこの人形くっつけて元通りにしてくれよ!」

 

 ロ・キ・シー、ロ・キ・シー!

 

「そうだ、師匠でも修復できないのだぞ!」

 

 ザノバも二人を糾弾する。

 

 しかしなザノバよ、別に修復できんわけではないぞ。

 パーツも揃ってるし、一番大変な杖の部分は無傷だ。

 当時よりも俺のフィギュア製作の腕は上がっている。

 つなぎ目もなく、綺麗に……。

 

 うん?

 

 そうだ。

 直せる。

 直せるんだよな。

 二度と戻ってこない、というわけではないんだよな。

 

 そう考えると、スッと怒りが治まってきた。

 

 謝罪ももらった。

 二人も反省している。

 許してもいいような気がしてきた。

 ていうか、この状況って普通に犯罪だよな。

 むしろ明るみに出ると、俺の方がヤバイんじゃないだろうか。

 例えば、もしこの光景を、槍を持ったスキンヘッドの男に目撃されたら……。

 

 いや!

 違う、問題はそこじゃない!

 こいつらが他人の大切にしている物を平気で壊したことが問題なのだ!

 けど、ここで優しい顔をすれば、こいつらはきっとまた繰り返す!

 その身に刻んで反省させねば!

 ロキシー教徒の名に掛けて!

 

 とはいえ、ちょっと頭が冷めたので、スカッとする外道な罰が思い浮かばない。

 

「ザノバ、何か案はありますか?」

「人形と同じ目に合わせてやりましょう」

 

 ザノバの目はとっても冷酷だった。

 こいつはまだ怒り心頭らしい。

 当然か、目の前で、だもんな。

 

 そうしようか、といったら、彼女らは現在のロキシー人形と同じにされるだろう。

 ザノバの手によって、ブチブチと生々しく。

 暴君スプラティヌスだろう。

 やる、この男はやる。

 首取り王子は健在だ。

 

「いいえ、ザノバ。殺すのはやりすぎでしょう。

 僕は殺人は好きじゃありません」

「では、奴隷商に売りましょう。

 ドルディア族の売買は禁止されていますが、

 確か、アスラには獣族が好きで好きでたまらない一族がいたはずです。

 彼女らはドルディア族の族長筋の娘……。

 それを奴隷とできるのであれば、条約を破ってでも買い取ってくれるはずです」

 

 ザノバは過激だった。

 とはいえ、奴隷もやりすぎだろう。

 獣族と戦争になってしまう。

 

「そのアスラの一族は、今ちょっと滅びる寸前なので難しいでしょう」

 

 ボレアス家、今どうなってんのかな。

 北方大地にいると、あまり情報が伝わってこない。

 ただ、かなりきつい状況らしいし、お家取り潰しも時間の問題なのかもしれない。

 

「いいですかザノバ、仮にも彼女らはお姫様。

 あまり問題にならないやり方にしておかないと、

 後になってこっちにも跳ね返ってきます」

「さすが師匠、頭に血が登っていても自らの保身を考えていらっしゃるとは」

「だまらっしゃい」

 

 うーん。

 どうしたものか。

 このまま釈放したのでは俺の気が晴れない。

 いっそ、ずっとこのままにして目の保養にするのもいいかもしれない。

 俺の趣味と合ってないとはいえ、彼女らも美少女に分類される。

 

 いやいや、そもそも拉致の時点で問題になるかもしれない。

 あまり長いこと置いておくわけにはいかない。

 

 彼女らも、まぁ反省しているようだし。

 人形も直せる。

 スパッと一つ、スカッとすることをして手打ちにしたいが……。

 うーむ。

 

 

---

 

 

「ということがあったんです」

 

 困ったらフィッツ先輩に相談する。

 最近の俺のパターンになってきている。

 フィッツ先輩は物知りだから、大体なんでも答えてくれるしな。

 

「ちょ、ちょっとまって、じゃあ今、二人はルーデウス君の部屋にいるってこと……?」

「いますね……安心してください。二人が本日授業を休む事は、きちんと連絡として届けて置きましたので」

「えっと、その、捕まえてって、その、ザノバ君と一緒に、女の子を監禁してる、ってこと?」

 

 そうなるか。

 獣耳美少女を監禁か。

 生前の「死ぬ前に一度はやってみたかった事リスト」に入ってたような気がする。

 もっとも、当時やりたかったのはその先であり、

 現在の俺にはその先を行う力はない。

 

「ルーデウス君は、その、えっと、二人を監禁して、その……?」

 

 フィッツ先輩の顔は真っ赤で、俺を見る眼がちょっと得体の知れないものを見る目だった。

 いかん、少し誤解させてしまったようだ。

 

「いや、エロい事はしてませんよ」

「そ、そうなの?」

「せいぜい胸を揉んだ程度です」

「む、胸は触ったんだ……」

「ええ、少し確かめる事がありましたのでね」

「……? えっと、そういう意味じゃなくて触ったの?」

 

 そういう意味ってどういう意味だ。

 いや、つまりエロい事の目的で触ったのかどうかという事だ。

 広義で言えば、確かにそうとも取れる。

 だが、俺の視点で言えば、あくまであれは医療行為の一環、実験の一つである。

 

「そういう意味ではないですね」

 

 フィッツ先輩は、ややほっとした表情をしていた。

 

「そ、そっか。でも問題になるよ。彼女らはあれでもドルディア族の族長筋だし」

「安心してください。族長・戦士長ともに面識がありますので」

「え!? そうなの?」

「はい。彼らには学校での生活がたるんでいたので性根を叩きなおしてやった、とでも言えば納得するでしょう」

「ど、どうやって知り合ったの!? ドルディア族って排他的だから、族長なんて滅多に会えないんだよ」

 

 俺はフィッツ先輩に、大森林での事を語って聞かせた。

 自分で語ってみると、なかなか情けないエピソードだ。

 子供を助けようとして捕まり、そのまま釈放されてからは犬と遊んだりフィギュアを作ったりする毎日だもんな。

 

「はぁ、ルーデウス君はすごいね……」

 

 情けない話だったが、フィッツ先輩は感嘆の息をはいた。

 どこらへんに凄い要素があったんだろうか。

 

「聖獣に懐かれるなんて」

 

 そこか。

 そういえば、聖獣様はなんで俺のところにきてたんだろうか。

 ギースの仕業という事はわかったが……。

 まさか本当に俺のことが好きだったわけでもあるまい。

 

「犬畜生でも、誰が助けてくれたのかぐらいはわかるようですね」

「そんな言い方、獣族の前では絶対にしちゃダメだよ」

 

 当然だ。

 俺だって、目の前でロキシーを低俗な魔族とか馬鹿にされたら怒るからな。

 超えちゃいけないラインはわきまえているつもりだ。

 

「ともあれ、フィッツ先輩にはまた知恵を貸していただきたい。

 こちらの気が晴れ、かつ恨まれない程度で、

 しかし復讐されない程度にはわからせるようなオシオキ。

 何かありませんか?」

「難しい質問だね」

 

 フィッツ先輩は、それでもうーんと考えてくれた。

 むしろ、さっさと二人を解放しろとでも言うかと思ったが。

 

「ボクもね、数人掛かりで一人をやっつけて、あまつさえ持ち物を奪い、壊すような奴は許せないんだ」

 

 という事らしい。

 それについては全面的に同意だ。

 

 ちなみに、彼はザノバとは道ですれ違えば挨拶する程度の仲にはなったそうだ。

 知り合いがやられたと聞いて、奮起する。

 奴隷の時にも思ったが、フィッツ先輩は正義の人なのかもしれない。

 

「よし、ボクにいい考えがある」

「ほう」

 

 そのセリフは失敗フラグだからあまり言わない方がいいと思うが。

 まあいい。

 

 というわけで、その日は調査を早々に切り上げ、フィッツ先輩と二人で部屋に戻った。

 

 

---

 

 

 部屋に戻ってみると、ツンとする臭いが漂ってきた。

 床が湿っていた。

 全体的にくさかった。

 リニアとプルセナは、ぐったりと脱力していた。

 

 ……トイレぐらいは行かせてやるべきだったかもしれない。

 

 流石に不快そうだったので、魔術で蒸発させ、窓を開けて空気を入れ替え、

 彼女らの汚れたスカートとパンツも脱がし、綺麗に拭いてやった。

 服は洗濯へ。

 

 一応全裸ではないから大丈夫だろう。

 そう思って顔色を伺ったのだが、二人とも完全に諦めた顔をしていた。

 

「せいぜい乱暴にするといいニャ……

 でも、部屋で飼うのでも、せめて手枷は外して欲しいニャ……

 動けニャいのは辛いニャ……逃げニャいからお願いします……」

 

 猫系である彼女に、約24時間の拘束は辛かったらしい。

 

「いい子にするから、ご飯だけは食べさせてほしいの。

 夜中に吠えたりはしないの……

 噛み付いたりもしないの……

 お肉が食べたいの……

 お腹すいたの……」

 

 今までよくわからなかったが、こっちは食いしん坊キャラらしい。

 考えてみると、初めて出会った時も肉を食っていたな。

 

 それにしても、たった一日で諦めてしまうとは。

 やはり飯が無かったせいだろうか。

 腹が減ると、人は弱気になるからな。

 

 枷を外してやる。

 すると、二人は俺の前に跪いた。

 下を履いていないので、むちゃくちゃエロい。

 鼻の下が伸びてしまう。

 ついでに股の下も伸びてくれれば言うことないんだが。

 

「ルーデウス君……」

 

 すぐ脇で二人のスカートとパンツを洗濯しているフィッツ先輩の声。

 

「えっと……。

 二人も反省してるみたいだし、もう許してあげた方がいいんじゃないかな?

 君はスカっとしてないかもしれないけど、丸一日身動き取れないって結構きついよ?

 男子寮には飢えた男が一杯いるから、二人だって怖かっただろうし」

「そうニャ」

「足音が聞こえるたびにもうダメだって思ったの……」

 

 いや、俺の知る限り、飢えた男なんてそんなにいないはずだ。

 別に外出は禁止されてないんだから、女に飢えたなら色街に行くなり、

 最近一年生に入ってきた、美人と噂の長耳族の所に行けばいいのだ。

 それとも、リニアとプルセナは各所で恨みを買っているから危ない、という事だろうか。

 あー、でもこのへんだと、縛られてる女の子を二人見つけたら、

 そのまま奴隷商の所まで運ぶ奴も結構いるのか。

 

「これからは言う事聞くニャ、子分になって働くニャ」

「だから許してほしいの」

 

 二人は十分に反省している。

 少なくとも、見た目は。

 

「別に無理に言うことを聞く必要はありません。

 ……でも、ロキシーを馬鹿にすることだけは許しません」

 

 それだけ言うと、二人は真っ青な顔でコクコクと頷いていた。

 

「もちろんニャ、他の神様馬鹿にしたら殺されても文句言えないニャ」

「うう、神殿騎士団に追い掛け回された恐怖を思い出すの……」

 

 俺は神殿騎士団にも身内がいる、と話すと、二人はよりいっそう青くなった。

 金とコネはあればあるほどいいって本当だな。

 

 

 しばらくして。

 

 洗濯も終わり、二人はいそいそと衣類を身につける。

 パンツを履く動作というのは、どうしてこう興奮するのだろうか。

 個人的には脱ぐ動作よりよっぽど興奮する。

 

 立場が決まり、衣類も身に付けた。

 すると、二人もいつもの調子を取り戻した。

 

「いうことを聞くといっても、子供ができるようなことは禁止ニャ。そういうのはきちんとお付き合いして結婚して、それからニャ」

「そうなの。でもたまにリニアのおっぱいを触るぐらいは許してあげるの」

「そうニャ、たまにならって……なんであちし!?」

「私のは高いの。高いお肉をくれればなの」

 

 二人は不良少女な割に貞操観念はしっかりしているようだ。

 さすがお姫様。

 

 それにしても、先ほどまでのしおらしい態度は半分ぐらい演技だったのだろうか。

 反省しているといいんだが……。

 

「あ、そうだルーデウス君。闇討ちに気をつけてね」

 

 フィッツ先輩の言葉で、二人はギョっとした顔になった。

 

「ニャ!? ちょっとフィッツ、変ニャこと言うニャよ!」

「そうなの!」

「ボスは頭のおかしい鬼畜野郎ニャ、

 次負けたら何されるかわかんニャいのに、

 誰がそんな事するんだ!」

 

 誰が鬼畜野郎だ。

 ひでえ言いようだな。

 だが、それぐらいに思ってもらえているなら、俺も枕を高くして眠れる。

 

「……ボス、そろそろ帰ってもいい?」

 

 プルセナが、小首をかしげつつ聞いてくる。

 てか、なんだボスって。

 いいけど。

 

「お腹すいたの、部屋にある干し肉を食べに戻りたいの」

「そうニャ、昨日の夕方から飲まず食わずだからニャあ……」

 

 なんだその言い方は。

 まるで俺が悪いみたいじゃねえか。

 ちょっと反省が足りないんじゃないか?

 

「ちょっと反省が足りないね」

 

 そう言ったのは、フィッツ先輩だった。

 

「フィッツ、お前は関係ないニャろ?」

「そうなの……ファックなの……」

 

 フィッツ先輩がちょっとショックを受けた顔をしていた。

 俺は叫んだ。

 

「二人共、そこに正座!」

 

 二人はしぶしぶ座り込む。

 フィッツ先輩は、懐からある瓶を取り出した。

 黒い塗料の入った瓶だ。

 そして、筆。

 いい考え、という奴だ。

 

 

---

 

 

 事が終わった頃、俺の怒りはほぼ霧散していた。

 

「…………フィッツ、お前覚えておくニャよ……」

「ファックなの……」

 

 悔しがる二人の顔。

 二人の眉毛はつながり、まぶたの上には目が書いてある。

 口の周りには泥棒のようなヒゲが書き込まれていた。

 

 そして、頬には。

 

『私はルーデウスに負けた猫です』

『私はルーデウスに負けた犬です』

 

 と書かれている。

 新手のボディペイントだ。

 ちょっと興奮するな。

 

「ある部族が体に文様を残すときに使う塗料を使ったんだ。

 特殊な詠唱をすれば、一生跡になって残るやつ」

 

 そういう塗料があるらしい。

 この世界のイレズミなんだろうか。

 そういえば、冒険者時代に何度か見たことある気がする。

 

「水で洗ったぐらいじゃ消えないよ。もしルーデウス君に逆らったら、ボクが魔術を発動させて、その刺青を一生残すからね!」

「わ、わかったニャ、そんなどなるニャよ」

「…………わかったの」

 

 二人はガクガクと怯えながら、頷いた。

 まぁ、ひでぇ顔だもんな。

 一生残るって言ったら嫁の貰い手がなくなりそうだ。

 フィッツ先輩もなかなかえぐいね。

 

「今日のところは帰ってもいいけど、明日は一日その顔で過ごすこと。

 そしたら消してあげるよ。

 けど、体の方は半年は消さないから、そのつもりで!」

「わかったって、ほんと勘弁ニャ」

「……ぐすん」

 

 プルセナが涙ぐんでいる。

 ちなみに、彼女らの背中には、かなり卑猥な文言が書いてある。

 一生残るとなったら、もう生きていくのも恥となるだろう。

 

 

 二人は、廊下を歩くと見咎められるので、窓から帰ることとなった。

 ここは2階だが、大丈夫なのだろうか。

 大丈夫か、2階ぐらいなら。

 

 去り際、リニアがふと思いついたように聞いてきた。

 

「ボス、魔術師のくせにあちしの動きを目で追えるとか、どういう訓練してんだ?」

「特別な事はしてません。師匠の教えを守り、きちんと動いているだけです」

 

 エリスとの訓練が生きた、という形になるのだろうか。

 俺は自分を弱い、弱いと思い続けてきた。

 エリスが成長しているのに対し、自分はまるで成長していないと思っていた。

 だが、成長速度が違うだけで、俺もそれなりには強くなっていたのかもしれない。

 

「師匠は誰ニャんだ?」

「えーと、ギレーヌですかね」

「ギレーヌって……あちしの叔母さんか?」

「あ、そうですね。剣王ギレーヌです」

「…………ニャるほど」

 

 そう言うと、彼女は何か納得のいった顔をしていた。

 

「じゃあニャ」

「またねボス。人形は本当にごめんなさいなの」

 

 二人はそう言って、帰っていった。

 

 

 その後、フィッツ先輩はふぅと息を吐いた。

 

「ごめん、ルーデウス君。ボクは関係ないのに調子に乗っちゃって」

「いえ、怯える二人が見れたので良しとします」

 

 それより。

 

「特殊な詠唱と言いましたが、もし知ってる人がいたら困るんじゃないですか?」

 

 二人は知らなかったようだが、道具である以上、フィッツ先輩だけが知っている詠唱ではあるまい。

 誰かがイタズラ半分に二人に向かって唱えれば。

 そう考えると、ちょっと気の毒になってしまう。

 

「え? あ、うん、あれ嘘だから」

 

 フィッツ先輩はあっけらかんと言った。

 

「確かにそういう塗料もあるけど、

 あれはただの魔法陣用の安い塗料だよ。

 魔力流せば消える奴」

 

 くすくすと笑いながら、フィッツ先輩は言った。

 まるで、イタズラが成功した子供のようだった。

 和んだ。

 

 

---

 

 

 フィッツ先輩は、しばらく俺の部屋にいた。

 なにやらそわそわして、落ち着かない様子だった。

 ウロウロと部屋の中を歩きまわり、珍しいものを見かける度に何かと聞いてくる。

 

「あれは何? 何か入ってるの?」

 

 お目が高いフィッツ先輩は、神棚を指さした。

 

「我が宗派の御神体が入っています」

「あれ? ルーデウス君ってミリス教徒じゃないんだ。ちょっとどんなのか見てもいい?」

「ロキシー教とい……開けないでください!」

 

 神棚を開けようとしていたので慌てて止めた。

 うちの宗派の御神体は神々しすぎて一般人には目の毒になる。

 ていうか。

 昨日の俺はどうにかしてたんだ。

 パンツを見せたってドン引きされるだけだよ。

 

「あ、ごめん」

 

 フィッツ先輩は慌てて手を引っ込めた。

 その後も、あれこれとあちこちを見渡していたが、

 ふと、ベッドの上で視線が止まった。

 枕を持ち上げる。

 

「この枕、ザラザラ音がするね」

「自作した枕です」

 

 自作した枕だ。

 北方大地の森にすむ魔物マスタードトゥレントが落とす種。

 それを割るとクルミにも似たナッツが出てくるのだが、

 その殻が蕎麦殻によく似ている。

 なので、砕いて麻袋に詰め、外側を魔物の毛皮で覆ったのだ。

 これが完成した日より、俺の安眠は約束された。

 

「へぇ……ちょっと寝転んでみていい?」

「どうぞ」

 

 フィッツ先輩は枕を置き、ベッドに横になった。

 

「いい枕だね」

「そう言ってくれたのは、フィッツ先輩だけですよ」

 

 この枕に頭をおいた事があるのは、他にはエリナリーゼぐらいしかいない。

 奴は「枕は男の腕が最高」とかいってたが。

 

「…………」

 

 彼は横になってもサングラスを外さない。

 こだわりなのだろう。

 そのうち素顔を見せてくれる日は来るのだろうか。

 いや、むしろグラサンがフィッツ先輩の本体かもしれない。

 

 ……ここでふと手を伸ばし、はずしたら、どうなるだろうか。

 

 いや、ただのこだわりではない、理由があってつけていると本人も言っていた。

 例えば目にコンプレックスがあるとか、かもしれない。

 やめておこう。

 嫌われたくない。

 

「……」

 

 しばらく、寝転ぶフィッツ先輩と俺の間で、沈黙が流れた。

 フィッツ先輩は、俺に見られている事に気づいたのか、身体を起こす。

 

「そろそろアリエル様の所にいかないと」

「はい、お疲れ様です」

「うん、じゃあね、ルーデウス君」

「ありがとうございました」

「どういたしまして」

 

 フィッツ先輩も、窓から出て行った。

 廊下から出ろよ、と思ったが、窓からの方が女子寮に近いのか。

 まあいいだろう。

 

 

---

 

 

 そして、やや臭いの残る部屋が残った。

 俺は冒険者が使う匂い消しの粉を撒き、ベッドに横になった。

 枕からいつもと違う香りがする。

 フィッツ先輩の臭いだろうか。

 不快ではない。

 

「ふぅ……」

 

 今回は女子を二人拉致して、かなりエロい状況になったのだが、やはり治る気配は無い。

 見ても揉んでもだめときた。

 

 進展が無い。

 

 

---

 

 

 後日談となるが、例の落書きは翌日、消す前にザノバに見せてやった。

 ザノバはこんなものでは余の怒りは収まらんという顔をしていた。

 しかし「お前今回何もやってないだろ」とツッコミ、ついでに応急処置ながらも修理したロキシー人形を見せてやると、すぐに相好を崩し、二人を許したのであった。

 

 また、二人を監禁した事で問題になりかけたが、

 

「大事ニャい! 何事もニャかった、ちょっと決闘に負けて部屋で顔にいたずら書きされただけニャ!」

「そうなの……何もなかったの……本当に何もなかったの……ブルブル……」

 

 と、二人がそう言い張ったゆえ、大きな問題にはならなかった。

 

 

 めでたしめでたし。

-おしらせ-

4/28、5/1、5/4は更新を休む予定です。

無職転生 - 異世界行ったら本気だす -
第七十三話「獣族令嬢拉致監禁事件 後編」
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第82話